ORCHO-PASS PAGES of MEMORY Page.2「正義と罪」   作:マクギリシマ

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Chapter.8

夏の暑さはすっかり過ぎ去って、日中にジャケットを羽織っても何ら苦もなく過ごせる風が吹くようになっていた。

 

御留我はつい一月半ほど前と同じような直立不動の姿勢で、大理石の大きなデスクを前にしていた。公安局長執務室の息の詰まるような空気は全く変わりなかった。

 

「本日は、どのようなご用件でしょうか」

 

黒いミリタリージャケットのボタンをすべて締め、相も変わらず似合わない敬語を堅苦しく並べる。

 

「調子はどうだね?ここ一月、随分と職務に散漫だったようじゃないか」

 

「…」

 

先月の椎名美里の一件は局長の耳にも入っていたようで、それを持ち出されて御留我は押し黙ってしまう。

 

「現在は復帰して職務にも問題はないそうだからこれ以上は問わぬが、今後あのような刑事課の公共性にも打撃を与えかねない行動は十分に慎みたまえ」

 

「はい。邁進します」

 

御留我は反射的に右足を開き後ろ手を組んだ軍人の“休め”の体制になって答えた。

 

椎名美里の事件。あれから御留我は刑事課の任務に戻り、順当に職務を全うしていた。決意を新たにと言うには不確かで、具体的にどんな行動をすべきかははっきりしていなかった。だがこの一月、任務を通じて僅かながら漸進を自覚していた。その間三件の事件が起こり出動もあったが、今のところ死人は出ていない。執行対象も含めてだ。一度は犯罪係数が突発的に上昇した潜在犯と対峙することとなったが、エリミネーターを撃つことなく逮捕することができた。正確に言えば“撃たせなかった”というほど強引ではあった。1係の他の面々が対象にエリミネーターを向ける中、御留我は単独で接近して目にも止まらぬ速さで犯人を押さえ込んだのだ。皆一様に驚いていた様子だったが、宜野座も特に何も言ってこなかった。結局犯人の犯罪係数は300以下に下がり、施設でのセラピーと取り調べを行う運びとなった。

 

この方法が正しいという確証はない。強引で、刑事課のポリシーに半ば抵触しそうなものだが、己の身一つで最善の結果へと導けるのなら、やれることをやっていきたい。御留我はそう思っていた。

 

「さて、今日君を呼び出したわけだが…君には2係に移ってもらいたい」

 

「なっ…!転属処分ですか?!」

 

「話を最後まで聞きたまえ。君の悪い癖だ」

 

「はい…」

 

御留我はとっさに声を出してしまい、局長の低く冷淡な声に諌められた。

 

「もうすぐ刑事課に新任の監視官が着任する予定だ。そのために各係間で多少の人事再配置が行われる。その一時的補完のため、君には一週間ほど2係にいてもらいたいのだ」

 

新任監視官か。もし1係に配属されれば少しは宜野座の監視官としての監督責任の負担が減るだろう。しかし1係のメンバーが入れ替わる可能性もあると思うと、御留我が配属されてからずっと同じ面子だったものだから寂しくなるものだ。

 

「2係は目下のところ一つ重要な任務を抱えていてね。君の主な役目はそれに参加し、尽力することと言ってもいい」

 

「その任務とは?」

 

「君は“標本事件”と聞いて思い当たるものがあるかね?」

 

局長の口から出たその言葉は、御留我の記憶の片隅にあるものだった。人伝でしか聞いていないが、確か御留我が配属になる前、三年前に1係が捜査にあたった事件だ。そして笹山執行官が犯人に殺害され、当時監視官であった狡噛を潜在犯認定に追い込んだ事件。バラバラに解剖された被害者の死体を特殊樹脂で固め、モニュメントのように街中に飾り立てたという猟奇性からそう名付けられたそうだ。

 

「確か、まだ犯人は見つかっていないとか…」

 

「表向きはその通りだ。しかし、物的証拠などから事実上現行犯とされた人物が一人」

 

そう言いかけると、局長は驚くほど細い指先で机上の画面を操作し、ある人物のデータを表示させた。明るく柔和そうな青年。白いシャツにベストを合わせ、綺麗な顔立ちで微笑む証明写真からはそんな印象しか出てこなかった。

 

藤間幸三郎(とうまこうざぶろう)。全寮制女子高等学校、桜霜学園(おうそうがくえん)の教師だ。この男が事件の犯人とされ1係によって追跡されていたが、笹山執行官の殉職とともに行方をくらました。それが先週、三年ぶりに街頭スキャナに検知されたのだ。それも複数回」

 

「複数回検知されたのに、逮捕に至らなかったんですか…?」

 

御留我が首を傾げると、局長は神妙な面持ちになって続けた。

 

「それが問題なのだ。おそらく三年前から姿を隠していたのだろうが、再び何かしらの行動を始めた可能性がある。しかし、三年前も今回のいずれも、彼の色相は常にクリアカラーをマークしている」

 

「そんな、事実上現行犯だったんですよね?!連続殺人なんかを犯していれば、たとえ三年経とうがサイコパスは正常値になんかならないはず…!」

 

「その通りだ。藤間は何かしらの偽装工作をしている可能性が高い。現状身柄を確保できない以上、ドミネーターによる詳細な犯罪係数測定と尋問が必要なのだ」

 

局長の述べた事実に御留我は驚きを隠せなかった。街頭スキャナはシビュラシステムによる心理診断機器だが、それらのほとんどはサイコパスの概算である色相判定とストレス傾向程度しか計測できない。それでも十分ではあるのだが、詳細な心理状態と量刑に必要となる完全な犯罪係数等を割り出すためにはシビュラシステムでの直接の解析を要する。ドミネーターはその演算処理を最優先タスクとしてシビュラに要請できるため、対象に銃口を向けることで即時量刑が可能となるのだ。しかし今回のケース、いくら簡易的な街頭スキャナといえど連続殺人を犯している人物を見逃すはずがないのだ。

 

「詳細は君の端末に送る。今日から2係へ移動したまえ」

 

「わかりました。それでは、失礼しま…」

 

「一つ重要な注意がある」

 

「はい?」

 

「この一件について、藤間のことや犯罪係数のことはもちろん、捜査を行うこと自体もすべて、2係の関係者以外には一切の黙秘をするように」

 

「なぜです?」

 

御留我は眉間にしわを寄せ、怪訝な顔になって聞き返した。

 

「この件ではまだ不明な点が多い。下手な情報流出は余計な混乱を招きかねない。何よりシビュラが藤間を感知できなかったということは、この社会の秩序基盤そのものの完全性を揺るがしかねないのだよ」

 

「隠蔽ってことですか?」

 

「言いようによればそうもなる。しかしこれは混乱を防ぐための箝口令だ。とにかく君たちが藤間を拘束してくれればそれで治まる話なのだ。任務に集中したまえ」

 

「…」

 

局長が有無を言わさぬ声色で言った。御留我は返事をせずに、ただ顔をしかめて執務室を後にした。

 

何を経験したでもないが、こういった権力組織の所作にはなんとなく嫌気が差す。

 

静かに開いた自動ドアをくぐって出ていく御留我の背中を遠目に見据え、局長は誰にも聞こえないほどの小さな声で呟いた。

 

「君は記憶を失ってもなお、一組織のリーダーとしての尊厳を取り戻しつつあるというのかね…」

 

 

 

 

 

「資料を見てわかる通りだけど、対象は藤間幸三郎。三年前に1係が担当した標本事件の犯人とされているわ。しかしサイコパスに関してはドミネーターでの詳細計測値は不明のまま、街頭スキャナの類からは野放し状態」

 

刑事課フロアの一室、窓一つなく灰色の壁に囲まれた特別会議室のモニターの前に立ちながら、2係の青柳璃彩(あおやなぎりさ)監視官が話す。ミディアムショートの黒髪をまっすぐに下ろし、きりっとした顔立ちをした女性だ。しっかり者、という印象を受けるが、決して冷淡なわけではなく、むしろにわかに優しさを兼ね備えていそうだと、口ぶりや表情から容易に想像ができた。

 

この防音加工された部屋の中には青柳監視官、同じく2係の執行官である神月凌吾(こうづきりょうご)、そして御留我の三人のみ。今回の藤間追跡の任務は2係全員ではなく、この二人と御留我を交えた三人で行うそうだ。隠密作戦とはいえ、流石に連続殺人犯の逮捕にたった三人とはいかがなものかとも思うが。

 

「やっぱ何かしらの小細工でもしてんすかね?資料読みましたけど、どう見てもこいつが犯人なのは確実じゃないすか。狡噛さんの捜査でも当時そう結論出したらしいですし」

 

御留我の向かいに座る神月が推察を投げかける。若々しい顔立ちに飄々とした口ぶり、彼からはどことなく縢に似た雰囲気を感じた。

 

「その可能性が最有力だって局長も言ってるわ。ただ、そんな細工をしようと画策した時点で確実にシビュラにマークされるはずなんだけどね」

 

今回の任務の指揮権を握る青柳監視官は、無論局長から直接話を聞いていたようだ。監視官が局長と対面することはしばしばあることらしいのだが、やはり執行官である御留我が呼び出された理由はいまいち納得の行くものがない。

 

そんなことを考えていると、青柳が唐突に御留我に話を振ってきた。

 

「御留我君はどう思う?あなた確か、ちょっと機械系に詳しかったわよね。何か思い当たりそうなことはある?」

 

「え、あぁー…ちょっとぶっ飛んだ推測にはなるが、通常はサイコパスが測定できないエリア、例えば他省庁管轄の特別行政区とかに潜伏していた可能性を考えた。名門校の教師で、なおかつ社会的地位も高かった藤間ならその方面にも多少コネを持っていてもおかしくないし、シビュラによる強制捜査権発動でもしない限り公安局の手出しがしづらいからな」

 

「さすがは優秀な1係の執行官ね。うちのバカとは大違い」

 

「バカって誰のことっすかー監視官?」

 

「あんたよ凌吾。いつもだらけてばっかで、ろくに仕事しないじゃない」

 

2係の二人の仲睦まじい言い合いを眺め、御留我は少し頬を綻ばせた。

 

「あ、ごめんね御留我君」

 

「いや、いいさ。俺の勘は慎也やマッさんとか、すげぇ刑事に囲まれて移っちまっただけさ。それでもまだまだ的外しばっかなんだがな」

 

「そうねぇ、あの二人がいるんじゃ仕方ないか」

 

青柳監視官は遠くを見るような目でそう言った。彼女は確か昔は狡噛と一緒に捜査もしていたはずだし、以前捜査した国防軍兵士の大友逸樹(おおともいつき)の事件では征陸と共に沖縄へ出向いていた。宜野座との同期生である青柳からすれば、二人とはかなり古くからの間柄なのだろう。

 

「とりあえず、ここ最近で検出できた限りの藤間の足取りから特別行政エリアをピックアップして、管轄省庁に情報開示を要請してみましょう。凌吾、それを頼んでいい?私は御留我君と、藤間を検出したスキャナがある場所に実地調査に行くわ」

 

「はいよー。了解っす、監視官」

 

 

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