ORCHO-PASS PAGES of MEMORY Page.2「正義と罪」 作:マクギリシマ
「藤間が映った防犯カメラの地点は、軒並みハズレだったな」
現場から戻る高速道路を走る車中、助手席に座る御留我は隣の青柳監視官に言った。
「ええそうね。単なる通り道に過ぎなかったんでしょう。でも、ここ数日の藤間の行動範囲にある程度目星をつけられたわ。あとは凌吾が集めてくれた情報との照らし合わせね。あいつのことだからきっと上手いこと絞ってはずよ」
運転席に座りハンドルを握る青柳は、少しばかり自慢げに言った。
「2係は…監視官と執行官との壁が薄そうだな」
何気なくそう言った御留我に、青柳は拍子抜けしたような声をして、
「え?ああ、まあそうかもね。でも、別にそこまで特別な話じゃないわよ、チームだもの」
と答えた。御留我はきょとんとする。
「そうなのか?執行官は“社会の捨て駒”だから、同じ人間として扱わないって聞くぞ」
「それは宜野座君のセリフね?そこまで言ってるのはあいつくらいなもんよ」
あまり面白かったのか、青柳監視官はフフッと笑いながらそう答えた。
「それもきっと本音じゃないわ。そう言いつつ彼、あなたたち執行官を見捨てたことある?」
御留我はその言葉にはっとした。青柳の言うとおり、宜野座は口では執行官を足蹴にしたような態度だが、実際にはむしろよく気を配っていることに今更ながら気づいた。
「宜野座君のお父さんのことは知ってる?」
青柳がトーンを落としてそう聞いた。
「ああ、多少は聞いている」
「当時は世間の潜在犯への認識がまだ曖昧な頃でね。潜在犯だって認定されると、その人の親族も周囲から弾圧を受けたのよ」
「血縁と犯罪係数に因果関係があるっていう医学的根拠はないんじゃ…」
「ええ、証明されてないわ。でもその頃はシビュラ導入当初で、その見解が一般に周知されてなかったのよ」
御留我は固唾を飲んだ。無知である社会の偏見がどれほどの影響力を持っているか、椎名の一件で痛いほど思い知ったばかりだった。「孤児であるから犯罪係数が高くなり、伝染する」そんな誤った認識から起きた事件だった。
「お父さんが潜在犯認定を受けて、宜野座君はまだ幼いうちから周りからはずっと犯罪者扱いされてきたの。本当だったら当たり前に受けられたはずの愛情も幸せも、全部失って生きていかなきゃいけなかった。誰が悪いわけでもない。それでも彼は、ずっとやり場のなかった怒りを何かにぶつけるしかなかった。だからその矛先があなたたち執行官になってしまったのよ」
「ああ…」
御留我は宜野座の身の上が他人事でないような気がしてならなかった。子供の頃から幸せを奪われて、何かを憎みながら、それでも何かを目指しながら進み続けなければならなかった彼の境遇が。宜野座もあの時そんな思いだったのだろうか。保育園で理人君と出会ったあの時に、孤児である理人君を守ろうとした椎名美里、そして失った記憶の片鱗からか二人の孤児に涙した御留我の生き様に、宜野座は自分自身を重ねていたのかもしれない。ひょっとしたら、忘れられた御留我の過去に宜野座のほうが先に気づいていたのだろうか。帰り際に言ったあの言葉は、それ故だったのだろうか。
「だからあなたたちは、どうかあいつの思いを受けとめてやって。刑事課1係として、宜野座伸元監視官の居場所でいてほしいの。あいつの同期生としてのお願いよ」
「あいつには借りがある。釣りが余るくらいにゃ、筋通すなんてお安いご用さ」
御留我がそう答えると、青柳は一つ嬉しそうな笑みをこぼしてから前に向き直った。
「!」
「私よ。何かわかった?」
腕時計型端末への突然の着信に、青柳は車を自動運転に切り替えて即座に応答した。相手は神月だった。
「大事件発生ですぜ監視官!他省庁管轄の地区を洗ってたら、なんと予想外の文部教育省からの情報が返ってきた」
彼はどこか楽しげに調査の進捗を報告してきた。青柳はそれに冷静沈着な声で聞き返す。
「で、内容は?」
「どうやら藤間の奴、3日前に桜霜学園の来校証を発行したらしいんすよ。そんで、それから退出した記録はなし」
「最近捉えた街頭スキャナの記録も、ちょうど3日前で途絶えてるわね」
「そうか。全寮制女子学校…そこなら部外者へのセキュリティは万全、定期診断以外でのサイコパス測定の必要はない。校内にスキャナはないはずだ」
御留我は藤間の行方に辻褄が合ったことに納得しそう呟いた。すると電話の向こうで神月が補足するように続ける。
「そして藤間はそこの元教師。この件自体が秘匿されてるから学校側に奴の嫌疑は報告されていないし、単なる行方不明扱いになってる。入校許可の発行なんて容易いもんすね」
「古巣に帰るってか…」
「よし、ありがとうね凌吾。御留我君、これから公安に戻って凌吾拾ったらそのまま桜霜に向かうわよ」
青柳は早口にそう言うと、自動運転を解除して車の速度を上げた。
「藤間はおそらくこの地下施設内に潜伏しているわ。中の構造は不明だから、慎重に行くわよ」
夕日が背後から照らす中、重黒く光を反射するドミネーターを構えて青柳監視官が静かに言った。御留我と神月は何も言わずに頷く。
桜霜学園に到着し学園内の監視カメラと目撃証言を元に、藤間幸三郎はこの旧ゴミ処理施設にいる可能性が高いことを突き止めた。3日前に学園に入り、複数の生徒や教師と挨拶を交わしていったそうだ。その後彼の姿を見た者はいない。出入口にも一切現れていない。監視カメラは異様に少なく詳しい足取りは掴めなかったが、この施設の手前のカメラがここを出入りする彼の姿を数回捉えていたのだ。藤間が学内カメラを避けて行動していたとしても、この施設の出入口がここ一つしかないのだろう、映らざるを得なかったのだ。そしてそんなリスクを犯してまでここに入る目的があった。
「こんな危険任務に三人て…局長も無茶言いますね」
神月が眉をハの字にしていかにも「やれやれ」といった風に嘆いた。
「ほんとそうよね。さあ、こんな少ないメンバーでも負傷者出さずに帰ってやるわよ。二人とも、覚悟してね」
そう言った2係の監視官は笑みをたたえながらも、その表情には確かな凛々しさと緊張を据えていた。