タイトルなんて募集中ですよ   作:naow

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よくある異世界転生モノ、書いてみたくて駄文を並べて見ました。
お目汚し失礼しますが、読んでいただけたら幸いで御座います。


輸出はヘッドハントと称するには無理があるの

 状況を整理しよう。

 見上げるのは一抱えもあるような大石を組み上げた壁。

 城壁か。要塞なのか。

 あの「面談」では、最低限、ヒトの居住地近くに到着する予定では無かったのか。

 アレか? ちゃんと「街の近くに」と言わなかったからか?

 何もこんな物々しい……或いは仰々しい場所に落とす事は無いだろう。

 あの面接官こと神様――面談に至った事情に気を取られ、名前を聞き忘れた――には、文句の一つも言ってやりたい所だ。

 視線を巡らせると巨大な門が見える。やはり城門か要塞の門のような、堂々たる構えだ。

 壁に沿うように堀が巡らせられ、門に続くのは跳ね橋。有事の際には橋を上げるのだろう。

 実に、実に憧れの風景。

 憧れの風景では有るのだが、スタート地点としてのハードルは高いのではないだろうか?

 ふと、「面談」のやり取りを、そもそも「面談」に臨むことになった経緯を思い出す。

 

 

 

「次の方、どうぞー」

 良く、解らない。

 自分が何をしていたのかも覚えていない。両のこめかみを鼓動のような鈍痛が叩く。

 頭痛を振り払うように頭を小さく左右に振ると状況の確認を始める。

 其処は真っ白な空間で、その中で彼はまるで病院の待合室にあるような長椅子に腰掛けていた。

 不意の事に思わず声の聞こえた方向に目を向ければ、ただの空間にぽつんとドアが立って居た。

「……ど……どこでも○ア?」

 口をついて出た出たのは多方面に色々と問題の有りそうな一言。

 彼が思い浮かべたソレと違い、そこに有るのは真っ白でなんとも凝った意匠のドアである。

 ほんの僅か、呆然とドアを眺めるが、すぐに気を取り直す。声はそのドアから聞こえた。

 ドアが喋ったのでなければ、ドアの向こうから聞こえたものだろう。

 どうぞ、と言うことは。このドアを開けろ、と言うことだろうか。

 改めて周りを見回すが、誰もいない。有るのは今自分が腰掛けている長椅子と、真っ白なドア。

「次の方ー? 開いてますよー?」

 ぼうっとしている間に、再び声が聞こえる。柔らかな、女性の声だ。

 病院……? なのか?

 躊躇いつつ立ち上がる。見下ろせば、身体は有る。足は何時も通りに身体を支え、腕は所在無げに身体の両側に垂れている。

 多少の勇気を絞り出し、ドアノブに手をかける。ドアノブまで真っ白だ。手入れに気を使いそうな気がする。

「開けて良いですよー、大丈夫ですよー?」

 急かされる。そうであるなら、少し急いだほうが良いだろうか。

 意を決して、ドアノブを廻し、ドアを引く。

 ……開かない。恥ずかしくなってなんとなく俯いてしまう。

 押すのかよっ!

 恥ずかしさを誤魔化して、心の中で吐き捨ててから、改めてドアを押す。

「はーい、此方へどうぞー」

 ドアの向こうは、少し暗い。暗いだけで、奥行きも広がりも解らない空間の広がり。

 さっきまでの空間と違うのは、立っている女性が此方を見ている事、その後ろに机が有ること。その机に、一人の男性が居ること。

 これは、何だ。

「いらっしゃい、良く来てくれました」

 渋好みの声が柔らかく響く。威圧感など無いはずなのに、身体の芯が震える。

 ろくすっぽ声も出せないのに、身体は素直に進む。男の前へ。机の前へ。

 真っ白な髪。良く判らないが、多分仕立ての良い薄いグレーのスーツ。

 見た限りは若い……20代前半とも見える見た目だが、果たしてこの空気感は若年とも言える年齢で醸し出せる代物だろうか。

 静謐。荘厳。そして、畏怖。

 浮かべる表情は柔らかさすら感じる笑顔だと言うのに。心臓が冷える様な、今までに感じた事が無い感覚に戸惑う。

 自分の気持を誤魔化すように女の方にちらりと目を向け、ぎょっとして視線を逸らす。

 二重に、しくじったと思った。

 女性の顔を見て取るべきでは無い行動であった事。そして。

 女性の顔を見てしまった事、そのものに。

 女性らしくも細いその輪郭の中に、艶っぽく紅を引いた唇。

 髪はアップに纏め、清潔感の有る上品な印象を与える。やはり仕立ての良さそうな――他にどう言えば良いのか語彙がついてこない――スーツ姿である。

 それだけだった。鼻は……あった気がする。凹凸は感じた。だが、目は無かった。

 本来目のあるべき場所は、のっぺりと肌が有るだけ……それだけが、やけに目についた。すぐに、目を逸らしたというのに。

「ハハハ、驚かせてしまいました」

 男の方に誂われる。反射的に、頭を下げていた。

「すみません、失礼しました」

「いえいえ、気にしていませんから。皆さん大体驚かれますので」

 今度は女性の方が、コロコロと転がるような声で笑ってから声を発する。

「さて、すみません、、お待たせてしまいましたね」

 ハッとして顔を上げる。柔らかな微笑みと目が合う。

「いえ、此方こそ。まごついてしまって」

 なぜ、謝っているんだ? 解らない。微笑んでいるし、口調も丁寧だ。

 なのに。まだ、震えは止まらない。

「まあ、なんと言うかアレです。なんとなく予感は有ると思いますが、キミは死亡しました」

 心臓が跳ね上がる。

「……判らない、です。覚えていませんのでなんとも……」

 ふむ。男は机の上で指を組む。

「なるほど。なるほど、そうかそうですね。何しろ事故というものは何時でも急な物ですからね」

 顎に手を添えて、考え込むように顔を上に向ける。

「ふむ。折角です、自分の死体を見てみますか?」

 とても気軽な提案に、またひとつ、心臓が跳ねる。何言ってんだアンタ。そんな軽口は、とても叩け無い。

 返事も待たず、男の後ろ、空間に映像が浮かび上がる。

 タクシーが歩道に乗り上げ、建物に突っ込んでいる。周辺は……惨状だ。

 血が、肉が散らばる歩道上。歩行者が何人巻き込まれたのか。心臓が痛む。

 探したくはないが、自分の姿を探す。それに合わせるように、映像が動く。建物に突き当たって停車するタクシーの、衝撃で変形したフロント部分、そこへ。

 見つけた。タクシーと壁に挟まれ、上半身と下半身が千切れ果てた遺骸。

 すう、と。膝が落ちそうな感覚を必死に支える。開いたままの、うつろな瞳は何も映してはいない。

 とてもお茶の間に流せる映像ではない惨状、その中でもまあまあ最悪な自分の死体は予想以上に、必要以上にショッキングで。

 だから、なんで自分が震えていたのか理解できた。

 死んだという事を、認めたくなかったのだ。

 男の静謐で優しい声は、まるで意図して自分を落ち着かせてくれようとしているようで。だから、多分予感したのだろう。

 深呼吸して気持ちを落ち着け、伸ばした背筋に支えられるように立つ。

 もっと、取り乱すかと思った。

「ふむ。なんと言うか、落ち着いていますね」

 やはり優しく、男の声が耳に刺さる。

「はぁ……これは助かりようのない惨状ですからね。夢であってくれれば良いような、そうでもないような」

 気が抜けた。緊張が足の裏から剥がれ落ちたような、スッキリとした気怠さ。

 不意に、映像が消え去る。現状確認は終わり、これからが本題なのだろう。

「さて。こうしてキミは死んだ訳ですが。ここに来てもらったのはこの先の話をするためです」

 男は真面目くさった顔で言葉を紡ぐ。

「死んだ以上、戻ることは叶いません。キミは、3つの行き先を選べるのです」

「3つ、ですか」

 この先。3つの進路。どういう事だろう。

「ひとつは、このまま消滅。ひとつは量刑裁判の上、輪廻ルーレット」

「量刑裁判……ですか」

 天国とか地獄とか、行き先を決めるやつか。

「そうです。いずれにせよ完全分解は行いますが。その人物の何%をどのジャンルの生物に転生させるか、そういった事を決めます。最悪、完全消滅もありますけど」

 ニッコリと笑って言うが、今さらっと消滅とか言わなかったか? また何だか怖くなってきた。

 今挙がった二つはどちらを選んでも最悪消滅ということであるが、まだしも次の「生」に繋がる後者を選びそうなものだ。

 しかし、それを選んだとしても、聞く限りは一度「完全分解」する、と言う。

 怖いので詳しく聞きたくないが、考えて見るにそれは「今の自分とは違う個体」に作り変えるための分解なのではないだろうか。

 それは、どちらを選んでも「個」の完全消滅で有ることに変わりがないという事になる。

「ここからが、貴方へのお話の本題です。さっき述べた3つの選択肢の最後のひとつ、コレはなんと言うのかな……ヘッドハント?」

「ヘッド……ハント?」

 ヘッドハントとはまた、急激に救済感のある選択肢が浮上したものである。落差が大きすぎはしないか。

 まるでデコレーションされた罠だ。嫌な予感しかしない。

「これは、まあ、アレです。聞いたことがありますかね? 異世界転生とかいう呼ばれ方もしているのですが」

 異世界転生。ここに来てまた更に、随分とライトな響きの単語が飛び出してきた。

 そういう話は嫌いではないし、いい歳をして憧れのような物を覚えるのも、恥ずかしながら本心である。

「そうっすね、そう言うのは聞いたことがありますが……マジなんですか」

 このような話を振ってくるあたり、流れから言うとアレだろうか。

 眼の前の男は、つまり。ソレ系のラノベとか漫画でよく見た、神と言うことか。線が細すぎるだろう。

 そう思って見ると、なんともまあモテそうな顔の作りである。細い卵型の輪郭の中に収まるパーツもまあ整っているのだ。

 細い鼻筋に乗っているメガネ越しに見える目の優しい事よ。

 無駄に強面な自分に少しその成分をワケてほしい所存である。

「ええ、本当です。さっき言った輪廻転生に通じる話ですが」

 此方が考えている事は当然伝わることは無く、彼、神様は柔らかな言葉を紡ぐ。

「例えば地球では、輪廻の輪は地球に存在する生命の間で巡ります。細かなルールは有るのですが」

「ふむふむ」

 何となくではあるが、解る気はする。

「ところで、現在ですが。地球の総人口はご存知ですか?」

 世界人口。尋ねられて考えれば、大まかに知っているような気がしなくも無くもない。要するに曖昧で、もっと言えば意識したことが無い、と言うのが正直な所である。

「えっと、確か七〇億超えてるとか。七二億とかだったかな……?」

 うろ覚えと当てずっぽうのコンボ。

「割合で言えば、大きくハズレてはいないですね。七三億を超えて、まだまだ増加傾向です」

 あ、そうだったのね。神様の言葉に、ちょっと間違った気恥ずかしさを覚える。

「控えめにいて、増え過ぎでして」

 ああ、増え過ぎと言われれば何だか解る気がする。

 しかし、ハッキリと肯定や否定が出来るほど、地球環境や人口問題を真面目に考えたことはない。

 日々の暮らしに呑まれて、自分のことで手一杯だったのである。

「まあ、地球上で輪廻のサイクルを回すにしても、魂の絶対量が増えてしまっているのが現状でして。人間くらいの魂の力は、分解して他の動植物に転生させても多すぎるんです」

 恐る恐る神様と視線を合わせていたが、今度は先程とは別の理由で視線を外す。上方に。

 魂の絶対量とか、解らなすぎて想像が抽象的になりすぎる。

 例えば自分の魂を分解・リサイクルするとして、犬なら何匹分になるのか。猫なら数は変わるのか。雑草だったら、どれくらいの面積を覆えるのか。

 基準が解らなから、想像も適切とは程遠くなる。

「と、まあ。そう云う理由でして、その」

 神様が、何やら言い難そうに、言葉を選ぶように僅かに歯切れが悪くなる。

「余っているのなら、不足している世界の中から、求める声があればそちらにお送りしようかと」

 選んだ挙げ句が、余っているという表現だったわけで。多分、気の回し方が一回転したのであろう。

「それが、さっきの……ヘッドハント、と?」

 恐る恐る、口を開く。

「ええ、そう言う事です」

 伝わった事が嬉しいのか、神様は一層笑顔を深める。笑顔を深める、と言う表現が有るかどうかは良く判らないが。

「あの、それ、どっちかって言うと……輸出じゃないですかね?」

 恐る恐る恐る、思った事をそのまま口にしてみる。

 神様はニコニコと笑顔を絶やさぬままに。

「あんまり気分を害するような表現は、避けようと思ったんですがねぇ」

 あっはっは、と明るく笑う神様。肯定である。

「輸出、うん、しっくり来ますね。そうですね、基本的に自由に生活して、どういう形であれ向こうの世界で生を全うして欲しいのですよ」

 形の良い顎を指で撫でながら、気に入ったかのようにうんうんと幾度か頷く。

「君や他の、地球から輸出される魂は、地球とは逆の方向でバランスが崩れてる、或いは崩れかけている世界に送られるんです」

 すう、と。神様と視線が合わさる。

「逆方向、ですか」

 先程の神様の問い、バランスの崩れた地球。

 それは、ヒトが増えすぎたから。その、逆方向と言うことは。

「うん。まあ、想像出来てると思うし、向こうに行くならすぐに実感出来ると思うからお楽しみにしておくとして」

 にこやかに、清々しい笑顔で。多分、そこそこ説明が必要な部分を省いてみせる。

 神様と言うのは、どれほど線が細く見えようとも、なるほど豪胆である。

「はあ、まあ、輸出でも出荷でも良いですけど、その」

 あまりにも朗らかな神様の笑顔に毒気を抜かれる、と言う感覚を味わいながら、気になる事を確認しようと決める。

 それはつまり。

「条件とか、詳細を詰めたいんですが」

 ヘッドハントを受ける、と言えば格好も付くのだろうが、ここまでの会話では輸出される地球産の作物感は拭えない。

 むしろ、だからこそ素直にその選択肢を選べた。下手にヘッドハントという話のままなら、思いつけたか判らない。

 聖人でもない以上、消滅すると言われてハイそうですかとは言い難いのだが、どうせ出荷されるならそれなりにいいパッケージングを望みたいものだ。

 基本地球に戻る事は無いのだろうが、求められているのは今までの自分が成し遂げたナニカではなく、この魂そのもの。

 どういう形であれ生を全うしろ。それは乱暴に解釈するなら、自由に生きて、そして死ねと言うこと。

 死した魂は世界に還る。還った魂は輪廻のサイクルに乗り、世界を巡る。

 其処まで考えて、何となく鷹揚に考えつつ有った脳髄が急に冷える。

 輪廻のサイクルに乗って世界に還ると言うことは、世界に存在する命として世界に帰ると言うこと。

 それならば、この地球のように増加するか、悪くとも現状を維持出来るのでは無いだろうか?

 だが。先程、神様は地球とは逆のベクトルでバランスを崩した、と言った。

 単純に考えて、魂が増えすぎた地球の逆、つまり減った、或いは減りすぎた世界という事か。

 減る、と言うのはどういう事だろう。

 地球がなんでバランスが崩壊するほど増えたのかも良く解らないが、バランスを崩すほど減るというのも良く判らない。

 命が巡り、命に還る。バランス。ヒトがそのままヒトに生まれ変わるその確率は不明だが、0%と言うことは無いだろう。

 ヒトの魂が動植物に還るなら、逆もまた。

 そのバランスが崩れたと言うなら、その理由は何だろうか。

「そうですね、君の要望も有るでしょうし、向こうの要望も有りますので、その辺りの擦り合せとか、色々有りますからね」

 思考の沼に沈みかけた処で、神様の声に掬い上げられる。

 そうだ、自分から振ったと言うのに、うっかり考え込んでしまった。

「あ、はい、すみません。では、お願いします」

 そうして、神様との「面談」が始まり、各条件を突き合わせつつ、気持ちの整理も進めていく。

 自らが赴く、新しい世界へと。

 

 

 

 空の色が目に染み渡る。

 緑とか紫とか、奇抜な空の色だったらどうしようかとも思ったが、どうやらその様などうでも良い心配は無用だったようだ。

 さて、まずはどうしようかと思案しているその耳に、何やらガチャガチャと金属同士が軽くぶつかり合う音が聞こえてくる。

 目を向けると、何やら武装した人間が3人、此方に小走りに向かってくるようだ。

 警備の兵か、あのでかい門の門番だろう。結構派手な音がした筈だから、当然といえば当然だろう。

 問題は、状況からしてどう考えても自分は厄介者である事と、異世界への「輸出」が転生ではなく転送、ほぼ元のままの身体で有ろう事だった。

 好きに生きろと言われても、40手前のオッサンの肉体ではそうそう無理も出来ない。

 そもそも鍛えていた訳でもないのだ。思わず頭を掻く。

「そこの! 何があった!」

 駆けてくる兵士の一人が声を掛けてくる。不審者扱いと言うよりも、何か心配されているような響き。

 呆けながらそんな事を考えている間に、3人の兵士が目の前に並ぶ。座り込んでいるのも相まって、一人ひとりがかなりの長身に見える。

「大丈夫か、この有様、それに凄い音だったぞ?」

 濃い茶色の髪で無精髭の若い兵士が心配げな面差しで問い掛ける。

 革製のチュニックとズボン、それに金属製のブレストプレートとガントレット、そしてグリーブ。

 武装は槍を持ち、腰にはロングソード。動きやすさを重視しているように見えるが、あくまでも素人目線での感想である。

 そして、相手が何を言っているのか解ることに感動を覚える。

 神様、ちゃんと仕事してくれた様だ。ありがたい限りである。

「あ、すみません」

 と、答えては見たものの、はて何と言ったものか。

 改めて周囲を見回すと、なるほど酷い有様である。

 抉れた地面の底に腰掛けているのは解るのだが、原因は……自分なのだろうなあ、とぼんやりと考える。

 何かをしたのではなく、された――文字通り落とされた結果なのだが、よくもまあ死なずに済んだものだ。

 痛みは無いから骨折などは無いようだが、多分神様が保護でもしてくれたのだろう。地面がこの様な有様に成る程の高度から落とされたのだろう。普通に考えれば、肉塊の完成である。

 保護してまで落とすくらいなら、最初から地上に転送してくれた方が楽だろうに……。

「あー、と。その、なんと言うか……落とされまして、はい」

 立ち上がり、そして何を言うべきか考えた末、そのまま言うことにした。信じてもらえるかは別の話である。

「落と……?」

 言われた方は穿たれたクレーターを見渡し、空を見上げ、クレーターの底から此方に歩いてくる姿を見やってから。

 仲間と顔を見合わせる。

「え? 落とされたって、お前」

 鉄灰色の髪の青年が、呆れたように声を絞り出す。

「……何処から?」

 濃い青の髪の青年が言葉を継ぐ。

 というか、青い髪て。

 染めているのだろうか? いや、それよりも。

 3人ともヘルメットを被っていないようだが、良いのだろうか?

 自分としては無害な存在である自覚が多分にあるが、もしも敵襲だったりしたらどうするつもりだろうか。

「いや、何と言いますか……。別の世界からです」

 そんな事を考えつつ、取り敢えず素直に答える。

 答えはするが、信じてもらえる訳など無いだろう。

 自分だったら信じない。立場によってはしょっ引くだろう。その程度には不審者としての自信がある。

「別の……ってお前……」

 茶髪の兵士が呆れたような声で呟く。

 それはそうだろう。怒鳴らないだけ良い人だと思う。

「まあ、アレだ。ちょっと詳しく説明して欲しいから、来て貰えるか?」

 呆れてはいるが、見逃してはくれないらしい。

 別世界からの落下と言うのは信じられなくても、何かの実験的なものだったり、敵国の何らかの作戦であったりする可能性も考慮すれば、何の尋問も無くサヨウナラとは行かないのである。

「はあ、それはまあしょうがないっすね。と言うか、俺も色々整理したいトコですし」

 まず、ここは何処なのか、地域名を聞いても判らない事は自信を持って断言出来るが、最低限地図は見せて欲しい。

 聞かれる事に関しては、信じてもらえるかは兎も角、素直に話す事とする。

 信じて貰えない上で、その上で最悪……裁判的なナニカに遭遇するなら、その時はその時だ。

 神様に(無理を言って)頂いた「能力」で、速やかに脱出することにしよう。

 状況的に、最悪は無いんじゃないかな? そんな事を無責任に考えながら、さり気なく周囲の風景を眺めつつも。

 3人の兵士に囲まれて、素直に歩くのだった。

 

 結果から言えば、詰め所に居た数人に無駄に悩ませる問題は有ったものの、彼はほぼ問題なく放免となった。

 後付のようで格好悪いが、実の処、楽観出来るだけの理由は持っていたのだ。

 まず、門番役が軽装だったこと。

 門番は駆けつけた3人も含めて、計5人だったのだが、全員がノーヘルであった。

 ヘルメットは門の脇に5つ並んでいたので装備として在るのだが、常時付ける必要が無いという事なのだろう。

 油断出来るほど、普段何も無いのだろう。

 それ以外の装備も、見る限り軽装と言って良いレベルに見える。金属製では在るが、全身を覆うフルプレートの様な威圧的な防御力を見せつけてくる事もない。

 言い方は悪いが、それで事足りる、そう云う防具なのだろう。

 あのガントレットやグリーブは、殴られたり蹴られたりしたら痛そうだとは思うが。

 精々が野獣程度のモノなら、その装備に盾と槍で対処出来そうだ。

 それは、トラブルがそれ程多くは無いという事に通じていそうだ。

 物々しい城壁? に堀が有り、跳ね橋を掛けて正門がどっしりと構える物々しい雰囲気から軍事的な拠点であろうと思えるが、それにしては門番の装備が「軽い」気がするのだ。

 軍事的なトラブルが続く様な要衝で在れば、もっと物々しいのではないか?

 素人考えは危険だが、何となくそう思ってしまったのだ。

 門の入口で何かしら尋問なり、身体検査なりが有るのかと思えば、何やら水晶玉らしきモノに手を翳せと言われた。

 卜占の類かと思って気軽に手を翳せば、不思議な事に水晶玉が青く光を放ったのだ。

 聞けば、なんと犯罪歴を見ていたという。

「犯罪? え?」

 思わず間の抜けた声になったのは仕方ないと思う。

「そりゃあ、犯罪者を理由もなく入れる訳には行かないからな。確認くらいするさ」

 茶髪の兵士が苦笑しながら応える。が、違う。そうじゃない。

「いや、そうでなく。犯罪を確認するのに、コレでわかるの?」

 水晶玉に手を翳す事で、なんで犯罪歴が判るのか。

「うん? 当たり前の……お前、コレ見た事無いのか?」

 何を言ってるんだ、とでも言いたげに口を開きかけた鉄灰色の兵士が、はたと言葉を止め、そして訝し気に問い掛ける。

「無いよ? 少なくとも、俺が居たトコでは、指紋採ったりとかで犯罪歴の有無の確認をしてたけど、知ってる限り非接触式の確認システムは無かった筈だ」

 問われたので素直に答えると、今度は不思議そうな顔をされる側になる。

「指紋? 指先のコレの事か? コレで何が判るんだ?」

「ああ、えっと」

 素直に答えるというのはこういう面倒が有るという事なのだなあ。

 しかし、ここまで話して変に誤魔化すのも不信感を招くだけだ。

 細かい説明が出来るほど詳しくは無いが、判る範囲で説明を試み、当たり前のようにしどろもどろになったり。

 なんとか「この世界のやり方とは違う」ということだけは理解して貰えたらしい。

 5人の兵士がふうむ、と顔を見合わせ、手に負えないと判断したようで、取り調べは彼らの詰め所で詳しく行われる事になったのだ。

 

「ふう……ん。話の内容は兎も角、犯罪歴は無いんだな?」

「はい、反応は青でした。問題有りません」

 犯罪歴が在れば水晶玉は赤く、なければ青く光る。赤い場合でも、光の強さで犯罪の重さが判るとか。

 で、それはどう判断するかと聞けば、犯罪を犯せば魂に刻まれるのだ、と言う。

 神様からもらった「能力」が無ければ理解出来なかったと思うが、理解できる事と信用できる事とは別なのだな、と、ぼんやりと考えた。

 魂に刻まれた情報にアクセスするにしては随分簡単なやり方である。システムを理解できれば、いくらでも偽装出来そうな気がするが、それは素直に口にするのは辞めておこうと口を閉ざす。

「なるほど、では、話を聞かせて貰えるかな?」

 詰め所でテーブル挟み、向かい合う初老の男性が真っ直ぐに見つめてくる。

「ああ、言い忘れていた。私の名はヴェスタと言う。この街の警備責任者だ」

「あ、ご丁寧にどうも。俺は……」

 名乗りを受けて、返礼で名乗ろうとした時、違和感が自分の中に渦巻くのを感じた。

 名前を思い出せない。

 名前……地球で38年生きていた記憶は有る。生活の記憶があり、仕事も、趣味の自転車の事も覚えている。

 だと言うのに。

「……俺は、俺の名前は……」

 どうでも良いことも、付き合いはしたものの結局別れた彼女の事も。幼い日の母との思い出も。

 思い出せるのに、自分の名前だけが。欠落したように。

「わからない……」

 最初に対応した3人の兵士がそれぞれ顔を見合わせる。

 さっきまで、突拍子もないことも含めて飄々と、淡々と受け答えしていた眼の前の「少年」が、混乱したように両手で頭を抱え、絞り出すように声を押し出す。

「落ち着きなさい、それでは、判る範囲で、君の事を教えてくれないだろうか? ゆっくりでいい」

 ヴェスタと名乗った警備兵長は宥めるように、優しい声で。しかし言葉通り急かす事もなく、ぽつりぽつりと思い出し紡ぎ出す言葉を待ってくれている。

 心を落ち着けるよう努めながら、最初に決めた様に、必要な事に関しては素直に答えるべく。

 記憶の海に意識を沈めて行った。

 

 綴られていく言葉は、直近の物から遡るように並ぶ記憶をある程度潜った辺りから。

 具体的には20代辺りからの物を、素直にでは有りつつも不要そうなものは主観に沿って排除し、素朴な言葉で、淡々と並べる。

 それを、警備兵長は静かに頷きながら、その隣では若い金髪の兵士が調書――だと思う――を書き留めている。

 語り終え、兵士がペンを置いた時、詰め所内はなんとも言えない沈黙が数秒支配した。

「なるほど……戦争の危険の少ない地域で生まれ育ち、しかし事故で死亡した、という事なのだね?」

 目の前の「少年」の語る内容のうち、彼も経験していない戦争の内容を語る部分があった。

 10万人単位で兵民問わず被害を受け、焦土と化した都市群を立て直したと言う歴史。

 被害規模も「こちら」の戦争ではそうそう出る数字では無く、信じ難い内容では有るが、その後の発展も信じられる話ではない。

 「少年」が生活したという都市、トーキョーとやらは天を衝く摩天楼が林立し、国内では目立った大きな争いも無く、多くの国民が寿命を全うして死んで行くのだという。

 その平均寿命は凡そ80歳と。信じ難い高齢だ。

 いや、匹敵する高齢の者は此方にも居るが、多くはない。平均寿命で言えば幾つになるのだろうか。50もあれば良い方だろう。

 それはともかく。兵士長の前で語った彼は、死を経験しているが、それは寿命ではないという。

「事故死、と言ったか……」

 平和になった筈の世界での、突然降り掛かった死。

 戦禍ではなく、それは事故であったと言う。

「そうです。自動車……あー、動力を組み込んだ、自走式の乗り物って、こ……あります?」

 ここに、と言う単語を言いかけて、意図的に排除する。ここまでの短い道中、舗装されている箇所はなかった。

 道そのものは整えられているが、舗装を必要とはしていないのだろう。

 例えば馬車などは有るにしても、その往来数も多くないと言うことだろう。

「先程言っていた、馬が引かない荷車だったか? その様な魔術は、行使できるものは居るかも知れないが……見たことはないな」

 信じ難い、という顔で腕を組む兵士長。

 見た事の無い物をそのまま想像するなど不可能だ。恐らく馬車からそのまま馬を消して想像したのだろう。

 そりゃあ無茶である。しかし。

「まあ、そいつが俺の住んでいた国では普通に走り回ってたんだ。その中の、タク……うーん、なんと言うかな。主に個人向けの乗り合い車? が、俺に突っ込んできた」

 再び、静まり返る室内。

「俄には信じ難いが……だが、それならば納得も出来る。馬2頭3頭分の力で跳ね飛ばされれば死にもしよう」

 うんうん、兵士長の言葉に頷いていた兵士達は次の言葉で凍りつく。

「いや? 馬で言えば、80頭かな」

 今度こそ、想像が追いつかない意味を彼らは悟る。

「正確に言うなら、最大で馬80頭分の力を持つその鉄の車に轢かれて、そのまま民家の……石造りの壁に挟まれた。激突だね」

 荷馬車ではなく、兵員輸送用の大型の馬車であっても、馬80頭立てなどと馬鹿げたことはしない。

 しかし、馬も無しに走る車とやらは、それほどの力を内包しているという事か。

 馬80頭で引く馬車と、馬もなしに同等の能力を発揮する自動車とやら。

 どちらも見たことがない故に想像も出来ない。その力の程も、実物を見ることが出来ない以上想像が追いつくことはないのだ。

「それは……どれほどの力だったのだ……」

 知りたい、というよりも、正に想像できない、という思いから漏れた言葉。それは、ほぼ全員の思うところだった。

 そして、それが齎す惨劇は、知りたくないのも偽らざる本音であった。

「うーん……衝撃で俺の下半身を引き千切って磨り潰した挙げ句、コンクリ……石造りの壁を崩壊させるほどの衝撃、で伝わるかなあ」

 知りたくなかったのだから、伝えないで欲しかった。

 戦争が一度巻き起これば、戦場には剛勇を振るうものが現れる。上下に二分されている死体は幾度か目にしてきた。

 また、それより身近で、かつ重篤な危機は魔物の襲来だ。

 オーガやミノタウルスなど、巨躯とそれに相応しい怪力を擁する魔物達は、弱い人間など容易く引き裂き、磨り潰す。

「うーん。多分、破城槌の直撃を受けたら、多分似たような死体が出来るんじゃないかな?」

 なまじ戦争経験のある数名、特に攻城戦経験者は顔色を悪くして目をそらす。

 あんな物の直撃? 考えたくもない。

 構造としては、巨大な丸太を吊るし、十数人の兵士でこれを引き、丸太の重さ其の物を威力として城門に叩きつけ破壊する攻城兵器である。

 数度の打ち付けで強固な城門を破壊する破城槌の威力は絶大で、魔法による攻撃隊を抱える大国以外では攻城戦の趨勢を決する楔の一つと成り得るのだ。

 その一撃を、正しい状況で一個人が受けたなら。

 最早、想像出来ないのではなく、想像したくない、と言う気分に陥る。

「なるほど、君が死に、その後、神の温情でこの世界に来た、と言う事なのだね?」

 なので、話題を変える。むしろ、戻す。

「あ、はい。そうです」

 そう言えば大分話が逸れた、そう思いながら返事を返す。

「君は、幾つなのかね?」

 またしても、質問の意味を掴み損ねる。

 幾つ? え、年齢の事か?

 しかし、その聞き方はまるで。

「享年38歳ですね、ええと、ちょっと若返らせて貰ったので、多少は……」

 言葉が止まる。

 そうだ。神様が、サービスと称して若返りをして貰える事になっていたのだ。

 それを思い出した瞬間に、この世界に落とされてから僅かな時間の間に覚えた違和感も思い出す。

 なんだか……妙に。

 妙に背の高い人間が多かった。むしろ、自分の視線の下に来る者が一人も居なかった。

 生前、身長は180センチ有った。

 だから、この世界の人間は皆瀬が高いのだな、と思ったのだが。

 本当にそうなのだろうか?

 自分の身長が変わらないと仮定した場合、嘘発見水晶を覗き込む女性も2メートル近い身長という事になりはしないか?

 男性陣に関しては、全員2メートル超えの巨漢と言う事になる。

 そういう世界が無いとは思わないが、しかし、それにしてはもう一つ気になることが有る。

 主に視界に入ってくる自分の身体の一部……。腕が、妙に細いのだ。

「もしかして……あの、すみません。俺、幾つに見えます?」

 最初に色々と確認するべきだった。

「幾つって……」

 少し自己確認に意識を向けると、ソレに気がつけた。最初に気が付くべきだったのだろう。

「そうだなあ……」

 異世界転生モノの必須……いや、三種の神器のひとつ。

『ステータス、オープン』

 声に出さず「命じる」。

 ソレだけで幾つかのウィンドウが目の前に開く。

 他者に見えているのか、ソレは今はどうでも良い。急いで確認すべきページのみの表示に切り替え、そして注視する。

 基礎ステータス。名前:□□(くうはく) レベル:1

「10歳になったか? って位かな?」

 年齢:12歳

 兵士の呟きと表示される年齢が近似値を取る。

 つまり、見た目は子供、年齢も子供という事だ。

 なんてコトだ神様。

「本当に38歳だったの……か?」

 兵士長の声が聞こえる。

 気の抜けた目が声を発した主に向く。

「転生じゃなくて……輸出だって言うから……」

 やばい。何だか理由は判らないが泣けてきた。

「じゃあせめて見た目だけでも若返らせてくれとは言ったよ……」

 兵士長を始め、兵士たちがなんとも言えない顔で押し黙る。そもそも何と声を掛けるべきか解らない。

「なんだ12歳って⁉ 半端だ、転生じゃないから良いってか! これからどう生活すンだよ⁉」

 着の身着のままでの引っ越し同然である。生活の基盤となる物が何もない。

 大人の身体と神様から貰った能力でなら、冒険者の真似事なりして生きていけるだろうとぼんやり考えていた。

 それが、急に不安へと変わったのだ。

「お、落ち着け少年。まずは……」

 兵士長が立ち上がり、テーブルを回って少年へと歩み寄る。

「この少年の発言に嘘偽りは無いんだな?」

 少年の肩に手を置きながら、女性の方へ声を掛ける。

「はい。名前を思い出せない部分も含めて、嘘は有りません」

 そうだ、名前。その事に意識を向けた時、不意に心が落ち着くのを感じる。

 本来ならばより一層の不安に突き落とされる事実のはずだが、名前が無いということで気がついたのだ。

 思い至ったとも言える。

 そもそも、輸出するべき肉体は元々無い。あの事故で、完膚無きまで破壊されているのだ。

 ならば、転生すれば話は早いのだろうが、神様はそうではなくわざわざ身体を用意してくれたのだろう。

 此方が肉体を求めての事では有るのだが、無いものを作るところから始めてくれたのだろう。

 新しい身体に古い魂、齟齬が出るのはどうしようもない。

 だからこそ、だろうか。魂が馴染みやすいように、新しい身体と新しい世界に馴染みやすいように。

 相応しく、新たな名を刻め、そういう事なのだろう。

 好意的に受け止め過ぎている自覚は有る。だが。

 そう思っていた方が、いくらか気が軽くなるという物だ。

「なるほど。では、取り調べは以上としよう」

 兵士長の声が、拘束の終わりを告げる。

 そして、いよいよ考えなければならない。

 12歳、この身で。この新しい世界を生きる、そのことを。

 その前に。

「それでは、まずは……いや、その前にひとつ決めようか」

 考えた所で、兵士長の声が全員の動きを止める。

 顔を上げると、笑顔の兵士長が此方を見下ろしている。自然、目が合う。

「名前を決めようか」

 同じ事を考えていたのだろうか? 無論、思考の筋道は違うに違いない。

 しかし、取り敢えず。

「名前が無いと、色々と不便ですからね」

 少年も笑顔で応える。

 どうせ見も知らない世界、どう有ったって不安しか無いのだ。

 そこで生きる新しい名前を決めてから動いても、遅くはないのだ。

 

 会議は停滞する。

 今ひとつピンと来る名前が無いのだ。由々しき問題である。

「まだ俺、結婚もしてないのに……子供の名前考えるとか……」

 若い兵士が複雑な顔でため息をつく。

 申し訳ないと思うが、本人はもっと複雑である。

 自分がこれから生きていく名前を考えるとか、そんな事を経験する事になるとは思わなかったのである。

 こんなことなら前の名前が使えたほうが良かった。

 先程神様に感謝したことを棚に上げてボヤきたくなる。

 しかし、思い出せない以上どうしようもない。せめて元の、日本風の名前を名乗るか。

 それとも、この世界に合わせた名前をつけたほうが良いのか。

 ふと、思いついてステータスを開く。一度開いたからか、意識しただけで確認できるようになっていた。

 ステータスの数値はこの際置いて、なにか閃きの切欠になりそうな物はないかと眺める。

『メニュー?』

 見かけた項目に、思わずつぶやきを漏らしそうになる。

 なんとか声を心中に押し留め、メニューを開いてみる。

『何々……? 設定? 必要なのかコレ?』

 並ぶ項目。表示設定、詳細設定、カスタマイズ、その他。

 まるでゲームである。まずは表示設定とやらを開く。

『表示ってなんだよ……身体が見えなくなるとか、見た目が変わるのか?』

 そんな事を考えながら適当に目を走らせる。

 ステータスの他者への可視化:OFF

『見せれんのかよ……』

 何時使うのか解らない項目だが、使わないことも無い予感がする。心に留めおく事にする。

 他者の名前・簡易情報の頭上表示:OFF

 少し考える。コレは、平時に使っては単なるプライバシーの侵害ではなかろうか?

 思いながら、おもむろにONにする。

 プライバシーの侵害と知りながら迷わずのON。結構なゲスっぷりであるが、口にしなければ良かろうと勝手に決める。

 そして広がる違和感しか無い光景。

「シュール過ぎるだろう……」

 内心とは裏腹に、感想は素直に口から出る。それ程に異様であった。

 聞いていない筈の人物の名前とその職業、そしてレベルらしき「LV」と言う表記とそれに続く数字。

 見なかった事にして、そっとOFFに。

「ん? どうかしたのかね?」

「いえ、変な名前しか思いつかないもので」

 兵士長が訝しげに問い掛ける声に、迷いのない嘘で応える。

 素直に「みんなの名前と職業とレベルを眺めてました」と答える事が出来ない以上、誤魔化しは仕方ないのだが。

 自分の事とは言え、迷いなく嘘が出た事にため息が出る思いだ。

「ゲイル、とかはどうでしょう? この世界の荒波に漕ぎ出す、という意味で」

 嘘発見器を操作していた女性……ステラ・カーデイルさんだという名前であることは最初に確認した……が、思いついた! という顔で両手を打ち合わせる。

 ゲイル? 知っている意味だと、強風とかだった様な気がする。

 漕ぎ出す? ああ、帆に風を受けて的な?

「良い名だと思うが、その意味で付けるとすると……常に強風に晒されそうだな。追い風なら良いかもしれないが、向かい風は避けさせたい所だな」

 兵士長が肯定しつつも、懸念を述べる。

 正直、それは杞憂とか甘やかしとか称される領域の心配だと思います、そう思いながらも特に何も言わない。

 ステラ嬢には申し訳ないが、正直ピンとこないので、出来れば流したいのである。

「コテツ、と言うのはどうだろうか」

 意外な響きが、茶髪の兵士カイルの口から飛び出す。

 え? なにそれ日本語? 虎徹? 良く斬れそうだネ。

「コテツ? 聞かん響きだな……」

 兵士長が腕組みして考え込む。

「コテツ……なんで思いついたんです?」

 嫌いな響きではないが、気になる事が別にできたのでまずは素直に質問をぶつけてみる。

「ん? ああ、そう名乗る冒険者がいてな?」

 事も無げなカイル氏の言葉で、気になることがひとつ、確認出来たことがひとつ。

 確認できたのは、冒険者という職業? が有ること。

 気になることは。

「名乗る、って、会った事が有るの?」

 少し口調が砕けたが、気にしない。

 名乗る、と言った。名乗った、ではない。

 それ程古い邂逅では無かったと言う事と……何となく想像する。

 古い記憶でないのなら、少し「コテツ」と言う冒険者の情報が手に入るかもしれない。

「ああ、少し前にここに滞在していた女冒険者だ。職業は剣士、珍しかったからよく覚えているよ」

 何処か誇らしげに語るカイル氏。

 何故かジト目のステラ嬢。

「私も覚えています。小柄で、ブロードソードの方が大きく見えるくらいなのに、いつも朗らかな笑顔の」

 聞けば、良い思い出のようだ。

 なのに、何故だろう。ステラ女史のカイル氏を眺める瞳が冷たい。

「カイルさんが一生懸命口説いてた」

 なるほど、コレはあれか。犬も喰わぬヤツか。

「あー、そう言えばあの子か。カイル、お前結局フられてたな」

 青髪の兵士、リヒトくんがしみじみと落ちを付ける。

 途端にぎゃあぎゃあと言い合うカイル氏とリヒトくん。仲が良さそうで結構なことである。

「あの、思い出話し中すみません、確認なんですが」

 結構なことであるが、だからといって話を途中に和気藹々と掴み合いなどされても困る。

 兵士長もヤレヤレと、右手で顔を覆う。

「あ、ああ、なんだい?」

 部下のどうでも良いじゃれ合いの仲裁など面倒になったのだろう、少年の方に顔を向ける。

「いえ、その、コテツさんなんですが。もしかしてその人も、異世界から来た人なのでは?」

 その兵士長に、単刀直入に尋ねる。

 これはその響きを耳にした時に思いついただけの、謂わばそれだけの事である。

「ふむ……何故、そう思ったのかね?」

 兵士長と少年は時間差を持って、おや、と思った。

「単なる『音』からの思いつきですよ。なにせ」

 少年は、兵士長の反応に、もしかしてと初めて思いながら。

「虎徹と言うのは、俺の生まれた国では名刀の銘として知られて居るのです」

 少年が告げると、室内の喧騒がピタリと収まる。

 もしかして、これは当たりかな、と思う。

「いや……そんな話は聞かなかったが……」

 そう答えながらも、カイルは考え込むように口元に右の拳を当てる。

「あれ? 俺みたいな、こういう取り調べは無かったんですか?」

「ああ、彼女はギルドカードを持っていたからな。それに入り口での犯罪歴の有無で、特に問題なければそのまま街に入れるからな」

 ああ、そうか、異世界モノでよく聞く、ギルドカードが身分証と言うアレか。

 しかし、言う割には何か引っかかりが有るような表情だ。

「……だが。彼女がそうだと判らないだけで、実のところ異界人は昔から記録に残っているんだ」

 断定出来ない事が有る、それが引っかかりとなっている。

 それだけだろうか? コテツという女性を口説いていたカイルは、当然幾度か言葉を交わしているのだろう。

 だからこそ。言葉を重ねてきたからこそ、違和感に気づいていたのだろう。

 言葉の端々に、会話の隅に。聞き慣れない単語が、地名が、習慣が見え隠れしていたのでは無いだろうか。

「いつか、聞かせて貰って良い内容なら、教えて下さい」

 しかし、今それを掘り起こしても、「もしかして」を深める材料にしかならない。

 日本と同じ様な文化を持つ地域が無いと断言することも出来ない。

 だから、この際この話は「一旦置く」事にしよう。

 カイルは何処か釈然としないながらも、少し安堵したように腕組みを解く。

「そっか、分かった」

 知りたいことは色々有る。だが、問題はもっとある。

 取り急ぎ、この世界で生きていく為の基盤を作らなくてはいけない。

 否、取り繕いは辞めよう。

 

 冒険者とかナニソレ超興味ある!

 

 登録したい、その為には名前が必須だ。

「名前、前の世界に因んでも良いんですかね?」

 コテツと名乗る女性がいたと言うことも分かっているから、問題は無いと思われる。

「名前だと思える響きなら良いんじゃないか? ただ、一応相談はしてくれ。不敬だったり過激すぎる意味があったりすると不味い」

 兵士長の言葉に、なるほどそれもそうかと考えた所で、ようやく気が付く。

 俺、何語で喋ってるんだ?

 間の抜けた話しである。意思の疎通が出来ることが普通に提示されたので、そもそもソレが可能かどうか案ずる余裕も無かったのだが、思えば最初に考えるべき事であった気がする。

 そっとステータスを眺め、メニュー項目を眺める。さっき開いた時に、確かあった筈だ。

 果たして、それは有った。

 言語設定。

 自他翻訳設定:AUTO

 文字翻訳設定:ON

 文字学習アシスト:ON

 翻訳設定をいじると、自→他、他→自、OFF、AUTOと切り替わる。

 これはAUTO意外の選択肢を使用する機会はなかなか無いだろう。

 自→他とOFFに切り替えた時に周囲の声が理解出来なくなったので、それぞれ自分の言葉が相手に伝わるだけ、そして翻訳が完全に無いという事だろう。

 ちなみに、いきなり言語が通じなくなっただけで疎外感が凄まじく、こんなに心細いのかと思ったものである。

 翻訳が出来た所で、この世界の禁則文字列がよく判らない。多分、言えばちゃんと翻訳されてくれるのだろうが、わざわざ試すつもりもない。

「なるほど」

 そう答えながら、今度は自分が腕組みする。

 もうこの際、適当な名前で良いかな。

 そんな気さえする。面倒になってきたようだ。頭の中で、日本で聞き慣れた有りふれた名字たちを脳内に列挙する。

 しかし、どうもピンとこない。

 もうこの際……と考えの範囲を広げる。

 そして。

「決めた。けど、これが名前として問題ないか確認して欲しい」

 腕組みを解く。

 室内の全員が、少年に視線を集中させる。

「ふむ。どんな名だね?」

 代表して、兵士長、ヴェスタが尋ねる。

 そう言えば、ちゃんと名前を名乗ってくれたのはヴェスタのみである。うっかり他の人の名前を呼んで気味悪がられないように気をつけよう。

 尋ねられ、勿体振る事もなく、まっすぐに目を見て答える。

 

「オリヤ。中須藤織弥。えっと」

 

 瞬間、メニューの表示切り替えで、他者表示:フルネームを表示、すぐに名前のみ表示を行い確認を行う。

 名前の表記で、どちらがファミリーネームか確認したのだ。それによって名乗りも変える必要があると考えたのだ。

「此方での言い方だと、オリヤ・ナカスドウ。元の国の名付けに因んだ名前です」

 名付けの元は曖昧にぼかす。日本で好きだったギャグ漫画のとあるキャラクターが元ネタで有るのだが、言っても解らないだろうし恥ずかしさも多少は有るので言わない。

 対して、聞かされた面々はそれぞれ、考え込むようにしばし黙考する。

「オリヤ、か……いや、ナカスドウと呼べば良いのか?」

 カイルが最初に口を開く。

「ええと、ファミリーネームは適当ですし、呼びやすい方で良いですよ?」

 そう言えば、日本と違う文化の世界で、適当にファミリーネームを名乗ってよかったのだろうか?

 最初から言っていればまた違ったのかもしれないが、今回は「みんな」の前で考えた名前である。

 ……まずかったら言われるだろう、そうしたら名前だけ名乗れば良いのだ。

 そう開き直ることにする。

「そうか、じゃあオリヤの方が言い易いな」

 何処か楽しげに、カイルが言う。

「特に問題のある名前とは、私には思えんな。良いのではないかな?」

 ヴェスタ兵士長が顎に手を当てて呟く。

「愛称はオリィかしら」

 ステラ嬢が真面目くさって口を開く。

 あと一文字だから、そこは頑張って欲しい所である。

 他の面々も、特に問題を感じては居ないらしい。

 良し、ならばそれでいい。

 ステータスを開き、名前を編集しようとして、気づく。

 名前が、□□(くうはく)から中須藤織弥(オリヤ・ナカスドウ)に変わっている。

 自動編集? 名乗った時に、記載が変更されたようだ。

 ステータスの変更に含まれるのだろうか。中々に優秀である。

「それじゃあ名前も決まった事ですし」

 ぱん、と手を打ち合わせる。善は急げというやつである。

「冒険者ギルドに登録したいんですが!」

 きっと、今自分の笑顔は輝いているだろう。

 そう自覚するが、逸る気持ちは抑えられない。

 冒険者。良い響きである。

 世界を見て、感じて歩く。憧れの生活である。

 だがしかし。そう甘くはないと、早速現実が牙をむく。

「いや待て待て、落ち着けオリヤ」

 急かす気持ちのまま、今にも飛び出そうとするオリヤ少年を、慌ててヴェスタが止める。

「冒険者になりたいのか、オリヤは」

 ヴェスタの問に、首をガクガクと上下させる。

 生前は38歳だったのだが、この小1時間で見た目相応の精神年齢になったような。

 元から、とは可愛そうなので言わない事にする。

「そうか、だがな、オリヤ」

 難しそうに考え込むヴェスタに、オリヤは不思議そうな視線を向ける。

 何だと言うのだろうか? 冒険は楽なものじゃない、とかそう言う話だろうか?

 そう身構えるオリヤに突きつけられるのは、もっと非常な現実だった。

「冒険者の登録は、成人してから……15歳になってからだ。それまでは、登録できない」

 ヴェスタの言葉に、オリヤは言葉もなく。

 ただ、呆然と見上げるだけだった。

 

 結局現実に打ちのめされた形だが、登録して貰えないのはどうしようもない。

 駄々を捏ねて事が成るなら、いくらでも捏ねるのだが、残念ながら無駄である。

 納得させるためかカイルの案内で冒険者ギルドの受付に行き、話を聞いたのだが。

 規約を曲げることは出来ないと、受付のお姉さんにむしろ謝られたのである。

 ギルドに屯していた冒険者達にも、せめて15になってから来いと背中を叩かれ、乱暴に頭を撫で回される。

 そういう訳で、異世界デビュー即冒険者コースは頓挫し、15歳を待つしか無い身となったのであった。

 

 

 

 要塞かと思っていた場所は、大きな街だった。

 街を囲む壁はかつての戦争の名残を、魔物の侵入を防ぐために補修しつつ利用しているとのことだった。

 人口が増えたらどうするんだろう、そう考えたが、調べると現状でも居住する家屋はむしろ余っている程だという。

 中心街は冒険者ギルドや錬金術ギルド、傭兵ギルド、魔術師アカデミーと行政府を中心として、飲食店や飲み屋、道具屋、武具屋などが立ち並ぶ。

 中心から少し離れて宿が立ち並ぶ格好で、街に住む一般の住人の住居もこの当たりから見え始めるようだ。

 オリヤが初めて足を踏み入れた門扉の正反対方向は、大きな川があり、交易も行われているようだ。

 その川の対岸ははるか彼方で、最初は海かと思った程だ。

 日本で生活していた際には、その様な河川は中々目にしない規模だったので、素直に驚いたものである。

 オリヤはヴェスタの好意で、ヴェスタ家で生活することになった。

 生活しながら家事を手伝い、文字を勉強した。

 日々身体を動かし、剣の扱いを学んだ。

 そうして、知識を蓄え、経験を積み、ヴェスタと家族その家族への感謝の念を日々深めていった。

 週に1度はヴェスタが直々に剣の扱いを教えてくれた。

 トールソン夫人はオリヤに息子のように接し、時に笑い、時に叱り、実の娘と別け隔てなく接して――いや、育ててくれた。

 娘はオリヤと比較的すぐに打ち解け、いつしか兄のように慕ってくれた。

 カイルやリヒト達にも度々会い、話し、時に剣の手解きを受けた。

 最初は冒険者になれないことに不満もあり、焦りにも似た感情に突き動かされがちだったが、まずは力を付けることを目標に定め心を落ち着けた。

 暇さえあれば訪れた冒険者ギルドでは冒険者に囲まれ、時にはおねーさんに囲まれ、今の自分が生前とは見紛うほどに可愛らしい子供な外見であることに感謝した。

 余談であるが、余りにも可愛らしい外見に、12歳にも見えないと話題になったらしい。

 冒険者ギルドの頭髪を全て剃り上げた筋肉の塊に妙に気に入られ、冒険者のイロハを教えてくれた。

 錬金術師ギルドでは錬金術とは何か、必要な道具、知識を教えられ、実践で錬金術を行う事もあった。

 魔術師アカデミーでは流石に魔術を教えられることは無かったが、幾人かの講師や学生が話しを聞かせてくれることは有った。

 傭兵ギルドは最近大きな戦争も無く、魔物もこの地域は大人しめとの事で物々しい雰囲気もなく、ここでも揉みくちゃにされながら可愛がられ、剣に加えて槍の扱いも教わった。

 生前に比べ、実に勤勉に有意義に生きた。教わること全てが、生活する日常が楽しくて仕方がなかった。

 無論、楽しい事ばかりではなかったが、それでも有意義であり、全体で見れば楽しかったのだ。

 そして、3年が過ぎた。15歳。成人の儀は間近だった。

 

 

 

 




区切りどころ、と言うか筆の置きどころが今ひとつわかりません。
長すぎるのかなぁ。
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