信じられるかい? まだ3日めの夜が明けてないんだぜ?
「この杖、鎖で繋げて貰えるかな?」
オリヤは言われた言葉を吟味するように目を閉じ、腕組みまでして黙考する。
妙なことを口走っている自覚は有るものの、まさかそこまで悩むとは思わなかったサリアは少したじろぐ。
サリアの要求が何を意味するのか理解できない妹とメイド、オリヤがどう対応するのか興味津々な魔王も口を閉ざし、成り行きを見守る。
少し間をおいて、オリヤは溜息と共に呟く。
「……サリア姉さん、性癖が特殊すぎるよ……」
重々しい呟きに、室内の時間が僅かに止まる。
トシロウは少し考えて、右の手袋をサリアに手渡す。
頷いたサリアは手早く手袋を着けると、魔力の循環と共に理解できた使用方法を元に、衝撃反射壁を右手に纏わせる。
流石にトシロウのように完全に腕に纏わせることは出来ていないが、右手を覆うように球状の反射壁が形成されている。
にっこり笑うと、サリアはそのまま右手をオリヤの側頭部に叩きつけた。
衝撃反射の拳は、サリアの振り抜く腕の威力に加え、オリヤの頭部と衝突する際の衝撃も完全にオリヤに押し付け、一方的にダメージを負わせる。
その威力は、オリヤが声を上げる間もなく昏倒する程の鈍い音を室内に響かせた。
「迷わずテンプルとは、流石に容赦無ェな」
5分程で意識を取り戻したオリヤが、それでもグラグラと揺れる頭を支えながら座り込んでいる様を、トシロウは特にフォローもせず、むしろ冷たい目で見下ろしながら言う。
脳裏に浮かぶのは、先程の見事な右フック。
腰の捻りの効いた見事な振り抜きは、戦闘民族であるミィキィですら見惚れるほどの一撃であった。
レベル・ステータス、それに獲物も相まって、一般人なら即死レベルの凶撃で有ったが、とっさに身を引いたオリヤは既の所で致命傷ですんだ、と言う事だろう。
魔王は解説しながら酒を呷る。
「いや、致命傷って死んでるからね、それ」
我ながら良く生きていると思ったものだが、サリアの殺気がまだ収まっていないのでそれ以上余計な事は言わない。
「私が言ったのは、杖を、であって。私を、なんて言ってないからね?」
手袋を外し、丁寧に畳んでお礼を付きでトシロウに返しながら、サリアは頬を膨らませる。
力いっぱい人1人撲殺できる拳を振り抜いておきながら、今更それは無いです。
ちょっとだけ可愛いと思いつつも、オリヤはそんな事を思う。
「いや、拳の硬化程度で済ますかと思ったが。咄嗟の事にしては、中々センス良いじゃないの、お姉ちゃん」
流石の魔王も、衝撃反射壁を相手に叩きつける、そんな使い方を考えて居なかった為に感心したように笑う。
隣では、色々溜飲の下がった思いのミィキィが、頻りに頷いている。
「で、その杖2本繋いで、どう使うんだ、姉ちゃん?」
少しぼーっと左のこめかみを擦るオリヤを放置し、トシロウはサリアに尋ねる。
そこで怒りの相を解くと、サリアは途端に恥ずかしげにうつむいてもじもじと両手の指を組んだり解いたりと、言い難そうに躊躇いを見せる。
「野趣溢れる殺人右フックの後で、可愛い動作とか遅すぎるから、サリア姉さん」
オリヤが懲りずに茶化すが、迎撃に放たれたクッションを顔面に受けてひっくり返る。
馬鹿も鳴かずば撃たれまいに……。
トシロウは呆れ顔を隠さず、後頭部を打ったらしいオリヤをフォローもせずに放置する。
「ま、馬鹿は置いとこう。で、ホントのトコどうなんだ?」
クッションを投げつけて息も荒いサリアに、この姉さんは二重人格とかじゃ無ェだろうなと内心で慄きながら、トシロウは話を向ける。
「あ、は、はい。えっと、杖を貰った時、魔術触媒として優秀だって事も感動したんですけど」
言いながら、愛おしそうに短杖を手に取り、目を閉じる。
「凄く頑丈で」
言いながら優しく杖を撫でるその手が、どこか悩ましい。
「打撃武器として使えそうだなって」
何言ってるのこの人。
うっとりと言葉を紡ぐサリアに、周りの面々はどう言ったものか、すぐには反応できない。
杖を貰いました。
魔術が凄く使い易くなりそうです。
此処までは判る。
殴っても良いんじゃないかと思うんです。
この感想は可笑しい。
そう思い、短杖の片割れを何気なく手にとったトシロウは、あぁ、と小さく呟く。
姉の立て続けの奇行に密かに思考を乱していたアルメアも、自分の杖を手に何となく眺める。
「なぁるほどなあ、こりゃあ確かに……棍棒だわな」
しげしげと眺め、ふと顔を上げると不思議そうな顔のアルメアと目があったので、サリアの短杖を手渡す。
ついでにアルメアの長杖を受け取り、その堅牢な様に舌を巻き、ミィキィに手渡してみる。
「……言われてみれば、私の杖もそうだけど、これもやたらと頑丈よね……」
アルメアは呆れたように言葉を紡ぐ。
こんな物を創ったオリヤに呆れるべきか、鈍器としての使用方法を見出した姉に嘆くべきか、迷いながら。
「なるほど、これは。余計な装飾もなく、バランスもおかしな所もなく。杖術を使うことに、問題はないですね」
少し周りから離れ、室内なので気を使いながら軽く振り回し、ミィキィは嘆息を漏らす。
魔王の手袋、エルフの長杖、短杖。
これはもう、自分も武器を強請るべきだ。
「室内で長物を振り回すんじゃありません」
常識人顔でトシロウがミィキィに注意する。
「まあ、それは判った。解ったんだが、しかしなんで鎖?」
その完成形は、実はトシロウには容易に想像出来ていた。
ヌンチャクと言うには大きいだろう。
しかし、その有様は二節棍という他はないだろう。
「両手で振るうのも便利そうだし、いざとなればリーチ伸ばせそうだし……」
あくまでも恥ずかしそうにそういうサリアに、妹はドン引きする。
姉さん? 優しくて、暴力なんて無縁、な、筈の……姉さん?
姉が何を言っているのか分からず、勝手に混乱の度合いを深めていく。
一方で話を聞きながら、トシロウと、起き上がったオリヤは顔を見合わせる。
「単純な二節棍だと、
オリヤがヌンチャクをイメージしていることが容易に理解出来たトシロウは、頷きながら答える。
「ある意味、両手で振り回すことにはなるだろうけどな。しかし、この姉ちゃんがイメージしてるのはやっぱ違いそうだな」
寧ろ、見たこともないであろうヌンチャクをイメージ出来ていたら大したものだ。
オリヤはサリアの方を向き、ポテチを摘みながら問いかける。
「鎖はどれくらいの長さが良いの?」
困ったら、求める本人に聞け。
オリヤは、恐らくイメージ出来ているであろうサリアに聞くのが最も早いと判断する。
トシロウも勿論異存は無く、同じようにサリアに向き直る。
アルメアは混乱しながらフライドポテトを摘んでいる。
「えっとね、普段は杖を普通に振れる様に、邪魔にならないくらいの長さで……出来れば、こう」
説明しながら、サリアは杖を両手に持ち、くるりとオリヤに背を向ける。
ふわりと上着の裾とスカートの裾が揺れる。
「後ろを回して繋がる位の長さが欲しい、かな」
ふむ。
オリヤは既に材料の選定に入っている。
鎖はそのものが有るが、イメージの良いものではない。
何しろ、サリアが奴隷として売られ行く馬車の中で、その首に掛けられていた首輪、それにつながっていた鎖だ。
使うにしても、全く別の形にして使いたい所だ。
が、その鎖を素材から排除しようとして思い留まる。
サリアを絶望に括り付けたその鎖だったら。
サリアの負の力を受け止める物として最適ではないだろうか?
言えば、恐らく良い顔はしないだろう。
嫌悪の度合いが強すぎて、オリヤに対する嫌悪を超えて鎖を厭うだろう。
「どうしたの? やっぱり、難しいかな?」
思わず考え込んでしまったオリヤは、サリアの心配げな声に顔を上げる。
「ああ、いや、作るのは簡単なんだけど」
流石に、躊躇う。
あなたを縛っていた鎖を使いますよ、と言う事実を。
それを選んだ理由など、もっと言えない。
「ローズゴールドって、どうやって再現すれば良いのか判らなくて」
「なんで? というかローズゴールドって何⁉」
だから、敢えてズレた答えでいなす。
「金と銀、それに銅とパラジウムの合金だ。配合率までは流石に知らん」
思わず口をついた適当な逃げ口上に、まさかの魔王様が答える。
なるほど、そうなると素材が一つもない。
有るのは鉄の鎖、同製品の幾つか、鉄製品の何か。
「あー……。なるほど。なるほど」
オリヤは悩ましげに表情を歪め、眉根にシワを寄せる。
サリア姉さんを縛っていた鎖に、サリア姉さんを護る使命を与えるために、決断する。
短く区切った言葉を並べて、オリヤは自分を納得させる。
大丈夫。
そうと決まれば話は進む。
「サリア姉さん、杖貸して」
サリアは一瞬躊躇する。
理由は、自分でも判らない。
オリヤの顔が、見た事もない程に穏やかだったのが、妙な不安を掻き立てたのだ。
しかし、それだけでは根拠に乏しく、だからサリアは見逃してしまった。
短杖を2本、揃えてオリヤに手渡す。
受け取った杖をアイテムボックスに一度仕舞い、オリヤは目を閉じる。
脳内工房を起動し、目の前の杖のイメージをその中に落とし込む。
せめて鎖は繊細なイメージのものを創る。
「ごめんね、お目付け役さん」
隷属の鎖はそのままでは無く、一度完全に分解され、オリヤの魂を素材として別の物へと生まれ変わっていく。
そう。
素材がないなら、
昨日程の無茶が無ければ、問題無い筈だ。
昨日の乱制作で5%で済んだのだし、今後乱用しなければ良い。
我ながら詭弁だとオリヤは内心で嗤いながら、作業を進める。
元々白木のような美しい肌目の木材を使用しているので、見た目には派手さではなくシックな方が良いだろう。
2本の杖を、心持ち長めの鎖でつなぎ合わせ、杖の石突だった部分には鎖と同じ素材のキャップ状の接合子を用いる。
全体の強度を格闘戦を想定して向上させつつ、鎖にも魔力線を通し、簡易的な魔術回路として作動させる。
飾りに使用しているラピスラズリも硬度を上昇させ、見た目に派手な突起や刃こそ無いものの、純粋な鈍器として破格な性能を発揮できるように、衝撃増加、対物重量増加――攻撃した対象にのみ、重量が増加して打撃を伝える――の魔術加工を施す。
それでいて、全体重量は約20%減少。
魔術を重ね掛けする限界にはまだ余裕があるが、今無理に術式を埋める必要もない。
必要に応じて、その都度付加するのも良いだろう。
目を閉じているのに、目の前がグラつく感覚。脳内の映像が乱れたのを感じ、オリヤは急いで加工を終了させる。
魂云々の前に、意外とサリアに殴られたダメージが尾を引いている。
取り敢えず出来上がったから、今日は早めに休もう。
オリヤはそう決めると目を開け、アイテムボックスから短杖――2節短杖を取り出すと、サリアに手渡す。
「わあ! 凄い、イメージ通り! ありがとう、オリヤ!」
瞳をキラキラと輝かせて受け取るサリアが、杖を両手に持ってくるくると踊るのを眺めながら、オリヤは思う。
なるほど。
命を脅かす攻撃を受けた後、碌な回復もしないで魂を使うと、意識が飛ぶのね。
暗転する室内がぐるりと廻る様子をぼんやりと眺めながら、オリヤは安らかに意識を手放していた。
寝ぼけ眼で鈍痛の走るこめかみを押さえて、触った途端に走る激痛に跳ね起きる。
見回せば、見慣れつつ有る自室だ。
記憶を辿り、大皿ポテト三昧辺りで空腹を覚え、続く記憶を辿りながら手早く着替えを済ませ、キッチンへと向かう。
「頭痛で目を覚ますとか……二日酔い気分だよ」
無論、頭痛の正体はアルコールではなくテンプルヒットなのだが、元を辿れば自業自得な辺り、二日酔いと大差あるまい。
しかし、妙に拍子抜けに思い、その理由に思いを向ける。
てっきり、また呼び出されてお説教コースだと思ったのだが。
あまりに続く痛みに、よもや骨折かと自作の
重症と言えば重症だが、すわ骨折かと色めきかけた自分を恥じ、一人赤面する。周りに誰も居なくて良かった。
だがしかし、痛いものは痛いし、軽傷では無いからこんなに痛いんだろうと思い直すと、やはり自作の
元々一人旅を前提に「色々と」準備していたのだ。
回復系は思いつく限り揃えてある。
冷蔵庫の前で朝食のメニューを考えながら、そう言えばポーション系は創っていないと思い至る。
自分で使わなくても、誰かに使うかもしれないと思えば創っておくべきだったかもしれない。
今後は仲間もできた事だし、余計に必要になるだろう。
「よう、おはようさん」
声に気づき、振り返るより早く、頭をくしゃくしゃと撫で回される。
「おはよ、やめてよちょっと」
律儀に挨拶を先に返しながら、鬱陶しげに撫で回す手を跳ね除ける。
振り返れば、ノータイにカッターシャツの魔王様がヘラヘラと笑っている。
「いやー、
わははと笑いながら、ぽんぽんとオリヤの頭を叩き、当たり前のようにテーブルに付く。
「子供扱いは良いけど、15だからね。この世界では成人だよ、成人」
ムッとした顔でトシロウの様子を眺め、抗議してみるが、案の定全く通用していない。
「朝メシは何だ?」
「……なんでウチの大人は、自分で作ろうって気概が無いんですかね?」
冷蔵庫に向き直り、中から卵を5つ取り出すとキッチンに並べ、皿を同じく5枚用意する。
トシロウの隣に、当たり前のようにミィキィさんが腰掛けている。
……このメイドさんは、せめて手伝うとかしてくれないのだろうか。
「いやあ、働き者のオリヤくんが居てくれて助かるぜ」
全く1つも悪びれること無く、トシロウの笑顔はいっそ晴れやかである。
「朝食後、私の武器も創ってください」
メイドさんは昨夜武器を手に入れそびれて、少し焦り気味のようだ。
そう思うなら、ちょっとは手伝ってほしいと思う所存であるが、伝わっては居ない様子である。
「おはよう、オリヤ。みんな起きてたのね」
パタパタと、スリッパを鳴らしながらサリアがキッチンに駆け込んでくる。
「オリヤ、大丈夫? 昨日倒れちゃって、心配したんだから」
サリア姉さんは言葉通り、心配そうにオリヤに駆け寄ってくる。
だが、倒れた理由は姉さんの右フックです。
原因はオリヤ自身ではあるが。
そんな事を考えなら、オリヤはフライパンを温める。
「うん、大丈夫だよ。朝ご飯は、目玉焼きでいいかな?」
フライパンの様子を確かめながら、何気なく言う。
そんなオリヤの隣に立つと、サリアは覗き込むようにして問いかける。
「ごめんね、ありがとう。何か手伝えること、有るかな?」
オリヤは、不意にこみ上げる涙をぐっと堪える。
まさか此処に来て、まともな大人に出会えるとは。
サリア姉さんの常識人力に感動すら覚える。
怒らせると右フック、いや、今や近接打撃武器持ってるんだけど。
「おあよー、オリヤ、あさごはんなーにー?」
感動と恐怖を同時に噛み締める背中に掛かる酷く気だるげな声に、オリヤは振り返りながらがっかりする。
服こそきちんと着ているが、微妙に寝癖が残った眠気眼が、キッチンの入口で枕を抱えて立っていた。
髪の色こそ違えど、顔の造作は同じなのに……。
まるで印象が違う。
「こら、アルメア! あなた、髪ちゃんと整ってないじゃない! それに何、その枕!」
アルメアの姿に、堪らず駆け寄るサリア。
妹の手を引いて、パタパタと部屋へと戻って行く。
「お母さんだ」
「おかんだな」
「お母さんです」
キッチンに残された3人は当然の様に、口を揃えて同じ感想を述べるのだった。
幸い、目玉焼きは綺麗に出来た。
実の処、不安しか無かったのであるが、結果オーライという奴である。
カリッと焼き上げたベーコンを添え、サラダを作るのが面倒になったオリヤは各皿にトマトを切り分ける。
「バターは各自で塗ってね」
そう言いながら自家製バターを収めた容器をテーブルに載せ、それぞれの前に目玉焼きの載った皿を並べていく。
配膳には、手のかかる妹の面倒を見終わったお姉さんが手伝ってくれた。
そして、焼きたてのトーストを載せた皿も配り終わり、その頃には面倒くさくなったオリヤが創造力でスープを作り上げて、全員の朝食の準備が整う。
「いただきます!」
期せずして4人の声が揃い、それにやや遅れて控えめな「いただきます」の声が続く。
そこからは、朝からにぎやかな朝食の時間だ。
「本当にやわらけェ……久々だぜ、こんなパン」
同じ輸出組の先輩であるトシロウが、冗談抜きに涙混じりの声を上げ、オリヤは軽く引く。
「ええぇ……。あれ、他の街でこんなパンって無いの?」
トーストをちぎりながら、引き気味に尋ねる。
「無ェこたねェけど、ここまでってのは初めてかもな」
トシロウが大げさに鼻をすすりながら答える。
「私はこんなパン、初めてだったよ。酷いところだと石だもんね、まるで」
アルメアが思いの外丁寧にトーストにバターを塗りながら、嬉しそうに答える。
石みたいって何だ? と思うが、うまく想像出来ない。
オリヤが来たばかりの頃に体験したパン食は確かに歯ごたえの有るものだったが、流石に石のようだと感じたことはない。
アルメア姉さん、ホントに石食わされたんじゃないだろうか。
この人なら、ホントにバター醤油で炒めたら石でも食いそうだ。
「地方によって微妙に製法に差が出ますからね。硬めを好むというか、元々そういうものだと思えば気にならないのでしょうね」
楚々とした動作でナイフとフォークを操り、目玉焼きを蹂躙しながらメイドが感想を述べる。
この人はホント、佇まいだけは理想のメイドなんだけどなァ……。
「トーストも良いけど、あの、バターロール? も、温めたら美味しそうだよね」
そんな何処かしっかりして欲しい大人たちの中で、サリア姉さんの感想には「貴女は天使ですね」以外の感想が出てこない。
なにそのかわいい感想。
聞き様によっては目の前のトーストの存在を無視した暴言であるが、純粋に食べたいのだろう。
早速叶えたい所だが、それをやると妹さんが活性化する。
どうせデザートと称したおやつを強請られるに決まっているのだ、此処はトーストで我慢していただこう。
「そうだねぇ」
だから、笑顔で頷いて誤魔化す。
ちなみに、アルメア姉さんはトーストを4枚、サリア姉さんも幸せそうに4枚平らげていた。
「さて、武器です、オリヤさん」
デザートのアイスクリームを突きながら、ミィキィが満を持して声を上げる。
ですよねぇ、オリヤは観念したように椅子に座り直すと、改めてミィキィを、そのステータスを見る。
筋力・敏捷・知性が高く、オリヤはなんだか納得できる様な釈然としない様な、居心地の悪い気分を味わう。
考えて見れば、この自分でさえ知能は高いことになっているのだ。
ステータスの数字って、案外当てにならないかもしれない。
さり気なく酷いことを考えながら、オリヤは構想を練る。
「ミキ姉さんは、どんな武器が良いの?」
本人の嗜好を確認するのは基本。
見た目と昨日の様子から、ダガー、それも短めの方が良いかと当たりを付けているが、何事も聞いてみなければ判らない。
油断は禁物である。
「これが、今の私の武器なのですが」
少し構造が気になるスカートのスリットからダガーナイフを1本抜き出し、オリヤに手渡す。
ミキさんの御御足に括り付けられていたのか少し暖かく、ダガーにドキドキするという珍事が発生しつつも、オリヤは検分を始める。
「これを強化する方向で? それとも、新しいのが欲しいのかな」
刃渡りで言えば30センチ程度、こんなのが、あのロングスカートの下にあったのか。
なんとも羨ま……けしから……危ない真似をするものだ。
いや、流石に抜き身に近い状態で括り付けはしないだろう。
ホルスターくらいは有るだろう。
今はたまたま、椅子に座ってる格好だから足に沿って密着状態であっただけだろう。
「出来れば、新規で2振り欲しいのです。出来れば……オリヤさん?」
考え込むオリヤの目に不審な何かを感じたらしい、ミィキィの瞳が咎めるように変わる。
「あ、ああ、何でも無いっす。2振り、長さは同じで?」
疚しさを隠すつもりで、オリヤはふいと視線を反らす。
若いな。
トシロウはニヤニヤとその様子を眺め、エルフ姉妹はなんとも言えない微妙な微笑ましさで見守る。
「いえ。出来れば、もう少しで良いので、長めの物を」
長めの……。
オリヤはふと、トシロウに顔を向ける。
「あ? あんだよ?」
向けられた方は口調はぞんざいだが、表情も面倒くさそうに答える。
「いや、あのね。思い付いたんだけど」
そんなトシロウの心温まる対応を無視しながら、オリヤは続ける。
「脇差とか、どうかな?」
オリヤの提案に、トシロウは顎に手を添える。
「小太刀……だと長いか?」
「刃渡りだけで倍近くなるよ? 脇差だったら、だいたい40センチくらいでしょ」
オリヤが両手を広げて、「これくらい」と言いながら、トシロウの言う小太刀の長さを示す。
「んー……どうせ、違ったところで再利用出来るんだろ? 試しに創って見せたらどうだ?」
創るのはオリヤだからと、魔王様は気軽である。
その再利用がなんか悔しいから、出来れば一回で決めたいんじゃんよ。
「鍔は小さめで、とか思うんだけど」
せめてディティールの大まかな所だけでも、決めてしまいたい。
ふと見ると、オリヤは兎も角、トシロウが自分の武器について意見をくれるのか、期待した眼差しのメイドさんが居る。
ほらあ、メイドさんが期待してるんだから、ちったあアイディア出せよ魔王さんよぉ。
口に出さないように注意しながら、オリヤはそんな事を考える。
「あー、なるほどな。鍔は小ぶりで、鞘の色は、無難に黒か? ……ミキ、お前さんの好きな色、紫だっけか?」
トシロウはオリヤの提案を受け、思考を進める。
その中で、ふと思い立ち、魔王はメイドに声を掛ける。
「え、あ、あの、はい。私は紫色が大好きです」
魔王様が、覚えていてくれた。
以前、何気ない会話の中で伝えた、好きな色の事。
それだけの事だが、ミィキィは嬉しさに顔を綻ばせる。
花の咲くような笑顔に、オリヤは素直に見惚れてしまう。
「じゃあ、オリヤ。この紋章を……おい」
トシロウがハンカチを取り出し、手渡そうとしてオリヤの様子に気づき、呆れ顔になる。
「はい? え、なに?」
オリヤは(オリヤ的には)急に話を振られ、慌ててトシロウの方を見る。
「あのな……まあ良い。この紋章を、鞘にいい感じで入れてくれ。色は紫、明るめのほうが好きだそうだ」
オリヤの目の前にハンカチを、そこに刺繍された紋章を突きつける。
象形文字のような紋章は、有る種のゲームで見たような気もする。
思い出せないが、オリヤはその紋章を記憶し、脳内で転写する。
「あ、ミキさん、なんか欲しい機能とかある?」
自分の武器に、魔王様の紋章を、自分の好きな色での使用を許された。
それだけで天に昇ろうかというミィキィは、オリヤの質問に「お任せします」と答え、恍惚の相を浮かべている。
幸せそうで結構だなあ、と、オリヤは任されることにして、作業を開始する。
ミスリルの比率を多めにしつつ、昨日創っていた金と鉄を混ぜる。
思いの外硬度を増した事と、金を混ぜたら何故か鮮やかな蒼に染まるインゴットに一人で驚嘆しつつ、刀身を創り上げていく。
特殊な機能は無し。トシロウのグローブと同じ機能を付けるのも有りだが、使いこなしにセンスが必要となる。
要望があれば追加できる様にしつつ、魔術触媒化もしておく。
どちらかと言えば後々の拡張性のための下地で、ミィキィの魔術師としての資質の有無はこの際関係ない。
脇差を2本、キッチリと作り上げると、鍔元に紋章を魔術線で刻み、同じ様に鞘にも紋章を刻む。
ちなみに、漆はなかった為、黒は適当な染料を使用している。
最後に、鞘を含めて全体を硬化させ、かつ、柄に適度なショック吸収機能を持たせ、完成である。
さり気なく、シックな金色の小さめの鍔には魔王様の紋章をあしらい、下げ緒は少しだけ暗めな紫。
そう言えば、髪も紫がかってるなあ、などと、あんまり関係のないことを考えながら、オリヤは2振りの脇差を取り出し、ミィキィに差し出す。
その武器は、ミィキィにとって見慣れない物だった。
反りのある、シルエット。
鞘は漆黒で、紫の下げ緒と、やや明るい紫色の魔王様の紋章が浮かび上がっている。
同じ物が2振り。
逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと刃を抜き放つ。
そして、ミィキィはその刃の美しさに言葉を失う。
光を放つかのような、鮮烈な青い刀身。
浮かぶ刃紋は不規則では有るが美しく、優美にその刃を飾る。
そして、鍔元にも浮かび上がる紋章。
柄の、手に吸い付くような心地を確かめ、静かに心が高揚するのを感じる。
2振りとも確認し、鞘に収めると、ミィキィは抱きしめるように抱える。
「ありがとうございます。大事に使いますね」
ミィキィの笑顔が眩しすぎて、オリヤはドギマギと目を逸らす。
女に慣れてないのか、コイツは。
トシロウはニヤニヤと、エルフ姉妹も微笑ましい面持ちでオリヤを眺める。
「ミキ、その武器は腰に下げたほうが良いな。今までの獲物よりも長ェし」
「はいっ!」
こうして見ると、純粋に魔王様が好きなんだなあ。
オリヤはオリヤで微笑ましい想いを抱きながら、ミィキィを眺める。
こんな人が、昨日は殺気剥き出しで喉元に刃を突きつけてきたんだよなあ。
怖ぇ。
のんびりと微笑みながら、オリヤはちょっとだけ身を震わせる。
怒らせないように気をつけよう。
いそいそと腰の左右に脇差を吊るす様子を眺めながら、密かに心を決めるのだった。
デザートのアイスを平らげ、身嗜みを整え、一行はディヤクーフ近くの草原に出現した。
最後にオリヤが扉を閉めると、扉は空間に溶け込むように消え去る。
「あ、そう言えば」
オリヤは懐に手を入れ、見た目を誤魔化しつつアイテムボックスからブレスレットを4つ取り出す。
此処に居るメンバーはオリヤの能力を知っているが、念の為だ。
何処でボロが出るか分からないから、習慣づけておくのだ。
「これ、昨日魔王様に頼まれてた『鍵』だよ」
言いながら、それぞれに手渡していく。
これで、それぞれが好きなタイミングで
「おお、なんだ、結局創ってたのか」
「アンタね……」
トシロウが能天気に笑うのを、オリヤは苦々しく見つめる。
アンタが言い出したんでしょうが。
「これ……それぞれが同時に戻ろうとしたら、どうなるの?」
アルメアが、ブレスレットを右手首に付けながら、不思議そうな顔で問う。
左手首に付けながら、サリアも興味深そうに顔を上げる。
「大丈夫、現状で言えば、最大5つ、同時に扉を出せるよ」
オリヤがのほほんと言い放てば、受けた方は顔を見合わせ、それぞれが何となく別々の方向に手を翳す。
「……呪文とか、何か要るのか?」
翳したものの、どう使うのかピンと来てない魔王様が疑問顔をオリヤに向ける。
「イメージで大丈夫だけど、なんか適当な掛け声があれば、出現タイミングの制御はしやすいかも?」
説得力のない表情で、オリヤはいい加減に答える。
ブレスレットそれ自体が鍵であり、使用はイメージするだけで問題ない、そういう風に創っているが、掛け声が有っても問題はない。
再び4人は何となく顔を見合わせ、手持ち無沙汰な翳した手に力を入れ直すと、それぞれに好き勝手な掛け声を掛けていく。
「扉よ」
「ドア!」
「開いとけ」
「お出でませ」
実に纏まりのない掛け声の先に、それぞれの扉が出現する。
「アルメア姉さん……ドア! って……」
「何よぉ! 良いでしょ、別に!」
ニヤニヤ顔のオリヤに噛みつきながら、アルメアはドアを開き、中を確認する。
同じ様にそれぞれもドアを開く。
「行く先は同じだよ。同時に駆け込んでも、ぶつからないように『安全空間』も完備。うん、流石俺だね」
ちゃんと機能することと、即座に湧いた疑問にすぐに与えられる返答に感心しつつ、オリヤの自賛には無視を返す。
4人はそれぞれ出入りを数度繰り返し、扉を閉めるか念ずれば扉が消えることを確認し、改めてブレスレットを眺める。
「結局形にしたんだね」
サリアがポツリと漏らすと、オリヤは得意げな表情から一転、少しバツが悪そうに頭を掻く。
「うん、いい方法が思いつかなくて……」
魔王様には魔力鍵化しろと勧められた。
だが隷属の環を想起してしまい、勝手に人様に魔力回路を書き加える、或いはそれに近しい行為は気が咎める。
その辺りの事情を知らない魔王様は相変わらずの呆れ顔だが、その辺の思惑を伝えるには、エルフ姉妹と出会った経緯の説明もしなければならない。
その辺りは非常にセンシティヴな話題になるので、事前にエルフ姉妹と話し合っておかねばならないだろう。
それはさておき。
「いやまあ、良いんじゃねェの? なんだかんだ言って、
トシロウは不敵に笑うと、徐にブレスレットを外し、握りつぶすようにそれを砕く。
突然の行動に、オリヤ以外は言葉もなく、オリヤは呆れの混じった溜息を吐き出す。
「……なぁんで、説明してない事に気づいちゃうのかな」
苦々しげなオリヤの口調に、トシロウは上機嫌にふんぞり返って応える。
「解析した」
自信満々に言い放ち、魔王は腕を振るうとドアを現出させる。
「イメージさえ出来れば、掛け声もいらねえんだな。便利便利」
理解が追いついていない鬼人とエルフ姉妹はぽかんと、その様子を眺めているしかない。
ブレスレットはワザとある程度の硬質化をさせ、脆さを付与してあった。
それは、本人の意思で――具体的には、魔力で包み込むように握り込み、握りつぶす事により――破壊すると、「
本来はもっと後で、その性質上壊れやすい事に疑問を持った誰かに質問されてから説明するつもりだった。
便利に使って、それになれた頃なら、魔力回路への書き込みに対する抵抗も少なくなるかもしれない、と。
だが、オリヤの鑑定と同等以上の能力を持っていたらしい魔王様は、あっさりと仕様を看破。
事も無げに腕輪を砕き、魔力回路に取り込んでしまった。
「思い切りが良いと言うか……抵抗とかは無いのかよ」
なんだか、色々考え込んだことがバカバカしく思えてきた。
「ちゃんと解析して、害が無いことを確認してるよ。行き当りばったりで行動するほど間抜けじゃねえさ」
自信満々な魔王様だが、オリヤとミィキィは、特に後半部分に疑わしげな面持ちである。
とても行き当りばったりで行動する人にしか見えないんだけど、そうか、違うのかぁ。
とても胡散臭い眼差しを魔王様に向けるオリヤは右袖を引かれ、振り返る。
「あの、ごめんね、どういう事か説明が欲しいんだけど……」
そこでは、トシロウの行動の意味を理解しかねるサリアが、困惑の表情でそこに居た。
比較的簡単にオリヤが説明し、トシロウが補足を入れて、残りの3人は手元のブレスレットを眺める。
「つまり、これに魔力を流しながら握りつぶせば、私の魔力回路に追加されるの……?」
アルメアは外したブレスレットをしげしげと眺める。
その隣で、サリアは難し顔で考え込んでいる。
「魔力を流す、ですか。あまり得手では無いですが、問題は無いのでしょうか?」
便利になる、位にしか考えていないミィキィは深く悩みもせず、むしろ方法の方にハードルを感じているようだ。
まあ、このメイドさんは気にしないだろうし、問題もないだろう。
単純に「
いるのだが、サリアやアルメアはやはり抵抗があるのだろう。
さもありなん、オリヤは考える。
あり方も干渉方法も違うが、隷属の環を連想しない訳は無いだろう。
だから、無理に
そう伝えようと口を開きかけたその時。
軽やかな破砕音が、サリアの手の中で響く。
続いて、アルメアも迷いなくブレスレットを握り潰す。
むしろ、アルメアは何処か誇らしげである。
「ドアァ!」
その表情のまま右手を翳すと、空間にドアが現れる。
掛け声が変わらない辺り、お気に入りの様子である。
「うん、無くす心配もなくて、何より便利! オリヤ、ありがとね!」
実にイイ表情で言われては、あっけにとられていたオリヤも複雑な表情を浮かべるしか無い。
妹と同じ様に、しかし掛け声無しでドアを出し入れ――実に不思議な表現だが――したサリアも、どこかスッキリした顔をオリヤに向ける。
その隣で難しい顔を浮かべ、魔力を流そうと苦戦しているメイドさんを眺め、そしてトシロウに視線を巡らせて。
自分の心配が、ただの杞憂だったと知り、思わず天を仰ぐオリヤは気づかなかった。
サリアが、オリヤの「気遣い」に、きちんと気が付いている事に。
冒険者ギルドは、今日もそこそこの賑わいだ。
戦士は併設の食堂のテーブルに陣取りながら、入り口を眺める。
「なんだ、アロイスじゃねえか。まだ早えってのに、珍しいな?」
その背中に声を掛けられ、戦士――アロイスは振り返る。
「ああ、ちょっと人を待っててな。昼でも奢ってやろうかってな」
なにせ、もっと時間がかかると思っていた遠征探索からあっさり帰還できたどころか、下手をすると帰り道で死にかけていた所を救われてもいるのだ。
2食程の恩義も有る。
街の中に入らず外で過ごしたのは、路銀が無かったのか、或いは別の理由か定かではないが、もし前者だとすれば水臭い事だ。
昨日はクエストの報告に気を取られてうっかり失念していた部分もあるが、今日は落ち着いているし、報酬で懐も暖かい。
昼1食位なら、奢らせてもらいたい、そう思い待っているのだ。
「へぇ、なんだ、いい女か?」
口髭の戦士の興味深そうな質問に、アロイスは笑って、口を開きかけるが。
「すこぶる付きのいい女だったぜ? だけど辞めときな、男付きだ」
その口髭戦士の肩を叩き、軽薄そうな笑顔の盗賊が応える。
「それにアレは、見た目の割に食費がかかるぞ? お勧め出来んな」
その盗賊の後ろから、ドワーフの重戦士がのっそりと姿を表す。
「あん? やたら食ういい女? なんだそりゃ、魔獣かなんかの話か?」
口髭戦士の感想に、3人はしばし顔を見合わせ、そして笑い出す。
「魔獣か! おとなしい顔して3人前は食ってたからな、ある意味魔獣かもな!」
盗賊、ケーレが可笑しそうに笑うと、重戦士ルブランも笑いながら頷く。
「3人前食うイイ女ぁ? 悪い、想像つかん」
口髭の戦士は肩を竦めると、やってきた魔術師と挨拶を交わし、入れ替わるように立ち去る。
「なんだ、クレイオスも来たのか。義理堅い事だ」
上機嫌のルブランが魔術師を茶化すように笑うと、魔術師もおどけるように肩をすくめて答える。
「まさか、みんなより遅くなるなんて思わなかったけどね」
正直、ルブランとケーレが来ているとは思わなかった。
今日、此処に集まるなんて決めていないし、そもそも、「彼ら」が此処にいつ頃現れるか、今日来るのかすら判らない。
だと言うのに、彼らは示し合わせるかのように、この時間に集まった。
ウェイターに適当な飲み物を頼みながらそれぞれ席に陣取り、そしてアロイスがそうしているように、入り口を注視する。
待ち人は、彼らが考えるより早くギルドの扉を押し開けた。
やっと次の街の冒険者ギルドに到着。
あと、話し出てこなくて時間かかってごめんなさい;