タイトルなんて募集中ですよ   作:naow

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到着ディアクーフ!
冒険者らしい活動は、果たして開始されるのか?


冒険は目的が大事なの

 豚肉と牛肉をン十キロ単位で買い、アイテムボックスに収めて店の主人の度肝を抜いたオリヤは、待ちきれないパーティメンバーが屋台で串焼きを食べているのを見て小さく肩を落とす。

 

 なんでちょっと目を離した隙に、なんか買い食いしてる訳?

 

 音頭を取っているのがトシロウであることを意外に思うものの、ちょっと考えて見れば誰が言い出したかはあまり関係ない。

 自分の興味の無いものの買い物となると、なんとも淡白な仲間たちである。

 

 連中の夕食から肉を排除してやろうか。

 

 割と本気でそんな事を考えながら、オリヤは仲間たちの方へと歩いていく。

 この後もまだまだ買い物は続くのだが、この連中はちゃんと着いてきてくれるのだろうか?

 心配は尽きないのだった。

 

 

 

 食い物通りというだけ有って、そこはアルメアにとっては理想郷のような光景だった。

 大多数は人間の人混みに若干ならず不満は覚えるものの、それでも尚、その光景に圧倒される。

 主に、出来上がっている食品達……屋台の商品群に。

 料理スキルの持ち合わせが無い事を理由に、台所に立たない系エルフのアルメアは食材に対する興味は意外と薄い。

 出来上がりにしか興味が湧かないのである。

 すでに食べた事の有る料理名を出されて、そして原材料としての食材を提示されて初めて、その両者の関係性に気付くという有様だ。

 そういう理解深度、かつ興味度なので。

「ねー。オリヤぁ、今日はもう依頼も受けないんだったら、移動拠点(おうち)に帰ろうよー」

 真剣に小麦粉の品質を吟味しているオリヤの様子に、早々に飽きを感じていた。

「もうお肉買ったし、晩ごはん出来るでしょー」

 アルメアの帰宅催促に、オリヤではなくトシロウが苦笑いし、サリアが恥ずかしげに顔を手で覆う。

 メイドさんは表面上は顔色を1つも変えていないが、内心はアルメアと同様であったりする。

「あのね……。アルメア姉さんはパンは要らないのかね」

 ちょっとだけジト目を横に流し、オリヤは小麦粉の吟味に戻る。

 吟味と言っても何のことはない、品種ごとに分けられているそれぞれを、勝手に無断で「鑑定」しているだけである。

 神様から貰ったもう一つの力と「接続」し、オリヤの鑑定能力は人知れずヴァージョンアップを果たしているが、そもそもの仕様を知っているのもオリヤだけである。

 ジト目を投げかけられた方はそんな事など歯牙にも掛けず、並ぶ小麦のサンプルとそれの詰まった麻袋を見て、そしてオリヤに視線を戻す。

「パン?」

 あー。小麦粉と、パンとが結びつかなかったんかー。

 今度は視線をサリアの方に向けると、こちらには恥ずかしそうに視線を逸らされてしまった。

 オリヤと目が合うのが恥ずかしい……等と言うことでは決して無い。

 いかに鈍感なオリヤと言えど、それは流石に判る。

「パンが何で出来てるのかは知ってるんだよね?」

 些か心配になったオリヤは、念の為に質問を投げてみる。

「あのねぇ……そんなの、小麦に決まってるでしょ」

 問われた方はムッとして答える。

 それは知っている、と言わんばかりだが、オリヤはその回答に不安の増大を感じた。

「その……小麦から小麦粉を作って、っていうのは……知ってるよね」

「……バカにしてる?」

「えっ」

 重ねた質問と、その回答に、それぞれの表情。

 オリヤは心底意外そうに、アルメアは不満を顔いっぱいに浮かべて。

 後ろでは、ホッとした顔のサリア。

 

 この姉さん、食う事しか考えて無い筈じゃ。

 

 小麦粉すら知らないと読んでいたオリヤだが、普通に考えて馬鹿にし過ぎである。

 サリアの様子を見るに、実の姉にも疑われていた様ではあるのだが。

 横で聞いていたトシロウが、堪えきれずくつくつと笑いを零す。

「お前な、日本的感覚とかそういう問題じゃねえぞ。パン食文化云々の前に、どんだけ料理に興味なくても小麦粉位知ってるだろ」

 厨房に入るどころか包丁にも触らせて貰えない、凡蔵貴族の箱入り令嬢でもあるまいに。

 肩を揺らすトシロウに、オリヤは過剰気味な驚きで返す。

「えっ⁉」

「アナタ、いい加減失礼ね⁉」

 イライラ度合いがいい加減高まりすぎているらしい。

 アルメアはいつの間にか長杖を取り出し、オリヤの鼻先に突きつける。

 その後ろで、メイドさんが苦笑いの表情でオリヤを眺めている。

 

 頑張れ、少年。

 

 ミキの応援は、勿論言葉に出されていないのでオリヤに届いては居ない。

「私だってお料理を手伝った事くらいはあるわよ!」

 鼻息も荒く、自信満々に言い切る。

「……料理したことが有る、とは言わないんだね……」

「……嘘ついてもどうせバレるモン……」

 オリヤの指摘に、少し間を置いて素直に答えるアルメア。

 眺めていた姉の方は、恥ずかしさに顔を上げられない。

 

 後でちゃんと料理を教えないと。

 

 オリヤもまたサリアと似たような事を考えながら、こちらの様子をニヤニヤと、というかハッキリ笑いながら見ている穀物商の主人に声を掛け、気に入った小麦を数種、やはり大量に買い込むのだった。

 

 

 

 どうにも面白いことが無い。

 D級冒険者である彼女は、密かに想いを寄せているアロイスという男が急に旅立った事を知り、些か不機嫌だった。

 面白みは無いけど、堅実で、それでいて勝負所では恐れず前に出る男。

 何度か臨時のパーティ要員として彼の仲間たちと依頼を熟したこともある。

 ここ数週間はそれこそ依頼を受けて街を離れていたかと思えば、腰を落ち着ける間もなく旅立ってしまった。

 

 折角、牛肉の香草焼きのレシピを新しく作り直したのに、披露する間も無いなんて。

 そんなせっかちな奴だったかな。

 

 晴れない気分でそんな事を思いながら、いつもの食材通りに足を向け、そこで人目を引く服の、ひょろりと背の高い男を視界に収める。

 

 あれは、昼にギルドハウスで見かけた……。

 

 冒険に出かける様な服装には見えないが、あれで冒険者なのだという。

 見れば、仲間と一緒に、5人であちこち覗いているようだ。

 だが、買ったものは無いのだろうか、誰も荷物らしきを持っていない。

 

 冷やかしかい? 或いは……下見か。

 

 特に興味を惹かれた訳でもないのだが、何となく男とその一行を眺めてしまう。

 なんというか、アロイスとは違うタイプの……どちらかと言えばケーレに近い、陽気な雰囲気の男。

 恐らく、あの男がパーティリーダーだろう。

 

 仲間は、女3人……1人はあれ、冒険行くつもりは……あ、腰に剣が有るね。

 えぇ? あんな格好で何の依頼を受けるんだい?

 ま、まあヨソ様のことだ、あんま詮索はしないけどさ。

 それと、あれは……荷物持ちの子供かい?

 

 一行の中で、一際若い――というよりも子供にしか見えない――少年に目が留まる。

 

 他の街ではそういうのも有るって聞くけど……この街で荷物持ちの子供を雇ってるのは初めて見るかな。

 ……まあそれこそ、訳ありかも知れないから、とやかく言うことも無いけどね。

 

 そう思う彼女の脳内では、苦労して働き幼い兄弟を養う、荷物持ちの少年の苦労を(勝手に)幻視してしまっていた。

 

 苦労してるのかな……強く生きるんだよ。

 

 そんな事を考えながら、気が付くとその一行との距離が近くなっている。

 向こうはあちこち見ながら、コチラは特に周囲に目を奪われることも無かったので、当然の結果とも言えるが。

 そんな事を考えている間に、向こうの会話が判る程度の至近距離まで接近していた。

 

 

 

「パンは判ったし、カラアゲは、お肉を小麦粉で包んで揚げるっていうことなのね?」

 銀髪のエルフが、確認するように指折りしながら言う。

 

 パンは兎も角……カラアゲ? なんだい?

 

「ま、うん、そんな感じかなぁ……ざっくりとだけど」

 少年がエルフに答えて言う。

 この少年は、荷物持ちだけじゃなく、料理までしているのか。

 まさか、強制労働紛いの事がされていたりはしないだろうか。

 胡乱な視線を向けてしまうが、しかし証拠はない。

 気持ちを落ち着けるその耳に、その単語は滑り込んできた。

 

「パンの作り方、やっぱ教えた方が良かったかな……。アロイスさん、大河の街って結構な長旅だけど」

 

 パンの作り方。アロイスの行方。

 気になる単語が2つ並び、思わず彼女は少年の前に回り込み、その胸倉を掴み上げていた。

 

 

 

 広場の噴水の傍らで、というか噴水の縁に腰掛けながら、オリヤはバツが悪そうに目を逸らす女冒険者をのんびりと見上げる。

 そのオリヤを挟むように立つエルフ、銀髪の方は腕組みまでして、不満を全身で表現している。

 

 エルフってのは、もっとこう、スカしてて偉そうなもんだと思ったんだけど……。

 

 そう思うものの、怒らせた当人である自覚は有るので、余計なことを口走ったりはしない。

「あー。なんつッたッけ? アロイスの兄ちゃんの行き先だッけか?」

 黒服の、トシロウと名乗ったヒョロ男がニヤけながら言うものだから、なんだか余計に居心地が悪い。

「そんな事より、私は子供を労働力にしてるとか言われた方が気になるんだけど」

 思わず口にしたセリフが、エルフにはよほど心外であったらしい。

「あー……悪かったよ。どう見ても、子供にしか見えなくてサ……」

 言い訳がましく謝罪の言葉を述べながら、改めて少年……オリヤに目を向ける。

 ギルドカードを確認して、それでも尚成人しているようには見えないオリヤに、なんとも言えない釈然としない思いを抱えてしまう。

 どう見ても12歳かそこらでしょ。

 15歳とか嘘でしょ。

「俺はもう、散々言われすぎて慣れたよ……」

 年齢を疑われる方は、もうどこか諦めた表情である。

 「輸出」されてきた当初は面食らいこそしたものの、「生前」の厳つい見た目から一転、華奢で小さな身体を若干気に入りつつ有る最近であったのだが、冒険者としては「生前」の強面加減も必要なのかも知れない。

 ……我が事ながら、ムサいのはイヤだ。

 悩ましいものである。

「あー……私はステフィ。フリーの軽戦士だよ。あんたらは……パーティだよね?」

 フリー。

 つまり、特定のパーティに所属していないと言う事だろうか?

 良いなあ。

 オリヤは思わず、羨望の眼差しを送ってしまう。

 

 俺が1人で旅できたの、何時間だっけな……。

 

 最早ひとり旅は諦めたものの、愚痴が無いかと言えばそんな事はない。

 1人で旅する冒険者も、ごく少数とは言え居ない訳ではないのだ。

「ほう、フリーか。侮るわけじゃ無いが、女だてらに良くやるもんだ。パーティ組んだほうが気楽だろうに」

 トシロウは顎に手を添え、感心したように言う。

「まあそうなんだけど、私は冒険者やってる理由がちょっとね。常に組む仲間ってのは中々出来ないんだ」

 トシロウの言葉に、苦笑しながらステフィは答える。

 何しろ、そんな事は自分が一番解っているのだ。

 だが、特定の依頼のための一時的なパーティなら兎も角、ステフィの目的に賛同して常にパーティを組んでくれる仲間には、そうそう出会える気がしないのだ。

 ステフィの台詞に、オリヤ達は互いに顔を見合わせる。

 理由。

 何やら重い理由でも抱えているのだろうか。

 下手に(つつ)くのは危険な気がする。

 そんな空気を察したのか、ステフィは苦笑を浮かべてぱたぱたと手を振ってみせる。

「あー、大した理由じゃないんだよ。私は食材探しがメインでね」

 食材探し。

 その単語に、アルメアは顔を輝かせ、サリアは訝しげに首を傾げる。

 

 食材……って。さっきの通りに沢山売ってたけど……アレとは違うのかな。

 

 ……みたいな事を考えてるんだろうなー、と、サリアの横顔を眺めてオリヤはぼんやりと考える。

「珍味とか、そういうのを探してる感じか?」

 トシロウはトシロウで、想像が極端に寄っている感がある。

 珍味という単語に、問われたステフィは目をパチクリと、顔いっぱいで驚きを表現した後、やはり苦笑して手を振る。

「いやいや、私が探してるのは()()ありふれた食材だよ。ウサギ狩ってきて肉屋に卸したりがメインだね」

 食材狩りは、あくまでも街近辺での狩りが中心である。

 本音で言えば、そりゃあ珍しい食材を探してみたいという欲は有る。

 だけれど。

「珍しい食材は手にしたいと思うけど、1人じゃあ無理さ。でも、同じ目的の冒険者に会ったことがなくてね」

 だから、もっぱらありふれた食材狩りになってしまう。

 そう答える笑顔は、何処か淋しげだった。

「派手な遠出も出来ないし、1人じゃ相手出来る獲物も限られちゃうからね。でも、近場でもそれなりの稼ぎになるから、何とかやって行けるのさ」

 言いながら、ひらひらと振っていた手を止める。

 自分で言っていて、なんとも虚しくなってしまったのだ。

 冒険者になったのが18歳の時。

 それ以来、やりたいことが有ると信念を持って冒険者生活を続けてみれば、見事に万年ソロ冒険者である。

 こんな事なら、変な意地を張らずに、以前誘われた時にアロイスのパーティに加入しておけば良かった。

「んー。お姉さんは、食材狩りなの?」

 そんなステフィの様子を眺め、オリヤは考えるように左頬を指先で掻きながら、声を掛ける。

「ああ、今はそんな感じだけどさ。ホントはね」

 答えるステフィは釣られた訳ではないだろうが、鼻先を同じ様に指先で掻きながら、オリヤの問い掛けに答える。

「私は、料理人なんだ」

 少し照れたように言うステフィに、オリヤはただ、なるほどと頷く。

 隣に立つアルメアの目付きが、料理人という単語に反応して変わったことには気付いたが――出来れば触れたくなかった。

 

 

 

 食材狩人。

 その名の通り、食材を求める冒険者達。

 美食狩人。

 食材狩りの中でも、特に貴重、或いは珍しい物を追い求める者達。

 それぞれ、それなりに名の通った冒険者が居る。

 いずれ語る事があるかも知れないが、今は一旦脇に置く。

 料理人冒険者。

 その実態は、その名が示す通りの料理人であり、食材の調達そのものには特に拘りはない。

 だが珍しい食材を調理したい、食したいと言う思いは強い。

 街の駆け出し料理人程度の腕から、王都での有名レストランや宮廷料理人に比肩する実力者まで様々だ。

 高名な者達の特徴は、「初めて見る食材でも、調理してしまう」その実力だ。

 完全に勘頼みの危険極まりない者から、初めてなりに慎重に試し、相応しい調理法を見出す者までピンキリではある。

 だが、往々にして高名な料理人冒険者は「どんな食材であっても最高の調理を施す」料理人である、と見做されるのだ。

「なぁる程ねぇ。料理人冒険者かぁ。だったら、本人が秘境に行く意味とかはあんまり無いもんなぁ」

 秘境に存在する珍しい動物、或いは植物。

 それを求めるなら、秘境に足を運ぶ冒険者に任せれば良い。

 自分は、それを調理できれば良いのだ。

 無論、新鮮な食材を直ぐに調理できるメリットは捨てがたいが、所謂秘境への旅は実力を必要とする。

 冒険者心得其の壱、命有っての物種。

「いやまあ……純粋に冒険したいって気持ちも無くは無いけどさ。出来ることをするので手一杯なのさ」

 ステフィは照れたように答える。

 オリヤの表情が、口調よりも遥かに憧れを宿しているのが判るからだ。

「でもでも、名乗る位なんだから、お料理出来るのよね⁉」

 アルメアが空気を読まずにしゃしゃり出る。

 

 アルメア姉さん……さっきご飯食べて、なんなら串焼きも買食いしてたよね?

 

 オリヤは反射的に考えるが、口にするような愚を犯すことは無かった。

 余計な事を言って怒らせる理由はないのだ。

 アルメアの食魔人程度を知らないステフィは、ただ、その目をキラキラと輝かせるエルフの無邪気な笑顔に少し見とれ、そして答える。

「そりゃあ、まあ。なんなら、軽く食って行くかい? 私の『工房』はすぐそこなんだ」

 

 あっ。

 

 オリヤが反応するより早く、アルメアは「ありがとう」と「ごちそうさま」を伝えている。

 

 早いよ。

 色んな意味で早いよ。

 ごちそうさまは、食べ終えてから言えば良いよ。

 ステフィさん、余計なこと言わなきゃ無駄に食材使わずに済んだのに……。

 ついに見知らぬお姉さんにまで食べ物を(たか)るとは。

 アルメア姉さん、人間嫌いっての、実は嘘なんじゃないのか。

 人混みでも普通に歩いてたし。

 

 オリヤの脳内をツッコミと疑惑が駆け巡るが、勿論、口に出して怒らせるような真似はしない。

 余計な事を言って、被害を受けるなど、愚かなことだ。

 そんなオリヤの内心など覗けないアルメアは、興味を完全にステフィ(の料理)に移している。

「今日どんだけ食ってんだよ……。本気で太るぞ。先回りで服とか作っとくかな」

 そんな事を思っても口に出さなければ良いのだ。

 楽勝である。

 

 知らぬ内に声に出していた事に気付くのは、アルメアの怒りの一撃を脳天に頂いてからだった。

 

 

 

 出会ったばかりの先輩冒険者に(たか)るという荒業を披露し、アルメアはご機嫌でステフィの後ろをついて行く。

 

 このヒト、いつかまた騙されて攫われやしないだろうな。

 

 割と洒落になっていない事を考えながら、オリヤは最後尾を歩く。

 ああ見えてアルメアもしっかりしているし、根っこの部分で人間を信用しきっては居ないらしいので、心配は不要だと思いたい所だ。

 それはそれとして、そういった心配とは別にオリヤは自分の旅に姉妹を巻き込んだという思いがある。

 旅して行く以上、危険とはどうしたって隣り合わせだが、それを理解して尚オリヤはエルフ2人の安全だけはどうしても確保したいのだ。

 完全は無理だとしても、出来る限り。

 故に、アルメアが無邪気に振る舞って見せるほど、どうしても考え込んでしまう。

 

 

 あーもう、今のアルメア姉さんならあんま心配ないとは言え、杖だけじゃ不安だな……。

 ……アルメア姉さんになにか創るとなると、周りも欲しがりそうなのがな……。

 いや、サリア姉さんとミキさんは近接()キーっぽいから、案外必要ないかも?

 

 鉱石の買取は出来ていないが、一応鉄は素材として、まだ余裕はある。

 魔王様が色々持ってきてくれた中に。廃材として大量にあったのだ。

 貰ったと言えば今朝気付いたのだが、魔王様に貰った大量の物の中には食材も有った。

 先程の買い物と合わせて暫くは問題ないと思うが、ふと思い出す。

 

 魔王様、登場時には確か、なんか食わせろって言ってたよな?

 その時点で食材は持ってた筈で、俺達を見つけたのは合流のかなり前で。

 俺達を見つけた時点で合流して食材貰えてたら、俺、ウサギ狩りに行かなくて済んだのでは?

 

 いや、解っては居るのだ。

 オリヤたちだけでなく、あの時はアロイス達も居た。

 派手に持ち物の受け渡しは出来ないだろう。

 なにせ、移動拠点(シェルター)の一室(日本間6畳相当)での受け渡しで、都合8回に別けて出し入れを繰り返すほどの物量。

 屋外なら一回で済むかも知れないが、そんな大容量の受け渡しなど、サリアやアルメアに作ったアイテムバッグの容量をも軽く超える物量だったのだ。

 一般的なアイテムボックスの容量など、超えるどころか話にもならないレベルである。

 そんな物の受け渡し現場など見せたら、言い訳が効かない。

 だからこそ、手間は掛かるが人目に付かない室内での受け渡しとなったのだ。

 

 いや、別に全部じゃなくても、食材からちょっと出して調理させるとか、やりようは有ったのでは……?

 

 考えれば深みに嵌る気がしたので、それ以上は考えないことにした。

 どうせ、深く考えていなかったのだろう、溜息混じりにそう決めつけて。

 

 それは兎も角。

 鉄は手元にあるし、それに炭素を混ぜて鋼にするのは良いとして……。

 

 オリヤは一瞬だけ、出来上がりの時間を止めてしまおうと思ったが、むやみに強度を求めて変な不具合が出ても困ると思い直した。

 自分の分なら自業自得で済ませるし、どうでも良い人間に渡す物なら悩みもしないが、渡したい相手は仲間である。

 作り上げていくパーツのうち、必要に迫られて柔らかい金属を使用している部分以外は強度を高める魔術を掛けて良しとする。

 オリヤは妥協だと思っているが、実のところ充分過ぎる処理である。

 脳内でその様な作業を行いながらも、ちゃんと仲間の後をついて歩く。

 マガジンは、魔力バッテリーにしようか、収魔機能のみで魔力の保存は出来ないようにするか。

 魔力を保存しておく方は、いざという時咄嗟に使える。

 魔力を都度使う方式だったら、任意に威力を変更できる。

 

 ……いや、別々にする必要もないのか。

 

 なんで分けようと思ったのか、オリヤは1人頭をかいて創造に集中を戻す。

 実弾を使用しない、魔術触媒としてのソレを想定しつつ、スライドの可動は無駄に再現する。

 何故か? ロマンである。

 浪漫と表記しても良い。

 勿論、もっともらしい理屈は考えておく。

 そんな都合の良い理屈が思いつくとは、誰にも約束できないが。

「さ、ここだよ。ちょいと散らかってるが、まあ勘弁しておくれ」

 チャンバー内に魔力増幅回路を刻み、バレル内にはライフリングを綺麗に刻み、その一本一本に魔力加速回路を刻んでいく。

「おじゃましまーす! うわ、キレイ!」

 スライド上下は衝撃緩和の魔術回路を施し、外側には大気中の魔力――魔素とか言うのだろうか――を吸収し、マガジンに集める回路を仕込む。

「こら、アルメア! 失礼な事しないでね⁉ ……お邪魔します」

 ちなみに、マガジンは取り外せるが、撃てなくなる事意外に外す意味はあまりない。

 マガジンを本体に収めたままでも魔力の補充は出来るし、逆に外してしまうと周囲の魔力を利用した補充が使用出来なくなる為、若干手間が掛かる様になってしまう。

「へェ、料理人故、かね。整理された小綺麗な部屋じゃねェか。邪魔するぜー」

「お邪魔致します」

 あとは、ガンブルー仕上げで見た目を厳つく……嫌がられるかな。むしろステンレスシルバーの方が良かったか?

 続いて入ろうとしながら考え続けるオリヤの目の前で、扉が閉められてしまった。

「……なんで閉めちゃうかなあ……」

 最後尾でずっと黙って居るものだから、ミィキィに素で存在を忘れられたオリヤは「お邪魔しますよ」と言いながら扉を開け、それでもまだ気付かれていない事実になんとも悲しくなってしまう。

 とは言え、仲間に何も言わずに、最後尾で無言で脳内作業に没頭してしまったオリヤの、完全なる落ち度であった。

 

 

 

 トシロウがオリヤの感想を先に述べてしまっているが、恐れずに繰り返すならば。

 きっちりと整理の行き届いた、食堂にして生活スペースであった。

「いやあ、流石にキッチンつきの部屋を借りれる程の稼ぎはないからね」

 ステフィの言葉通り、やや広めとは言え生活するためのスペースは1間で、細長い作りとは言え江戸間換算で10畳程度。

 そのスペースにキッチンを大きめに取り、ダイニングテーブルは作業テーブルも兼ねているのだろう。

 一応パーテーションで区切られた3畳程度のスペースにはチェストが1台。小さめのクローゼットもあり、この区切られたエリアが私室という扱いなのだろうか。

 よく見ると壁に畳まれた布が掛けられており、こっそり鑑定してみれば「寝袋」とある。

 

 ……お姉さん、寝袋生活なの……?

 

 なんだか不憫になったが、勝手に決めつけるのも良くない。

 良くないのだが、他に寝具が見当たらない以上……そういう事なのだろう。

 余計なお世話と理解しつつ、それでもなんだか不憫に思えてしまう。

 

 うーん。何か創れるモノ、有るかな……?

 

 あまり余計なことをするのもどうかと思うし、本人が納得してるなら構わないとは思う。

 いずれ、確認しなければ判らないことでは有るが、さてどう聞けば良いものやら。

「とは言え、思い切ったモンだな。宿を取る形じゃなく、小さいとは言え一軒借り切るとはな」

 オリヤが悩んで居ると、トシロウがステフィに答える形で口を開く。

 

 確かに。

 

 オリヤは小さく頷く。

 そんなオリヤの様子に気付く様子もなく、ステフィはトシロウに苦笑いを向けて肩を竦めて見せる。

「大したものじゃないよ。元は、隣の衛兵隊の物置だったんだ。隣を改装した時に、こっちは余ったらしくてね」

 トシロウはほう、と小さく呟いて室内に視線を巡らせる。

「なるほど。そこに手を加えて、か。改装もそうだが、そもそも掃除も大変だったんじゃないのか?」

「あはは、まあ、好きでやったことだからね。私が住まなかったら取り壊す予定だったらしいし、好きに改装し(いじっ)て良いって言て貰えたから、ちょっとづつね」

 照れた様に笑うステフィに、オリヤはいつしか尊敬の視線を向けていた。

 タダのガサツな女冒険者かと思って居た。

 だが、自分のやりたいことを見据え、しっかりと根を下ろし、着実に歩んで来たのだろう。

 改めてオリヤは室内、天井……というより、剥き出しの梁を見上げ、隅々に視線を走らせながら考える。

 確かに、宿を押さえるよりも安く付く物件なのかも知れない。

 しかし、冒険者として、この街に拠点を構えたと言うことだ。

 悩みもしたし、後悔したことも有ったかも知れない。

「それじゃ、手早く作っちゃうよ。量はあんまり無いけど、我慢してくれるかい?」

 言いながら、キッチンの壁に掛けてあるエプロンを素早く身につけ、アイテムバッグから肉と数種類のハーブ、手近な棚から鉄製のバットと調味料類をテーブルに並べていく。

 あれよと言う間に、下拵えが進んでゆく。

 調理に興味のないアルメアでさえ、その手際に見入る程の無駄のない動き。

 料理人、と名乗るだけは有る。

 是非参考にしたい所だ。

 その手捌きを見逃すまいと凝視するオリヤにちらりと視線を向け、トシロウはその奥、恐らく寝るためのスペースに改めて視線を転がす。

 

 見たトコ3畳、ただし仕切りはパーテーション。

 ある程度は融通が効く造り、か。

 

「しかし、寝床が寝袋とは頂けねえな? ロクに疲れが取れないんじゃないのか?」

 敷くような物も無いようだし、と付け加え、トシロウは面と向かって堂々と問う。

 

 うわぁお、真正面から行くのかい。

 

 オリヤは感心したような、呆れたような、どちらに比重を掛けようか悩みどころの表情(かお)をトシロウに向ける。

 話した感じ、正面から問うても気を悪くしそうには無い。

 それでも良くもまあ切り込んだものだと、そこは素直に称賛する。

「え? ああ、そうだねえ。身体中痛くて仕方ないけど、諦めは大事さ。いい加減慣れたし、ね」

 問われた方は数瞬呆けたような表情を浮かべた後、やはり苦笑しながら答える。

「キッチンに荷物が多くてね。寝床は2の次だけど、しょうがないね」

 それなりの不便も、好きな事、やりたい事の為には我慢する。

 どうにもこう、これだけ真っ直ぐな人物だと、素直に応援したくなる。

 どうやらそう思ったのは、オリヤだけではないようだ。

「なるほどねェ。……おゥ、オリヤ。確か、寝床に使えそうなもん、ウチに無かったっけか?」

 トシロウの唐突な振りに、オリヤは怪訝な表情で目を合わせる。

 何を言い出すんだ、そう思ったが、トシロウの自信満々のニヤケ顔を見てすぐに気がついた。

 

 移動拠点(シェルター)に戻って寝床になりそうな物を作ってこい。

 

 要するに、トシロウはそう言っているのだ。

 勿論オリヤに相談ナシ、この場での思いつきである。

 

 このオッサン……!

 

 挑戦とも言えるトシロウの言い様を受け、オリヤも楽しげに口の端を吊り上げる。

「あー、確か客間用のやつかな? でも良いの? 余ってるの、アレしか無いよ?」

 

 適当に創って持ってきて良いんだな?

 

「良いよ、客なんざ暫く来ねェだろ。構わん構わん」

 

 当然だ、丁寧に急いで持ってこい。

 

 お互いにハハハと乾いた笑いで、笑っていない視線を交わし合う。

 そんな2人に少し不思議そうな視線を向けたが、客を迎えている以上、料理に集中するステフィ。

 そんなステフィに……と言うよりその手元で加工されていく食材に熱い視線を送るアルメア。

 大きめのクッションでも創るのかな、と、2人の会話で何となく当たりをつけるサリア。

 目の前の食材がどんな味になるのか、興味が尽きないミィキィ。

 5者5様の表情を視界に収め、オリヤは小さく笑う。

 

 ウチから取ってこい、つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()、そういう事だな?

 上等だ。

 

「ステフィ姉さん、ちょっと部屋に帰って荷物取ってくるね」

「え? ああ、良く判んないけど、気をつけてね?」

 声を掛けられて顔を上げれば、妙に良い顔のオリヤが真っ直ぐにコチラを見ていた。

 

 そう言えばさっきから、何やら話していたみたいだけど、なんだろう?

 

 ステフィは作業に集中していて聞いていなかったが、まあ、この様子だと大した用事でも無いのだろう。

 入り口に向かうオリヤの背中に声を掛けると、自然に、作業に集中するのだった。

 

 

 

 俺はいつ、ベッド職人になったのか。

 

 オリヤはステフィ宅を出ると、人目につかない建物の影に入り、そこから移動拠点(シェルター)に戻って、些か理不尽な現状に思いを馳せていた。

 自分の分は良い。

 なぜなら自分の分だからだ。

 その後、アルメア姉さんの監修でベッドを2台、しかも1度は作り直させられた。

 そして、更には魔王様とメイドさんの分、やはり2台。

 自分で使う家具は、きちんと造りたいから、実は2年前から街の家具屋さんでベッドを含め、様々な家具を観察し、場合によっては制作作業の見学までしていた。

 その時の知識を使えるのだから、素直に嬉しい面もある。

 多少なり対価は欲しい、と言いたいが、エルフ姉妹はオリヤのせいでお目付け役をやらされているのだし、魔王様には資材を工面して貰っている。

 とても請求できる気がしないのだ。まあ、そこまで本気で欲しい訳では無いので、構わないのだが。

 しかし今回は。

 

 どうすんべ。

 

 代金の請求については、恐らくトシロウは請求する事自体を考えては居ないだろう。

 そうなると、オリヤとしても切り出し難い。

 何しろ、ベッドの素材は魔王様の提供なのだ。

 しばし考え込むが、直ぐにオリヤは顔を上げた。

 

 まあ、良いか。

 というか、アレだ。アルメア姉さんが無茶言った分の、迷惑料だな。

 

 オリヤは事も無げにアルメアに責任を押し付け、そして作業に入る。

 タダのベッドなら、奇しくも昨日までで制作経験は積んである。

 しかし、今回の物は昨日までのベッドとは少し違う。

 正直、構造に不明な点が有る。

 自分の記憶の解析を行うのも良いが、此処はひとつ、あの能力を使おう。

 必要なのは、ベッドと、マットレス。

 

 あ、そう言えば寝具そのものが寝袋しか無い部屋だったな……。

 

 必要なものリストに、お布団セットを追加。

 後は……まあ、適当に。

 1人、オリヤは頷くと、能力の「接続」を開始した。

 

 

 

「ちょいと変則だけど、フライパンを使っても、これくらいは出来るからね」

 そう言いながらフライパンに掛けていた蓋を外すと、室内にスパイスとハーブ、そして肉の焼ける匂いが漂いだす。

 アルメアは瞳を輝かせて、フライパンからまな板に移動する肉の塊を見つめている。

 サリアも注意することを忘れ、同じ様に切り分けられていく様子を眺めている。

「ほう。中々洒落た料理だな」

 トシロウは素直に感心し、出来上がりに称賛を送る。

「あはは。まあ、食べたらまた感想おくれよ……っと、あの坊やはまだ戻らないのかい?」

 少し端折った部分もあったが、なんだかんだで30分程掛かっただろうか?

 ステフィは切り分けた肉を皿に載せながら、室内を見渡す。

 先程ギルドカードも見たのだが、どうしても見た目から坊や呼びしてしまうが、室内の誰も講義しなかった。

「ああ、ちょいと面倒事を頼んだからな。じき戻るたァ思うが……もしかして迷子になってたりしてな」

 答えるトシロウは笑うが、それを受けた方は笑えない。

「ちょっと。それは流石に不味くないかい?」

 ステフィの声に、アルメアは漸く気が付く。

 

 ……オリヤは何処に行ったんだろう?

 

 キョロキョロと室内を見渡す妹の様子に、サリアは今日何度目か、恥ずかしさと情けなさで手で顔を覆う。

 そして、妹に何と声を掛けたものか考えている間に、ステフィ邸(一間)のドアがノックされる。

「はあい、開いてるよ!」

 料理を切り分けて居る最中で、ステフィは横着気味に声を上げる。

 室内の面々も、アルメア以外は入り口に視線を向ける。

「あいよ、お待たせー」

 ドアが開いて声はすれど、室内に入ってきたのは……あれは、金属の枠?

 金属製のフレームの、間に何やら布、何か挟まっている用に見える。

 折りたたまれているらしいソレは、一見して不格好で半端な高さ・幅のパーテーションもどきだ。

 そのくせ厚みもあり、使い勝手は悪そうである。

「ちょ、ちょっとちょっと。何だいソレ」

「なんでい、折りたたみかい」

 ソレをみたステフィとトシロウが同時に声を上げる。

「……折りたたみ?」

 切り分けを手早く終わらせ、ステフィは手を洗うとオリヤの方へと歩いて行く。

 見れば見るほど、良く判らない物だ。

 金属のフレームは黒く塗装されているようで、見た目より頑丈そうに見える。

「あ。ベッド持ってきたんだけど、何処に広げれば良いかな?」

 何処か誇らしげなオリヤの表情に、ステフィは一瞬どう答えたものか迷う。

「……はぁ?」

 改めて、オリヤが持ち込んだ物体を観察する。

 檻の様に縦横に組み合わさった棒、これは鉄製だろうか?

 塗装されているようで、見た目では分からないがもしも木製だったら、いずれ折れてしまいそうな細さである。

 これがベッド? 広げる、と言うことは折りたたんでいるのだろうが、ステフィはこの様な造りのベッドを見たことが無い。

 

 俺の知ってる折りたたみベッドとも違うが……。マットレスが薄すぎやしねェか? これ。

 

 トシロウも「思ってたのと違う」折りたたみベッドを目に、表情には出さないものの当惑していた。

 もっとこう、マットレスってのは分厚いモンだと思うんだが……オリヤの使っている畳ベッドと同じなのだろうか。

 床板よりはマシかも知れないが、それにしても。

「ベッドって……いや、態々持ってきてくれたのかい?」

 料理も終わって手が空いている。

 ステフィは興味の向くまま、オリヤが運び込んだベッド……らしい、ソレに近づく。

「うん、一応新品だよ、使ってなかったからね」

 オリヤは適当に言うが、当然である。

 使ってなかったも何も、ついさっき創ったばかりなのだから。

 トシロウはそう思うものの、勿論余計な事を言うことは無い。

「そうかい、うーん、態々持ってきてもらって悪いけどさ……」

 ベッドに心惹かれるのは事実だが、ソレを広げる程のスペースが無い。

 いや、ちょっと詰め込めば行けるだろうか?

 ステフィは悩みつつ、奥の居住スペースに目を向ける。

 パーテーションで仕切っているので、多少なら広がるが、あまりキッチンを狭くしたくはない。

「置くなら、そっちのスペースだけど……それ、置けるのかい?」

「試しに置いてみよう」

 ステフィが悩むように言葉を詰まらせ、疑問を口にするが、オリヤは気にした様子もなくホイホイとそのスペースへとベッドを運び込む。

 仕方なく着いていくステフィは簡単に荷物をどかすと、奥の壁側にスペースを作成。

 オリヤはそこに、縦に2つ折りになっていたベッドを展開する。

 思ったよりも小ぶりでは有るが、やはりスペースの大部分を専有する形になる。

 オリヤは気にした様子もなく、そのベッドに予め設置されているマットレスに加え、このベッドに合わせて創った専用のマットレスを追加で設え、その上に薄手の敷き布団を乗せ、シーツを被せる。

「完成はこんな感じかな。 布団は丸洗いできるから」

 何処か誇らしげなオリヤの顔に何となく頷き返し、ステフィはベッドを見下ろす。

「一応、掛けるものは、こっちのシーツと、あと、寒い季節用の布団も用意したけど。あ、これ枕ね」

 畳まれた布団と、同じく畳まれたシーツ、そして枕をベッドの横の床に置き、オリヤの簡単な説明が続く。

「で。このベッドだけど、こうして……」

 オリヤが何やらベッドの下の何かをいじると、ステフィの目の前で()()()()()()()()()()()()()()()

「はぃ……?」

「ハァ?」

 意味がわからない。

 見ていたトシロウも、構造が理解できずに混乱している。

 オリヤは構わず簡単な説明を続け、完全にソファ状態になったベッドを、奥の壁に向かって押して見せる。

 キャスター付きなので軽く、床を傷つけること無く壁にピッタリと寄り添う。

「こうして置けば、ソファになって、床を専有する面積もだいたい半分!」

 オリヤがいよいよ得意げに胸を張る。

 なんだか、まるでこの子が作ったみたいだねぇ。

 オリヤの様子に苦笑いしながら、ステフィは考える。

 それが正解だ、等と、気づく事も無いままに。

 

 思ったよりも邪魔にならないベッドに、まあこれなら、と受け入れるステフィ。

 変形の操作は教わったが、多分ソファ状態のまま寝起きするだろうとは、本人が一番思っている。

 使用方法に関しては任せるしか無いので、オリヤはノータッチだ。

 少し冷めてしまったが、牛肉の香草焼きを振る舞ってもらって、オリヤはベッドを創って良かったと、しみじみ味わう。

 

 

 

「へぇ……こんな簡単に、なるほどねぇ」

 ステフィは初めてみたおやつ、パンケーキに感嘆しながら呟く。

「まあ、材料さえ有れば意外と簡単だし、お姉さんなら余裕だと思うよ。で、こうして」

 オリヤは秘蔵の蜂蜜……さっき食材通りで買った物をパンケーキに垂らしていく。

「おぉおぉぉ」

「あ、先にバター乗せとけばよかった」

 言いながら、オリヤはバターを取り出すと焼き立てのパンケーキに乗せていく。

 アイテムボックスが便利そうで羨ましいな、そう思いながら、パンケーキから目が離せない。

 オリヤの後ろでは、例によってエルフの妹のほうが目を輝かせ、獲物をロックオンしていた。

「バター、此処でも使うのかい……カロリーで殴りつけてくるようなオヤツだね」

 言いながら、レシピをしっかりとメモに記入していく。

「あはは。お姉さんの牛肉の香草焼きのお礼にしちゃ安いけど、まあお腹にはたまるから」

 オリヤが笑いながら言うと、ステフィも頷く。

「これなら、隣の衛兵隊に差し入れても良いかもね。蜂蜜がちょっとベタつきそうだけど」

 日頃から世話になってる部分も大いに有るのだろう。

 ステフィは満面の笑顔で言う。

 そういう事なら、もう1つレシピを公開しても良いかな?

 オリヤはちらりとキッチンに目を向け、そこに有るオーブンを見る。

「差し入れとかなら、そうだね、パウンドケーキとか……」

「なにそれ⁉」

 言いかけたオリヤの声を、ステフィとアルメアの声が重なって遮った。

 サリアも興味を覚えたものの、あまりにも食欲に振り回される妹を目にし、恥ずかしさで顔を伏せるのだった。

 

 

 

「カラアゲパン? ハンバーガー……?」

 結局、オリヤが冒険者としてやっていけるのだという証明は1つも出来ず、料理のレシピ交換で満足してしまったが、ステフィの気になるポイントは実はオリヤの境遇などではなかった。

 聞き慣れない、料理名と思しき単語に首を傾げる。

 唐揚げパンを知っているアルメアは思い出しただけで幸せそうである。

「うん。というか、単にパンの製法を教えて貰いに、大河の街に向かったんだよ」

 仄かに思いを寄せる冒険者、アロイスの急な旅立ちの理由を知り、呆れ半分、嫉妬半分という心境だ。

「なるほどねぇ……そんなに美味しいパンなら、作り方を知りたいと思うか……オリヤは作り方知らないんだね?」

 ステフィは溜息を吐く。

 オリヤが知っていれば、態々遠くまで出かけずとも、用は済むのだから。

「ううん、知ってるよ? というか、作れるよ?」

「だよねぇ……え⁉」

 だから、オリヤが事も無げに呟いた言葉を聞き逃しかけたが、直ぐに拾い直してオリヤの両肩を掴む。

「どういう事⁉」

 本日2度めの、ステフィとアルメアのユニゾン。

 若干気圧されつつ仲間の方は無視し、オリヤは答える。

「なんでって、俺が……俺も、焼いたことが有るし」

 うっかり「俺が広めた」と言い掛けて、慌てて言い直す。

 信じて貰える訳は無いが、まあ、面倒事は避けるに越したことはない。

「じゃ、じゃあレシピは……!」

 ステフィの食いつかんばかりの勢いに冷や汗を浮かべながら、むしろ若干引きながらオリヤは答える。

「う、うん、教えられるよ」

 新しくメモ用の木簡を用意するステフィのレシピ収集欲に感心しつつも、うっかり口を滑らせた事を後悔してしまう。

 なぜなら、アルメアが「大量に作れ」と目で訴えていたからだ。

 悪いことに、あのエルフはオリヤが小麦粉を大量に購入したことを知っている。

 パンをおかずにパンを食べてデザートはパン、程度の事は平気でしでかしそうなアルメアに、オリヤは勝手な恐怖感を覚えるのだった。

 

 早速パウンドケーキと、パンの仕込みをしたいという事で、オリヤ達一行はステフィ邸を追い出された。

 ベッドの具合の確認もしたかったが、本人が調理に夢中なので仕方ない。

 なにか不具合が有れば、何処かで会った時に言われるだろう。

 先輩冒険者の方はそれで良いとして、コチラは何か問題は有るかと考えれば、買い物がまだ済んでいない。

 しかし、一行、特に女性陣はもう帰って寛ぎたいご様子である。

 一旦解散で、自由行動でも良いかもなあ。

 みんな勝手に移動拠点(シェルター)には帰れるし。

 そんなオリヤの考えは、オヤツを望むアルメアの声で砕かれる。

 

 今さっき食べたよね? 食べてたよね⁉

 

 オリヤは言いたい言葉をぐっと飲み込む。

 どうせ、言った所で無駄なのだ。

 仕方ないのでハイハイと適当に返事しながら街の門をくぐって外に繰り出すと、人目の届かない場所で扉を出してみんなで移動拠点(シェルター)へと帰る。

 晩ご飯はハンバーグ、どうせならエルフ姉妹とかミキさんにも焼いて貰おうかな。

 オリヤはそんな事を考えながら、アイテムボックスの食材から付け合せのメニューを考え始めていた。

 明日こそ、買い物を完了させて、あと、適当な依頼(クエスト)をやってみよう、そう心に決めて。

 

 まだ今日と言う日は終わっていないどころか、時計の針は午後になったばかりと言う時間帯。

 しかし妙に濃い時間を過ごした気がして、もう家でゴロゴロしたい、そんな気分だったのだ。

 

 この調子で、しばらく依頼(クエスト)なんて受けないで過ごしちゃう気がする。

 

 そんな思いがオリヤの脳裏を過るが、慌てて振り払う。

 一度考えてしまえば、間違いなくその通りになるような気がして、ゲンナリしてしまったからだ。

 気分を変えて、ひき肉でも用意しておこうと、「創造力」を起動する。

 ここ数日の能力の使用がほぼ冒険に関係ない事と、アルメア用に試しに作った魔術銃(言いにくい)の事を思い出すのは、夕飯時だった。




冒険者って、何かね?

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