タイトルなんて募集中ですよ   作:naow

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異世界で15歳になりました、享年38歳です。

色々大変そうですが、冒険にでかけます。


馬車の乗り降りって意外と大変そう

「魔力反応確認しました、これで登録は終了です。オリヤさん、お疲れさまでした」

 受付嬢の声に感動を噛み締める前に、周りが盛り上がる。

「よぉォォォッし! これでお前も今日から仲間だな! オリヤ、お前ウチに来い! 扱き使ってやるぜッ!」

 剃り上げ――ハゲのオリバーが実に嬉しそうにオリヤの背中をバンバン叩き、声を上げる。

「バァカ言ってんじゃないわよ、オリィはウチが引き取るんだから。男手が欲しいけどムサイのはお断りだったから、ちょうど良いのよねぇ」

 かっさらうようにオリヤに飛びつき、腕を絡めて事更に胸を押し付けてくるお姉さま系魔術師のエイミーがオリバーに舌を出す。

 前世のムサいオッサン感溢れる生活では有り得ない状況に、若返った脳も追いつけない。

「オウオウ待ちなァ! オリヤはウチが貰い受けるぜェ!」

 大剣を背負った黒髪の若い男が声を上げると、そこから更に数人が手を挙げ、賑やかしくも楽しそうな口論があちこちで勃発する。

 オリヤは思いもしない展開に開いた口も塞がらないのだが、彼は知らない。

 今までの、3年間の交流でこの街の冒険者・傭兵達の大部分に気に入られていた事を。

 新しい生活が楽しすぎて、人々の助言を素直に聞いていた彼は飲み込みも速く、成長ぶりが楽しくなった周りが更に熱を入れて、と言う循環で、実力を磨きながら、人柄でも周囲の評価を上げていたのだ。

 ただ冒険に憧れて、現役退役問わず冒険者や傭兵、その他魔術師や錬金術師と交流してきた。

 その瞳は純粋な憧れに満ちていて、生前の世知辛い生活で淀んだ目は完全になりを潜めていたのだ。

 その結果が、パーティ勧誘合戦であった。よく見ると、傭兵ギルドの人間もチラホラ見える。

 流石に傭兵ギルドの人間は勧誘こそしてこないが、オリヤの動向は気になる様子だ。

 そんな周囲の喧騒に顔色を青くしながら、オリヤはそっとその場を離れる。

 喧騒に紛れつつ、周囲の祝福に適当に答えながら、オリヤはそそくさとギルドを脱出する。

 そして普段使わない道筋を辿り、なるべく目立たないようにヴェスタ邸へ戻ったのだった。

 

「と、言うわけで。ギルドに行きづらいんだよ、ヴェスタさん……」

 ため息交じりの愚痴が漏れる。

「そういうのも、自業自得と言うんだろうなぁ」

 ヴェスタは目を細め、楽しそうにオリヤを誂う。

 笑い事じゃないよ、とオリヤは更にため息を深める。

「とりあえず、街を出るのは前に話したとおりで。ちゃんと顔を出しに戻るから」

 成人し、冒険者になったらヴェスタ邸を出る。元々そういう心算であったし、きちんとヴェスタとその家族にも話はしている。

 それ程多くもない荷物も纏め終え、明日には此処を出る予定なのだ。

「しかしオリヤ。無理に出て行く事は無いんだぞ?」

 ヴェスタは心配気に、眉根を寄せる。

 正直な処、本当に無理に出ていく必要はない。

 何なら後2年待てば娘も成人を迎える。その際、オリヤを婿に迎え入れ、息子として受け入れる覚悟も有るのだ。

 娘……カテリナもオリヤによく懐いており、我ながらそう悪い案とも思えないのだ。

 実は、妻とも話し合い了承を得ても居る。むしろ妻のほうが乗り気ですらある。

 その妻、テレジアがスープ鍋を両手で抱えながらダイニングにやってくる。すぐ後ろには食器類を収めたバスケットを抱え、カテリナも室内に入ってくる。

「オリヤ兄ちゃん、ご飯できたよ!」

 食器をテーブルに並べ、カテリナがオリヤに駆け寄り、元気よく報告する。

 うん、可愛いなあ、そう思いながらカテリナの頭を撫でる。

「よし、では食事にするか。出立前の最後の晩餐だ。ゆっくり味わおう」

 ヴェスタは思いを口にせず、笑顔でオリヤを促し、向かい合ってソファに掛けていたオリヤを促す。

 オリヤは素直に返事し、カテリナは寂しそうに少し顔を伏せ、それぞれヴェスタに続いてダイニングへ足を向ける。

 

 食事は終始和やかだったが、皆、いつもよりも口数が少なかった。

 オリヤは明日からの冒険を想像しながら。

 そして、ステータスを開いて。

 

 名前 :オリヤ・ナカスドウ

 種族 :ニンゲン

 年齢 :15歳

 LV :38

 クラス:剣士

 ランク:F

 HP :97440

 MP :100765

 生命力:928

 精神力:1023

 知力 :899

 筋力 :1211

 器用 :923

 敏捷性:1017

 運  :52

 

 実は、周りに自分のレベルを話していない。

 どうしても解せないのだ。

 ほぼ街の中で訓練しているだけで、此処までレベルが上がるのはおかしいのではないか、

 ステータスも妙だ。HPとMPの桁がおかしい、と言うかなんでMPが多いのか解らない。

 魔法の訓練は一度もしていないのだからだ。

 じゃあ魔法職向きなのかと思えば、ステータス上は筋力が最も高い。

 ぱっと見、ステータスの数字が妙に高い気がするが、この世界はこういうものかもしれない。

 兎も角、平均的なレベルはどれ程のものだろうか? 自分のレベルは実はすごく低いのでは無いのか。

 そう不安に思った彼は冒険者ギルドに赴き、冒険者達の群れの中で「メニュー・頭上表示:名前・簡易ステータス表示」を行ったのだ。

 先日の話である。

 そしてその日、口を閉ざすことを決意した。

 レベルの高い人も居る。3日間で60レベル台が4名、50レベル台が6名。

 40台は8名、30台が28名。

 その下はそれぞれ数が多く、数えるのを辞めた。

 ざっと累計で100名程しか確認出来ていないが、注目したのは35レベル以上である。

 その人数、8名。

 35レベルを壁として、その上下で圧倒的に人数が異なるのだ。

 勿論、今現在クエストで街を離れているものも多いのは理解している。

 

 だが、それにしても。いかにも、人数比が違いすぎる。

 35レベルを超えるのはそれ程難しいのだろうか、そう考えた時に、それは起きた。

「おお、レベル20になったか!」

 オリバーの声が聞こえ、そちらに目を向ける。

「これでお前も一人前、こっからが本番だな!」

 自分の事の様に嬉しそうに言うオリバーだが、オリヤは密かに衝撃を受ける。

 レベル20で一人前?

 自分を顧みる。この世界に来た時は、当たり前のようにレベル1だった。

 訓練をして、魔術ギルドで色々話を聞かせて貰って、あとは家事を手伝って。あ、妹や同世代の近所の子供と遊んだりもか。

 少なくとも表に出て魔物と戦ったりした経験はひとつもないと言うのに、自分は38レベルである。

 じっと考え込んでいたオリヤは、今まであえて思考から外していた要素……ステータスについても考える。

 おかしいのだ。自分が、圧倒的に。

 どうおかしいのか?

 具体的に言うと、65レベルの上位戦士職の冒険者のステータスが、生命力・筋力500超えだった。

 そして、レベル20になった彼はステータスは概ね2桁台、ものによっては1桁もあるのだ。

 これはどういう事だろうか?

 そして思い出す。神様との「面談」で願った事を。

 

 

 

「ふむ、面白いですね。『創造力』ですか?」

 眼鏡の奥の目を細め、楽しそうに神様は微笑む。

「はい、色々作ったり出来れば、冒険生活も楽しめるかと思いまして」

 神様の前に立つ男は、先に説明された「これから赴く世界」の話を思い出す。

 魔物が跋扈し、人の生活圏が限定的になった世界。

 魔物のせいで魂のバランスが狂った、のだという。

「その能力で、君は何をしたいと思います?」

「世界を旅したいです」

 神様の穏やかな問に、間髪入れず答える。

 したいことは既に定まって居たからだ。

 人が追いやられた、人にとっての黄昏の世界。

「別に、人を助けたり、世界を救うとか、俺個人の力で出来る訳がないことは望みません。ただ」

 少し言葉を止め、考えて、再び口を開く。

「旅して、世界を見て。その中で、目に付く人がもしも困っていたら。助けることが出来る、そんな男になりたいんです。生前は周囲に甘えて、誰の役に立つ事も無かったので」

 自嘲ではなく、後悔。

 素直に生前を見つめ、今も甘えを捨てきれない自分を感じながら。

「なので、その為に。他力本願なのは承知しています」

 まっすぐに、神様を見つめる。

 今自分がしているのは、努力の否定だ。

 神様が望むのはそういう人間ではないのだろう。

 だが、神様の前で自分を偽るのは、何か違うと思った。

「なるほど、うん、良いんじゃないかな」

 思いがけず、神様の返答は肯定だった。

「今から君を送るのはそういう、危険な世界ですからね。相応に力が必要なのは間違いないですし」

 徐に眼鏡を外し、神様は目を閉じる。

「もっと凄い力を願った人も居ますから、そのくらいじゃあ驚きませんよ。そうですね、約束しましょう。『創造力』。思うままにあらゆる物を作り上げる能力。限界は、君の想像力次第です。あ、ちゃんと材料は必要ですから、用意してくださいね?」

 え。今、神様とんでもない事言わなかったか?

 もっとこう、工房的な何かを想像してたんだけど……神様の言い分をそのまま想像すると、それ、某錬金術師じゃないカナ?

 望外にとんでもない能力を貰えた気がする。そんな考えに気を取られていたから、、次の神様の言葉は半分聞き流してしまった。

「ついでに、基本能力も高めにしておきましょう。君のしたい事に、きっと役にたつからね」

 

 

 

 聞き流した筈の神様の言葉が、脳裏にハッキリと浮かび上がる。

「神様……能力高めって……これはハッキリと高すぎます……ありがたいですけど」

 自分の能力値が高すぎる事は、隠さなければならないようだ。

 となれば、暫くこの街で依頼をこなして、と言う目標は修正することになる。

 早々に、この街を離れよう。出来れば此処で依頼をこなして資金をためて、ヴェスタさんと家族に恩返ししてから街を出たかったのだが。

 他所で依頼をこなして、時々顔を出しに戻る様にしよう。

 此処ではなんだか顔が知られて、変にパーティに誘われまくりだが、他所に行けば所詮はFランク冒険者。

 ソロでも「ああ、あいつは仲間が居ないんだな」程度で済む、歯牙無い低ランカーなのだ。

 そう決めたその日に家族に――理由は取り敢えず自分の力試しと世界を見たい、と適当に変えて――相談したのだった。

 

「オリヤ兄ちゃん……ホントに、出ていっちゃうの?」

 食事後の団欒時。カテリナが、思い詰めたように口を開く。

「お? うん、出ていくっていうか、時々顔を出しに戻るからさ」

 オリヤは、カテリナがなんで自分に懐いているのか解らない。

 嬉しくはあるが、いずれ自分は居なくなる人間なのだ。

 分かっていた筈なのに、こうして悲しげに、止められるものなら止めたいと言う態度を取られるとは……考えても居なかったのだ。

「ホント……?」

 泣きそうな顔に困惑し、優しく頭を撫でてやることしか思いつかない。

「ホントだよ、だから、さよならじゃなくて『いってきます』だ」

 困った様な笑顔で、オリヤは言う。それしか出来なかったが、それで幾分空気は和らいだようだ。

 ヴェスタ夫妻も寂しそうではあるが、それでも笑顔で子供二人を見つめている。

「オリヤ。困ったら、すぐに帰って来ていいのですよ?」

「そうだな、本音で言えば、この街の警備隊に入れたい程だからな。職を失う事は無いと安心して、世界を見てくるんだ」

 有り難い話だ。職の話ではない。

 こうして心配してくれる事が、とても有り難く思えたのだ。

 カテリナだけでなく、テレジアもヴェスタも、オリヤを家族として受け入れてくれている。

 生前、ロクに親孝行も出来なかった。

 代わりというとどちらにも申し訳ないが、それでも、きちんと受けた恩を返したいと思ったのだ。

「ありがとう、冒険者生活も長く出来るとも思えないし、もしかしたらお世話になるかも」

 そうはしたくない、思いはするが、すげなく拒否するのは違うと思い、だから思ったままを口にする。

「もしかしたらじゃない、いつか帰って来て、この街を守ってくれ」

 何を言ってるんだお前は、ヴェスタはそう言いたげに口を開く。

 それも有り難い。本当に、そう思う。

 いつか。いつか、本当の意味で恩返しが出来れば。

 そう思い、「家族」の顔を脳裏に焼き付ける。

 いつか帰る家の、そこで待ってくれる人達を。

 

 

 

 早朝。静かに出ようと思ったが、泣くカテリナに抱きつかれ、悲しそうな顔のカテリナに抱きしめられ、ヴェスタには抱擁後、激励に背中を叩かれ。

 オリヤは人影もまばらな冒険者ギルドの、クエストボードの前に立った。

 街を出ることは決めたものの、行き先は決めていない。故に、適当な「お使い」依頼が無いか探しに来たのだ。

 この街を離れる適当な理由になる。その後は別の町を基点としても良いし、旅から旅の生活も良いだろう。

 所詮は気楽な一人旅である。

 クエストボードを眺めて、どうも適当な依頼は無いようだと肩を竦める。

「あら、オリヤくん。随分早い時間だけど、どうしたの?」

 クエストカウンターの受付嬢のお姉さんが、オリヤを見かけてカウンター越しに声を掛けてくる。

 この時間は冒険者も少なく、暇だったのだろう。

「ああ、おはようございます」

 オリヤがまず挨拶を返すと、受付嬢もおはようと笑顔で答え、そしてオリヤの次の言葉で笑顔を引き攣らせた。

「えっと、この街を出ようと思って」

 え? 今なんて?

「なにか適当なお使いクエストでも有ればと思ったんだけど、中々上手くは行かないや」

 昨日冒険者になったばかりで、他の冒険者にもお気に入り扱いの、これからが楽しみな少年が。

 冒険者になった翌日、街を出る?

 冒険者登録翌日に街を出る、その前例は無くはない。

 だが、その大半が悲惨な末路を辿る。

 圧倒的な経験不足で出発する旅は、その目的を遂げることは少ない。

「ままままま待ってオリヤくん待って⁉ あのね、オリヤくんあのね? いきなり街を離れるのはオススメしないよ⁉」

 カウンターから飛び出しそうになりながら、辛うじてそれを自生しつつも受付嬢は声を上げる。

「あのね、危険なの、危険が危ないの、分かる⁉」

 慌てているのだなあ、オリヤは考える。だが、何を慌てているのか今ひとつピンとこない。

「落ち着いて、おねーさん」

 きっと心配してくれて居るんだろうなー、そう思いながら、適当に宥めようと試みる。

「おおお、落ち着くのはオリヤくんなんだよ? あのね」

「だから」

 なお慌てるお姉さんの言葉を遮る。

「落ち着いておねーさん。俺、元々、世界を旅したかったんだ」

 思い掛けない柔らかな口調に、受付嬢は口を閉ざす。

 柔らかいのは表情もだ。気負った様子もなく、危機感もなく。

 考えずとも危険なのだが、しかし、引き止める言葉が出てこない。

「ずっと、ずっとね。だから。ちゃんと……ちゃんと、家族にも伝えているんだ」

 少し言いよどんでから、それでもハッキリとヴェスタ一家を「家族」と言う。

「帰って来れたら顔を出す、そう約束してるよ」

 半分嘘だ。オリヤが「家族」に約束したのは「必ず帰る」と言うこと。

 今言ったのは、生きて帰る事が出来たら、と言う前置きが付くのだ。

 必ずしも、生きて帰れるとは、当の本人が考えてはいない。

「依頼も無いみたいだし、俺、行くよ。じゃあね、お姉さん。今までありがとう、また戻って来たら、よろしくね」

 寂しくも見える笑顔で、オリヤは告げる。

 引き止めるべきだ。確実な危険に向かう若者を、未来ある冒険者を、ここは引き止めるべきだ。

 そう思うのだが、去りゆく背中に掛ける言葉が思い当たらず、受付嬢はただ見送るしか無かった。

 

 

 

 街の東門を抜け、大河に掛かる橋を渡り、広がる大草原を渡る街道を辿りながら、さてどうしたものかと考える。

 太陽は既に真上にあり、そろそろ空腹感を覚える。

 街が見えなくなった辺りから自重(リミッター)を捨てて「走り」続けたが、はてどれくらい来たのか。

 魔物に襲われる事もなく、街道を征くその姿は控えめに言って軽装だった。

 その秘密は、異世界モノの定番、アイテムボックス或いはインベントリ。それを「創造」出来たからだ。

 これを作るために知識が必要かと、錬金術ギルドで講義を受け、魔術師ギルドで外部マスコット的扱いを受けた。

 悪い気もしないし、造ってみたら案外あっさりと出来たのだが。

 ちなみに、完成したインベントリの容量は把握できていない。可能な限り大きく、そう思って造ったのだが、その限界まで何かを詰め込む事をしたことがないのだ。

 時間の流れが停止、或いはそう感じるほど遅いらしいその中には、今は数日掛けて用意した食料や、簡単な着替えなどの旅支度が収納されている。

 また、今は簡単な「家具」しかないが、同様の異空間収納をもう一つ持っている。

 此方は生命体が問題なく過ごせる様な空間と時間の流れを持ち、中に入ることが出来る。むしろ、そのために造った。

 その名も、「シェルター(仮)」、移動拠点である。

 造って見て思ったのだが、この「創造力」という能力はとんでもないモノだった。

 インベントリを含め、凡そ創ろうと思ったものはすんなりと出来た。

 調子に乗って武器も造った。シンプルで中々のお気に入りである。

 

 そんな訳で、彼は今、とても身軽であった。

 なので、調子に乗って走ったのだが、いい加減腹も減る。

 食事でも摂るか、そう思い移動を歩きに変えた。

 お弁当が欲しいかも、そう言ったらエレジアさんとカテリナが張り切って作ってくれた。

 インベントリの効果で日持ちがすると判ると、なんだかより一層張り切っていた。

 その中からチョイス。

 インベントリの中身はリスト化され、そのリストの品目を意識すれば取り出すことが出来る。

 そんな訳で、カテリナが作ってくれたサンドイッチを選択。

 生前、妹なんて居なかった。そもそも、自分が12歳から15歳までの3年間の付き合いである。

 それでも、家族として可愛いと思える程度には親しくなれたと思う。

 今朝、街を出る直前にも、泣きながら見送ってくれた。胸は痛んだが、仕方がない。

 

 仕方がないが、――本当にそうだったのか。

 

 街道沿いの原っぱに適当に腰掛けながら、サンドイッチに齧りつく。

 家族の、ヴェスタ家の食事だ。

 たった数時間で、もう郷愁に駆られている。

 何をしているんだか、そう思い見上げた空は青い。

 この世界に来て、生活して気づいた事が幾つかある。

 自分の事で言えば、失っている事が有る様だ。

 まず、名前を失っている。

 生前の記憶は有るし、鮮明に思い出せる事柄も多いのだが、名前はどう記憶を辿っても思い出せない。

 能力と引き換えに、名前を失ったのだろうか?

 神様には、そんな話はされていないのだが……。それに、名前を思い出せなくなった程度で、この力――「創造力」は強力に過ぎないだろうか?

 思い描き、材料を用意するだけで、概ねなんでも創れる。

 自身のステータスの高さを危惧した時は、「リミッター」すら創造出来た。

 この上、異常なステータス値を考え合わせれば、他に何か失っていてもおかしくないように思える。

 

 余談だが、リミッターの材料は判っていない。能力を抑えるものなので、自分の中の何かが使用され、失われたのだろうか?

 それが知能だったら嫌だなあ、ぼんやりとそんな事を思う。

 誰の目に触れさせたことも無いし、今もインベントリの中に仕舞っているが、武器類も思うままであった。

 構造もよく判らないのに刀剣類は言うに及ばず、弓、拳銃まで。

 

 チートとは良く言った物である。

 いや、良く言ってもチート、と言うべきか。

 

 この能力があるなら、ステータスは普通で良かったのでは無かろうか。武器チートで何でも出来そうな気がする。

 オリヤはぼんやりと、サンドイッチを頬張りながら考える。

 「創造力」で「造った」周辺警戒用の脳内レーダーの反応の無さに、これホントに効いてるのか、単なる脳内妄想なのか悩んでいると。

 レーダーの端に光点が灯る。

 レーダーがカバーするのは、現在20キロメートルに設定している。

 大きめの光点は、良く見ると光点の幾つかがまとまって居るようだ。街道を東から此方に向かって居るようで、その速度から馬車で移動しているようだ。

 馬車は3台、それに恐らく騎乗していると思われる光点が4つ。

 商隊か、移動中の貴族様であろうか。面倒事でなければ良いなー、何処までもぼんやりと、サンドイッチを頬張る。

 追われている様子もなく、光点群は整然と此方に、街道を沿ってくるようだ。

 あくまでも緊張感なく、インベントリ内で武装をチョイスする。

 

 M1911。

 ジョン・ブローニング設計、コルト・ファイアアームズ社の開発による、伝説的軍用自動拳銃。

 1911年の設計でありながらティルトバレル式ショートリコイル機構、サムセーフティだけでなくグリップをきっちり握り込まないと発砲できないグリップセーフティを完備し、革新的な構造を持つ後の拳銃の設計に多大な影響を与えた傑作。

 45ACP弾によるストッピング・パワーを持って一部では「ハンド・キャノン」の異称を持ち、アメリカ陸軍将兵の圧倒的信頼を勝ち得た名銃。

 日本に於いては、「コルト・ガバメント」と言う方が通りが良いだろうか。

 こんな物まで造れる、「創造力」の凄さである。

 生前この銃が特に好きだった……ガスブローバックガンは言うに及ばず、モデルガンも所有し、週に最低でも1度は必ず分解清掃した――撃ってもいないのに――程の愛着が有ってこその創造だろう。

 実銃は撃った事は無いが、情報はネットを漁り、真贋の良く判らないままに知識として蓄えもした。

 そんな銃弾(45ACP)7発込みで1キロ強の鉄の塊をうっとりと眺めてから懐に忍ばせ、徐々に近づく馬車群の動向を見守る。

 

 特に動かず向こうを待つようにしているのは、オリヤなりに理由がある。

 感知されていないなら隠れても良かったのだが、向こうも感知魔法を使用している可能性も有り、変に隠れたりしたら却って面倒なことになり兼ねない。

 堂々と待ち、適当にやり過ごす作戦だ。

 もしも絡まれたら、最悪1911が火を吹くことになるが、さてどうなるか。

 ふと、隠密魔法なり隠密系のアイテムでも用意すればよかったのでは、と思うが今更である。

 何となく「創造」してはおくが、今回は既に遅いので、このまま様子を伺う事にする。

 

 西へ向かう商隊は見た目は小綺麗な馬車3台と、護衛の騎馬兵4人を伴い走る。

 今回の商品は今までの比ではないが、慌てると碌な事はない。

 まずはこの先、大河の街を超えて更に西へ。

 そこでこの商品を捌けば、後は隠居しても残りの人生は左団扇で生活できる。

 それ程の莫大な富が約束された商品。だからこそ、慎重に進まねばならない。

「お頭、街道沿いに人がいるようです」

 向かいに座る男……商隊のお抱えの魔術師が呟く。彼の周囲探知も魔法に反応が有ったのだ。

 彼の周囲探知は並の魔術師の使うそれ――およそ3キロメートル――を超える、およそ5キロメートルをカバーする。

 それすなわち実力の差。

 彼の探知の目から逃れることは敵わないのだ。

 

 へえ、他所の警戒範囲に入るとこんな感じなのね。

 オリヤはやはりのんびりと考える。

 纏わりつくような、非常に薄く引き伸ばされた魔力が肌に張り付くようで、僅かに不快感を覚える。

 距離は4キロという処か。

 隠密しようと思えば出来たな、そう思いがっかりする。

 脳内での表示の拡大率を変更、光点が大きくなる。

 それにより詳しく表示される陣容。

 騎馬の4名、先頭の馬車には5人、2台目は6人、4台目は4人。

 馬車内の光点の分布具合から、大量の商品が有るようでもない。貴族の移動かね。

 何となく、念の為と言うわけでもなく、興味本位で。

 売り物と指定して探知を掛ける。

「……はい?」

 売り物指定探知、それは販売物として認識されている「モノ」を認識する、多分オリジナルの魔法である。

 其処に反応するのは。

 各馬車とそれを引く馬。そして。

 3台目の光点のうち2つ。

「……指定方法失敗したかな?」

 そう呟きながら、インベントリ内の武器をもう一度確認する。

 場合によっては本当に戦闘が発生しかねない。

 そう思いながら、念の為警戒レーダーの魔術の構築式を見直す。

 教わった通りの基本に、独学で学んだ構築式。

 それをしくじっているのなら問題ない、ただのミスだ。

 だが、もしも正解だった場合。

(少なくともあの街は人身売買を肯定していない。入るには各種チェックが有る。面倒事が起こるか……或いは、北か南へ逸れるのか)

 人間が商品。それは人身売買と言うことだろう。様々を学んだあの街で、それは認められない行為だった。

 故に、その商品を街の中に運び込むことは出来ない。

 だが、考えれば抜け道は幾らでもある。

 素直に北か南に進路を変え、迂回するのも手だが。

 商売の帰りで、従者が疲れているとか、適当に言い訳すればいい。

 あの馬車の中で暴れでもしなければ、バレはしない可能性もある。

 あとは、犯罪歴等を誤魔化しさえすれば。

 ふと、不快感に顔をしかめる。

 あの街の警備兵を騙して通過する人身販売屋。なんと称するのか。奴隷商とでも言うのだろうか。

 確認出来るだろうか? 街に入る前に、むしろ、此処で。

 後3キロ。

 光点の中、探知魔法を使っているであろう点を特定する。

 魔力の放出具合から間違い無いだろう。他に魔術を行使出来るものは居ないようだ。

 残りは物理攻撃。

 騎馬は槍と剣。荷馬車の要員は魔術1、剣3斧2弓3ダガー3。

 

 仕掛けるか。

 

 目を閉じ、距離2キロまで待つ。

 そして、光点のひとつ……魔術師に、プレッシャーを叩きつける様に魔力を開放する。

 ただし。相手の技量でも対処できる、そう思わせる程度に抑えつつ。

 無視して通り過ぎるのは危険、そう思わせる為に。

 さて、どう動くかね。

 1911のマガジンをダースで用意しながら、オリヤは相手の反応を待つ。

 

 魔術師は不意に悪寒に襲われ、反射的に身構える。

 相手も魔術師か。どうやら、相手の探知範囲に入ったのらしいが、突然敵意のような魔力のうねりを感じた。

 廻りの様子を伺うが、浮かれた同僚は何かを感じた様子もない。

 魔術を使えないからか、それとも。

 この、俺への挑戦ということか。

「お頭。この先の反応は恐らく敵だ。威嚇してきた」

 ぽつりと呟く。

 間抜けなヤツだ。あと1キロと半分。

 攻撃の準備をするには充分だ。

「あん? なんだ、魔術師か?」

 お頭と呼ばれた男は片眉を上げる。面倒なことだ、そうボヤきながらすぐに指示を伝える。

「ヤレヤレ、穏やかに行きたいもんだがね。後ろの連中にも伝えろ。距離と数は?」

「1人、あと1キロだ」

 頭目の問に、即座に答える。

 相手の人数によっては誤魔化し方を考えねばならなかったが、1人ならむしろ殺したほうが早い。問題は……。

「周りに、他の反応は?」

 仲間は居なくとも、目視できる範囲に他の旅人が居たら面倒になる。だが。

「いや、半径5キロに反応は他にない」

 理想的な環境だ。

「よし、弓で射殺せ。仕上げは」

「俺の魔術で燃やす。それで終わりだ」

 短い遣り取り。

 各馬車に方針が伝えられ、弓を持つものが準備を始める。

 今回の奴隷は今までとは比較にならない上モノだ。

 なんとしても「商売」を成功させねばならない。

 故に、真剣に邪魔者を排除する。

 とは言え。何処か緊張感が欠如しているのも否めない。

 なにせ、相手は1人、魔術師らしいが詠唱さえさせなければ敵ではない。

 そして、詠唱するために足を止めるなら的でしか無い。

 各自1矢2矢放ってそれでお終いだろう。

 そう信じて疑わなかった。

 

 解りやすい程の反応がある。

 弓をもつ者が動きを見せた。弓で射て動けなくなってから止め、そういう事だろう。

 此方が1人であるし、普通はそれで充分だと思うだろう。弓3人と騎兵4人、まずはこの辺りから動きを止めよう。ステータスのリミッターを限定的に解除し、能力を半分まで発揮できるようにしておく。

 問題は。これが、生前から通算しても初めての対人戦、まともに喧嘩したこともない自分が果たして、本当に人に向けて引き金を引けるのか。

 どこかぼんやりと、そんな事を考える。馬車群はもう目視できる距離に有った。

 

 馬車に押し込められ、2人は絶望の中にいた。

 助けを叫ぶ声も枯れた。いや、枯れたのは気持ちの方だろうか。

 確かに、此処まで暴行らしきを受けてはいない。

 だがそれは、商品であるが故だ。商品価値を落としたくないから手を出さないだけで、それ以外にはない。

 それに、この旅団は冒険者崩れを雇入れ、逃げ出そうにも隙がない。

 鎖に繋がれた身では、そもそも単なる脱出もままならない。

 故郷からどれほど離れたのか。

 奴隷の環を掛けられた自分達は、もう故郷に戻ることも叶わない。

 首にかかった銀色の――呪いに等しい首輪は冷たく、ただ冷たく光る。

 

 馬車は速度を落とし、弓兵は弓を構えて時を待つ。

 オリヤはさり気なく懐に手を伸ばし、1911の重さを確かめる。

 スライドは、先に引いている。

「やあ、こんにちは。旅人さん、いい天気だね」

 先頭の御者が気さくに声を掛けてくる。見た目武器はないが、腰の後ろに目立たない様にダガーを下げている。

「そうだねえ、こんな日は距離を稼がなきゃね、雨が降ったら最低だ」

 一度懐から手を離す。銃は何時でも抜ける。警戒していれば問題ない。

「ははは、違いない。馬車が有っても気が滅入るのに、歩きじゃあなぁ」

 騎兵はさり気なく半円を描くように、オリヤを囲む。

「走るわけにも行かないし、晴れた日が続いてくれるのは有り難いや」

 のんびりと笑いながら。

 馬車の中の変化に気を配る。

 

 頭目が短く合図を送る。無音で、各馬車内で弓を番える。

 まずは動きを止める。あとは好きに料理するだけだ。

 どうにも、平和なガキにしか見えない。あの魔術師は、こいつの何処に危機を感じたのだろうか。

 静かに呪文の詠唱を続ける魔術師に、僅かな猜疑の目を向ける。

 

 撃ての合図に、破裂音が連続して鼓膜を叩く。

 お頭と呼ばれた男は何が起こったのかすぐには理解できない。

 目の前の2名の弓兵が。頭が弾け脳症を撒き散らしている。慌てて表の様子を見れば、騎兵が弓兵と同じく頭を割られ地面に伏している。

 オリヤは悠然とマガジンを交換し、空のマガジンをインベントリに――傍目には虚空に――放り投げる。

「やれやれ、いきなり弓を射掛けようとは酷い人だ。反撃も已むを得ないね」

 立ち上がることもなく、精々身体を捻って射撃する程度。

 7発で7人仕留めるのに、特に慌てもせずに落ち着いて行動できた。

 

 なるほど。失くしたのは名前だけじゃなく。

 殺人に対する忌避感もか。

 感性のうち何をどれ程失ったのか、考えたくはないけど確認はして置くべきかもしれない。

 ――落ち着いたなら。

 

 何が起こったのか解らない。

 お頭は次の指示も忘れて言葉を失う。

 元とは言え、Bランクの冒険者が手もなく殺された。信じられることではない。

 魔法、魔術か? さっきの破裂音は?

 混乱の中で、お頭は魔術師が立ち上がるのを見た。

「舞い狂え、炎……!」

 魔術師が最後の一節を唱える前に、その頭が弾ける。

「怖い怖い。魔術とか、むやみに人に向けちゃ駄目だよ」

 今のは見た。

 お頭は言葉を失う。

 あのガキが筒? なんだ? あれから……火を吹いた。

 そしたら……。

 恐慌状態で、馬車から転げ出る。ガキの反対側に、馬車を盾にして。

 何だアレは⁉

 周りを見回して愕然とする。

 各馬車の御者もいつの間にか、殺されている。生きているのは、自分ひとりのようだ。

 破裂音がまた聞こえた。今度は何が。

 思う間もなくバランスを崩し、両手で大地を受け止める。

 何が? 見下ろすと、左の腿の肉が弾け、血を吹き出していた。

 絶叫は言葉の体を成さず、溢れるように湧き上がった。

 

「素直に逃がす訳ゃ無いでしょうが。悪いけど」

 慈悲に満ちた慈悲の無い声。

 感情の一切を感じさせぬ平板な吐息。

 回り込んでくる程度のことは予想できたが、早すぎる。

「あの街には恩人がいっぱい居るんだ。厄介事は持ち込んで貰っちゃ困るんだよ」

 オリヤは右腕をごく軽い動作で上げる。

 頭目は考える。投げかけられた言葉を、その意味を。

 この馬車が……この先の……大河の街に向かったから?

 それだけで、コイツは威嚇してきた、ってのか。

「わかんないって顔だね? 奴隷とか、あの街じゃあ認めてないからさ」

 男は激痛の奔流の中で、それでも驚愕に動きを止める。

「なんで分かったか、って顔だね? 教えないけどね、教えても意味ないし」

 今までも、奴隷を捌いて稼いできた。

 確かに、奴隷を認めていない街は幾つか有った。そのどこでも、ボロを出さずに、場合によっては賄賂を使ってでも、上手くやってきた。

 それが。こんな所で。こんなガキに。目的地どころか、その手前も手前の街に、入ることすら叶わず。

「目的は、女か」

 悔しさと無念さ、なぜこんな事になったのか。何ひとつ解らず、無意味に口を動かす。

「へえ、女なのか」

 そう、意味など無い。相手は、積み荷が男か女かも知らず、こうして襲ってきた。

 いや、違う。威嚇してきたのはこのガキらしいが、襲いかかったのはこっちだ。

 このガキは、()()()()()()()()()

「て、手を組まないか? お前の、その腕なら」

「辞めてよ気分の(わり)ぃ。いきなり人殺そうなんてぇ小悪党(こもの)なんざ、趣味じゃ無ぇや」

 何か反論する間もなく。

 オリヤは、男の眉間を撃ち抜いた。

 

 いきなり人を殺そうとした小悪党(こもの)、か。俺そのものだなぁ。

 

 オリヤはマガジンを引き抜き、リロードするとハンマーに指をかけ、引き金を引いても激発しないようにゆっくりとハンマーを戻す。

 サムセフティを掛けてから、周囲に敵性の気配がないことを確認し、1911をインベントリに戻す。

 

 さてさて。外は血みどろだけども、中の……お嬢さん方かな。大丈夫かね。

 3台目の荷馬車の前で考え込む。

 ちなみに発砲音に驚いた馬は、沈静化の魔法で大人しくさせている。

 ぶっつけで「創った」魔法だが、なかなか良く効いているようだ。

 中に居るのは女。それが2人。

 面倒くさい事になんなきゃ良いけども。

 意を決して、荷馬車の後部扉を開く。

 

 

 

 外に吹き荒れる殺気が、一瞬で吹き払われた。

 2人は手を取り合い、震えている。

 賊の襲撃だろうか? それにしても、殺気が此方側のものしか感じなかった。

 相手は何人だろう? 勝ったのか?

 窓もなく、外の様子も解らない暗い荷室内で、ただ恐怖に震えるしか無い。

 賊が勝っても、旅団が勝っても、絶望には変わりない。

 怖い。早く戦いが終わって欲しい。

 果たして、荷室の扉は開け放たれた。

 

 暗い。オリヤは眉を顰める。

 こんな中に、閉じ込めてたのか。感情の起伏に乏しいのでは、と密かに自問するオリヤでも、不快感を拭えない。

 しかし、憤ってばかりも居られない。

 何をやって奴隷になったのかは知らないが、見て見ぬ振りも出来ない。

 最初からこうするつもりで首を突っ込んだのだ。

「おーい、中の人、大丈夫かい?」

 暗さに目が慣れて来ると、厳重さに閉口する。鉄格子造りの檻の中で、手足を鎖で繋がれている。

 非常に面倒くさい。

 手っ取り早くワイヤーカッターを創ると、鍵をまず破壊し、怯える2人になるべく目もくれずに手足の鎖をワイヤーカッターで切断していく。

「ほい。いつまでもこんな暗い所に居ても仕方ない、表に出よう」

 そう言って、2人を促してから、先に表に出る。

「あー……。ただ、外は血塗れだから……一応、覚悟だけしといてね」

 今更だが、血が出ないように殺すべきだっただろうか?

 奴隷商なんてやっているやつを生かしておいても、多分後々面倒になるだけだから、殺したのは正解だったと考える。

 思うが、もうちょっとビジュアル的に優しい殺し方も有った気が、しなくも無くもない。

 奴隷として売られかけていた2人は、おずおずとオリヤについて馬車から這い出て、そして惨状に言葉を失う。

 

 オリヤは困惑した。

 女性、というかなんか若く見える。2人とも少女というと語弊がありそうで、どう表現したものか迷う。

 見た目ではオリヤが一番若く見えるから、ここはお姉さんで良いかとも思うが、そもそもそんな場合でもない。

 

「貴方は……盗賊ですか?」

 

 お姉さんの第一声がこれである。

 困惑しつつも、周りを見渡せば、それもそうかと納得する。

 ほぼ全員が頭に一撃を受けて死んでいる。

 頭目に至っては左足も撃ち抜いたから、そりゃあもう血塗れである。

「あー……えっと、冒険者なんだけど……」

 説得力無いなあ、そう思いながら頭を掻く。

「え……? 冒険者?」

 思ったとおり、信じられないという顔で呟かれる。

 だよなあ。

 ぽりぽりと頭を掻きながら、さてどうしようかと考える。

「ちょっとだけ特殊な能力があって。周囲の状況を把握する、あー……結界みたいな」

 あー、説明は苦手だ。しどろもどろに、言葉を紡ぐ。

「それは、探知魔術ですか?」

 お姉さんの片割れがおずおずと、助け舟を流して寄越す。

「探知魔術、か。うん、そういうのの類型だと思うけど。俺のは探知する対象を選べるんだ」

 お姉さん達は特に驚くこともない。なるほど、そう珍しいものでも無いらしい。

「なるほど、高位の探知魔術は様々探知出来ると聞きます。ですが、その事が何か……?」

「あー、えっとね」

 案の定、特に珍しいものでもない、それがどうしたのか、と言いたげに問いかけてくる。

 口で説明するのも面倒だ、体験して貰えない物だろうか?

 そういう都合のいい方法はないか? 考える。

 そして気づく。考えるまでもないのだ。

「うん、体感してもらった方が良いね、その方が早い」

 今度こそ不思議そうな顔をする2人の前で、目を閉じ少し集中する。

 一部魔術の共有化魔術。脳内が舌を噛みそうな名前だ。呼称は魔術共有で良いだろう。

 どうせ自分しか使わないだろうし。

 警戒レーダーを改めて起動、そして、魔術共有を起動する。

 共有の対象は、目の前の2人。

 ちなみに、2人には魔術の結果を共有させるだけで、魔術のもととなる魔力を消費するのはオリヤだけである。

「えっ」

「なにこれ?」

 急に脳内に広がるレーダー映像に、戸惑いの声が上がる。

 自分で発動したわけでもないのに、いきなり脳内に映像が出たら驚くだろう。

「あ、ゴメン、俺の警戒レーダーを、共有して貰ってるんだ」

 それくらいは事前に説明すべきだったと反省する。

「共……有……?」

「そんな事が……」

 2人の反応に、何だか申し訳なくなる。口下手は損しか無いな、そう思い、レーダーを操作する前に説明しながらにしよう、そう決める。

「まず、俺のレーダーの範囲、通常は20キロメートルをカバーしてる」

 最大距離はもっと広がるのだが、大きすぎても自分で何だかピンとこない。

 なので、自分なりに使いやすいこの距離を半径として、必要に応じて広げたり狭めたりするのだ。

 2人はとりあえず頷く。よく分かっていないのかもしれない。

「んで、適当に動体反応を。ん、なんか映ったね」

 脳内レーダーを動体反応にすると、周囲に幾つかの光点が浮かぶ。

 思ったよりも多い。都合が良い。

「んで、そうだな……明確な敵性反応は、と」

 明らかに危険なモノが居るなら、光点が赤く変わる筈。

 そう思ったのだが、レーダーに変化はない。

「あれ? この辺平和なのかな……なんか魔物とか居るかと思ったんだけど……あ」

 言い掛けて、はたと思い当たる。

 まさかと思うけど、俺を基準に危険かどうかの判定をしているから、この中に危険な反応は無い、っていう判定なのか?

 幾ら何でもそれは自意識が過剰していると言う物だろう。

 そうは思いながら、念の為。

「……お姉さん達にとって危険な動体反応を検知」

 言葉を発してから、操作を切り替える。

 途端に、レーダーの光点の半分以上が赤く変化する。

 え、なにこれ危険地帯じゃん。

 閉口するオリヤの前で、青褪める2人。

 それはそうだ、素直に信じるならば、とんだ魔境に放り込まれた事になるのだから。

「まあ、20キロの範囲だからね。これを10キロに狭めると」

 表示を切り替えると、自分を中心とした各光点との距離が広がり、レーダー内の光点が一気に減る。

「近くても8キロそこそこかな。まあ、数も対処出来ないわけじゃないし、これはこれくらいで良いか」

 まずはレーダーを体感して貰った。

「此処までは、普通の探知魔術と似たようなものかな?」

 笑顔のオリヤに、お姉さん達は無言だった。

 何か言いたげに2人で顔を見合わせると、意を決したように片方が口を開く。

「ええと……普通とは少し、違います」

 え。オリヤは驚く。

 普通の探知魔術を良く知らないのだが、そんなに違いが有るのだろうか。

「普通は……こんなに範囲が広くないのです」

 驚きが深まる。広いのか、これで。

「それに、大体は進行方向の脅威などを探知することが目的です。周囲全域を探知することが出来る人は、少ないと思います」

 えー、そんな限定的なのか。そういう使い方も出来るけど、周囲の警戒が出来るならした方が良いだろう。

 オリヤは驚きが段々と呆れに変わって行く。

「そして、探知魔法を共有する、と言うのはそれこそ初めて聞きます。数人で使用し、擦り合せるとか多方向をカバーするとか、そういう使い方は聞きますが」

 なるほど、人数がいるなら、警戒範囲を分けることで個人の負荷を減らすのか。

「それに、警戒するのなら探知より、警鐘の魔法を使うのが普通です」

 はっとする。そうだ、警戒するだけなら、アラートを設定しておけばいい。

 アラートが反応したら、それを探知すればいいのだ。

 我ながら、無駄に魔力のリソースを使っている。

「そっか。そうだよな、なんでその手に気づかなかったんだろ」

 またもや頭を掻いて考え込むオリヤに、やはり顔を見合わせる2人。

「それで、あの」

 お姉さんの片方が、疑問を口にする。

「それが、この状況と……」

 血塗れの死体。自分たちは果たして、本当に解放されたのか。今ひとつ判断のつかない状況。

 2人にとって、目の前のオリヤは単なる新しい売り主でしか無い、その可能性も有るのだ。

「あー、うん、まずは2人に気付いた経緯をね。この警戒レーダーで」

 再び、レーダーの範囲が広がるのを感じる。

 これほどの範囲と、その中の反応を感知し続ける探知魔術。どれ程の魔力が必要なのだろうか。

「売り物を反応させてみたんだ。ただの商隊かもしれないと思ってね」

 オリヤの言葉に、レーダー内の表示が変わる。レーダー内の幾箇所かと、そして。

 中心……今立つこの場所が、黄色く発光する。

「範囲を一気に縮めるよ? 半径20メートル」

 正直、そこまで縮める必要は無かったのだが、インパクトは有るだろう。

 レーダー上の光点間の距離が一気に広がり、中心の光点が大き目に表示される。

 そして光点は、中心のオリヤを模した白いヒトガタと、そばに立つ女性のような2つのヒトガタ、直ぐ側の3台の馬車と各2頭の馬たちを黄色く浮かび上がらせる。

 2人は息を呑む。こんなにハッキリと、形さえも判るほどに……。

 何より、「商品」を検知するなど、聞いたこともない。

「と、まあ、こんな具合で。2人がなんか商品扱いされてるのが判って」

 オリヤは振り仰ぎ、西の方角、街道の先を見る。

「俺が育った街じゃあ、奴隷なんて認めてないからね。厄介事を持ち込まれても困るから、まあ、様子見のつもりだったけど」

 釣られて、2人も街道の先を見やる。街の影も見えないのだが、たしかにこの先に街があるのだろう。

「そのつもりだったのに、なーんでか矢を射掛けられそうになってね。正当防衛ってやつで」

 反撃したのだ、と。

 2人は納得したように顔を見合わせるが、実のところ、嘘である。

 突っついたのはオリヤが先で、相手に攻撃の意志があると確認出来たから、僅差とは言え、先制で攻撃したのもオリヤだった。

 しかし、何もかもを正直に話すのも面倒臭い。

 それに、いい加減血の匂いも鬱陶しい。

 死体の処理と、この馬車群をどうするか考えなければならない。

「それで……それだけで、私達を助けたのですか?」

 お姉さんの1人が疑わしげに問う。

 素直に好意で救われたと考えるほど、気楽ではないらしい。

 いい傾向だと、オリヤはニンマリと微笑む。

「まあ、打算もあるけどね。まあ、その事は後で話すとして」

 ハッキリと、打算があっての事だと口にする。

 安心させてあげたいのは山々なのだが、2人には自分の意志で行動を決めて欲しい。

 変に良い人を演じて頼られ過ぎても困るのだ。なにせ。

 なにせ、初めての、念願の異世界旅行なのだから。

 暫くはのんびりと、「ひとりで」冒険を楽しみたいのである。

「取り敢えず死体を処理しよう。ほっといても良いことないだろうし」

 そう言うと、オリヤはまず馬に向かい意識を飛ばす。

 10頭の馬は静かに歩きだし、少し進んで停止する。馬車其の物にも血がついているが、まずは大地に転がる死体の方だ。

 オリヤは声を発すること無く、街道から少し離れた大地に半径10メートル程、深さ5メートル程の穴を穿つ。

 何の詠唱もなく、行使される魔術に、2人は声もなく驚愕する。

 その驚愕を舌に乗せる前に、9つの死体が宙を舞い、大地に穿たれた穴へと吸い込まれる。

 埋めるのか、それが良いかもしれない、そう考えた矢先。

 大地が、炎を吹き上げた。

 死体が、燃えている。2人は、力なく視線を巡らせる。

 この少年は……どれ程の力が有るというのか。

 冒険者と言った。

 この年齢で、どれ程の修羅場を潜り抜けてきたのか。

 詠唱無しで探知魔術を発動させ、それを自分たちに共有させて見せたと思えば、やはり詠唱無しで大地に大穴を穿ち、大火を放つ。

 戦闘の様子は見えなかったが、馬車が止まってすぐに戦闘は始まり、そして直ぐに終わった。

 高位の魔術師なのだろうか。これは、もしかして自分達を救う出会いなのだろうか。

 考えている間に、火勢は弱まる。火力が足りないのではないだろう。恐らく、焼き尽くしたのだ。この短時間で。

 そして、見る間に大地は大穴を飲み込み、すぐに何事も無かったように元に戻る。

 恐ろしい。素直にそう思った。肌の粟立ちが止まらない。

 これは……これでは、死んだことさえ誰にも知られることもないだろう。

 人知れず消えていく恐怖に身体を竦ませ、その惨状を齎した少年を見れば。

 街道に散ったり馬車にへばりついた血の跡を、洗浄の魔術で綺麗にしているようだ。

 最早、あの男たちの痕跡は、この馬車と騎馬だけだ。

 装備していた一切合切含めて、燃やし尽くしたのだろう。

 よしんば焼け残った物があったとして、目印もない大地の底に埋められていては、探すことも困難だ。

 私達は……どうなるんだろう。両腕を掻き抱き、震えを堪える。

 

 

 さて、これからどうするかな。

 オリヤは考える。

 先のことを少しも考えていなかったのだ。

 思うままに行動した結果、厄介な荷物が増えた気分だ。

「あー、お姉さん達」

 しかし、抱え込んだものは仕方ない。そのまま持ち続けるか、すぐに手放すか。決めなければならない。

「お姉さん達は、行く宛は有るの?」

 少し離れていたのだが、離れすぎて魔物に襲われては危険と考えたのか、2人は近づきすぎない程度にオリヤのそばに来ていた。

 そんなオリヤの問いかけに、2人は視線を下に落とす。

「奴隷になった時点で……行く先も、戻る場所も……」

 言いにくそうに、言葉が濁る。

「え? 奴隷って、もうあいつ等居ないじゃん。もう自由じゃないの?」

 オリヤはそう言いながら、2人の首元に目を据えている。

 解っているのだ。

「いえ、その……奴隷という物をご存知無いのですか?」

 だが、2人は気付かずに、片方が声を絞り出す。

 認めたくない事を、確認するように。

「この、隷属の魔術の首輪が有る限り……私達は何処に行っても、奴隷でしか無いのです。今は主が居なくとも」

 言い淀む。奴隷というものを知らないのなら、言わないほうが良いかもしれない。

 しかし、隠し事をしたと謗られれば、その後どういう目に合うか解らない。

 なにせ、先程9体もの死体を事も無げに「処分」して見せた魔術師だ。

 ロクに装備もない自分達では、到底抵抗できないだろう。

 結局は、運命には逆らえないのだ。

「誰かが隷属の魔術を使えば、私達は逃れられません」

 元は凶暴な猛獣、魔獣の類に隷属を強いるための道具だった魔環。

 いつしかそれは、奴隷を作るための道具となった。その魔環を架せられた者は識る。

 それが破壊された時、架せられた者の命も消えると。

 それは奴隷の命を縛り、希望を砕く枷。

 俯く2人を前に、オリヤは考える。

 そんな事は識っている。3年とは言え、奴隷を認めない街に住み、育ったのだ。

 それが今やヒトの尊厳を奪う邪法であると。

「……お姉さん達、何か悪いことでもしたの?」

 識って居ながら、問う。

 罪を犯したが故に、奴隷に落とす刑罰も有ると。

「……いいえ。森に住み、日々を享受することが罪でしょうか」

 ハッキリと、否定の声を上げる。

 上げた顔には、その相貌には怒りが有った。

 当然だ。自由を侵された時は、怒るものだ。

「じゃあ、奴隷になる理由なんか無いね」

 オリヤは2人に歩み寄る。

 その悠然たる態度に、2人は覚えたばかりの怒りも忘れ、雷に打たれたように身を震わせる。

 自由を奪われ、そしてそれを取り戻す事が出来ないなら。

 最後の自由……尊厳を守り死ぬ事こそが、残された途だと。

 そういう事だろうか。

 2人は顔を見合わせる。

 確かに。隷属の魔術で自殺は出来ないが、今なら。

 今、目の前にいる少年なら、2人を殺すことが出来る。

 奴隷として生きるか、尊厳有る死を選ぶか。

 絶望の中にある2人にとって、それは考えるまでも無い事だった。

 

 




殺人者オリヤの明日はどっちだ
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