どうなる犯罪者認定。
奴隷として生きるか、尊厳有る死を選ぶか。
絶望の中にある2人にとって、それは考えるまでも無い事だった。
オリヤの思惑は勿論違う所にある。
彼が識っているのは隷属の魔環がヒトの自由を奪うということであって、奴隷になるくらいなら死ねなどと、苛烈なことを考えてはいない。
識ってはいたが初めて見る魔環を観察し、その魔術の特性を見る。
魔術の根本を理解すれば、解除も出来る。
そして。
この魔環は、思ったよりも複雑だった。
意識の一部を押さえる、能力の一部を制限する、反抗出来ない様に、肉体にも精神にも枷を掛け、縛り上げる。
性格の悪い多重の仕掛けだ。そしてそれだけの強力な、組み合わさった一種の呪いは、首輪という形を取り、それを対象に、物理的に掛ける事で成立する。
魔術の一つ一つがそれぞれを補完するように絡まっている。それらを個別に解除するには、相応に手間を必要とするだろう。
だが。これは単純な弱点が有る。
首輪を強引に外せば死ぬ、そういう魔術は確かに有る。これ見よがしに見えている。
だが。魔術を解除しようとすると発動する魔術……カウンターが無い。
創った者の自信か、慢心か。
(こんだけ複雑なら、解除なんて出来やし
オリヤは最初から手順を踏む気はない。
問題になり得たのは、解除を阻む手段が有った場合のみ。しかし、調べた限りそれも無い。
こうなれば、全てに過負荷を掛けてやれば、魔力量によっては回路其の物を焼き切ることも可能だろう。
つまりは、力押しで安全に解除できる。
そう考えて成功を確信した時には――2人は目の前に跪いていた。
そしてオリヤは混乱する。
2人は覚悟を決め、そして声を揃える。
「魔術師様。私達の自由を、尊厳を守るために。どうか、死を賜りますよう」
覚悟は決めた。自由の身に戻れないのなら。
「待って待って待って、ちょっと待って」
そんな2人の下げられた頭に、オリヤの慌てた声が降りかかる
そうじゃない。死ねとか言う訳がない。
何その、奴隷になるくらいなら死ねって言う暴論。
誰がそんな事言ったの。
「そうじゃない、死ねなんて言う訳がない! ゴメン言い方が悪かった、自由になりたいよねって言いたかったの!」
さしものオリヤも、ここは冷静では居られない。
決死の2人を、この数年で最も必死に押し止める。
「……この隷属の環が有る限り、自由は無く……外すことは死を意味します」
「……そして、私達は自分の意志でこの環を外せません」
回りくどい言い方は大抵こういう、面倒な事しか寄越さない。
現15歳とは言え、享年は38歳。厨二病もいい加減にしなければ。
素直に反省しながら、オリヤはため息を吐く。
「ゴメン、言い方が非常に悪かった。と言うか最初に言うべきだった」
オリヤの言いたい事が解らず、何度目か顔を見合わせる2人。
「その魔環の魔術、否、呪いは解除できるんだ」
顔を見合わせる2人の脳内に、オリヤの言葉がゆっくりと染み込む。
「それも、この場で」
その言葉を飲み込み、理解が追いつくと、2人は弾かれたようにオリヤを見上げる。
そんな事が。あり得るのか。でも、この魔術師なら。
言葉が脳裏を駆け巡る。否定、肯定、希望、絶望。
縋るのか。否定するのか。
逡巡し、立ち上がることも出来ない。
「さあ、取り敢えず自由になってから、今後を考えよう」
既に諦めていた「自由」を、まるで当たり前のことのように。
自由であることが前提で、その上で。
目の前の少年はさも当たり前の様に、2人に両手を差し伸べる。
立て、そういう事だろうか。
2人はオリヤの腕をそれぞれ取り、ゆっくりと立ち上がる。
自由になんて、なれるのだろうか。
希望を失って久しいからこそ解る。希望は、絶望に容易に変わる。
さて、解除は簡単だ。
先程観察して行けると確信した。控えめに言って楽勝である。
それを行った際に発生する被害は、2人が吃驚する事。
特に怪我はしなさそうだし、精神汚染等も発生しない。と、思う。
「よし、じゃあやるか。会って数分で俺を信用してくれとは言えないけど、取り敢えず任せてみてよ」
ごく気楽にオリヤはにへらと笑うと、2人の魔環の前に手を翳す。
「これから、俺の魔力で呪いを押し流すから。吃驚するとは思うけど、こらえてね」
押し流す? 堪える?
何を言っているのか理解する前に。
オリヤの両手から、光を放つほどの膨大な魔力が魔環に向けられる。
10万超えのMPは伊達ではない。全部流しても良いが、後が怖い。
まずは様子見で、ひとつにMP2万程流してみよう。
これで駄目なら、残り全部くれてやる。
奔流。気を抜くと、吹き飛ばされそうな魔力の濁流。
歯を食いしばる。どれ程の時間耐えれば良いのか、そう思った時には奔流は流れ去っていた。
今まで体感した事の無い魔力のうねりは、通り過ぎてなおこの身の力を奪うようだ。
2人は再び、今度は自分の意志によらず大地に膝を折る。
オリヤの魔力の大きさに驚きすぎて、すぐには気付かなかった。気付けなかった。
「過負荷で呪いの基盤が壊せそうだなあ、とは思ったけど。思ったより呆気ないなあ」
のんびりと、オリヤは微笑む。
実は思ったよりもMPを吸われて居るのだが、そんな事はおくびにも出さない。
1個辺り4万づつって、ギリギリじゃねぇか。
現有MPの8割を失ったのだが、そんな様子を見せず、余裕の表情で微笑んで見せるのだ。
だから、2人は目の前の魔術師、そう信じる少年が苦もなく魔環を破壊した様に見えた。
見た目は成人前の少年だと言うのに。
先程の膨大な魔力を、いや、その前に戦闘を熟したとはとても思えない笑顔で。
「でもまあ、上手く行ってなにより」
首元の魔環が、流し込まれた魔力に耐えきれず、半ば崩壊していた。
どれ程の魔力を流し込めば、こんな事が起こるのか。
何よりも。
本当に……。本当に解除出来た……。
2人は呆然と、半ば形の崩れた魔環――首輪を外す。
一度掛けられたら、二度と外せない死の環。隷属を強いる、悪魔の魔道具。
それなのに。
もう、自由など望めない筈だったのに。
「さてと。食事の途中で動いたからお腹が空いたよ。よかったら、一緒に食べる?」
顔を上げると、少年は何処から出したのか草原に敷物を広げ。
やはり何処から出したのかサンドイッチを並べ、何処までも気の抜けた笑顔を浮かべていた。
特に嫌いな物、食べられない物は無いらしい。
家族が作ってくれたサンドイッチを頬張り、美味しいと感想を貰えるのは嬉しい。
ここで食べてしまえば、もう出会える事はない思い出の、家族の味。
喜んで貰えるのなら、望外の事だ。
食事を終えて、これからの事を話す。
「……馬、どうしよう」
オリヤは10頭の馬を眺めて呟く。
売って路銀にしようにも、次の街までどれくらい掛かるか解らない。
面倒を見るのも骨だ。と言うか、個人で連れ歩くには多すぎる。
「馬車のひとつくらいは、使っても良いのでは無いですか?」
お姉さんの1人、金色の髪の人がそう提案する。
「うーん……1台は使っていいだろうけど、残りが困るなあ。えーっと」
考え込んでから、はたと思い当たる。
食事を終えるまで気が付かなかったのは、間の抜けた話であった。
「えーと、その。お姉さん達、名前聞いてもいいかな?」
食事に誘っておいて、名前も知らないとは不覚である。
そして、もうひとつ気づいたことが。
「あ、これは失礼しました、私はノゥアの森のサリア、此方は妹の」
「アルメアと申します」
このお姉さん達、双子だ。
よく似てるなー、とは思っていたのだが、深く考えなかった。
マイペースなのは長所だと、オリヤは考える。
「えっと、お姉さん方、双子さんなんだね」
オリヤの脳天気な声に、双子のお姉さんは顔を見合わせる。
「あの、今ですか?」
「気づいてなかったのですか?」
不思議そうに声を連ねる。さすが双子、タイミングは完璧である。
「いやあ、よく似たお姉さん達だなぁ、とは思ったよ?」
あははと笑うオリヤに、ぽかんとした顔をした後、何だか気が抜けて2人は笑う。
薄く、微笑みに近い笑顔だが、どれ程振りの笑顔であろうか。
「で、お姉さん達はこれからどうする?」
名前を聞いた意味を、オリヤはもう少し考えたほうが良い。
どちらに問うか迷った末、2人纏めてお姉さん呼ばわりでは、名前を聞いた意味が無い。
それはともかく、双子は顔を見合わせる。
「これからは、まだ考えていません……森に帰りたいとは思いますが……」
「持ち物どころか、まともな服も無いので、旅しようにも心許ないのです」
すぐに表情が曇り、俯いてしまう。
奴隷の身分からは開放されたが、それで直ぐに行動の自由には繋がらない。
「あー……このまま、西に向かえば街があるから、そこで馬とか売り払って、服とか旅支度整えれば、どうにかならないかなあ」
時間はまだ昼過ぎ。馬で走れば、夕刻までには街に届くと思う。
しかし。
「申し訳有りません、魔術師様。その……」
「私達は、まだ人間全てを信用出来ません」
サリアが言い難そうに言葉を濁し、言葉を継いだアルメアが決然と言い切る。
表情はそれぞれだが、気持ちはひとつという事だろう。
あー……そりゃそうか。
そもそも人間に捕まって奴隷に落とされたわけだ。
今はもう奴隷なんかじゃないと言っても、ハイそうですかと人間を許せるわけもない。
「いや、その、申し訳ない。曲がりなりにも同朋が迷惑を掛けてしまって」
オリヤは素直に頭を下げる。
全く、なんて面倒な事を仕出かしてくれたんだ、
いっそ、この2人にあの頭目の止めを任せれば良かった。
復讐フルコース、「お頭」付きだ。うん、笑えない。
「いえ、魔術師様は私達をお救い下さいました」
「凡百の人間どもと、同列に扱うわけには行きません」
下らない事を考えていると、2人は深々と頭を垂れ、完全に敬いの姿勢だ。
ナニコレ。なんかとんでもない扱いされてないか。
オリヤは顔全体で怪訝を表現する。
というか。
さっきから気になっては居たんだけど。
「あのさ、俺、そんじょそこらのただの人間だから。あと、その魔術師様って、なに?」
魔術師等と名乗った覚えはない、と言うか考えてみたらそもそも俺、名乗ってない。
「すみません、お名前を伺っておりませんでしたので。高名な魔術師様と存じますが」
今度はサリアが慌てたように頭を下げる。
いやいや、怒ってない。怒ってないよー?
「あー、なんか今日はミスばっかだな。旅の初日に、先が思いやられるねぇ」
頭を掻き、ため息を吐く。今日だけでどれ程幸せが逃げていったろう。
「俺は、オリヤ。オリヤ・ナカスドウ。昨日登録したばかりの、Fランク冒険者だ。職業は剣士」
言って、はたと思い至る。
今日、一度も剣を振っていない。
名乗られた方は、呆けたような顔でオリヤを見つめ、放たれた言葉を噛みしめるように脳内で反芻する。
数秒掛けて、言葉の意味を理解した時に。
「はい⁉ Fランク⁉」
「剣士⁉」
信じられない、と言うよりも何を言われたか判らない、そんな思いで。
詰め寄るサリアとアルメアの迫力に気圧される。
「なんでそんなに信じて貰えないのかわからないけど、ほら」
慌てて、懐……と見せかけてインベントリ……からギルドカードを取り出す。
その簡単な記載を食い入るように見つめ、そして。
「15歳ぃい⁉」
「ほ、ホントに剣士だ……!」
更に詰め寄らてしまうオリヤ。
というか、年齢で驚かれるとは思わなかった。
見た目相応だと思ったのだが、自分が思っている以上に老けているのだろうか。
それはそれでショックである。
可愛いと持て囃された少年時代は終わりを迎えたのか。時の流れとは残酷なものである。
「魔術師ではなく、剣士……で、では、先程の、いえ、そもそも探知魔術を使用出来るのは」
混乱の極みに達しようかというサリアが、納得出来ないと食い下がる。
「えーと、使えるから使ってる、みたいな?」
どう説明したものか、出来なくはないが、説明すれば間違いなく真面目な魔術師に喧嘩を売る内容になる。
神様がステータス関連弄ってくれたので、魔術も使えるよ!
脳内に文字を並べてみると、喧嘩云々以前にただの戯言である。
脳内の具合を同情されて終了であろう。
そう考えると、説明にならない言葉しか並べ様がないのである。
今度、ちゃんと言い訳考えとこう。
「そんな、使えるからって……」
「15歳……12歳くらいかと思ったのに……」
ん? 今なんか、聞き捨てならないこと言ったね?
12歳の状態でこの世界に降臨して3年。
育ち盛りはすくすくと成長したのだ。それが12歳に見える等と。
「流石に12歳に見えるとか、泣いちゃうぞ」
信じたく無いのか信じられ無いのか、アルメアはいつの間にかオリヤの頭を撫でている。
そんなに子供っぽいのか。今朝も鏡を見たが、3年前よりは成長していた筈だ。
……確かに、見た目の男らしさは薄いのだけれども。
生前のむさ苦しさを思い出すにつけ、複雑な心境を抱くが、割り切るしか無いのだろう。
……将来あのオッサンスタイルに戻ったら、ちょっとヤだな。
「で、では、魔術……じゃない、オリヤさんは、あの賊共を剣で退けたのですか?」
サリアはやはりまだ信じられない様子で、疑問を述べる。
それに答えようとして、オリヤは少し思案する。
この3年の生活と、今の目の前の2人の反応から、この世界では銃器は存在していないようだ。
ともあれ、剣を使って戦って居ない。剣士とは、果たして。
「……あー。剣じゃなくて、銃で戦ったなあ……」
嘘をついても仕方ないので、素直に答えて反応を見る。
思ったとおり、銃とは何か判らない、そんな顔の2人。
見せたほうが早いかな。
「これなんだけど、見たこと無い?」
懐に手を入れ、インベントリから1911を取り出す。
無骨な、折れ曲がった鉄の歪な筒。
「これは、魔術の触媒でしょうか?」
アルメアが、オリヤの頭を撫でながら問う。
いい加減、頭を撫でるのは辞めてくれないだろうか。
そう思いながら、アルメアの言葉に天啓を得る。
寧ろ、何故思いつかなかったのか。
そのアイディアは一旦置いて、まずは1911の説明を行うこととする。
「こいつは、火薬の力で鉛の弾を打ち出す道具……武器だよ」
サリアもアルメアも、初めて聞いたようで不思議そうにオリヤの手に有る拳銃……M1911を眺めている。
剣のように見た目で判る切れ味を感じることも無ければ、戦斧のような重量とそれに伴う威力を連想させる威容も無い。
知らなければ、掌に収めるには大きい鉄の塊、その程度かもしれない。
だから。
「見せたほうが良いね」
オリヤは周囲を適当に見回し……ついでにアルメアにお願いして頭を撫でるのをやめてもらい、街道を少し外れたところに落ちている木片を拾い上げる。
サムセフティを外し、ハンマーを起こす。先程スライドを引いている状態でハンマーを収めたので、これで発射の準備は整った。
実銃は実際にこれが出来るのか判らないが、手元の1911……オリヤの創造したモドキではあるが、これはその操作が可能だったのだ。
「あ、耳塞いどいてね」
そう告げ、2人が言われたとおり耳を塞いだことを確認すると、オリヤは軽い動作で木片を放り投げる。
山なりを描いて宙を舞う木片をごく当たり前に照門に捉え、照星を重ねる。
発砲。炸裂音が空気を叩き、ほぼ同時に木片が砕けて散る。
サリアとアルメアは驚愕に目を見開き、木片が散った虚空を見つめる。
「これが、拳銃の威力」
今の一撃に、2人は魔力を感じなかった。
耳を押さえてなお鼓膜を打つ轟音。
見知らぬ業に、サリアはただ驚愕し、アルメリアは興味津々といった顔で。
慎重にハンマーを下ろし、サムセフティをしっかりと掛ける、オリヤのその動作に見入っていた。
「とまあ、こんな感じで……結局剣は使ってないなあ」
懐に収めるように見せながら、1911をインベントリ内に収める。
「そ、そもそも、剣をお持ちでは無いですよね?」
サリアは驚きを収めつつ、冷静に指摘する。
アルメアはああ、そう言えばと言う顔をサリアに向けた後、オリヤを眺める。
「うーん、そうなんだよねえ。装備しとけば良かったんだけど……」
オリヤはバツが悪そうに頭を掻く。
まさか、旅立ちに際し用意し損ねたのだろうか?
そんな事を考えるアルメアの前で、オリヤは。
虚空から、一振りの剣を取り出し、帯剣する。
「いやあ、間の抜けた話だよ、せっかく剣士で登録してあるのに、今の今まで装備することを忘れていたんだから」
事も無げに、のんびりと笑う。
剣士としてそれはどうなんだ、と言う事をやらかしているのに、緊張感とかそういったモノがまるでない。
サリアもアルメアも、どう反応すべきか判らない。
剣士としての心構えの緩さを指摘すべきか。
今、何処から剣を出したかを問うべきか。
「と、言うわけで、まあ俺は魔術師じゃなくて剣士。何処にでも居る普通の冒険者だから、変に気を使わなくて良いんだ」
そんな2人の混乱を無視し、何処までものんびりと、オリヤは笑う。
言われた方は、顔を見合わせて黙り込む。
色んな意味で、普通では無いと思う。
恩人だけど、その事は伝えるべきだろうか?
そんな2人の気持ちを置いて、オリヤは言葉を続ける。
「とりあえず、そうだなあ……あ、服とか無いんだっけか」
ちらりと視線を巡らせて、今更2人がみすぼらしい、というより、簡単なボロ布を纏っているに等しい状態であることに気がついた。
ふと2人のステータスを確認しようとして、慌てて頭を振る。
勝手に見て良いものではないのだ。確認したいことは、本人に聞くのが一番である。
「2人は、えっと、職業はあるのかな?」
服の話から、職業を問われるとは思っていなかったのだろう。
何度目か顔を見合わせ、順番に答える。
「私は、法術師です」
サリアが控えめな笑顔で答える。
「私は魔術師。まだ中級だけれど」
アルメアが自信満々に答える。
双子で見た目はそっくりで、反応も基本よく似ているけど。
やはり、それぞれ個性があるのだなあ。オリヤは当たり前な事に感心する。
随分と失礼な感想である。
しかし、知りたいことは分かった。そうと判れば。
オリヤは手を叩いて馬を呼ぶ。
手近な馬車だけを呼ぼうと思ったのだが、全部来た。
上手く行かないものである。
適当な馬車を選び、荷台に上がる。
檻が設えられた馬車だったが、今は檻を撤去し、荷台は洗浄済みである。
檻と鎖の残骸はインベントリ内で、資材となっている。
その荷台の上に、女性向けのデザインのローブを始めとした、旅用の服を幾つかと、ポーチ型のアイテムバッグ、小容量(当社比)のインベントリ機能付きを2つ。
振りやすく軽く、シンプルなデザインでとっさの魔術行使の際に魔力を補助する効果をもたせた短杖と、同じく軽量かつシンプルなデザインで対魔術使用時における魔力変換効率を高めた長杖を用意し、並べる。
さり気なく2人のサイズに合わせた下着類を数点づつ用意し、そっと置いておく気配りも忘れない。
念の為断っておくが、これら女性者の服やアイテムは、持ち歩いていた物ではない。
たった今、「創造力」を行使して作成したものだ。
下着類に関しても、名誉のために宣言するが、ステータスなどを覗いたのではない。
時折浮き上がる身体のラインをみて、脳内で弾き出したのだ。
舐めてもらっては困るのである。
この世界で俺は、気の利く優しい男になれるかもしれない。
オリヤはひとり頷くと、荷台を後にする。
「おまたせ、着替え用意したから、取り敢えず服を、っと」
何をしていたのか、そもそもその馬車は檻が有ったやつ、と不安にかられる2人に顔を向け、はたと気が付く。
「その前に、キレイにしとこうか」
びくり、2人が身体を強張らせる。
まだ太陽は高く、此処は天下の往来、街と街を結ぶ街道上である。
な、何をする気だろう。
不安というか嫌な予感が湧き上がる2人を少し放置して、自分の言葉がまたしても足りていないことに気づいていないオリヤは、脳内で魔法を「創り」上げる。
肌に優しく、髪にも優しい。特に髪に関しては、保湿・補修成分配合の念の入れようである。
生前、センシティブな頭皮を持ち、長い友を失う恐怖に駆られる、そういう年齢に差し掛かって居たのだ。
髪の話題には敏感なのである。
そうして、一部並々ならぬ念の入れ様で、対人用洗浄魔術を創り上げていく。
さて、呼称はどうすべきか。
黙考し、直ぐに面倒になったオリヤは適当に名付ける。
「
まんまである。面倒だから、これでいいか。
オリヤが名付けた、今創り上げたばかりの魔術を唱えると、2人の身体が暖かな光に包まれる。
「えっ……」
「わぁ……」
身構えていた2人は、直ぐにこれが洗浄の魔術であると気づく。
そして、妙な勘違いをした自分を恥じる。
思えば、先程馬車や地面を洗浄していたではないか。
何を考えているのか、猛省すべきだ。
真面目な事であるが、2人は悪くない。
悪いと言うなら、何かにつけ言葉が足りないオリヤが悪いのだ。
洗浄の光に包まれ、2人はなんだか普通の洗浄と違うことに気がついた。
肌が、何だかすべすべになった気がする。
サリアはふとアルメアを見ると、銀の髪が輝かんばかりの艶を放っている。
はっとして自分の髪を見ると、かつて見たこととの無い光沢を放っていた。
「うんうん。思った通り、2人とも髪キレイだねえ」
そう言いながら、オリヤは荷台から飛び降りる。
振り返り、荷台の中に照明の魔術を掛けると、手早く離れる。
「さ、その中に服とか入れといたから、着替えると良いよ。扉閉めるの心配だろうから、俺はちょっと離れとくよ」
着替え? 入れといた?
なんだか聞き流してはいけないような、でも深く考えてはいけないような。
2人はなんとも言えない気持ちで、恐らく気を使ってくれたであろうオリヤが本当に離れた所でコチラに背を向けていることを確認し、荷台に上がり込む。
そこに広がる光景に息を飲み、そしてその一角に並べられたあるモノに今日イチで複雑な表情を浮かべ、姉妹は着替えを始めるのだった。
良いことをするのは気分が良い。
紳士の高揚である。
「あの……」
背後からの声に、オリヤは振り返る。
基本は統一しつつ、少しずつデザインを変えたローブを羽織り、清楚なイメージで纏めた上着と膝丈のスカート。デザインがチグハグにならないように気を使った手袋とブーツ。
思ったより似合ってくれて、オリヤはにっこり微笑む。
半ば適当では有ったのだが、それなりに頑張った甲斐は有ったというものだ。
「着替えましたが……」
しかし、解せないのは2人の表情が優れない、というか。
明らかに不審げな事だ。何故だろう。
「あれ、デザイン気に入らなかったかな?」
自慢ではないが、オリヤはデザインセンスは無い方だ。少なくとも、生前は無かった。
それでも頑張ろうと、脳内に何故か溢れるデザイン群から、なるべく清楚な方面で頑張ったのだ。
半ば適当気味になったのは、本気で拘ろうと思えば次々に湧き上がるデザインに、キリが無くなると早々に見切りをつけたのだ。
「創造力」の副次的な効果なのだろうか、役に立てる気がしないが、仲間の服とか小物を揃えるのは便利そうだ。
だが、それも仲間に意見を貰えればである。
またしても失敗した。ちゃんと、好みは聞くべきだったのだ。
反省するオリヤに、だが、掛けられた言葉は。
オリヤの想定していない質問であった。
「……そうではなく。そうではなくて」
サリアが言い淀んで口を噤む。
「オリヤさん、なんで私達の服のサイズだけでなく、下着のサイズまで判ったの?」
アルメアが、決然と姉の言葉の続きを紡ぐ。
「え? 見て判ったけど」
何を聞いてるんだ、判り切ったことじゃないか、オリヤはそう言いたげに切り捨てる。
「見て……? え?」
「見てって、私達……脱いでないのに……」
サリアがオロオロと口を開き、さしものアルメアも言い難そうに続ける。
「服を着ているからって、判らない訳無いじゃないか」
オリヤは、自分がとても非常識な事を口にしている自覚はない。
当たり前の様にセクハラ発言である。
「えぇ……」
これにはさしもの姉妹も声を揃えてドン引きである。
「杖はどうかな? 揃えた方が良かったなら、揃えて創るけど」
だから、一瞬、オリヤが言ったことを聞き流しかけた。
今、この少年は何と言った?
「創っ……た?」
「そうだよ? 杖と、服と、下着と、あと、インベン……アイテムバッグね」
下着も創ったのかい! なんか着心地が良いのがムカつく!
素直に気持ち悪くなりながら、やはり気になる単語が混ぜられているのに気が付く。
「杖も気になりますけど……アイテムバッグと言うのは……」
聞き慣れない単語だった。
「ああ、ポーチ無かった? 時間の魔術と空間の魔術を駆使してあるから、あの大きさで大体1トン位の容量があるよ」
もう、言葉がないというより、思考が追いつかない。
サリアはもう何を言うべきか聞くべきか解らず、ポーチを開いて中を見る。
何処まで広がっているか解らない闇がそこに広がっていた。
「あ、いけないそのままじゃ使えないんだ、ちょっと待ってね」
うっかり忘れる処だった、オリヤは慌てて2人を制する。
最も、2人はアイテムバッグと言う物の理解がまだ出来ていないため、試しに使うという考えも思いつかないようだ。
「それぞれの魔力に同調させて、使用者登録するから」
最早オリヤの言葉にロクに反応も出来ない2人だったが、頭の中……脳内を電気が走るような軽く小さい衝撃に思わず顔を上げる。今のは大丈夫なのだろうか?
オリヤは心配は要らないというように、のんびりと微笑み続けている。
「これで、そのポーチは2人の専用だよ。試しに杖とか入れてみたら? 取り出す時は、取り出したいものをイメージしてポーチを開ければ、勝手に出てくるよ」
見た目は手に収まるほど、その割には口の大きなポーチといった処か。
懐に収めても邪魔になるサイズではない。
これに……杖どころか、容量で言えば1トンもの物が入るという。
「あ、生き物は入れちゃ駄目だよ、きっと死ぬから」
最早驚きが過ぎて、素直に聞き入れる2人。
生き物は入れちゃ駄目。
アルメアが、手に持つ長杖を、試しにポーチに入れてみる。
傍目で眺めていたサリアは、手品でも見ている気分だった。
杖は長さを失っていくのに、ポーチは破けるどころか変化らしい変化がない。
あれよと言う間に、長杖はポーチに飲み込まれて消えた。
アルメアは言われた通りにポーチの口を閉じると、今度は今入れた長杖をイメージしながらポーチを開ける。
すると、ポーチの口から杖の先端が飛び出してきた。
恐る恐る杖に手をかけると、ゆっくり取り出す。
そして、杖の何処にも破損が無いことを確認すると、安堵のため息をつく。
ポーチの事よりも、思ったよりもこの杖を気に入っている自分に気がついた。
助けられた直後なら感動したかもしれないが、今ではなんだかちょっとだけ癪である。
「食べ物は寧ろ保存が効くから、入れても平気だよ。あと、イメージの仕方次第で、ポーチの外に直接取り出せるから」
ポーチの口を開ける時のイメージの仕方で、と言われても今ひとつピンとこない。
「オリヤさん……これは、その」
サリアが、ためらいがちに口を開く。
「この、アイテムバッグだけでなく、短杖とか、服とか……下着は引きましたが……」
短杖を握る手に、僅かに力が籠もる。
手にしただけで解った。この短杖はそこらの法術師用の短杖とはモノが違う。
試しに魔力を流しただけで、その流れる速さも反応の速さも、今まで手にした魔法触媒のどれとも比較にならないものだったのだ。
恐らく、アルメアの長杖も同等の品質だろう。
これらのアイテムを気前よく渡す、その理由は。魂胆は何なのだろう?
「この品々は、一級品だと思います。どれ程の値になるのか想像も付きません。お支払いするお金も無いのですが……」
言われた方のオリヤは、何を言ってるんだという顔で首を傾げる。
そして、思い当たったと言うふうに手を叩いた。
「ああ、それあげるから。あんな格好で旅させるわけにも行かないし、武器も無しに身を守るとか無理でしょ」
もの凄く軽い調子で、オリヤは言い放つ。
当たり前の事だ、と言わんばかりに。
「それと、お金ね。これ」
懐に手を入れたオリヤは、少し考えるように動きを止めると、何も持たない手を懐から引き抜く。
どうしたんだろう、そう思う2人の目の前で、オリヤは虚空から大きな革袋を出現させる。
「いっ、今のも、アイテムバッグですか?」
アルメアが、長杖を抱きしめるようにして問う。
「そうだよー。で、まあ、これ。さっきの賊が持ってたお金だけど」
音を立てて、革袋が地面に置かれる。
これほどの大きさのもの、懐から出すのは流石に無理だったのだろう。
地面に適当な布を敷くと、その上に中身……金貨と銀貨をぶちまけ、手早く3等分する。
「あの賊、ムカつくからお金山分けしよう。3等分したから、それぞれアイテムバッグに入れちゃおう」
理由が簡単には頷けないものだが、先立つものは必要で、考えてみればムカつくどころの話でなく、単純に恨みすらある。
特に抵抗なく、サリアとアルメアは貨幣をアイテムバッグに流し込んだ。
これだけ有れば、故郷までの旅で困ることは無いだろう。
しかし。本当に無償などということが有るだろうか?
「さて、後は」
オリヤの声に顔を上げると、オリヤは馬車を眺めている。
「馬車は操作できる?」
「え、いえ、私達は、実は乗馬が出来ないのです……」
これは言いたい事が解った。
「それに、いくらキレイにしたといっても、この馬車は私達を売るために運んでいた物です。いくら便利だとしても、これを使いたくは有りません」
馬車を御せるなら、この馬車を使って旅しよう、そういう事だろう。
だが、2人は正にその馬車で売られゆく旅路にあったのだ。
正直な気持ちで言えば、これに限らず、馬車其の物に良いイメージが沸かない。
馬車に揺られるだけで、あの恐怖を、絶望を思い出さない訳がないのだ。
それを聞いたオリヤは、得心した様に頷く。
「あー、そっか。それは仕方ないね、便利だとかそういう話じゃ無いんだよねぇ。しょうがない、この馬車と馬は、あの街に行かせよう」
ごめんね、軽く2人に頭を下げると、馬たちに歩み寄る。
何をするんだろう、そう思う2人の前で、馬たちはそれぞれ小さく嘶くと、不意に歩きだした。
西に向けて、歩き出す馬群と3台の空の馬車。
ポカンと、2人はその光景を見送った。
「ここで放っといても可愛そうだし、俺が住んでた街に行かせたんだ。街の入口で待ってれば、街の人がなんとかしてくれると思うから」
さり気なく丸投げだが、わざわざ一緒に戻る気もしないので、オリヤはそれ以上気にしない。
見ていた2人は、もう何をどう理解するか、今日の出来事を並べる必要が出てきた。
「でも、2人旅は危険だから、十分気をつけなきゃ駄目だよ?」
オリヤの心配げな声で、更に混乱を深める。
「え? あの、オリヤさんは……」
サリアが戸惑いながら声を上げると、当たり前の様にオリヤは答える。
「え? 多少の縁が出来たとは言え、見も知らない男と一緒に旅とか、無理でしょ?」
本当に、当然のことと言わんばかりに。
あっさりと、オリヤは同行を否定した。
何となく、3人で旅するのだろうと思っていたサリア、いや2人は面食らう。
「あ、あの。私達、故郷に帰りたいんです」
アルメアが慌てて、珍しく姉より先に発言した。
「うん、良いと思うよ? 帰る所がある、素晴らしいことだよ」
オリヤが、のんびりと笑いながら頷く。
「あ、有り難うございます。ただ、私達も魔術を学んでいるとは言え、旅慣れないもので」
アルメアに一手目を譲ったサリアが、言葉を継いでオリヤに答える。
「うんうん、旅って大変だからね。俺もこれが初めての一人旅だし、不安はわかるよー」
駄目だ。この善良なのか変態なのかよく判らない少年は、回りくどい言い回しでは判ってくれない。
意を決したアルメアが、まっすぐにオリヤを見つめる。
「オリヤ様!」
「は、はい?」
何となく怒られた気がして、オリヤは居住まいを正す。
「私達を、故郷の森まで連れて行って下さい! お願いします!」
ずい、と、身を乗り出すように言葉を重ねる。
「私達だけではどうしても不安なのです。私達エルフは魔力は有っても膂力は心許ないので」
サリアも、アルメアの意図を察して援護をする。
護衛が必要なことを、きちんと、分かりやすく伝える。
「えっ」
しかし、オリヤの返答は困惑であった。
まだ分かって貰えないのか。それとも、共に行動したくない理由が有るのだろうか。
「えぇ……2人とも……エルフだったの?」
「えぇ……気付いて無かったのですか……」
そこかい。
長い時間の付き合いではないが、エルフの特徴である尖った耳は幾度も目にしたはずである。
気付いていなかったとは思わなかった。
「ただの綺麗なお姉さん達だと……」
耳はちゃんと見ていなかったらしい。
各種サイズが解る程身体を凝視していた(らしい)くせに、妙な所で観察が雑である。
「……えっと、お姉さん達は故郷までの護衛が必要、って事かな」
オリヤが、やっと2人の言いたいことを理解しつつあるようだ。
そしてオリヤは考える。
エルフは本来、と言うかこの2人も勿論、人間よりも弱いという事はない。
得手不得手は無論あるが、基本的に魔術に長け、身を守る事など造作もない。
だが、それでも限度はある。多勢に無勢という言葉もあるし、物量で攻められればどうしようもないのは、人間と変わらないのだ。
参ったなあ。
オリヤの偽らざる心境である。
護衛は構わない。不安も解るし、一緒に旅することは苦にはならない。
だが、もう少しだけでも、自分のペースで移動したかった。
リミッター解除して、かつ空気抵抗を魔術で軽減させての全力疾走は楽しかった。
ずっと走るのは流石に嫌だが、あの流れる景色を自分の足で生み出す感覚は中々得ることは出来ない。
もっと堪能したい処だったのだが。
しかし、2人のたっての願いでもある。
これは、しょうがないかなあ。
オリヤは小さくため息を吐いた。
サリアは、息を呑んでオリヤの反応を待っている。
そして、改めてオリヤを観察する。
見た目は、少し背の高い可愛らしい少年だ。
正直、好みの線の細さである。
時折見せる、少し困ったようにも見える笑顔も堪らない。
中身さえ考えなければ、人間にしておくには惜しい逸材である。
しかし、その中身が大問題である。
大規模な探知魔術の範囲を苦にもしない、圧倒的な魔力を持ち、見たこともない道具を用いて複数の上級冒険者を屠る実力を持っても居る。
その魔力は詠唱もなく大地を抉り、大火を呼び寄せる。
更に、物を創ると言う能力。さり気なく行使しているが、その能力を支えるのは観察眼である。
2人の職業を確認しただけで、魔力の通りがすこぶる良い杖を二振り用意して見せ、共に用意された服の着心地の良さもさることながら、ローブも魔力の通りを良く作られていて、その上防御の加護を与えられている。
物理か魔法か問わず、防御魔術を施すことはごく普通のことである。
だが、このローブに施されているのは、魔術の域を超えているのだ。
自分で言って信じられないが、これは加護という他ない。
少なくとも、サリアの知る防護魔術を織り込んだ魔術師用のローブよりも、込められた魔力だけを見ても圧倒的に多い。
これは戦地に赴いても、生きて帰れるレベルではないだろうか。
どうやって察知したのか下着のサイズまでピタリと当てている。
その観察力は最早、気持ち悪いレベルで圧倒的だ。
それ程の装備品を用意しておきながら、対価は必要ないという。
下心を疑うなという方が無理な話だが、話せばどうにも調子が狂う。
一緒に付いて来て何かするつもりか。
当初はそうう上がったのだが、妹と2人だけで故郷を目指し、本当に自分たちの身を守れるのか、甚だ自信がない。
せめて森の中ならまだやりようは有るのだが、見渡す限りの平原で、身を隠す場所も乏しい。
背に腹は代えられない。Fクラスとは言え冒険者だし、依頼という形で雇用形態を取り、契約を盾に自分の身を守りながら旅は出来ないか、その辺りを考えていたのだが。
あろうことか、この少年は一緒に旅することなど、全く考えていなかった。
妹の、アルメアの頼みに、心の底から驚いて見せたのだ。
下心にせよ心配にせよ、一緒に行動しようとするのが普通ではないのか。
寧ろ妹の問に困惑し、悩んでいるようだ。
これはもうひと押し、援護が必要だろうか?
「……オリヤさんは先程、打算も有る、そう仰いました。共に旅をする、その中に打算が含まれると解釈したのですが、違うのですか?」
殊更に居住まいを正し、サリアは問う。
此処は、言葉尻を捉えてでも。自分達の生命を守るために。
退く訳には行かないのだ。
「打算って言ったのは方便だよ。ホントんとこは、適当に言いくるめて、西の大河の街に2人で行ってもらえば良いかと思ったんだ」
しかし、対するオリヤは静かに語る。
「あの街は気の良い奴が多いし、平和だし。俺が育った街だし、ね」
そこでただ平和に、平穏に暮らして欲しかった。
言外に、そう言われた気がした。
何故だろう、心が痛い。
オリヤの笑顔に、チクリと胸の痛みを覚えて困惑する。
この子……この人は。初めて会った私達を、ただ心配し、安全な場所を提供しようとしていたのか。
だから、私達が故郷に帰りたい気持ちを、解っていても簡単に頷くことは出来ないんだ。
それは、危険を伴うから。
サリアは勘違いをしている。
一方のアルメアは、少し焦れていた。
正直、オリヤが気を使ってくれたのは解る。
だが、それはそれとして、である。
そもそも、人間が信用出来ない。
オリヤのように、変態ながらも助けてくれる人間が居るのは解るが、人間の集団に成ると、その中に悪人も混ざってくる。
あの賊の様な。
そんな土地に、長居などしたくない。
故郷に帰る。そのために、オリヤを、その強さを利用する。
なんとか、なんとかして言い包めなければ。
そう考え、口を開きかけた時、オリヤが小さくため息を吐いた。
「あー、故郷まで送るので良いのかな?」
根負けしたように、オリヤは頭を掻いて問う。
「それじゃあ?」
アルメアの声が僅かに弾む。
少し驚いて妹の様子を伺うと、少しだけ嬉しそうな表情で、小さくガッツポーズまで取っている。
意外な一面を、見た気がした。
「どうせ東に向かって宛のない旅だし、途中の街で適当にクエストこなしながらで良ければ、付き合うよ」
観念したようなオリヤのため息に、サリアは自分でもよく判らない不思議な気分で短杖を強く握り。
アルメアは途中で人の街に寄ることに少し機嫌を損ねて、なんとか自分を落ち着けようと長杖を撫でる。
草原を歩く。
のんびりと歩きながら、オリヤは自分のステータスの一角を確認する。
犯罪歴:なし
表情を変えず、少し考え込む。
先の戦闘で、敵対する賊を皆殺しにした。
犯罪者だから、此方は罪に問われないのだろうか。
それとも、見た目反撃を行った風に仕組んだからか。
判らないが、取り敢えず良し、とも言えない。
次に似たようなことが起きた時に、犯罪者扱いされないとは限らないのだ。
それはもう、気をつけるしか無いとして。
ちらりと視線を巡らせると、サリアとアルメアがお互いの杖の感想を言い合いながら、時に交換しつつきゃいきゃいと騒いでいる。
美人さんがそういう事すると可愛いから、もう。
オリヤも釣られて表情を緩めつつ、1911を取り出して考える。
こいつを魔術触媒にするか。
新しく魔術触媒化した銃を創るか。
1911は愛するモデルだが、実際に撃って見て、その音量に驚いていた。
平和な国の出身ゆえ、中々慣れない。
創りが甘いのだろうか? 実銃を知らない故、判断がつかない。
そのうち、フレームやら何やら、素材を変えて作り変えてみよう、そう思う。
取り急ぎ、手元の1911に静音化の魔術を施す。
一瞬、サプレッサーを作ろうかとも思ったが、直ぐにやめる。
1911はこのままのフォルムが良いのだ。
妙な拘りで、外部アタッチメント化を却下し、さて、それではどういう風に消音化を施すか考える。
試しに、フレーム上下とバレル、チャンバーに消音化を施す。
これで幾らかでも音が消えてくれれば良いんだけど。
試し撃ちをしようかと思い、2人に声を掛けようと視線を巡らせると。
「オリヤさん、今、何の魔術を施したのです?」
いつの間にか、2人が左右からオリヤの手元を覗き込んでいた。
「高火力化ですかね……? 魔力の流れが静かで、すごいですね」
サリアが興味津々で手元の1911を覗き込む。なんだか危なっかしい。
アルメアはアルメアで、語彙力がアレしている。
落ち着くんだ2人とも、俺の手元にあるのは凶器だ。
と言うかアルメアさん、高火力化って、俺を何と戦わせたいんだい?
眉間撃ち抜けば後頭部が吹っ飛ぶ火力で十分だと思うんですが。
大型モンスター用の武装は、一応考えてるから。
「えっと、今のは、静音化を試そうと思って」
取り敢えず立ち止まる。
歩きながらだったり、周りに人がいる状況でむやみに拳銃を弄るのは大変危険である。
思い至るのが少々遅い気がするが、これから気をつければ良いのだ。
きっとまた同じ事を繰り返しそうなことを考えながら、警戒レーダーで近場に何か獲物はいないか探してみる。
しかし、そう上手くは行かないのである。
500メートル以内に動く適当な反応がない。
仕方がないので、虚空に銃口を向ける。
「ちょっと離れててね」
頷いた2人が離れるのを確認して、引き金を引く。
発砲の衝撃はそのままに、音が凄まじく小さくなっている。
チャンバーが開く関係から完全消音は無理だが、そのチャンバーにも消音効果を持たせているので、薬莢と一緒に吐き出される破裂音は体感で半分以下になっている。
「すごい、音が小さくなりましたね」
アルメアが目をキラキラと輝かせて居る。
そのうち、撃ちたいと言い出す、そんな目だ。衝撃緩和も検討しよう。
自分が使う分には衝撃緩和は必要ないのだが。
この、腹にまで響く衝撃が良いのだ。
それはそれとして、完全消音も試してみる。
恥ずかしながら今気がついたのだが、消音するならもっと簡単な方法があった。
魔法の存在する異世界ならではの方法――さっきも魔術を使用しているのだが――で。
愛銃、1911のチャンバーを中心にして、半径20センチの遮音結界を施す。
これだけで良い。
この結界は運動に影響を及ぼさず、音だけを遮る。
結界の内外で音を遮るので、広げたら内緒バナシ空間の完成だ。
便利そうなので、脳内メモに「遮音結界」を書き込んでおく。
試しにもう一度発砲する。
完全無音、自分にだけ響く衝撃。
「ええ⁉ 今度は音がしなかった⁉」
「完璧です……最早暗殺にも使用できます……」
目を丸くして驚くサリアと、うっとりと微笑むアルメア。
アルメアさん、才能有り、と。脳内メモに記入しておく。
女性用の拳銃だと、何が良いかな。
モックを色々用意して、好みの物を選んで貰うかな。
どうでも良い事を計画しながら、マガジン内の弾丸を撃ちきり、スライドストップを外してホールドオープンを解除する。
どうも、完全消音だと物足りない気がするが、そのへんのバランスはまたの機会に考えることにして、銃をインベントリに戻す。
「オリヤさんは、何処かに工房をお作りになる予定は?」
不意にサリアから放たれた問いに、問われた方は不思議そうな顔で首を傾げる。
工房、考えてみれば必要かもしれない。
しかし、旅を始めたばかりだ。
何処かに腰を据えてまで、モノ作りに拘る気は無い。
だが、有れば便利だ。「創造力」が有れば、素材さえ確保すれば制作・加工に場所を選ばない。
しかし、歩きながら創るよりも、腰を据えて創るほうがイメージもしやすい気がするし、何となく良い物が作れそうな、そんな気がする。
「工房かぁ……」
アルメアが何故かキラキラと瞳を輝かせている。
武器類が好きで、工房に興味有り。
ホントにエルフか確認したほうが良いだろうか。
きっと凄く怒るだろうから口には出さないけれど。
しかし、工房。
あ。
「工房としては考えてなかったけど、工房化することは出来る、か……」
口元に左手を当てて、考え込むような表情で呟く。
ごく小さな呟きだったが、2人が聞き取るのは難しくはなかった。
「えっ、工房を持っているんですか⁉」
アルメアが、たまらずオリヤに掴みかかる。
「ア、アルメア、落ち着きなさい! オリヤさん、工房化、とは、どういう……?」
サリアが止めるのも構わずがくんがくんと揺すられるオリヤ。
いかん、これは説明しないと首がもげる。
「ありゅめあさん、せちゅめっ」
無理に喋ろうとして舌を噛む。
しゃがみ込んで口元を抑えるオリヤの後ろを、アルメアがオロオロと彷徨う。
「あああ、あああああ、ああああああああ」
「アルメア! ちゃんと謝りなさい!」
オロオロと言葉を成せない
「と、止まってくれて良かった……」
血が出たんじゃないかと言うほどの勢いで噛んだが、なんとか持ち直す。
「こ、工房は無いけど、工房に出来る空間の宛は有るんだ」
ヨロヨロと立ち上がるその口元は、まだ本調子とは言えないようだ。
モゴモゴと口を動かし、それでもなお不安げな顔で、心持ちアルメアから距離も取っている。
「あああああ! ごめんなさい、オリヤさんごめんなさい、工房紹介してええええ!」
距離を取られてショックなのか、慌てるアルメア。
ショックなのは工房を紹介して貰えないかもしれない、そんな所のようだ。
良いんだけどさ……。
ふと、真面目に考える。
今日、どっかの街なり村なり到着出来るだろうか?
この2人が居ても、手持ちの食料で2~3日は保つだろう。
だとすれば、暗くなって用意するよりも、明るいうちに見せたほうが、妙な警戒を生まずに済むかもしれない。
オリヤが少し街道を離れよう、そう提案して2人の返事を待たずに歩き出す。
顔を見合わせて、サリアとアルメアは少し逡巡してから小走りでオリヤを追う。
オリヤは言葉通り、それ程遠くない場所で立ち止まり2人を待っていた。
「オリヤさん? こんな所で、どうしたんですか?」
見渡すが、ただの平原の、珍しいものが有るわけでもない場所。
オリヤはこんな場所で何をするのだろうか?
「いや、言われるまで考えてなかったけど、工房は有ったほうが良いなあと思って」
返事は有ったが、内容が理解できない。
工房が有った方が良い?
それは解る。だが、此処は建物どころか、草しか生えていない野原である。
「何処かに工房を持つとか、そういう話?」
拠点を持つと言う事だろうか。
「いんや、ちょっと見てて」
オリヤは空間に手を翳す。
今までの流れで何か出すのだろう。
まさか、建物でも持ち歩いているのか。
いや、話の流れからすると、此処に創るつもりだろうか。
2人がそう考えていると。
目の前に、得体のしれない……扉がぽつんと現れた。
これはあくまでも、神様のマネである。
ど○でも扉ではない。
この扉を開けば、中は幾つかの部屋に分かれた空間になっており、それぞれに家具やら寝具やらを置いてある。
「扉……?」
アルメアが恐る恐る扉に近づく。
「うん、この中は俺の移動拠点なんだけど」
言いながら、扉を開く。
扉の中は、薄暗く、奥はよく見えない。
淀んだ空気などは感じないが、得体の知れない空間であることに変わりはない。
流石に戸惑う。中に
「まあ、上がってよ」
どうやらそう言う事らしい。
オリヤは率先して中に入ると、壁際に有る「何か」を操作しているようだ。
ごく小さい動作で、空間内に光が満ちる。
サリアとアルメアは戸惑い、興味も刺激される。
此処までで、オリヤは変態では有るが妙な下心を感じさせることは無かった。
今になって心変わりした、そういう事が無いとは言わないが、あんまりにもあけすけ過ぎる。
「あ、入ったら扉閉めてね―」
入り口から伸びる廊下から続く幾つかの部屋、その一番手前右側の部屋から声が伸びてくる。
扉の前で2人は悩む。
女性らしい恐怖もある。2人居るとはいえ、相手は魔神かと思えるほどの魔力を持つ人間だ。
あの銃と言う武器も脅威だ。ローブの防御の加護だけでは心許ない。
サリアの防御魔術を加えた所で、対抗出来る自信もない。
どうするか?
逡巡の末、アルメアが一歩踏み出す。
扉を潜り、動きを止める。
「姉さん……」
ゆっくりと、振り向く。その顔は真剣其の物で。
サリアは判らないながらも息を呑む。
「ここ……涼しい」
アルメアが、真面目くさった顔で述べる。
こいつ……。
「……行きましょう。オリヤさんがきっと待ってる」
気が抜け、サリアはアルメアを押し退けるように扉を潜る。
アルメアはサリアの背に張り付くように、こわごわと扉を潜り、少し悩んでから扉を閉める。
廊下の奥を覗き、様子を伺うが、非常にキレイだ。
足元を見れば、一段高くなっており、オリヤのものと思しき靴が段差の手前に置いてある。
段の上には、布製のスリッパが2つ。
履き替えた方が良いのだろうか?
しかし、いざという時に靴を履いたままのほうが逃げやすいだろう。
どうするか……。
考えるが、いざオリヤが襲いかかって来たとして。
そもそも抵抗出来るだろうか?
黙考し、サリアは観念してブーツを脱ぐ。
諦めたのではなく、これは信頼だ。
ブーツを玄関に並べ、2人は壁に手を付きながら恐る恐る部屋を目指した。
2人とも、来ないな……どうしたのかな。
オリヤがテーブルにコップを並べ、冷蔵庫から水出しの紅茶を出して注いでいく。
ついでに、お茶菓子を並べる。
うーん。女の子を部屋に呼ぶなんて何年ぶりか、と思ったが、思い返せば割と最近もカテリナがオリヤの部屋でゴロゴロしていた気がする。
あれは妹扱いだからノーカンか。
つい最近の出来事なのに、既に懐かしくちょっと泣きそうになっていると、視線を感じる。
何事かと見ると、2人がこわごわと室内を覗き込んでいる。
「……どしたの?」
オリヤが声を掛けると、やはりこわごわと2人が室内に入ってくる。
「ここは……」
サリアが室内を見回しながら呟く。
「これは……」
アルメアがテーブルの上のお菓子を目ざとく見つけ、呟く。
「ここはダイニング・キッチンだよ。食材はそんなに無いけど、調味料は頑張って揃えてる。思いつく限りだけどね」
当たり前のように説明する部屋主……いや、家主を見て、言葉もないサリア。
さっさと席に付き、無言でお菓子から目を離さないアルメア。
そんなアルメアさんを、心持ち可哀想に眺めるオリヤ。
微妙な空気の中で、耐えきれずアルメアが顔を上げる。
「あ、良いよ食べても。何ならおかわりも有るから」
そのアルメアが口を開くより速く、オリヤが告げる。
アルメアは目を輝かせて、お菓子……オリヤ渾身の逸品「どら焼き」を口に運ぶ。
「美味しい、甘いッ!」
嬉しそうに声を上げるアルメア。
警戒したのが馬鹿みたいに思えて来て、サリアもため息交じりに椅子を引き、腰を下ろす。
「これは……お茶かしら?」
「ああ、それは水出し紅茶っていうんだ。お茶請けもどうぞ」
綺麗な透明のグラスに、琥珀色の液体が満たされている。
そっと手を伸ばし、驚く。
「これ、冷たい……!」
恐る恐る口に運び、より一層その冷たさを感じる。
こんなに冷たい飲み物、初めてだ。
続いてお茶請け――どら焼きを口に運ぶ。
アルメアの気持ちが解った。
甘い。甘すぎではなく、柔らかい甘さ。
お茶のスッキリとした苦味を受けて、甘さが一層口の中に広がる。
お茶も進む。お菓子美味しい。
先程までの不安も忘れ、俄に幸せを噛みしめるサリア。
隣では、アルメアが2個で足りず、おかわりを要求していた。
工房をこの空間に創りたい、そういう相談をしたかったんだけど。
どら焼きの最後の1個を巡り一歩も引かない姉妹。
その様子を残念そうに眺め、オリヤはひとりドーナツを摘んでいる。
オリヤの分のどら焼きは、既に2人の胃の中であった。
そして話は進まない。