タイトルなんて募集中ですよ   作:naow

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美人のお姉さんが可愛い挙動を実装しているのは反則だと思う。


出会いと別れは旅の常なの

「なにこのパン! 柔らかーい! おいしーい!」

 今日の朝ご飯はテレジアさん自慢のポタージュと、テレジアさんとカテリナの作ったお手製のパン。

 美人可愛いとオリヤの中で評判のアルメアが、そのパンの食感に感嘆の声を上げる。

 オリヤが柔らかくなる製法を伝え、カテリナも手伝った自慢の一品だ。

 素直に鼻が高くなるオリヤだが、製法を伝えたと言うのは「創造力」で故郷でよくあるパンの記憶を解析し、再現方法を伝えただけである。

 この使い方なら解析に僅かな魔力を使用するだけで済むし、材料も要らない。

「テレジアさんとカテリナの作ったパンだからね。街一番のパンだよ」

 素直で人のいいテレジアさんは、早速ご近所さんに作り方を教えて、あっという間に街中に広がっていた。

 むやみに異世界文化を持ち込んだ訳だが、考えてみれば「もっと凄いこと」をしている人の中には食を追求するタイプの人もいる可能性がある。

 そういう人が、記憶にある美食の再現を追求した結果、オリヤの行動など可愛いと表現出来るレベルで食に革命を齎している可能性すら有る。

 だから、街のパン屋さんと肉屋さんにこっそりとレシピを伝え、ハンバーガーを再現させていつしか街の名物になった事件など、可愛らしいものなのだ。

 きっと。

「……誰よその女」

 サリアさんがちょっと機嫌の悪そうな顔で言う。

 なんですかその、誤解を盛大に受ける言い方は。

 アルメアさんもいつの間にか半眼でオリヤを睨んでいる。

「誰って、俺の母さん……代わりの人と、妹みたいな子だよ」

 ナチュラルに「母さんだよ」と言いかけて言い直す。

 いつかそう言う風に紹介できればいいと思うが、まだちょっと気恥ずかしい。

 本当に、家族として接してくれたテレジア。

 何故か慕ってくれたカテリナ。

 家族を支え、街を守って朗らかに笑う父、ヴェスタ。

 この世界で再び家族に触れたオリヤは、感謝を忘れないようにと心掛けた。

 生前、家族は居て当たり前と勘違いしていた、怠惰な自分。

 父の、母の葬儀で其の度に悔いたが、遅かったのだ。

 感謝は、捧げる相手が居てこそ。

 だから、今度こそ家族を大事にしたいと考えた。

 こんな自分を、家族として迎えてくれたのだから。

「……お母さんと、妹さん、ね」

 サリアはしかし、複雑そうな表情を崩さない。

 どうしたと言うのか。

「お母さん直伝のパンを、オリヤも創れるってこと⁉」

 身を乗り出しながら、アルメアは瞳を輝かせている。

 なるほど、その発想は無かった。

 作れるも何も、作り方を教えたのは俺だ、という言葉は飲み込んで口にしない。

 歩くおやつ製造機になるのはゴメンである。

 こんなに対象的だったか、この2人。

「暫くは、テレジアさんとカテリナの作ってくれた食事が出せるよ」

 行儀悪くポタージュにパンを浸し、オリヤは事も無げに告げる。

 オリヤの言葉に目の輝きを増し、行動に衝撃を受けたアルメアがオリヤの真似をしてちぎったパンをポタージュに浸す。

 あぁ、アルメアさん、禁断の味を知ってしまうのか……。

 それはテーブルマナー的にNGだから、表ではやらないように気をつけようね?

「2人とも、行儀の悪いことしないの!」

 流石にサリアは同調せず、2人を諌める。

 このパーティの、マナー的良心のポジション確定である。

「お母さんを名前に『さん』付けって、違和感有るわね」

 おやおや? 我がパーティのマナー的良心は、何やら機嫌を損ねているご様子である。

 そんなに妙なのであろうか?

「だって、12歳の身体でこっちに来て、世話になって3年だよ? 母さんって呼ぶのは、まだ気恥ずかしいよ」

 そのへんの感情は微妙なのである。

 なので其の理由を素直に口にするが、当のサリアさんは「ふーん」と流しているが、何処か納得していない雰囲気だ。

 おかしな所があれば教えて欲しいものである。

 何となく居心地の悪い思いのオリヤの手元から、パンがひとつ消える。

「あーっ! それ俺の!」

「油断は禁物なのだよ少年☆」

 アルメアが掻っ攫ったと同時に口に運んでいる。

 ちなみに、パンをそのまま口に運ぶのはテーブルマナー的には違反なんだぞ。それも気をつけようね!

 そもそも人様の食事を横から掠め取るのは最早、テーブルマナー以前の問題だが、それについては面倒だから問わない。

 いや、この調子だといつか言う羽目になるであろう。

 主にテーブルマナーの良心の人が。

「食事中に騒がないの! 行儀悪いわよ、アルメア!」

 ほら怒られた。行儀についてはサリアさんに任せれば良い。

 きっとオリヤも含めて教育されるであろう。

 だから、此処は別の角度から攻めるべきである。

「太るよ?」

 短く、ストレートに。

 言うべきことは言う、それが紳士である。

「私は太らない体質なの!」

 答えるのは、気にしている風が丸わかりの声だった。

 ああ、そのセリフと共に次第に体型が変わり、慌ててダイエットを始めることになる犠牲者の何と多いことか。

 ぷりぷりと怒りながら、ポタージュにちぎったパンを浸しては口に運ぶ。

 完全に嵌ったご様子である。

 これ以上食事を奪われては堪らぬ。

 オリヤは残りのパンを死守しようと奮闘するのであった。

 

 なぜかサリアさんにまでパンを取り上げられたオリヤは釈然としない思いで、食器類を片付けてからテーブルの上に地図を広げる。

「今日はいい天気だし、歩こうと思うんだけど、2人は体調はどうかな?」

 旅している以上、晴天は貴重な移動時である。

 急いでるのでもなければ、好き好んで雨の中を歩きたくはない。

 あんだけ食べれたら大丈夫だと思うけど。

 そういう事は口にしない。紳士の嗜みである。

「歩くのは良いけど、目的地は有るの?」

 サリアが地図を眺めながら問う。

 この人も、意外と食べるんだよなあ……。

 そんな事を思うが、勿論口にはしない。

「そうだねえ。今居るのがここで」

 オリヤは地図上にコインを一枚置く。

「とりあえず東を目指してたから、当面は街道沿いに、この街を目指そうと思うんだ」

 地図上で指を滑らせ、一点で止める。

「ディヤクーフの街……そこ、何かあるの?」

 街の名を読み上げて、アルメアは顔を上げる。

 その視線を受け止めて、オリヤは自信有りげな笑顔を浮かべる。

「わかんね」

 いっそ清々しい笑顔に、サリアは眉間にシワが出来るのを抑えることが出来ない。

 ちょっとでも真剣に、監視役なんて受けなきゃ良かった。

 いっそ、神様に告発でもしてやろうか?

 サリアは半ば本気でそんな事を考える。

「そんな適当でいいの?」

 (サリア)に代わり、アルメアが胡散臭いモノを見るような目で口を開く。

 地図を眺めるが、手書きの地図では周囲の様子が判るはずもなく、白い紙に引かれた黒いラインが走るだけだ。

「まあ、ホントの事言うと、適当に鉱石が欲しいんだよね」

 オリヤは地図からコインをどけると、それを掌で弄びながら言う。

「それと、適当にクエスト熟さないと。Fランク冒険者は色々と制限あって面倒なんだよね」

 そっか、オリヤは冒険者だった。

「……オリヤ、ホントに剣使えるの?」

 出会ってから一度も剣を振っている姿を見ていない。

 しかし、職業は剣士である。

「使えるけど、面倒だしそのうち銃士に変更するかなあ」

 疑問符を付けられた方は飄々と、そう(うそぶ)く。

 案外、惚けているのではなく、本気で考えているのかも知れないが。

 

 一方で、サリアも考え込んでいた。

 オリヤが冒険者家業をするのは良い。本人の希望であるし、そこに文句は言えない。

 しかし、そうなると問題が出てくるのだ。

 オリヤがクエストに出ている間、サリアとアルメアが何をしているか、だ。

 昨日神様から能力(ちから)を貰った時、同時にステータスも強化して貰った。

 だから、一緒にクエストに出ることも出来るだろう。

 しかし、2人は冒険者登録をして居ない。

 一般人が一緒に行動するのは色々とマズイ気がする。

 主に、オリヤの名誉的な意味で。

 仮にオリヤがクエストを熟しても、一緒にいる一般人は何だと言うことになる。

 まかり間違って、私達が働いてオリヤは何もしていない、そんな噂が立っても困る。

 そうなると、大人しくしているしか無いのだが。

 ……暇そうである。

 そもそも、何処で待てば良いのだろうか?

 街の宿?

 それとも、この中だろうか。

 ちらりとキッチンに並ぶ装備品を眺める。

 ……料理でもしてみようかな。

 半ば本気で、そんな事まで考えてしまうサリアだった。

 

 そもそも、当のオリヤ本人はどう考えているのか。

 本人に聞いてみよう。

 サリアは思い切って顔を上げる。

「ねー、オリヤ?」

 口を開こうとした所で、アルメアの声に遮られ、気持ちがつんのめって声が空転する。

「あい? どしたのアルメアねーちゃん」

 のんきなアルメアの声に、オリヤものんびりと答える。

 サリアだけが、深く考え込んで居たようで何だか居た堪れない。

「オリヤは冒険者やるから良いとして、その間、私達暇じゃない?」

 そんなサリアの耳を打ったのは、サリアの考えと全く同じ事だった。

「ん? ここに居れば良いんじゃないかな?」

 答えるオリヤの声が、当たり前のようにのほほんと響く。

「だから、それが暇だって言ってるんだけど」

 アルメアは少しすねたように口を尖らせる。

 なるほど、ああすれば可愛く見えるのか。

 サリアはさり気なく心のメモに「可愛い動作」を記録する。

「んー、んじゃ、工房で作業してたら……」

「工房って何処よ。大体、なんにも設備無いでしょ」

 アルメアが口を尖らせたまま、不満げに言う。

 確かに工房が「在れば」魔道具を作るなり、暇は潰せるだろう。

 しかし根本的な問題として、アルメアは魔道具作りの経験もなく、興味はあっても造りたいものがまずイメージできない。

「んじゃ、料理してるとか」

 それならばと、オリヤは代案を提示する。

 食には並ならぬ興味を持つ姉妹、特に妹の方ならば、関心を持つかと思ったのだ。

 実際に料理していようかと考えていたのは姉の方で、考えを見抜かれた気分になったお姉さんは密かに身を固くしていたが。

「それはオリヤに任せる」

 しかし、妹の方は事も無げにオリヤの提案を一蹴する。

「えぇ……それはどうなんスか……」

 それはつまり、オリヤに料理の全権を委ねる、そういう事で。

 平たく言えば、食べる専門と言う奴だ。

 今度、砂糖と塩を間違えてやろうか。

「じゃあ料理教えてよ」

 オリヤの反応が気に入らないのか、アルメアは半眼でオリヤを睨む。

 こちとら料理なんて、した事は無いのだ。

 教えられるものなら教えてみろ。

「誰がその間、クエスト進めるんですかね?」

 ぎゃあぎゃあと、しかし何処か牧歌的に言い合う2人。

 楽しそうである。

 何となく眺めていたサリアは、何だか楽しそうな雰囲気に。

 考えても居ないことを口走る。

 

「私達も、冒険者になれば良いんじゃない?」

 

 言った本人も含めて、全員の動きが止まる。

 オリヤとアルメアの視線がサリアに固定される。

 一方、サリアは自分の言ったことをまだ理解出来ていない。

「姉さん! 天才!」

 アルメアはサリアに飛び付かんばかりの勢いで、瞳をキラキラと輝かせて椅子から立ち上がる。

「あー、危ないんじゃ……いや、そのへんの中級冒険者よか強いのか? ……大丈夫……で、いいのかなあ」

 オリヤは腕組みしてぶつぶつと何事か呟いている。

 冒険者に。

 旅する上で、あって困る資格でもない。

 それどころか、オリヤと一緒にクエストして、旅して。

 この移動拠点(シェルター)があれば宿代は掛からない。

 もしかしたら、オリヤに頼めば……頑張って素材集めれば、此処に夢の「お風呂」が出来るかも知れない。

 考えれば考えるほど、冒険者に成るメリットしか見えない。

 傍から見て危険な状態だが、そこは基本冷静なサリアである。

 冒険者になるという事の危険性は弁えている。

 華やかな活躍に憧れる者も居るが、高位ランクの冒険者の絶対数は少ない。

 それは、危険であることの裏返しだ。

 そして、低ランクの冒険者に回されるクエストは地味でキツい。

 それで生活出来るかと言えば、数を熟してなんとか、というレベルだろう。

 しかし、私達にはこの移動拠点(シェルター)が有る。

 最悪は狩りをして食事を用意できれば、住む場所には困らないのだ。

 しかし、そんなに安易に考えて良いのだろうか。

「まあ、危険なクエストを避ければ良いんじゃないかな?」

 色々悩んでいるのが馬鹿みたいに思えるほど、オリヤは軽々と言い放つ。

 サリアは何だか気持ちが軽くなって行くのを感じる。

「そうね、まあ、街までまだ距離があるし。歩きながら、ゆっくり考えましょう」

 サリアは何だか吹っ切れた気分で言い切る。

「じゃあ、方針も決まったし、おやつにしよう!」

 アルメアは輝く笑顔で、右手を高々と掲げて提案する。

 オリヤとサリアは、言葉もなくアルメアを見つめる。

 朝食から、1時間も経っていなかった。

 

 

 

 おやつ攻防戦はデザートと言う単語を知っているアルメアの攻勢にサリアが陥落し、趨勢は決した。

 しかしそんな洒落たモノなど用意していなかったオリヤは、なけなしのミルクを使用してミルクアイスを用意する羽目になる。

 ホットケーキは似たおやつを知っていたらしいが、その上ににミルクアイスを乗せる。

 その組み合わせを知らなかったサリアとアルメアは瞳をキラキラと発光させ、更に蜂蜜を使用した贅沢な仕上がりに興奮は頂点に達した。

 つまり、食べる前から煩かった。とても。

 もしもメープルシロップを知ってしまったら、この2人はもう戻れないのではないか。

 水出し紅茶を啜りながら、オリヤはぼんやりと考える。

 そして、思う。

 真面目に、デザートのレシピを考えてみよう。

 今日のミルクアイスは、氷点下以下に冷やす工程が必要になる。

 「創造力」ならそれらの工程を経た状態で、要するに完成した状態で創り出せるが、当然普通は無理だ。

 冷蔵庫が一般ではない世界なので、まだご家庭に普及させるのは難しいだろう。

 冷やすのはデザートの肝な気がする。

 そうなると……。

「オリヤ、なにぼーっとしてるの? 出掛ける準備しなさいよ」

 完全に思考の海に沈んでいたオリヤを、現実に釣り上げる声が聞こえる。

 ……誰の為にデザートなんて物を考えてるんだと思いうものの、しかし正論では有るので立ち上がりながら、オリヤはアルメアに答える。

「あー、今日はちゃんと帯刀しとこう。アルメア姉さんは、杖の具合はどう? 使いにくいとかある?」

 オリヤの考えには気を向けることもなく、その言葉にアルメアはニヤリと笑って答える。

「完璧よ。神様に貰った『能力(ちから)』もあるし、オリヤが思ってる以上に使い熟して見せるわ」

 杖は部屋に置いてあるので、構えて見せることは出来なかったが。

 その顔に滾る自信は揺るがない。

 そう言えば神様にステータスも強化してもらってたなあ。

 あの長杖、実は打撃武器としても使える。

 それだけの強度も持たせているのだ。短杖も同様に。

 付けた時は単に趣味的な、壊れ難さにも貢献するだろうと考えた程度だったが。

 この元気な姉さんなら、そっちの方向でも使いこなすのではないか?

「サリア姉さんはどう? ホントは長杖の方が良い、とかある?」

 ついでではないが、気になったのでサリアにも質問を向ける。

 長短で使い勝手も変わるだろう。

 もしも長杖の方が慣れていると言う事なのであれば、作り変える事も考えているのだ。

「ううん、この杖が良い感じ。振り抜くのが軽くて良いわ」

 此方は優しい笑顔で言う。

 その笑顔で、その辺の暴漢の頭目掛けて杖を振り抜くサリアを想像して、オリヤは少し寒気を感じた。

 サリアは単に魔術を行使する際の動作について言っているだけかも知れない。

 しかし、同じく頑強に作っているあの短杖もそういう使い方が実際に出来るので、恐怖を感じざるを得ない。

 なにせ、サリアもまた、ステータス強化を施された存在であるからだ。

「ただ、ね」

 ふと、考えるようにサリアは天井を見上げる。

 何か、気になることでも有るのだろうか?

「同じ杖、もう1本欲しいなあ、って」

 流石に無理よね、サリアはそう言って笑う。

 もう1本? 手元――インベントリ――に鉄は有るし、一度作っているのでレシピは有る。

 あとは手頃な木片があれば創れるが。

「木材があれば創れるけど……どうするの? スペア?」

 確かに見た目は木製で、頼りなげな印象はあるかも知れない。

 しかし、その実態は下手な鋼棍よりも強靭である。

「ううん、そうじゃなくて」

 スペアじゃない?

 素直に、オリヤは興味を惹かれる。

「まあ、ただの思いつきだし、出来るかどうか判らないから」

 しかし、サリアは気恥ずかしそうに顔の前で手を振ると、誤魔化すように笑う。

 よく判らない。だが、サリアが自分で考えて思いついたことだ。出来れば試させて見たい。

「うん、判った。材料が揃ったら作ろう」

 オリヤが立ち上がると、サリアとアルメアは笑顔で頷き、準備のために部屋へ向かおうとする。

「あ、オリヤー。おやつ用意しといてね!」

 キッチンを出る直前、アルメアがくるりと振り向く。

「その前にお昼だろ……」

 答えながら、多分1時間も歩いたら要求されるんだろうな、そう考え、今日のおやつを考えるのだった。

 

 

 

 移動拠点(シェルター)は便利だ。

 サリアはしみじみと思う。

 街道を渡る風が髪を撫でる。

 野宿後に、こんなに爽やかな気分で歩けただろうか?

 旅生活自体はそこそこ経験しているサリアは、考える。

 オリヤに教えてもらった特製の「身体洗浄」で身体の汚れも気にならないが、かつて旅の間に聞いた「お風呂」とやらが在れば、もっと快適なのだろう。

 楽しみは色々増える。

 まるで、初めて旅に出たあの日のように。

 遮る物のない陽光が降り注ぐ。

 今日も暖かくなりそうだ。

 春の日差しを受ける草原は何処までも綺麗で。

 

 30分も歩くと飽きた。

 徒歩である以上速度は出る訳も無く、景色はずっと変わらない。

 こんな事なら馬車が、そう思いかけて頭を振る。

 馬車は、二度と御免だ。

 最後に乗った馬車の印象が最悪すぎて、もう乗りたいと思えないのだ。

 サリアよりも飽きっぽく、堪え性も無いアルメアが歩いての移動に文句を言わないのは、やはり同じ思いが有るからだ。

 気を紛らわせるために、視線を巡らせる。

 野党なり、魔物なりに襲われた馬車の破片でも落ちていないだろうか?

 新しい杖を用意してもらって、早く試したいことが有るのだ。

「ん?」

 のんびり歩くオリヤが、気の抜けた声をあげる。

「どうしたの?」

 多分、ただ歩くのに飽きていたのだろう。

 アルメアが、すぐにオリヤに声を掛ける。

 サリアも目を向けているが、2人の視線を気にせず、オリヤは懐から1911を取り出し、マガジンを収める。

 敵か。

 俄に色めき立つ2人だが、オリヤはのんびりとした雰囲気を崩さない。

「マガジン入れとくの忘れてた」

 ただの準備だったらしい。

「紛らわしいことしないでよ! びっくりするじゃない!」

「せめて、一言かけて欲しいわね」

 エルフ姉妹はそれぞれの気性に沿って抗議を申し立てる。

 それを受けても、オリヤはのんびりと「ごめんごめん」と応えるのみであった。

 

 警戒レーダーに反応があった。北から、南下しながら東に向かう反応。

 距離は20キロメートル、反応は4つ。

 人間、或いはよく似た姿の反応だ。

 幾つかの、他の敵性反応と思われる光点に囲まれている。

 戦闘を行っているようだが、苦戦はしつつも何とか撃退している。

 何処からやってきたのか判然としないが、警戒範囲を広げてみると北方に広がるのは広大な森。

 そんな所から出てきたという事は。

 依頼を熟していた、或いは熟している最中の、おそらくは冒険者と推察される。

 警戒レーダーでは人柄までは判らない。

 判るのは、連携よく戦う姿と、魔術を行使している者が居るという事。

 そして、戦闘終了後、足早に――恐らく走って――移動していること。

 急いで居るようで、倒した魔物か獣の剥ぎ取りもそこそこに、すぐに移動を開始したのである。

 更には、それを追って複数の光点が森を飛び出してきたこと。

 恐らく、4人の目的地は同じ。歩きやすい街道を目指しながらも、東へと流れる様に移動している。

 その様子には緊急性を感じるものの、相手の縄張りさえ離れてしまえば大丈夫なのではないか、そう楽観視も出来無くもない。

 問題が有るとすれば。

 敵性反応が4人に追いつき、かつあの勢いに抗しきれない場合。

 加勢に入るべきだろうか? そうなら、急がなければならない。

 だが、それで無事間に合った場合。逆に逃げ切れた場合は。

 また別の問題を抱える恐れがある。

 恐らく、のんびり歩く此方の速度に比べて移動の早い向こうと、街に付く前に――警戒レーダーではまだまだ街は確認も出来ない――合流するであろう事だ。

 気が早いと自分でも思うが、伝えるべきだろうか?

 表面上は穏やかな表情のオリヤは少し悩む。

 木片か木材でも都合よく落ちていないか、少し探知範囲を広げてみればこの反応である。

 何事も、しておくものだ。

 更に、もしかしたら問題に発展しかねない事柄も発見する。

 南下してくるパーティの一団のうちの1人。

 巨大な戦斧を担いで歩く姿が確認出来る。

 周りの人間より、明らかに背が低い。

 だが、その身体つきはシルエットで見るだけでも屈強。

 短躯で屈強、これはファンタジーでよく見かけるあの一族では無かろうか。

 ドワーフ。鍛冶の達人ともされる彼ら。この世界ではどうだろうか。

 何よりも気になることが有る。

 エルフとドワーフ。この両種族は、仲が悪いとされている。

 オリヤが思い出す作品ごとにその傾向はマチマチだが、総じて仲が悪い、事になっている。

 さて、この世界ではどうだろうか?

 念の為、他の者も含めて種族と、レベルも確認する。

 レベルは19から21。自分達よりも低い。

 敵性反応は14から15レベルだが、如何せん数が多い。

 戦力的に、戦闘となると厳しいだろう。

 種族は人間3人、ドワーフ1人。

 助けるべきだろうか?

 もしもエルフとドワーフの仲が決定的に悪いと言う事があれば。

 敵対等と言う事になると、面倒くさい。

 いっそ、おやつをダシに、此方2人の足を止めるか?

 そう考え、確認も含めてオリヤは口を開く。

 

「ねぇ、姉さん達、ドワーフってどんな人達なの?」

 不意に問われた姉妹は、顔を見合わせる。

 少し考えて、サリアは答える。

「ガサツかな?」

 アルメアは笑顔でオリヤの顔を見返す。

「製品は素敵。だけど、人柄はちょっと合わないかなー?」

 顔を合わせたら殺し合い、そういう殺伐とした関係ではないらしいが、仲が良い訳でも無いようだ。

 それに、何か制作するのを得意とするようだ。

「言い方がキツイ人が多いかなあ」

 サリアの言葉に、そんなにキツイのか、オリヤはぼんやりと考える。

 紳士を捕まえて変態だの気持ち悪いだの言う人が、キツイと思うのはどんなレベルだろうか。

「喧嘩っ早いって言うか、手が早い感じかな。感覚的に生きてると言うか、敵と味方をハッキリ分けるというか」

 ふむ。意味は違うが、オリヤのおやつを取り上げるアルメアの手の早さと、どちらが上か。

「総じて、良い印象はない感じ?」

 どうせオリヤの思いつきだろう、そう考えている姉妹は気軽に答える。

「そうねー。なんと言うか、むさ苦しいって言うか。美的感覚が違うと言うか。少なくとも、こういう風に一緒のパーティで行動するのは考えられないわね」

 アルメアの回答に、オリヤはぼんやりと、この先の展開が見えた気がした。

 そして、何となく感じる。きっと、予想通りなら。

 あのパーティは気の良い連中だろう。

 アルメアあたりと、主に食事時に衝突する事になるんだろうなぁ。

「まず、あのヒゲよ、ヒゲ。なんで全員が全員、ヒゲに誇りを持ってるのよ」

「そこは譲ってあげなよ、美的感覚なんて人それぞれなんだから」

 憤懣やるかたない、そんな風情のサリアを宥めつつ、きっと、必要になる気がして、オリヤは手持ちの麦からビールを創り上げ、冷蔵庫に冷やしておく。

 そのうち、炭酸飲料でも作ろう。

 そう決意しながら。

 話を聞くにつけ、予感は膨らんでいく。

 これは、話さないと不味いだろう。

「で、オリヤ、どうしたの? ドワーフなんて気にして」

 オリヤの内心など知らないサリアが、覗き込むように目を見て問い掛ける。

「工房の参考にするの? 次の街に居れば良いね!」

 アルメアは楽しそうに長杖を振り回している。

 危ないからやめなさい。

 それに、街まで行かなくても居るんですよ。

「んー。えっとね?」

 発見時から、此方に3キロほど近づいた所で。

 敵性反応と思しき光点が、ついに4人に追いつこうとしていた。

「この先で、襲われてる」

 オリヤは普段どおりの表情と口調で、北の方向を指差した。

 

 

 

 森を抜け、草原に出ることが出来て一息つく間もなく、森から追ってきた狼の群れを撃退して。

 パーティリーダーを預かる男は、その精悍な顔に疲労を宿して、油断なく。

 今抜けてきた森を見つめ、仲間が態勢を整えるのを待っている。

 急がなければ、まだ奴らは諦めていない。

「クレイオス、怪我の具合はどうだ?」

 焦りは仲間に伝わる。だから冷静に、アロイスは声を荒らげないように注意して言葉を発する。

「大丈夫、大したことはない。処置も終わる。それより、急ごう」

 声を掛けられた魔術師は、細い顔と細い目を苦しげに歪め、手早く左腕の傷口に薬草を当て、包帯を使って簡単に固定し、ポーションを飲み下す。

 比較的浅い傷であったので、ポーションを飲めば十分と思われたが、慌ててたのだろう、過剰とも言える処置をしてしまう。

 しかし、それを責めている余裕もない。

「すまんな、俺が森を抜けよう等と言い出さなければ」

 巨大な戦斧を担ぎ、ドワーフの戦士が険しい顔で仲間たちを守るように殿に立つ。

「バカ言ってんじゃねえよ、ルブラン。言い出したのは俺だ」

 ポーションを苦心して飲み干したシーフが、あどけなさを残す顔を難しげに歪めて戦士の言葉を訂正する。

「誰が言い出したとかどうでも良い、さあ、走るぞケーレ」

 アロイスの号令で、ルブランを最後衛に走り出す。

 森は俄に騒ぎ出し、走り出した狼達が彼らを追って草原を駆け出した。

 

「はぁ? 襲われてる? 誰が?」

 アルメアが心底不審げに声を上げる。

 オリヤが何か感知したらしい、とは判るのだが、いちいち言葉が足りないのだ。

「ドワーフが、近くに居るの?」

 サリアが周囲を見回すのは、ドワーフを嫌悪しての事ではない。

 先程自分の述べたドワーフ評が、単なる悪口だと自覚しているからである。

「いや、17キロぐらい北。 ただ、このままだと合流しそう……」

 オリヤの声が不自然に止まる。

 見れば、何かに集中しているようだ。恐らく警戒レーダーとか言う、あの探知魔術だろう。

「やばい、犬? 野犬? か何かに追いつかれた」

 内容とのんびりした口調が合ってない。

 だから、サリアもアルメアも、内容の理解に少し時間がかかった。

「……ちょっと! 大変じゃない!」

「なんでこんな時までのほほんとしてるのよ!」

 サリアとアルメアはハッとして、そしてオリヤに詰め寄る。

「助けに行く?」

 それは、サリアとアルメアの意思の確認。

 2人が渋るなら、一旦此処で待ってもらうか、移動拠点(シェルター)で待機してもらう。

 そう思うが、二人の反応はオリヤの予想より早く、予想より苛烈だった。

「当たり前でしょ!」

 アルメアが、杖を構え直して走り出す。

「助けられるなら、助けるでしょ!」

 サリアも、迷いなく妹を追って駆け出す。

 2人とも、正確な位置を知らないくせに。

 それに、普通に走ったら間に合うはずがない。

 意外と後先考えないんだなあ。

 オリヤは楽しげに微笑むと、2人を追って走る。

 

 こんな事なら、2人にも空気抵抗軽減の魔法を教えとけば良かった。

 2人に追いついて並走を続けながら、オリヤは考え込む。

 まあ、それはこの際、後にしよう。

 今は、する事が有る。

「2人とも、聞いて」

 走りながら、オリヤは言う。

「この先に移動拠点(シェルター)の入り口を出す。2人は飛び込んで」

 何を言い出すのか。

 サリアは隣を走るオリヤに顔を向ける。

「何を言い出すの? 私達が足手まといだと?」

「幾らオリヤだからって、言って良いことと悪いことがあるからね⁉」

 アルメアが杖を持ち上げる。

「そうじゃない、聞いて。距離があるし、単純に俺のほうが足が速い。疲れ切って彼らに合流しても、彼らの負担になっては意味がない」

 オリヤは前を向いたまま、無表情に言う。

「俺が移動して、そこに移動拠点(シェルター)を出す。そうすれば、少なくとも疲労して無い2人がそのまま戦力になる」

 現実には、オリヤは目的地まで走った所で疲労らしい疲労もしないだろう。

 しかしそれは、今は言わなくて良い事である。

「待って、彼らって?」

 いつものんびりと笑っているオリヤがその笑みを消している。

 急がなければならない、そういう事かとサリアは気持ちを切り替え、気になる事だけを問う。

「彼らは4人のパーティだ。そのうち1人がドワーフ」

 だからそういう事は早く言って。

 アルメアはそう思ったが、文句は後にしよう。

「彼らの正確な位置は俺が知ってる。それに、2人は移動拠点(シェルター)の出し入れは出来ない」

 言いながら、移動拠点(シェルター)の扉に変更を施す。ガラスは周囲の土中から原料を集め、強引に作る。

 昨日もこれをやればよかった。

 周囲から微量の原料、硅石を集めながら移動する。

 寧ろ、移動しているからこそ、必要量が集められたと言って良い。

 よくもまあこんな平原に硅石(そざい)があったものだ、そう思いながらドアに四角形の穴を穿ち、ガラスを嵌め込む。

 神様が手助けしてくれているのだろうか? 何れにせよ、助かった。

「――ッもう! わかったわ、ドアを出して!」

 サリアは決断する。アルメアも頷く。

「中に入ったらドア閉めて。それで扉は俺に付いて来る」

 サリアが頷くと、30メートル先に扉が現れ、その扉が開く。

 開ける手間は省けた。サリアとアルメアが勢いを増し、猛然と扉を目指して走る。

 オリヤを置いて扉を潜り、振り向いて扉を閉めようとして、走ってくるオリヤと目が合う。

 頷くオリヤ。同じく、頷いて扉を閉めるサリア。

 扉があった空間を、オリヤが駆け抜ける。

 さて、と。

 オリヤは少し本気で走ることに決めた。

 思ったよりも、客人との合流を急がねばならないようだ。

 

 扉に付けられた窓は、少し上から見下ろすように、走るオリヤの背中と、周囲の様子を写している。

 昨日はこんな窓無かった気がする。オリヤが作ったのだろうか。

「オリヤ、足早くない?」

 周囲の草原が、文字通り流れるように窓から見えなくなっていく。

「これは楽で良いけど……ちょっと申し訳なくなるわね」

 流れる景色、一面の緑よりもオリヤに視線を固定させたサリアが、ぽつりと呟く。

「……これなら、馬車より良いかも」

 大部分本気らしい呟きのアルメアを、サリアは何とも言えない顔で眺めていた。

 

 息を切らせて走るアロイスは後方から追ってくる狼達を見て、舌打ちをする。

「ルブラン、踏ん張れッ! 森狼は縄張りから大きく離れたがらない! あと少しだ!」

 叱咤する。先頭の森狼は、すぐそこまで迫っていた。

「お前たちほど足が長くないんだ、少し分けてくれッ!」

 軽口を返すが、言うほど余裕はない。限界は確実に近づいていた。

 踏みとどまって戦おうにも、ここまで走るのに体力を使い過ぎ、何よりも狼どもの数が多すぎた。

 20頭は居る。大きな群れに見つかったらしい。

 運の悪いことだ。

「ヘッ、とっとと帰ってエールでもしこたま浴びようや! ルブラン、文句言う前に走れェッ!」

 ケーレが事更に軽口を叩いて、ルブランを鼓舞する。

「ふんッ! その時は、お前の分のエールは俺が全部飲んでやるからなッ!」

 ケーレの心遣いが有り難い。

 だが、現実はそこまで迫っている。

 こうなれば、この身を餌に、仲間を安全に逃がすしか無い。

 ルブランがそう覚悟を決めた時。

「アロイス! 前! 何だあれは!」

 クレイオスの声に、全員の視線が前方に集中する。

 そこには。

 此方に向かって迫る、何か――人影――が見えた。

 

移動拠点(シェルター)展開、安全確認後、支援頼む」

 殊更に、オリヤは声に出して呟く。

 それは、移動拠点(シェルター)の中にいる2人に伝えるため。

 彼我の距離は100メートル。なおも近づく。

 左腰に提げた剣を抜き放ち、移動拠点(シェルター)を自分の隣に展開させ、それを置き去りに走り去る。

 息を少し大きく吸い込むと、オリヤは前に向かって叫ぶ。

「後ろに仲間がいるッ! 彼女たちに合流して、態勢を整えたら、援護を!」

 前方に居る一団に声を放ち、次の瞬間には一団と交錯する。

「済まないッ!」

 誰かの声がした。

 そう思った時には右腕を振り抜き、先頭の狼の頭が斬り飛ばされる。

 急制動で土埃を上げつつ、横を抜けようとした2頭を続けざまに斬る。

 逆袈裟の振り下ろしで一頭、踏み込んで振り上げる刃で一頭。

 間を置かず振り返り、ロクに対象も確認せずに左から右へ振り払う剣が、飛びかかろうとしていた狼の胴を正確に薙ぐ。

 警戒レーダーがあれば、背後からの奇襲も意味をなさない。

 突然の闖入者に統制を混乱された狼達に、オリヤはなおも飛びかかり、更に戦果を重ねていった。

 

 後ろを見て、狼達の足が止まった事を確認すると、アロイスたちは崩れるように大地に転がった。

 だが、休んでいる暇はない。

 身体を起こし、息を整える。

 直ぐに、あの男の加勢に入らなければ。

「そんなに慌てなくていいですよ」

 突然の声に、アロイスはとっさに剣を取り振り向く。

「危ないなあ、私達は味方ですよー」

 そこに立っているのは。

 自分は、夢でも見ているのか。

 それとも、ここがあの世という奴なのか。

 金髪と銀髪の、美しいエルフがそこに立っていた。

「と言うか、あの剣士の仲間なんですけどね」

 金髪のエルフが、困ったような微笑みで言う。

「姉さん、私はオリヤを手伝うから」

 銀髪のエルフが、勇ましく杖を振り上げる。

「判ったわ、この人達の回復は任せて」

 金髪のエルフ――どうやら姉らしい――が、アロイス達に近寄ってくる。

 銀髪のエルフは、走って狼達と戦う男の方へ向かっていった。

「風と水の精霊よ、癒やしを。勇ましきものに休息を」

 言葉もないアロイス達に、金髪のエルフが癒やしの詠唱を向ける。

中位回復陣(エリア・ヒーリング)

 静かな、優しい声。

 その声が染み入るように、アロイス達の傷が塞がり、体力が回復してゆく。

 これほど効果の高い、範囲回復法術を体験したのは初めてである。

 体力のみならず、気力まで回復するようだ。

「ありがとうよ、エルフの嬢ちゃん。いや、アンタは女神様かな」

 誰より早く、ドワーフのルブランが立ち上がる。

 森を抜ける間に消耗した体力が回復した。

 もう、まごつく理由も逃げる必要もない。

 考える時間さえ惜しい。

「あの男に続けッ! 俺達は!」

 駆け出すドワーフに続いて、全員が並んで走り出していた。

「受けた恩は返す!」

 アロイスが吠える。

 その身体に、防御と力の加護を感じて。

 振り返らずに口の中で礼を述べ、手にした剣に力を込めた。

 

 しげしげと、サリアは手元の杖を見る。

 凄い。中級法術を発動したのに、全く疲労感がない。

 それ以上に、杖が法術を強化してくれたのが解る。

 発動も早く、魔力の滞りもない。

 思った以上に、この杖は凄い。

 効果を実感したサリアは、走り出した冒険者達を追って、自分も走った。

 

 魔術の行使に、今まで感じていたタイムラグが無い。

 アルメアは、詠唱しながら確実な手応えを感じていた。

 中位の炎魔術が使える。今までは、魔力全てを注いでやっとの大仕事だったのが、今の彼女には片手間にする掃除よりも手軽だ。

 今なら、もしかして。

爆炎(エクスプロウド)!」

 2回目の爆炎の華を咲かせて、アルメアは更に、杖に魔力を集中させる。

 詠唱は頭の中に。

 発動の句は。

緋炎矢(ブレイズ・アロー)!」

 アルメアの鋭い声に応え巻き上がる炎が幾条もの猛り狂う矢となり、狼達に襲いかかる。

 詠唱を省略した魔術、その初めての成功に、アルメアは(今日)一番の微笑みを浮かべていた。

 

 おーおー、アルメア姉ちゃん張り切ってんなー。

 オリヤは剣を振り下ろし、一刀で狼の頭を断ち割ると、背後から襲い来る気配に、振り返る勢いで剣を下段から跳ね上げるように狼の胴を裂く。

 ふい、と周りを見ると、アルメアの魔術と、冒険者たちの活躍で狼はあらかた片付いたようだ。

 残りは居ない。どうやら逃げたらしい、そう判断する。

「結局、俺、活躍してねーなー」

 剣、向いてないかもしれん。

 聞いたらヴェスタに説教されそうなことを考え、懐から取り出したボロ布で剣に付いた血を拭う。

 討伐数はオリヤ8匹、アルメア9匹、冒険者達が4匹。

 あれ? もしかして全滅させた?

 警戒レーダーを見ると、2匹森に逃げていくのが映っている。

 何匹か逃げた気がしたのは、やはり気のせいでは無かったらしい。

 やれやれ、大戦果だな。

 改めて周囲を見回し、狼の死体を無感動に眺めて。

 剣を鞘に収める。

 自分のレベルが上がってないことを確認して、ちょっと寂しくなる。

「あんた達」

 そんなオリヤに、声が掛かった。

 のんびりと、いつものオリヤが振り返る。

 声のした方向には、冒険者達が並んで立っている。その後ろには、サリアが静かに立っていた。

 その一群の中、声を発したらしい、冒険者達のリーダーと思しき男が立っていた。

「済まない、助かった」

 真っ直ぐに、オリヤを見つめて、ハッキリと口にする。

 なかなか男気溢れるお兄さんじゃないの。

 オリヤは照れたように頭を掻きながら答える。

「いんや、困った時はお互い様っていう、昔の偉い人が言った言葉があってね?」

 レザーアーマーの要所に鉄板を貼り付けた、無骨でなおスマートな防具に、右手にバックラーを、左手にロングソードを持つ、長身の逞しい男。

 茶色の髪は短く揃えてあり、堀の深い、逞しくも凛々しいその顔は、驕ること無くオリヤを見つめている。

 主人公顔だなあ。

 自分に無い男らしさに、羨む気持ちが湧き上がる。

「いやでも、ホント助かったぜ。街の影も見えねえトコで死ぬなんざ、御免だからよ」

 そのリーダーに並んで立つ、軽装の男が実に良い笑顔で言う。

 両手にダガー。この人がシーフか。

 人懐っこい顔立ちである。何となく親近感が湧く。

「そちらのエルフの方も、素晴らしい魔術でした」

 同じく軽装にローブを纏った男が、尊敬の念を声に滲ませる。

 面長で、細い目なのに冷たい印象を感じない、街角で見かけたら無害な人と判断してしまう空気が有る。

 こういう人が怖いんだよな。

 オリヤは警戒する訳でもなく、無責任にそんな事を考える。

「全く、兄ちゃんはまだ若いってのに大した腕だし、姉ちゃん達はとんでもない魔術師と回復術士と来た。エルフにも骨の有るやつは居ると知っては居たが」

 目にするのは初めてだ、そう言って豪快に笑うドワーフ。

 フルプレートに、巨大な斧。短躯であるが、決して油断ならない膂力を感じさせる。

 顔の半分はヒゲで覆われているが、その目は豪胆に光り、太く真っ直ぐな鼻筋が意思の強さを感じさせる。

「……オリヤ、アンタどうしたの? 黙り込んじゃって」

 隣まで歩いてきたアルメアが、オリヤの顔を覗き込む。

 考えてみたら、アルメア姉ちゃんもとんでもない。

 基本好き勝手に動くオリヤを避けて、敵だけに魔術を炸裂させていた。

 警戒レーダーさんが仕事してくれるので、アルメアが撃ちそうな所には行かないように心掛けたが、それにしても見事な物である。

「いんや、サリア姉ちゃんがあっちに立ってると、なんか向こうが5人パーティみたいでさ」

 口にしたのは、全く関係のない事。

 全員がキョトンとする。

 オリヤの目線を追って首を巡らせたアルメアは、5人並び立つ姿に得心がいく。

 どころか、余りにも自然な絵に、アルメアは耐えきれず吹き出してしまう。

「あっはっはっ! 姉さん、違和感なさすぎ!」

 言われたことはすぐには理解できなかったが、笑われたことはすぐに分かる。

「アルメア! あなた、そんなに笑うことないでしょ!」

 抗議の声を上げるが、アルメアの笑いは収まらない。

「だって姉さん、溶け込み方が自然過ぎるもの!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ2人に、冒険者達は顔を見合わせ。

 そして、吹き出していた。

 

 

 

 時間は、もうじき昼と言った所だろうか。

 太陽が頭の真上に有る。

 不貞腐れて美人可愛いお姉さんにクラスチェンジしたサリアを宥め、狼の遺体から剥ぎ取れる物は剥ぎ取り、さて昼食にしようかと言う話に、当然なるのである。

 血の匂いの香る食卓は今回はパスしたいという事で全員の意見が一致し、まずは場所を移動してからになるが。

「兄ちゃんは何処に向かってたんだ?」

 ドワーフの、確かルブランがオリヤに声を掛けてくる。

 よほどオリヤが気に入ったのか、ルブランはオリヤの隣に付いて歩いている。

「俺達は、ディアクーフに。ちょっと鉱石を仕入れるのと、冒険者ギルドで、なんか依頼が無いか見てみようかと」

 オリヤも悪い気はしないので、素直に答える。

「なるほど、お前たちも冒険者か。そうだろうなあ、あれだけの腕だもんな」

 ルブランはうんうんと頷くと、オリヤの背中をバシバシと叩く。

 オリバーさんにも、やたら背中叩かれたっけな。

 一昨日飛び出したばかりの、「この世界」での故郷を思い出す。

 それはさておき。

「冒険者は、実は俺だけなんだ。サリア姉ちゃんとアルメア姉ちゃんは、冒険者じゃなくって」

 オリヤが訂正する。

 その言葉に、ルブランだけでなく、何となく二人の会話を聞いてた残り3人も驚いてオリヤを見る。

「おいおい、マジかよ。なんでこんな魔術師と回復術師が、冒険者してないんだよ?」

 ケーレと名乗ったシーフが、素直に驚いてエルフ姉妹を見る。

「神官か、宮廷術師か、そんなところか……いや、深くは聞くまい。事情も有るだろうしな」

 リーダーことアロイスが訳知り顔で頷くと、隣でクレイオスと名乗った魔術師が細い目でやはり頷く。

 まさか、実はただの旅のエルフで、奴隷にされそうになってました、とは言えない。

 深読みが過ぎるが、ここは想像に任せることにする。

 問い質されたら、2人の名誉も有る事だし、適当に誤魔化す事にしよう。

「オリヤー、お腹すいたー」

 うん、この人はこっちの悩みもお構い無しね。

 通常運転で、結構なことである。

「アルメア、あなたね……はぁ、恥ずかしい……」

 サリアは左手で顔を覆い、ため息を吐く。

 苦労人も通常運転である。善き哉。

 

 さて。問題はこの後である。

 オリヤは冒険者達にいつしか揉みくちゃにされながら考える。

 現在、人数は7人。

 時間は昼。

 ちょっぴり激しい運動直後。

 当然、皆腹が減っている。オリヤも減ってる。

 当然お昼ご飯なのであるが、自分たちだけ、ヴェスタハウス・ランチとは行かないだろう。

 いや、言い張れば冒険者4人もしつこく食い下がる様な事はしないだろうが。

 だからと言って、そんなことをしてわざわざ居心地を悪くする理由もない。

 こんな事を考えるから、甘ちゃんなんだろうなあ。そう考えるとため息しか出ない。

 では、この4人にも振る舞うとして。

 現状、適切な料理が無い。

 人数分揃えられる料理が無いのである。

 量だけは、多分2回は食事できるだろう。

 本来はオリヤ1人分の、一週間分の食事だったわけだが。

 ……量が間に合うなら、それで良いか。

 適当に惨劇現場から離れられたので、この辺でいいかと、オリヤは足を止める。

 覚悟しなければならない。

 オリヤは静かに息を吐くと、厳かに昼食を宣言し、足元の草原にインベントリから出した敷物を広げた。

 

 ある意味、先程の戦闘よりも衝撃的な光景だった。

 アロイスすら喉を鳴らし、ケーレはもう我慢する気もない様子で、敷物に上がり込み一角に陣取っている。

 衝撃を受けたのはエルフ姉妹も同じだった。

「こんな……こんな事が」

 クレイオスが、どう言ったものか考えあぐねている。

 

 敷物一杯に広がる、それは食事の海だった。

 7人分、持ち込みの食事のおよそ半分。

 断腸の思いで、オリヤは決断したのだ。

 いずれ、この食事は自分たちの腹に消えゆく運命。

 それならば、今ここでッ! 振る舞うのも已む無しッ!

 テレジアさんの、カテリナの手作り料理。

 オリヤは心で血涙を流し、顔は笑って言う。

「聞きたいことも有ると思うけど、取り敢えず、毒は入ってないから」

 オリヤの挨拶代わりの一言に、アルメアも救助船を出港させる。

「取り敢えず美味しいから、心配しなくても大丈夫!」

 サリアは何と言ったものか、考えが纏まらないので黙っている。

 全員が座っている事を確認すると、オリヤも腰を下ろす。

「見ての通り、元々()()()の食事だから、同じ料理を全員に回すほどの量が無いんだ」

 さり気なく嘘を混ぜて、少しだけ恩を売る言い方になれば良いなと考える。

 サリアとアルメアが、思いがけずぎょっとした顔でオリヤを見るが、オリヤはポーカーフェイスを貫く。

「だから、好きなのを好きなように食べよう。料理は食べてこそだからね」

 さよなら、俺の好物達。俺の、みんなの胃袋と仲良くね。

「さあ、いい加減腹も減ったし、みんなで食べよう」

 食事の量に気圧された者。

 堪えきれず、今にも手を出しそうな者。

 状況が飲み込めず、開いた口が塞がらない者。

 振る舞ったものの、後悔が拭えない者。

 7人7様のそれぞれが、オリヤの言葉で動きを取り戻す。

「よおおぉぉッシャあッ! いただきますッ!」

 ケーレが待ちきれなかった勢いで、先陣を切る。

 いただきますって言い方、この世界にも有るんだな。ってか、姉さん達も言ってたっけか。

 不思議な世界だ。だが、不思議と言えば。

 この人、冷静さが信条のシーフだよな?

 猛烈な勢いで食事を開始するケーレを見て、ついぼんやりと考えてしまう。

「あわわわわ……こんなにいっぱい。こんなに贅沢、こんな事って……」

 アルメアの手前、冷静でいようと務めたサリアだったが、食事量に呑まれて震えている。

 言葉も覚束ない様子だ。

 やはりアルメアさんの姉、美人可愛い枠に収まる素質は持ち合わせていたようだ。

 クレイオス兄さんも、一瞬サリア姉さんに見とれていた。

 食わないと、この嵐の中じゃあ、直ぐに無くなっちまいますぜ、サリア姉さん。

 アロイスとルブランは年長者の余裕で、食事もマイペースを維持している。

 と、思いきや、ルブランはケーレの欲しい物を先回りで奪い取り。

 アロイスは、ちゃっかりと自分の陣地を確保、さり気なく食べ物を囲い込んでいく。

 アルメアは言わずもがな、可愛く楽しく食事を満喫している。

 ……クレイオスさん、サリア姉ちゃん。

 急いで食わないと、まじで食いモン無くなるぞ。

 アロイスに負けじと食の陣地を形成しながら、オリヤは心でそう呟くのだった。




食とは非情である。
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