食事を終え、サリア姉さんとクレイオスさんの元気が無い。
クレイオスさんは少食なのかな、と考えたりもしたが、駄目だ誤魔化せない。
完全に、出遅れからの食料確保ミスである。
だから、食わなきゃ無くなるよ、と言ったのだ。
……内心で。
「美味しかったー!」
アルメア姉さんは実に満足そうだ。
実に良かったが、貴女の実の姉さんが悲しそうです、フォローしてあげて下さい。
「いや、マジで旨かった! 旅先でこんなモン食えるたァ、思っても見なかったぜ!」
ケーレさんが溢れんばかりの笑顔で微笑む。
満足して頂けたようで何より。
「うむう、旅先どころか、街でもこんな旨いモンそうそう食えんぞ。旨すぎて、食いすぎたわ!」
ルブランさんが同意して、腹を叩く。
気持ちは判るが、それじゃ金属音しかしないよ。
というか、クレイオスさんがほとんど食えなかったの、ケーレさんとルブランさんが大暴れしたからだぞ、反省しろ!
ちょっとキツめに怒る。
……勿論、内心で。
「クレイオス、お前大丈夫か? ほとんど食えて無かったが」
アロイスさんが心配そうにクレイオスに目を向け、釣られてアルメアさんがそちらに顔を向ける。
「大丈夫? 顔色悪いけど……具合悪いの?」
アルメア姉さんの言葉に、アロイスさんも一層心配げに顔を歪ませる。
だが。
あんたら、割とマイペースに食料確保して、普通に食事してやがりましたよね?
その気遣いは食事時に発揮すべきだったんだ、うん、勿論直接言えないけども。
「……アンタはなんで、にこにこしながら周り見てるの?」
サリア姉さんの声に顔を向けると、ものすごく悲しそうな顔で此方を見ていた。
きっと、食事が足りなかったのだろう。
多人数の食事という状況に慣れていなく、あれよと消えていく食料にパニックを起こし。
ろくすっぽ手を付ける事も出来ず。
食料の払底をもって、食事は終了したのだ。
人は悲しみを織り上げて物語を紡ぎ出す。
2人の悲しみは、俺が語り継ごう。
食欲の波に翻弄され、食にあぶれた悲しみを、俺は。
なーんもせずに、ただ見てただけだから。
俺がみんなに何にも言えないのは、気が弱いのも勿論。
つまる所が、同罪なのである。
仕方ない。
夕食分から出そうかとも考えたが、それで夕食が減ったら暴動を起こしそうな顔ぶれだ。
夕食ついてははまだ決めていないが、最悪同じ様な事になる。
と言うか、食事の種類が多く、見た目の量も多く見えただけで。
実際のところは7人分の食事を並べただけだから、誰かが多く食えば誰かが食えないのは自明なのである。
みんな同罪、そう言いたげな顔のオリヤだが、そう思うなら最初に注意喚起すれば良かっただけだ。
それが判っているので、内心で周りに責任を押し付けて遊んでいたのだが。
流石に罪悪感が無くもない。事もない。
心に思い浮かべるのは生前、思いつきで検索して見つけたあるおやつのレシピ。
自分の作り方が悪かったのか、本物とはだいぶ違う感じだったが、少し固めな食感は満腹中枢を撹乱してくれるかも知れない。
材料は、小麦と、牛乳……だいぶ少ないがこの際仕方ない。
あとは、砂糖とその他。
それら材料と「創造力」を用いて、手早く創り上げる。
「サリア姉さん、クレイオスさん」
心持ちしょんぼりしている2人に声を掛けると、なんとも弱々しく振り返る。
すごくごめんなさい。
そう思いながら、懐から取り出した物をそっと差し出す。
「さっき、殆ど食べてないでしょ。おやつ見たいなモンだけど、食べないよりマシだから」
オリヤが言うと、何事かとその様子を見ていた男3人がそっと視線を逸らす。
お前ら自覚有ったんですね?
オリヤは視界の端にその様子を収め、少し心が軽くなる。
俺だけが悪いんじゃないね、うん。
「ああ、ありがとう」
クレイオスが、素直に礼を述べながらオリヤの手からそれ――カロリー栄養補給食モドキ、フルーツ味――を受け取る。
「ありがとう、オリヤ」
同じ様に受け取りながら、サリアは涙目になっている。
そんなにか。
ふと服の袖を引かれる感触にくるりと顔を向けると、その先に居るアルメアは。
「オリヤ、オリヤ! 私にも頂戴!」
反省どころかそもそも自覚もなく、顔を輝かせている。
最早ため息もなく、オリヤは半眼で告げる。
「アルメア姉さん、おやつなし」
それは、悪魔からの宣告に等しく、アルメアの胃袋を打った。
完全に不貞腐れたアルメアさんを
街道沿いがやはり安全なのだ。
あれこれとオリヤに話しかけ、気が付くと歩きながらヘッドロックを仕掛けてくるルブランに引き摺られ、オリヤは情けない顔で笑う。
爆笑するケーレの後ろで、クレイオスが何事か考え込むが、ヘッドロックで固められたオリヤにはその表情を伺うことは出来ない。
「そういや、オリヤ、お前さんランク幾つなんだっけ?」
ケーレがオリヤの頬を突きながら尋ねる。
いじり甲斐のある弟分を手に入れたその顔は、非常にご機嫌である。
そう言えば、話してない気がする。
「Fだよ、最近登録したばっか」
「マジか、あんだけ動けてFとか、お前ならすぐにランク上がるだろ! そしたら2パーティ合同でクエストもイケるな!」
実に楽しそうに笑いながら、ケーレはオリヤの背中をバンバン叩く。
何だろう、俺の背中は人の殴打欲を掻き立てる何かが有るのだろうか。
ん? 合同?
「パーティに誘うとか、そういう方向の話じゃないの?」
ケーレの言葉に引っかかりを覚えたオリヤの、その問いに答えたのは前を歩くアロイスだった。
「お前さんを引き抜いたら、お嬢さん方はどうするんだ」
振り向いてそう答えて、アロイスはオリヤの頭をくしゃくしゃと、寧ろ乱暴に撫でる。
「パーティに人数の制限は無いが、それでも7人だと多いだろ。だからってお前を引き抜いたら、お嬢さん方に恨まれかねん」
おどけた調子で言うアロイス。笑い顔も男らしい。
「ま、そういうこった。だから、でかい
そう言って笑いながら、ルブランはヘッドロックを解く。
「それにな。俺は気にしないが、そっちのお嬢ちゃんたちは、ドワーフが苦手だろう?」
首を巡らせ、サリアとアルメアに向けるその目に、ほんの少し、悲しみが浮かんだ。
……何だ?
オリヤはその目に、妙な引っかかりを覚える。
「得意って言うと変だけど。少なくとも、一緒のパーティはイヤ、と言う程、ドワーフが嫌いとか思ったことは無いわ」
サリアが、微笑んで答える。
「今となっては、お互いそうそう会うことも無いでしょうし、ね」
その微笑みも、何処か悲哀が見える。何故だろう。
「私は寧ろ、おやつをくれないイジワルなオリヤが要らないかなー」
アルメアがサリアに続けて言う。
子供か、そう言いたい所だが。
……アルメアがオリヤに向けた目にも、悲しみが見えた気がした。
拗ねたような顔を作っているが、一瞬だけ、確かに。
3人に共通して浮かんだ「悲しみ」の色。
実は知り合い?
……って風でもないんだよなあ。
今となってはそう会う事もない、か。
この3人が個人的に、って意味じゃあ……なさそうだな。
ドワーフとエルフが、って事か。
いや、そもそも。
オリヤは青く澄んだ空を見上げ、そして視線を落とす。
広すぎるんだよなあ。
視界一面に広がる、草原を見ながら。
オリヤはしばし考える。
魂が減った世界。
魂をこの世界に満たすために、単純に「輸出」されてきたオリヤを含む人々。
……気になることが多すぎるんだよなあ。
少し考えている間に、3人は軽口を叩き合い、それぞれの会話に戻り、そして旅は続く。
釈然としないながら、オリヤは違和感も疑問も、誰に問うこともしなかった。
クレイオスは考える。
魔術には基礎が有り、その上に積み上げて己の
鍛錬を怠り、研鑽を蔑ろにする者は、魔術師の高み処か、裾野に立つ資格もない。
自分も冒険者として活動しながら、魔術の探求を忘れた事は無く、基礎を忘れた事もない。
彼が修める魔術は火と風の魔術。
基本レベルなら、他の魔術も使えなくはないが、修めた魔術系統の方が、より力が出せる。
その2つの系統を統合した魔術も研鑽し、幾つか実用に耐えられる様になってきた。
そんな彼だが、基本レベルでさえ使えない魔術がある。
時間魔法と、空間魔法。
代表的なのはこの2つだ。
時間に、空間に干渉する。理屈として存在することは判る。
空間魔術に関しては、現実に「アイテムボックス」が存在し、作成者が居る以上、存在する筈だ。
しかし、時間に関する魔術は資料に乏しく、実践されたという話は聞かない。
当然、それが施された魔道具の存在も知らない。
先程の食事を思い出す。
広げた敷物の上に、突然広がる料理。
その時点で理屈が解らない。
敷物にアイテムボックスの魔術を施したのか?
仮にそうだとして。
アイテムを取り出す動作で、あれ程整然と料理を並べられるのか?
まるで、空間を把握し、各皿を正確に並べて出現させたようだ。
慣れの問題か? 冒険者としては駆け出し処かつい最近登録したばかりだという。
日常で使い慣れたのか?
その線は考えられる。釈然とはしないが、それで納得することにしても。
その料理が暖かかった事は、説明が付かない。
此方の危機を察知し、慌てて料理して、それを簡易皿に盛り付け、アイテムボックスに仕舞い、そして駆けつけた。
言葉にして並べると、馬鹿馬鹿しさが際立つ。
そうすると、予め料理をアイテムボックス仕舞っておいた。そして、街を目指す旅の途中で此方に気付き、駆けつけた。
そう考える方が自然だ。
だが、そうなると、アイテムボックスの中で温度を保っていた理由がわからない。
アイテムボックスの中でも時間は流れる。
だから、生物は傷むし、スープは冷める。
時間が経てば相応に腐るので、保存の効く物でなければ、アイテムボックスに入れないのが普通だ。
だが、腐ったような気配もなく、寧ろ作りたての湯気を上げる料理達。
考えられるのは、時間魔術。
アイテムボックスに、時間停止の魔術を重ねているのか。
他にも、空間を把握するのは、別の空間魔術の応用なのだろうか。
……それ程複雑な魔術を行使したのは、誰だ。
目の前の少年を、その候補から外すことは出来ないが。
しかし、幾らなんでも若年でそれらの魔術を修められるとは思えない、というかどう修めたのか想像も付かない。
クレイオスの卒業したアカデミーでも、時間魔術は研究途中であったし、空間魔術は適正のある者のみに開かれた門。
噂の王都でなら、そんな魔術師も抱え込んでいるのだろうか。
聞くのが早いか?
しかし、どう切り出すか。アイテムボックスの疑問をぶつける所からか。
そもそも、聞いて答えてくれるのか。
せめて、作成者の名前くらいは聞き出したい所だ。
あと、お腹減ったな……あのクッキー美味しかったな。
「はーい、この中でウサギ捌ける人ー」
唐突かつ気の抜ける声が、一行の動きを止める。
いや、正確には休憩の為に皆が歩を緩めたタイミングだっただけなのだが。
「なんだよ、藪から棒に」
ケーレが適当に腰掛けながら、オリヤを見上げる。
「いやあ、晩ごはん、用意しなきゃでしょ? で、この辺で居そうなのって、ウサギじゃないですか」
当たり前の様に言うオリヤだが、レーダーを眺めて発見していただけである。
「まあ、すばしこいが捕まえられるだろうな。ケーレなら」
「俺かよ」
当たり前のように仲間に任せる、というか押し付けるルブラン。
食い気味で、ケーレが不満げに突っ込む。
そんな心温まる遣り取りを無視して、オリヤは思ったことを口にする。
「俺、ウサギ捌いた事無いんス」
ルブランが軽く目を見開いて、オリヤを見る。
「だから、覚えときたいんス」
驚いた。
見た目はやる気があるようには見えないが、なかなか見どころの有る事を言う。
少なくとも、旅して行こうという気概の持ちようは、心得ているようだ。
アロイスも同じ事を思っているようだ。
「いい心掛けだ。それにはまず、捌く獲物が居なくてはな」
楽しそうなアロイスの隣から、アルメアがひょっこり顔を出す。
「なになに? 晩ご飯はウサギのお肉?」
期待している目。
「このお姉さんは、食べ物以外に興味無いのかね」
オリヤはそう思うが、勿論口には出さない。
「何よそれぇ!」
つもりだったのだが、考えるより先に口に出ていたらしい。
失敗失敗。
アルメアは笑う周りにも照れ隠しで噛みつきながら、恥ずかしさで顔を真っ赤に染めている。
「それじゃあ、腹ペコ姉さんの為に狩りにでも行きますかね」
コツンと、腰の剣を叩く。
「手伝うか? ちょっと休ませて貰えりゃ、そんぐらいやるぜ?」
ケーレは座ったままで、しかしダガーの具合を確認しながら言う。
あれ、あのダガー。
「大丈夫っす、ケーレさん。それより、左のダガー、研いどいた方が良いっスよ」
「あん? あ、ちょいと刃がガタついてんな、ありがとよ」
ケーレは自分の獲物を確認し直し、鞄の中の砥石を探す。
「駄目だったら泣きながら帰ってきます」
「そんときゃ手伝ってやるよ。爆笑してからな」
オリヤが軽口を叩き、ケーレも同じく返す。
そんなオリヤは頭の中で、今夜の食事の献立をぼんやりと考えていた。
「魔王様、何をご覧になっているのです?」
魔王城、と言うにはどう見ても廃墟の崩れかけの家屋内で、場に相応しくないメイド服の女性が、静かに問う。
黒を基調とした裾の長いスカートとシャツに、白のエプロン。ヘッドドレスは魔王様の趣味である。
薄く銀を含んだ紫の髪は短く整えられ、艶を放って輝いている。
白磁に例えても違和感のない白い顔に、赤く燐光を放つような瞳が静かに自分の主を見つめる。
細く整った鼻の下で小さめでは薄い、しかし魅力を損なわない唇が魔王を名乗る主の言葉を待つように引き結ばれている。
「んー? いや、面白い奴を見つけてな?」
答えながら、適当に見つけた椅子に腰掛けた、魔王と呼ばれた男は不機嫌に答える。
長い脚を組み、肘掛けに肘を乗せて頬杖を付く、細身の青年。
黒い髪と長いまつ毛が特徴的な、ほっそりとした顔立ちながら、その表情は「憮然」の一言に尽きる。
「遊んでないで、夕餉の準備など考えて頂けると嬉しいのですが」
「……まだ昼過ぎだよね? ってか、俺、魔王だよね?」
メイド服の女性は恭しい態度で嘆願を述べる。
受け取る魔王の方は、どうにも納得の行かない顔だ。
「ああ、魔王様は流石に慈悲の無い方。私の如きか弱い女に、狩りに行けと仰るのですね」
あくまでも恭しく、顔色ひとつ変えずに言い切る。
「……まあ、たった今当てが出来たトコでも有るし、どうせだから一緒に行くか?」
本当なら怒鳴りつける、は無理だから、ため息混じりに嫌味を言って返り討ちに遭うのが常なのだが、今回ばかりはどうでも良かった。
空間に映し出した遠見の魔術が映し出す少年をじっと見つめていた。
こいつ、人間じゃない。
いや、それはどうでも良い。
漏れ出る魔力もそうだが、ステータスが不自然に高い。
手持ちスキルも聞いたことがない、何とも胡散臭いシロモノだ。
これでは、まるで。
「俺と同じか……?」
脳裏によぎるのは、白い空間とイヤに優しそうな線の細い男。
俺の後に「輸出」された野郎――異界人か。
そう、当たりをつける。
どうにも平和ボケした面構え、間の抜けた笑顔。
ちゃんと「輸出」された意味を理解して、行動できる奴か。
それとも、今まで見てきた大多数と同じく、無意味に魂を使い潰す阿呆か。
どう転ぶかは判らないが、何とななく。
「こいつとは絡んどいた方が良いか……?」
少しだけ真面目に、魔王は考える。
今までは、所詮他人は他人と、仮に「同朋」を発見しても放置していた。
しかし、先日その放置していた「同朋」の1人が、やらかしてくれた。
放って置くと他人の魂を巻き込んで消滅しかねない勢いだったので、已む無く彼が「同朋」を殺す羽目に陥ったのだ。
被害は最小に押さえられたと思うが、50に届こうかと言う人の魂が無為に消失する事になった。
己の認識の甘さ、人に対する信頼が、綺麗に裏切られた。
今度は、事を起こす前に始末する為にも、力の有る「同朋」は特に監視せねばならない。
その中でも、今見ている少年は有り体に言えば変わり種だった。
ステータスの上では兎も角、人としての有り様次第では、立派に魔王としてやっていける程度には。
面倒の芽なら摘む、役に立つようなら放置する。
いずれ、見極めるには遠くから監視するより、一度手元に置いたほうが良い。
「魔王様、他人の趣味にどうこうは言いたく有りませんが……」
いつの間にか魔王の隣に立ったメイドは、魔王と同じく空間に映し出された映像を眺めながら言う。
「そういう趣味がお有りだったのですね」
なにが?
ちょっと真面目に考え事をしていた彼は言われた意味が判らず、映像を見直す。
その中では少年が、ドワーフにヘッドロックされている所だった。
「……趣味ってなにが?」
「いえ、出過ぎたことを申しました。お気になさらずに」
メイドは一歩引くと、恭しく頭を下げる。
魔王様は、釈然としない物の、取り敢えず放置して置くことに決めた。
そして思考を少年に向け直す。
あの筋肉バカ一代と同類の平和な奴なら問題ないが。
「……1回、ヘルメスの
罷り間違って破滅主義の馬鹿野郎の同類が来やがったら。
と言うか、なんで向こうで選別してくれないんだ、本気でランダムじゃねえか。
選別はあの
まあ、良い。
「ま、それはそれとして。行くか。ミキ、お前も準備しろ。此処は引き払う」
静かに待つメイドに、魔王様はごく気軽に言う。
「はい……なるべくご趣味の邪魔にならないよう、気をつけますね」
恭しく答えるメイドが何を言っているのか良く解らないが、まあ、きっと解らないほうが良いのだろう。
考えることを放棄して、魔王は異空間に私物を次々と放り込み、無言で差し出されたメイドの荷物もついでに放り込む。
「引き払うのは結構ですが……何処か別の拠点を発見したのですか?」
この廃墟には何だかんだで一月は居座っている。
新生した、居城を持たない魔王は変わり者で、自分を拾ってくれただけでなく、衣装を何処からか用意してくれた。
下着類に関しては疎いからと、手当り次第もってきた物を広げられ、この人は脳の具合は大丈夫かと本気で心配になったものだが。
基本的におおらかで、魔王らしくはないが。
本人はそう言い張って憚らない。
なら、それで良いと思う。自分は拾われただけ、何処に行っても構わないと言われたので、側に居るだけだ。
だからこそ、魔王様の行く先は気になるのだ。
「拠点……拠点か。
答えになってない気がする。
支離滅裂なのはたまに有ること。
解ったふりをして頷くと、魔王様に付き従って廃墟を後にするのだった。
レーダーを頼りに、ウサギを探し、迷わず引き金を引いていく。
無音状態で銃弾を弾く感覚が不思議で、腕から伝わる衝撃がなければ完全に現実感を無くしていただろう。
しかし、正直、初めて発砲した時はビビった。
音がでかいとは聞いていたし、予想もできていた。
しかし、予想よりも大きい。
何か間違ったのだろうか? 火薬の質が悪かっただろうか?
それとも、訓練でたまたま手に入れた鉱石――から精錬した
強度が十分そうだったので、スライドも含めて気持ち薄めにしたのだが、その所為で吸音性が落ちたのだろうか?
いや、そもそも脳内の記憶頼りで作っている為、設計が甘い可能性も有る。
……なんだか、その全部が理由になっている気がする。
奇跡的に発砲の衝撃には耐えてくれてガタつくこともなく、射撃精度も引くほど出ている。
暴発の危険も無い……と思う。無いと良いな。
取り敢えず落ち着いて研究出来るまで、この魔術サイレンサー式のなんちゃって1911がサブウェポンということになる。
そう考えながらもウサギの頭部を次々に打ち抜きながら、きっちり7発毎にマガジンを替えて狩りを続ける。
そもそも、ハンドガンで狩りとか無茶な、と思うことなかれ。
そもそも当たる距離(オリヤ比)までは気配を消して近寄っているので、問題ないのだ。
オリヤは1911を、4人組に公開する気になれなかった。
エルフ2人とは訳が違うのだ。
サリアとアルメアはああ見えて、気にしなくて良いのにオリヤに救けられた事を必要以上に気にしている。
助かりたい一心でオリヤに口を合わせているだけ、その線も捨てられ無かったが、「神様」の眼前での宣誓は流石に、あれは嘘では無いだろう。
だから、狼の群れを前に一度も銃を持ち出さないオリヤに不審を感じたアルメアが視線で問うて来ていたが、声には出さずに居てくれた。
オリヤの思惑を察してくれたのか、それともアルメアにも思う所があるのか。
食事時の大騒ぎの後も、その事には一言も触れていない。
サリアも同様に、あの4人組と普通に会話しながらも、その事には一切触れていない。
エルフ姉妹をあの4人と一緒に置いてきたのは、それなりに信頼出来ると思っている証拠であるのだが。
正直、姉妹なら、あの4人を圧倒できる実力を、今は持っている。
狼との戦闘に参加したことで、姉妹もその事を認識出来ただろう。だから、歩き出すオリヤに、2人は何も言わなかった。
だが、銃の事は触れる気はしなかったのだ。
インベントリはなんの衒いもなく公開したが、あれは理屈が判らなければ凄く不思議な魔術、知っていても精々マジックボックスの亜種くらいの認識でしか無い、筈だ。
クレイオスが引っかかりを覚えている風だが、別に隠す気も無い、聞かれれば素直に答える。
だが。武器は不味い。
武器は、簡単に扱えそうに見えればそれだけ、欲しがる者も出てくる。
危険な仕事をしているならば、尚更だ。
オリヤは黙々と、ウサギの身体に残った頭部、或いは頭部の残りを斬る落としていく。
血抜きの為、という口実で、銃創を消す為に。
傷ついた跡を見せたくないなら、傷の残る頭を切り落せば良いじゃない。
銃は手軽だ。
しかし、加減は効かない。
そんな物をホイホイと、無条件で晒し歩く気にはなれない。
そんな物が権力を有する者の耳にでも入ったら、思いっきり軍事利用される予感しか無い。
他の誰かが広めたなら苦笑で済ませる自信が有るが、自分が戦争の火種を作るのはイカン。
会ったばかりの冒険者は、信用するにも程度が有る。
昨日のエルフ姉妹の時には正しい意味で、全く少しも何にも考えていないオリヤだったが、今は違う。
昨日は一人旅で、自分の不始末は自分に還ってきて終わりだった。
更に言えば、神様のお目付け役任命がなければ、適当な所で2人と別れて、一人旅を続けるつもりであったのだ。
今は、自分の不始末が仲間に降りかかる危険があるのだ。
流石に少しは考えるのだ。少しだが。
保身、大事なのである。
責任の取れない事はしない、そんな事より唐揚げとかどうだろうか。
「創造力」も良いが、どうせ人数も居るし、いっそ目の前で揚げてやろう。
インパクトはスパイスだ。極論だ。
料理するなら川が近ければ良い。脳内のレーダーを地形走査モードに切り替えると、西3キロほどで川が有るらしい。そちらの方角を見るが地形の関係か川は見えない。
地平線の陰に入っているなら、ものすごく小さな惑星ということになってしまうが。
機会が有ったら確認してみよう、そうは思う物の、違和感を覚えない時点で、地球とさほど変わらないのではないか。
そう無責任に思いつつ、都合21匹のウサギの死骸をインベントリではなくアイテムボックスに収め、
仲間たちの元へと、それなりに急ぐのだった。
オリヤが捕らえたウサギの数に驚いた一行は、取り過ぎだと呆れたものの蘇生も出来ない。
せめて美味しく頂く事が礼儀だ、となった所で、オリヤが西に川が有るはず、と切り出す。
「血抜きにもちょい掛かるし、調理するのにも便利だし。川の辺りで丁度日も傾くと思うから、キャンプするついでに川っぺりに行こうかなと」
オリヤが言うと、ケーレとルブランが顔を見合わせる。
「あぁ、リベラの川がもう近いのか。じゃあ、そこまで行ってキャンプの準備か」
「リベラの川か。川を超えたら、街まであと3日ってとこかな」
2人が口々に言う。
アロイスは静かに、西の方角を見る。
「……ねーねー、オリヤ」
すこぶる小声で、アルメアがオリヤの腕を突っつく。
「ん?」
何となく、答えるオリヤの声も小さくなる。
「オリヤってさ、一昨日街を出たんだよね?」
そう言ったけど、それがどうかしたのだろうか。
「そうだよ?」
不思議そうに答えるオリヤに、アルメアは小声で続ける。
「あのさ……普通の人が、歩いて此処まで……どれくらい掛かるの?」
何を気にしてるのか? オリヤは見当もつかず、しかし小声で素直に答える。
「歩いてだと、3週間ってとこかな?」
ぐっと、アルメアがオリヤの腕を掴む。
「……どうやって移動したの」
「どうって、走っただけだよ」
何が不思議なのか、そう思いかけて気付く。
「……オリヤ。一昨日街を出たって、言っちゃ駄目だからね?」
冷や汗を流しながら、頷くオリヤ。
普通に1日8~9時間歩いたと考えて、3週間の距離を、走って1日。
控えめに言って、人間業ではない。
もっと正確に言えば、走って居た時間は街を出た朝から昼間で、5時間程だろうか。
……時速何キロだ。
ハイになってたとか、空気抵抗を軽減どころかほぼ無しにしていたとは言え。
異常な速度である。
近くに居たサリアは会話の内容を耳に収めながら、冒険者組が此方の会話を聞いているか確認している。
しかし、ワイワイと騒ぐ様子からは、此方に注意を向けているとは思えない。
しかし気を抜かず、2人の声が大きくなるようだったら注意しよう、そう考えて「監視」を続行する。
「気を付けます。考えてませんでした」
オリヤは素直に謝る。
旅に道連れが出来ると、色々と気を使うことも増える。
そう思うオリヤだが、彼自身が普通の人間に準じた行動を取れれば問題は無い事には、気付く様子は無かった。
アイテムボックス内の血抜きの様子を多少気にしながら、妙な気配に気を散らされていた。
距離で言えば1キロ、西の方向。
即席で視覚強化の魔術を作成し、そちらを見やるが何も見えない、何も居ない。
気配を消し、身を伏せて移動する捕食者、とかそう言う気配ではない。
レーダーには映るのに、姿が見えない。不気味である。
ストーカーされる覚えもない。
気付いたのは、オリヤが狩りを終えて仲間たちと合流した時だ。
丁度1キロ辺りで、此方に近付くでも無く佇んでいる。
他の旅人であろうか?
だが、此方に気付いている様子だ。
見えている訳でもないだろうに、探知魔法だろうか?
それとも、魔術でも使って視ているのか。
あの馬車の魔術師の使った探知魔法と違い、絡みつくような不快感はまるで無い。
偶々、旅人が其処で休憩しているだけなら良い。
方法は不明ながら、此方を視ている気がするのは、やはり自意識過剰が過ぎるだろうか?
……ちょっと妙なのに絡まれるペース早くね?
エルフ姉妹にも冒険者達にも、他でもない自分からちょっかいを掛けた事実を都合よく忘れ、オリヤは考える。
敵意はなさそうだけど、目視で確認できないし、ステータスも視えない。
格上っぽい。
世界は広いから、自分より強い存在は居るはずである。
神様も、筋肉至上主義者とか魔王とか、そういった元地球人の話を聞いている。
他に居てもおかしくはないのだ。
油断は出来ない、だが、実際どう対応したものか。
下手に警戒して、相手を刺激する結果にならないだろうか。
自分ひとりなら突撃気味に相手に詰め寄る所だが、今回それで失敗した場合、被害を被るのは自分だけではない。
いつの間にかルブランとケーレに絡まれ、揉みくちゃにされているクレイオスを眺めながら、考えあぐねてため息しか出ないオリヤは、せめて祈った。
魔王になったとかいう如何にも危なそうな人でなくて、せめて平和な人でありますように。
「魔王様、僭越ですが」
傍らのメイドが、日傘を手に恭しく意見を述べる。
「暇です。控えめに表現して、飽きました。何を為さりたいのか、お教え下さい」
「僭越云々以前に、単純に失礼だな。あと、控えめに言うならもっと厚めのオブラートに包もうか」
苦虫1個小隊を噛み潰して、魔王様は答える。
余りにも正直な感想に、思わず認識阻害の魔術を解除してしまう所だった。
「お褒め頂き恐悦至極。で、何をしてやがるんです魔王様?」
苦虫小隊を派遣した本人は、恭しさを表面上は崩さず、慇懃に問い掛ける。
「口調を安定させる努力を忘れてはイカンと思う。それと褒めてない。俺は今、彼奴等に接触する方法を考えてるんだ」
何となく目標から離れた地点に出たものの、どうアクションを起こすかを考えていなかった。
輸出――転生に際して、考えなしに魔王になった男は、筋金入りなのだ。
「ボーイズラブ目当てでキャッキャウフフしたいのでしたら、些か日が高いと愚考致しますが」
苦虫が口の中で飽和した気分で、魔王は頭を抱える。
「……お前の趣味を押し付け無いように。誰がボーイズラブか。大体、俺は少年って歳じゃないぞ」
そう言うと、魔王様はため息を吐く。
このメイドは、どうしても自分を尊敬してくれない。
いや、尊敬して欲しい訳じゃ無いのだが、毎度この調子でおちょくられては、思う所が積もって行くというものである。
一方で、メイドの方は実は心底魔王様を敬愛している。
言動がちょっぴりアレで、そんな気持ちは少しも伝わらないと言うだけなのだ。
「ぶっちゃけるとな?」
どこか疲れた魔王様の声に、メイドは静かに耳を傾ける。
「あのガキ……。俺の仲間になってくれないモンかと思ってな?」
顔を上げると、魔王様の淋しげな横顔が在る。
「仲間……ですか」
ここからではメイドの目には見えないが、魔王様は見えているのだろう。
仲間。今まで、1人たりとも家臣を持とうとしなかった魔王様が、郷愁を湛えた……まるでそこに故郷を見るような目で、遠くを見つめている。
手下は要らない。気楽な仲間なら歓迎だ。
かつて聞いた、魔王様の声。
彼が、魔王様の仲間?
移動前に見た、少年の困った様な顔。
「まあ……最悪、敵じゃ無ければ何でも良いんだが。出来れば、な」
そう言って笑う。その顔に、メイドは決意する。
魔王様の、お望みのままに。
あの少年を仲間に。そうでないなら……死を。
「畏まりました。魔王様の、お心のままに」
跪いて言うメイドを、魔王様は慌てて立たせ、膝に付いた砂を払ってやるのだった。
結局、一定距離を保って付いてくるな、あの不審者達。
オリヤは振り返らず、傾きつつある太陽を仰ぎ、夜襲を警戒するべきか考える。
「ねえ、オリヤ。晩ご飯はどうするの?」
川から少し離れた所に荷物を置き、川沿いまで移動してウサギ達の皮を剥ぎ、股関節にナイフを入れて骨を切り外しながら、サリアが問う。
サリア姉さん、解体出来るのね。
オリヤは思考を戻し、ちょっと見直したようにサリアを見つめる。
「……なあに?」
そんなオリヤの不思議そうな、何とも言えない顔に、不審げに問い掛ける。
「いや、エルフって、ウサギの捌き方知ってるんだな―って」
「あなた、エルフを何だと思ってるの」
ちょっとムッとして、ずいと身を乗り出し、オリヤの鼻先に顔を近づける。
「エルフだって料理くらいするわよ」
あ、髪かな、化粧かな、いい匂いがする。
近すぎて照れる。なまじ美人過ぎて、威力はかなり高い。
マイペースだった心臓が、数年ぶりに主張を始める。鼓動が聞こえたら恥ずかしいだろうが。
慌てれば慌てるほど、周囲の男どもの笑い声が大きくなる。
「お嬢ちゃん、勘弁してやれ。オリヤが面白すぎる」
アロイスが言うが、その割に止めてくれる気は無いらしい。
しかし効果はあったようで、サリアは頬を膨らませてオリヤの側から少し離れる。
正直、助かった。
その思いと並行して、ちょっと惜しいと考える自分に、ああ、健全な男の子なんだなあと、我が事ながらしみじみと思う。
「……料理できる人でも、捌ける人は少ないと思うんだ」
どこか納得行かない様子を装いながら心臓を落ち着けるオリヤ。
そうしながら思い出してみるが、テレジアさんがウサギやらを捌いている所を見た覚えが無い。
「街なら、肉屋さんが有るから。冒険者とか旅人は、旅先でそういった技能が無いと困るでしょ?」
心を落ち着けて見様見真似の作業を再開したオリヤに、同じく作業しながらサリアが答える。
最もだ。ならば。
「アルメア姉さんも、出来るんだ?」
素直に感心しながら言うオリヤ。
しかし、返事はない。
ついでに言うと、川辺には、アルメアの姿はない。
薪周辺で、クレイオスと談笑しているようだ。
「サリア姉さん?」
「オリヤ、骨は外したほうが良い? スープにするなら、付けてた方が良いと思うんだけど」
不審げなオリヤの声に、被せるようにサリアが問う。
……なるほど、触れないようにしよう。
食べる専門と言うのは、伊達ではないらしい。
「……骨は外して、ただ、使いみちが有りそうだから一部の骨はインベントリに保管しよう。腐らないから」
内臓はどうするか。考えていると、サリアが手早く内臓類を纏め、一部を川に、残りはオリヤに差し出す。
「……食べたいの?」
確か、この世界でも動物の内臓を食べる文化は有る。
ヴェスタ家で出た記憶はないのだが。
なので、サリアがこれを調理しろと言っているのかと思ったのだ。
「違うわよ。これはこの辺りの動物用に置いていくんだけど、今置いておくと、肉食の動物が寄ってきちゃうでしょ。だから、一旦保存をお願い」
どうやらサリアにはその様な習慣はないらしい。先程川に流したのは、川に住む肉食の生物向けに放ったようだ。
ワニとか居たらどうするんだろう。
そう思ったが、口にはしない。
「なるほど、了解。明日此処を発つ前に、置いて行けば良いのかな?」
納得顔のオリヤに、満足げに頷くサリア。
それを見るアロイス達には、仲の良い姉弟のように見えて微笑ましい。
「そうね。それにしても、これだけ肉が有ると流石に余ると思うんだけど。どうするの?」
余った分は保管するのだろうか。それとも、干し肉でも作るのだろうか?
干し肉を作るには時間がかかるが、オリヤなら材料も有るし、「創造」してしまうかも知れない。
そう考えたサリアに返った答えは、予想して居ないものだった。
「余らないと思うよ?」
その答えに、サリアだけではなく、アロイスにルブラン、ケーレまでもキョトンとしている。
4人を前に、両手を「洗浄」の魔術でさっぱりさせたオリヤがイタズラを思いついた少年の顔でニヤリと笑う。
「まあ、見ててよ」
川辺に、川原の石で簡易のかまどを作ると、まずは肉を、取り出したまな板の上で一口大に切っていく。
量に見かねたサリアが手伝い、次々にそれなりの大きさに切り分けられていく肉達。
オリヤは切り分けた肉を、一旦アイテムボックスから取り出したパットに乗せていく。
肉の量が多いため、パットは複数になる。
同じくアイテムボックスのから取り出した、予め用意していた調味料を混ぜたものをパットにドボドボと投入、揉み合わせる。
大豆(この世界でも大体の食べ物の名前は同じだった。大豆はダイズで通じるので有り難い)で作った醤油と予め買っておいた酒、そして擦り下ろした大蒜、生姜と合わせた、オリヤの懐かしの故郷――日本の味の再現だ。
今度は見ていたアロイス達も面白がり、全員が手伝ってくれる。
念入りに揉み込んだ所で、同じく用意していた小麦粉にまぶしていく。
片栗粉の用意は無かったが、まあ、きっと大丈夫だろう。
自信満々に何処か抜けているのが、オリヤの持ち味だ。
出来上がったそれらを洗浄で綺麗にしたパットに再度戻し、アロイス達に分けてもらった薪で火を炊き、その上に油を張った鉄鍋をかける。
「おい、まだ肉は入れないのか?」
ルブランが、ソワソワと問う。
「まだまだ、温度が上がってからだよ」
答えながら、探知魔術の温感モードで鍋の様子を確認する。
我ながら使い方を間違えている気がするが、気にしない事にする。
「揚げ物か。西の方では良くあると聞くが」
「アロイス兄ちゃんも、食べたこと無いの?」
鍋を見ながら呟くアロイスに、楽しそうにオリヤが問い掛ける。
「西の方は、あまり行ったことがなくてな。街なんて、見えた試しがない。ディアクーフでも、こんなに油を使う料理は見ないしな」
その言葉に、ルブランも頷く。
「そうだな。所で……まさかとは思うが、これは、油のスープでは無いだろうな?」
思い掛けない言葉にルブランを見ると、どうやら真剣な様だ。
そんな殺人メニューを出す予定はない。
「やめてよ、俺がそんなの食べたくないよ。これは唐揚げって言って……ホントはもうちょっと手間が掛かるんだけど」
片栗粉の用意は忘れていたのだ。作れるかもだが、小麦の備蓄も多くはない。
「お手軽野外料理って事で、勘弁してよ」
言う間に、鍋の温度は上昇していく。
さり気なく、鍋で見えていないのを良いことに、オリヤは炎の燃焼に干渉して、鍋の温度が上がりすぎないように調整する。
1人頷くと、オリヤは鍋に一切れづつ、小麦をまぶされた肉片を投入していく。
立ち上がる音。油が肉と小麦、調味料が加熱され、香ばしい香りが周囲に広がる。
パットを別に用意し、揚げ網をセットしていく。
時折肉を返しながら様子を見、揚がった物から次々と揚げ網の上に乗せていく。
パットひとつ分が終わると、冗談で用意していた特大の大皿に盛り付けてもらう。
何事も、用意しておくもんだ。
流れるように作業を続けながら、オリヤはそんな事を考えていた。
解体から肉の切り分け、そして調理と、思ったよりも時間がかかってしまった。
だが、料理は楽しい。「創造力」で作るともっと美味しいのだろうが、別の意味で味気なくなってしまう、そう思うのだ。
「おそーい! もう日が暮れちゃうよ!」
アルメアが何やら怒っている。
側で薪に火を入れ、火の番をしていたクレイオスが嗜めるように声を掛けている。
良い人だなあ、クレイ兄ちゃん。
「そう思うんなら、手伝ってくれてもいいと思うんだ、俺」
大鍋運びを買って出てくれたルブランとアロイスに感謝しつつ、アルメアにはそんな素直な気持ちが飛び出す。
途端に膨れるアルメアにパン籠を手渡し、パンを次々投入していく。
「1人で食べないでよ?」
「失礼ね!」
そんなやり取りをしつつ、パン籠を更に3つ程出してそこにもパンを入れていく。
パンは……余るかも。
そう思うが、まあ、良いかと作業を続行。
唐揚げが山盛りの大皿2つと、それぞれにパンを山盛りのパン籠。
「晩ご飯はまた……随分シンプルね、インパクトは有るけど」
改めて大皿を眺めたアルメアが何処か意外そうに言う。
気持ちは判る。昼が昼だっただけに、夜ももっと色々な料理が出ると思ったのだろう。
だが、昼と同じ惨劇が繰り返される恐れがある。
みんな同じメニューなら、クレイオスさんもサリア姉さんも、気後れせずに食べれるのではないか。
これは予想というよりも、最早祈りである。
「うめえ! この肉すげえ旨いぞ!」
唐突に上がった声の方を見れば、我慢しきれなかったらしいケーレが早速ひとつ摘んでいた。
「ちょっと、狡いでしょ! あーもう、オリヤ、食べて良い⁉」
遅れを取ったのがよほど悔しいのか、それでも律儀に尋ねる。
アルメア姉さんが、どんどん美人可愛いから食いしん坊可愛い枠に近づいていく気がする。
悪いこととは思わないが、その前にもうちょっと、こう。大事にするものが有るのでは無いだろうか。
「判ったから。ほら、皆食べよう」
既に陣地争いを開始しているルブラン公国とケーレ自由連合を脇目に、他の者達も思い思いに食事を開始し、
「ナニコレ、美味しい!」
「はあ……あの肉がこんな事になるなんて」
エルフ姉妹が瞳を輝かせ、アロイスとクレイオスは思い思いの無言さで食事に没頭している。
男どもの大半は、思ったとおりパンに手を出していない。
と思いきや、意外なことに全員がパンを片手に、フォークを片手に食事している。
意外だ、肉しか食べないんじゃないかと思ったのに。
言ったらそれを口実に、オリヤの分の唐揚げが無くなる気がしたので、口にすることは勿論避けたのだが。
賑やかしくも平和な晩餐に、オリヤはなんだか頬が緩むのだった。
だから、気が付かなかった。
気を緩めすぎたかも知れない。
料理に集中しすぎたのかも知れない。
「こんばんわ、旅の方々」
だから、反応が遅れた。
接近していることに気が付かなかった。
慌てたオリヤが振り返ると、そこには。
「よろしければ、ご飯を下さい」
長身、細身の黒髪の……どう見ても黒スーツの男と、紫色の髪の、ご丁寧にヘッドドレスまで着用した同じく黒を基調とした英国メイドスタイルの女。
どう考えても草原の夜景に似つかわしくない2人が、焚き火に照らされ。
びっくりするくらい敵意も無く、しかし男は不敵な笑顔で。
そこに立って居た。
思ってもいないことは起きる。