タイトルなんて募集中ですよ   作:naow

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きっと話は進まない。
だけど、サービス回だよ♪


これが世に言うお風呂回なの

 一同は混乱した。

 気配の無かった事に驚けば良いのか。

 見慣れない、軽装? に訝しめば良いのか。

 帯剣もしていない様に、呆れれば良いのか。

 その中で、オリヤは1人焦っていた。

 今、目の前にいるというのに、男のステータスの確認が出来ない。

 女性の方はレベルはオリヤ達とほぼどっこいの40だが、ステータスはレベル相応。

 戦っても問題無い。

 だが、男の方はレベルも何も判らない。

 戦うとなれば危険が危ない。

 出来るだけ、刺激しないようにしたいと思い、普段どおりにしていたのだが、うっかり油断した途端に大変なことになったかも知れない。

 何だこいつ?

 冒険に出て2日目で、こんなボスっぽい奴に遭遇とか、どういうバランスだ。

 1911が通じれば良いが。

 懐に重さを感じながら、努めて冷静になろうと努める。

「夜分に今晩和。旅の途中で食料が尽きてね。お分け頂ければ幸い」

 男は不敵な顔で、芝居じみて言う。

「使い慣れない言葉遣いは滑稽で大変恥ずかしいです。ご自重下さい」

 隣の女――メイドが言う。

 言葉遣いから丁寧に接しているらしいが、内容からは敬意を感じられない。

 面倒くさい連中に絡まれた予感が半端ない。

「お前ね。言い方ってモンがあるだろ? お前が自重して口閉じてろよ」

 途端に口調を崩し、男が半眼でメイドを見る。

「お言葉ですが、此処は平和的にお願いすべき処。おちゃらけた主様では良いとこ追い払われてお終い、食事に窮する事となるでしょう」

 一方的な決めつけで有るが、男はぐぬぬと直ぐには答えられない様子だ。

 ここから挽回するとか、交渉はまだ始まってないとか、まずは友好的に話すとか、他にも色々言い返し様は有るだろうに。

 素直な人なのだろう。

 これが策なら食わせ者も甚だしいが、さてどうしたものかと、オリヤはアロイスに視線を向ける。

 冒険者歴がこの中でも長く(恐らく)、1パーティのリーダーを預かる彼に、判断を委ねようと思ったのだ。

 そのアロイスは、なんだか目の前の掛け合いに呆気にとられながらも、オリヤの視線に気付き小さく頷いてみせる。

 任せろ、と言うことだろう。

「あー、その。話を聞くに、食事に困っている、と言う事で良いのか?」

 アロイスが問うと、スーツの男は顔を向けてこくこくと頷く。

 そろそろ言葉を取り戻して欲しい。

「お互い旅の身、糧食に限りがお有りだとは重々存じております。可能な分で構いません、お分け頂ければ助かります」

 そう言って、メイドの方が深々と頭を下げる。

 言い様が仰々しいが、丁寧な人なのだと受け取っておこう。

 先程の、恐らく自分の主との遣り取りを見る限り、真の意味で丁寧かどうかには、疑問符がつくが。

 大皿の様子と、パン籠に残っているパンの様子を見て、ケーレが横から、事も無げに言う。

「良いんじゃね? 量も有るし」

 その認識に、甘いと言わざるを得ないオリヤ。

 お前ら、有れば有るだけ食うじゃん。

 下手なことを言うと、弄られキャラの地位を手にしてしまったオリヤは食事を奪われる憂き目に合いかねない。

 半ば偏見だが、それだけに真剣にオリヤは疑っている。

「そうだな。これだけ有るんだ、2人増えても問題なかろう」

 ルブランが、ケーレの言葉を後押ししながら言う。

 それを受けて、アロイスも頷く。

 エルフ姉妹も、クレイオスにも異論はないようだ。

 オリヤは個人的に、サリアとクレイオスの行く末が心配でならない。

「ホントか!? 助かる!」

 スーツ男はパッと顔を輝かせると、ひょいひょいとオリヤの側まで近づき、懐からストールを取り出す。

「ミキ、お許しが出たんだ、ここに座れ」

 そのストールをメイドに譲りながら、自分は地べたにそのまま座り込む。

 へえ、オリヤは少し見直すような目を向けてしまう。

「有難うございます。みなさんも、有難うございます」

 ふわりと笑い、メイドがまた頭を下げる。

 美人さんは得だ。

 男どもは照れたようにふやけて笑い、エルフ姉妹に冷たい視線を受けている。

「やー、しかしこいつは」

 言いながら、スーツ男は唐揚げを行儀悪く指で摘み、ひょいと口の中に放り込む。

 味わいながら咀嚼し、嚥下。

 そして、満足げにニッコリと微笑むと。

 

「旨いもんだ、やっぱ()()の代表料理のひとつだと自慢出来るもんだよな、唐揚げは」

 オリヤにだけ聞こえるように、小さく呟いた。

 

 オリヤは耳を疑う。

 今、日本と言ったか?

 オリヤの反応を確認するように、スーツ男は顔を向けている。

 サリアの耳にも、男が何を言ったのか聞こえない。

 だが、オリヤは一瞬驚愕の相を浮かべていた。

 直ぐに表情を隠し、いつもののんびりした笑顔に戻っているが、だからこそ不審に思う。

 オリヤが表情を繕う必要に迫られているのか。

 ――あの男は、何を言った?

 静かに、サリアは警戒感を強めた。

 アルメアはパンと唐揚げの組み合わせに夢中である。

「お前、転生……いや、輸出されて来たろ?」

 そんな仲間の様子に気を配っていたオリヤだが、次に放り込まれた言葉に、今度はアルメアにまで気付かれるほど表情を変える。

 警戒。

 目が細く引き締まり、眉が寄る。

「そう、怖え顔すんな。飯を楽しもうぜ?」

 耳元で囁かれるような小声に、オリヤは失態を悟る。

 冒険者組は食事に夢中な様子だが、アルメアは手を止めて此方を見ている。

 サリアは静かに、いつの間にか短杖を自分の傍らに置いている。

 スーツ男は気にした様子もなく、懐からナイフを取り出すと、手元のコッペパンに刃を走らせ、左右に割るように開く。

 妙な切り方で、何をするつもりか。

 そう思う、特にアルメアが見つめる先で、男は今度はフォークを使って切り分けたコッペパンの上に唐揚げを並べ、挟む。

 こっ、この野郎……!

 この段に及んで、一行の視線はスーツ男に、自然に集まっていた。

 皆の視線を気にする様子もなく、大口を開けて、男は齧りつく。

 唐揚げパン、特ボリューム……だと!?

「行儀が悪いです」

 ちぎったパンを口に運びながら、メイドが言うが、それはこの場の誰のストッパーにもならなかった。

「何だそれ、そんな食い方あんのかよ!?」

「なにそれなにそれ、美味しそう私もやる!」

 ケーレとアルメアが騒ぎながら大慌てで、他のメンツは黙々と、それぞれナイフを用意したり、もっと簡単に挟めそうなパンを見つけたりと行動を開始する。

 思い思いのパンに、乗せ、挟み、そして口に運ぶ。

 一瞬で陥落しやがった。

 オリヤは同じように唐揚げパンを口に突っ込みながら、隣の男を油断せず見る。

「これは……! オリヤくん、このパンは売れるよ!」

 クレイオスが興奮気味に言う。貴方は商人にジョブチェンジですか。

「揚げ方は見た、味付けは……」

 アロイスが、何やらブツブツと呟いている。此方は料理人になる気だろうか。

「こいつはエールに合うんじゃないか?」

 マイペースなルブランは、早速アルコールを所望している。

 なんだか隣の男の動向が気になって仕方ないが、ルブランの要望だ。

 オリヤは予てより用意してあった樽型の木製のジョッキによく冷えたお手製のビールを注ぎ、人数分を目の前に出現させる。

 スーツ男の目が刹那だけ鋭くなったのを、横目で確認しながら。

「ルブランさん、口に合うか判らないけど」

 さて、言い訳を考えてなかった。適当に濁すか。

「故郷で作ってたラガーを、冷やしてみたんだ。飲んでみてよ」

 ラガー、で通じることは確認している。此方でもエール、ラガーで分けているが、オリヤは飲み慣れたラガーの方が好ましい。

 と言うより、意識した事が無いだけかも知れないが、エールと言うのは飲んだことがない。

 更に言えば、その違いも話で聞いたレベルでよく判らない。

 日本の夏によく似合うあのビールが、ラガーだと知っている程度である。

「冷やした、だと?」

 急に真面目な顔つき、というより目つきでルブランが此方を向く。

 この人、面白いな。

 改めてそう思いながら、オリヤはドワーフに、まずはジョッキを渡す。

 そうして次々とジョッキを渡し、全員が手にした所で。

 ルブランが誰より先に口を付け、目を見開いたかと思うと、あれよあれよとジョッキを傾け持ち上げていき、中身を飲み干してしまう。

 いきなり一気かよ。大丈夫かな。

 そう思うオリヤの、全員の目の前で、ダンと音がしそうな勢いで、地面にジョッキを叩きつけるように置く。

「これは……危険だ」

 顔を伏せたルブランの表情は見えない。

 今まさに飲もうとしていた一同は動きを止め、ルブランに視線を集中させる。

 失敗したか、不味かったのかな、そう思い俄に不安になるオリヤ。

「このラガーは危険だ、俺が責任をもって……そう、全員分を処分する!」

 真顔で顔を上げるルブラン。

 付き合いの浅い深いを問わず、ルブランの言いたい事、と言うか、本心が見えた。

 全員、しめやかにルブランを無視し、それぞれがジョッキを傾ける。

「お前らぁああ!」

 独占などさせぬ。

 そう思っただけの一同が、その口当たり、喉越しに動きを止める。

 知ってしまった。

 よく冷えたラガーの、口中に広がる香りと、喉を切れよく滑り降りていく感覚。

 苦味が強いが、それが食事を一層際立たせ、そして食事がラガーの苦味に隠された仄かな甘さを引き立たせる。

 喉を滑り降りると同時に口の中をさっぱりと洗い流し、次の一口が楽しみになる。

 止まらない。

「ええい、オリヤ! もう一杯だ、有るか!?」

 渡す手間を惜しむように、ルブランは立ち上がると皆の環の外側を小走りでオリヤに寄り、ジョッキを突き出す。

「あ、うん、ある、あるよ」

 気圧され、オリヤは素直にジョッキを受け取り、一旦インベントリにしまうと、ラガーがなみなみ注がれたジョッキを取り出す。

 受け取ったルブランはその場で飲み干すと、直ぐにジョッキを突き出す。

「もう一杯!」

 この場で飲み続ける気の様だ。

 ケーレが早速反旗を翻す。

「何してやがる、おとなしく座って飲んでろ!」

 だが、好物を前にしたドワーフは退かない。

「喧しいわッ! お前らに渡してなるものか!」

 目を見開いて言い放つ酔いどれドワーフ。

 いや、アンタらお仲間ですよね? でしたよね?

 5杯目で5人程が反ルブラン旗を掲げている事に気付いたのか、それでも飲み干し追加で6杯目を受け取り、腹も減ったのかルブランは自分が座っていた位置に戻る。

 ルブランの行動でおかわりは自分で受けに行く、と言うルールが出来上がったパーティ内で、いつしかお互いに牽制しながらラガーを求める様子に、オリヤは申し訳ない気持ちになりながら。

 ちょっと面白いと内心で笑うのだった。

 

 唐揚げにビール、と来たか。

 ここは居酒屋か?

 スーツ男はちらりと隣の少年を見やる。

 能力(ちから)を隠しているのか、それとも晒しているのか、今ひとつ判らない。

 平気で亜空間収納を使っているが、それについてなにか説明しているのだろうか。

 まあ、これ自体はアイテムを介して再現することも出来る。

 こいつはそんな事をする気も無さそうだが。

 見た目は剣士。だが、懐になんてモン隠してやがる。

 そいつは、この世界には存在しない筈のモンだ。

「お前、何を企んでる」

 スーツ男はさり気なく、やはりオリヤにだけ聞こえるように呟く。

 オリヤは半眼でスーツ男を見ると、さてね、と呟いてから、やはり小声で答える。

「特に目的もないし、ただ旅をしたいだけさ、この世界を。アンタこそ、なんの目的で近づいたんだ?」

 ふむ。

 真偽を判定する魔術には「真」の判定しか無い。

 偽装するには、彼のレベルを超える必要がある。

 そしてそれは、容易い事では無い。

 このガキのレベルは、38か。

 ステータスがバケモノじみているな。ミキでは勝てないだろう。

「そう言われてもな。そのステとその物騒なモン、それにその能力(ちから)。簡単に信じるわけにはイカンのよ」

 ジョッキを呷りながら、スーツ男は牽制する。

「信じられないと言われてもな。大それた事もしたくないし、単にこの能力(ちから)で面白おかしく生きたいだけさ」

 少年も同じようにジョッキを傾けると、吐息に混ぜて言う。

「神様との約束も在るし、魂の無駄遣いはしたくないんでね」

 真偽判定はやはり「真」。

 少なくとも、魂の事は理解しているらしい。

「それこそ、アンタはホント何してんだよ。魔王さん」

 唐揚げを適当に摘みながら言う少年にの言葉に、判定は「偽」。

 どうやら、断定は出来ず、カマをかけているようだ。

 ……こいつは、真偽判定を知らないのか?

 スーツ男は表情に出さず、オリヤを見ながら同じように唐揚げを口に放り込む。

「なんでそう思う?」

「別に。神様に、魔王になった人が居るって聞いてたのと」

 一旦言葉を切ると、おかわり要求のルブランとケーレにビールを渡し、2人が離れたのを確認して再度口を開く。

「俺が太刀打ちできない程強そうなのなんて、筋肉の人か魔王くらいしか、俺の手元に情報がないんだ」

 反応は「真」。本心から、そう思っているという事か。

 オリヤの様子から、そもそも真偽判定の魔術を知らないか、使われていると思っていない様子なので、なんだか裏を考えるのが面倒になってくる。

「筋肉ねぇ。あいつは平和主義者で、まあ、ヘルメスの意を正しく汲んでる奴でもある」

 スーツ男の言葉に、オリヤは驚いたように顔を向けてくる。

「あん? 何驚いてんだ、筋肉の野郎とは顔見知りだよ」

 筋肉で万物一切を超越したい。

 ヘルメスがどんな顔でその願いを聞き届けたのか、想像もできないが。

 その筋肉至上主義者は、魔王も驚く平和主義者だった。

 自分の関係者や友好的な者にはとことん甘い。

 あの筋肉を思い出すだけでゲンナリとするが、まあ、今の所悪い関係ではない。

「いや、それも驚くけど。というか世間狭いとか本気で思うけど、そうでなくて」

 オリヤはパン籠からパンを一つ取り、ちぎって口に放り込む。

「ヘルメスって、あの神様の名前?」

 ヘルメス神。オリュンポス12神の一柱(ひとはしら)。魂を冥界に、或いは冥界から地上に導く神、だったか。

「……なんで名前知ってるん?」

 魂の導き先が、だいぶ手広くなったようで。

 そう思いながら、何処かで納得する。

「お前こそ、名前のひとつも聞かなかったのかよ」

 スーツ男はスーツ男で、そんな基本的な事、とでも言いたげにキョトンとしている。

 言われてみれば間の抜けた話だが、最初は自分の死を受け入れることに必死だった。

 二度目はエルフ姉妹を巻き込んだかと慌て、最終的に別の意味で巻き込んでしまったのでそちらに気を取られていたのだ。

「まあ、話を戻すけどよ」

 そんな事をオリヤが考えてる間に、話を戻したいらしい。

 そもそも、何の話だったか。

「お前は、この世界の人間を根絶しようとか、そういう事は考えて無いんだな?」

 スーツ男が問いたいことの核心、それに近い質問。

 真偽判定の魔術に加え、魂の反応を見る「神眼」も発動させる。

「無いよ。そんな面倒くさいこと、御免だね」

 そんな資格なんか無い。心中でそう呟く。

 大体、こっちでも向こうでも、人間そのものに恨みなんて無い。

 スーツ男は静かに耳を傾け、魂を視る。

 少年の言葉に偽りはない。

 魂は静かで、動揺も無い。

「眼に映る人を助けることは有るかもだし、その人を助けるために他の人を殺すことも有るかもだけど」

 オリヤは、食事の手を止め静かに言う。

「何でもかんでも人間は殺す、そういう事はしたくないかな。魂をむやみに減らす事に、()()()()()()()()ね」

 スーツ男は表情を変えず、ただ聞いている。

 だが、今の言葉は。

 ただ、自分の目で見たものを。

 そういう判断基準なのか、こいつは。

 唐突に、スーツ男はニヤリと笑う。

「気に入ったぜ坊主! お前は見どころが有るな!」

 突然、楽しそうに笑うスーツ男に、周囲はぎょっとして歓談が止まる。

 何が有ったのか? 先程から妙に静かだったが。

 そんな視線が、スーツ男とオリヤに集中する。

 だが、そんな事など構いはしない。

 手元のジョッキの残りをぐいと飲み干すと、オリヤに突きつける。

「俺にももう一杯くれ。今日は呑むべき日だ」

 楽しそうなスーツ男に、ちょっと気圧されたオリヤは素直にジョッキを受け取り、ラガーを注いで返すのだった。

 

 なぁにこの人ぉ。

 超(こえ)え。

 オリヤは得体の知れないスーツ男に気圧されていた。

 魔王かと思いカマを掛けてみても、あっさりと煙に巻かれてしまった。

 ハイともイイエとも返さず、判ったのは筋肉万歳の人とお知り合いで有ると言うこと。

 魔王云々以前に、その事実が(こえ)ぇよ。

 というか、その答えだけでもう、魔王確定で良いんじゃないのか?

「所で、アンタらは、なんかクエストでもしてるのか?」

 スーツ男は楽しげにラガーを飲み下しながら、オリヤに尋ねる。

 その質問を俺にするか、そういう戸惑い顔で、オリヤは視線をさまよわせると、目のあったアロイスが頷いている。

 いや、判ら()ぇよ。

「あー、アロイスさんたちはクエスト終わらせて街に帰るトコで、俺とサリア姉さん達は、単純に街に向かってるトコ」

 オリヤの回答に、ふむ、と、スーツ男は顎に手を添える。

「なんだ、2パーティなのか? 人数が多目だとは思ったが」

 その言葉に、今度はアロイスが苦笑しながら答える。

「流石に、ウチの稼ぎじゃあ7人は養えん。4人でカツカツだからな」

 うん?

 解せない顔で、スーツ男は問を重ねる。

「アンタら、ランク幾つなんだ」

 問ながら、己の間抜けさに舌打ちしそうになって堪える。

 オリヤが38だから、周りもそれに準じているだろうと思っていた。

 ステータスは兎も角、レベルだけならギルドカードで簡単に確認できるからだ。

 ある程度、パーティ内のレベルは揃えるだろうと。

 事実、念の為に確認したエルフ2人はレベル42。

 多少開きは有るが、まだ納得できる範囲だ。

 そう思ったから、全員のレベル確認などしなかったのだ。

 改めてアロイスを「視」れば、レベルは19。

「俺達は、Dランクだよ。ちょいと無茶したけどな」

 誇らしげなシーフ、何と言ったか……が、自信有りげな笑顔で言う。

「ほう、Dランク。見れば皆若いのに、大したもんだな」

 ドワーフは見た目で歳が判らんから、お世辞風に無視するとして。

 確かに、レベルに比べてランクが高く思える。

 相当無茶をしたのか。

 だが、アロイスの言う通り、Dランクの稼ぎでは、流石に7人もの仲間を食わせるのはキツイ。

 そこまで考えた所で、オリヤが事も無げに宣言する。

「あ、俺はFランクね」

 多分、今日一番の忍耐を発揮したのはこの瞬間だろう。

 驚きを隠すのにこれほど困難を感じたのは、下手をすると転生以前まで記憶を遡る必要があるかも知れない。

 このガキがF?

 レベルとランクが釣り合わない事はまま有るが、こいつはなんだ。

 ランクに興味ありません系のアレか。

「んで、サリア姉さん達は、えーと、ディアクーフのギルドで冒険者登録する予定」

 表情を崩さないように注意しながら、エルフ姉妹を見る。

 え、まじで? この2人、冒険者ですらないの?

「なるほど、それは良いな」

 答えながら顔をオリヤに向ける。

 そして、にこやかに。

「テメェ、後でちょっと顔貸せ、説明しろ」

 オリヤにだけ聞こえるようにそう呟く。

 大皿に乗せられた唐揚げは、最早皿の肌を晒すほどに数を減らしていた。

 

 クレイオスは空になった2枚の大皿を見て戦慄していた。

 9人も居れば、アレが空になるのか。

 今回はちゃんと食事を堪能出来て安心もしているが、それを超えて尚恐ろしい。

 自分は普通です、仲間がおかしいんです、信じて下さいサリアさん。

 そう思いながらそちらに目を向けると、こちらも食事を堪能できて安心した、満足げなサリアが居た。

 ……天使だ。

 この時が、彼の祈りを捧げる対象が変わった瞬間だった。

 当のサリアは、間にアルメアが挟まっているものの、なんでクレイオスが此方を見ているのかイマイチ判らない。

 にっこり微笑んで見せると、フニャフニャとクレイオスの相好が崩れる。

 面白いが、それよりもオリヤが気にかかる。

 いつの間にか見慣れない黒い服装の男が、オリヤの肩に腕を回し、いや、アレは違う。

 ルブランさんがやってた奴だ。オリヤが確か、ヘッドロックと言っていた。

 オリヤはあれをされると、抵抗できないらしい。

 ルブランさんにも良いように引き摺られていたし、今も困ったように笑っているが、抵抗を見せていない。

 オリヤ、抵抗しなさい! その画は危険よ!

 自分でも良く判らないことを考えながら、サリアは拳を握りしめていた。

 

 そしてオリヤは、サリアかアルメアが助けてくれないかなー、そう思いながら酔っぱらいに絡まれていた。

 スーツ男は酔っているか不明だが、距離の詰め方が唐突だ。

 酔っていたら近寄りたくないし、素面ならやべー奴だ。

 どちらかと言えば酔っ払いのほうがマシに思えるので、以降酔っぱらいとして扱う事とする。

「俺の目的とかなんか聞いてたけど、それこそ、えーっと、何さんだっけ? アンタの目的はホントは何なのよ?」

 敬語を使うのはとうの昔に辞めているが、輪をかけてぞんざいに尋ねる。

 問われた方はワハハと笑いながら、グイグイとオリヤの腕に回した腕を締める。

「俺か? 俺も旅から旅の根無し草よぉ!」

 楽しそうで何よりですが、そろそろ離して下さい。

「ま……主様、人の目があります、キャッキャウフフは2人きりでお楽しみ下さい」

 スーツ男の隣で、静かに、しかし全員の耳に届く声に、ルブランやケーレを中心に、爆笑が起こる。

 メイドのお姉さん、助けるなららしく助けて下さい。

 あと、そこのドワーフとシーフ。笑ってないで助けろ下さい。

「あぁん? しゃーねーなー、みんなのオリヤちゃんを独占するのは良くねえか」

 上機嫌で言いながら、やっとオリヤは解放される。

 男どもは笑い過ぎである。

 半眼で周りを眺めれば、目の合ったアルメアがジョッキ片手にからからと笑う。

「どしたのオリヤー? 眠くなった?」

 子供扱いである。

 それは構わないが、だが。

 おやつを取り上げた挙げ句どっちが多く食べたとかどうでも良い喧嘩をする方に、子供扱いされるのは心外で有る。

「なんだ、お前飲んで()ぇのにもうおネムかぁ? しょーがねーなー!」

 なにが仕方ないのか。

「いや飲んだし。眠いと言うならいつだって眠いけど」

 面倒くさい事である。

 見れば、アロイスまで笑っている。

 おのれ。

 大体、全員酒飲んで、誰が見張りやるんだ。

 野党とか魔獣とか、危険が危ない事になったらどうするんだ。

 さり気なく起動している警戒レーダーは半径30キロ。

 現在、30キロギリギリの処に狼らしき反応と、草原で寝ていそうな小動物の反応がレーダー範囲内に点在している。

 狼が近づいてくるとは限らないが、見張りは必要だ。

 ……このメンツで考えれば、どうもオリヤにお鉢が回ってくる予感しかしない。

 移動拠点(シェルター)使えば見張りも要らないんだけどなー。

 少し考えると自分の中で却下する。

 寝具が無いのだ。

 素材もないので、人数分のベッドを創るとか無理だし。

 サリアとアルメアも、その辺りは分かっているようで、特に何も言ってこない。

 助かるが、アルメアの場合は今は寝ることを考えていない可能性もある。

 油断はできない。

 

「さて、食べ終わってるし、片付けるよ」

 いつまでも空の食器やらが目の前にあると気になって仕方ない。

 オリヤは食器類を移動拠点(シェルター)内のキッチン、そのシンクに入れると、意識を移動拠点(シェルター)から目の前に戻す。

「オリヤくん、そのそれ」

 アルコールで顔が少し赤くなったクレイオスが、何故か片手を上げてオリヤに声を掛ける。

 オリヤはなんで挙手? と思いながら顔を向けるが、当のクレイオスは酔った勢いに任せ、気になったことを聞いてみる。

「その、皿を急に出したり消したり、それは、どうなっているんだい?」

 ま、そりゃ気になるわな。

 黒スーツの男はニヤリと笑う。

 なまじ魔術師だけに、アイテムボックスの基本を知ってるだけに。

 オリヤのそれは、既存のアイテムボックスとは違うのだと気付かざるを得ないのだろう。

 逆に、酔わなきゃ聞けなかった、ってところか?

 クレイオスの様子を見て、そう見当をつける。

 さて、どう答える?

「どうって、アイテムボックスだよ?」

 スーツ男が注視する中、オリヤは当たり前のように答える。

 誤魔化すつもりもない。

 移動拠点(シェルター)は、あくまでオリヤの中では、アイテムボックスの発展型でしか無いのだ。

「いや、でも触媒も無しにアイテムの出し入れなんて、そんな事は」

 だが、その答えに納得できない。

 クレイオスは一端の魔術師として、冒険者をやっている。

 自身もアイテムボックス持ちであるし、自分が今まで使用して積み上げてきた常識がある。

 その上で、オリヤの言うアイテムボックスの有り様は可怪しいのだ。

「触媒なら有るよ?」

 だが、クレイオスが言いかける言葉を遮るように、オリヤがさらりと言う。

「あー……えっと、これ。この敷物が媒体。で、ちょっと複雑な魔術でね」

 大皿の下に敷いていた敷物を指差して説明しながら、オリヤは一瞬だけ、隣のスーツ男を睨む。

 素直に自分の身体がアイテムボックスの触媒だと言おうとしたが、口を開く直前に。

 誤魔化せ、そう脳内に声が響いたのだ。

 余りにもハッキリと聞こえた声に、つい、誤魔化してしまってから気が付いた。

 今の声は、この酔っ払いスーツだ。

「子供の頃、じいちゃんの知り合いって人に貰ったんだ。複雑な操作が出来る代わりに、俺じゃなきゃ使えないようにって、俺の魔力に同調させて」

 この酔っぱらい、何でこんな面倒なことさせるんだ?

 そう思うオリヤだが、口からは流れるように嘘が溢れ出す。

 だが、その嘘に納得したようにクレイオスは顔を輝かせる。

「なるほど、そういう事か! 通りで、僕のもってるアイテムボックスと違うと思った!」

 うんうんと頷くクレイオスに、オリヤは心底申し訳ない気持ちになる。

「なるほど、試作品なのかな? 出来れば製作者さんのお名前とかお聞きしたいけど……」

「ごめんなさい、じいちゃんの友達ってしか、聞いてないんだ、名前は秘密だ、って笑ってた」

 秘密も何も、まずじいちゃんが居ないのだが。

「それもそうか、アイテムボックスの製作者と言えば、あちこちで引っ張りだこになるからね。いやあ、でもそういう物もあると、実物が見れて良かったよ!」

 無邪気にはしゃぐクレイオスの様子に、胸が痛む。

 見たこともなく、出し入れも一見自由自在なアイテムボックスの正体は、試作のワンオフ。

 それも、個人の魔力に紐付けることで盗用を避けるとともに、機能の複雑化も可能にしたのか。

 理屈は術式を解析しなければならないが、オリヤから取り上げる訳にも行かない。

 クレイオスは脳内で思考を走らせるが、彼は気付いていない。

 オリヤのアイテムボックスの製作者が不明で有る事に、安心している自分自身に。

 サリアとアルメアは、何とも言えない顔で気まずそうだ。

 この2人は、オリヤがアイテムボックスを作れることを、知っている。

 正直に言わないほうが良い、そう思っていた2人だが、こうも簡単に嘘を並べるオリヤに、なんとも言えない残念な気持ちが湧いてくるのはどうしようも無かった。

「んだよ、そんなすげえ爺が居るなら、名前くらい聞いとけよ、勿体()ェな」

 スーツ男は楽しげに笑いながら、オリヤの頭をグリグリと撫で回す。

 絶対(ぜって)ぇ説明させる。

 オリヤはなすがままに身を任せながら、心に憤怒を湛えるのだった。

 

 

 

 本来は、そのままキャンプになる筈だった。

 天気も良いので、そのまま雑魚寝。

 その予定だったのだが、スーツ男が食事の礼に芸を見せる、そう言い出した。

 全員の荷物を纏めさせ、すっかり旅支度を整えさせる。

 何をするつもりか、そんな目が集中する中、スーツ男は指を鳴らし。

「いやあ、知ってる街で助かったぜ」

 そう嘯く声が聞こえた時には、彼らは城壁を囲む堀の傍ら、街への門扉が見える場所に、並んで立っていたのだ。

 酒が入っていることもあって、アロイス達はやんややんやと大騒ぎである。

 予定より早く帰れてご機嫌な様子だ。

 クレイオスまで浮かれて居るのは、転移魔術を体感できたからだろうか?

 上機嫌の冒険者達は冒険者ギルドに報告に行くと言い出し、「困った事があれば何時でも声をかけろ」と言い残して街の中へと消えた。

「さて」

 静かな声が、残った一同の耳を打つ。

「とりあえず、人目につかない所でお前さんの『拠点空間』に、案内してもらおうか」

 その声は、有無を言わせない物だった。

 

 その扉を見た時、思わず鼻で笑ってしまったのは、ちゃちだと馬鹿にしたのではない。

 何を元にした意匠なのか、ハッキリと判ったからだ。

 だが、扉を潜った先は。

「……アパートかよ」

 ご丁寧に玄関が有り、この空間の主が全員分のスリッパを用意して先に上がりながら答える。

「トイレは共同、風呂は無し。家賃は3万ってとこかな」

「ンだよ、風呂()ェのかよ。シケてんな」

 すかさず減らず口を叩く。

 もう、この人魔王だわ。仮に違っても、もう魔王で良いわ。

 物怖じしない処の騒ぎではないふてぶてしさに、オリヤは感嘆の思いである。

 しかし聞いていたエルフ姉妹、特に姉の方はムッとする

 何となく、自分の家を貶された様でいい気はしない。

 しないのだが、しかしお風呂が欲しいのは同意であったので押し黙る。

「神様から、材料ナシでの『創造』は禁止されてんだよ。欲しけりゃ材料くれよ」

 そんなエルフ姉妹(特にサリア)の気持ちに気づく風でも無いが、オリヤは売り言葉に買い言葉で、挑発気味に言う。

 材料なんてモンが有るなら、出してみやがれテヤンデイ。

 しかし、オリヤの目の前の男は格が違った。違いすぎた。

「マジか、んじゃあ、風呂は何処にするんだ。案内しやがれ」

 え、材料有るんですか? ていうか、材料ってなあに?

 オリヤだけでなく、後ろで聞いていたサリアも目を見開く。

 お風呂出来るの!?

「え、んじゃあ、トイレの隣に一部屋作るから」

 よく判らないが、材料があるなら創るか。

 オリヤはひょいひょいと先導して歩き出す。

「作るのは禁止じゃねえのかよ」

 多分、自分で思っているよりも浮ついているのだろう。

 ニヤついた魔王様の嫌味も、何一つ気にならない。

「この空間自体は俺の魔力が元だから、部屋を増やすのは魔力だけでイケるよ。備品に材料が要るんだ」

 ワイワイと2人で騒ぎながら、廊下の奥へと歩いて行く。

 アルメアはその様子を最早呆然と見送っていた。

「え? 何、あの人、何なの?」

 風呂を要求、それは判る。

 私だってお風呂は興味ある。

 だが。

 無いと答えると、材料を出すから作れと言い出す、この辺りから判らない。

 えっと、何様かな?

「あの方は私の主。ああ見えて、偉大なお方です」

 静かすぎて傍らにいることを忘れていたメイドが、厳かに言う。

 ああ、そう言えばこの子も居たわね、そう考え、ちょっと記憶に混乱を来す。

 偉大なお方? この子、結構な勢いでその主様を馬鹿にしてたような。

「エルフのお姉さん」

 考えて固まっていたアルメアに、メイドは花が咲くような笑顔で言う。

「愛には、色んな形があるのです」

「あ……はい」

 余りにもいい笑顔だったので、アルメアは余計な事を言う気が完全に失せた。

 一方、先行した男二人は。

「ちょ、まじすか。大理石て、本格的にも程があるでしょ……」

 積み上がる、破損しているとは言え大理石の塊を前に絶句するオリヤと。

「ふん、どうせなら良い風呂に浸かりたいじゃねェか。日本人としてはよ」

 勝ち誇る魔王様が、からからと笑っていた。

「んじゃあ、ちゃっちゃと創りますか。取り敢えずガワ創りますね」

 言うと、一旦その大理石群を別空間に収納する。

 ついでにと渡された木材、それと金属類。

 武器だったり鎧だったり、その他訳のわからないものも混ざっているが、ともあれ有り難い限りである。

 そうと成れば、創るのみだ。

 オリヤは自分の感覚に良く馴染む、6畳間を大理石張りに張り替える。

「湯船は3畳分あればいいですか? 縁をつけると、ちょっと狭くなるけど」

 大理石を「分解」して創り直し、並べながら、ふと思い当たった疑問が口を突く。

「十分すぎるだろ、てか何人で入る気だよ」

 答える声は、当然の如く呆れ声だった。本気で温泉宿でもやる気かよ、と。

 言われてみればその通りである。

 内心にハーレム風呂の願望でもあったのかと、1人落ち込むオリヤ。

「深さはこんなもんですかね? これに縁付けて、と」

 しかし、仕事の手は抜かない。自分で一度座り込んで深さの確認などをしながら、作業を続ける。

「おー、いいね、高くもなく低くもない、良い縁だ。んで、なるほど、丁度良い深さだな。これで湯を張るとこの辺で……なるほど、悪く()ェ」

 魔王様も浴槽を眺め、目測しながら顎に手を添え、手応えに笑みを顔に貼り付ける。

 気付いた部分は即座に指摘し、直ぐに修正されていく。

 オリヤが創り、魔王が確認する。

 何だか楽しそうである。

 入り口で、乙女3人が並んで見ている。

「排水はどうすんだ?」

「あ、それは一回分解して、汚れは亜空間で。水は、再生して使えるように給水室を」

 魔王の問いに、抜かりなしとオリヤは即答する。

 だが、魔王は納得行かない、というより考える様に少し黙る。

「あー、リサイクル結構だが、なんか気分が良くねえな? どうせならその再生水は、トイレの方に使いな」

 そうして少し考えてから、魔王はアイディアを口にする。

「え。それは良いけど、でも良いの?」

 オリヤの疑問に、任せろと言う顔で魔王は自分の胸を叩く。

「水源は、コイツを使いな」

 右の掌を上に向けて開くと、何もない虚空からそれは現れる。

「それは……水晶玉?」

 覗き込むオリヤはレーダーの極短距離使用で、それが水晶を磨いた物であると知る。

「磨くにしても……何で球?」

「バッカお前、水晶つったら球だろうが」

 何故か自信満々で言い切る魔王様。

 うん、判らない。

「コイツは水の水晶、そいつを俺が磨いたモンだ。魔力を供給さえしてやれば、結構長く使えるはずだ」

 言いながら、オリヤに水晶玉を手渡す。

 有り難く受け取りながら、オリヤは亜空間に給水ブロックを作り、そこに水晶玉を送る。

 給水ブロックに魔力反応魔術を施し、魔力計の代わりとして、そのブロックに連結させて水の温度を調整する給湯ブロックを作る。

 実はこの辺りの構造は、予てより構想していたのだ。

 身体洗浄の魔術があるとは言え、そこに風情は微塵もない。

 元日本人、中須藤織弥(オリヤ・ナカスドウ)

 風呂に入りたくて仕方ない現15歳なのである。

「ねえ、この床……これ、石?」

 恐る恐る踏み込んできたアルメアが、踏みしめる床の感触と、その磨き上げられた様に驚愕する。

「元の素材は今は消え去った王国の、それこそ浴場に使用されていたもの、のハズですが」

 同じく踏み出しながら、メイドがアルメアに答える。

「風化し砕け、酷い有様だったのに……これほど磨き上げられるとは……正直、驚きです」

 サリアも床を見て、そして壁を、天井を見上げる。

 白で統一された室内。

 夢にまで見たお風呂は、夢以上の姿を現しつつある。

「ねーねー、オリヤ、この中にお湯を張るの?」

 浴槽の縁に手を付き、オリヤを振り返るアルメア。

「そうだよ?」

 どうしたの、そう思うオリヤの目の前で、アルメアは浴槽の中に降りる。

 徐に、先程オリヤがしていたように座り込むと、見上げるようにオリヤに視線を向ける。

「……どう思う?」

「いじけてるみたい」

 そうじゃねえよ。

 オリヤの「見たまま」の感想に半眼になりながら、アルメアは言う。

「あのね。お湯って、どのくらい張るの?」

 なんでアルメアが機嫌を損ねたのか本気でわからないオリヤだが、質問には誠実に答える。

「えっと、アルメア姉さんが座ると……ああ、背を伸ばして座って、生首みたいになるね」

 カラカラと笑う。

 オリヤもアルメアの言いたいことは判ったが、何が可怪しいのか笑ってばかりである。

 仕方なく、魔王様がアルメアの意を汲む。

「なるほど深いんだな? オリヤ、こっちの方、1畳くらいのスペースを浅く出来るか?」

 風呂造りに情熱を燃やす魔王様(実作業はオリヤ)は、アルメアの要望を素早く取り入れる。

 何だかんだで楽しくなってきたオリヤも、魔王様の指示通りに浴槽内に段差を作る。

 早速その段差に乗り上げ、確認するアルメア。

 魔王、そしてオリヤと2、3意見を交わし、オリヤがそれに合わせて段差の高さを調整。

 納得した所で、アルメアは振り返ると姉ともうひとりの同性に声を掛ける。

「ねーねー、姉さん、あと、えっと……メイドさん! ちょっとこっち来て座って見て?」

 ホントに、この子は物怖じしないと言うか……。

 溜め息吐くサリアと、無表情のメイドさんの意見も交え、浴槽の他、浴室内の内装、備品を整えていく。

 浴室用の腰掛けも魔王様が進呈して下さった素材を使用し、オリヤが作り上げた物だ。

 檜なんて何処から出したんだ、アンタ。

「しかし、ただの壁ってのも味気ねぇな……おぅ、オリヤぁ」

 天然ゴムを素材に創ったホースでシャワーまで3基も創り、各種配管の敷設まで完了された浴室で、しかしまだ満足出来ない魔王様は腕組みしてオリヤを呼ぶ。

 無用な怪我を避けるために、室内の尖っている部分を全て丸く削って滿足したオリヤがイイ笑顔で顔を向ける。

「なんすか親方」

 壁か。富士山でも描けば良いのだろうか。

 しかし、顔料がない。

 オリヤがそう思うったのだが、魔王様が言うのは別のことだった。

「この空間、お前はなんて呼んでるか知らんが、あれだろ? どうせ外からじゃ認識出来んだろ?」

 言われて見るのは浴槽の奥、その壁。

 絵も描けない以上、窓でもつけようかと考えていたオリヤは、のほほんと答える。

 でも、ガラスの素材が無いんだよなあ、どうすんべ。

 不覚にも、どうでも良いことに思い耽る。

「そっスね」

 だから魔王様がニヤリと笑ったのに、背を向け考え込んでいたのでいたので気付かなかった。

「そっちの壁、ぶち抜け」

「はぁ?」

 流石のオリヤも、魔王様の思い切りの良い指示に、訳が分からず間の抜けた声を上げるしか無い。

「開放感が足りんのだ! 構わん、やれ!」

 ノリノリで指まで突きつけて、大変にご機嫌である。

 この人、やっぱ無茶言うなあ。

 そう思いつつ、魔王の指示する方向の壁の外側を外界と繋げつつ、壁を消失させる。

 移動拠点(シェルター)の壁は消される運命なのか。儚さに涙を流す、フリをする。

 気分が大事なのである。

 斯くして、浴槽の向こうの壁は消え去り、外界の様子がハッキリと確認出来る様になった。

「いやあああ!?」

「これ、これ覗かれ放題なんじゃ!?」

 エルフ姉妹が、服を着たままであるにも関わらず、反射的にしゃがみ込んで風呂の縁に隠れる。

「大丈夫だよ、その境界から向こうからは、こっちが見えないよ。こっちの声も届かないし」

 オリヤがいつもののんびり加減で答える。

「あのね、それでもね? これは落ち着かないの!」

 サリアが顔を真赤にして抗議する。

 あ、サリア姉さん可愛い。

「衆人環視の元で入浴するようで、落ち着かないのは間違い有りません」

 メイドさんは突発的な状況にも余裕の無表情である。

 流石この変じ……魔王様のメイド、胆力が違う。

「ちなみにオリヤ、そこから外に出たらどうなる?」

 コイツ動じねーなー、自分のメイドにそう思いながらも、口にしたのは別の事だ。

 魔王様に問われたオリヤは事も無げに。

「ああ、別に」

 のんびりと、オリヤは微笑む。

「外に放り出されて、こっちに戻れないだけだよ?」

「大問題じゃねーか」

 何が別に、だ。

 風呂から放り出されたら、素っ裸じゃねーか。

 場所を問わずに大問題だ、そんなモン。

 傍らで女性3人組がウンウン頷いている。

 しかし、オリヤは今度は困った顔で壁……の有った場所を見ながら言う。

「でも、こんな大きなガラス、創れる素材無いっスよ」

 遮るものがあれば問題ないのだろう、そう考えるが、壁を作り直したら魔王様はきっとお怒りだろう。

 しかし、ガラスは素材がない。

 魔王様はまあ待てとオリヤを制する。

「そんなモン無くても、熱が逃げるとかは無いんだろ? だったら……」

 顎に手を添えて少し考え、そして指示する。

「オリヤ、そこに縁側を作れ。んで、140センチくらいの高さの塀で囲め。塀の外30センチは()()()の領域として、その辺りを境界にしろ」

 手早い指示に、オリヤは消失した壁の向こうに板張りの縁側を創り、上には日本家屋風の屋根――どうせ外観は把握できないが――を追加で張り出させる。

 その縁側に沿うように木製の塀を創り上げ、指示通りの空間を確保して外界との境界を繋げる。

 そして、思いついて壁が有った所に簾を付け、取り敢えず上げておく。

「これは?」

「どうしても気になる時に、下ろせばいいかなと」

 オリヤは偶に気が利く。

 サリアはその気遣いに一息吐く。

「よし、んじゃこんなトコだな。後は湯を張って……脱衣所どうすんだ?」

 浴室の拵えに夢中になってしまい、脱衣所を忘れていた。

 やべえ。オリヤは慌てて、廊下と浴室の間に、3畳程の空間を創る。

「も、勿論用意してましたよ? 忘れる訳ないじゃないですか」

 嘘だ。

 誰とも目を合わせないオリヤに、此処に要る全員が自信を持って断言出来るのだった。

 

 ついでに部屋を見繕い、魔王様部屋とメイドルームを作らされた。

 住む気か、此処に。

 素材類とか色々貰っているので、出て行けとも言い難い。

 と言うか、おふたりは部屋別々なんですね?

 オリヤ達に合流する前に手に入れたから、と、何故か大量に貰った食料類や調味料類。

 食事の用意も自分かと、密かに溜め息を吐いて、アルメアの要請に応じてデザートを創る。

 素材も有るし、もうなんかどうでも良いや。

 そのうち作れれば良いと思っていたショートケーキを創り、切り分けてそれぞれに出す。

 苺なんかも、こっちに有るんですね。

「んじゃあ、キリが良いとこで自己紹介と行こうか。おいミキ」

 どの辺にキリの良さを感じたのか判らないが、魔王様は腕組みして言う。

 因みに自室が出来た所で、上着は部屋に置いて来ている。

「はい。私はミィキィと申します。ミキとお呼び頂いて結構です」

 ケーキを食べようとしていた所で声を掛けられ、少し不満げに、手短に自己紹介するメイドさん。

 なんだ、ミキって言うのは愛称だったのね。

 そう思うオリヤの前で、魔王様は腕組みして言う。

「俺は岡崎斗志郎(トシロウ・オカザキ)。魔王だ」

 存じております。

 名前こそ初耳だったが、貴方が輸出されて来た人で、そういう意味では先輩で、面白魔王さんだって事は、薄っすら気付いてました。

 空気の読めるオリヤは、何処か得意げな魔王様に対して、そんな事を言ったりはしないのだった。




サービス回、いわゆるお風呂(作製)回。
やったね☆
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