病状が思わしくないため、今回は文字数が少なめ(当人比)になっております。
魔王。
実の処、そう呼ばれる存在は数名存在する。
だが、この世界に存在する人類種の多くは、魔王と聞いて即座に思うかべるのは比較的最近の2つの名だ。
ひとつはアイアザルド、人類種にとって最悪の魔王。
繁栄を究めた人間を筆頭とした人類種の、凡そ半分滅ぼした魔王。
それは太古の神話ではなく、ほんの20数年前に収束した、魔族との戦争。
もうひとつが、
ほんの20数年前、最悪と言われた魔王を殺し、戦雲を吹き払った魔王。
「はぁ。20年ちょい前、っすか。割と最近と思えばいのか、魔王さん意外と歳なんスね、って言えば良いのか」
大まかな歴史を聞いたオリヤの感想はこうであった。
それを受けて、トシロウは苦笑して答える。
「意外と歳、の方だな。俺がこっち来たのは50年くらい前だぞ」
その魔王の受け答えに、目を丸くしているのは
年齢とかそういう事に驚いたのではない。
話をするオリヤとトシロウが、あまりにも和やかであったからだ。
オリヤの言い様は普通に失礼と取れるものだし、魔王の苛烈さを伝承で聞いていた身としては、その逆鱗に触れるのではないかと気が気ではない。
「それでその見た目なの? なんかズルくね?」
オリヤはそんな私の戸惑いや恐れなど気にすること無く、あくまで朗らかに笑う。
「見た目が似てるだけで、人間じゃ無ェからな。まあ、役得ってトコかね」
しかし、私の心配も気にならない様子で、私達にとっては伝説の、魔王殺しの魔王は苦笑しながらオリヤに対している。
まるで気の置けない友人に対するように。
メイドも少し驚いた様に、主人を見て居る。
やはり、魔王のこんな様子は珍しいのだろうか?
「羨ましいと言えば羨ましいけど……そんな力とセットかぁ。俺は考えちゃうな」
オリヤがヘラリと笑うのを見て、ああ、と、私は考える。
この好い加減な感じ、緊張感の無さ、曖昧さ。
これこそが、オリヤという少年の持ち味だ。
それは、相手が誰であろうとそうそう変わることはない、という事なのだろう。
「あん? お前、オトコノコだったら強さに憧れるモンだろう? 勇者とかよ」
魔王が笑いながらオリヤの背中を叩く。
強さに憧れる。
オリヤも、そうなのだろうか?
私の中で燻っている疑問が首を擡げる。
オリヤは力を求めないのだろうか?
彼の「創造力」と言う能力がどれ程の範囲のものを創れるのかは、私には判らない。
だが、その能力から生み出された物は、私の想像を絶している物ばかりだった。
この空間、彼の言う
私の為に誂えてくれた杖も見た事の無い
装飾は控えめと言うより、皆無というほど簡素だけれど、持ってみれば判る。
魔力の流入に対する反応が素直で、そして速い。
使いたい魔術をイメージしてこの杖に魔力を流すだけで、詠唱の必要を感じない。
そんな杖など初めて見たし、これまでに聞いたことも無かった。
私の杖だけでなく、
私が回復や仲間の支援を行うからだろうか、私の杖はどちらかと言うと魔力の伝達・発動の速さを。
アルメアの杖は攻撃を行う関係か、私の杖に比べると魔力の増幅の方に比重を置いているらしい。
使い手に合わせた、そういった細かい調整もしてくれる。
武器屋や法具屋で、ここまでの物を求めるとどれくらいの費用と時間が掛かる物か。
想像するのも億劫になる。
そもそも、想像もしたことのない「銃」という物も、オリヤは所持している。
大気を割るような破裂音と、人間の頭を軽々と打ち割るナニカを撃ち出す、鉄の塊。
魔術と言うにはあまりに魔力を感じない一撃だったが、その轟音、威力には目を剥いた。
使用には「弾丸」という物が必要らしく、現状オリヤしか創れない事を知って密かに胸を撫で下ろした。
アレは、戦争の有り様を変える物だ。
そんな私達の様子に気を使ったのか、むやみに人目に晒す事をしていないのは有り難いと思う。
主に、私の心の安寧の為に
そんなオリヤの能力は、物体を作り出すだけではない。
忘れがちだが、この
そして、銃が放つ破裂音を事も無げに消し去った魔術も。
オリヤが「創り」出したものだ。
創ろうと思った物は、材料さえあれば(実際は無くても)創れる。
魔術さえも。
……魔術の「材料」って何だろう?
それはさておき、これほど広範に様々な物を創り出せる能力が有って、尚、野心も無く居られるものだろうか?
しかし、1日で判断するのは早計に過ぎるとは思うものの、オリヤからは、
「やめてよ。強さなんて莫大な責任を伴うモン、俺は御免だよ。勇者ってのは、自称するもんじゃ無いと思うし」
心底嫌そうに、オリヤは水出し紅茶を啜る。
それを眺める魔王は、やっぱり楽しそうだ。
そんな2人? を眺めているうちに、私はさっきまで魔王という存在に抱いていた不安や恐怖がほぼ無くなっていることに気が付く。
不思議に思いながら、視線を巡らせる。
アルメアも、不安気ながら不思議そうに此方を見ている。
鏡のような妹だ、きっと私も似たような表情なのだろう。
そのまま視線を回せば、やはり不思議そうな顔のメイドの顔が目に入る。
うん? なんでこの子も不思議そうなんだろう?
考えていると、目が合う。
「あの、あの少年は普段から
私達にだけ聞こえるように、メイドの子は尋ねる。
私達はもう一度顔を見合わせ、そして同時にオリヤに視線を転がす。
「私達も、言うほどオリヤを知っている訳では無いけど……」
物怖じしないと言うか、悪びれないと言うか。
そんなオリヤの様子に、問われて私は考え込む。
私達と初めて会った時はどうだっただろうか?
「おーい、中の人、大丈夫かい?」
声が聞こえて、暗闇に光が射した。
周囲を吹き荒れた破裂音も殺気も、直ぐに吹き払われた静寂の中で。
光に目が慣れた時、その中で少年が微笑んで居た。
「……少なくとも、私達が初めて会った時は、少なくとも本人は大人しい感じだった……かな?」
アルメアが、やはり小声で答える。
そう。大人しいと言うより、私には頼り無げに見えたが、のんびりと微笑んで、オリヤはそこに立って居たのだ。
翻って、今のオリヤはと見れば。
「大体、俺は快適に生きる能力は有るけど、戦う能力はそんなに無いんだから」
魔王と向かい合い、のんびりとした笑顔は変わらないのだけれど、でもどこか遠慮のない、まるで古い友人と接するような。
よそ行きじゃない、自然体のオリヤが居る。
あれだけ走れて、剣も振れて、銃も有って、他にもあの探知魔術とか色々有るのに、戦う力が無いと?
オリヤのぼやきを耳にした私の顔には、きっと苦笑が浮かんだだろう。
「でも、きっとアレが」
そんな私の表情を凝視した2人は、少し顔を見合わせると、少年と魔王に目を向ける。
「アレが、オリヤの素顔なんでしょうね」
呆れた気分で、だけど決して幻滅ではなく。
何と言うか、本当に手のかかる弟だ、そんな気分で。
私は、昨日出会ったばかりの少年を眺めていた。
メイドとして仕えて、実は非常に浅い。
具体的に言えば半年程度である。
そんなミィキィの正直な魔王様の感想は、男性として理想かと言えば疑問符は付く。
だが、ふわふわとして居ながらも、譲れない芯は確かに持ち、そして彼女の価値基準の大半を占める、強大な単体戦力を持つ。
圧倒的すぎて手も足も出なかった事を思い出し、赤面する思いだ。
メイドのミィキィは魔王様を敬愛しているのだ。
そんな敬慕の念を一身に受けるお方が、
「普通の紅茶のほうが好みだな、俺」
「あ、奇遇っすね、俺もっす」
トシロウが忌憚のない意見を述べれば、オリヤも素直にその言葉に頷く。
じゃあなんで出したの。
そう思うが、ミィキィはそれを口にして良いものか、彼女には珍しく本気で悩んだ。
それ程に、ミィキィはオリヤという少年を測りかねていた。
隣の金髪のエルフは苦笑いの相で口を閉じている。
彼女曰く、あれがあの少年
だとすれば。
あの少年は、魔王様に似ている?
「まあ、部屋も出来たし、風呂もある。んでまあ、これから宜しくってトコなんだが」
ミィキィが物珍しげに眺める先で、魔王は事も無げに言い放つ。
まあ、そうなるだろう、そう思っていたミィキィは、しかしまだ何処か腑に落ちない思いで所在も無く突っ立っている。
「ん? え、魔王さん、パーティ組むの?」
魔王の決定を受けるオリヤは口調は軽いが、ため息が出る思いだ。
一人旅の夢は、僅か半日の短命であった。
オリヤも男の端くれでは有る。
美女を引き連れての旅、憧れが無いではないが、その前にもうちょっとこう、旅の中で試したいことが有ったのだ。
戦い方とか。
M1911にしても、こっそり調整とかして、もうちょっと格好良くお披露目したかったのだ。
「おう、なんせ暇だからな。冒険者家業でもしようかと、割と本気で考えてたトコだ」
しかし、なんかもう決定事項っぽい。
と言うか、結構な早さで一人旅の夢を潰されているオリヤは、トシロウの申し出と言うか決めつけに、既に抗う気持ちは殆どない。
僅かに残る抵抗は。
「んー。サリア姉さんは、この自称魔王様、どう思う?」
どうも魔王と言うことで恐怖を感じているエルフ姉妹が承諾するか否か。
オリヤなりの気遣いであったが、当のサリアはというと。
「んー。何ていうか……悪い人じゃ無さそうな、そんな気がするし、ミキさんが居れば安心かなって」
どこか達観した思いで、サリアは答える。
信用云々で言えば判断できる材料はひとつもないし、メイドが実際何処まで魔王の抑え役をこなせるのかは未知数だが、サリアには珍しく、あまり心配する気持ちが湧いてこないのだ。
オリヤは忘れがちだが、彼女とその妹はオリヤの意思を尊重する。
下着の好みの押しつけ以外は。
旅の目的は私達には無いし、オリヤの監視役と言う役目はあるがオリヤの行動を制限するつもりはないのだ。
それなのに、ここで私に振るのか。サリアは不意に可笑しく思う。
「……アルメア姉さんは?」
アルメアは最早言葉で答える事をせず、苦笑しながら頷く。
「……意外だ。こんな得体の知れないオッサンなのに」
内心、この2人が断ってくれれば、3人旅で済むかなー。
そんな淡い想いが有ったのだが、言葉通り意外にも、エルフ姉妹は魔王の同行を受け入れるようだ。
ちょっと受動的過ぎやしないか。
オリヤは状況も忘れ、少しだけ心配してしまう。
「いくら何でも、流石に泣くぞ?」
そんな内心はつゆ知らず、しかしそれでも流石に苦い顔で、トシロウはオリヤの頭を鷲掴みにする。
エルフ姉妹の反応は概ね歓迎といった所らしいが、
「やりましたね、魔王様。モテモテですね」
そんな年の離れた兄弟の様な遣り取りを、メイドはため息混じりに誂う。
これからはあの少年も、此方のエルフの姉妹も「仲間」という事だろう。
魔王様は、内心ではご満悦の筈だ。
欲しかった仲間が、増えたのだから。
「お前、ホント楽しそうな」
トシロウはオリヤの頭をぎりぎりと握りしめながら、苦々しい顔でメイドを見やる。
そのメイドが内心で生暖かく祝福していると、容易く想像出来たからだ。
被害妄想では有るのだが、しかし間違えても居ない。
「魔王さんや。頭、頭潰れる、色々出ちゃう」
「うるせぇ、辞世の句でも捻り出しとけ」
折角仲間になってやろうと言うのに、このガキは。
エルフのお姉さん方に受け入れて貰えたので実はご機嫌だが、態度には出さないシャイな魔王様。
もがくオリヤがぐったりした頃に、ようやく解放してあげる、そんな優しさも持ち合わせているのだった。
正直、困惑はある。
むしろ現時点では困惑しか無いと言っても過言では無い。
魔王殺しの魔王、その逸話は多くはないが、幼少の頃より聞かせられたものだ。
曰く、人間好きの、だけどへそ曲がりな、そんな魔王の。
人間やエルフ達を救うために、魔王を殺して魔王になった青年の物語。
誇張も有るだろう、そう思っていた。
だが、事実として、彼は確かに魔王を殺したのだ。
物語の英雄、そう呼ぶべき男。
新しき魔王。
魔力を抑え込んでいるというのに、圧倒的で。
「ええと、魔王……さま?」
ためらいがちに、
「うん? ああ、トシロウで良いよ」
対する魔王様は、実にフランクだ。
「てか、街中で魔王とか呼ばれてたら俺、ただの痛い奴だろ」
優しい笑顔。
先程まで、オリヤの頭を鷲掴みにしていた陽気な方と同一とは、中々信じ難い。
「で、ではトシロウさん、あの、どうして私達と、同行しようと……?」
「エルフのお姉ちゃんとか、好きだからッ!」
私の疑問に、食い気味に、かつ、実にいい笑顔で答える。
いい笑顔過ぎて反応に困る。
それに。なんだかこの、どうですかと言わんばかりの表情、見覚えがある。
割と最近、身近で。
「下心しか無いとか、見事過ぎんだろ魔王サマ」
輝く笑顔を前に、オリヤが呆れた目で溜息を吐く。
私は何となくゆるーく笑ってしまう。
この魔王様、案外姉さんの言う通り、悪いヒトじゃ無いかも。
「流石魔王様です、堂々浮気とは……その度胸は末代まで語らせて頂きます」
メイドさんは殺気をダダ漏れに魔王様を突き刺すような視線を奔らせる。
愛されているようで結構な事だ。
私は触れないように心に決める。
人の恋路に無駄口を挟んで、馬に蹴られるのは御免である。
当の魔王様はメイドさんの視線に気にした様子もなく、表情は実に良い笑顔のままだ。
「そんな訳で、俺も冒険者登録するわ。
どんな訳だ、そう思ったものの、行動を共にすると言うのなら解る話だ。
判るがしかし、オリヤは考え込んでいる様子だ。
何を考えているのか、なんとなく想像する。
冒険者登録をするという事は、新人冒険者となる、という事で。
「……冒険者ランクFの魔王とか。威厳とか何処に忘れて来たんだよ」
やっぱり、冒険者ランクの事を考えていたらしい。
「威厳とか格式とか、そんな面倒くせェモンは、
オリヤの苦言、と言うより嫌味に動じること無く、トシロウさんは即答してからからと笑う。
こういうのが、大物感なんだろうか?
何も考えてないだけ、と思えるが、しかし自信満々な様子を見るとやはり此処は「泰然自若」と言うべきなのだろう。
きっと。
「え、何? 都合5名のパーティになるわけ?」
オリヤは諦め気味の視線で、ミキさんを見る。
「あ、私も登録しますので、そういう事になりますね」
メイドさんは、事も無げに答える。
なんとなく、ウチのパーティで一番ランク上がりそうな、そんな風格さえ感じる。
……
「……パーティリーダーはトシロウ兄さんに頼んでいい? 俺、このメンツ纏める自信無いんだけど」
「おう、この優しいトシロウ兄さんに任せとけ。あ、財務は俺以外な、そういうのは苦手だ」
存じています。
オリヤとサリアは同時に頷き、私も内心で唱和する。
きっと、3人の心はひとつだった筈だ。
「そういうのは、サリア姉さんかミキさんが得意そうだから任せよう」
すんなりと自分を候補から外すのは感心だけど、しれっと私まで外すのはどうなのか。
いや、私だってパーティの財布を握るとか、御免蒙りたい所では有るのだけれども。
「私は戦闘以外には興味が有りません」
オリヤの言葉を遮る勢いで、ミキさんは自信満々に言い切る。
その表情はむしろ誇らしげだ。
見た目は冷静・怜悧なメイド感満載なのだが、中身はバーサーカーらしい。
「ミキはあれだ、ヤクシニーだからな。戦闘種族って奴だ」
どこか得意げなミキさんに変わって、トシロウさんが説明してくれる。
ん? ヤクシニー? それって確か……。
「えっ。ミキ姉さんってただの美人なお姉さんじゃなかったの? 夜叉?」
記憶の引き出しを開け閉めしている私の前で、オリヤは何も考えずに口を開いた。
私は即座に顔を青くする。きっと青くなっていた筈だ。
紫掛かった銀色の髪を揺らせて、ミキさんは数歩踏み出すとオリヤにまっすぐ向き直る。
馬鹿オリヤ、思ったことを直ぐに口にして。
ヤクシニー、或いは
性別によって種族名が変わる、割と珍しい種族であるが、それだけに気をつけねばならない。
彼女達にとっては性別を間違えられた事と同義であるし、何より彼女達は魔王様の言う通り、戦闘に特化した――戦闘で生きることを選択した種族なのだ。
そんな存在に対して、喧嘩を売るような間違い。
庇おうかなと思い、言葉を探したが、彼女は意外にも冷静に対処してくれた。
「夜叉では有りません、
真っ直ぐに見つめられて、オリヤが少し慌てている。
見た目で言えばもっと子供っぽいから忘れがちだが、一応成人している15歳。
そんなオリヤは、もしかしたら女性が苦手なのか、そう思える程に女性から距離を詰められると慌てる。
実は私達姉妹にも、同じ様に距離を詰められると慌てるような挙動不審を見せることが多々有る。
「あ、すんません、ヤクシニーさんですね、気をつけます」
なので今回も、何処か怪しげな敬語風になってしまう。
いつもそうだが、もう少し慎重になれば良いのに。
概ね考え無しなのだ。
「分かって頂ければ結構です」
すっと一礼すると、ミィキィは魔王の隣に直る。
「とりあえず、オリヤん。モノは相談なんだが」
そんな遣り取りをニヤニヤと見守っていた魔王様が、徐に口を開く。
オリヤん。なにそれ、なんか可愛い。
中身は変態なのに。
「あいあい、何ですか魔王さんや」
その変態はどこか疲れたように、魔王様に背を向け、冷蔵庫、とか言う白い大きな箱に向かう。
「この、えっと、
そんなオリヤの背中に掛けられた声は、意外な言葉だった。
「んん? その心は?」
オリヤにとっても意外であったのか、真意を汲むことは出来ていない様だ。
冷蔵庫を開けながら、いつもの間の抜けた調子で問う。
「限定的なエリアへの出入りで構わんのだが。旅先でも、まあ、あれだ。色々有るだろ、緊急事態は」
答える魔王様の声は平板で、聞き流す程に自然であるが、その内容は無視してはイケナイものが含まれている。
色々。緊急事態。
その単純で複雑な単語に、私達女性陣は息を呑む。
冒険するしない以前に、生命活動を行う上で、避けて通れない事。
「ああ、トイレね」
オリヤは冷蔵庫から水出し紅茶を淹れている大きめのポットを取り出しながら、事も無げに口にする。
そろそろ、オリヤの頭を引っ叩くのに適した道具を創って貰うべきかも知れない。
「お前な。態々俺が言葉を濁した意味をだな……」
魔王様の気遣いが台無しである。
魔王様とは手を取り合って、オリヤにデリカシーの何たるかを教え込まねばならないと思う。
そんな私の決意に気付いて居るのか居ないのか、オリヤは何事かを考え込むように少し口を閉ざす。
「そうすると、鍵かな……? いや、無くしたり盗まれると問題だなあ……」
思わず口から漏れたような、そんな独り言。
思ったよりも真面目に考えているようだ。
「魔力鍵は? 態々目に見えるアイテムに拘る理由も無かろ?」
その独り言を受けて、魔王様は事も無げに言い放つ。
なるほど、私は納得してしまうが、オリヤはそうでは無いらしい。
じっとりと半眼で、魔王様に視線を流すと拗ねたような口調で言葉を返す。
「此処に居るメンバーだけなら良いかもだけど。他所のパーティと一緒だと、言い訳が面倒でしょうよ」
おや? 私は些細な違和感にオリヤへ視線を戻した。
なんで不機嫌なの?
「まーた妙な嘘を言わされるの嫌だし」
オリヤは不機嫌な表情のまま、魔王様に不満を述べている様だ。
また? 引っかかりを覚えて、何となく姉さんを見ると、姉さんは姉さんで「ああ」と、そういう顔でオリヤと魔王様を見ている。
……何だっけ?
「なんだお前、アイテムボックスの件、根に持ってんのか?」
そんな視線を受けた魔王様は事も無げにからからと笑う。
「笑い事じゃ無ェよ魔王さんや。なんであんな面倒臭ェ嘘なんて言わせたんだよ」
アイテムボックス。嘘。
この2つの単語で、私も思い出した。
そうだ。クレイオスさんに、とっさの機転にしてはやけに「らしい」嘘で答えていた。
そうか、アレは魔王様の機転だったのか。
でも、どうやったんだろう?
あの時、口裏を合わせる時間も何も無かった筈、だけど。
小声で何か話し合ってたときに言われてたのだろうか?
「面倒臭ェってお前、どうせそのまま教えるつもりだったんだろ?」
ニヤニヤと笑いながら、魔王様は言う。
「当たり前じゃん、むしろ嘘なんか言ってどうすんのさ」
魔王様がオリヤに嘘を言わせたタイミングは判らないが、嘘を言わせた理由は私にだって判る。
それなのに。
ああ、この子、言葉通り何にも考えてない。
私や姉さんが溜め息を吐く前に、魔王様が笑みを消してピシャリと言葉で叩く。
「ド阿呆が」
思い掛けない、真剣な表情。
さしものオリヤも、言葉を詰まらせて黙り込む。
「お前はそのナリになるまで、この世界の何を見てた? お前の
思わず、私も姉さんも何度も頷く。
「いや、それは理解してるけど、だからって」
尚も食い下がるオリヤだが、魔王様はにべもなく切り捨てる。
「解って無ェよ間抜け。あのな? この世界でな?
その通りだ。
アイテム収納、それは空間魔術のひとつ、のハズ。
アイテムを収納し、取り出すための空間作製。それはイメージの限界との闘いだ。
身近にある「モノを収納する為の物」を触媒とするのは、その方が理解がしやすく、イメージを広げやすいからだ。
魔術を行使するするには、その結果を明確にイメージする事が重要になる。
「魔術を行使する時に、イメージに濁りがあれば最悪失敗する。行使出来ないならまだ可愛いモンだ」
オリヤは今度は反発することもなく、魔王様の言葉を聴く。
「空間魔術なんて、使い手も限られてる魔術だ。応用もどこまで効くか判りゃし無ェ、そんな魔術を」
静かに距離を詰めていた魔王様は、徐にオリヤの胸倉を掴むと、引き寄せるように持ち上げる。
あの細腕の、どこにそんな筋力が有るんだろうか?
「自分の身体で試して、失敗したらどうなるか? 普通はソコ考えて実行しない。するとしたら」
言葉を切って、手を離す。
「組織か、国ぐるみの人体実験だろ」
魔王様の声が、冷たく響く。
「ちょ、そんな、大げさな」
魔王様の思い掛けない冷たい声に、オリヤは笑って答える。だが。
「俺がどう思うかとか、実際はどうだとか関係無ェよ。問題なのは、そう邪推する奴が居るって事だ」
魔王様は笑わない。
「んで、そういう邪推の行く先はどこまで行くかと言えば、お前の生まれ育った街に向かうワケだな」
「いや、それは幾らなんでも考えすぎっすよ」
オリヤは笑って答える。
きっと、無理にでも笑い飛ばしたいのだろう。
よく見れば、その笑顔は少し不自然で、無理やり顔に貼り付けたような、そんな笑顔だ。
「個人で調べる範囲なんてタカが知れてるでしょ、特にこの世界じゃあ」
誰よりも自分を安心させたい、そんな様子の言葉を口にするオリヤ。
「調べるのが個人じゃなければ? 国家単位で動かれたらどうすんだ?」
だが、魔王様は容赦はしなかった。
被せるようにオリヤに言葉を浴びせ、オリヤの笑顔を引き攣らせる。
「大げさだと思うか? お前のその
魔王様は無表情に、その冷たい目をオリヤに向けている。
「お前の
オリヤはもう笑えない。
むしろ、心持ち青褪めている様子で、やはりそういう事を考えては居なかったらしい。
その点に関しては私も同様だけれども、少なくともあの
「消すとか、幾らなんでも極論過ぎじゃ……」
オリヤは青褪めつつも、納得を拒んでいる。
自分の
流石に、それは甘いと思う。
「あのね、オリヤ」
そう思ったので、私は敢えて魔王様の側に立つ。
「アロイスさん達に合流する時、私と姉さんはこの
オリヤはちょっと呆けたような顔で、私を見る。
「あの時、外から見たらオリヤは1人で、でも実際には私達があの戦闘の場面の近くに飛び出して、そして私は火の魔術を放った。これね?」
うん、そうだね。
そんな風に頷くオリヤは、気付いていない訳では無いと思う。
その答えを、見たくないのでは無いだろうか?
「例えば、そうね、何処かの街の中で同じことをしたら、どうなると思う?」
戦場に限った話ではないのだ。
「そんなの、ただのテロじゃん」
オリヤは呆れたように言う。
その通り。
平和な街中でそんな事をしでかすのは、ただのテロだ。
別に私が直接やらなくても良い。危険な魔獣を街中で解き放っても、テロの目的は達成できる。
「そうだな。ただのテロだ。そんな事も手軽に実行できる訳だ、お前の持つアイテムボックスや、この
オリヤは口を開けたままの間の抜けた顔で、魔王様と私を交互に見る。
「分かったか? 国にとっても、どこぞのヤベェ組織にとっても。お前は貴重な戦力で、戦力を移動させる乗り物でも有るわけだ」
快適なお風呂付き。
兵員輸送なら、兵員の快適度はある程度保証されるだろう。
「さっきまで一緒に居た冒険者共、あの連中は気の良い奴らだってのは、まあ何となく判る。だけどな」
魔王様は少し、寂しそうな顔で言葉を整える。
「話なんざ、どこからどこに漏れていくか分かったモンじゃ無ェ。迂闊な事は言わ無ェが吉だ」
噂話と言う物は厄介だ。
信じられないような話程、より尾ひれがついて広がる。
広がりきれば飽きられ捨てられる、で済めば良い。
噂の種類によっては、国単位で調査に乗り出す事が有る。
その調査が秘密裏で有れば有る程、噂の当事者は危険な目に合うと、相場は決まっている。
「これからは、アイテムボックスの触媒は適当にそれっぽいの持ち歩きな。言い訳も楽になる」
だから、無難に、やり過ごす為に。
魔王様は、オリヤに知恵を授けるのだろう。
「……まあ、俺は兎も角、姉さん達が変な因縁つけられたら困るから、そうするよ」
納得の行かない声色では有ったが、それでもオリヤはそう言ってくれた。
オリヤは少し、慎重さに欠けると言うか、明け透けに色々話し過ぎるきらいが有る。
魔王様が釘を打ってくれたので、これからは多少は慎重になってくれると……良いなあ。
文章がとっ散らかって収集がつかず。
これ……もしかして後々書き直しになるのかなあ。