タイトルなんて募集中ですよ   作:naow

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 前回のあらすじ。
 魔王様の思い掛けないお説教により、アルメアはショートケーキのおかわりを食べ損ねた。
 あと、水出し紅茶はどうやら人を選ぶらしい。


夜は更けても馬鹿は馬鹿なの

 オリヤは風呂に浸かりながら、柄にもなく考え込んでいた。

 自分の能力の危険性について、考えた事が無い訳ではない。

 だが、どうにも甘すぎた。

 世界は優しくは無いが、この3年で見た世界の片隅で、ヒトが悪さ出来るほどの勢いを取り戻しては居ないと思い込んだ。

 だから、油断した。

 仮に、オリヤの能力(ちから)を欲する様な組織なり国家なりが出てきた所で、魔族相手に壊滅寸前まで追い込まれた人類が、どこまで本気でオリヤを追いかけ、捕まえようとするか。

 その本気度を見誤ったと言うべきか。

 なまじ、魔王軍と人類種連合軍の戦争の逸話を知っていたが故に、その疲弊した人類がどれ程の事が出来るのかと、そう考えてしまっていた。

 しかし。

 人間はどんな時に力を欲するのかと言えば、追い込まれている時こそ、なのではないか?

 力が有ると思える場合でも、万全を期すればこそ力を求め、研鑽し、探求するかもしれない。

 それが、疲弊し余裕も乏しい状況であればどうであろうか?

 後など無い、だからといってそれを言い訳に周辺に対する警戒を怠る訳には行かない。

 そんな状況であれば、些細であれ、力に成るモノが有るなら取り込みたい、取り入れたいのは人情と言うものでは無いだろうか?

 オリヤは改めて自分の能力(ちから)について考える。

 

 創造力。

 

 空間魔術に分類されるこの移動拠点(シェルター)もアイテムボックスも、趣味の延長から欲したM1911(拳銃)も、全てはこの能力(ちから)で創り上げた物だ。

 そして、まだ発揮していないもうひとつ、神様に追加で貰った能力(ちから)も、早々に使える様に準備するべきかも知れない。

 その他に有るのは、神様が気を利かせてくれた高ステータス群。

 ステータスの割に実際の知能が低い気がして目眩を覚えるが、そこは単に脳を使いこなせて居ないだけなのだろう。

 そう考えれば、それはやはり自分の頭が悪いという事ではないかと溜め息が漏れる。

 考えが足りないと言うべきか、平和ボケと言う物を実感するべきか。

 オリヤがこういう、益体もない二択を思いつく時は、正解はその両方である。

 自覚が有るだけに、オリヤは苦々しく溜め息を吐く。

 今日だけで、何度目の溜め息だろうか。

 正直に言って、トシロウに言われた事を全て納得出来た訳ではない。

 能力(ちから)は秘匿すべき、と言うのは理解出来無くも無い。

 全てを詳らかに開示する必要はなく、求められれば必要に応じて情報を開示する事は、必要な事だと考えていた。

 開示する情報の深度は、それを持つ者――この場合はオリヤが判断すれば良いと考えていた。

 トシロウは、オリヤが根底に持つその考えを「甘い」と斬り捨てたのだ。

 相手の求めに応じて情報を開示するのは良い。

 だが、相手の真意を図るのがオリヤ1人で、本当に万全なのか?

 開示する情報の制限は、本当に出来るのか?

「だからって、じゃあどうしろって言うんだよ」

 広い浴室に、オリヤの独り言が漂う。

 オリヤの能力を体系化し、それを扱う研究機関でも立ち上げるべきなのか?

 馬鹿馬鹿しいと、オリヤは頭を振る。

 トシロウの指摘の通り、確かに、オリヤの能力(ちから)は強力かもしれない。

 しかし、それはあくまでも個人の能力で、この魔法――魔術と称するらしいが――が横行する世界で、注目されるほどの力だとは思って居なかった。

 その認識こそが、トシロウに甘いと斬り捨てられた根源なのだろう。

 

 考えが纏まらないまま、風呂を上がったオリヤは台所で冷蔵庫を開けると、ミルクをグラスに注いで呷る。

 左手は腰に添える、正統スタイルだ。

 Tシャツにジーンズのラフなスタイルでミルクを一杯飲み干すと、シンクで洗って水切りカゴに放り込む。

 さて、そう小さくつぶやくと、オリヤは自室ではなく、その隣。

 工房にしようと考えていた凡そ6畳の空き部屋へと踏み込む。

 考えが纏まらないなら、別の事でもして気を紛らわせよう。

 オリヤは日中、サリアに頼まれたことを思い出していた。

 あの短杖と、同じ物をもう1本。

 材料はトシロウが持ってきてくれたもので十分。短杖に使用した人造魔石も、同じラピスラズリ――地球で見たものと、組成は()()同じ――が有るので問題ない。

 ラピスを人造魔石の素材にしたのは特に意味はない。

 強いて言うなら、色合いが好きだから、ただそれだけである。

 一度創った短杖なので、設計図は脳内に有る。

 材料も揃っているので、MP消費以外の負荷を感じる事もなく作製を終える。

 で。

 創ること自体は一瞬、道具を使わない、そんな事は判って居る。

 なにせ自分の能力なのだ。

 こうしてあっさりと完成させたは良いのだが、さて。

「……今持っていったら、なんだろう。なんか更に注文が有りそうな」

 注文が有ればその通りにすれば良い。それだけだ。

 なのに、なんだか軽めの、悪い予感がする。

 普段のオリヤでも怪しいのだが、今のモヤモヤした感情で妙な注文を受けたら、それこそ後先関係なしに「暴走」し兼ねない。

 良し、明日にしよう。

 工房予定部屋を出ると、自分の部屋へ向かう。

 とは言っても、所詮隣の部屋だ。

 部屋に戻るまでに問題が発生する筈もない、そんな時間など無い、距離が短すぎる。

「あ、オリヤ、あのね?」

 だから、きっとまた油断したんだと思う。

 オリヤの向かいの部屋から、金髪の美エルフが顔を覗かせていた。

 

 呼ばれて部屋に踏み込んで見れば、そこには部屋の主たるエルフ姉妹の他、のっそりと細高い上背の男と、メイド服の女が寛いでいる。

「……なにしてんの?」

 ごく普通に湧いた疑問である。

 夕食を大人数で楽しんだ後、片付けもそこそこにディアクーフに「移動」し、その後シェルター内で風呂を創り、魔王様によるオリヤへの軽めのお説教の後、全員が順番に風呂に入り。

 結構、良い時間になっている筈だ。

「トシローさんが、お酒飲まないかって」

 サリアの言葉にゆるりと視線を巡らせると、楽しげに酒瓶を掲げる魔王様と目が合う。

「おう、お前も成人してるんだってな? その見た目で? 飲んでも問題ないんだよな?」

 始終疑問形で酒の席に誘うのはどうかと思う。

「ほとんど飲んだこと無いから、問題ないかわかんないよ」

 諦めてソファに座り込むと、脳内で食材の在庫を確認し、ポテトを発見したので即座にポテトチップとフライドポテトを創り、テーブルの上に大皿ごと出す。

 今更調理するのが面倒だったので、惜しげもなく能力大開放である。

「おお、便利だなお前! 調理時間も要らないんだなぁ」

 感心したようにフライドポテトをつまむと、ほいほいと口の中に放り込む。

「そりゃまあ、材料さえ有れば、結果を創り出せるからねぇ」

 オリヤはポテチをつまむと、パリパリとした食感を楽しむ。

「わ、これお芋? なにこれ美味しい!」

 早速、銀髪の食欲エルフが、交互に口に運んでいる。

 忙しないことである。

「ふむ、これは面白い食感ですね」

 メイドの鬼人さんが、目まぐるしくその手を皿と口とを往復させながら、楚々とした口調で嘆息を漏らす。

 よく喋れますね?

 オリヤはその慌しい様子に動じる事無く、当然内心を口にする事も無くただ見やる。

「あ、ありがとうオリヤ、頂くね?」

 流石はサリア姉さんだ。

 この一行の、これだけ大人が揃った中で、きちんと礼を述べたのはサリアただ1人である。

 素直に嬉しいが、そういう常識的な面が、時に彼女を危機に立たせるのだろう。

 主に食事時に。

 現に、あっという間に皿の中身が減っている。

 不憫になったオリヤはサリアに笑顔で頷きながら、さり気なく皿の中身の補充を行ってあげた。

「サリア姉さん以外、太れば良いのに」

 ボソリと、笑顔で呪いの言葉を放ちながら。

 

「あのね、オリヤ。今朝頼んだ杖の事なんだけど」

 サリア姉さんは可愛いなあ。

 床に正座させられた格好のまま、オリヤは考える。

 呪いの言葉はエルフ・鬼人・魔王というとても耳の良いメンツにきっちり聞き咎められ、その結果の正座(いま)である。

「あ、うん、もう1本欲しいって言うアレ?」

 しかし、正座状態であると言うのに、オリヤはニコヤカにサリアに対する。

 サリア姉さんは天使だ、間違いない。

「そうなんだけど、その」

 素材が有ることは、きっと判るのだろう。

 魔王ことトシロウに手土産代わりに資材を渡された事は話しているからだ。

 実物の全てを目にしていないとは言え、いや、だからこそ「期待」してしまうのだろう。

 そしてその期待は、今回はちゃんと叶うことになるのだが。

「ど、どれくらいで出来そうかな?」

 しかし、そんな事は知らないサリアは心持ち気恥ずかしそうに尋ねる。

 我儘は言えない、でも新しい杖は早めに欲しい、そういう心情から、意図せぬあざとさがオリヤのハートを直撃する。

「で、出来てるよ?」

 オリヤは耐えようとはした。

 頑張った。

 明日中には、出来ると思う、そう言うつもりだった。

 しかし、決意は弱かった。

「そ、そうだよね、そんな急に……え?」

 慌てて謝罪してからの、きょとんと呆けたような表情。

 サリア姉さん、あざといっす。

 計算か天然か、まだ判断はできないけれど、どちらにしてもそれは卑怯可愛いです。

 オリヤははしゃぎそうな表情をぐっと押さえつけ、空間から用意してあったそれを取り出し、サリアに差し出す。

「ついさっき創ったんだけど……一応、確認してくれるかな」

 サリアは少しぽかんとして、その表情のままで杖を受け取り、少しづつ真剣に杖の確認をする様に細部を見て、そして構えて魔力を流してみる。

「すごい……! やっぱり凄いよ、この杖!」

 サリアは先に作ってもらっていた杖と、そっくり同じ杖とを左右それぞれの手に持ち、うっとりと眺めている。

 何に使うか、というか多分スペアなんだろうけど、喜んでくれてよかった、そう考えるオリヤの前で、トシロウとミィキィまでがサリアに並び、その杖を眺めている。

「これはまた、見事なモンだ。オリヤ、俺らにも武具を創ることは可能か?」

 顎に手を添えて杖を眺めながら、トシロウが口を開く。

 オリヤはふむ、と考えるようにトシロウに目を向ける。

 サリアとアルメアの杖を創る時には、ほぼ直感で創った。

 独断である。

 だが、それも完全に独断だけだった訳ではなく、2人の纏う魔力の流れ、循環を見ての事だった。

 だから、ミィキィの武具を創るのも問題ない、と思う。

 しかし、魔王ことトシロウの方はと言えば。

 如何せん、魔力の流れが視えないのだ。

 魔力がない、という事ではなく、単純に抑え込んでいるのだろう。

 じゃあ開放してもらえば良いかと言えば、それほど簡単な話でもない。

 どれほどの魔力かわからないので、最悪この移動拠点(シェルター)に影響を及ぼさないとも限らない。

 信用できるかは不明だが、自己申告してもらうか、あるいは勝手に創るか。

「……と言う訳なんだけど……」

 オリヤは素直に、トシロウに悩みをぶつけてみる。

 変に駆け引きを持ち込んだりするのは疲れるし、適当なもので誤魔化そうものなら、恐らく作り直しを要求されるだろう。

「あー……ここで、俺の魔力を開放してみせたほうが良いって話か?」

「俺の話聞いてたかな? 下手に解放されて、この空間に影響出たら困るからどうしようかって相談何だけど?」

 おとぼけ魔王は時々ポンコツになる。

 これは脳内に付箋を貼っておかねばなるまい。

「んじゃ何だってんだよ?」

「単純に、どんな装備が良いか教えてくれって話だよ。剣か、杖か、槍なのか。どういう仕様がいいのか、とか」

 オリヤが半ば投げやりに、早口で言い切ると、トシロウは考え込む様に顎に手を添える。

「ふむ……んじゃあ、アレだ。形状はグローブだな。施して欲しいのは、魔力を通したときに硬化するのと、後は」

 そう云うと、魔王はニヤリと笑う。

「適当になんか付けてくれ」

 なんだその適当な注文は。

 寿司屋じゃねぇんだぞ。

 オリヤは考える。

 硬化、それと衝撃緩和辺りかな。

 他に面白効果、なんか無いかな……?

 ひとつ頷くと、オリヤは脳内工房に集中を向ける。

 サイズは手にきっちりと合わせ、任意で硬化魔術が作動するような細工を施す。

 そして、まずは魔術触媒としての回路を組み込む。

 魔術師希望らしいので、らしい機能は必要だろう。

 肌に張り付く装備なので、魔術の流入よりも増幅に比重を置く。

 どうせこの性格じゃあ、攻撃重視の魔術師なのだろう。

 偏見だが、勿論訂正するつもりはない。

 これだけじゃ詰まらないな……。

 オリヤは少し考え、ニヤリと笑うと脳内で仕上げを始める。

 今までの製作中の様子で見たことのない邪悪な笑みに、サリアは頬を引き攣らせる。

 絶対、面白半分で碌でもない機能を付けてる。

「ッし、出来たぜ魔王さんや」

「……お前も、街中で魔王呼びしないように気ィ付けてくれよ……」

 オリヤのニヤつき顔に、トシロウは別の苦情を入れつつ、手渡されたグローブを受け取る。

 見た目はただの革手袋で、どちらかと言うと拳闘具(セスタス)のような物を想像していたトシロウは少し拍子抜けする。

 が、手にとって見れば。

「……コイツ、これで魔導触媒なのか?」

 トシロウは驚いたような、感心したような声で呟く。

 魔導触媒と言う響きに反応したエルフ姉妹がトシロウの手元を覗き込む。

 見た目は黒の革手袋だが、トシロウが実際に装備し、魔力を巡らせるとその特異な様相にすぐに気がついた。

 手の甲部分に付けられた紅い宝石が、光を放つ。

 その宝石が、何なのか判らない。

 見た目はルビーのようだが、ルビーだけでこれ程の魔力を宿し、輝く様を見たことがない。

 考えてみれば、サリアやアルメアの持つ杖に付けられた石、ラピスも、知っているラピスとどうも違う気がする。

 その宝石だけでなく、その手袋に張り巡らされた魔術回路が幾つもの小さな魔術陣を模り、循環している。

「ほう、反応がスゲェな。増幅もしてくれんのか、こりゃうっかり全力は出せんな」

 魔王がぞんざいな口調で、嘆息を漏らす。

「一応、機能は見た通りの魔術触媒と、硬質化、装備してる手への衝撃緩和。力いっぱいぶん殴っても、手に伝わるダメージはある程度緩和できるよ」

 オリヤの説明を聞きながら、硬質化を行ってみる。

「うわ、硬くなったの判って気持ちわりい。この状態でも『動く』んだな?」

 硬質化させたまま、手を開閉させて感触を確かめる。

 手に伝わる感覚が変わり、違和感に出た感想が「気持ち悪い」であるが、そのうち慣れるだろう。

「まあ、作業出来ないんじゃ困る場面もあるかもだから」

 取って付けたような言い訳を、取ってつけた風に言う。

 実際は、単なる思いつきである。

 出来たからそうした、それだけだ。

「予想以上に良いモンだな。気に入ったぜ」

 そう言って手袋を外そうとしたトシロウは、ふと、動きを止める。

 オリヤが、笑っている。

「……なんだ、その気味の悪ィニヤケ面は?」

 トシロウの声に視線を転がしたアルメアは、見た。

 見た事もない、邪悪な微笑みを浮かべた悪戯小僧を。

「魔王さんや。面白機能、付けといたんだけど……確認しないのかい?」

 オリヤの言葉に、トシロウの目がすぅ、と細くなる。

「ほう、言うほど面白くなかったら、お前」

 手袋型の魔術触媒でありながら、硬化と衝撃緩和で近接体術にも対応。

 これ以上の面白機能とは、一体なんなのか。

 大したもので無ければ、殴る。

 取り敢えずグローブを硬化させながら、オリヤに先を促す。

「面白いかどうかは人それぞれだけど……」

 一瞬で気弱になるオリヤだが、説明は続く。

「防御壁展開機能を付けたんだ」

 説明を受けた魔王さまは少しだけ考え、そして拳を振り上げる。

「まーってまってまって! 聞いて! 仕様を聞いて!」

 殴られるのは嫌だ。

 ちょっと必死にトシロウを押し留めようとするオリヤ。

「仕様? なんだ、またとんでも無ェ仕様だったら色々説教追加になるぞ」

 言ってから、何となく必要な気がして、トシロウはオリヤの脳天に硬化拳骨を振り下ろす。

 人体でしてはいけない音が聞こえた気がしたが、サリアもアルメアも、目をそらして気にしないことにした。

「なんで? なんで殴るの?」

 オリヤは床に蹲りながら、涙目で糾弾するが、どうも味方は一人も居ないらしい。

「碌でも無ェ予感しかしねェからだ、間抜け」

 魔王様には、取り付く島もない。

「で? お前、今度はどんな馬鹿野郎機能付けたんだ?」

「馬鹿野郎って……まあ、良いけど」

 ブツクサと呟きながら、オリヤは立ち上がる。

 頭頂部を押さえているのは、まだジンジンと痛むからだ。

「防御壁、って名前の、対衝撃壁だよ。モードは2つ」

 なにを当たり前の事を、思いかけたトシロウは「2つ」という単語に片眉を上げる。

「なんだ2つって。物理攻撃と魔術攻撃用か?」

 その問いに、オリヤは再び口角を上げる。

「それ、どっちも起こる現象としては物理作用でしょ?」

 オリヤの言葉に、魔術を操る3人はそれぞれに考え込む。

 炎を塊を投げつけるのも氷塊を叩きつけるのも、言われてみればそうだ。

「だから、その手袋に付けてあるのはあらゆる種類の衝撃に対する防御機能さ」

 顎に手を添え、考え込む魔王は視線で続きを促す。

「1つは、衝撃反射。障壁に加えられる衝撃を、100%反射するよ」

 説明するオリヤは少し誇らしげに腕組みして見せるが、説明される面々は互いに顔を見合わせ、そして考え込む。

「それ、さっきの説明だと、魔術も反射するの?」

 サリアが恐る恐る尋ねる。

「うん、まあ、世に広がってる攻撃系魔術だったら、だいたい反射できると思うよ?」

 オリヤは対して、にこやかに答える。

「え、それじゃ、そのまま魔術を打ち返せる、って事?」

 アルメアはうそ寒そうに尋ねる。

 攻撃の魔術がそのまま打ち返されたら、厄介などというものではない。

「いや、あくまでも加えられた衝撃を反射だから、相殺プラスアルファ、程度だよ。リフレクションは出来なくもないけど、そっちは単に跳ね返すだけだし、対魔術に限定されちゃうしね」

 しかし、答えるオリヤは否定の言葉を述べた。

 しかし、アルメアは少し混乱する。

 魔術反射(リフレクション)の魔術とは違うらしいが、しかし魔術を弾くものでは有るらしい。

 だが、プラスアルファとやらが良く判らない。

「何だそりゃ? リフレクションじゃねェ、つっても話を聞く限りリフレクションそのままなんだが」

 トシロウも上手く飲み込めず、考え込む。

「えっと、あくまでも反射するのは『衝撃』として、なんだ。だから、加えられた衝撃次第ではある程度離れたところまで反射するかもだけど、基本的には対近接攻撃用だと思ってる」

 オリヤの説明を聞きながら、トシロウはグローブに今一度、意識を集中させる。

 魔術回路の異様な複雑さは、そう言う事か。

 今、説明を受けた事でその存在を認識できた。

 異質な魔術回路が2つ。

「んで? 起動方法は?」

 トシロウが魔術回路に意識を向けたまま尋ねる。

 体感せねば、判らないだろう。

「起動は、単純にイメージで。自分の前に壁として展開もできるし、半球形、球形で自分を覆う事もできるよ」

 言いながら、オリヤは自分の前に両手を広げて見せる。

 それが起動に必要なポーズ、という訳でも無いのだろうが、イメージを伝えたいのだろう。

 トシロウは何となく左の掌を上に向け、単純な球形をイメージしてみる。

 そのトシロウの掌から10センチ程離れて、直径にして20センチ程度の球が浮かび上がる。

 黒に近い、深い深い青。

 半透明と言えなくもないが、半径を小さく収めているせいか色合いが濃い。

 同じ様に右手でも球を作ったり、それらを半円形に形を変えたり円形盾の形にしてみたり、操作を確かめている。

「ははァん? なるほど、イメージ通りってのは簡単ってのとは意味が違うわな」

 トシロウは盾状の障壁を振り回しながら楽しげに笑う。

 オリヤは徐に剣を抜くと、そんなトシロウに向けて切っ先を奔らせる。

 急な出来事に、ミィキィは咄嗟に反応できず、サリアもアルメアも一瞬ぽけっとしてしまう。

「オイオイ、女性の部屋だぞ馬鹿野郎。無断で刃物を振り回してんじゃねェよ」

 トシロウは慌てもせず、半球状に変形させた障壁を掲げ、容易くオリヤの一撃を受け止める。

 甲高い音が室内に走って初めて、エルフ姉妹は表情を引き攣らせる。

「お?」

 トシロウは思わぬ手応えの軽さに、軽口が止まる。

 それは、オリヤが手加減した、等という事とは違う問題のようだ。

 何しろ、正確に言えば、手応えが軽かったのではなく、まるで手応えが無かったからだ。

 派手な音こそしたが、トシロウの障壁には何も問題はなく、勿論トシロウ本人にも何一つ、衝撃らしきも伝わらない。

「これ、お前が手加減したんじゃないのか? ホントに効いてんのか?」

 掌をクルクルと動かしながら、トシロウは素直な感想を漏らしてオリヤに視線を向ける。

 その視線の先では、ミィキィのダガーを喉元に突きつけられたオリヤが突っ立っている。

 そのオリヤの手に有る剣は半ばで折れ、残った刀身の刃もガタガタに刃こぼれを起こし、ひと目で使い物にならないと判る状態だ。

「この有様で、俺が手加減したように見える?」

 喉元の刃にもミィキィの殺気にも目もくれず、オリヤは折れた剣を掲げてみせる。

「あー……とりあえず、ミキ。お前じゃどうもならん、退け」

 一応、自分にそれなりに忠義を誓っている身だ。ミィキィがオリヤの「蛮行」を赦さないのは判る。

 だが、如何せん相手は脳天気な馬鹿だ。

 脅しは通じないし、実力行使ではミィキィでは歯が立たない。

 その辺は、他者のステータス確認の術を持たないミィキィでは理解できないのだろうが、トシロウの目には視えている。

 レベル差に依る補正が多少有れど、そもそもオリヤのステータスが高すぎるのだ。

 転生者、それもカミサマ取引の輸出組はそういった点が優遇されている。

 端的に言えば、この世界で純粋に生まれた生命体では、なかなか並び立てない、そういうレベルなのだ。

 なので、現在この世界で魔王と呼ばれている者の半数以上が転生者なのである。

 もっと言えば、オリヤも強さの基準で言えば、魔王見習いと言っても過言では無いのである。

 本人がその事に、どれくらい気がついているのかは微妙であるが。

「ですが魔王様。この者、私を差し置いて魔王様に刃を向ける等」

 今コイツ、私を差し置いてって言ったか?

 それは魔王の前にまず私と戦え、という意味なのか。

 それとも、私より先に斬りかかるとは何事か、という意味なのか。

 何となく、トシロウはミィキィに確認するのを躊躇い、結局は無視する事にした。

「その剣、お前が『創った』やつか?」

 ミィキィを無視して、オリヤの手元に注視する。

 目立つ特徴のない剣だが、しっかりとした剣、だった筈だ。

 何しろ既に刃がダメになり、半ばで折れているだけに説得力は皆無だが、この規格外が持っていた獲物だ。

 何にせよ、普通の剣では無かった筈である。

「あー、うん。コイツは自重してある方の剣。しばらく保つと思ったし、今だってこんなんなるとは思わなかったけど」

 散らばった破片は既にアイテムボックスに回収済みで、破片を踏んで怪我、という心配は無用だ。

「やっぱ、全力に近い斬りつけだと、耐えられなかったみたい」

 オリヤはヘラヘラと笑っているが、聞き捨ててはいけない気がする。

 今まであんぐりと口を開き、成り行きを見守っていたアルメアは思い出したように息を吸い込む。

 見えなかった!

 オリヤの動きが、まるで、ひとつも。

 何時、剣を抜いたのか?

 斬りかかりも、踏み出しも踏み込みも何一つ。

 昼間、森狼を相手にした時も疾いと思ったが、それでもまだ見えた。

 剣戟は兎も角、体捌きは目で追えていた筈なのだ。

 アルメアは混乱しつつサリアに向き直ると、そこにはまだ呆然と状況を把握できていない姉の姿があった。

 無理もない、そう思う。

 姉は攻撃向きの性格ではない、それがアルメアの認識である。

 いつでも優しく、そんな姉を守りたいからこそ、アルメアは攻撃主体の魔術師を志したのだ。

 そんな姉は今、アルメアの考えとは全く別の地点に居た。

 オリヤの踏み込みの速さは理解出来ていた。

 昼に見せていたそれが決して本気ではないことも、織り込み済みだ。

 今の斬撃も、本気とは言えないかもしれない。

 しかし、踏み込みそのものに加え、剣を抜く動作が疾く、それだけに不自然な、軋みのようなものを感じたのだ。

 流れるような動作の中、一点、引っかかりのような不自然な滞留が有った。

 だからこそ、斬撃の瞬間だけが視えた。

 それがなければ、恐らく何も判らなかっただろう。

 剣を抜く、その動作に僅かに停滞が有った。

 剣は普遍的な直剣、長さは……オリヤの体格にしては少し長いのかもしれないが、出回っている製品並の、特別長い訳でもない。

 取り扱いに慣れていない訳ではない、そう思う。

 日中の戦闘でも、特におかしな点は無かった筈……。

 そこまで考えて、サリアはもう一つ、違和感に思い当たる。

 オリヤの身のこなしが流麗に過ぎる。

 剣と言うものは、大体が「叩き斬る」為のものだ。

 動作として「斬る」事も可能であるが、叩きつける様に使い、斬るのは副次的な動作になりがちだ。

 斬る為の動作に適した剣は形状も違ってくるし、習得難易度も高い。

 それだけに、駆け出しの冒険者も含めて、多くの剣を振るう者は、剣を「叩き」つけ、そして「斬る」。

 そうでなければ、「突く」のだ。

 そう言う視点に立てば、疑念が湧く。

 オリヤの動作は、「斬る」事を主眼に置いては居ないか?

 袈裟に振り下ろし、横薙ぎに払う。

 速さに誤魔化された感が有るが、思えば。

 あれは決して、力技で切り払った訳ではなかった。

 確信を持てるほど見ては居ない。居ないのだが。

 あれは、技量で斬ったのではないか。

「自重してある方、かい。自重してない方も有るんだな?」

 オリヤの言葉尻を捉え、呆れたようにトシロウは笑う。

 それに答える様に笑い、オリヤは空間から一振り、剣を取り出す。

 サリアの疑念が確信に変わる。

()()()じゃ、刀は見なかったから、ちょっとね」

 黒塗りの鞘に収まっているその状態でも、見たことのない造り。

 薄い、板状の鍔。

 柄の部分の造作は美しいが、見たことの無い、紐を編み込んだような模様。

 何よりも、細く、そして反っている。

 反りのある刀剣は目にした記憶はあるが、あまり一般的ではない。

 北方ではメジャーな武器、と聞いていたが、それでも此処まで細い物では無かった筈だ。

「日本刀、か。久しぶりに見たぜ」

 少し眩しそうに目を細めるトシロウに、オリヤはひょいと、鞘に収まったままの刀を放る。

「馬鹿野郎、投げるやつが有るか」

 言いながら、トシロウは苦もなく受け止めると、衒いなく刀身を抜き放つ。

 そこに現れるのは、漆黒の刀身。

「……なんでこんな真っ黒なんだ?」

 室内灯の光を反射することもない、艶のない漆黒の刀身。

 いっそ不吉なほどの黒。

 鞘から想像できるような細身のシルエット。

 身幅も厚すぎず、むしろ華奢にも見える。

 よく見ればその形状は確認出来るが、あまりにも黒いその刀身はまるで影の様で、油断をすればその姿を見失いそうな錯覚を覚える。

 サリアは途端に怖気を覚え、擦るように両腕を抱く。

「色は趣味、って言いたいんだけど」

 抜身で放り投げられる刀を危なげなく受け取り、続いて投げられる鞘は何故か取り落とす。

「抜身で投げるとか、何考えてんだよ……。まあ、良いけど」

「得体の知れ無ェ刃だ。なんで鑑定が効か無ェんだ?」

 オリヤが半笑いでボヤくと、トシロウが不審げに返す。

「ああ、そんな効果も付いてるのか。それは副次的すぎて考えても見なかったよ」

 そう言いながら、オリヤは改めて刀身を掲げてみせる。

「素材はよくある鉄、そいつを純度上げて、魔鉱石(ミスリル)と、あとは……うん」

 つらつらと素材を挙げながら、オリヤはふと、なんだか口外してはイケナイモノに思い当たり、ふと口を噤む。

 その表情から色々悟られているとも気づかずに。

「……おい。なんで黙る。それ以外に何混ぜたんだこの野郎」

 トシロウの不機嫌な声がオリヤの顔を強張らせる。

「オリヤ……貴方、何したの?」

 サリアが、不信感丸出しで問う。

 サリアの両脇では、アルメアとミィキィも似たような表情である。

「いやぁ……そのね。冗談半分で」

 冗談半分、という単語に、嫌な予感が湧き出して止まらない。

「なんというか……俺の血を、ね」

「呪具じゃねーか」

 呆れるというか、もうなんと言って良いか判らない顔でトシロウは切り捨てる。

「要はミスリル鋼に、お前の血が混じってるんだな? 何を呪ったんだお前は」

 魔力の流入・循環に優れ、上質の魔道具の制作には欠かせない魔鉱石(ミスリル)は、当然のように呪具にも用いられ、当然のように相性も良い。

 そんな素材を用いて、恐らく「創造力」を用いたのだろうが、面白半分で混ぜたものが自分の血。

 コイツは掛け値なしの馬鹿だ。

 トシロウの中で、オリヤの評価が固まりつつある。

 なるほど、あの刀身の曇りのない漆黒は、呪いの色なのか。

 サリアも納得顔で、その刀身を見つめる。

「いやほら、刀剣は一度味わった血は、もう求めないとかなんとか」

「どこの民話だ。聞いたこと無ェよ」

 なんとか言い訳めいた事を口にするが、聞かされた方はにべもない。

 そもそも本気で、そんな伝承など聞いたこともない。

 日本で、そんな話があっただろうか?

 記憶を探るが、引っかかる記憶もない。

「そ、それに、こいつに仕込んであるのはそんな色物だけじゃなくてね」

 慌てて話の進行方向を変えに掛かる。

 自分でした行為だが、こうして話してみると気恥かしい。

 話題を早く変えたいのだ。

「ほう……どうせ碌なモンじゃ無ェんだろ。聞かせてみろ」

 もはやトシロウからの信用は抜群である。

 逆方向で。

 信用できないという事を信じられている、皮肉というか矛盾と言うべきか。

 オリヤはキを取り直し、今度こそはと意気込んで告げる。

「コイツは、刀身の時間を止めてあるんだ」

 自信満々に、オリヤは刀身を掲げるようにして言う。

 しばし、室内に沈黙が舞う。

 思い思いにオリヤの言葉を受け止め、咀嚼し、理解に務める。

 その上で。

「え?」

 アルメアは、何を言っているのかわからない顔で。

「……はあ」

 ミィキィはそれがどうしたと言うのか、そんな表情で。

「時間を……? え、でも……え?」

 サリアは理解しようとして失敗した様子で。

「ああ、お前、時魔術使えるんだったか……このスカタンが」

 考え込み、そして理解したらしいトシロウは当然の呆れ顔で。

 それぞれがそれぞれの反応を返す。

「あの、オリヤ、その、私の認識が間違ってたらごめんね?」

 サリアが、おずおずと尋ねる。

「時間が止まってる、っていう事は……今の時間軸から、()()()()()()()()()()()()、ってことだよね? だったらその剣には、今の時間軸からは、一切の干渉は出来ない、っていう認識で有ってる……かな?」

 サリアの質問に、アルメアはますます判らない、そんな顔をし、ミィキィはサリアが何を言いたいのか、初めて興味を示す表情を浮かべる。

「そうだよ?」

 答えるオリヤの声は簡素で、ミィキィは質問の本質を掴みかねる。

「また物騒なモン創りやがって、このガキときたら……」

 トシロウが溜息を吐き、判っていない顔のミィキィの方を見て言う。

「要は、壊れない、折れない刀って事だ」

 トシロウの言葉が脳に染みるに連れて表情を変え、ミィキィはオリヤの手元の刀に視線を向け直す。

「この細身で、折れないのですか……本当であれば、反則ですね」

「時間が止まってるってことは、しなりもし無ェんだろ。腕が負けさえしなければ、斬撃の威力がそのまま伝わる訳か」

 何者にも折れず、砕けぬ剣。

 それは、いつか持ち主の腕を破壊する剣。

 思った以上に碌でも無い代物だった。

 ……いや、力技ならそうなるだろうが、「斬撃」ならどうだ?

 トシロウはふと思い至り、オリヤの顔を眺める。

 しかし、その線は望み薄な気がした。

 トシロウが居た時代ですら、既に「剣術」は「剣道」に立場を奪われていた。

 剣道の剣捌きであの刀を振るえば、いずれは想像通りの最後になるだけだろう。

 真正面から先程の斬撃を受け止めた身だが、トシロウの目から見て、それほど剣術に寄った振りにも視えなかった。

 まあ、真面目に見ていた訳では無い。

 トシロウよりも後の生まれであろうオリヤでは、余計に本物の剣術に触れ合う機会など無かったであろうから、期待もしていないのである。

 教えられれば面白そうだが、如何せんトシロウの得手は体術、徒手空拳での格闘術だ。

 獲物を振るえなくは無いが、得手とは言い難い。

 一方で、その説明に一人納得しているのはサリアだった。

 これが、オリヤの本当の武器。

 反りの有る刃、それに斬る為の動きが出来れば、腕に返ってくる衝撃を少なく出来るのかもしれない。

 所詮は素人考え、間違っているかもしれない。

 しかし、だからこそ、出来たての杖を強く握りしめながら思う。

 近接戦闘は奥が深い、と。

「まあ、そんなモン振り回して、怪我しねェようにな? んで、お前の獲物も結構だが、コイツのもう一個の機能ってな、何だよ?」

 トシロウは最早諦め顔でオリヤを突き放すと、手袋を嵌めた手を開閉してみせる。

 オリヤは待ってましたとばかりに頷く。

「もう言っちゃうけど、衝撃吸収と放出だよ」

 当然の事のように口にするオリヤは得意げであるが、告げられた方は当然と受け止められる訳ではない。

「それは1個目のやつじゃないのか?」

 トシロウの疑問に、オリヤ以外の全員が頷いている。

「衝撃対策と、もう一つって言ったら……精神攻撃に対する防御じゃないの?」

 サリアがすごく真面目に質問する。

 残りのメンツも、うんうんと頷いている。

「あー……うん。精神攻撃は……気合で頑張って」

 オリヤは何となく目を逸しながら、左手で頬を掻く。

 考えてなかったらしい。

「お前な……片手落ちにも程が有ンだろ。まあ、そんじょそこらの精神攻撃どころか、呪いも俺には効きゃしねえが」

 トシロウが溜息を吐きながら言う。

「いや、でもほら、面白いかなと」

 オリヤは少し視線を逸したまま、言い訳のような言い訳を口にする。

「面白いってなんだ(たわ)け。んで、どう違うんだ」

 少し苛ついたように、トシロウはオリヤの右の頬をつまみ、引っ張り上げる。

「ひぎぎ、使い方は似たようなもんだけど、単純に衝撃を完全に吸収するんだ」

 オリヤの悲鳴じみた説明に、トシロウは手袋に目を向ける。

 意識を集中してみれば、先程も気づいたもう一つの術式が起動する。

 オリヤの頬から手を離し、両手で起動させてみる。

 それは、先程の防御壁と違い、まるで質量を持つかのような漆黒だった。

「……お前、黒好きなのか?」

 トシロウはその小さな障壁を眺めながら、なんだか呆れたように呟く。

「え? うん、黒は好きだけど、その色は単に光を通してないからだよ?」

 言い訳じみたようなオリヤの呟きに、エルフ姉妹は別の事柄を脳裏に描いていた。

 そう言えば、オリヤ謹製の下着類は、やけに黒が多かった気がする。

「んじゃまあ、コイツも試すか。オリヤ、出来るか?」

 そんなエルフ姉妹の疑念を置いて、トシロウは今度は自分から攻撃を要求する。

 そうしないと、今度こそミィキィが暴走しかねない、そう思ったからだ。

「お待ち下さい」

 しかし返事を返したのはそのミィキィだった。

「魔王様に攻撃など、そうそう赦す事は出来ません。そもそも先程の不意打ちに対しての沙汰も下しておりません」

 す、と、ミィキィは跪いて進言する。

「沙汰ってお前……あんなもん遊びの範疇だろが。お前さん、そんな堅い奴だっけ?」

 あー、こいつ、スイッチ入ってやがる。

 トシロウは自分付きのメイドを見下ろしながら、面倒な事になったと頭を振る。

 傍で見ているエルフの姉妹は、オリヤがミィキィを怒らせたと思い慌てて居るようだ。

 ミィキィとオリヤの間を、忙しく視線を走らせている。

 心配は判る。オリヤはバカだから後先考えずに行動した。

 だからミィキィは怒った。

 そう考えても不思議ではない。

 なにせ、表面上はそうとしか思えないし、実際そうだからだ。

 ただし、エルフ姉妹は間違っている。

 ミィキィが怒っているのは、オリヤに対してではないのだ。

「魔王様にとって些細なことであっても、此処は譲れません」

 一層深く、ミィキィは頭を垂れる。

 主人に許しを請う姿勢、にしては。

 トシロウは溜息を漏らす。

 随分と、御御足に力が籠もっているご様子で?

「僭越ながら、この私が」

 言葉を終える前に。

「殺して差し上げます」

 メイドは疾風と化し、()()()()()()()()()()

 このお姉さん、案外面白い人だねぇ。

 その背中を見送りながら、オリヤはそんな事を考え。

 動きこそ目で追えたものの、なんでそうなったのか思考が追いつかないエルフ2人は素直に混乱した。

 当の魔王様は、慌てる事もなく。

 ふい、と、左手をミィキィに向けて突き出す。

 ミィキィは薄く笑い、敢えて正面から、トシロウの左手――そこに発生する漆黒の障壁に向けて、ダガーを叩きつけた。

 

 手応えが、全く無い。

 叩きつけた衝撃も、跳ね返る衝撃も、ぶつかる音も、何一つ。

 その力の全てを受け止める、と言うよりも、吸い込まれるような薄気味の悪い感覚に、ミィキィは俄に湧き上がる汗を抑える術を持たなかった。

 先の、オリヤの一撃とその結果を見ていたので、反射されるであろう衝撃には十分に備えていた。

 だが、返ってきた衝撃などひとつもない。

 障壁にぶつかった、いや、触れた刃はそれ以上進むことも、押し返されることもなく。

「あー……コイツは、なんだ。……タチが悪ィなおい」

 トシロウの声に我に返り、ようやっと姿勢を正し、刃を戻す。

 ミィキィのその顔には、理解不能の相が汗とともに浮かんでいた。

「衝撃を吸収、そんで放出、つったか。態々分けて言ったのは、言葉遊びじゃなくて、実態そのものだったんだな」

 先に試した濃い青の障壁は衝撃反射。

 文字通りの性能で、オリヤの叩きつけた剣は自身の勢いと跳ね返された衝撃に耐え切れず折れ砕けた。

 そして、今。

 オリヤの斬撃に比べて、軽いという事を差し引いても、結果が違いすぎた。

 トシロウの腕には何も衝撃がないのは同じだが、どうやら攻撃した方、ミィキィにも何も無かったようだ。

 だが、振り抜くつもりの一撃はあっさりと停止し、引く事でようやく姿勢を戻せた、そんな感すら有る。

「つまり、今のミキの一撃を、コイツが完全に吸収した、と」

 トシロウは障壁を球状にして、左の掌の上に浮かべ、不思議そうに眺める。

「……で、今。なんとも言えねェ感覚がしたんだが……」

 トシロウの脳内に、手袋と連動した何か、不思議な感覚が有る。

 衝撃を吸収した、その感覚。

 身体に、力が蓄積された事が感覚として理解できた。

 いや、実際は手袋の方に、だろうか?

 自然に知覚出来た為、まるで肉体に取り込んだ様に錯覚してしまったようだ。

「これが、衝撃吸収……。吸収した衝撃は、溜め込んでおけるのか」

 受けた攻撃を、反射するのではなく、吸収する。

 今ひとつ、この能力のメリットは視えてこないが、使い方は理解出来た。

「そそ。キャパシティは決まってるけど、ある程度は貯めとけるよ」

 オリヤはトシロウが考え込んでいる様子を眺めながら、能天気に答える。

「で、放出って言ったのは……これは、任意のタイミングで、任意の場所から放出出来るって認識で有ってるか?」

 トシロウは障壁を色々と変形させながら問う。

「そうだよ。任意の量を、ね」

 受けるオリヤは、一言加える。

 ふむ、トシロウは理解できた事と、実際に触れて分かった事を纏める。

 障壁は手袋を中心に、では無く、任意の空間に創り出せる。

 展開した障壁は、どの部位であっても吸収効果は変わらない、らしい。

 そして、吸収する衝撃にキャパシティは有るが、放出するのは衝撃を受けた部位には関わらない。

 ふむ。

 トシロウは更に考える。

 任意に展開出来ると言うことは、この障壁を纏うことも出来るのではないか?

 もっと言えば、先の衝撃反射壁も。

 試しに、トシロウは吸収壁を右腕の、肘から先に纏わせる。

 すると、その部分だけがまるで影に落ちたように、漆黒に染まる。

「うおわぁ、何だこれ気持ち悪ぃ」

 自分でやっておきながら、心底気味悪そうにトシロウは悲鳴を上げる。

 オリヤは、思いつかなかった使い方に興味深げな視線を隠せない。

「これで、例えば指先から」

 キョロキョロと見回し、誰も居ない空間を見定めると、トシロウは虚空に右の人差し指を突き出す。

「衝撃を放出させる、と」

 特に結果を考慮せず、トシロウは衝撃を発生させる。

 この時、トシロウは驚くほど浅慮であった。

 理由は2つ有る。

 ひとつは、オリヤの攻撃に比べて、明らかにミィキィの攻撃は軽いと知っていた事。

 それに加えて、オリヤの攻撃を受けた時と、ミィキィの攻撃を受けた時の効果の差に騙されても居た。

 気づかぬ内に、見た目の派手さに誤魔化されていたのだ。

 もうひとつが、衝撃を任意で「絞って」放つ事の意味を軽視していた事。

 ホースで水を撒く時に、ホースの先を少し潰す――絞ると、勢いが増す。

 それと同じ事が、魔王の指先で発生したのだ。

 細く絞られた砲口から、先に吸収した衝撃の力の全てが、一気に放たれる。

 腹に響くような鈍い、しかし轟音と共に、部屋の入口ドアが壁ごと吹き飛ぶ。

「あっ」

 耳を押さえたエルフ姉妹が、メイドが、そしてオリヤが入口ドアが有った空間を眺め、視線を魔王に向けて転がす。

「……放つ衝撃は、思ったよりも飛ぶから気をつけて……ね?」

 オリヤは背中の冷や汗を悟らせないように気をつけながら、のんびりと言う。

 実を言うと、オリヤもこの結果は予想していなかった。

 予想というか、当初の想定では、吸収した衝撃を放つのは、衝撃反射を任意のタイミングで放つ、その程度の認識だった。

 まさか、衝撃を内包した魔力弾を撃ち出すとは思っても居なかったのだ。

「……あああ! ドア! ドア無くなった!」

 我に返ったアルメアが入り口を指差してへたり込む。

「プライバシーが!」

 ……今気にすべきはそこじゃ無い気がするが、オリヤは敢えて無視する。

 どうせ、自分(オリヤ)が直すことになるのだ。

「室内で試すとか、何考えてんですか魔王様よー」

「少しは後先を考えて頂きたい物です」

 後先関係なしに室内で刃物を振り回した二人が、それぞれの口調で魔王を糾弾する。

「このッ……お前らにだけは……」

 文句は幾つも湧いて出るが、実際部屋を破壊してしまった手前、強くも出れない。

 この先なんかあったら、思う様文句を浴びせてやる。

 そう心に決めて、魔王様は入り口の修復に向かうオリヤを眺める。

 

 材料、ホントに貰っといてよかった。

 オリヤはまずは魔力素材の壁を修復し、手持ちの素材からドアを作り上げる。

 破砕した壁材やドアは既に魔力に還元している。

 今回は、ドアは木製にしようと考えたのだ。

 というか、そのうち壁も魔力素材から普通の建材に作り変えようと、割と本気で考えている。

「あの、オリヤ?」

 ためらいがちな声に首を回せば、申し訳無さそうな顔のサリアがオリヤの作業の様子を覗き込んでいた。

 その後ろには、少し離れたテーブルの前に正座させられた魔王様が、ミィキィとアルメアに説教されているのが見える。

「ごめんね、その」

 なんと言ったものか、サリアは言葉を探す。

 さもありなん、オリヤは手早く修復を済ませながら思う。

 なにせ、この壁とドアの修復作業は、サリアには何一つ落ち度はないのだ。

 だから。

「気にしないで、サリア姉さんはなんにも悪くないんだから。だよねぇ、魔王様よお」

 敢えてサリアの後ろ、正座する魔王様に棘のある声を投げつける。

「先に剣振り回したくせにッ……!」

 魔王様が何か返事を返してくれたが、オリヤが何か言う前に説教塗れになっている。

 いい気味である。

 サリアを促して酒宴の席に戻ると、オリヤは改めて、何か言いたげなサリアの視線に気がつく。

「どうしたの? サリア姉さん」

 言い難そうなので声を向けてみると、サリアは少し躊躇うように視線を彷徨わせると、口を開く。

「えーっと、その、気になったんだけどね?」

 頬を掻くように指を這わせるサリアを、可愛いなあと眺めながら、オリヤは言葉を待つ。

 いつの間にか、説教も止んでいる。

「オリヤの、あの黒い剣? あれだけど」

 欲しいとか言いだす気じゃないだろうな?

 トシロウは何となくニヤニヤしながら言葉の続きを待つ。

 オリヤも頷きながら、何を言い出すのか興味を持ってサリアに続きを促す。

「オリヤの血が混ざってる、呪具状態なんだよね?」

 正直に答えると、呪具を創った心算は微塵も無い。

 しかし言われてみればその通りなので、オリヤは敢えて訂正せずに鈍く頷く。

「オリヤの話をそのまま受け止めると、オリヤの血の味を覚えたあの刃は、オリヤ以外の血を求める、だよね?」

 言葉にしてみると、なんともエゲツない代物である。

 更に要して言えば、単なる血に飢えた妖刀である。

 勿論、そんな物騒な物を創ろうと思った訳ではない。

 今度は頷くことも憚られ、オリヤはなんとも言えない顔で動くことも出来ない。

「その上で……あの剣、時間が止まってるんだよね?」

 剣じゃなくて、刀なんだけどなあ。

 どうでもいい所を考えて現実逃避を始めるオリヤ。

「そうなると、あの……違ったらごめんね?」

 言い難そうなサリアの声に、流石にオリヤは現実に引き戻される。

 なんだろう。

 今までの経験から、自分では気づいていなかったとんでもない何かを突きつけられる、そんな予感がする。

「あの剣……物理的な干渉を受けないんだったら」

 魔王が、何かに気がついたように表情を変える。

 その事により一層の不安を覚えるオリヤの耳に、ためらいがちな爆弾が放り込まれる。

「もう、新しい血を吸うことは出来ないんじゃ?」

 一瞬、なんだそんな事か、そう安堵しそうになったオリヤは、すぐに気がつく。

 むしろ、呪具にしようと思っていなかったからこそ、思い至るのに時間がかかったとも言える。

「つまり……何時までも癒えない飢えを満たすために、血を求め続けるのか」

 魔王様の言葉に、一同は重苦しく押し黙る。

 碌でもない妖刀、呪具の存在に閉口するしか無い。

 しかも、神代の代物でもない、つい最近創られた物で、ついでに言えば製作者もこの場にいる。

 慌てた製作者は刀を掴むと、仔細を確認しようと試みる。

「なんでこの刀、鑑定効かないの⁉」

 しかし、時の止まった刃は鑑定の魔法さえ干渉出来ず、詳細を知ることが出来ない。

「それはさっき俺がやっただろう、阿呆。時魔法を解いたらどうだ?」

 オリヤの慌てようを苦々しく眺めながら、トシロウは提案する。

「……大して使ってないとは言え、試し切りで色々斬ってるから、結構な衝撃は蓄積してる筈なんだよ」

 オリヤもまた、苦々しく呟く。

 それがどうしたのか、そう思う一同の前で、呟きの続きが溢れる。

「ここで時間停止を解除すると、一気に時間が戻るから……どれくらいの衝撃が弾けるか、判らないんだよ」

「よーし、お前はその妖刀をこれ以上使うな。さっきの剣、アレ修理しろ」

 衝撃と弾けるという単語に、魔王を筆頭に一同はそれ以上を聞かないと決めた。

 知らなければ単なる衝撃と流しただろうが、知ってしまえば下手なことは言えない。

 試し切りが、常識の範囲内で終わっているとも限らないのだ。

「ホントに呪いの妖刀じゃねえか。この馬鹿、今度ヘルメスにでも頼んで封印してもらうぞ」

「えー」

 魔王はうそ寒そうに妖刀を眺めるが、製作者は不満げに刃を鞘に収める。

 きっと反省してないんだろうなあ。

 サリアは心配げに、オリヤの顔を見つめていた。

 しかし、気を取り直す。

 本当にサリアが話したかったこと、頼みたいことが有るのだ。

 サリアは意を決して、オリヤに声を向ける。

「あ、あのね、オリヤ」

 声を掛けられたオリヤは、ぽかんとした顔をサリアに向ける。

「オリヤに、お願いがあるの」

 この流れで、何を言い出す気だ、この姉ちゃん。

 トシロウは俄に興味を刺激され、サリアの言葉の続きを待つ。

「あのね、この杖なんだけど」

 サリアは、机に載せていた短杖2振りを手に取り、オリヤに向き直る。

 その視線は迷うように杖を見つめて居たが、意を決してオリヤの目を見る。

 なんだろう? 自分の血を混ぜろとか、言い出さないよな?

 オリヤがなんだか不穏な事を心配し始めた時、サリアが口を開く。

 

「この杖、鎖でつなげて貰えるかな?」

 

 オリヤも、トシロウも、アルメアもミィキィも。

 予想できない言葉に思考を停止させていた。




まだ、夜が明けてないどころか、話は更に停滞する。
サリアさん、暴走の予感。
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