『ジ ッ 天然理心流』の奥義書を手に入れた 作:nagai
「うう、うえっ……吐きそう」
「ちょっ!? 俺の部屋で吐くなよ!?」
「いや、吐きそうなだけだからたぶん大丈夫」
極度の緊張から思わず吐きそうだと告げると、カウレスは慌てた様子を見せるが、なぜかそのあと安心したように笑った。
「……なんだよ? 何か面白かったのか?」
「あ、いや。正直俺も不安が大きかったからさ、ハヤトがマスターになって安心したところもあるというか」
そんなことを言われても、俺はもうそろそろ本当に吐きそうになってきたのだが。
本居隼人《もとおりはやと》。没落してもはや形が残っているだけの様な家系の生まれ。魔術の才能など無いどころか、基礎がやっとと言った無能っぷり。ルーマニアに友人であるカウレスを送り届けるだけのつもりだったのにもかかわらず、なぜかマスターをする羽目になった不幸な男と言う紹介文も今後は追加していきたいところだ。
「と言うか、聖遺物は結局手に入ったのか?」
ふと、俺がここ数週間七転八倒しながらも至る所を駆けずり回っていたことを知っているカウレスが言う。
「ああ、何とかね」
俺はカウレスの目の前に古びた書を出した。
「古い本?」
「表面が少し掠れてて読めないところもあるけれど、『ジ ッ 天然理心流』って書いてる」
「天然理心流って……あの新撰組のか!」
どうやら知っていたらしいカウレスに聖遺物を見せびらかしながら続ける。
「そう。幕末の動乱期、京都を舞台に維新志士と戦ったあの新撰組。その隊士である『沖田総司』や『土方歳三』なんかが修めていた流派だよ」
古の大英雄なんかを呼び出したとしても、俺みたいな三流以下が十全に扱えるとは思えない。むしろ死期を早めるだけだろう。
故に、比較的現代の英霊。それもおそらくは相性がよいであろう日本の英霊を呼ぶことに決めた。
比較的近代で日本の英霊で真っ先に考えたのが幕末の英雄たち。そのうち闇討ちや暗殺が得意であった新撰組の誰かがいいだろう。ならば、今度はその新撰組の中で誰を呼ぶのがよいかと考えて、沖田総司を狙うことにした。
新撰組最強と謳われたその剣技。暗殺の経験と逸話があり、それでいて性格も温厚だったという。土方歳三などは苛烈そうで、どうにも俺と相性が合わない可能性だってある。
沖田総司を狙うなら、その愛刀でもあればよかったのだが。菊一文字則宗を入手するのは簡単ではないし、そもそも愛刀だったというのは後世の創作であるため召喚できるか不明。途方に暮れていたところ、偶然入手したのが先ほどの古びた書物である。
『ジ ッ 天然理心流』と書かれたこの本を入手できたのは本当に幸運だった。天然理心流の前に何が書かれているのかは読めないし、どうにも想像できないが、重要な部分はしっかりと読むことができる。
内容はまだ読んでいない。どうやら奥義書らしく、俺なんかが読むのは剣に対しての冒涜だろうし、下手をするとこれから呼び出す英霊の怒りを買うことにもつながるかもしれないからだ。
「カウレスも、聖遺物を手に入れられたんだろう?」
俺と近しい立場の友人に訪ねるとカウレスはこれまた古びた設計図を俺の前に見せた。
☆
黒の陣営によるサーヴァントの召喚。詠唱を終えてサーヴァントが現界したその瞬間は確かに高揚と緊張の空気が場を支配していた。
しかし、その空気は長くは続かない。
最優のクラスであるセイバーを召喚して傲慢な笑みを浮かべていた者は、間抜けな表情でアサシンのサーヴァントを見て目を見張った。
突如として宿った令呪の為にマスターとなり、その非才さ故に余裕など全く程に疲弊していた者も、思わず疲労を忘れて呆然とアサシンのサーヴァントを見ていた。
他のマスターも、いつもは冷静な者たちも同様に開いた口がふさがらないという風で。
王として玉座に座っていたランサーも、その横に控えるダーニックも得体のしれないものを見るような目でアサシンを見ている。
そして、それはアサシンのマスター当人である隼人も例外ではなかった。
「え? どちら様?」
この場にいるすべてのマスターの――いや、サーヴァントも総じて有していたであろう疑問を口に出す。背後にジェットを装着して空中に浮いた水着の美少女の英霊なんて、誰一人として真名の予想など着くはずがなかった。
黒い水着に、黒いマフラー。それらには一部に金色の装飾が入っていて高級感が増している。手に持った刀は、隼人の眼がおかしくなっていないのであれば、菊一文字則宗にそっくりだ。
「お待たせしました。マスター! 黒のアサシン。水着で無敵な沖田さん参上です!」
元気よく名乗りを上げた水着で無敵な沖田さんの言葉はだんだんと小さくなって――――思い出したように今までの疲れや、召喚による疲労が押し寄せてきた隼人はそっと意識を手放した。
沖田さんが出たら続きを書きます。
沖田さんが出なかったら精神的に落ち着いてから続きを書きます。