あと、妖怪に関する設定の中にも独自のものが含まれます。
ある日の早朝、僕はご主人様の後ろを数人の女中と共についていき、玄関へと向かっていた。
今日はご主人様が都市の北の山に薬草を取りに行くというので、今日を含めて3日ほど家を空けるのだ。帰りは明日の夕刻になるとか。
最近は出かけることはあってもそのほとんどが都市の中の役場やら議会やら学校やら会館やらで、都市の壁を越えることなんて十何年に一度か二度あればいい方だったので、最初聞いたときは珍しいと思った。なんでも、今回目当ての薬草は他の雑草と見分けのつきにくいレアな薬草らしく、他の人では見分けられないだろうから自分が行くと言ったのだとか。それが今研究している病気の治療薬の素材として必須らしい。
もちろん今日に至るまでに一悶着あった。ご主人様はこの都市の中でもかなりの重要人物で、都市の中の地位も上から数えた方が断然早い。しかも最近また昇進したばかり。そんな人が最近特に妖怪が出ると噂され始めた北の山に単身赴くというのだから反対しない方がおかしい。
名前も聞いたことのないような都市の偉い人も反対したし、身近な人ではご主人様の上司でもある月夜見様が反対した。さらに月夜見様が話したせいで都市の名家である綿月家の耳にも入り彼女たちも反対した。当然こればっかりは僕も反対だったし、もっと言えば僕は一人で行かせるくらいならついていきたいのが本音だった。
少なくとも人間よりは鼻や耳が良いのだから全く役に立たないなんてことはないだろうし、いざとなれば妖怪と戦う覚悟だって決めていた。日頃からもっと役に立てないかと思っていたし、今回はそのちょうど良い機会になるだろうと思っていた。
ただし、当然と言えば当然なのだがご主人様に僕を都市の外まで連れて行く気は最初から無かったらしい。何度か同行したいとアピールをしてみたものの、やんわりと断られてしまった。
どうやら最初に僕を拾った時のことを思い出してしまうし、もしものことがあって僕に怪我をされると困るからなのだとか。
それ以上に僕はあなたに何かあったらと思うと、心配で胸が苦しくなるほどなのに。
結局、都市の軍の12人を護衛として付けて行くことを条件に山へ行くのを許された。ご主人様は「妖怪相手には負けたことがないから」と言って、大げさすぎるんじゃないかと気にしているようだったが、僕から見ても護衛がつくのは妥当だと思う。
特に妖怪が出るなんて噂がされているような場所ならなおさらだ。
ご主人様が今まで妖怪を相手に戦って勝ってきたことは素直にすごいと思うし尊敬もできる。でも、今まで順当に勝ち続けて生き残ってきたからといっても、それは今後もずっと勝ち続けられることとは結びつかないのだから。
ご主人様の中に見える、慢心という不安の種が、どうにも心の奥底に引っかかっていて居心地が悪かった。
どうにかこれが、ただの思い過ごしでありますように。
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門までたどり着くと、早速その12人が待っていた。どうやらもうここから護衛は始まるようだ。全員が最近開発されたらしい銃という武器や短剣で武装している。
銃と言うのは、霊力のない人間でも扱える飛び道具らしい。具体的にどういう仕組みのどういうものなのか詳しいことは分からないが、軍人が全員身につけているということは、少なからず戦いに役に立つものなのだろう。
僕が行けないのは不満だが、駄目と言われてしまった以上はこの人たちに頑張ってもらうしかない。見送りの女中たちの中に混じって、僕も渋々といった感じで見送ることにした。
いくら危険だといっても、流石にこれだけの人数がいれば大丈夫だろうし、過去にご主人様はそこにいって無事だったのだから今回も無事に、何事もなかったかのように帰ってくるだろう。
もし帰ってきたら、その時は心配させた分の埋め合わせにしつこいくらい甘えてやろう。
とにかく今はご主人様たちの一行の無事を信じてみよう。いや、今はとにかく信じるしかない。
だって、一緒に行けない僕にできることなんか、そうすること以外に何も無いのだから。
●
ご主人様を見送ってしばらく後、僕は気分転換に屋敷の中を歩き回っていた。どうにも胸騒ぎというか、嫌な予感というのが脳裏にこびりついたままなぜか離れない。
今までだって、今回の時のような理由で都市の壁の外にご主人様が出て行くことはあったし、もちろんいつも傷一つなく帰ってきていた。今回だってきっとそのはずだ。それに、戦闘においては僕みたいな狼一匹なんかよりも強そうな護衛だって何人もいるんだし、何も心配はいらないはずだ。
さっきからそうやって、しつこいくらい何度も自分の心に言い聞かせていた。
なのに……それなのにどうしてこう、何か良く無いことが起きるような気がしてならないのだろうか。これが俗に言う、第六感とやらなのか。
そうやって思考の渦にうだうだと巻き込まれていると、ある一つの部屋にたどり着いた。そこは女中たちの休憩に使われる部屋だった。
ただなんとなく気を紛れさせるためなのか、興味本位なのか、明かりのついたその部屋の障子の隙間から、まるで無意識に導かれるように部屋に入ると、ちょうど部屋の中央あたりにある卓袱台の上に広げられた、灰色の紙に目が行った。
新聞という奴だ。
僕は一応文字が読める。言葉を覚えたら次は文字だと思って自力で勉強した。具体的にはご主人様と月夜見様が豊姫様と依姫様にそれぞれ勉強を教えているのを隣で見たり聞いたりしていたのだ。特に文章を読み聞かせている時などは習得の役に立った。
と言っても、そもそも文字を使うことなどない狼が人間や神様の使う文字を一から覚えようというのだからかなり苦労はした。言葉を覚えるよりも何倍も手こずった記憶がある。
とにかく、今は何かしていなければ落ち着かないような状態であったので、少し冷静になるためにも文字に目を通すのも悪くないかと思い、その新聞の文面へと目を落とす。
そこに書かれていたのはここ最近の事件などを乗せた記事だった。
『軍事演習中に兵士三名消息断つ 濃霧で遭難か』
『行方不明の親子、遺体で見つかる 妖怪の仕業と断定』
『妖怪が失踪した男性に化け遺族ら襲い三名重症 自警団「極めて残忍」』
『連続児童誘拐殺人事件、犯人の妖怪をついに射殺』
分からない言葉をちょいちょい飛ばしながら読み進めていくが、やはり暗いものばかりでそのほとんど、8割くらいが妖怪に関する事件を扱った記事だった。そして僕は、その中に頻出する一つの単語が気になって仕方がなくなった。
『妖怪』……人の恐怖や血肉を食らって生きる化け物。人間とは相容れないまさに天敵。それがこの都市の外に、ご主人様が向かった山にいるのだと思うとぞっとした。
当然、新聞でも妖怪に対する情報はどれもネガティブなものばかりで、中には妖怪の非道さ、悪辣さを公然と罵るような文面さえあった。これが、妖怪のあり方。これが、人間と妖怪の関係。
冷静になるどころか、僕の中で燻っていた不安が心を蝕む炎となって、じわじわと燃え広がるように思考を侵食していった。
もし、ご主人様や僕の大切な人たちが妖怪に殺されてしまったら、僕は正気を保ったままでいられるだろうか。もし僕が何かの拍子に妖怪になってしまったら、僕はどうなってしまうんだろうか。僕の在り方まで妖怪に引きずられていってしまうのだろうか。その時僕は、ただ衝動に任せてみんなを襲ってしまうのだろうか。そしてみんなは、妖怪になった僕を拒絶するのだろうか。
不安がさらなる不安を招き、沸き立つ負の想念が僕の心を全力でかき乱す。
……駄目だ、考えるな。これ以上は何も考えるな。
僕は頭の中を支配しようとしてくる悪い思考や妄想を強引に振り払い、そこから逃げるように今いる部屋を飛び出した。そのまま僕は足早にご主人様の部屋へと駆け込んだ。
僕は畳んで端に寄せられていた布団に飛び乗ってそのまま丸くなった。
やはり、ご主人様の匂いを感じていると、少しだけ気分が落ち着く。先ほどまで感じていた強烈で、胸を焼き焦がすような不安感も少しずつ引いていった。
きっと、僕は少しおかしくなっていたんだろう。
久しぶりにご主人様が日にちを跨ぐほど家を空けるから、それに妖怪の良くない知らせや噂話が丁度タイミング悪く重なってしまったから。
それで不安に駆られてしまっただけだ。
ご主人様、どうか無事に戻ってきてください。そして僕を安心させてください。
だけど、その願いは叶うことはなかった。
翌日、妖怪の襲撃を受けてご主人様が山の中で消息を絶ったという知らせが飛び込んできた。
筆が勝手に走って気がついたら当初の予定よりも文量がむしろ少しだけ増えていたでござるの巻。
それでも前話の半分くらいなんですけどね。
第三話はいい切り方が思いつかなかったので2話分の文量でも分割できませんでした。
今回は台風で頭がおかしくなったせいか、筆が謎の暴走をした結果ですので、もし見落とした誤字脱字または文法的にトチ狂った箇所等がありましたら報告していただけると幸いです。
次回の更新は一週間以内を予定しています。
もしかしたら大の苦手な戦闘描写が入るかもしれないので若干時間が欲しいというのが正直なところなんですよね。
古代編ももう少し、あと数話したら終わります。
主人公の人化も近いです。
ただし、次話以降は書き溜めというか、下書きがある分の最後の話となりますのでそれ以降は本当に不定期になります。
ちなみにこの小説、本当はもっとサクサクっとギャグをメインにした軽いノリで、文字数も少なく行く予定でしたが、なんか書いていたら予想外に話がシリアス寄りに重くなってしまったがためにあらすじを第一話投稿前に書き換えたという裏話があります。
そのあらすじも9月18日時点で急拵えのものから変更しました。