最近は活動報告も書く時間がないくらいに多忙でしたが、なんとか最新話を書き上げました。
この更新を生存報告の代わりにさせて頂きます。
余談になりますが、もしかしなくても戦闘描写は三人称視点の方が書きやすいのかもしれないと思い始めた今日この頃。
痛い。苦しい。……そして、怖い。
私は逃げることも叶わず、抵抗することも許されないまま目の前の男に拷問されていた。挫いた足を踏みつけられ、手を砕かれ、散々に足蹴にされた。
もうどのくらいこの苦痛が続いたかなんて分からない。何秒だろうか、何分だろうか、それとも何時間だろうか。永遠にすら感じられるこの地獄の中で、私はただ這いつくばって耐え続けることしかできなかった。
「た、す……けて。だれ……か」
尽きることのない痛みに侵され、いつとどめを刺されるとも分からない恐怖に苛まれ、今にも手放してしまいそうになる程に朦朧とした意識の中で、私は消え入りそうな声で最後の望みを声にする。
抗うことも、逃げることも、とうに諦めた。
だけど、それでも、助かりたかった。こんなところで死にたくはなかった。私には帰りたい家があって、会いたい人がいて、まだやりたいことも、知りたいこともある。
その感情というよりも本能に近い執着や未練だけが私を生へと結びつけていた。
「なぁ、こんなになってもまだ立場がわからねぇのか?あぁ!?……これから食われる食材の癖してなに希望なんてもん持ってんだよ!」
しかし、それすらも目の前の男は嘲った。
「聞き分けのねぇバカには何度だって言ってやるよ。……この山はもう俺たちのもんだ!人間に味方するような気の狂った奴なんざいねぇんだよ!」
男はその濁った瞳に怒りを浮かべながら私を睨みつけてさらに言葉を繋げていった。
「それにこの霧の迷宮は完璧だ。そこらの土着神風情や人間ごときこの俺たちの敵じゃねぇ!今更テメェに助けなんて来ねぇ。まだ分かんねぇか?」
何も言えなかった。
こんなことは戯言だと切り捨てるだけの自信を失ってしまったことが、反論するどころかただ倒れ伏すだけでなにもできない惨めな自分が、ただ悔しかった。
「……無駄で無意味な希望なんか持つんじゃねぇ。……俺たち妖怪はなぁ、負の感情が、特に恐怖が大好物なんだ!それが染み込んだ肉が大好きなんだよ。……もっと、美味しくなれよ。美味しくなって俺たちを……ッ!」
だが男はそこで言葉を途切れさせた。
ガサリという枯葉を蹴り飛ばす音がした。
私も力を振り絞って土に汚れた顔を少しだけ持ち上げると、白い獣が男めがけて横から飛びかかっていた。
「ぐあぁぁぁッ!……クソが!何しやがるッ!」
不意の一撃にも関わらず、首を狙った牙を男はなんとか腕を盾にして防ぎ、噛みついてきたその白い獣を振り払った。
しかしそのダメージは大きく、噛まれた右腕は溢れる血で赤く染まり、一目見て使い物にならないだろうということが察せるくらいには損傷していた。
そして白い獣は私を背に庇うようにして着地し、男と対峙する。
「なん……で……」
その獣の姿には見覚えがあった。いや、見覚えがあるという言葉では片付けられないくらいに慣れ親しんできた後ろ姿だった。
私が都市に残して来たはずの、ここには居ないはずの、私の家族。
今まで何をしても怒らなかった白が、聞いたこともないような獰猛な唸り声を重く響かせながら私の目の前に、背を向けて立っていた。
「白……。どう、して……」
どうして、白はここにいるのか。
どうして、白は私のいる場所がわかったのか。
どうして、白は妖怪の巣窟と化したこの山を駆け抜けて来られたのか。
どうして……白がその身に溢れんばかりの妖力を滾らせているのか。
私はただ状況が飲み込めずに、呆然とするばかりだった。
●
猫耳の男は怒り狂っていた。
獲物に恐怖を植え付け美味しく料理する神聖な儀式を邪魔されたから。まさか人間を無視してまで自分を襲ってくるとは思わなかった野良妖怪に、全く想定外の奇襲を受けたことが気に食わなかったから。そのどちらも男を揺さぶり怒らせるには十分ではあったが男が我を忘れるほど怒り狂うのには別の理由があった。
そしてその理由そのものが男の目の前に立っていた。それは獲物の女を背に、男を殺意の篭った眼光で射抜く大きな白い狼だった。
まるで後ろの女を守るかのように立ちはだかるその狼の妖怪が、男の心を掻き回し、どうしようもないほどの怒りへと駆り立てていった。
男は先ほどの自分の言葉を思い起こす。
『人間に味方するような気の狂った奴なんざいねぇんだよ!』
だが現実は違った。
男は眼前に立ちはだかるその狼の妖怪が、紛れもなく女を守るためにここまで来たのだということを、狼から発せられる己への殺意から感じ取っていた。
自分が放った言葉が1分と経たずに否定されたことが、そして自分に楯突いてでも人間を守ろうなどという、言葉通りの全く信じがたい『気の狂った』存在が目の前に突如現れたことが、男に筆舌に尽くしがたい未知の衝撃を与えていた。
男はその理解のできない感覚を、処理しきれない感情を、そして一撃で噛み砕かれてしまった己の腕を支配するこの痛みを、最も直線的で分かりやすい怒りという力へと変換して目の前の元凶にぶつける事にした。
「この野郎ッ!よくも、俺の腕を……!おいテメェら!ボサッとしてねぇでとっとと殺れよ役立たず共が!」
突然のことで狼狽えていた妖怪たちが、己の動揺を棚に上げた男の命令でようやくまばらに動き出して白に向かって殺到する。
だが男は邪魔をされないように彼女を取り囲む妖怪たちを一度離れさせてから甚振り、さらにその離れさせた妖怪の半数以上を相棒の増援へと充てていたため、妖怪たちの戦力は見事にバラバラに分散していた。
そのせいで妖怪たちは離れた位置から連携も考えずに各々突っ込んで来ることとなった。
まず餌食になったのは数体の小鬼の小集団だった。
白は最も近いその集団へと突貫し、先頭にいた小鬼を体当たりで撥ね飛ばした。大きく成長した狼の全体重を乗せた突進は先頭の小鬼へのインパクトの瞬間、その華奢な体の骨と内臓を粉々に砕き即死させた。
まるで軽い木の葉のように吹っ飛んだそれは不運な後続を巻き込んで派手に転がっていった。
地面に転がる無防備な小鬼には目もくれずに、転倒の巻き添えを免れた小鬼へと飛びつくと、押し倒してその喉笛を容赦無く噛みちぎる。その小鬼は一瞬のことに目を見開きながら断末魔を上げることさえなくただの死体に成り下がった。
まとめて吹き飛ばされた小鬼の中から無事だった個体が数匹立ち上がるも、全員どこかを負傷しているような有様であり、能力に目覚めた白の敵とはならなかった。
彼らはごく僅かの間にその小さな頭を果実のように嚙み潰され、その柔らかい腹を食い破られて物言わぬ肉塊となった。
他の妖怪が追いつく頃にはすでにそのほとんどが斃れ、最初の集団は壊滅状態となっていた。
理性を捨て去り、脳のリミットが外れ、その内に秘めていた『獣』としての本能を解き放った白は、覚醒した『力の強弱を操る程度の能力』を使い、一時的に己の力を高めることで戦っていた。
脚力を最大限に強化することでその場の誰よりも早く地を駆け、顎の力を限界以上に強化することでその場の誰よりも強い咬合力を手に入れた。
その力で爪を振るえば熊の妖怪の剛毛さえ容易く斬って肉を裂き血溜まりに沈めた。
その力で牙を突き立てれば大蛇の首をその剛皮ごと千切って冷たい地面に転がした。
自らの手下が、たかが野良妖怪一匹に蹂躙される様を見せつけられた男がやっと我に返った頃には、あまりの出来事に動揺を隠すことすらできないその男と、返り血でその白い毛並みを暗い赤に染めた狼だけが立っていた。
「ぜ、全滅?俺の手下の妖怪が、こんな奴に……!?」
あり得ない。
男の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。だが、それを否定する現実が目の前には確かにあった。
腹を割かれて臓物を撒き散らしながら死んでいる小鬼、首と胴体が別れてしまった大蛇、牙と爪で全身をズタズタにされて夥しいほどの血を流し絶命している熊など。そこに転がる骸の全てが、そこから漂う濃密な『死』の匂いが、男に残酷な現実を突きつけていた。
その狼の視線は、数多の血を浴びたと言うのにまるで衰えた様子もないどころか、むしろ鋭さを増した殺意を宿している。
その視線に射抜かれた男は、狼の冷たくも鋭いその眼光に押されるように、腰を引かせながら半歩下がる。
この瞬間、男はようやく思い出した。
恐怖だ。
ここ何年も何十年も、何者にも脅かされることなく思うがままに暮らしていた自分たちが長らく忘れてしまいながら、獲物に振りまき味わわせ、何より己が糧として味わい続けてきた感情だった。
それが意味するところとは……己が狩られる側に回ったという、男にとっては信じ難く、また許しがたい事実だった。
本来なら相手にすらしない、取るに足らない存在であるはずの獣風情に、恐怖を引きずり出された。それは能力持ちでありそれなりに存在を知られている中妖怪として、男が今までに築き上げ、抱き続けてきたプライドを傷つけることに他ならなかった。それが純粋に気に入らなかった。
そんな不愉快極まりないそれを吹き飛ばすように、一瞬でも心に居座らせてしまった恐怖を塗り潰して無かったことにするかのように、ある感情が湧き上がる。
邪魔されたことや傷つけられたことに対する怒りや、理解不能な存在に対する困惑や動揺。そうした感情が滅茶苦茶に混じり合った激情とでも表現すべきものであった。
「何だよ、何だよ!何なんだよォ!何なんだテメェはよォォォ!妖怪の癖に!獣の癖にッ!何でそんなことしてやがんだよッ!何で人間なんかのために戦ってんだよッ!ワケ分かんねぇんだよこのクソ毛玉がァァァァァァッ!!」
なぜ、自分がこんな目にあっている?なぜ、自分の手下がただの毛玉ごときに皆殺しになっている?なぜ、自分はこんな奴を恐れている?
そして……。
なぜ、目の前のコイツはこうまでして人間を守ろうとしている?
妖怪が妖怪を狩り、妖怪でありながら人を守る。明らかに異質で異常な、それこそ狂気的ですらある在り方で、妖怪として完全に歪んでいる。
だがそんな歪んだことを、男の眼の前に立ちはだかる獣は成そうとしていた。
分からない。あってはならない。理解できないし、理解したくもない。
男は脳が処理できる限界を超えたその激情の奔流に飲まれた。
激昂した男の両腕が急に色を失うと共に金属へと変質していく。砕かれた腕の怪我などなかったかのように、指の一本一本がまるで研がれたナイフのような刃となり、腕の肉と骨とが溶け合い混ざり合って金属の鎧を形成する。
男の能力の習熟具合であれば、本来なら損傷した部位の変質、変形は上手くいかないのが常であった。
だが、白が今まで抱くことのなかった激しい殺意を始めて発露させたことをトリガーに、その『力の強弱を操る程度の能力』を覚醒させたように、男もまた、その激しい感情によって押し上げられるように能力の段階を一つ上へと昇華させるに至っていた。
男の能力である『肉体を金属に変える程度の能力』によって作り上げられたその姿は奇しくも未来の世界でサイボーグやロボットと称される存在と酷似していた。
「ウオオオォォォォォォラァァァァァァァァァァァァ!!!!」
両腕全体を冷たい鉄の凶器と化した男は、炎のように熱量を帯びた雄叫びと共に風を切り、一直線に目の前の狼へと飛びかかる。
狼はそれを真正面から迎え撃つために力強く大地を蹴り飛び上がる。
狂った『獣』が、お互いに牙を剥いた。
●
人間にとっての地獄と化していた山の一角が、一転して妖怪にとっての地獄へと生まれ変わっていた。空から降り注ぐ月夜見の矢は、獲物を狩る必殺の一撃となって妖怪たちの命を一つ、また一つと散らしていく。
もはや戦いなどではなかった。それは妖怪たちからしてみれば一方的な殺戮とでもいうべき所業であった。
無論、彼らもやられるばかりではなかったが、その蛮勇の心は早々に打ち砕かれていた。
最初の犠牲者は空を飛べる妖怪たちだった。
山へと侵入する月夜見の存在を感じ取った、羽を持つ虫や鳥などの妖怪が徒党を組んで彼女の元へ、その命を刈り取るべく殺到したが、次の瞬間には彼らが刈り取られる側へと転落していた。
単騎で突っ込めば遊びの的のように撃ち落とされ、纏まって向かえば味方諸共貫かれる。死角を突こうにも死角など最初から存在せず、まるで全方位が見えているかのように対応された。距離をとって取り囲み遠距離から妖力弾を撃ち続けても射撃精度と射程距離に優る月夜見が相手では無意味な下策でしかなかった。
飛べない妖怪は地上から妖力弾を打ち上げて弾幕を張るも、デタラメにばら撒かれたそれは当然味方にも当たるため、空の妖怪たちの動きの妨げとなるが、一方で肝心の標的たる月夜見にはただの一発さえ擦りはしないどころか牽制になっているかすらも怪しかった。
だが、数だけ見れば多勢に無勢。妖怪側の方が圧倒的に数で勝るこの場にあっても、月夜見には弱体化を承知で霧の中に一時的に飛び込んでその中にいるはずの永琳や白を探す余裕さえあった。
もはや両者の差は歴然だった。
月夜見の神力によって生み出され、月夜見の神力の込められたその矢は当たるどころか薄皮一枚掠めるだけで並みの妖怪では致命傷となり、貫かれればその身は粉微塵に砕け消滅する。
空で、地上で、妖怪がどれほど必死に打ち続けても、その必死の攻撃はそもそも当たらない上に当たっても皮膚の一枚どころか服の布一枚貫通できない。
しかしその一方で月夜見の矢は必殺の一撃であり、たった一発掠めることすら許されない。
圧倒的劣勢による混乱の中、連携はままならず力押しもできず、小細工を弄しても圧倒的な力で粉砕される。
そんな状況下でまともに戦えるはずなどなく、飛行能力を持った妖怪のほとんどが消滅させられてから、程なくして妖怪たちの拙い防衛線は瓦解して散り散りに逃げて行くのみとなった。
しかし、古い付き合いで家族同然に考えていた永琳を襲った妖怪の一団を、その末端とはいえ見逃してやれるほどに今の月夜見は慈悲深くなかった。
身内に対する情愛が深いという事は、裏を返せば身内を傷つけるものには容赦がないという事を表していた。
月夜見が空へ向けて一矢放てば逃げ惑う妖怪烏を跡形もなく消し飛ばし、地に向けて放てば恐慌状態の妖怪を大地ごと爆ぜさせる。
鳥も、獣も、巨人も、虫も、蛇も、鬼も、彼女の前では全てが等しく無力だった。
目の前の神の力に敵わないことを悟った妖怪たちからの抵抗は途端に弱まり、戦いは月夜見の完勝のままに幕を閉じようとしていた。
このまま行動の主軸を戦闘から捜索へと切り替えようかと月夜見が考えだしたその時、月夜見の真下に立ち込める雲海のような霧の中から、突然猛烈な弾速の妖力弾が月夜見の心臓めがけて飛び出してくる。
だがこの程度の不意打ちを貰うほど月夜見は弱くはない。月夜見はそれを左へ体を捻って躱すと、それが打ち出された地点へと黙って視線を向け、同時に切り替えかけていた思考を戦闘へと引き戻した。
「チッ……。今の奴を避けるか。やはりそこらの神とは違うな……だがそれでいい。それがいい。それでこそ料理のしがいがある」
霧の中から飛び出してきたのは一人の男だった。
禿頭に褐色の肌、そして背中から伸びる大きな黒い翼。その姿形が人型であることから察せられるように、月夜見から見てもそれなりに力のある妖怪なのだろうということが見てとれた。
「しかも随分な上玉じゃないか……本当に、今日の俺は運がいい。……まぁ、残り短い命でせいぜい俺を楽しませることだ」
醜悪に歪んだ口元と、いちいち鼻につくその言い回しに月夜見は思わず眉をひそめた。
だが月夜見はその鳥男の外見や言動など心底どうでもよかった。どの道やることなど決まっているのだから。
そんな些細なことなどよりも、彼女はその男から発せられる力にこそ注目していた。
「その妖力……。そう、この面倒な霧は貴方の仕業なのね。……それに、運がいいのは私も同じね。だって、殺すつもりの主犯が、わざわざ自分からやってきてくれたんだもの。おかげで探す手間も時間も省けたわ」
相手が月と天空を司る神であるなどとは露知らず、負ける可能性など毛ほども考えていない男の方とは違い、月夜見は軽口を叩きながらもそこに油断はなかった。
話している間も目線は片時も男から離さず、その動作の一つ一つを観察していた。
「小物ほど口だけは回るものだな。全く気に入らん。……だがそんなことを言えるのも今のうちだ!その減らず口を悲鳴に変えてやろう!覚悟はいいな!」
「小物はどちらか、貴方に身の程というものを教えてあげる。……授業料は貴方の命。せめてあの世で役立てなさい!」
そう言い終わる時には、すでに月夜見の手には新しく作られた矢が握られ、男の眼前には新しい妖力弾が生成されていた。
地上で白と猫耳の男がぶつかる頃より僅かに時を遡り、空ではもう一つの戦いの戦端が開かれていた。
もう今更な話ですが「この章限定の名無しのモブがこんな妙なキャラ立ちしてて今後出す予定のオリキャラとか大丈夫なのかな」とか思い始めています。
あと、シリアスパートに入る前の段階、色々駆け足すぎてバランス取れてなさすぎではというセルフツッコミが最近頻繁に脳裏をよぎるのでこの章がひと段落ついたらになりますが少しだけ過去の話に加筆を行う可能性があります。
ただしちょっとした補足程度にとどめる予定ですので本筋にはそれほど影響は出ないかと思います。
プロットが秒で崩壊して迷走する筆、安定しない文体、話数を重ねるごとに把握できなくなる設定など、問題・課題は多いですが今後も執筆頑張っていきたいと思います。
また、いつもの事ですが誤字脱字や文法的におかしな部分があればお知らせ下さい。
今回と同じく不定期かつ時間が空いてしまうかも知れませんが、また次回の更新でお会いしましょう。