真・恋姫†無双異聞 皇龍剣風譚     作:YTA

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どうも、YTAです。
書き出す前はあっさり終わりそうだと思っていたのが、そもそもの間違いでした……。
前回、勢いで書いていた所の矛盾点などを調整し始めたら、三行くらい書いては頭を悩ませるような状態に陥ってしまい、余分にカロリー消費した気分です……。
楽しんで頂けると良いのですが……。

感想、評価、お気に入り登録など、大変に励みになりますので、宜しくお願いします。
では、どうぞ!


第五話 ゆずれない願い

 

 

 

「おぉ、もうチビるかと……」

 北郷一刀は、濃い緑が匂い立つ草原にがっくりと両手両膝を突き、チワワの様に震えていた。

 身動き取れずに高々度から地面に鋭角に突き刺さるなど、正気の沙汰ではない。

 まぁ、そもそもウィングスーツどころか、古式ゆかしい落下傘(パラシュート)すら付けずに自由落下(フリーフォール)などしている時点で正気では無いにせよ、だ。

 

「何で記念すべきタイミングで、こんな辱めを……」

 この大地を踏みしめる瞬間を、どれほど長い間、待ち望んで来た事か。

 だと言うのに、何の因果でその最初の感想が『パンツを濡らさなくて良かった』でなくてはならないと言うのか?

 

「いかん、いかんぞ。メンタルリセットだ、メンタルリセット……」

 一刀は、自らを叱咤して無理くり身体を起こすと、大きく息を吸った。

差し当たり、五体満足で傷一つ無い。

 地面に周囲の生態系を破壊する様なクレーターを穿(うが)ったりもせずに済んだ。

 

 万々歳ではないか。

 一刀は続いて、卑弥呼が持たせてくれたミリタリーバッグのジッパーを引き下ろし、中身を確認してみる。どこぞのカリスマ主婦にでも傾倒しているのかと疑いたくなるレベルで整頓されていた為、直ぐに目的の物――キャメルのパックのカートン、お気に入りのクローム製のシリンダーアシュトレイ――を見つける事が出来た。

 

 一刀はオイルライターで煙草に火を点け、有害物質が肺を満たす感覚に満足すると、行動方針に付いて考える事にする。

 落下中に体制を固定される前に見た周辺の地形では、西に見える山を越えた先に、出城が見えたので、とりあえずはそこに向かうべきだろう。

 

 知り合いが居れば会わせてもらえば良いし、居なければ、城の人間に一番近くにいる知り合いの居場所を訊き出せばいい。

 遥か上空からの目算ではあるが、それでも城までは20km前後の距離でほぼ間違いないと自信が持てる。荷物はあるが、ゆっくり歩いて行っても精々6~7時間の距離だ。

 

 鎧を着れば一瞬で踏破できる道程ではあるが、この濃厚な緑の匂いや清廉な空気をゆっくり感じて歩きたいと言う欲望は、自分でも驚くほど強いものだったので、それに逆らう気も起きなかった。

 となれば、問題は既に太陽が随分と西に傾きつつあると言う事だろう。

太陽の位置や空模様、気温を総合して考えれば夏か初秋と思われるので、まだ日照時間は長めの筈だが、それでも甘く見積もって、夜の光源など月明りと蛍くらいしかないこの世界の山中で日暮れを迎えるのは、絶対に避けたい。

 

「野宿か~。野宿いっちゃうか~」

 幸い、この周辺が山の麓にほど近い草原なので、焚き付けにも苦労はしないだろう。

 一刀が周囲を見渡すと、丁度、全長が3m程の大岩があるのが目に付いたので、近づいてみる。

 歩を進める度に、飛蝗(バッタ)蟋蟀(コオロギ)たちが慌てて飛び退いていくのを見るのも随分と久し振りで、それだけで胸が躍る様だ。

 

 一刀は、岩の直ぐ近くに焚火の跡を見つけ、満足気に微笑んだ。

 周囲もよく踏み慣らされているので、どうやら予想通り、旅人たちがよく野営に使っている場所なのだろう。一刀は、ここを野営地にする事に決めて、焚き付けを集める為に山に向かって歩き出した。

 少し早いが、日があるうちに火を起こしてしまうのも良いかも知れない。

 そんな事を考える一刀の心中は、とても豊かな思いで満たされていた。

 

 

 

 

 

 

 費禕(ひい)こと聳孤(しょうこ)は、必死の思いで、細い山道を疾走する馬の背にしがみ付いていた。目は向かい風を受けて干からびる寸前で、手綱を握る手には感覚がなく、尻は二倍に腫れ上がっている様な気がするし、内腿の筋肉は悲鳴を上げている。

 それでも聳孤がどうにか耐えていられるのは、鍛え上げられた呂布隊の駿馬(しゅんめ)を借りていて、尚且(なおか)つ、前に高順こと誠心が、左右にそれぞれ臧覇こと武悦と清廉こと知拳が張り付く様に並走して、聳孤の馬を上手く誘導してくれているからだ。

 

 乱世の時代には、『一匹の巨大な獣の如し』とまで言われ畏怖された呂布隊の騎兵の手綱捌きは、本来であればこんなものではないだろう。

 後ろを付いて来てくれている十名の護衛たちも、恐らく、今の倍の速さであろうと汗一つ汗をかかずに走る事が出来る筈だ。

 

「大事ありませんか、軍師殿?」

 聳孤は、大声でもないのに明瞭に聞き取れる武悦のその問い掛けに、無理やり笑顔を作って頷いて見せる。口を開けば、腔内の水分を一瞬で風に奪われてしまいそうだった。

 一方の武悦は平然としたもので、聳孤に向けた目をまた前方に戻して、誠心や知拳と馬足を合わせる事に注意を戻している。

 

 流石に、今にも胃がひっくり返りそうだなどとは言えない聳孤は、兎に角、前を走る誠心の背中を追う事に意識を集中する。

 この山を越えた先には自分の、いや、この世界が待ち望んでいた人物が居ると信じて。

 

 

 

 

 

 

豪奢(ごうしゃ)だねぇ」

 一刀はそう独り言ちて、焚火の爆ぜる音を聴きながら朱に染まり出した山々と緑の大地を眺め、卑弥呼が持たせてくれた干し肉を噛み千切った。

 紙巻き煙草が許されるなら缶詰くらいは入れてくれても良いじゃないかとも思うが、まぁ漢女の判断基準なので深くは問うまい。

 

 それに、洒落た革巻きのスキットルに入っていたウィスキーは中々の味だ。

 姬大人の筆跡で『祝杯』と書かれたメモ用紙が貼ってあったから、餞別の心算(つもり)で師が入れてくれたのだろう。

 遠目に野生の馬が数頭、此方を(うかが)っている姿すら、印象派の絵画の様に思える。

 

 いくら金を積んでも、この豊かさを買う事など出来はすまい。

 一刀がそんな事を思っていると、一頭の馬が鼻を上に向けて耳を(しき)りに動かし、傍に寄り添って草を()んでいた一回り小さい馬の頬を自分の鼻で一撫でして、一緒に駆け出した。

 それに気付いた他の馬たちも、後を追って走り去っていく。

 

 その様子を見た一刀は、僅かに眉を(しか)めてスキットルに蓋をすると、四つん這いになり、地面に耳を付けて意識を集中した。

「(5から10ってところか?)」

 大昔、毎日の様に聞いていた馬蹄の響きの記憶をどうにか呼び覚まして、そう見当を付ける。

 

  音が密集している事から考えても、野生の群れではなく、隊列を組んでいるのだろう。

 襲歩(しゅうほ)(全速)ほどではないが、駈足(かけあし)と呼ぶには十分な速度だ。

 光源に乏しいこの時代、まだ夕暮れ刻とは言え、騎馬の集団が何の目的もなく、視界が悪くなり出してから、こんな速度で移動するなどと言う事は、まず有り得ない。

 

 一刀は、酔い覚ましに水筒の水を半分ほど飲み下してから腰の兼光の握りを確かめた後、キャメルを一本パックから振り出して口に咥え、焚火から手頃な小枝を摘まみ上げ、赤く燻るその先端を煙草に押し付けた。馬蹄の方角からしても出城の人間たちである可能性は高いが、盗賊かと疑われて見咎められるかも知れない。

 

 そうなると、顔見知りでもない限り、今の一刀には身分を証明する手段が何もないのだ。

 第一、単純に馬賊の可能性とて捨て切れはしない。

「まぁ、なるようにならぁな」

 一刀はそう呟くと、藍色を帯び始めた空に紫煙を吐き出して小さく欠伸(あくび)をした。

 

 

 

 

 

 

 山を抜けた聳孤と呂布隊の面々は、山道から続く街道を暫く進んでから、馬を休ませる為に一旦、留まって、捜索の方針を決める事にした。

 ここから先は、低い山に囲まれた盆地となっている。

 二万三万という規模の大軍勢が自由に動ける程ではないが、それなりに広さがある為、乱世の折りには何度か数百程度の小勢同士での小競り合いがあった場所だったので、開墾もまだ進んでおらず、草原が広がるばかりの場所だ。

 

「この辺りには人里もありませぬし、日が暮れてからでは探索もままなりませんな。如何致しますか、軍師殿」

 誠心が思案気に虎髭を掻きながら聳孤に聳孤にそう尋ねると、聳孤は上がった息をどうにか隠しながら、(おとがい)に握りこぶしを当てて顎を引いた。

 

「そうですね……恐らく、まともに探索する時間は半刻(1時間)ほどしか無いでしょうし、無難にいきましょう。集合場所を決めて(のち)、散開して探索に当たるのが宜しいかと。この辺りは盗賊や山賊の報告もありませんし、そう危険はないでしょうから。それで見つからなければ、伝令を兼ねて半数を城に返し、翌朝に出直して頂きます。残り半数は、ここで野営し、夜明けと共に探索の再開を。明日、午前中いっぱい使って北郷様を見付けられなければ、私達の思い違いだったと言う事で探索を取り止め、帰還します」

 

「承知(つかまつ)った――皆も良いな!」

 誠心の呼び掛けに、一同が揃って返事をする。

 と、武悦がすぐさま口を開いた。

「では、此処から北西の、少し街道を外れた場所にある大岩を集合地点とするのが宜しいかと。城から遠乗りに来る者の休息場所になっております他、行商や旅人たちがよく使う野営場所となっておりますから。もし旅人と出会えれば、彼等から情報が得られるかも知れません」

 

「おう、それは良い。軍師殿?」

「はい。ではそこに向かいましょう」

 聳孤の言葉を聞いた誠心が武悦に先導を命じ、馬群は再び動き出した。

 そうして暫く、駈足の速度で移動していると、先頭を走っていた武悦が手綱を絞り、急制動を掛け、『停まれ』の意味で片手を上げる。

 

「如何したか、宣高」

 誠心が武悦の字を呼ぶと、武悦は「はぁ」と気の抜けた様な返事をして、訝し気な顔で馬首を巡らし、一行の元に戻って来た。

 その微妙な雰囲気を察して、誠心と知拳、そして聳孤が馬を寄せる。

「その、(くだん)の野営場所と言うのは、あそこなのですが、白い服を纏った男がおりまして……」

 

「なんと。であれば、御大将ではござりませぬのか!?」

 知拳の言葉に、武悦は小さく首を振る。

「それが、分からぬのだ。確かに似ている気もするが、御召し物も、色や意匠は似ていても以前とは違うし、何より、貫禄があり過ぎると言うか……」

 

「ふむ。あまり大勢で行って違っていたのでは、相手を驚かせよう。では、武悦、知拳、共に参れ。他の者は此処で待機—―軍師殿、参られまするか?」

「あ、はい。勿論!」

「では、我らの後ろに」

 

 聳孤は言われた通りに、誠心を中心にして、騎馬のまま先を行く三人の後ろに並足で馬を付けた。

 逞しい誠心の身体と乗馬が上下に揺れる隙間からは、遠目に焚火の火と、男の足元が見えるばかりだ。

 心臓が痛いほど動悸が激しくなっていた。

「そこな者、旅人か?私は――」

 

 誠心が、三十丈(約100m)ほどの距離を開けてそう声を上げると、男が立ち上がった。

「おぉ!誠心、武悦、知拳、ただいま!!」

 聳孤は、男たちが転がる様に馬から降りる姿を、息を呑んで見詰めるしかなった。

 

 

 

 

 

 

 一刀は、昔懐かしい呂布隊の部将たちに呼ばれて、改めて『帰って来た』と言う実感を噛み締めた。

 三人の男たちは、長揖(ちょうゆう)の礼を取って一刀の前に(ひざまず)く。

「御大将、よくぞ……よくぞ御戻り下さいました!」

「久し振りだなぁ、誠心。武悦、知拳も。皆、俺と違ってあんまり老け込んでなくて安心したよ」

 

「はっ!その、御大将は少々、貫禄がお付きに……」

 知拳が嬉しそうに軽口を叩くと、一刀は首を竦めた。

「まぁ、十五年も経ちゃあ、少しは貫禄も付くさ」

「はぁ?僭越ながら、御大将が天にお戻りになられてより、三年半ほどしか経っておりませぬが……」

 

 武悦が柄にもなく頓狂な声を出すと、一刀は困った様に苦笑を浮かべた。

「そうか、こっちでは三年か……説明が難しいんだが、天の国の時間とこっちは時間の流れが違うとで思ってくれれば良いかな」

 一刀は、そう言って頭を掻くと、改めて誠心の方へ向き直った。

「それより、皆が居るって事は、恋も来てるのか?」

 

「はっ、最近、この巴郡に於ける化け物どもの動きが活発になり、現地の駐屯部隊の応援に、我ら呂布隊が遣わされました」

 誠心がそう答えると、武悦が何処か申し訳なさげに口を添える。

「されど、恋様はねね様を伴い、巴郡西部の巡回に」

 

「一足違いか。残念だが……それにしても、ねねの奴、まだ恋にべったりなのか?軍師が拠点を留守にしてまで巡回にくっ付いて行くなんて、仕方ないな」

 一刀が、懐かしそうに困った顔で苦笑を漏らすと、誠心が微笑みを返した。

「なんの。ねね殿も、最近では立派に軍師らしくおなりですぞ。城には新任の軍師殿もおられます故、ねね殿も安心して恋様のお供をする事にしたのでしょう」

 

「うん?新任の軍師?」

「左様にございます。さぁ軍師殿、こちらに御出(おい)でなさいませ」

 誠心が後ろを振り返って、当の新任軍師と言う人物に呼び掛けると、袖を合わせて長揖をしている為に顔は分からないが、小柄な女性か少女であろう事だけは分かる。

 

「北郷一刀様、無事の御帰還を心より寿ぎ申し上げ奉りまする。主、劉玄徳並びに各国の王侯の皆々様に先んじて、若輩の我が身が御拝謁(ごはいえつ)に浴する栄誉を賜りましたる儀、誠に恐悦至極に存じ上げ奉りまする」

「お、おぅ?あー、苦しゅうない。面を上げよ」

 

 格式張(かくしきば)った挨拶に面食らった一刀は、声が裏返りそうになるのを何とか堪えてそう言うと、両手を僅かに下げ、(こうべ)の角度を浅くした事で露わになった少女の顔を見て、安堵の溜め息を吐いた。

「なんだぁ、ショウコちゃんじゃないか!初見の新人さんかと思って、思わず身構えちまった。驚かさないでくれよ……でも、立派になったなぁ。もう独り立ちしたんだね?」

 

「あ、あの……私の事を、覚えて下さっておいでで?」

 聳孤が、耳まで真っ赤になりながら、おずおずとそう問うと、一刀は笑って頷いた。

「当たり前だろう。真名を預けて貰った友達を忘れたりなんかしないとも」

「こ、光栄の至りにごさいます……!!」

 

「え?あぁ……はは、そんなに畏まられると、どうも照れ臭いな」

 一刀が、委縮した様に頭を垂れる聳孤に戸惑っていると、誠心が助け舟を出してくれる。

「まぁまぁ、お二人とも、積もる話もござりましょうが、じきに日も暮れ申す。今なら、緩く駈足で馬を走らせれば、完全に日が暮れるまでに城に戻れましょう。積もる話は、その後で宜しいのでは?」

 勿論、願ったり叶ったりであった為、一刀はその提案に乗る事にして、焚火の始末をして荷物を持ち上げた。

 

 帰路では、重量を考慮して聳孤の馬に相乗りさせてもらう事になったが、聳孤は結局、城に戻るまでの間、一刀が何度、話し掛けても小さく返事をするだけで全く会話が続かず、流石の一刀も少々気まずい思いをした。この時代、年頃の娘が人の目のある場所で男と密着するなどそうある事ではないから、やむを得ないとは思いつつ、それでも、自分の膝に乗って屈託なく笑っていた聳孤の顔を覚えていた一刀は、時の流れを感じて、僅かに寂しく思うのだった。

 

 

 

 

 

 

「あぁ、中々にしんどい一日だったぁ……」

 城に帰り着いた一刀は、兵たちの熱烈な歓迎を受けた後、一刀は楼閣の階段に腰を下ろし、ゴキゴキと首を鳴らして溜め息を吐いた。

 それでも、この城は純粋な軍事基地で庶民が殆ど居ないので、幾分かは気が楽ではあったが。

 

 久し振りに馬に乗って自分の尻の皮を心配しなければならない様な状態なのに、天の御遣い然として振る舞うなど、流石に想像するだけで気疲れがする。

 すると、そんな一刀の様子を見ていた誠心が、白い歯を見せて笑い声をあげた。

「ははは、お変わりなきご様子、安心致しましたぞ、御大将」

 

「ふん、お前も身動き出来ずに空から落ちて見れば、俺の気持ちが分かるさ。お望みなら、喜んで手伝ってやるぞ?」

「いやいや、その様な恐ろしい事、何卒、ご容赦下さりませ!」

 普段は威厳溢れる副官の情けない声で、一刀ばかりではなく、周りに居た武悦や成廉、そしてその部下たちの間で、明るい笑い声が上がる。

 

 そんな中、成廉が不思議そうに辺りを見回した。

「おや、軍師殿がおられぬな」

「おぉ、確かに。御大将にお会いになるのを、楽しみしておられたのになぁ」

 一刀は、武悦のその言葉に、片眉を吊り上げる。

 

「ショウコちゃんが、俺に?」

「やれやれ、御大将はやはり、相も変わらずで在らせられる」

 誠心はそう言って苦笑を浮かべると、少し声を落とした。

「軍師殿は、『自分はまだ御大将に臣従の御赦しを頂戴していない』と、少々、気に病んでおいででしてな。私も皆も、御大将はその様な些事に(こだわ)る御方ではないからと申し上げているのですが、やはり……」

 

「あー、そうか。あの時は、あれが最善だと思ったんだけどなぁ」

 一刀がそう言って頭を掻くと、誠心は『分かっている』とでも言いたげに微笑んで口を開いた。

「軍師殿はよく、城門左の馬面(城壁の四隅にある長方形の張出部)で考え事をなさっておいでですぞ」

 一刀は小さく頷いて立ち上がると、ぽんぽんと尻の(ほこり)を叩いて歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ……なにしてるんだろう、私」

 聳孤は、肺の空気を全て絞り出す様な盛大な溜め息を吐いて、姫墻(ひめがき)(磁路の城壁の上部に凸凹に積まれた防護壁)に背を預けて座り込んだ。

 この三年半の間と言うもの、主に改めて臣従を願い出る時にどう切り出すか、毎日の様に考えて来たと言うのに、いざそうなって見ると、結局なにも言えず仕舞いだった。

 

 しかも、騎馬への相乗りを許されたばかりか、主は自分を気遣って親しくお声掛け下さったのに、殆どまともに受け答えも出来なかったのだ。

 これでは、軍師だの臣下だの以前の問題ではないか、と自分を叱責する。

 挙句の果てには、この城の指揮を預かる身でありながら、御帰還あそばされた主の歓待を、まるきり部将の皆に押し付けてきてしまった。

 

 いや、やってしまった事は仕方がない、と聳孤は気持ちを切り替えるよう努める。

 主をお迎えした以上、指揮官である聳孤にはやらねばならない事が山積みだ。

 成都へは勿論、都へも使者を立てねばならないし、城への着任前に魏と呉の諸将が共同で軍勢を率い、街道整備事業の視察と言う名目で、武陵より西の国境まで兵を出してくれると言う話だったから、そちらへも軍使を立てておくべきかどうかも検討しなければならない。

 

 しかし、流石に成都の許可なしに武装した軍勢を越境させるのは角が立つか。

「うん、まずは桃香様に――」

 聳孤が、気を取り直してそう独り言ちると、視界の僅かな死角になっていた階段の方角から声が聞こえてきた。

「おっ、良かった。まだ此処に居たんだな」

 

 その声の主は、北郷一刀その人だった。

 聳孤が慌てて立ち上がって姿勢を正すと、一刀は聳孤に向かって歩を進めながら、困った様な笑顔を浮かべる。

「誠心から、此処だと聞いてね。あ、誠心から真名は?」

 

「はい!お預かりしています!」

「なら良かった」

 真名は、許されていない者が居る場で三人称として使う事も、基本的には佳しとはされない。

 先程は思わず彼らの真名を聳孤の前で呼んでしまったので、少し気にしていたのだ。

 聳孤の言葉を聞いた一刀は笑顔のまま頷くと、聳孤の横の姫墻の凹になっている部分から、既に殆どが藍に染まり、気の早い星々が顔を出し始めた空をしばし眺めてから、聳孤の方に振り返った。

 

「あー、その、煙草良いかな?」

「はぁ?どうぞ……でも、こんな場所に煙草盆はございませんが……」

 主筋である一刀がわざわざ自分に喫煙の許可を求めた事を奇妙と思ったのか、聳孤はそう答えて曖昧に頷いた。

「ありがとう。火種は持ってるから大丈夫だよ」

 

 一刀は、外套の内ポケットから煙草をキャメルのパックとオイルライターを取り出すと一本振り出してライターの蓋を開け、フリントホイールを擦って火を点けて紫煙を吐き出す。

と同時に、聳孤が「うわぁ!」と声を上げた。

「凄い!それは仙術ですか!?」

 

「うん?あぁ、火が点いた事?いや、そんな大仰なもんじゃないよ。これはライターって、俺の国の火を点ける道具さ。ショウコちゃんにも出来るよ。やってみるかい?」

「よ、宜しいので?」

「勿論。ほら、こうして持って、ここの丸いところを、下に擦る感じで動かすんだ。消すときは、蓋を閉めれば良い」

 

 一刀は聳孤の手にオイルライターを握らせると、「やってごらん」と言った。

 聳孤は真剣な面持ちでライターを握り、恐る恐るフリントホイールを回す。

 すると、シュッという音と共に、オイルライター独特の香りを纏った炎が夕闇を柔らかく照す。

 同時に、聳孤が嬉しそうに声を上げた。

 

「わぁ、本当に出来ました!」

「良かった。やっと笑ってくれたなぁ」

「あ!えっと……その、あ、ありがとうございました……」

「笑顔が昔と変わってなくて、安心したよ」

 

 一刀は、聳孤からライターを受け取りながらそう言うと静かに待つ事にして、彼女にプレッシャーを掛けないよう、視線を空に向ける。

 空では、そろそろ夜空の主演である月が、青いカーテンの向こうから藍色の舞台へと上がって来ようとしていた。

 

「あの……」

 聳孤が漸く口を開いたのは、一刀が根元まで吸い切ったフィルターを携帯灰皿に捨ててから、二本目を吸おうか悩み出した頃の事だった。

「うん」

 

「わた……私は、以前、御拝謁を賜りました時、その、醜態を晒してしまい……」

「そんな風には思っていないよ」

「はい!北郷様の大御心を疑う様な事は、断じて!ただ、その……若輩の身ながら、畏れ多くも漢中王劉備様から官位を頂戴した今となっても、私はその、もう御一人の主である筈の北郷様に、臣従の御赦しを賜る機を逸したままで……いえ、それは勿論、ひとえに私の不徳の致すところなのですが……!」

 

「あのな、ショウコちゃん。俺は、そういう事には拘らない(たち)なんだ。だから、そんな格式張った事をしなくても、友達として、仲間として力を貸してれるなら、それで十分なんだよ。それじゃ、駄目なのかい?」

「駄目です」

 

 聳孤は、一刀が驚くほどピシャリとそう言うと、両膝を突いて長揖の礼を取り平伏した。

「私は、今日のこの日まで、誰に(はばか)る事なく、己は天の御遣いの直臣であると名乗る事を夢に見て、精進を重ねて参りました。我が非才、師や姉弟子たちに到底及ぶものではございませぬが、忠節だけは!北郷様の治世をお支えしたいと言う想いだけは、誰にも引けは取らぬものと自負しております!」

 

「いや、ショウコちゃん、そんな――」

 一刀が立たせようとしても、聳孤は頑として動かない。

「何卒—―何卒、私を臣下の末席にお加え下さいますよう、伏してお願い申し上げ奉りまする!」

 一刀は聳孤の頭頂部を眺めながら、小さく溜め息を吐いた。

 

「分かったよ。それで君の気持が収まるならな」

 『自分は神輿だ』と、ずっと思っていた。

 しかし、時が流れれば人の在り様も変わる。

 自分の前で跪くこの少女にとって、自分は出会った時から“三国同盟の盟主”だった。

 まともに馬にも乗れず、戦となれば青い顔をしていた頃を知っている古参たちとは、関わり方の取っ掛かりからして違うのだ。

 

「費文偉よ」

 背を伸ばし、精一杯の威厳を込めて、少女の名を呼ぶ。

 せめて、彼女の望む理想の君主像の何分の一かにでも届いていて欲しいと願いながら。

「ははっ!」

 

「これよりは我が臣として、その知略を、この大地に息とし生ける全ての者達の平穏と安寧を護る為に役立てて欲しい――頼んだぞ」

 聳孤は、ぶるっと小さく武者震いをすると、厳かにその言葉に答える。

「はっ!臣、費禕文偉、改めまして我が真名、聳孤をお預けすると共に、粉骨砕身、不惜身命の覚悟を以って、我が君の御期待を裏切る事なき様、精進致す所存にございまする!」

 

「えぇと、これで良いのかな?こんなに改まったのは初めての事で、上手く出来たか分からんが……」

 聳孤は、今度こそ一刀に従って立ち上がり、頬を上気させて、何度も大きく頷いた。

「はい……はい!これで、(ようや)く――!」

「うん、それなら良かった。で、早速、相談なんだが」

 

「はっ、何なりと!」

「俺が巴郡に落ちて来たのは、この地域で罵苦の大規模な動きがあるかも知れないって話があったからなんだ。罵苦の出現だけなら俺が察知できるんだが、それもギリギリにならないと分からない。だから、暫く此処に留まって様子を見たいと思ってる」

 

「現在、纏まった戦力は我ら呂布隊五千のみ。内、二千は恋様と共に巡回に出ていますが、三日の後にはお戻りになられる予定です。巴郡には警備部隊が一万ほどおりますが、誠心様が申しておりました通り、罵苦が頻繁に目撃されている事を鑑み、警備部隊に関しては、兵三千を本隊として、郡都である安漢からこの城にも近い郡中央部の宕渠に兵を移し、残り七千を郡の各所に分けて配置しておりますれば、明日にでも宕渠に使いを出し、我が君の名を以ちましてこちらに合流するに致しましょう。罵苦の作戦の規模は分かりかねますが、精兵中の精兵である呂布隊を含めた八千の兵を動かせる状態にしておけば、まったく対応できないと言う事はないかと」

 

「分かった。印章も何も持ってきてないが……」

「それは問題ありません。私と恋様の印章で十分でしょう。それから、成都への報せに援軍の申請も含めておきます。が、こちらは水路を使ったとしても、事が起こる前に間に合うかどうか――」

「流石に、編成からだしな。相手の出方が分からない以上、要請するなら多めにと考えると、兵站の問題もあるか……」

 

「然り。この城の備蓄だけでは、流石に二倍三倍の数の兵を長くは養えませんから。郡都からの供出と巴郡各地からの調達を図るとしても時間が掛かりますので、当面の兵糧は、成都から輜重隊を編成して運んでもらう事になります。なのでこちらは、万が一、間に合えば僥倖(ぎょうこう)、程度にお考え頂いた方が宜しいと存じます」

「よし、分かった。こちらの最大兵力は八千、その心算(つもり)でおけって事だな」

 

「はっ」

「で、恋とねねの事なんだが――」

 

 

 

 

 

 

「ほう……!」

 誠心は、北郷一刀の後ろに付いて大広間に入って来た聳孤を見て、思わず息を呑んだ。

 身に纏った空気が、目に見える程に違うのが分かったからだ。

 “飛龍乗雲(ひりゅうじょううん)”と言う言葉がある。

 それはこの国に於いて、龍は雲に乗って空を駆けると言い伝えられている事に由来し、才ある者が、それを活かせる場所や地位、或いは人を得た時に用いられる故事だ。

 

「(軍師殿もまた、“臥龍”であられたか)」

 誠心は、彼女の師である諸葛亮が、『その才、雲たる人物を得れば天駆ける龍が如く成ろう』と言う意味を込めて、水鏡先生こと司馬徽(しばき)よりその二つ名を与えられたと言う逸話を思い出し、心の中で一人ごちた。

 つい先程まで、溢れる才気を感じさせながらもどこか自信なさ気だった少女は今、北郷一刀という大空を飛翔する為の“雲”を得たのだ。

「皆、少し聞いて欲しい」

 

 次代の臥龍を従えた天の御遣いのその声に応えて、誠心を含めた部将たちが彼の前に集まった。

「軍師殿には先程、話したんだが、罵苦による大規模な作戦行動の予兆がある。で、軍師殿と相談した結果、宕渠の警備隊の兵をこの城に入れ、一時的に編成に組み込む事となった。これに伴い、奉先と公台にも帰還を命じ、城に詰めてもらう事にする。敵の規模が不明である以上、主戦力の分散は危険と判断しての事だ」

 

「成都には?」

 武悦の問いに、聳孤が答える。

「朝一番で我が君の御帰還を報せる使者を立て、勿論、その際に増援も要請します。しかし、罵苦がいつ動き出すか分からない以上、時を要する成都からの援軍を頼りにし過ぎるのは危険です。こちらは八千の兵で迎え撃つ、と(おぼしめ)()し下さい」

 

「お任せあれ!御大将の旗を頂きし我が呂布隊に、敵はおりません。十万の化け物が相手でも、その喉笛の(ことごと)くを喰い破ってご覧に入れ申す!」

 一刀は、知拳の力強い声に笑顔で頷きを返してから、再び口を開いた。

「で、恋には明日の払暁と共に伝令を出し、直ぐに城への帰還命令を伝える事にした訳だが――」

 

「応。であれば、私の手下(てか)から、早駆けの巧みな者を選んでおきましょうぞ」

 武悦がそう言うと、聳孤が困った様な顔をして、緩々と首を振った。

「いえその……我が君がどうしても、推したい御方がいらっしゃるそうで……」

 聳孤の様子を見た部将たちは、一斉に一刀を見た。

 

(かつ)て、蜀を支えた幕僚たちが、同じ様な顔をして己の主を見ていた時に彼が何を言い出すのかを、何度も経験して知っていたのである。

「お、みんな察しがいいな――うん、俺が行くぞ」

 一斉に漏れた溜息の後、最初に口を開いたのは誠心だった。

 

「まぁ、御大将ならば、そうおっしゃるかも知れぬとは思っておりましたが……」

「大将が自ら伝令などと、聞いたこともございませぬ……」

 途中で言葉を失った誠心に続いてそう言った武悦は、やれやれと言った様子で首を振った。

「何だよ、別に良いだろ。俺、恋やねねや、呂布隊の他の皆にも早く逢いたいんだもん」

 

「いや、“だもん”て、駄々っ子でもあるまいし……しかしどの道、お止しても、お聞き届け頂けぬのでしょうな?」

 知拳にそう言われた一刀は、胸を張って頷いた。

「当然!これは上意であるぞ!」

 

「まったく、そんな事に上意を使わないで頂きたい。しかし、そこまで仰られるのでは、致し方ありませぬな」

 誠心の苦笑混じりのその言葉で、話は決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 その翌朝、まだ夜も明けきらぬ早朝の城門で馬の手綱を渡されながら、一刀は他の伝令兵たちと共に、聳孤や部将たちの見送りを受けていた。

「良い馬を選んでおきましたが、くれぐれもお気を付けを」

 諦念が滲み出た顔で誠心がそう言うと、聳孤が言葉を継ぐ。

 

「昨日の伝令の話では、恋様はこの街道を一直線に西に進んだ先の――」

 と、聳孤は道を指し示した。

「山を二つ超えた更に先にある原野の入口辺りで野営をするとの事でした。ここから百三十里(約50km)ほどの距離になります。その後の行軍は、街道を西に逸れ、先に見える山の峡間(きょうかん)を通って、その先の街まで。そこで一泊の(のち)、御帰還と言う流れになっていました」

 

相分(あいわ)かった。なに、そう難儀な道でもなし、明日には戻れるだろ。俺より、他の皆の方が大変だ。宜しくたの――ん?」

 一刀は言い掛けていた言葉を飲み込み、耳に届いた激しい馬蹄の響きのする方向へ顔を向けた。

 他の者達も音を聞きつけ、それに倣う。

 と、高々と土煙を巻き上げながらこちらに疾駆して来る馬が見えた。

 

 その背には、呂布隊の証である赤備えの具足に身を包んだ兵士が、しがみ付く様にして手綱を握っている。一刀が目配せをすると、誠心が馬に向かって駆け出す。

 騎馬に長けた呂布隊の兵士が、不格好に馬に乗り、しかもその馬が襲歩(しゅうほ)で疾走しているとなれば、それだけで非常事態を察するのには十分な判断材料だ。

 

「高順である!馬を止めよ!!」

 兵士は道の真ん中に立ちはだかった誠心のその大声を聞くと、馬を棹立ちにして止め、転げ落ちる様に下馬した。

「でっ、伝令!昨日の野営地点から望む原野にて、罵苦の大群と遭遇、会敵しました!その数、優に二万を超えております!」

 

「それで、恋は!?」

「御大将!?」

 兵士は、誠心の後から駆けて来て手綱を握り、馬を落ち着かせていた人物が一刀である事を認めると、一瞬、驚愕したものの、すぐに努めて冷静な口調に戻って質問に答えた。

「現在、恋様は音々音様の指示で、近くの峡間に拠って罵苦と対峙し、応戦しております!また、罵苦共はただの群れではなく、統率された軍勢として行動を取っている由、確かに費禕様にお伝えせよとの、音々音様のご指示であります!」

 

「誠心、こいつと馬を休ませてやれ!ショウコ、至急、策を立て、全軍で救援に向かう準備を!」

 一刀は、部将や伝令兵たちと共に後を追って来た聳孤に向かってそう言言い捨てると、自分の馬の元へ駆け出していた。

「お待ち下さい!我が君はどちらへ!?」

 後ろから聞えた聳孤の叫びに、一刀は馬上で答える。

 

「知れた事だ。恋たちを助けに往く!後は頼むぞ!」

 聳孤は、返事も待たずに走り去ってしまった主の背から視線を戻すと、突然の展開に驚いている伝令兵達に向かって口を開いた。

 

「伝令の行き先を変更します!私が今から、急ぎ文を(したた)めますので、旅支度の荷は全て下ろして準備を!一刻でも早く、これからをそれぞれの行き先に届けて下さい!皆さんに、この大陸の存亡が懸かっています!」

 

 金色(こんじき)の龍と乙女たちが織り成す、この世界の存亡を賭けた戦いの火蓋(ひぶた)が今、切って落とされようとしていた。

 




如何でしたでしょうか?
下準備も終わり、漸く次回から、恋と音々音が本格的に登場します。
これほどの長期間、執筆を休止していたにも関わらず、お気に入り登録を解除せずに待っていて下さったのみならず、延々と恋姫が出て来ないエピソードを諦めずに読んで下さった読者様には、厚く御礼申し上げる次第です。

今回のサブタイ元ネタは、魔法騎士レイアース初代OP

ゆずれない願い/田村直美

でした。

では、またお会いしましょう!
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