真・恋姫†無双異聞 皇龍剣風譚     作:YTA

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 どうも、YTAです。
 今回も早目に投稿出来ました。
 皆さまのおかげを持ちまして、調整平均ケージにも色が付きまして、嬉しい限りです。
 引き続き、評価、感想、お気に入り登録など、大変、励みになりますのでお気軽に頂戴できればと思います。

 では、どうぞ!


第八話 深紅 後篇

 

 

 

 紅と漆黒、二つの色の武人は、全く同じリズムで肩を揺らして対峙していた。

 恋はその美しい顔に澄んだ汗を滴らせ、汗を掻けない黒狼は、口を大きく開いて長い舌を出している。

 既にその斬り合いが何十合に及んでいるのか、当の二人にすら分かっていなかった。

 それぞれの斬撃を、薙ぎ、払い、()なし、避け、互いに決定打を許さぬまま、四半刻(30分)以上の間、同じ事を千変万化の軌跡を描いて繰り返す。

 

 その光景は余りに峻烈で、余りに激しく、余りに静かで、何より美しかった。

 

 だが、それもそろそろ限界が近い。

 二人は、命を糧に舞う卓越した踊り手同士ならではの阿吽の呼吸で、敏感にその事を察していた。

 だから、ただ待っている。

 互いの呼吸が、意識が、刃が、肉体が、静かに流れる刻の一点に直列する、その瞬間を。

 

 しんと静まった空気が、二人に纏わり付くあらゆる(しがらみ)や雑念を洗い流し、音すらも存在を失ったその刹那、二人は同時に跳躍し、刃と肉体を交差させた。

 

美事(みごと)……!」

 

 一瞬の静寂の後、土埃を上げて大地に倒れ伏したのは、黒狼だった。

 紅蓮の戦神の最後の剣閃は、正に美事と言う形容詞でしか表せないものだった。

 見せかけ(フェイント)と言うには流麗に過ぎる軌跡は、まるで(あらかじ)めそう定められた様に、渾身の力で打ち込まれた黒狼の袈裟の斬撃を寸分だけずらして軌道を外させ、蝶が風に遊ばれながら舞う様な優雅さで、異形の戦士の脇腹を切り裂いたのである。

 

 黒狼にとって、敵の剣を“美しい”と感じたのは、戦う為だけにこの世に生を受けてから今迄で、初めての経験だった。

 

 正直に言えば。

 

 紅き戦乙女が己の脇腹をすり抜けた瞬間は、完全にその姿に魅入っていた。

 

「佳キ死合デアッタ……惜シムラクハ、勝者ノ貴公ニ、コノ首ヲクレテヤレヌ事ヨ……」

 黒狼はそう言うと、黒い泥の血の滲む脇腹を押さえ、己を恥じる様に口を歪めた。

「佳イナ、人間ト言ウ生キ物ハ……タッタ一ツノ“約束”デ、己ノ運命スラ覆ス事ガ出来ル―――定メラレタ(チカラ)ノ限界スラモ」

 

 黒狼は、遠い空を見ていた蒼い瞳を、己を討ち果たした美しき武の化身に向ける。

「サァ、止メヲ刺セ。武人ニ、余リ恥ヲ晒サセルモノデハナイ」

 恋は黒狼の言葉に小さく頷くと、支えにしていた方天画戟を再び肩に担ぎ上げる。

 黒狼は、自分を破った敵の姿を眼に焼き付けて、静かに瞼を閉じた。

 瞬間。

 

「黒狼―――――!!」

 

 

 聞き慣れたしゃがれ声が、黒狼の安息の時を打ち破った。

「全ク……“雑食ノ奴等”ハ、ドウシテコウ無粋ナノカ……」

 黒狼はそう呟いて、獲物を振り上げたままの体勢で声のした方を見つめていた恋に、再び視線を向けた。

「済マヌナ、構ワズニヤッテクレ」

 

 恋は静かに方天画戟を下ろすと、フルフルと前髪を揺らして首を振った。

「何故ダ!?マサカ、コノ後ニ及ンデ情ヲカケルトデモ言ノカ!?」

「違う……」

 恋は、黒狼の悲痛な叫びに答えて、声の方を指差した。

 

「ご主人様が、一緒……」

 黒狼が、億劫そうに首を(もた)げて見遣ると、確かに恋の言う通り、黒狼の馬の横を、あの黄金の魔人が凄まじい速さで並走している。

「きっと、何かあった……ご主人様が良いって言うまで、待つ……」

 

 恋はそう言うと、方天画戟を肩に担いだまま、奇妙な組み合わせの集団が向かって来る様を、静かに見つめた。

 

「黒狼!!」

 魔魅は、転げ落ちんばかりの勢いで馬から降りると、困惑する黒狼を抱え上げて馬に乗せた。

「離セ、魔魅!俺ハ―――!!」

「何も言うな!!」

 魔魅は、大声で怒鳴り、黒狼の言葉を遮った。

「停戦だ!お前がここで死んだら、誰が武で饕餮(トウテツ)様を支えるのだ!」

 

「シカシ……!!」

 黒狼が恋に視線を投げると、恋は小さく微笑んだ。

「おあいこ……」

「ナニ?」

 

「恋も、一回負けた……だから、おあいこ……」

 恋は、茫然とする黒狼の眼を、正面から見返して言った。

「次で、決着……」

 

 黒狼は、恋の瞳からその言葉の真意を見て取り、低く唸った。

 将は時に、己の誇りに殉じるよりも、泥水を啜ってでも生きねばならない。

 軍を率いるとはそう言う事。

 だから、『勝負は預けた』と料簡(りょうけん)して、ここは引け。

  

 恋の瞳がそう言っているのを、彼女と命を張り合った黒狼は、確かに感じ取ったのだった。

「無念……!」

 黒狼はそう呟くと、力を抜いて魔魅に身を委ねた。

 

「……どうして、逃がすの?」

 恋は、歩み寄って来た黄金の魔人に、その紅い瞳を向けて尋ねた。

「まぁ、今回は遭遇戦だからな。兵の数も兵站ままならない状態で指揮官を討ち取ると、掃討戦が面倒だ」

 二人がそんな会話をしている間も、マシラの大軍が二人の周りを、川の流れが岩を避ける様にして左右に別れながら、峡間の出口に向かって走り去って行く。

 

「さて、じゃあ、俺はもう一仕事してくる。恋はここで、ねね達が来るのを待っててくれ」

 恋は、そう言って自分の頭を一撫でするや、罵苦の大軍の後を追って走り去る魔人の背中を暫く見つめていたが、やがてストンと大地に胡坐をかいて、空を見上げる。

 

「ちょっと……疲れた……」

 

 恋はそう呟いて、少しだけ朱が差し始めた空に向かって、柔らかな微笑みを向けた。

 

 

 

 

 

 

「成程、こいつはデカい……」

 一刀は、無数のマシラ達が吸い込まれて行く空に浮かんだ巨大な魔方陣を見つめて、そう呟いた。

 その様子はまるで、SF映画で見たUFOによる生物の誘拐(キャトルミューティレーション)の様子さながらだった。

 

 龍王千里鏡は、視認出来ない程の速度で無数の数字や古代文字を吐き出しながら解析を行っているが、未だに終わる気配が無い。

 何十にも重ねられた円状の外周は、それぞれが違う方向に違う速度で絶えず動いている為に、パッと見れば、精巧な絡繰り仕掛けの大時計の様だ。

 

「西洋魔術の影響?……ふむ……」

 (ようや)く解析を終えた龍王千里鏡が導き出した結果に、一刀は独り言ちた。

 上空に鎮座する、直径二里以上(約1km)にも及ぼうかと言う巨大な外法の産物を構成する魔術理論の内の約三割が、東洋のものでは無いというのである。

 

 しかもその事実は、エッシャーの騙し絵の様に、複雑な術式の中に巧妙に隠されていた。

 恐らく、起動中の術式を念密に解析しなければ、卑弥呼や貂蝉でも見抜くのは難しいのだろう。

「また、随分と凝った事するもんだ。(もっと)も、そのおかげで脆い箇所が分かり易くなったなら、壊す側としちゃ僥倖だけどな」

 龍王千里眼がターゲットサイトで赤く差し示す外周部分を見つめながら、一刀は、最後の罵苦がそこを通り抜ける瞬間を、静かに見守った。

 

「さて、と―――飛雲雀!」

 

 巨大な魔方陣が、全ての罵苦を呑み込んで活動を停止しようとしたその刹那、一刀は言霊を込めた叫びを発して跳躍した。

 跳躍が最高到達点に届こうとした瞬間、皇龍鎧の肩甲骨付近の装甲が上下に開き、そこに、漏斗(じょうご)を逆さまにした様な形状の噴射口を持った一対のバーニアスラスター、雀王翼が出現する。

 

 雀王翼は、賢者之石を介して流れ込む膨大な氣の力を、白く輝くフレアを伴った推進力に変えて、皇龍王の身体を更なる高度にまで押し上げる。

 

「吼えよ青龍!龍王脚!!」

 

 空中で体勢を変えた一刀が、蒼い焔を纏った右足を魔方陣に叩きつけた瞬間、爆音と閃光が、蒼穹を満たした―――。

 

「いやぁ、一回言ってみたかったんだよね、この台詞」

 一刀は、着地するなり満足げにそう言うと、何事も無かったかの様に、夕暮れの空を悠然と流れる雲を見遣る。

「さぁ、帰るか」

 

 一刀は、今朝とは違う穏やかな気持ちで、峡間への道を引き返すのだった。

 

 

 

 

 

 

「おっ!帰って来おったみたいやで!」

 土煙を上げて向かって来る黄金の鎧を纏った人物をいち早く見つけた張遼こと霞は、嬉しそうに手を振って叫んだ。

「霞!久振りだな!それに祭さん、穏も!」

 一刀は速度を緩めて鎧装を解くと、懐かしい顔ぶれに手を上げて答える。

「おぉ!鎧が消えるとは、面妖な……」

「はぁ~、どんな技術なんでしょうねぇ~。考えただけで、身体が火照っちゃいますぅ~♪」

「なんや、便利なもんやなぁ!」

 

 一刀は、相変わらずの反応を見せる三人の顔を見渡して、嬉しそうに微笑んだ。

「ただいま、みんな!相変わらずみたいで嬉しいよ」

「応、おかげ様でな!お主の方は、また随分と男振りが上がった様で、何よりじゃ!」

「そうですね~。早く、新しい天の国の知識を教えて頂きたいです~♪」

「せやけど、久々の大戦(おおいくさ)で一刀にええトコ見せられる思て張り気っとったのに、ちょーっとばかし拍子抜けやわ~」

 

 豪快に笑って一刀の背中を叩く祭と、息を荒げながら身体をくねらせる穏を余所(よそ)に、霞は頬を膨れさせている。

「そんな事ないさ。霞や皆が、あの絶好の時機に駆け付けてくれたから、あいつらを撤退に追い込めた。十分に大活躍だと思うぞ?」

「そ、そかな?そんなら、まぁ、えぇか!」

 

「おい、張遼!いつ私を紹介する気だ!」

 一刀に頭を撫でられて頬を染める霞の後ろから、凛とした女性の大声が響いた。

「霞、そちらは?」 

 一刀は、霞の後ろに仁王立ちした、銀髪の女性に視線を向けた。

 

「なんや、もう少し浸らせてくれてもええやんか。相変わらずいけずなやっちゃなぁ……」

 霞はやれやれと言う様に肩を竦めると、身体を斜に向けて一刀の視界を開けた。

「こいつは華雄、ウチの元同僚や」

「北郷殿、直接お会いするするのは初めてになるな。元董卓軍驍騎校尉、華雄だ」

 銀髪の女性はそう言うと、拱手(きょうしゅ)の礼をとって深々と頭を下げた。

 

「華雄って、あの汜水関で鈴々と戦った!?生きてたんだな……」

「うむ。落ち延びたあと、部下達と共に隊商の用心棒などをして口を糊していたのだが、半年程前、成都の市で董た―――ゲフンゲフン。月様と詠に偶然に再会いたしてな。月様のお取り成しで士官が叶い、今は、罵苦の蠢動激しい巴郡の警備隊長として出向している身なのだ」

 

「そうか。だからここに来たんだ」

 一刀が得心して相槌を打つと、華雄は頷いて言葉を続けた。

「あぁ。主の命の恩人と戦友の危機と聞いて、馳せ参じた次第だ」

「主の?あぁ、その事か。もう随分昔の事だし―――」

 

「いや、命に関わる程の恩義に、昔も今も無い。北郷殿、改めて礼を言わせてくれ」

 一刀は照れ臭そうに頬を掻いて華雄の頭を上げさせながら、ふと気が付いた事を口にした。

「でも、巴郡の警備隊の華雄は兎も角、魏と呉の重臣の皆が、どうして此処に?」

 

「おぉ、三国の共同事業である街道整備で蓄積された技術を各国で活かす為に、我が孫呉からは穏が、曹魏からは稟が、国境の街道筋と宿場町を視察させてもらう事になっておってな」

「その護衛として、祭様や霞ちゃんに付いて来てもらってたんですよぉ―――と、言うのは建前でぇ、巴郡での罵苦の動きが活発だとの事で、魏と呉が共同で、巴郡の国境の警備をしてたんです~」

 

 祭の言葉を引き継いだ穏が、のんびりと締め括ると、霞がうんうんと頷いた。

「そしたら今朝、恋の部隊の鎧着た伝令が、ウチらの駐屯しとった出城に泡食って駆けこんで来てな?ここで罵苦の大軍と恋の部隊が大立ち回りてて、一刀も向かてるから、それに加勢せぇって。せやから、途中で費禕っちや高順の部隊と合流して駆け付けたんやけど……何や、一刀の勅命やって伝令の兵が言うてたけど、違うんか?」

 

「それについては、私が御説明致します」

 一刀が霞の疑問に対して口を開こうとすると、後方から聞えて来た声がそれを遮った。

 両腕の裾を顔の前に合せて進み出て来たのは、費禕こと聳孤(しょうこ)だった。

 その横には魏の軍師、郭嘉こと稟が付き添っている。

 

「文偉……それに稟、久し振りだな」

「ええ、一刀殿。よくぞお戻りに。しかし、積もる話は後ほど」

 一刀はその言葉に頷くと、聳孤に視線を戻してその言葉を待った。

「伝令の内容を、我が君の勅命と致しましたのは、私の独断で御座います」

 

 聳孤はそう言って息を一つ吐き、再び口を開いた。

「罵苦の総数、大凡(おおよそ)二万。しかも、統率された軍勢であると聞いた時点で、出城に残った兵に警備隊の兵力を足しても、約八千の兵では、とても万全の兵力とは到底言い難い――まして、全てが騎兵ではありませんので、既に会敵している奉先様への火急の援軍となれば、その数は更に少なくなります。また、罵苦の将がどれ程の力を持つのかも、その数も把握出来ておりませんでしたので……」

 

「確かに、それは大きな不安要素ですね。現に、罵苦の将の一人は恋殿と互角に戦い、もう一人は、妖術を以て一瞬で本陣の守りを崩したと言う話でしたし……」

 聳孤の説明に自身の見解を重ねた稟の言葉に、穏も大きく頷いている。

「はい。恋様や華雄様の武で互する事が出来たとしても、追い込んだ後の詰めが甘くなってしまったら、手痛い逆撃を喰らいかねないと言う不安もありました」

 

「そうですね~。そこまで考えると、同じだけの兵数の確保が難しい場合、恋ちゃんのずば抜けた武力を計算に入れても、優秀な将が率いた精兵が、あと数千は欲しいですねぇ~」

 さっきとは逆に、今度は穏の言葉に稟が頷いた。

 

「しかし、時間的に見て成都からの援軍を期待するのは論外ですし、巴郡内の警備隊を招集するのも同じ事です。そこで魏と呉の連合部隊が武陵近くの出城まで出張って下さっているとの話を思い出し――」

「成程。他国の将に、速やかに蜀領内に進行した上での軍事行動を取る事を決断させる為に、一刀殿の名前を出した、と」

 

 萎んでしまった部分を引き継いだ稟の言葉に、聳孤は悲痛な面持ちでコクリと頷いた。

「主の名を騙ったばかりか、我が国の為に兵を出して下さった同盟国の指揮官諸侯の責任問題にも発展しかねない行いである事は重々承知の上でございますれば、この場にて、いかようなお叱りもお受けいたしまする所存。皆様に於かれましては、何卒、我が首一つにて御怒りをお鎮め頂き、国同士の諍いには至りませぬ様、御主君方にお執り成しの程、切に切に、お願い申し上げ奉りまする」

 

 聳孤はそう言って、一刀と諸将を見渡してから平伏した。

「皆、文偉はこう言ってるが、彼女に『後を任せる』と言ったのはこの俺だ。どうか、大事にはしないでやってくれ。頼む」

 一刀は、聳孤の様子を見て、慌てて自分も頭を下げる。

 

 確かに、聳孤に後事を託したのは一刀だが、いくら罵苦相手の緊急事態とは言え、一刀の名前を使って他国の武装した軍勢に越境を促したとあっては、下手を打つと収まりが付かない事にもなりかねない。

 世が世なら、蜀に対しての反逆罪一歩手前だし、魏や呉の将たちにしてみれば、同盟にひびを入れかねない(はかりごと)に巻き込まれた形になる。 

 

 とは言え、聳孤の首で事を納めるなど以ての外だ。

 此処は、土下座をしてでもこの場で納得してもらわねばならない。

 一刀が腹を括って膝を折ろうかと考えたその時、霞が困った様な声を出した。

「いやいやいや、ウチ別に怒ってへんし、手柄にもならん首とか要らんちゅーねん!それに、一刀が桃香に話つけてくれるっちゅーなら、ウチの大将も文句なんぞ言わんやろ……多分。ま、『費禕っち寄こせ~!』とかは言いそうやけどな!」

 

 霞はそこで、平伏している聳孤をそっと見遣って、愉快そうな微笑みを見せる。

「何よりウチは、肝の据わった奴は好きや。こんなつまらん話で死なせとないわ」

「そうですね。頭の中でどれ程に大胆な策を練れても、命を張って実行に移す胆力がなければ、軍師とは言えません。彼女は、三国の将たちを巻き込んだ大博打を見事に成功させた。同じ軍師として、尊敬に値します。一刀殿が責を負うと仰せなら、面倒も省けて結構な事。私からはそのまま華琳様にお伝えしましょう」

 

「儂も、魏の連中と同じじゃな」

 祭もそう言って、どこか決まりが悪そうに豊満な乳房の下で腕を組む。

「そもそも、北郷が戦の真っ最中に、城でのんびり酒を啜っていたなどと知れたら、蓮華様や小蓮様に何と言われるか……なぁ、穏?」

「はい~。どちらかと言えば、知らせてもらえて助かったくらいですからね~。正真正銘、一刀さんの命令と言う事にしてもらえるなら、後は仲謀様に宛てて、一刀さんに一筆(したた)めて頂ければ、特に問題はないんではないでしょうかぁ」

 穏は、祭の言葉に頷いて、ほにゃっと笑った。

 

「皆、助かる!良かったな、文偉!」

 一刀はそう言うと、平伏したままだった聳孤を立たせた。

「しかし、本当にそれで良いのでしょうか……」

「良いと思う……」

 

 戸惑いながら俯く聳孤に答えたのは、いつの間にか現れた恋だった。

「恋、目ぇ覚めたんか!」

 恋は、霞の言葉に頷きながら、愛らしい欠伸を一つして、聳孤の元に歩み寄った。

「恋、寝てたんだ?」

 

「うん。ちょっと、疲れたから……」

 恋は、一刀に答えながら、聳孤の頭を優しく撫でた。

「しょうこは、頑張った。だから、良い……」

「恋様……」

 

「どうしても嫌なら、これから、もっと頑張る……死ぬのは、良くない……」

「恋様……はい!」

 恋は、漸く顔を上げた聳孤の頬を優しく撫でてから、一刀に向き直った。

「ご主人様、お帰りなさい……」

 

「ん?あぁ、ただいま、恋」

 一刀はここに来て漸く、ゆっくりと恋の顔を見て帰還の挨拶をした。

「ご主人様……恋……頑張った……」

「うん。そうだな、恋。本当によくやってくれたよ」

 

「恋、約束も、守った」

「おう、凄く嬉しかったぞ」

「だから……ごほうびが、欲しい……」

 一刀は、恋の唐突な申し出に少し面食らいながらも、その率直な物言いが如何にも恋らしいと思い直して、思わず頬を緩めた。

 

「おぉ、良いぞ。久し振りに、点心食べ歩きでもするか?」

 恋はピクリと前髪を動かして(しばら)く考えると、フルフルと首を振った。

「あー、違うのが良いのか?じゃあ、ねねやセキトと、弁当持って遊びに行くのはどうだ?」

 恋は、今度も同じ様に逡巡して、また首を振る。

 

「うぅむ。これも駄目となると、あとわっ!?」

恋は一刀の外套の左右の(えり)を持ってグイと引き寄せると、そのまま一刀と自分の唇を、強く重ねた。

 

「ん……恋!?」

「ちゅ、ごほうび……」

一刀は最初こそ驚いたものの、すぐにその唇の甘さに酔いしれて、強く恋を抱き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 一刀が我に返って恋を離し、慌てて周囲を見渡したのは、それからたっぷり一分程してからの事だった。

「まぁ、今回の敢闘賞は恋やからなぁ、ええトコは譲ったるのは(やぶさ)かやないけど―――それにしても一刀、えらい情熱的な“ごほうび”やったなぁ?おっと稟、我慢しぃや。ここには風がおらへんねんから」

 霞は、とびきりの悪戯を思いついた時の猫の様な笑顔を浮かべながら、必死で鼻を摘まんでいる稟をポンポンと叩いた。

 

「ほぉ、あの恋がなぁ……」

 華雄は華雄で、そんな事を呟きながら腕を組んで何やらしきりに感心しているし、聳孤に至っては、顔を茹で蛸の様に真っ赤にしたまま絶賛放心中だった。

「いや!これは、だな!!」

「何を今更赤くなっておるか、あれだけ見せつけておいて!」

 

 祭はバンバンと一刀の背中を叩きながら豪快に笑う。

「ほんとですよぉ~♪こんなに大勢の前で、あんなに情熱的に、音を立てて舌までなんて~」

「ぷはぁーーーーー!!」

「アホ!稟、我慢せぇ言うたやろ!こらアカン、衛生兵!衛生兵――――!!」

穏のねっとりとした口調での描写がトドメになったらしい稟が盛大に鼻血を吹き出し、場が更に渾沌とし始めたその時、一刀の背筋を冷たいものが走った。

 

ドドドドドドドドド!!

 

『避けなければ!』

 

 大地を揺るがす足音を聞きながら、必死にそう考えるのだが、身体は蛇に睨まれた蛙の様に動かない。

 避ければ大切な何かを失う、と、頭の奥の誰かが叫んでいるのだ。

「ちーんーきゅーーーーうーーーー!!」

『ままよ!』

 一刀は覚悟を決めて振り向き、衝撃と靴底の感触に身構えた。

 

「にーぶろーーーーーっく!!」

「って、“きっく”ちゃうんかーーーーーい!!」

こめかみに鋭角な衝撃を受けながらも、完璧なタイミングでツッコミを入れた一刀が吹き飛ぶその刹那、空中の音々音は不敵に笑った。

 

「続いて!ちんきゅー“すぴん”きーーーっく!!」

「なにぃいいいいいい!?」

音々音は、一刀のこめかみから跳ね返った膝の勢いをそのまま回転に変え、一刀の腕に強烈な回し蹴りを放って吹き飛ばすと、クルクルと回りながら華麗に着地した。

 

「ふふん、変態誅滅!なのです!」

 

「“ちんきゅーにーぶろっく”からの、“ちんきゅーすぴんきっく”は、禁止……」

その後、何時の間にか設営されていたらしい天幕で意識を取り戻した一刀の元に、恋に連行されてやって来た音々音は、拳骨を喰らって叱られ、渋々と謝罪をした。

 その音が大分(だいぶ)痛そうだったのは、あの必殺コンボの危険性ゆえか、はたまた良いところを邪魔されて不機嫌だったからかは、聞かぬが華と言うものだろう。

 




 如何でしたか?

 オリジナルを投稿したTINAMIさんでは、ページ改行が出来るんですが、今回辺りからそれを意識した構成にしていたので、ちょっと再構成に手間取りました。
 これからも結構リライトに苦労しそうな点なので、今から気が重い……。
 ちなみに、何で華雄さんが出て来たのかと言うと、当時、TINAMI近辺では華雄さんをヒロインにした作品が流行っていたからなんですね。

 私も一篇書いてみたくなって、一刀と華雄のコンビで敬愛する夢枕獏先生の陰陽師シリーズをモチーフにした外伝を書きました。
 今回も、外伝をリライトしようかと考えたのですが、結構な長さである事と、英雄譚の新作で華雄がフィーチャーされそうな感じで、本家から新解釈があるかも知れないので、暫くは様子見にしました。

 特にストーリー進行に関わる話ではないので、英雄譚の発売後に、特に設定に支障が無ければリライトして投稿するかも知れません。
 次回からは、かなり大きく構成を変えなければならないかも知れないので、今回までの様にほぼ連日投稿の様な事は出来ないと思いかも……(汗

 では、また次回お会いしましょう。

 

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