真・恋姫†無双異聞 皇龍剣風譚     作:YTA

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動かすキャラを増やしたばかりに、プロット練り直すのも書くのも時間が掛かること掛かること……(汗
ともあれ、何とか見えて来たので頑張ります。

毎度の事ながら、感想、評価、お気に入り登録など、大変に励みになりますので、お気軽に頂戴できればと思います。




第十二話 ピュアストーン 前篇

 

 

 

 

 

 

「恋様、孟起殿、下馬なされませ!このままでは民を()いて仕舞いまする―――皆の者、下乗!下乗!」

 高順こと誠心は、先を行く呂布こと恋、馬超こと翠の背中に向けてそう言うと、自分は乗騎の手綱を絞って棹立ちに馬を止めながら、後続に向かって大音声(だいおんじょう)を張り上げた。

 

 二町半(約1km)ほど先に見える村からは幾筋もの黒煙が上がり、入口からは、村民たちが我先にと無秩序に逃げ出して来ている。

「なんてこった……これじゃ、まるで戦場じゃないか」

 片手に愛槍を抱えた翠が、止まった馬の上から、つい先刻、通り過ぎた時には平穏そのものだった筈の村の惨状を茫然と見遣りながらそう呟いて、ぎりと歯噛みをする。

 

「早く、助ける」

 そう言って馬から降り、足を踏み出そうとした恋の腕を、誠心が掴んだ。

「お待ちを。如何な恋様とは言え、この混乱の只中に単騎で突っ込んでは救助も迎撃もままなりますまい。軍師殿を待って、ご指示を仰がねば」

「…………」

「恋様」

 

「……分かった」

 恋は、意志の力を総動員するかの様に眉間に深い皺を寄せて、誠心の言葉に渋々と頷く。

 誠心は、その様子を見て僅かに安堵の表情を見せてから、未だ馬上の翠に顔を向けた。

「孟起殿も、それで宜しゅうございまするな?」

「……あぁ、分かってるよ」

 

 翠は、苛立ちも露わにそう吐き捨てて馬を降り、(ようや)く追い付こうとしている従妹の馬影に視線を投げた。

 それから三分も経たぬ内に先行していた将兵たちの元に追い付いた馬岱こと蒲公英は、未だに青い顔をして息を荒げている陳宮こと音々音を犬の様に小脇に抱えながら馬から飛び降り、将軍たちの元へと駆け付けた。

「遅いぞ、蒲公英!」

「後で怒られるから!状況は?」

 従姉からの叱責を受け流して音々音を投げ捨てる様に降ろすと、引き締まった表情でその顔を見返した。

「音々音の物見と献策待ちだ。獣じみた鳴き声が村中から響いてやがる」

 

 翠が腕を組んで音々音に視線を投げると、音々音はよたよたと起き上がりながら、翠や恋の横に並んで、村と、今しも自分達の元に駆け寄って来ようとしている村民たちを見遣り、(せわ)しなく瞳を動かしてからぎゅっと(まぶた)を閉じた。

 

「まず―――」

 数拍の後に目を開いた音々音は、場に沿ぐわぬ程に平坦な声で“戦場”を見据えながら、口を開く。

「翠の持って来た主の牙門旗を此処に立てて救護所とします。兵三名を残して救護と避難民の警護に当たらせ、逃げて来た者の中で怪我をしていない民には、随時、手伝う様に指示するのです。馬家の二人には恋殿の呂旗と兵三名を預けますので、村の反対側へ突っ切り、反対の出口で同じ様にした後、兵士を置いて村に戻って、敵の迎撃と避難誘導を」

 

「おう!」

「了解だよ!」

 音々音は、翠と蒲公英の声を聞き届けてから言葉を繋ぐ。

「誠心殿、祭殿、霞は、残りの兵四名を連れて遊撃を願うのです。住民の避難を誘導しつつ、向かって来る敵を撃破して下さい。誠心殿、兵の指揮は頼めますか?」

 

「承知(つかまつ)った!」

「ふむ、儂らは手勢もおらぬ故、それが妥当じゃの」

「よっしゃ!やっとバケモン共をどつけるんやな!」

「宜しくお願いするのです。恋殿は、その剛力で()って、火災の延焼(えんしょう)を防ぐ為の打ち壊しをお願いします。不肖、ねねがお供をして壊す建物を指示させて頂くのです」

 

「分かった」

音々音は、また三人の合意の声を聞き届けてから、最後に締め括る様に自分と恋の役目を述べると、動き出そうとする将たちを呼び止めた。

「それから、万が一にも中級罵苦と会敵する様な事があったら、脇目も振らずに逃げるのですぞ。足止めだけでも危険ですから、必ず後続の主に任せるのです」

 

「んな事いわれても、あたし達は中級とか低級とかの見分けなんてつかないぞ?」

 翠の言葉に、恋以外の残った諸将も頷きを返した。

「確かに、この中で中級種と遣りおうたんは恋とねねだけやしな。そこんとこどうなん?なんか、見分ける方法とかあるんかいな」

「強い……」

「お、おう」

「あと……喋る」

 

「うぅむ」

 恋の言葉に、霞と祭が戸惑いの声で答えると、音々音が暫し黙考してから、小さく一つ頷いた。

「では、こうしましょう。一、明らかに戦闘能力が傑出している。二、他に同じような容姿の個体が居ない。三、人語を解して意志の疎通を行う。この三つの条件の内、どれでも二つが重なっていたら、中級罵苦と判断し、即座に逃げて下さい。前回は(たま)さか事なきを得ましたが、今回もそうなるとは限りませんからな」

 

「恋でもフラフラにされちゃったって報告にあったもんね。それでいいでしょ、翠姉様?」

「チッ、しょうがないな。分かったよ」

 蒲公英の、あからさまに不服そうな従姉を宥める様な口調に、翠も渋々と了承する。

「では、各々方、御役目を果たして下さいなのです!」

 

 音々音の号令を受けた将兵たちが、威勢の良い声を上げて仕事に取り掛かる。

 当の音々音はと言えば、再び自分に向かって視線を投げてから片膝を付いて見せた恋に頷きを返してその背に乗りながら、万が一にも将領級の“欠員”が出た場合、その(あがな)いは自分の首一つで足りるであろうか、と、どこか冷たい思考の隅で考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「おりゃぁぁ!!」

 裂帛の気合と共に放たれた錦馬超の流星の如き薙ぎの一閃。

本来ならば、僅かばかりの残心を残して次撃へと繋がる筈のそれはしかし、ぴたりとその動きを止めていた。

大柄な人間ほどもある巨大な蚤の鉄の様な外骨格に、穂先の()状になっている鎌部分がめり込んでしまった為である。

 

「くそ、この……!!」

「ギィィ!!」

 痛覚が存在するのか、それとも単なる苛立ち故か、異形は耳障りな声を上げて、己の右腕に刺さった槍の主に向けて、虎よりも尚長い爪を有した左腕を振り上げた。

 翠が、槍を手放して身を(かわ)そうかと僅かに逡巡したその刹那、轟音と共に空気を切り裂いた何かが翠の頬を掠め、蚤の異形――アカスイ――の頭部を打ち抜いた。

 

 殴られでもした様に(くずお)れたアカスイを翠が見遣ると、その碁石ほどの大きさの眼には、一条の矢が深々と突き刺さっている。

「無事か、孟起!」

 一町(約100m)ほども遠くから、黄蓋こと祭の声が聞こえて来た。

 

「おう!助かった!」

 翠が銀閃を引き抜きながら祭にそう声を掛けると、祭は尚も素早く矢を(つが)えて上空高くに飛び上がったアカスイの目を射抜いて地面に叩き落としてから、小さく頷いた。

「こやつ等の頑強さ、鎧を着ているが如くじゃ。関節と眼を狙え!」

 

「あぁ!聞いたな蒲公英!」

「うん!翠姉様は、先に兵を連れて先に行って!蒲公英が此処で防衛線を張るから!」

「分かった!下手を打つなよ!」

 翠は、蒲公英にそう言い捨てると、すぐさま三人の兵に号令を掛け、音々音に指示された場所へと吶喊を再開した。

 

「さぁて、と」

 蒲公英は改めて、現在、自分の置かれた状況を、努めて冷静に思考する。

 彼女は今、村の中央に(そび)える大鐘楼を有する広場の、翠たちが向かった村の反対側に位置する出入口へと続く通りの前に陣取っていた。

 彼女たちがやって来た方角では霞と誠心が居残り、避難誘導と罵苦の迎撃に当たっている。

 恋と音々音に関しては、轟音が轟いている場所を辿ればすぐに分かる。

 

 どうやら今は、村の北側で火災を防ぐ為に家屋の破壊に勤しんでいるらしい。

「うわわ!っと、やあ!」

 蒲公英は、地面に差した影でアカスイの上空からの奇襲を察して側転でそれを躱すと、着地した瞬間に不気味な脚の関節を狙って影閃を振り抜き、体勢を崩した怪物の目に向かってその穂先を突き立てた。

 断末魔の声を上げて地面に倒れ込み、泥となって地面に溶けた怪物の(むくろ)から槍を引き抜いた蒲公英は、祭に向かって声を掛ける。

 

「祭さ~ん!ここは蒲公英が引き受けるから、一旦、矢の補給に戻って!」

「む?ふん、甘く見てくれるな!この黄公覆、剣を握ってもこの程度の化け物なんぞに遅れは取らぬわ!」

「違う違う!蒲公英の勘だけど、これはもう一枚、切り札がある気がするの!ご主人様もいつ来るか分かんないし、その時に祭さんの援護がないと怖いんだって!今はちょうど、この辺りに人も居なくなったし、引き際としては上々でしょ!!」

 

 祭に言った勘は、実際のところ、言葉以上に可能性が高い筈だと蒲公英は踏んでいた。

 この場所に来るまで、そして来てから、蒲公英や祭、翠が倒した敵は十かそこら、他の将たちもそれと同数ほどは倒していると仮定しても、未だそこかしこで飛び跳ね回っている蟲の数は三十かそこらを下らない。

 罵苦の身体能力を鑑みれば、この規模の集落を襲うのに必要とされる数としては明らかに多いが、同時に、いくら街の中での遊撃戦とは言え、飛将軍をも含めた将領級を六名も仕留め切れる程の数でもない。

 

 そんな事は、飛将軍と実際に戦って千を超える兵を屠られた筈の罵苦たちであれば、身を以って分かっていそうなものだ。

 その上で、何らかの作戦行動の結果として、この中途半端な陣容とあれば、罠ないし後詰が控えていると考えた方が良い。

 

「ふむ、もう一波あると見るか。ま、いいじゃろう。では、言ったからには持たせろよ!」

 祭はそう言って、置き土産代わりに残り二本だった矢を瞬時に番えて屋根を飛び越えて姿を現したアカスイの眼に打ち込むと、素早く(きびす)を返して走り出した。

「って、カッコ良く言ったは良いけどさ―――!!」

 

 蒲公英は、またも飛び掛かってきたアカスイの関節を器用に狙ってひらりひらりと槍を繰り出し、四肢の自由を奪うと、眼を狙って渾身の突きを放つ。

「キモチ悪いし固いし面倒くさいから、早く帰って来てねぇ……」

 既に見えなくなった祭の背中に向けてそんな事を呟きながら、蒲公英は苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

「だっしゃおらぁ!!」

 張遼こと霞は、勇ましい雄たけびと共に飛竜偃月刀を一閃して、転んで(すく)んでしまった老婆に襲い掛かろうとしていたアカスイの肩口から右腕を切り落とすと、間髪入れずにその傷口に渾身の突きを放った。

 瞬間に泥となって刃に掛かる負荷ごと地面に泥となって飛び散った巨蟲の残滓を血振りで払い、下駄の音も軽やかに老婆へと駆け寄る。

 

「大丈夫かいな、婆ちゃん!?」

「あぁ、御武家様……こんな婆を気に掛けて下さって……」

「そんなんええから、はよ逃げ!村を出たら、一直線に走るんやで。したら、天の遣いの旗が立っとるさかい、そこが避難所やからな」

 

 

「あぁ!御遣い様がお戻りになられたので!!」

「せや!直ぐに助けに来てくれるよって、もうちょい気張りや!ほれ!」

「はい!はい!」

 霞は、(ようや)く、よたよたと走り出した老婆の背を見守りながら溜め息を吐いた。

 

「ったく、一刀のアホは何をノロくさしとんねや。あれ、実は馬やのうて牛やったなんてオチやあらへんやろな……ん?」

 霞が視線を投げるのと同時に、派手な音を立てて家屋の扉が吹き飛び、そこから投げ出されて来たアカスイが、そのまま向かいの家の壁を盛大に破壊して倒れ伏した。

 一拍の後、轟音と回転を伴って投擲された短戟がアカスイの身体に突き立てられ、断末魔の悲鳴と共にアカスイが泥になると、中空で支えを失い、どことなく間の抜けたカラン、という音と共に地面に落ちる。

 

「ゴホゴホ……あぁ、やれやれ。埃っぽくて敵わん」

 吹き飛んだ扉の奥から姿を現した高順こと誠心は、虎髭に付いた埃を心底嫌そうに払いのけながら落ちた短戟を拾うと、左手に握っていたもう一本の短戟でその柄をコンコンと軽く叩き、金具の留め金の具合を確かめてから、漸く霞に顔を向けた。

 

「これで、この辺りの居住区に潜んでいた蟲は粗方と言ったところだぞ、霞殿」

「おう、お疲れさんや。それにしても、派手にやったなぁ!」

「む……長柄の自分より私の方が向いていると申して役を押し付けたのは、其許(そこもと)ではないか」

「そらそうやけどな」

 

「どの道、修繕費用には支援金が出るであろうよ。で、そちらは?」

「あぁ、こっちも粗方、避難完了やな。今さっき、もたついとった年寄り連中も外に出したし」

「それは重畳(ちょうじょう)

「うん。ほんなら、後はウチがもちっと入口の近くまで戦線下げてバケモンが外に出ぇへんように見とくさかい、アンタはこのまま、南側の居住区を突っ切ってバケモン退治しながら、孟起らんトコに行ったりや。こっちは火も回ってへんかったから手早く済んだけど、東側は火の回りが早いみたいやし、北側の居住区は恋が建物ブッ壊すついでに面倒みてくれるやろ」

 

 誠心はその言葉に大きく頷いた。

 この村は元々、山間部を東西に貫く街道の上にあるので、北側と南側は獣除けと夜盗除けを兼ねた高い防護柵で覆われていて、当然ながら、地元民の居住区は街道を遮らぬように防護柵に沿う形で北南に集中している。

 火の手が上がったのはどうやら北東の辺りの様で、村を横断する街道と村中央の広場に隔たれている上、恋が延焼対策に回っている事も手伝って、西側と南側の居住区の被害は大分、軽微に収まっていた。

 

 ともすれば、誠心が暴れ回って出た損害が、一番大きい位かも知れない。

 それに加え、住民たちもつい数年前までは、いつ戦火に巻き込まれるか分からない生活だった事もあり、心構えが出来ていたからか、比較的スムーズに避難が進んだ為、二人にもこんな策を考えられる余裕があると言う訳だった。

 

「では、お言葉に甘えて。武運をな、霞殿」

「おう、そっちもあんじょう気張りや!」

 誠心は、霞の声を背中で聞きながら双戟を背に負って腰に()いた朴剣を抜き、家々の間の細い道へと足を踏み入れて行った。

 

「さて、と。ほんならウチは―――っと!?」

 霞はスッと眼を細め、誠心が扉を吹き飛ばして出て来た家屋の玄関辺りに、神経を集中する。

 先程まで相手をしていた蟲どもの、捕食欲を剥き出しにしたものとは明らかに違う、憤怒にも似た殺気を孕んだ“何か”の気配を、機敏に察知したが故に。

 

「あの四角四面のバカ真面目が討ち漏らしなんちゅう事もないやろし、後詰かぁ?それとも―――」

 何時でもこの場を離れられる様、半ばバックステップの姿勢を維持したまま、偃月刀の刃をするりと下段に構える。

 まさか臆したなどと言う事はない。

 (むし)ろ、三國無双の誉れも高い呂布奉先を一時は追い込みまでしたと言う中級種とやらと、是非とも一度くらいは死合うてみたいと言う欲は、真夏の蝉の鳴き声の様に(やかま)しく霞の理性を責め立てている程だ。

 

 とは言え、半分賓客の様な立場である手前、まさかこの国の軍師の策を無碍にも出来まいし、罵苦相手の遭遇戦ともなれば死んでも外交問題にはなるまいが、それでも音々音は気に病もう。

「ったく……難儀なこっちゃで、半端な立場っちゅうんも」

 苦笑いを浮かべてそう呟いた霞の顔は果たして、家屋の薄暗がりから姿を現した存在を見て瞠目(どうもく)となり、次いで狂気を孕んだ満面の笑みとなった。

 

 確かに、今まで相手をしていた巨大な蟲とは違う異形。

 しかし、同じ姿をしたモノがぞろぞろと十ほども居る上、その口からは聞く者を不穏な気分にさせる唸り声を発するだけで、言葉を弄しようとする様子も無い。

「くくっ!ええやんええやん、大漁やんか!!お前ら、喋れへんよな?おっと、答えんな!答えられるか分かれへんけど、兎も角、答えらるとしても黙っときや。そしたら―――」

 

 霞は心底、幸せそうな声で体の重心を後ろから前へと移し、虎も恥じ入る程の獰猛な笑みを湛えて、一歩を踏み出す。

「たっぷり()ぇ思い、させたるからなぁ!!」

 その言葉が発せられた瞬間、既に霞の身体は、常人には掻き消えたとしか感じられぬ程の速度に達していた。

 

 

 

 

 

 

 大型重機の鉄球(ブレイカー)でもぶち当たった様な轟音を伴って、簡素な造りの民家が粉々になって吹き飛んだ。

 それを成した紅蓮の髪の少女は、方天画戟を右の肩に担ぎ直すと、左手で額に浮いた汗を拭う。

 彼女が汗を掻いているのは疲れているからではなく、単純に暑いからだ。

 火事の延焼を防ぐ為に家屋を打ち壊すと言う事は、常に火の手の風下に立って動き回らなければならない事を意味する。

 

 流石の飛将軍とて、業火に炙られながら戟一本で家屋の解体などしていれば、辟易くらいはしもしよう。

 髪は束子(たわし)の様だし、肌は熱を持ってヒリヒリと痛む。

 まるで、叉焼(チャーシュー)にでもなった気分だ。

 唯一の慰みと言える程でもない慰みは、火を恐れてか、あの蟲の化け物たちもこちらには近づいて来ていない事くらいか。

 

「恋殿、お疲れ様なのです。既に、この辺りは心配ないようですし、少しお休みになられては?」

 恋は、そう言って駆け寄って来た音々音の言葉にくせ毛を揺らして首を横に振ると、今しがた壊した家屋のものであったらしい井戸に向かって歩を進め、縄を一息に引き上げて釣瓶(つるべ)を手繰り寄せ、水を頭から被る。

 

「みんなも、頑張ってる。恋だけ、休めない……」

「おぉ、恋殿!なんと、なんと気高いお言葉!この陳公台、改めて感服―――ひやぁ!!?」

 主の言葉に感激して瞳を潤ませていた音々音は、自分の頬の横を衝撃波(ソニックブーム)を巻き起こしながら何かが通り過ぎるのを感じて、反射的に悲鳴を上げた。

 

 音々音の視線の先には、渾身の決め球を放った直後のピッチャーの様な姿勢で静止している紅蓮の戦神の姿があり、今の今まで手に持っていた筈の釣瓶は、何時の間にやら消え失せている。

 となれば、これ以上は何があったかなど語るまでもない。

「れ、れ、れ、れ、恋殿!!?ねねは……ねねは何か、勘気(かんき)に触れてしまうような事を口走ってしまいましたかぁ!?」

「違う。ねね、後ろ……!」

 

「へぁ?—――ひっ!?」

 音々音は、恋の人差し指が示した方向へ顔を向けてみて、またも反射的に悲鳴を上げた。

 そこには、頭を押さえながらヨロヨロと立ち上がろうとする、武骨な鉄の鎧を着こんだ異形の大男が居たからだ。

 

「ねね、こっち。恋の後ろに下がって」

 恋は、そう言った時には既に、井戸に立て掛けた方天画戟を手に取っていた。

 視線の端で音々音の動向を気に掛けながら、水に濡れて艶やかさを取り戻した髪をかき上げて、異形に神経を集中する。

 

 身の丈は、七尺(約2m)ほどもあろうか。

 骨格も体格も完全に人間(ヒト)のそれだが、どこか茸を思わせる形に肥大した毛の無い頭部や、黄色く濁った瞳の無い大きく鋭い双眸(そうぼう)、耳まで裂けた大きな口にみっしりと生える鋭い牙が、明らかに人ではないと主張している。

 

 分厚い鉄板を折り曲げただけかの様な、通気性や重量など考えられてすらいなさそうな鎧を軋ませながら立ち上がった挙動を見るに、そこまで敏捷な印象は受けないが、いくら木製の釣瓶とは言え、至近距離から飛将軍たる自分の全力を込めた投擲攻撃を受けてすぐさま立ち上がれる頑強さと、節くれ立った手に握られた幼児の背丈ほどもある巨大な盤刀は、恋の警戒深度を低級罵苦に対するそれから一つ上げるには十分な要素だった。

 

「まさか、中級罵苦でしょうか?この前のマシラとか言う奴等や、この村を蹂躙している蟲どもと同じには見えませんが……」

「ううん……そこまで強くない」

「ほほぅ」

「……多分」

 

「た……多分なのですか……」

 出来るなら、自信を持って音々音を安心させる言葉を発してやりたかったが、こればかりは恋にもどうしようもなかった。

 少なくとも、あの吸収される感覚は感じていないし、黒狼と対峙した時の様な、自分の武人としての直感が警戒音を上げる様な凄みが無いのも同様だ。

 それでも、あの数万の罵苦の軍勢の中で、武器を使ったり鎧を身に着けていたのは、中級種である二体だけだった。

 

 だから、戦ってみないと分からない、としか言えない。

「でも」

「でも……なんですか?」 

「すごく……嫌な感じ」

 

 恋のその呟きに、音々音が「はぁ」と曖昧に相槌を打ったのと同時、牙を剥き出しにして恋を睨んでいた怪物は、唸り声を上げながら盤刀を振り上げ、紅蓮の少女めがけて吶喊する。

 『思ったよりは速い』とは思ったが、やはり黒狼の刃ほどの脅威は感じない。

 音々音がすぐ背後に居る事もあり、受けてみる、と言う選択肢を選んだ恋は、方天画戟を横にして、柄の板金で補強された部分を敵の刀の軌道に合わせた。

 

 インパクトの瞬間、自分のつま先がガクンと地面にめり込む感覚があったが、恋は気に留めず、そのまま柄を捻って敵の刃をいなし様に、戟の石突でグロテスクな側頭部に(したた)かに打ち据える。

 次の瞬間には、怪物は轟音を伴って家屋の残骸の中に頭から突っ込んでいた。

「やりましたな!恋ど―――」

 

「まだ」

 恋は、自分に歩み寄ろうとした音々音に腕を(かざ)して制止した。

「え……だって……」

 動きを止めた音々音は、怪訝な顔をして吹き飛ばされた怪物を見遣る。

 

 恋の戦いを長く側で見続けて来た音々音には分かっていた。

 あれは、飛将軍・呂布奉先が“仕留める心算(つもり)で”放った、渾身の一閃だ。

 例え刃ではなく石突の部分であろうとも、人間はおろかマシラ辺りですら、胴から頭が吹き飛んでいてもおかしくはない必殺の一撃だった筈なのだ。

 

 だが、あろう事か、怪物はがらがらと音を立てて家屋の残骸の山を崩しながら起き上がろうとしているではないか。

「ふっ!」

 音々音が、恋が息を吐く小さな音を聞いた時には、恋の身体は既に立ち上がった怪物の眼前にあり、風切り音を伴った方天画戟の刃は、分厚い鎧など意にも介さずに怪物の身体を縦に両断して、その穂先は地面を僅かに割っていた。

 

「もう、いいよ……」

 恋が、鈍い音を立てて(くずお)れた(むくろ)を見つめながらそう言うと、音々音が待ちかねた様子で側までやって来た。

「少々、手強くはありましたが、流石は恋殿!敵ではありませんでしたな!」

 

「うん……でも……」

「でも?」

「消えない」

「え?あ……」

 

 音々音は、恋の視線の先に自分の視線を重ねて、驚きに目を見開いた。

 二つに分かたれた怪物の躯は、臓腑や脳髄と共に赤黒い血液を地面にぶちまけながら、“ただそこに横たわっていた”。

「確かに……消えて……ない?」

 恋は、音々音のそんな呟きを意識の端で聞きながら、方天画戟の刀身にべっとりとこびり付いた赤黒い血を(しばら)くじっと見つめてから、もう一度、怪物の躯に視線を戻した。

 

「……やっぱり、嫌な感じ……」

 くせ毛を揺らして首を振り、次の目標地点へ向かおうと音々音の手を引いて走り出してもなお暫くの間、恋の頭の中には、自分の発したその言葉が、得物の刃に付いた赤黒い血糊と同様に頭の中にこびり付いていた。




お楽しみ頂けたでしょうか?
なんやかやで、今回は何と一刀君の出番なしと言う……。
次回大暴れ予定です。
因みに、今回のサブタイ元ネタは『赤い光弾ジリオン』のOPです。
この頃のタツノコプロは楽器曲も本編も名作量産し過ぎ……。
お若い方も、サブスク等で見かけたら是非w
では、また次回お会い致しましょう。

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