真・恋姫†無双異聞 皇龍剣風譚     作:YTA

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 ご無沙汰しています、YTAです。
 今回のエピソードは、2010年に(年取る訳だ……)TINAMIさんに投稿したエピソードをリライトしたものです。
 本作での一刀のスペック説明回とも言える内容なので、気合を入れて書いたら、結構長くなってしまいました(汗
 お楽しみ頂けたら幸いです。

 また、感想や評価など、大きなモチベーションとなりますので、お気軽に頂戴できたらと思います。

 では、どうぞ!


第参話 It’s my life

 

 

 

 気がつくと、一刀は、漆黒の空間にぽっかりと浮かぶ“橋”の上に居た。

「あぁ……此処は……」

 一刀は、十五年前に自らの旅立ちの場所となった空間を、万感の思いを込めて見渡した。

 以前は、貂蝉からの説明を受けて知識として理解した暗黒。

 だが、今なら“感じ取れる”。

 

「永劫、か」

 そう、他のどんな名称よりも、それが一番しっくり来る。

 人と共に生まれながら、人の身が決して関わってはならない禁断。

 神々の粘土。

 結局のところ、それがこの空間に満ち満ちる暗黒(モノ)の正体だろう。

 

『永劫とは関わり合うもんじゃない』とは、何の映画の台詞だったろう。

 アメリカ在住時代、映画館の夜のリバイバル上映で観た古い映画だったのは間違いない。

 確か、デニーロが出ていた気がするのだが。

 一刀は、怒涛の様な夜を過ごしてすっかり疲れ切った脳細胞で、そんな事を考えていた。

 

「お久し振りねん、ご主人様」

 酷く懐かしい野太い声が、そう呼びかけて来る瞬間までは。

「貂蝉!!」

 彼女(?)は、いつかの様に、何も無かった筈の場所に忽然と現れ、一刀にウインクを飛ばす。

 

 スキンヘッドに両のもみあげをお下げに結い上げると言う奇天烈な髪形も、ピンクの紅を引いた分厚い唇も、世紀末覇者にも劣らぬ程の筋骨隆々たる巨躯も、その気になれば朗々と言葉を紡げるであろうと容易に想像が付く力強い音声も、怖気を振るう様な角度で股間に食い込む桃色のブーメランパンツも、全ては昔の、十五年前の姿のままに、外史の守護者は一刀の前に忽然と立っていた。

「本当に……久しぶりだ、貂蝉」

 貂蝉は、一刀が自分でも気づかぬ内に差し出していた右手を、力強く握り返しながら微笑みを返す。

「ええ。信じてたわん、ご主人様。貴方ならきっと、“その力”を使いこなせる様になって、戻って来てくれるって」

 

「あぁ、そうか俺―――」

 一刀は右腕を見て、自分がまだ、黄金の鎧を纏ったままだと言う事に気付く。

「えぇと……これ、どうやって外せば良いんだ?」

「ドゥフフ。“それ”はね、ご主人様、もうご主人様の身体の一部なのよん。人は、一々考えながら息をしたり歩いたりしないでしょ?」

 

「なる……ほど?」

 一刀は、抽象的に過ぎる貂蝉のアドバイスに困惑しながらも、何とかしてみる心算(つもり)で呼吸を整えた。

息を吸う、息を吐く、手を握る、手を開く、解きほぐす。

 身体の動作確認をする様に、その一つ一つを繰り返し、繰り返し、繰り返す。

 

何週目かも分からなくなった頃、一刀は肌に空気が当たるのを感じて目を開き、自分の手を持ち上げて見た。

「おぉ、消えた……」

 腕には僅かに光の粒子が蛍の様に纏わりついていたが、目に見えているのは確かに自分の手だ。

 と、一刀の目に、Yシャツにこびり付いていた赤茶けた染みが飛び込んで来て、その瞬間にすっかり忘れていた重大事を思い出した。

 

 そう、自分は確かに命に関わるレベルの重傷を負っていた筈だ。

 多分、恐らく、体感的には。

 実際、スーツもYシャツも半ばボロ雑巾のような有様になっているし、布地の半分がたは赤茶けて鉄臭い染みで覆われているではないか。

 

 だがどうした事か、その下の肌には、擦り傷一つ付いていない。

「だぁいじょうぶよん、ご主人様。あの鎧の内側にはね、纏った者の傷を癒す高密度の内気功が満ちているの。それに今のご主人様の身体は、ちょっとやそっとの事じゃ“壊れたり”しないわ」

 貂蝉は、慌てた様子で自分の身体を弄っている一刀に苦笑を向けてそう言うと、お祈りでもする様な具合に手を組んで、くねくねと(しな)を作った。

 

 

「そんなコトは兎も角、ご主人様ってば、オトナの色気ムンムンじゃなぁい!!?ワタシ、ドキがムネムネしちゃうわぁん♪」

「なんだろうなぁ、この懐かしい様な思い出したくも無かった様な気持ち……いやまぁ、十五年も経ちゃあ、色気はさておき老けはするだろ、うん」

 

「十五年……そう、正史では、もうそんなに……」

「あれ、知らなかったのか?意外だな」

 一刀が驚いてそう言うと、貂蝉は申し訳なさそうに俯いた。

「ごめんなさいね、ご主人様。ワタシたちは元々、正史にはそこまで強く影響力を持てないの。この場所を経由して、辛うじてご主人様の存在と外史との縁を繋げ続けるのが精一杯でね。それに、ワタシたちにとっては刻の流れなんてあってない様なものなんだけど、この外史の狭間に居ると、余計に感覚が鈍くなっちゃうのよ」

 

「あぁ―――そう言えば、此処では時間が流れないとか言ってたなぁ」

「えぇ。今、言った通り、経年の方は元から関係ないんだけど、周囲の時間が止まってると、やっぱり影響は受けるみたいなのよねん」

「なるほどなぁ。ま、気にするな。むしろ、お前らが万能じゃない方が、俺も気が楽になるってもんだ」

 

「ドゥフ!ありがと、ご主人様。それじゃ、こんな場所で立ち話も何だし、もう行きましょ♪」

「そうだな。いい加減に座りたいぞ、俺は」

 一刀は、貂蝉のどこか空元気じみた笑顔に自分も微笑みを返して、踵を返して歩き出した彼女(?)の後を追って歩き出す。

 

貂蝉の逞しい背中越しに赤漆(せきしつ)の階段が忽然と現れた事にも、驚きはない。

 あるのは、突然、十五年前に時間を引き戻された様な奇妙な感覚だけだった。

 

 

 

 

 

 

 階段を登り切ると、そこにある空間もやはり、以前訪れた時のままだった。

 黒光りする板張りの床、扉のある三方の壁、中央に立つ、街燈と見紛うばかりの背の高い行燈。

 そして、その下の揺り椅子に座す、黄褐色の三つ揃え(スリーピース)を着て微笑む老人の穏やかな微笑みまで。

「ほっほっ。貫禄が付いたのぉ、北郷一刀」

 

 老人は、燻らせていた海泡石(メシャム)のパイプを椅子の横に設えたテーブルの上に置いたパイプスタンドに戻して、ゆっくりと立ち上がると、同じ様にテーブルに立て掛けてあった銀の握りのステッキを手に取って、一刀の元に歩み寄る。

 以前に会った時にも思ったが、高齢な見た目に反し、ファッション以上の目的でステッキを必要としている様にはとても思えない、矍鑠(かくしゃく)とした足取りだった。

 

 突然、音楽が流れ始めて、老人が往年のジーン・ケリーも()くやの鮮やかなステップで踊り始めても、驚きはすれど意外には思わないだろう。

 小粋な角度に曲がった中折れ帽(フェルト・ハット)から覗く銀髪も、老いの証と言うよりは、むしろこの老人の“老齢なのに年齢不詳”という様な不思議な印象を強めている。

 

「ご無沙汰しています、姬大人(きたいじん)

 一刀は、差し出された右手を握り返して、その力強さに内心、改めて驚きながら、そう挨拶をした。

「うむ。約定を見事に果たしての無事の帰還、喜ばしい限りじゃ」

「はい。少し、時間を食ってしまいましたが」

 

「なに、今が男の盛りよ。儂も其方(そなた)くらいの頃には“ぶいぶい”言わせとったもんじゃ」

 姬大人がそう言って茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせると、壁の扉(以前に来た時には、罵苦の死骸が置いてあった倉庫に続いていたと一刀は記憶していた)が開いて、懐かしい巨躯が姿を見せた。

「卑弥呼!」

 

「おぉ、ご主人様か!うむ、久方振りに(まみ)えたが、佳い男振りであるな。ちょうど、其方の部屋の準備を終えたところよ」

「部屋?俺の?」

 困惑した一刀が頓狂な声を上げてそう訊き返すと、卑弥呼に代わって姬大人が口を開いた。

 

「左様……其方は今すぐにでも、愛しき女性(にょしょう)たちの元へ立ち戻りたいであろうが、まだ仕上げが済んでおらぬ故な。お主自身、己が得た力を十全に使いこなせると胸を張れはしまい?」

「それは……はい」

 一刀は、姬大人の言葉に素直に頷きを返す。

 

 正直な話、そもそもあの鎧がなんだったのかすら分かっていない。中級罵苦、黒網蟲との戦いでも、鎧の方が補助してくれたから何とかなっただけで、とても自分から戦術的に立ち回れていたとは言えないのだ。自分の扱う装備への理解というのは、例えそれが兵士であれ戦士であれ、心構えの初歩の初歩である。

 この十五年間に得た学びを思えばこそ、例え見栄であっても、姬大人の言葉は否定など出来よう筈もない事であった。

「であろう。なれば、儂と卑弥呼が鍛えて遣わそうと言う訳じゃ。其方を(まこと)、三国の英雄豪傑に劣らぬ勇者にな」

「つまるところ、ご主人様をただ独りで正史に放り出したのは、謂わば、ご主人様を玉鋼(たまはがね)として製錬する行程であったのだ。これよりが正に、我らの(わざ)という火と槌で以って、ご主人様と言う鋼を(つるぎ)へと鍛え上げる、その本番と言う事よ」

 

 一刀は、姬大人の言葉を継いだ卑弥呼の言葉に、何とも言えない様子で溜め息を漏らした。

「なんつーか、果てしなく気の長い話に聞えるな、それ」

「案ずるな一刀。この場所は“外史の狭間”。此処では、刻は前へも後ろへも流れはせぬ。一年も百年も同じ事よ」

「まぁ、あっちで独りでやってた時よりは、終わったら確実に皆の所へ帰れるって解ってるだけ大分マシかぁ」

 

 一刀が諦念した様にそう言うと、姬大人は口髭に隠れた唇の端を僅かに吊り上げる。

「それでよい。それぐらい鷹揚に構えておった方が、万事うまく進もうと言うものじゃ。今日は其方も疲れておろうし、茶でも飲みながら基礎の座学で済ますとしようかの」

「お任せよん、大人さまぁん!!」

 

 姬大人の言葉を待っていたかの様に、暫く一刀の視界から居なくなっていた貂蝉がひょっこりと顔を出した。

 右の肩にはテーブルと椅子のセットが器用に積み上げられており、左の掌には、湯気の立ち昇るティーセットが乗った銀の盆を給仕の如く(たずさ)えている。

「はぁ、どっこしょっと!」

 

 貂蝉が見てくれにそぐわない器用さでテーブルのセッティングを終えると、姬大人は洗練された仕草で一刀に着席を促した。

 一刀が、ポットから漂う珈琲の香りで自分がどれほどカフェインと糖分とニコチンを求めていたかを悟り、独り苦笑を浮かべていると、席に着いた姬大人が微笑みを返す。

 

「其方には、こちらの方が良かろうと思ってな。砂糖とミルクも用意してある。話は、一服点けて寛ぎながら聞いてくれればよい。儂も、一服するでな」

「お気遣い、痛み入ります。大人」

 一刀が姬大人に礼を言って、胸ポケットから煙草を取り出してオイルライターで火を点けると、姬大人も、いつの間にか手に持っていたパイプに太いマッチで火を点けて、一刀に合わせる様に紫煙を燻らせた。

「また煙草が吸えて良かった。肺に穴が開いただろうと覚悟していたので」

「うむ。その有様を見ればさもあろうよ。で、だ。どこから話すべきかの、卑弥呼?」

「はっ。では、“石”の事からが宜しかろうと存じます」

 貂蝉と共に椅子に腰かけた卑弥呼がそう答えを返すと、姬大人は大きく頷いた。

 

「そうじゃな。さて、一刀よ。今、其方の腹の中には、これ位の大きさの―――」

 姬大人は、右手を握って拳を作ってみせた。

「石が、埋め込まれておる。感じておるかの?」

「はぁ。光る龍が腹の中に飛び込んだのは憶えてるんですが……」

 

「それじゃ。あれはな、正史に石を送り込んだ時に儂が化身させたものよ。本来、あの龍は“賢者之石”より出でて、其方の身体を幻想の力を纏える状態に導く存在じゃ」

「賢者の石……確か、錬金術の奥義と言われてる物ですよね?」

「左様。所有者に不老不死を始めとした数々の奇跡を(もたら)す、時に粉末であるとも液体であるともされる万能の赤き石じゃ。尤も、其方に与えた“それ”は、伝説に語られる石そのものではないがの」

 

 姬大人に下腹の辺りを指さされた一刀は、不思議な気持ちで腹を撫でてみた。

 特に何も感じはしないのだが、自分の腹の中にそんなものが入っているなどと言われると、何とも落ち着かない気分にはなる。

「本当ならば、(かつ)ての大戦で使われた亜細亜に伝わる石を其方にくれてやれれば良かったのじゃが、生憎と罵苦どもを封印した時に使い物にならんようになってしまったでな。その石はの、欧州方面の肯定者たちにも協力を仰ぎ、先の大戦で失われた石を模し、新たなる“幻想の力を宿す器”として、我らの総力を結集し創り上げた切り札よ」

 

「幻想の力を宿す器……」

「うむ。まずは、其方の肉体を幻想の力を纏えるだけの頑強なる“起龍体(きりゅうたい)”へと変える力じゃな。この状態となれば、常人を遥かに凌ぐ身体能力を得る事が出来よう。正史の生まれである其方でも、石から供給される膨大な氣の力で以って、外史の者たちと同様に、硬気功や内気功を自在に操る事も可能であろう。無論、それなりの修練は積む必要があるがな」

 

 姬大人はそこまで一息に説明すると、ポケットから取り出したタンバー(パイプの受け皿で燃える煙草葉を押し込めて燃焼時間を調整する道具)を取り出し、煙草葉をニ・三度、押し込んでから、再び口を開いた。

「次が“鎧装”。即ち、其方をあの黄金の鎧を纏った姿へと変ずる力じゃ。其方が言霊を込めて口に出せば、術式が起動する」

 

「じゃあ、うっかり言っちゃった、みたいな事であれになる心配は無いんですね?」

「うむ。そもそも、本来は起龍体への移行なくして鎧装の術式は起動せぬ。先の時は緊急時であった故、儂が起龍体への移行と同時に術式が起動するよう調整して正史に送り出したが、本来は扱うのにコツが要るでな。ま、言霊を使った術に関しては卑弥呼が専門じゃによって、後で説明させよう」

 

 姬大人は、一刀と卑弥呼が揃って頷くのを確認して咳払いを一つする。

「さて、鎧装を経た其方は、(すめらぎ)なる龍の王、即ち皇龍王となる」

「そう言えば、さっきの戦闘でもそんな文字がARに出て来たな……黄色い龍、ではなくてですか?以前、貴方や卑弥呼が、俺をそう呼んでいたけど」

 

「そうじゃ。鎧の意匠は、其方の宿星でもある黄龍(こうりゅう)(かたど)っておるが、その身に宿す力は黄龍のみに為らず。五神の長たる黄龍の力を以って、他の四匹の聖獣の力を一つに纏め上げたるもの。なればこそ、皇の龍なのじゃ」

「成程……そう言えば、白虎とか玄武とかの名前も出てたな……」

 

「鎧は、賢者之石が生成した日緋色金(ヒヒイロカネ)と氣を錬成したものじゃ。其方の生れた時代の兵器でも、少なくとも対人を想定したものでは傷一つ付けられまい」

 姬大人の言葉を聞いた一刀は、「うへぇ」と引き気味に呟くと、貂蝉が生徒に注意を促す教師の様に指を振る。

「でも注意してね、ご主人様。日緋色金自体の硬度は金剛石(ダイアモンド)すら上回るけれど、中のご主人様はそうじゃない。車で事故に遭うのと同じで、外殻を貫通して伝わる強烈な衝撃なんかは中のご主人様にダメージが行くし、日緋色金の結合に氣を使っている以上、その氣の密度を上回る様な超々高密度の闘氣による攻撃を受けたら、結合が断ち切られちゃうから」

 

「まぁ、その辺りは追々、実践込みでワシがしっかりと教えておこうぞ、貂蝉。ご主人様も、その方が分かり易いであろうからな」

「いや、いつから俺、肉体言語推進派に宗旨替えした事になってんの?つーか、お前と戦えとか、確定演出付きでDIE or DIEな未来しか無いんじゃないの?」

 

「心配するな、ご主人様。賢者之石には、不老不死とは行かぬまでも、優れた治癒の力が備わっておる。即死さえ避ければ、そう簡単に死にはせん。安心して死合おうぞ」

「なにその安全の概念に喧嘩売る様な言い草。あと、“しあい”のニュアンス絶対に間違ってるよね?」

 卑弥呼の体育会系を極めたあまりな物言いに、一刀がじっとりとした視線を投げつけながらグチグチと突っ込んでいると、姬大人が溜め息交じりに苦笑を浮かべる。

 

 

「元気なのは結構な事じゃが、話を進めてはどうじゃな、卑弥呼」

「はっ、これはご無礼(つかまつ)りました―――では、ご主人様よ、ワシから改めて、今後のカリキュラムを説明しよう。まずワシが教えるのは我が秘術、鬼道の極意よ。罵苦どもの中には、(あやかし)の術に長けた者も数多い。超級種や上級種に至っては、剪定者たちが用いる術すら使いこなす個体がおるからな。何も安倍家や加茂家並みになれとは言わぬが、それなりに遣えた方が良かろう」

 

「そもそも、それって俺に使えるもんなのか?」

「案ずるな。今のご主人様は、正史より出でて幻想を纏う者。出来ぬ道理などない」

「喜ぶべきか悲しむべきか分かんねぇなぁ……あぁいや、すまん。続けてくれ」

「うむ。続いては体術だな。徒手空拳から長柄・弓・剣・投擲・暗器の扱いに至るまで、実践込み込みでギッチリと詰め込んでやろう……ムフ」

 

「いやもうそれお前がやりたいだけちゃうんか」

「否!断じて否!!まぁ、基礎は程々に出来ておるようであるし、そこまで心配は要るまい。それに、理由もちゃんとあるのだぞ。本格的に修練を始める時に改めて教えてやるとも」

「あぁ、そう。で、他にもあるのか?もういい加減、小出しされるとツッコミが面倒になってきた」

 

「いいや、ワシの方は以上だ。皇龍王としてのご主人様に修行を付けて下さるのは、大人さま故な」

「へ!?そうなんですか?」

 一刀が驚いて姬大人を見ると、老紳士は愉快そうに口髭を(しご)きながら、鷹揚に頷いた。

「うむ。何せ、“石”の扱い方を熟知しておるのは、儂しかおらんでな」

 

「熟知……していらっしゃる?」

「如何にも」

「あの、大人。もし間違えていたら、大変に恐縮なのですが」

「うん?」

 

「もしかして貴方のお名前、軒轅(けんえん)さんと仰られたりします?」

「左様。姬軒轅(きけんえん)が儂の姓名である。よう分かったのぉ、感心感心」

 一刀は、からからと笑う老紳士—―伝説に語られる黄帝その人を、信じられないものを見た人間そのものの目つきで、茫然と凝視する他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、平伏とかした方が良いですか」

「んん?あぁ、要らん要らん!斯様(かよう)な場所に隠遁して、(ようや)く堅苦しい些事より離れられたと言うに、今更、(みかど)面なんぞする気はないわい」

 割りと真面目に尋ねた一刀に対して、姬大人は大儀そうに手を振った。

 

「しかしまぁ、そこまで周到に隠す心算は無かったにせよ、よく思い至ったの、一刀」

「それは……敵が蚩尤だと聞けば、それを打倒したと伝わる人物の事も調べる位はしますから……黄帝の本名が分かった時に、貴方の顔が頭を(かす)めもしました。ただ、黄帝は本来、正史の方と伺っていましたし、まさか御本人とは」

 

 最凶最悪の戦神・蚩尤を討ち果たして、中原統一を成し遂げた勇者。

 鍼灸と漢方を根幹とする東洋医学と道教の祖にして、時には、数学、漢字、羅針盤、暦までをも発明したとされ、養蚕を編み出した嫘祖(れいそ)を妻に、蚩尤との決戦の折、蚩尤配下の神の内の三柱を下した日照りを司る戦天女・旱魃(かんばつ)を娘に持つ、存在そのものが中華の始まりとまで称えられる古の大英雄、黄帝。

 

 なんとか系主人公も真っ青の経歴を持つ当の本人が目の前に座って、珈琲を啜りながらパイプ煙草を吹かして居るとなれば、流石に三国志の英雄豪傑たちを恋人に持つ男でも、緊張くらいはする。

「あぁでも、陛下が前任者って事なら色々と納得がいくと言うか何と言うか」

「陛下も要らん。大人で十分じゃ。しかしそうか、納得がいくか」

 

「えぇ。俺の時代では、黄帝は龍と関わりが深い事を思わせる逸話が多いから、本来は龍神として崇拝されてたんじゃないかって説があるんですよね。あの鎧を着ていた頃は、大人も皇龍王を名乗っておられたのでしょう?」

「着眼点は良いのう。半分は当たりじゃな。尤も、儂の頃には正に黄色い龍と書いて黄龍王であった。なんせ其方の生れた時代からすると、四千五百年も前じゃったでなぁ。人々の幻想ももっと原始的で、今ほど多様では無かったからの。石もな、儂のは“龍玉”と呼ばれておった。ま、お主のは、その“あっぷでーと版”じゃな。儂が現役の頃に欲しかったあれこれをたっぷり詰めておいたぞ」

 

「ありがたい事です……それに確か、黄帝は金色の龍に乗って天に昇り、二度と帰らなかったと」

「ふむ。いい具合に伝わっておるのぉ。いやなに、少しばかり演出過多くらいの方が、大衆受けが良いかと思うてな。別にせんでも良かったのじゃが、派手に退場してみたと言う訳じゃよ」

「何というか、流石にスケールが桁違いですね……」

 

「ほっほっほ!照れるのぅ。まぁ、そんな訳じゃによって、きっちりモノになる様にしてやる故、安心せい、一刀よ。余裕があれば、巫術もちぃと仕込んでやろう」

「はい!宜しくお願いします、大人」

「うむ。さてさて、ざっとこんなものかの。一刀も疲れていようし、今日はこれぐらいでお開きとしよう」

 

「あれ、貂蝉は?」

 姬大人の言葉に疑問を覚えた一刀が、ふと気になって貂蝉を見遣ると、貂蝉は無駄に優雅な仕草で足を組み、珈琲を飲み干しているところだった。

「ワタシ?ワタシはお仕事に戻るわよん」

 

「え、どこか出掛けるのか?」

「えぇ。ワタシは今、ご主人様の戦いの助けになる様な“幻想の欠片”を探すのがお役目なの。“この中”には―――」

 貂蝉はそう言って、愛おしさと哀しみが綯交ぜになった様な表情で、漆黒の天を仰いだ。

「既に忘れ去られてしまったり、完全な形を得る事が無いままに漂い続ける幻想の欠片が沢山あるのよ」

 

「じゃあもしかして、俺を出迎える為にわざわざ?」

「どぅふ!だって、約束したじゃないのん。ワタシが必ず迎えに行くわ、って♪」

「律儀だなぁ……でも、ありがとうな、貂蝉。これからも宜しく頼むよ」

 一刀がそう言って頭を下げると、貂蝉は慌てた様に轟音を伴って手を振る。

 

「やだ、やめてよご主人様!水臭いじゃな~い!!」

「いや、よく考えたらお前とは“最初の頃”からの付き合いで色々と助けてもらってるのに、ちゃんと礼を言った事がなかった気がしてな。今、言っとかないと、今度はいつ顔を合わせられるか分からないだろ?」

「ご主人様……アチシ、俄然やる気が出て来たわん!ちょっくら行ってくるから、楽しみに待っててねん!!」

 

「お?おぉ……」

 一刀は、やおら立ち上がって猛然と階段を駆け下りて行く貂蝉の後ろ姿を茫然と見詰めるしかなった。

「どうしたんだアイツ、急に……」

「ふ、相変わらずの誑し振りよな、ご主人様」

「なんで俺が貂蝉を口説いたみたいな感じになってんのよ……」

 ニヒルな微笑を浮かべて『何でもお見通し』的な事を(のたま)っている卑弥呼と、げんなりした様子で渋々ツッコむ一刀の様子を暫し見比べていた姬大人は、苦笑しながら溜め息を吐いた。

「まったく、儂も付き合いは長くなったが、漢女と言うのは今以てよう分からんわい。さ、一刀よ、今日はもう休め。明日からは本格的に始めるぞ。努力したら努力しただけ、早く女性(にょしょう)たちの所へ帰れるのじゃ、励めよ」

 

 それから四半時も経たぬ内、以前は地下へ続く階段があった筈の場所が居心地良さそうなワンルームに変貌していた事に驚くよりも、強烈な睡魔に身を委ねる事を優先する事にした一刀は、程よくスプリングの利いたベットに飛び込むと、瞬時に泥の様な眠りに落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

「では、始めようかの」

「はい、師匠!!おなしゃす!!」

「待て待て待て待てぃ!!」

「んだよ、卑弥呼。折角、学生時代以来の気合の入り具合なのに、水差すなよな」

 

 ボロボロだった衣服を用意された拳法着に着替えた一刀が案内されたのは、今まで通った事の無かった最後の扉の先であった。

 そこは、目算で500m四方はあろうかと言う何もない部屋で、本当にただ壁で仕切られているからと言う理由だけで、辛うじて部屋と認識できる様な空間だった。

 

 ここにも天井は無いのだが、代わりに、一刀の精神衛生上の観点からとの理由で、青い空模様が映し出されており、姬大人いわく『サービス』との事らしい。

 一刀は今まさに、これから修行らしき事を始めようとして、卑弥呼の大音声に気勢を挫かれたのである。

「いいや、ここは詰めずにはおられん。師匠と呼ぶなら、どう考えてもワシの方であろう。キャラ的に!キャラ的に!!貴様、それでも“あらふぉー”か!!」

 

(やかま)しい!つか勝手に四捨五入するんじゃねぇ!!俺は漢女道に入る気なんか無いんだから、お前の弟子じゃないだろ!せいぜい生徒だろが!」

「ぐぬぬ!!正論パンチとかカッコ悪いぞ、ご主人様!」

「普段から正論を力でねじ伏せてるやつに言われたくないっつーの。はぁ、始まる前からどっと疲れたわ……」

 

「さて、そろそろ良いかな、お二人さん?」

 姬大人にそう窘められ、卑弥呼も漸く静かになり、一刀は一刀で落とした肩を気合で持ち上げ、姿勢を正した。

「よしよし。では、今度こそ始めるぞ。最初の履修科目は“起龍体”じゃ。一刀、ちと上着を脱いでみよ」

「は?はぁ……」

 

 一刀が戸惑いながらも言う通りにすると、姬大人はステッキの取っ手部分で、一刀の下腹辺りに当てる。

「其方も武術家じゃ、丹田は知っておろうな?」

「はい。それは勿論」

 姬大人がステッキで触れている場所が、正にその丹田—――即ち、元来は内気功を以って体内に霊薬を作り出す場所とされる、気力を練り上げる為の場所だ。

 

「然らば、集中せよ。“石”の脈動を感じるのじゃ―――石は其方、其方は石ぞ。呼吸を、鼓動を、脈拍を合わせよ。疑いを捨てるのじゃ。正史の常識を外に追い出せ。其方にとって、今や氣は概念に非ず。そこに、確かに在るものじゃ」

 一刀は、姬大人の言葉を子守唄の様に聞きながら瞳を閉じて、限りなくゆっくりと、深く呼吸を始めた。

 

 全身の血を丹田に集める様にイメージし、自身の意識をそれに乗せる様にして、奥へ奥へと感覚を伸ばす。“石”は―――氣は、確かにそこに在るもの。

 ならば、感じ取れる筈だ。心臓の鼓動を感じるのと同じ様に。

 飽く事なく、焦る事なく、同じリズムで呼吸を繰り返す。

 

 深く、深く、ゆっくり、ゆっくり。

 やがて。

「―――(見つけた)」

 “石”の脈動を感じ取れたと思ったその瞬間、身体の中に、凄まじい何かが湧き上がって来て、一刀は危うく、意識を飛ばしそうになる。

 

 血液が数倍の量にもなった様な錯覚。

 心臓の鼓動が二つになった様な幻覚。

 これは、奔流だ。

「好きに暴れさせるな」

 

 姬大人が、ピシャリと言う。

「それは“其方のもの”。其方がそれに所有されているのではない。しかと掴み、抑え、練り上げよ」

 そうだ。

 出来る筈だ。“自分のもの”という感覚が、確かにある。

 

「(俺の身体、俺の氣、俺の命—――)

 丹田から溢れ出ようとしているものの中心をイメージする。

 漏らさず、掬い上げ、固める。

 もっと固く、もっと強く、もっと小さく。

 

「ふぅぅぅ―――」

 漸く静まり出した悍馬の手綱をゆっくりと緩める様に、目を開きながら息を吐く。

 と、次の瞬間、一刀の下腹部から、昨夜見た黄金の龍が飛び出して、悠々と一刀の周りの中空を回遊してから身体に巻き付き、肌に吸い込まれる様に急激に立体を失う。

 

 今や龍は、白みがかった黄金の帯の如き痣となって、一刀の身体を包んでいた。

(よし)

 姬大人は、満足気にそう言って微笑んだ。

「その感覚を忘れるでないぞ、一刀」

 

「はい……そうか、これが氣って事か……」

 姬大人の言う通りだった。

 一刀がこれまで理解していた“氣”とは、徐晃こと香風が巨大な武器を悠々と振り回すのに使っているもの。楽進こと凪が、鋼の刃すら受け止め、業火と成して放つもの。

 

 詰まるところは、他人事だった。

 自身にとっての“気”とは、拳を打ち出す時や剣を振り下ろす時に“何となく身体に満たした心算になるもの”と言う、極めて概念的な存在でしかなかったのだ。

 だが、今は違う。

 

 自分の中に、“氣”を感じている。

 脚に、軽く力を籠めてみた。

 丹田から氣を注ぎ込み、太腿へ膝へ、脹脛(ふくらはぎ)へ、(くるぶし)へ、足の裏全体に。

 膝を曲げ、跳ぶ。

 

 

 一刀の身体は、5mはあろうかという位置の中空にまでふわりと浮かび上がり、すとんと地面に戻った。

「うん。これが、氣なんだな」

 初めて独りで自転車に乗れた時の様だった。

 踊り出したくなる様な喜びと言うよりは、心からの納得。

 

 今まで、他人の言葉からでしか理解できていなった理屈を、自分のものとした時の感覚だ。

 正に“腑に落ちた”という表現が相応しい。

「大したものじゃ。儂の時には、半日は掛かったぞ」

「師匠が良いですから」

 

「ほっほっ、世辞も儂より上手いの。さて、では、暫くその身体で居る事に慣れておけ―――卑弥呼」

「はっ。ではご主人様よ、其方にこれを取らす」

 卑弥呼が、一刀の前にぐいと右腕を突き出してそう言葉を発した瞬間、卑弥呼の握りこぶしの中に、忽然と一振りの日本刀が立ち現れた。

 

 長さは二尺三寸ほどと目測できたので、打刀(うちがたな)であろう。

 柄頭(つかがしら)(ふち)は艶消しの金で、柄頭には蜷局(とぐろ)を巻いた龍が、縁には泳ぐ様に体を伸ばす龍が描かれている。

 目釘を覆う目貫も金で、同様に小さな龍が彫刻されていて、柄巻きは純白の糸巻だ。

 柄頭と揃えの色の鍔は透かし彫りで、こちらにも何故か四つも開いた櫃孔(ひつあな)を悠々と避ける様にして、不規則な円を描き踊る龍が彫り込まれていた。

 

 一転して鞘は白石目で、鮮やかな深紅の下緒が巻かれており、その色合いはどこか連獅子を思わせる。こちらもやはり、笄櫃(こうがいひつ)を潰して小柄を納める小柄櫃(こづかひつ)を四つにしてあるのが特徴的で、一刀もこの様な造りは今までに見た事がなかった。

 しかも、本来、納まっている筈の小柄が一本も刺さっていないので、どうにも座りが悪い様に感じる。

 だがそれでも、人目で並みの刀剣ではないと分かる貫禄ある拵えだ。

 

「俺に……」

 卑弥呼から打刀を受け取った一刀は、ゆっくりを鯉口を切り、抜き放つ。

 息を呑む事しか出来なかった。

 正宗を思わせる(のた)れの刃文、冴えわたった沸などは、総毛立つほどの艶やかさである。

 

 模造の空を映す鏡の如き刀身には、忠綱を思わせる優美な登り龍が棒樋(ぼうひ)に寄り添う様に彫刻されていた。

 しかも、(はばき)には、ご丁寧にも、北郷家の家紋である丸に十文字の紋章が刻まれている。

「おいおいマジか……俺だってそこまで目利きって訳じゃないが、こんなの、最上大業物とか、どう見てもそのレベルだろ。おっかなくて振れないって……」

 

 一刀が物怖じした様子でそう呟くと、卑弥呼は僅かに唇の端を吊り上げた。

「そう及び腰になるな、ご主人様。それは、剣にあって剣に非ず。その証拠に、どうだ。重さを感じぬであろう?」

「……おぉ!?言われて見れば!どうなってんだ、これ……」

 一刀は卑弥呼の言葉を聞いて初めて、自分の手に握られた刀剣が異様に軽い事に気が付いた。

 

 どんなに多めに見積もっても、それこそ、精々が竹光ほどの手応えしか感じられない。

 しかし、どれ程ためすがめつしてみても、ぞっとするほど美しい鋼の剣にしか見えないのだから、何とも不気味だ。

「これぞ神仙の秘奥たる宝貝(ぱおぺえ)—―その名を、“神刃(しんば)”である」

 

「ぱおぺえ?あぁ、聞いた事あるぞ。確か、仙人のマジックアイテムだよな?」

「然り。儂の知り合いにその道に傾倒した仙人がおってな。なにをトチ狂ったか、“生きた宝貝”なんぞと言うもんを生み出した挙句、『暴れ者で手が付けられぬから助けてくれ』と養育の手助けを頼まれた事があったのよ。で、一つ貸しと言う事にしてな。折角なので、返して貰ったと言う訳だ」

 

「俺には、生きた宝貝なんぞより漢女道の方が怖ぇよ……でも、これが宝貝だっていうなら、やっぱり火が出たり竜巻が起きたりするのか?」

「しないぞ」

「あ、そう」

 

「なんだ、期待しておったのか?」

「うるせいやい」

 卑弥呼は、思いのほか残念そうにしている一刀の様子に気をよくしたのか、小さく鼻を鳴らした。

「仙人どものあれは、燃費が悪すぎるからな。使い道も限られようし、わざわざ新しく作る位なら、ご主人様が“石”の力を使いこなせるようになった方が話が早い」

 

「そうなの?」

「そうなのだ。故に、この宝貝には神珍鐵(しんちんてつ)と“石”から生成した日緋色金の合金を用い、ありとあらゆる戦場に対応できる力を持たせた。使用者をご主人様に限定する事で燃費を抑えた故、コスパも抜群だぞ。重さを殆ど感じぬのは、“北郷一刀以外が持とうとすれば持ち上げられぬほど重くなる”と言う(しゅ)の副産物よ」

「使い手を選ばないっていう兵器としての汎用性を度返しして、俺の為にカスタムメイドしてくれたって事か。それは凄いと思うが、コスパとか言い方が俗っぽ過ぎるだろ、仮にも仙人の武器にさぁ」

「む、しかし、宝貝と言う物は燃費が悪ければ遣い手が干からびるしな……使ったら多少、腹が減るくらいの燃費に抑えたのは、抜群のセールスポイントだと思ったのだが」

「それは(むし)ろ、携行兵器としては最低限の合格ラインなのでは?」

「むぅ……人間とは難しいものだな。まぁよい。それでな、ご主人様よ、神珍鐵については知っておるか?」

「えぇと、確か孫悟空の如意棒の素材……だっけ?」

 

 一刀は(彼自身にすれば大昔)、李典こと真桜が郭嘉こと稟の体質を巡る騒動の際、彼の逸物を指してそのような事を冗談で言っていたのを覚えていたので、自信なさげにではあるが、口に出してみた。

 すると、どうやら正解であった様で、卑弥呼は満足げに頷きを返す。

「左様。正確には、如意箍棒(にょいきんこぼう)と言う」

 

「あぁ、そうだったそうだった」

 確か真桜も、その様に言っていたと思い出す。

“言葉の響き”が似ているからと。

「神珍鐵の特性は、大きく分けて二つ。即ち、“物体の大きさの任意の拡大縮小”、“特定の入出力を行う装置を使わずとも遣い手の意志のみで思い通りの操作が可能”と言うものだ。だが残念な事に、その拡大縮小には、物性の変化は伴わない。そこでワシは……と言うか、実際に鋳造したのはワシの知人ではあるが、ご主人様の存在と極めて親和性の高い“石”が生成する日緋色金を配合する事で、これを克服したのだ。その“石”から作り出されるものに限っては、ご主人様の氣と結合し、自在に形を変える特性がある故な」

 

「つまりその……この刀、何にでも変われるって事か?」

「そうだ、と言ってやりたいが、制限もある。ご主人様がその存在を知らぬ―――即ち、“夢想できぬ”形にはなれない。また、現在のご主人様では、複雑な内部構造を有する近代兵器には変化させられぬであろう。石の力を最大限に引き出せる様になれば、鎧装を行っている状態なら或いは可能かも知れぬがな。また、その宝貝はあくまでも“武器”と言う概念の元に造られた物だ。それ以外の物にはなれぬ」

 

「ちょっと整理したい。えぇと、俺の腹に埋まってる賢者之石が生み出す日緋色金は、“俺が使う場合に限り”、形状を自在に変えられるんだな?で、大きさを自在に変えられて、それを特定の装置を使わずに行える神珍鐵とを掛け合わせて作られたのが、この刀の形をした、どんな武器にでも姿を変えられる宝貝、と。で、宝貝っていうのは本来、燃費が悪くて、生命力的なものを大量に消費するから、燃費をよくする為に“俺が使うとめっちゃ軽くなるけど、他の奴が使おうとすると重くて使えない”と言う制限を掛けた―――間違ってないか?」

「うむ。正鵠である」

「卑弥呼って、意外と策士なのな。確かに、使える人間に制限を設けるってのは兵器としての汎用性を損なう事にはなるけど、大量生産する訳でもない一品物なら、俺以外が使えないなんて寧ろ利点でこそあれ欠点じゃないのに」

 

「ふふん。覚えておけ、ご主人様。“幻想を扱う”というのは即ち、こういう考え方をするという事なのだ」

「勉強になるよ、ホント」

 一刀が素直に感心してそう言うと、卑弥呼は、それまで黙って卑弥呼の話に耳を傾けていた姬大人の方に顔を向けた。

「では、大人さま。本日は初日で御座いますれば、一通り流しで行いたいと存じます」

 

「そうじゃな。では、鎧を纏うがいい、一刀。やり方は昨日、教えた筈じゃ。起龍体への移行を成し得た今であれば、さほど難しい事はなかろう。基本は同じじゃからな」

 一刀は、姬大人の言葉に頷いて、再び集中を新たにする。

 自分の中にある賢者之石に感覚を伸ばし、そこから溢れ出る力を練り上げ、身体の隅々に満たすイメージを保ち、その意志を極限にまで鋭く研ぎ澄まして、言霊に変える。

 

「“鎧装”—――!!」

  一刀の腹部から賢者之石が姿を現し、そこから溢れ出た白み掛かった金色(こんじき)の粒子が身体を覆う。つぎの瞬間には、一刀の身体は淡い白が混じった様な色合いの明るい黄金の鎧に包まれ、鎧の節々から、鎧の生成に使われた膨大な神氣が蒸気の様に噴出して、まるで薄霧を纏った様に煌きを放つ。

『余剰神気 放出完了』

『対魔性殲滅用兵装 全機構 起動最終確認』

『皇龍王 来迎現臨』

 

 視界を覆うARデバイスからの情報を読み取り、一刀は自分が独力で鎧を身に着ける事に成功したと知った。

「改めて、エラいこっちゃだな、こりゃ」

 一刀が、左右非対称な意匠の手甲に包まれた両手を繁々と眺めていると、姬大人が(おもむろ)に口を開く。

「右手が白虎の力を宿せし虎王甲、左手が玄武の力を宿せし武王籠手じゃ。白虎が攻撃を、玄武が防御を担う。其方の言霊を受けて術式を成し、固有の武装を起動させる仕組みとなっておる」

 

 

 

「あの、輝光拳とか天縛鎖とかですか」

「うむ。輝光拳はこぶしに高圧縮した闘気を纏う他、波動として打ち出す事も出来る。天縛鎖は中距離での牽制や、闘気を通して軟鞭としても使えよう。武王籠手に“武王甲”の言霊を乗せれば、其方と周囲の者たちを守る無形の盾とならん。背中の装甲には朱雀の力が封じられており、“飛雲雀”の言霊で其方を空高く運ぶ(たすけ)となる。脚には青龍の力が宿り、その背鰭(せびれ)を模したる刃にて敵を切り裂き、一度(ひとたび)“青龍脚”の言霊を帯びれば、城砦の壁をも破壊しうる豪脚を其方に与えよう」

 

「武王甲、飛雲雀、青龍脚……」

 一刀が、姬大人の言葉とARに表示される情報とを相互参照していると、卑弥呼が右手を左手で包み込み、ボキボキと間接を鳴らした。

「一通り終わりましたかな、大人さま?では早速—――!!」

 

「どわぁ!?」

 一刀は、丸太の様な卑弥呼の腕が轟音を伴って打ち出されたのを、辛うじて横跳びに避けた。

「あっぶねぇな!!」

 一刀が地面で回転しから起き上がり様にそう叫ぶと、卑弥呼は表情を変えずに鼻を鳴らす。

「ふん、避けられたではないか。ワシは手加減はしておらなんだぞ。並みの人間ならば、気付く間もなく首だけが吹き飛んでいた所よ!」

 

「……そう言えば!」

 仮面越しにも感じる程の衝撃波(ソニックブーム)を伴った一撃だった。

 あんなものを極至近距離から打たれて、ただの人間が反応できるとはとても思えない。

「だが、挙動が大き過ぎる。もっとコンパクトに、常に次を考えて行動せい」

 

「そんな戦車の主砲みたいなもん不意打ちでブッ放されて、コンパクトになんか動けるか!(かす)っても死ぬわ!」

「敵にも同じ事を言う心算か?—――まぁ、良い。今日は基礎を一通りの予定だからな……むん!」

 一刀の非難など馬耳東風と、卑弥呼は再びこぶしを握り込む。すると、卑弥呼の手の中に、神刃の時と同様に一本の槍が現れた。

 

「さぁ、“これ”を相手にどう戦う、ご主人様?」

 卑弥呼はそう言うと、小枝の様に槍をくるくると回転させてから、腰だめに構えて腰を落とす。

「それなら―――!!」

 それを見た一刀は、神刃を左手に持ち変えると、右手に氣を送り込んだ。

 

 

「輝光拳!!」

 手から散弾を撃ち出す心算で、渾身の力を込めて前に突き出す。

 刹那、凄まじい爆音を伴った闘気の衝撃波が、不可視の奔流となって卑弥呼に襲い掛かった。

「ぬぅぅぅん!!」

 

 卑弥呼は10m近く後退させられながらも、両腕を十字に組んで顔を覆い、腰を落として両足で石床を穿って踏み留まる。

「ふん、まだまだ錬氣が足りておらぬ!それでは蚊も落とせぬぞ!」

「この!—――!?」

 

 卑弥呼に向かって踏み込もうとしていた一刀は、輝光拳を放った右腕がまるで内側からうねる様な違和感を覚えて動きを止め、まじまじと自分の右腕を凝視した。

「何を呆けておる―――!」

「待て、卑弥呼」

 

 一刀の様子を見て反撃に転じようとした卑弥呼を、姬大人が静かな、しかし良く通る声で押し留めた。

「どうした、一刀」

「師匠—―なんか今、腕が内側から……上手く言えないけど、血管が暴れてるみたいな感じで……」

「ふむ……、まだ上手く均衡を維持できぬのかも知れんな」

 

「均衡?」

「左様。四神は、遥か古より黄龍の住まう龍穴の四方を守護せし凄まじき神獣たちじゃ。皇龍王の鎧は、身に宿した強大な四神の力を“相克”、即ち、互いに打ち消し合わせる事によって制御し、特定の指向性を持たせて部分的に引き出す事で、武装に転用しておる。じゃが、今の其方では、力を使う際に力の源となる四神に感情を引っ張られ、その均衡を崩しかけてしまうのであろう」

 

「それって、やっぱりマズいですよね?」

「そうさな。完全に均衡が崩れれば、獣の意志に支配される事も在り得るからの」

「じゃあ、あんまり使わない方が良いんでしょうか?」

「いや、いざ本格的に罵苦どもと戦うとなれば、そうはいくまい。なに、こちらでも其方の成長具合を見ながら、より高い次元で力を安定させられるよう対策を練っておく。今は、戦闘の中で激情に流されず、平常心を保てるように心身を鍛え、慣れさせる事じゃな」

 

 

 

 

「はい!」

 一刀が姬大人の言葉に返事をすると、卑弥呼がガイゼル髭を(しご)きながら唸る。

「とは言え、今日はまだ初日。鎧の力を使うのは程々にして、神刃での戦闘に慣れるのが良いであろう」

「そうだな。えぇと、じゃあ、姿を変えてみるか―――で、どうしたら良いんだ?」

 

「言ったであろう、ご主人様。神珍鐵の特性は、“特定の出入力を行わずとも使用者の意志に応える事”だと。念じよ。今、自分の手に握るに最も相応しいと思う武器をな」

「今、自分が最も欲しい武器……か」

 一刀は、卑弥呼の手にある槍を見詰めて、頭の中でイメージを形作っていく。

 

 すると、手に持っていた神刃が(にわ)かに輝きを放つ。

「うぉ!?—――これは……」

 次の瞬間には、一刀の手には2m程にもなる、純白の柄と十文字の穂先を持つ槍が握られていた。

「ふむ。これはまた、玄人好みの武器を選んだものだ」

 

 卑弥呼は、困っているのか楽しんでいるのか掴み切れない声でそう言うと、自分の槍を再度扱いて、悠然と構え直した。

「では、仕切り直しぞ。参るがよい!」

「応、いざ!」

 

 姬大人は、目に見えぬ程の速さで打ち合う二人の姿を眺めながら、「此処も、随分と賑やかになったものよ」と、嬉しそうに呟くのだった。

 

 




 今回のお話は如何でしたでしょうか?
 以前に書いた時には、早く恋姫を出したいと言う思いもあって、ギャクテイストのノリで一気に書き切ってしまったのですが、今、改めてその後の展開などを考えて見ると、この回は正史世界から外史へと舞台を移す上で、作中のリアリティラインを引き直す回でもあったなぁと思い至り、少しシリアス寄りに方向修正をして、一刀のスペック説明なども丁寧に書き直しました。

 今回のサブタイ元ネタは、

 It’s my life/BON JYOVI

 でした。
 90年代から普通にファンだったのですが、最近では、なかやまきんに君のおかげですっかりトレーニング用の歌のイメージと言う事でのチョイス。
 古参ファンとしては、アルバム曲とかにも名曲が沢山あるので、若者たちには、そっちももっと聴いて欲しいと思ったりもします。

 そろそろ一刀も本格的に戦い出すので、作中での長い説明を省く為にも、次回はTINAMIさんに載せている設定資料を加筆修正して投稿しようかなと考え中です。
 では、また次回お会いしましょう!
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