落書き短編。
実はファンタジーは初めて投稿します。
勇者。
それはこの国、この大陸において非常に栄光ある肩書である。
魔王を倒す職業である勇者は吟遊詩人の影響で、今では屈指の流行職業だ。
男に産まれたならば誰もが勇者に憧れ、志す。
勇者になるには強くなくてはならない為、勇者志望の人間は老若男女問わず挙って研鑽に研鑽を積んでいる。
勇者はとにかく強くなくてはならない。大陸で一番の強者にこそその威光が相応しいと国王が判断したからだ。
そんな勇者になる方法はとても簡単。学の無いスラムの子だろうが聞けば一発で理解できるだろう。
俺は血に濡れた剣を振るい、刀身に付いた血痕を降り落とす。
目の前には絢爛な装備に身を包んでいた、貴族然とした青年が一人。剣を切られ、鎧を切られ、峰打ちで足を折ったからか立つことも儘なならず此方を睨んでいる。
そんなんじゃ勇者はなれないぞ?魔王幹部の部下にも負けるから辞めとこ?
そういう意味を込めて、最大限配慮した言葉を目の前で倒れる彼に送る。
「……弱いな、お前」
───とまあ。
現勇者を殺して首を国王へと持っていく。それが勇者になる為の唯一無二の条件。
この国は端的に、蛮族みたいなクソ国家だった。
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「よ、勇者サマ。また殺ったって?」
行きつけの酒場の扉を開くと、早々にマスターに絡まれた。
「殺してない。ヤツが弱かっただけだ」
最近はあんまり挑まれることは無かったけど、それを差し引いても彼の武は箱入りだった。
型ばかりで実戦などやって来なかったのだろう。ただそれを考慮すればあの場で剣を振れたのは中々だが、それだけだ。地力も無いからして、勇者となってもその肩書きに潰されてしまっただろう。
「シカメよぉ、お前が強すぎるんだって。今年で勇者2年目だろう?」
「……弱いからな」
「冗談言うなよ!お前に負けた奴の殆どが自信無くして勇者になるのを諦めてるんだぜ?」
「強くて……すまない」
こういう時自分の口下手が恨めしい。
本当なら俺の加減が上手く出来ずに力が強く入り過ぎて申し訳ないと言いたかったんだが……長く喋るのは苦手だ。
マスターは「何言ってんだ、この国じゃ力がルールだ。だろ?」と丸太みたいに太い腕の上腕二頭筋にコブを作った。
……いつ見ても凄まじい、圧迫感すらあるマスターだ。
正直武器を捨ててタイマンでこのマスターと戦えば確実に勝てないだろう。そのくらいの巨漢だ。
図体は筋肉で盛り上がってさながら岩。黒い肌に張り付いたタトゥーは物凄い威圧感がある。
正直、怖い。
俺、こいつにだけは強いとか言われたくない。
「んで注文は?」
「アレを頼む」
「また果物ジュースかよ?ここは酒場だぜ?良い加減酒を頼め酒を」
たっくよぉ、とかボヤきながらも手早くジュースをコップに注いでマスターはカウンターへと置いた。
「ほらよ、いつものだ」
軽く手を上げて俺はガラスに口を触れる。
……美味い。
慣れ親しんだ、甘い味。
「良い仕事だ」
「市場で買ってきた既製品を注いでるだけで褒められてもしょうが無いんだがな。まあ良い」
俺が更にグラスを傾けると、呆れたようにマスターは頬杖を付いた。
「知ってるか?最近のこの街に勇者殺しが出たって話」
「……いつもの事だろう」
勇者殺し。
文字通り、勇者や勇者になろうとしている有望な剣士を殺している人間の事だ。
その目的は大抵金だ。実行犯は依頼主と契約を結んで金を得るために殺している。しょうもない話だ。
「それが違ってな?どうにもその勇者殺しはこの街に入ってから3人の勇者志望の剣士を下したが、殺してないらしい」
「……何故?」
「さあな。勇者殺しなのに殺さない、理由は分からんがどうせロクなもんじゃないだろうな」
同意するように頷く。
勇者殺しになる人間の経歴は黒い。とんでも無い犯罪に身を染めた過去があったり、或いは薬物に依存していたりと、マトモな人間はいない。
ここは弱肉強食な国だが腐っても法治国家、無意味な殺人が許される道理はない。
……それでも正当な勇者に関しては殺しても問題無しってのは本当に頭湧いてる国だ。おかげで俺とか超狙われてる訳だし。
「襲われた中にここの常連も居てな、何でもその勇者殺しはチビだったらしいぜ。しかも相当の。子供かもしれねえとまで言ってたな」
「子供に負けたのか」
「背丈の話だぜシカメ。それに見た目は強さの指標にゃならねえ、勇者のお前なら分かってんだろ?」
「……多分な」
俺は同年代の中でも背はそこそこ大きい方ではあるが、その半分ちょっとの少年でも馬鹿みたいに剣の腕が立つ場合もある。天才ってやつだ。そういうのを見ると落ち込む。俺の15年の修練の意味が荒野に帰したような感覚さえある。天才、この世から滅びねえかなぁ。
「まあお前なら大丈夫だと思うが一応な?」
「……これからは剣をもう2本持って歩こうと思う」
俺も今日一人下したが、勇者志望という肩書きは本来勇者に及ばずとも重い。何せ自分で「俺強いですよ〜!」と自己賛辞してるのと同じ意味を持つからだ。
だから俺が全く勝てない相手もいるはすだ。
剣も折れるかもしれない。戦闘中に剣が無くなるというのは即ち死を意味する、後2本くらい持っておいた方が無難だろう。
マスターは隠しもせずニヤリと笑った。
「3本……な。もしかしたら、そいつならお前の
反射的に声を上げようとするが、他の客からの注文に背を向けるマスターに俺は手を下ろす。
……あの、三刀流なんて出来ないんですけど。
俺、過去から今までずっと一刀流なんですけど。
俺の訴えは吐き出された掠れた声に流れて霧散した。
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ミエルが勇者、シカメと出会ったのは1年半も前の話だった。
当時のミエルは酒場など開いていない、ましてやマスターでもない。普通の勇者志望の剣士だった。
それ即ち、勇者の首を獲る為に彼は勇者の前に現れたのだ
寂れた街の広場。
500人は収容できそうな広場は石畳が敷き詰められ、他にベンチが並んでおり柵の向こう側は海に面している。市民の憩いの場なのだろう。
しかし、今は剣士の殺し合いの場となっていた。
ミエルは巨体に見合った大きな両手剣を持って勇者に向き合う。
「お前が勇者だな?」
獣が唸るような低い声を出しつつ、ミエルは勇者を睨む。
勇者の見た目は飄々としたものだった。
この地域では珍しい黒髪は背中の半分を隠すほどに長く生え、勇者とは思えない細い身体は顔を隠せば女にも見える。
刀は腰に3本刺さっており、3刀流なのかとミエルは思いつつもベルトで背中に固定していた剣を外し、下段に構えた。
「……勇者志望か」
中性的な、心の通った声音が広場に響いた。
しわがれた老人の声でもないのに、その肉声には年月を経た威厳みたいなものが含まれている。
ミエルは気圧されつつ、鼓舞するように声を張った。
「ああ。俺はミエル。まあそんなのは覚えてくれなくても構わねえ。勇者と勇者志望の人間が出会ったやる事は1つ、そうだろ?」
「そうだな……」
勇者は右の腰に付けていた剣を一本抜くと、左手を刀身に添えて中段に構える。
…………一本だと?
じゃあ残りの二本は何だ、予備ってか?
そんなはずがない。そんなの、動くのに邪魔なだけだ。
クソ、ナメやがって……!
「それで、良いんだな?」
手加減しているつもりなのか、一向に二本を鞘に入れたままの勇者に再確認する。
勇者は否定も肯定もしない。微動だもしない。
まるで、抜かせてみろと言うかのようにミエルに視線を送る始末。
「……容赦はしねえぜ?」
その言葉が合図になった。
下段から上段に振り上げ、ミエルは地を思い切り蹴り飛ばした。
一気に距離を詰める……!
星明りに煌めくミエルの大剣は死神の鎌みたいに振り下ろされた。
我ながら鋭い一撃だ、ミエルはそう評価する。
弾丸のように詰め寄り、その慣性に加えて剣の重量、更にミエル自身の腕力に物言わせた縦斬りは空を滑空する鳥のようなキレがあった。
かくして、人間一人分にも値する大剣の重量によって酷たらしく勇者は殺される。
……はずだった。
ミエルの太刀筋から紙も挟めないくらいの位置に勇者はスライドしていた。
避けた?あの至近距離でか?
掠り傷一つない、と確認する前に勇者の剣の輪郭がスッと消失する。
ブレるでも無く、正に消失だった。
「早く振れば、切れる」
勇者は言い聞かせるように呟く。
この間合いでは分が悪い、ミエルが咄嗟に判断して大剣を振り下ろしたままバックステップしようとして。
───ゴトン、と。
大剣の刀身の半分が、地面へと落ちる。
石と金属のぶつかる鈍い音。
数歩分ほど後退り終えたミエルは、漸く状況を認識する。
剣が、半分に切られていた。
丁度半分の位置で剣はその刀身が無くなっている。厳密にはその刀身は地面へと落ちていた。
切られた断面は熱した包丁でホールケーキでも切ったかのように滑らかで、思わず呆然と見つめてしまう。
……負けた?
しかも剣士の命である剣を真っ二つにされて?
「……満足なら、俺は行く」
いつの間にか剣を鞘へと仕舞い込んでいた勇者はつまらなそうに背を向けた。
……とんでも無い実力差だ。
地元じゃ最強で、これなら勇者になれると各地を回りながら武者修行をして挑んだは良いが、どうやら間違いだったようだ。
世の中にはとんでもねえ化け物がいる。
天才なんて生温いもんじゃねえ、これじゃ次元が3つも4つも違う。今まで勇者に勝てると思っていた自分が恥ずかしいくらいだ。
「懐かしいなぁ」
閉店時間、酒場でグラスを磨いていたミエルはポツリと呟いた。
それを機に勇者志望を、剣士を辞めたミエルにとってシカメはある種台風の目のような存在だった。
人生における目標を僅かな時間で木っ端微塵に砕かれてしまったと言うのだから、そう思ってしまうのもしょうがないだろう。
ミエルは馴染みの街に戻り、もともと酒に興味があったのが通じて自分の酒場を開店。現在、町内ではそこそこの評判を獲得するまでに成長した。
それでも。
新しい人生を歩み始めても、大剣を店のインテリアにしてしまっても、未だに時折心中で燻る熱があった。
「見たかったぜ。シカメの三刀流」
不意に仕舞ってあったグラスを一つ、取り出して棚から酒瓶を適当に見繕うと静かに注いだ。
杯を上げて、一気に飲む。
舌に染みるアルコールの味に、頭が酸で溶かされるような多幸感。度数が強い。最もミエルにとってはそのくらいが丁度良いらしいが。
願わくば、彼に好敵手を。
誰もいない店内で、ミエルはグラスを鳴らした。