マスターと駄弁って、酒場を出た俺は連泊している宿を目指しつつ広い大通りを歩いていた。
……見られてるな。
確信を深めた俺は足を早める。しかし追跡者もそれに合わせてきた。
悟られないタイミングで小さく振り返ると、追跡者は黒い外套を全身を包むかのように羽織って疎らに歩く人々を避けて歩いていた。腰には無骨そうな身の丈に合わない剣を一本付けている。
身長はとても小さい、10年も生きてないと言われても信じてしまうくらい小さい。
一言で言って、目立つ。超目立つ。
怪しさが爆発していた。小さな家一軒くらいならぶっ飛びそうなほど爆発していた。
噂をすれば何とやら、多分アイツが勇者殺しなのだろう。
流石にあんだけ異質な容姿なら違いない。ちっちゃいしな。
と、なれば。
やる事は決まっている。
俺は敢えて道を逸れる。追跡者もそれにピタリと距離を保って追ってくる。
そのまま幾許か歩き、街の外まで出ると俺は振り返った。
「……勇者殺しだな?」
我が口ながらぶっきらぼう過ぎる。
こう、もうちょっとあったでしょ?
こんにちわ、とか。その外套暑くないんですか?とか。
気にする様子も無く、追跡者は頷いた。
「……貴方は、勇者?」
……驚いた。
その声は小さく鈴を鳴らしたかのような幼い声色で、なのに世の酸いも甘みも知ったかのような冷徹さを内包していた。
とは言え、子供が勇者を目指すのは別に珍しいことでもない。
「……そうだ」
「そう。なら死んで」
言葉数少なく、幼い勇者殺しは突如粉塵と共にその場から消えた。
いや、消えたんじゃない。
ただ走ってコチラへと来ているだけだ……!
「……速いな」
キン、と鉄と鉄がぶつかる甲高い金属音が鳴り渡る。
二回、三回、四回。
俺は冷静に、向かってくる刃を受け止める。
その齢にしてはその刃は速く、鋭い。身のこなしも風に流れる木の葉みたいな迅速さだ。
勇者志望を3人も倒しただけはある、それだけの力量は持ってるようだ。
───だが、それでも遅い。
俺でもその動きは、見える。剣筋も愚直だ。
今までは剣を防ぐだけだったが、そろそろ此方も動き始めよう。
彼に勇者の称号は担えない。
確かにその速さは凄まじい。俺がそのくらいの背の頃だったらそんな真似は出来ない。大した出来だ。天才児ってやつだろう。滅びればいいのに。
俺は勇者殺しの何回目かの剣戟に合わせ、即座に足捌きを変える。右足を前に、左足を半歩後ろに。持った剣の切っ先を後ろに向け。さながら抜刀斬りのような構えに変更して。
本気で振るった。
空圧すら起こさない太刀筋。振るった俺ですら視認は困難な一太刀。
きっと将来的に俺より伸びるだろう。
だがそれでも時間の差異はどうにもならない。
「……弱いな」
「……え」
勇者殺しの掠れるような、現実を理解出来ないみたいな朧気な吐息。
相手の剣は、根本から先が消失していた。
柄を残して、斬り飛ばした。
残りの刀身はと言えば、クルクルと頭上で回りながら少しして勇者殺しの目の前の地面へと突き刺さる。
彼はもう戦闘不能だろう。
剣が無くなれば、剣士は無手だ。
無手の剣士ほど哀れで悲しいものは無い。剣に魂を掛ける剣士にとって、死んだも同然だからだ。
だからこそ俺は剣を3本も差して、今この場に立っている。
「……まだ!」
その掛け声に、咄嗟に俺は身を引いた。
勇者殺しはまだ諦めていなかった。
拳を振り上げ、その素早い動きで俺の右頬を殴りつけようと飛びかかったのだ。
「お前の、負けだ」
「……貴方を殺せば、勇者」
繰り出される軽やかな拳や蹴りを見切って避けながら、思い出す。
失念していた。
勇者は別に剣士じゃなくても良いのだ。
勇者を殺して国王に首を持っていけば誰でも良い。
勝者が勇者、弱者は塵。
それがこの国の勇者制度だった。
俺は避けながら剣を仕舞い、無手にした。
剣で拳を相手にしたら殺してしまう。自分の実力は十全に理解している。こんな若い子供を殺すのは、惜しい。
勇者殺しは右拳を放つ。胴体を狙った牽制のつもりだろう。
俺はその手首を掴むと、一気に引き寄せ腰へと乗せる。そのまま落としてひっくり返すように地面へと投げた。
ケホッ……!と苦しそうな声を出した勇者殺しに身体を抑えつつ俺は目を向ける。
「諦めろ。お前は勝てない…………!?」
外套のフードで隠れていた頭部。それが今の勢いで外れ、顕わになった。
…………1つの燻みもない銀髪を持った勇者殺しは、良く見れば明々白々と少女だった。
太陽に負けんと映し返す肩まで掛かった銀の髪に、まだ幼いながらも整った顔立ち。まるで神が自分好みの少女を作ろうと目や鼻、口を取って付けたような、そんな錯覚すら覚えてしまう。
加えてだ。
少年ならいざ知らず、少女でこの実力。
天才に変わりは無いが、驚いてしまうのは無理も無い。
「離して……!」
「……お前は、何の為に勇者を殺す?」
暴れる少女に、俺は問った。
剣の道に楽など無し。
俺の師匠が常日頃から言っていた、座右の銘のようなものだ。当時はそんなの当然とばかりに聞き流していたが。
だが、その言葉は至極剣の真理だ。
剣の鍛錬で楽をすれば強くはならない。楽を捨てれば楽に剣が強くなれるかと言えば、本人の素質次第。一つ一つの動きでさえ楽をすれば隙が出来て相手に突かれる。
剣に生きるならば、剣に殉じる覚悟を持ってして挑まねばならない。それほど剣という武器は、重い。
少女は暫く暴れるが、敵わないと悟ったようで自然体になると漸く口を開いた。
「仇を……討たなくてはならない」
「仇か。それは誰のだ」
「親、兄弟。皆勇者のせいで死んだ。躙られた」
そう言うと、口を噤んだ。
……先代の勇者の行いが原因だろう。
先代の勇者はロクでも無い奴だった。
勇者という立場は社会的にほぼ天辺に近い。国王にすら迫る。
だから税を増やし、強制労働を敢行し、贅の限りを尽くすのは簡単だった。人差し指一本差せば反逆罪によって私刑も執行される、気に入った女が居れば問答無用で連れていく。
少女の話は本当だろう。
アイツならやる。人間のクズだったアイツならば、そのくらい行っても屁でもないと思っていただろう。
「……そうか」
「だから、殺す。勇者は死ね」
俺がやった訳ではない。
そう口に出すのは容易だ。
しかし口下手な俺ではこの少女を説得することは出来ないだろう。
今もなお彼女は全身を恐怖に震わせ、涙で眼を湿らせ、それでも気概だけは失っていない。触れれば肌を刺すような殺意を放っている。
だからといって。
復讐は無意味だ。
そう諭してもきっと聞き入れはしない。
彼女は漆黒の炎で燃え滾っている最中で、復讐に価値がないなど一寸も思ってはいない。
復讐を果たした先に何かがある、そう信じて疑わない目だ。例えその先が空虚と知っても止まることは無い。
確信できる。
何故なら、俺も一度通った道だからだ。
言葉で聞かない、だったら行動で示せば良いだけだ。
「ならば、俺の指南を受けるか?」
俺は力を入れて抑え込んでいた手を空けて、その手を目の前に差し伸べた。
「……意味不明」
「弟子になるか、と聞いている」
「私は貴方を殺したい」
「……弟子になれば鍛錬を付けてやる。実力さえあれば何人でも俺を殺せるだろう。実力さえあれば、だが」
もし弟子になれば、何れ俺をも超えるだろう。
流派は分からないが、その剣が独学なら尚更だ。才能の塊、そんな陳腐な単語ですら収まらない器。
こんな原石が勇者殺しをやってるなんて、世も末だな。
少女の青い瞳と視線が交錯する。その色からは戸惑いを感じた。
それから少女は立ち上がって、服に付いた土を払うと背を向けた。
「……今度こそ殺す」
…………振られてしまったようだ。
まあ良い。
どうせ俺が目的だ、いつかまた会えるだろう。
俺は少女の背を追うように歩き始めた。
……俺の宿もそっちなんだよなぁ。
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連泊している宿は石造りで重厚な作りになっている。
この小さな街に似合わずセキュリティもしっかりとしていて、扉は木製のものと鉄格子のものとで二重構造、窓も一階は鉄格子で覆われている。その代わり値段も張るが、まあ地方としてはってレベルだ。王都や栄えてる街などの低級の宿よりもまだ安い。
ギィ、と鉄格子を開き木製の扉を開ける。
扉の上部に付いていた鈴がカランカランと鳴り渡り、丁度カウンターで暇そうにしていた店主がこちらを見た。
「何だ君か。これ、鍵ね」
カウンター下を弄ると、21と書かれたタグの付いた鍵が投げ渡された。反射的にキャッチする。毎回思うがこの受け渡し、止めてくんないか?
特に用も無い、部屋に戻るか。
そのまま2階への階段を上がる。2階には廊下が伸びており部屋が4つほど並んでいる。
1番手前の扉の鍵穴に渡された鍵を差し込んで、回す。
この宿は全室同じグレードの部屋で、中は質素ながら機能的だ。
ベッドに机、光を取り込む為の窓も1つ、汎用魔法を使用することで使えるトイレにシャワーも付いている。それになんと言ってもベッドに座る少女は外せない。
───は?少女?
俺はガチャリと一度扉を閉め、目を擦った。
おかしい。俺に幼女誘拐の前歴は無い、現行犯でも無い。齢18だから子供もいない。
何かの間違いかもしれない。もう一回再挑戦だ。
扉を開けると、やはり少女は無表情でベッドの上に座っていた。
しかもつい最近見た記憶のある顔だ。
そう、例えばさっき「勇者は死ね」と感情の死んだ顔付きで襲いかかってきた少女もこんな顔だったような。
「何してるの。勇者の部屋なら早く入るべき」
「……ああ」
何故か家主みたいに諭されて、俺は部屋に通される。
おかしい。俺の借りている部屋にこの少女がいるのもおかしいし、そもそも「今度こそ殺す」と言って去って行ったのにまたこうしてすぐ再開してくるのもおかしい。
……今度こそ?
良く考えればこの少女、時期は言ってなかったし弟子になるならないも言っていなかった。
「お前、弟子になる気があるのか?」
「……最初からそう言ってる」
言ってないから……!口下手過ぎるだろ……!
俺は内心溜息を吐きつつ、少女の隣に座った。
続けて欲しい声とかあれば感想とかでお願いします。
初めてファンタジー小説投稿で、自分だと面白いか分からないのでそういう感想があると助かります。