響にとっての幼馴染が誰かに聞くなら小日向未来のことをあげる者がほとんどだろう。実際、ただの友達とは思えないほどには仲が良い。
けれども、それが最初の友達であったかというと答えは否である。それは誰よりも本人が否定するであろう。
立花響が◯◯と初めて会ったのは、自身が幼稚園に通っていた頃だ。
当時はまだ未来とも知り合いではなく、友達と呼べる人も少なかったのである。
意外だと思えるだろうが、昔の響は決して積極的に人に向かっていけていた訳ではなかった。
むしろその逆。園児達が笑いながら外を駆け回っている中、一人隅っこでそれを眺める──そんな子どもであった。
自分が今から入れてと言えばそれはきっと他の子を困らせてしまう。生まれつきの性根であったその優しさ故に、無意識に遠慮してしまっていたのだ。
「……いいなぁ」
私も遊びたい。いっしょに鬼ごっこしたい。おままごともしてみたい。
けれど言えない。遊ぼうという一言さえ喉を通ってこない。どうすれば……。
──そんな時だった。彼と、◯◯と初めて話したのは。
「……あそばないの?」
「えっ?」
校庭の端に座っていた彼女にそんな声を掛けてきた男の子がいた。
なんも変哲も無いごく普通の男の子。同じ組にいた気がするけど話したことのない、そんな子。
「……うん。わたしはいいの。きみもあそんできなよ」
そんな風に尋ねてきた子にも我ながら酷い返し方をしてしまったと現在の響は憶えている。けど、その時はただ単純にそう思っていたのだ。自分がいない方が楽しいであろうと心から。
「……じゃあいっしょにあそぼ?」
「……え?」
「ほらいこ。すなばででっかいおしろをつくりたかったんだけどひとりじゃできなかったんだ!」
だからだろうか。そう言って私の手を掴んで引っ張ってくれた彼の言葉と表情は今でも全く色褪せることはなかった。
ちょっと変わっていたけど優しい男の子。それが、◯◯への初めての印象であった。
それからもこの少年との関係は続いていた。
未来と仲良くなってから、私たち三人は基本的には一緒に行動することがほとんどだった。
小学生も後半になり、世間一般的には異性が共に遊ぶことに照れ臭さを覚える頃らしかったのだが、それでも特に変わることなく遊んだりしていた。
一度だけ、◯◯に聞いたことがある。私達よりも他の男の子と遊んだ方が楽しいのではないのかと。
「いや? 別に?」
それに対して当たり前のことを話すかのように即答した彼。
◯◯にとっては何でもなかったのであろうその答え。だが私には胸のぽかぽかが止まらなくなるぐらいに嬉しくてつい彼に飛び込んでしまったほどだ。
そして、その言葉は決して嘘ではなかった。
私が虐められていた時も離れることはなかった◯◯と未来。完全にへこたれることがなかったのは◯◯と未来がそばに居てくれたからだ。
だからなのだろう。これからも、ずっと三人で笑って過ごせる日常が当たり前に続いていくと思っていたのは。
──その絶対の根幹が砕かれたのは中三の頃。彼が、◯◯が誘拐された時のことである。
夕暮れの河川敷で一人座っている少女がいた。
小さな子供は家に帰り始める時間。空は赤と黒の両方を描き、もう間も無く黒が塗りつぶすであろう時。それでも彼女は動こうとしなかった。
「……私と関わっていたからかなぁ」
流れる川をぼーっと目に写しながら昨日の事件を思い出す。
◯◯が誘拐された。理由は私。私と一緒に居たから癇に障ってしまったと言っていたらしい。
幸いにして──誘拐された点を考慮すれば全然幸福ではないが──事件は彼のお母さんによってあっさり解決し、彼は軽傷で済んでいた。
──けど、重要なのはそこではないのだ。
私と居たから彼は襲われた。私と話していたから彼は怪我をした。
「……やだなぁ」
このままじゃまた同じことが起こってしまうかもしれない。
◯◯だけじゃない。未来だってどんな目にあってしまうかわかりたくもない。
じゃあ離れないと。二人から遠ざかれば私の、私の大切なものは守れる──。
「ここにいたか」
「──ひゃ!」
思わず変な声を上げてしまったのに少し恥ずかしくなりながらすぐさま後ろを振り返ると、先程までの悩みの種の一つであった◯◯が何やら両手に持ちながら立っていた。
「……◯◯」
「何思春期全開に悩んでるんだ? 未来もお前の母さんも心配してたぞ?」
手に持っていた缶ジュースを渡してきながら、随分とあっけらかんと話し掛けてくる◯◯。
「……別に。ちょっと考えてただけ」
その態度が多少気に入らなかったのか、ただ単に余裕がなかったのか。はっきりとはしていなかったが、ついつい強めに言葉を返してしまう。
せっかく心配してくれたのに怒るかな。そろそろ嫌われちゃうかな。
さっきまでとは正反対に嫌われたくないという思考が強くなる。
なんとも情けないことだ。これでは誰よりも身勝手なのは私と自覚しているだけだ。
「……ふーん」
そんな私を見て何を思ったのか、缶ジュースの栓を開け、一口飲みながら私の隣に座ってくる◯◯。
「どーせ、また私のせいでとか思ってるんだろ? んで流石に俺たちから離れないと……ってか?」
「……よく分かるね」
「図星かよ。……随分と辛気臭い顔してっからなんだと思えばそんなことかよ」
まるで自分の葛藤が馬鹿馬鹿しいものであるかのように笑う◯◯。
それには流石に私も怒りたくなった。
「……なんでそんな風に言うのさ。だって、私といるから◯◯も、未来も──」
「そうやって自分が悪いみたいに言ってんのが馬鹿って言ってんだよ」
私の反論をピシャッと切り捨ててくる◯◯。私も負けじと言葉を返そうとするけどあちらの言葉の方が強く早かった。
「最近ずっとそうだよな。私が悪い私がいけないって。全部が全部お前一人のせいで起こっているみたいにさ」
「──っ、でも──」
「自惚れも大概にしろよな。今回の誘拐されたのだって誘拐した奴らが馬鹿なだけ。あのライブだって言っちまえばノイズが悪いだけ。それだけだろ?」
あっけらかんとそう言ってのける◯◯。
でもそれは、それで良いのだろうか。そう言う風に考えても良いのだろうか?
「難しく考えんなよ。少なくとも、俺や未来はお前といたいからいるだけなんだからさ。大体お前に魅力がないのならもうとっくに離れてるよ」
そう言ってこちらに手を伸ばしてくる◯◯の表情はいつものようにちょっと無愛想で、けど優しいそんな顔であった。
だからつい涙が溢れてきてしまった。その胸に飛び込んでしまった。
いきなりで驚いただろうに彼は何も言わずに受け止めてくれた。子供のように泣き喚く私の背を撫で続けてくれた。
昔から変わらずにある彼の香り。とっても落ち着く成分でも入っているんじゃないかってぐらいには心が安らぐ。
どれくらい彼の胸を借りていただろうか。ふと空に目を向けてみるとすっかりと空は暗くなっていて、珍しいことに綺麗に星が見える空であった。
「……もういいのか?」
「うん。ありがと◯◯。おかげで元気出たよ」
「──そっか。なら良かった」
散々泣きわめいて少し喉が渇いたので未だに栓の開いていない私の缶を開ける。
……ぬるい。炭酸が実に微妙な味を形作っている。けど。とっても美味しい。
「……なあ」
「うん?」
「俺はさ。洸さんをそこまで攻める気にはなれねーんだ」
ごくごくとジュースを飲む私にゆっくりと話しかけてくる◯◯。それは本来私の心を揺らす言葉であるはずなのに、あんまり揺らつかなかった。
「……前にも言ってたよねそれ」
「ああ。あの時は俺の言うタイミングが悪かったから喧嘩になったんだよな」
「……そうだね」
以前、お父さんが出て行ってすぐに同じようなことを◯◯の口から聞いていた。
その時はさっきと同じぐらいには気持ちに余裕がなく◯◯と口論になってしまったんだっけ。
……今なら最後まで聞ける気がする。
「……あの人が出て行く前日にちょっと話してな。……俺なんかに弱音を吐きまくっててさ。もうこの人は限界だってガキの俺でもわかるぐらいにはぼろぼろだったよ」
知らなかった。お父さんが◯◯と話していたなんて。
お父さんは私たちに当たることはあったけど、それでも私たち家族に向かって弱音を正面から吐いたことは本当に少なかった。
「正直、出て行ったことに関しては俺が言えることなんてなんもねぇと思ってる。……まあ、響達に手を出していたことはだめだと思うけどな」
彼は少し遠くを見るような目をしながら言葉を続ける。
彼の家で父親を見たことはない。だからか、私のお父さんに少し懐いていた記憶があるため複雑な心境ではあると前に言っていた。
「だからまあ、なんだ。……響」
「うん」
「──俺はいなくならないよ。お前がいつも笑って過ごせるその日まで」
はっきりと私にはそう聞こえた。その一言が、その言葉が心の隙間をすっぽりと埋めた。
「……あーもうっ! だから帰ろーぜ。今日は未来も呼んでうちでご飯食べるからさ」
恥ずかしくなったのかばっと立ち上がりこちらに手を伸ばしながら彼は言う。
「帰ろうぜ。響」
「……うん。よーし! そうと決まればいっぱい食べちゃうからねー!」
その手を掴み立ち上がる。
もう二度と放したくないその手。彼はいつの日か離れていくことを考えているようだけれど、絶対に放すもんか。
「◯◯っ!」
「ん?」
「大好きっ!!」
──そう固く決意したのはその日。取りこぼさないために、私は今日も繋ぐんだ。
だから◯◯。いつまでも、ずーっとず──っと一緒だよ?
なお響のこの言葉は幼馴染としてしか受け取られていない模様。
こんな感じで一人ずつ書けたらなと思います。今年中には全員行きたいですね。
話変わるけどシンフォギアと英雄王のクロス書きたい。遅すぎる神と人の決別にどう反応するか書いてみたい。