ヤンデレギア   作:ゴマ醤油

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小日向未来

 小日向未来は立花響の親友である。

 彼女にひだまりと称される彼女だが、それが誰にとっても暖かい場所であるかといえばそうではない。

 

 道に倒れている人がいれば声を掛けるだろう。電車内で座れないお年寄りがいたら席を譲るだろう。

 けれど、嫌いな人間だって当然存在する。この人とは合わないと感じる性格の人だっている。そんな普通の女子高生──それが小日向未来である。

 

 そんな彼女だが、確かに彼女には他の人間にはない強みがある。

 それは愛の強さ。何よりも想い、誰よりも深い愛を自身の大切な者に示せる女の子。それが小日向未来の強みであるとされる。

 喧嘩もする。仲違いもする。けれど、決して思いやることを忘れない一貫した愛。

 

 それが生まれつきだったのか。それとも何か特別な体験を経てそうまで至ったのか。

 どちらでもない。普通に生き普通に育ち普通に学んできただけである。

 

 さて、では何故そうなったのか。

 昔からの親友である立花響の存在か。友人の中でも近しい雪音クリスの影響か。

 それは若干異なる。前記二人──特に響──のも理由はあるのかもしれない。事実間違ってもいない。

 だが、大元の原因であるのはもう一人にして最初の幼馴染であるとある男の子が関係しているのである。

 

 

 

 小日向未来が彼と初めて会ったのはまだほんの小さな頃。家から出るときは母親の足にくっついて離れないぐらいに小さく幼い頃であった。

 未来の母親と彼の母親──詩織さんと仲が良かったからか、彼の家に連れて行かれたのだ。

 知らない家、知らない大人。そのどれもが小さな子どもにとっては未知。恐れが何よりも強く出てしまい、母親同士で話している傍らで泣いてしまいそうになったのだ。

 

「──いっしょにあそぼ?」

 

 今でも覚えている。あの閉塞感と何もわからない恐怖の中、話しかけてくれた男の子を。

 その一言でどれだけ救われたか。この時の安堵と戸惑いは今でも忘れていない。今でも彼の顔を見ると少し浮かんでくるぐらいには記憶に刻まれている。

 彼にとっては多分なんでもないことなのだろうが、それでも消える事は無い。

 

 多分このときからなのだろう。私が、小日向未来が彼を好いていたのは。彼の笑顔に救われていたのは。

 

 

 そうして彼と出会い、一緒に同じ幼稚園に入った響と出会ってからは三人で行動することが中心だった。

 私も響も外で遊ぶのも好きだったからかそこまで離れる理由がなかったのも一緒に入れた理由の一つであろう。そうでなければ小学校なんて同性と遊ぶ方が常になってくるはずだから。

 

 彼も響も普段は人に合わせるが、ここぞと言うとき割と自分の道を突き進むタイプだったから大分苦労した。彼の家にお泊まりしたときのカレーの味や布団の位置。今でもたまにある三人で寝るときの位置は、そうやって固定されていったのだ。

 

 こんな日々が続いていけばそれはどんなに嬉しいことか。

 そんな風に考え始めたのはいつか。あのライブの後、響が大衆という悪意に苛まれ始めたあの時からであろうか。それとも中三のあの日。ふと気になり彼のお父さんについて聞いたときか。

 

 

 ちょうど彼の誘拐事件が解決された後、響が学校に来なかった日があった。

 それだけなら特にたいしたことではないのだが、放課後に響のお母さんから一緒にいるかと聞かれたときには心臓がはじけそうになるほどに不安がよぎった。

 

「……探してくる。多分だけど場所わかるから、未来は俺の家でカレーでも作っててくれ」

 

 急いで彼に相談したら少し考えた後、彼は私に向かってそう言ってすぐに駆けだしてしまった。

 本当は私の探しに出たかったのに、反論の余地も与えないほどに一瞬で走り去ってしまったのでしょうがなく彼の言う通りに家に向かった。

 

 お仕事が忙しいらしい詩織さんが珍しく家にいたので事情を説明すると、なら一緒に料理しましょうと言って台所に立ったのだ。

 料理がそんなに得意ではない私にもわかるぐらいには手際よく調理を進めていく詩織さん。そんな姿を見て、そういえばと疑問が一つ湧いた。

 それは彼の父親について。彼からあんまり聞いたことがないその人について気になってしまったのだ。もしかして、この料理の腕はその人のために養われたのかなと。

 

「……そうねぇ。懐かしいものね」

 

 案外軽く話されて多少戸惑った。聞いちゃいけないことかと思っていたが別にそんなこともないのかな。

 前々から疑問には思っていたのだ。彼からは離婚したとしか聞かなかったけど、こんな優しそうな人が別れるなんてよほどの理由があったのだろうかと。

 

「……理由なんてたいしたことはないのよ。ただ女作られて逃げられただけっていうつまらない話」

 

 一旦包丁を止めてそう言った彼のお母さんの表情はとても寂しそうな貌であった。

 こんなに綺麗な人を捨てて他の人と一緒に行ってしまうのは随分と非道い人なのだろうなというのが印象だ。

 

「結局、過去にどれだけ大きなことがあったってそれからの愛が続くと言われたらそんなことはないのよ。まあ未来ちゃんや響ちゃんぐらいの年の頃はまったく信じられなかったんだけど」

 

 再度手を進めながら笑って話す彼女が一瞬、頼りになる大人ではなく小さな少女のように見えてしまうぐらいには寂しげな笑みに見えてしまった。

 

「──だからね。未来ちゃんも男はちゃんと選ばなきゃだめよ。……あの子も未来ちゃんや響ちゃんみたいな可愛い娘にもらってもらえると嬉しいんだけどね」

 

 丁度料理が終わった頃にそう締めくくられ、また仕事があるからとすぐに家を出る詩織さん。

 一人でどれくらい待っただろうか、再び扉の開く音がして彼と響が帰ってきた。謝る響に一言だけ軽く言って皆でご飯を食べ始めた。

 最初はちょっと気まずそうに食べていた響だったが朝から何も食べていなかったらしくスプーンを進めるごとにすっかりいつもの響に戻ってくれた。

 

「あー! それ私が目を付けてた唐揚げ!」

「ばーか! これは俺が先に食べようと思ってたんですー! だから俺のですー!」

「もう二人とも! 行儀が悪いよ!」

 

 一緒に食卓を囲む。

 

「今日は私真ん中ー!」

「いいけど寝相悪くして転がってくんなよー」

 

 一緒の布団で寝る。

 

 変わらない。本当に昔からこんな馬鹿馬鹿しい光景をずっと見てきたのだ。

 それがどんなに幸せなことか今なら多少理解できる。今日みたいに響がいなくなってしまったら、あるいは彼がどこかに行ってしまったとしたら私には耐えきれる気がしない。

 

 どんなに時が経ったって、どれだけ大きな変化があったって、私はこの当たり前の日常を過ごしていきたい。

 失うかもしれないと感じてようやく、心の底からの思いをこのとき初めて認識することができた。

 

 隣の布団では案の定響が彼の布団にごろごろと侵入している。嫌そうにしていた彼であったがなんだかんだで無理矢理戻そうとはしていない。これも昔から変わらない光景の一つ。

 

「……ずっと、こうして一緒にいれたら良いな」

 

 ふと漏れた呟きはその溢れる思いの象徴であるのは間違いない。

 だって、口に出してそれがとても今の自分にはしっくり来ているのだから。それが偽りでないことは自分が一番証明できる。

 

 私も一緒の布団に転がり込む。彼にとっては狭いかもしれないが、まあ今日くらいは我慢してもらおう。

 

 ――大好きだよ二人とも。

 だからね? 例え何があろうとも、いつまでもこうやって笑っていけたら嬉しいな。

 

 




 たくさんのお気に入りありがとうございます。息抜きに書いていた物ですのでこんなに見てもらえると思っていませんでした。
 未来さんはなんかこう、原作でもあれなので本作品では分散されて少しましになった気もします。嘘です全くそんなことはありません。
 もっと書きたい話もあったのですが何でか勝手に手が動いた結果こんな感じになりました。難しい。


 感想にあった◯◯を使うことについてですが一応理由はありますが、一番は単純にそういった他人称を使ったときにしっくりくる文を書けない作者の実力不足です。
 ですので、また使ってしまう場面があると思います。読みにくい方やそれが嫌いという方には本当に申し訳ございません。
 

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