もしもハンコックがルフィと同い年で幼馴染だったら   作:夏月

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16話

 ジャングルの中、大木の枝の上でハンコック達は本日の獲物(夕飯)の品定めをしていた。エースとサボに感化されて、ハンコックとルフィまでもが鉄パイプを主要武器(メインウェポン)として採用。

 

 強固な骨格を持った猛獣に対しては何かと好都合であり有用性がある。まさか拳や蹴りだけで狩りが成立などすまい。とはいえ世の中の広さから言えば、バナナワニと呼ばれる大型のワニを蹴りだけで締める男も存在していそうだ。

 

 話を本筋へと戻す。今日の夕飯は決まっている。沼地のワニだ。自分が食糧として狙われているなど露知らず、ワニは悠々と泳いでいる。残り短い生を謳歌しているかのようで、ハンコックには憐れみながらも、貴重な命を戴きますとお祈りを捧げる。

 

 命を奪うからには決して無駄にはせず、残さず食べる意思である。ともあれ食べ盛りな少年たち、ダダンとその手下の男衆などの食べる口は多いので、食べ残しなど杞憂に終わるだろうが。

 

 

 色々と考えながらも狩りは続行される。エースが先陣を切ってワニの頭蓋を叩き、サボが横腹を打ち込む。続いてルフィが追撃し、ハンコックがトドメを刺した。襲撃すら悟らせることなくワニの討伐を果たす。

 

 呆気ないものだがハンコック達の狩猟技術が向上したがゆえ。狩猟に際しての当初のエース&サボによる指導は年長者だけあって目を見張るものがあった。いまやハンコックとルフィも狩りは手馴れたものである。

 

 

「ししし! 旨そうだァっ! ワニメシにして食おうぜっ!」

 

「ワニの皮を剥いで街へ売りに行くのもアリだ。それなりの金にはなるだろ」

 

「街のチンピラやゴミ山のゴロツキに奪われないようにしないとな。エースとルフィ、あとハンコック。喧嘩とかして面倒ごとを起こすなよ?」

 

「街にはたしかレストランがあったはずじゃ。ワニ皮を売りに行くついでに食事などはどうじゃ?」

 

 

 

 それぞれの意見が飛び交う。だたし目的は同じく、ワニから肉を切り取り、その後皮を売却する。ともすれば腐らぬ内に解体処理をする必要がある。まずはダダンの家まで運搬しなければ。

 

 ワニへ紐を括り付けて4人で力を合わせて引っ張る。今こそ一致団結の時。掛け声と共にワニの重い巨体はズルズルと地面を引き摺られながらも着実に進み始める。

 

 いざワニの死骸をダダンの家へと持ち帰ると山賊らは盛大にハンコックらを歓待した。不況な山賊界にとってはワニの肉はご馳走。どう調理しようが間違いなく美味しく味わえるのだ。地域によってはワニ肉など日常の食卓にも並ぶ食肉であるし。

 

 

「うんめェっーーーー!! ワニメシすっげェ旨いっ!」

 

 

 ルフィの希望に沿って本日の夕飯の品目の一つにワニメシ。ルフィを喜ばせようとハンコックが手ずからワニ肉を調理し、ワニメシを振舞ったのだ。

 

 フーシャ村で暮らしていた頃、マキノや村長の妻から料理を教わっていた為、大方の調理法は身に付けている。さすがに本職の料理人(コック)には遠く及ばぬ(つたな)い腕前だが、バカ舌のルフィを満足させる程度なら十分だ。

 

 

「いやー、ハンコックのメシは旨いなっ!」

 

「満足してくれているようで作った甲斐がある。おかわりはまだある。好きなだけ食べるとよい」

 

「おう、お言葉に甘えておかわりっ!」

 

 

 茶碗を差し出したルフィに応じて、ワニメシをよそう。すると彼はひと飲みで完食する。暴食人間なのかとツッコミを入れたくなるが、それよりもよく食べる少年の可愛さにハンコックはウットリとする。

 

 

「もぐもぐっ。うん、意外な特技があったもんだな。まさかハンコックがこんなに料理が上手とは思わなかったよ」

 

 

 サボがやや余計な一言を添えてハンコックを褒める。ムッ、となるハンコックだが、ここで反応しても子どもっぽいと判断し、反論しかけた口を押さえる。

 

 

「わらわはこれでもルフィの女じゃ。ルフィに尽くすというのなら手料理のひとつ程度、出来ずしてどうするというのじゃ?」

 

「いや、結構なことだよ。まー、食い意地の張ったルフィと料理上手のハンコックだ。夫婦としての相性は良いんじゃねェか?」

 

「ほう……。サボにしては良い事を言う。ふふふ、そう! わらわはルフィの妻に相応しいっ!」

 

 

 おだてられて上機嫌で無い胸を張るハンコック。サボの口先一つでこうも容易くご機嫌取りが出来るのだ。面倒な性格をした少女だが、扱い方さえ弁えれば御すも容易い。

 

 

 

「あんまり褒めることはねェぞ、サボ。こういう手合いはつけ上がると鼻について仕方がねェ。見ていてムカつくんだ」

 

「そう喧嘩腰になるなって、エース。お前だって、この料理を旨いって思うだろ?」

 

「そいつは認めるが……」

 

 

 ルフィに対しては多少なりとも柔らかい態度のエース。さりとてハンコックにいざ向き合うとまだ棘が目立つ。彼女の容姿も強さも嫌と言うほどに認めているが、それだけに負けず嫌いな人格が反発心を生むらしい。

 

 

「そなたの喧嘩ならば買わぬ。ルフィがそれを望まぬしな」

 

「ほれ、みろ。ハンコックはお前と違って大人の対応をしてるぞ」

 

「ルフィを理由にしてるだけだろ? そんなもんは大人とは違げェ」

 

 

 サボまでもがハンコックの味方をする状況に苛立ちが隠せない。兄弟同然の親友までも奪われたようで無意識に刺々しくなっているのだろう。

 

 

「そう怒んなって、エース! ハンコックは良いやつだぞ! 昨日も、その前も風呂で背中を流してくれたんだ」

 

「あァ? ルフィがそう言うんなら少しは良いやつだって認めても良いけどよォ。でもやっぱり、なんか腑に落ちねェ」

 

 

 ルフィを弟のように意識するエースにとっては無視出来ぬ言葉。ここいらが潮時だろうかと自身の進退を思うエース。そろそろハンコックにも優しく接するべきか――。

 

 

「エースよ。わらわからお願いがある。ルフィを理由に歩み寄るのも何か少し違うような気がする。ゆえにじゃ――」

 

 

 突然のハンコックの宣言。普段ならば聞く耳も持たないエースだが、彼女の真剣な眼差しを直視してしまったがゆえに無下には扱えなかった。だから耳を傾けることにした。

 

 

「わらわの意思で頼もう。これからは仲良くしよう。友だちというやつじゃ」

 

「友だち……?」

 

「とうの昔にわらわとエースは友だちだと思ってはいた。しかしハッキリと口にしたわけでもあるまい? ならばルフィとサボを見届け人に、正式な友人関係を結ぼうではないか」

 

 

 臆せず言うハンコック。彼女もルフィの性格に大いに染まっている。以前までのハンコックならばエースのような小生意気な少年に、こうも下手に出て友だち宣言などしなかったであろう。

 

 

「っち……。年下の女にそこまで言わせちゃ、おれの立つ瀬が無くなっちまう。分かった、認めてやるよ。おれとお前は今日から友だちだ。それで良いか?」

 

「うん、よろしい。良く言えたな、エースよ。大したものじゃ」

 

「このヤロー! 上から目線で言いやがって! やっぱりお前なんか認めるんじゃなかった!」

 

 

 とは言いつつも、どこか嬉しげなエース。やはり彼も心の中で物足りなかったのだろう。生きることへの張り合いというものが。サボに支えられて10歳になるまで生きてきた。弟分であるルフィの存在で更に生き長らえ――。今、ハンコックとの友情を結び、妹分までも生きる糧とした。

 

 だからこれまでの人生に悔いはない。この選択は正しいのだと胸を張って言える。

 

 

「ひひ! ハンコックなんかには負けねェぞ! どんなことでも勝ってやるんだ!」

 

「言うたな? ならばわらわも同じ。そなたには負けぬし、ルフィの為に名声をも手に入れよう」

 

「妹分に負けてたら兄貴の名が泣いちまう。今日は負けを認めてやるけどな。ぜってェ、負けたままで終わらねェからな!」

 

 

 ようやくといったところ。収まるべき場所に収まったと感じか。

 

 

「なっはっはっは! 楽しくなってきたぞー! ハンコックとエースはずっと喧嘩ばっかだったもんな! 仲良しになれて良かったっ!」

 

 

 ルフィがお祝いの言葉を叫ぶ。その表情は屈託の無い笑顔で満ち足りており、サボにまで波及する。果てはハンコックとエースまでもを巻き添えにして笑いの渦が生まれる。

 

 なんとも賑やかな悪ガキ達だろうか。もう不和などとは無縁の仲良し4人組み。この先もきっとこんな調子で営みを続けていくのだろう。

 

 楽しい食事の時間は過ぎ去り、例によってルフィとハンコックは一緒にお風呂へ。ルフィの胸板に魅了されたハンコックが鼻血を噴き出すところまでがセットの日常の一幕。

 

 消灯後は床に雑魚寝。上から毛布を羽織っただけの粗末な睡眠。されどルフィとハンコックは(つがい)となって身を寄せ合う。これにより寒さを凌ぐのだ。

 

 

 

 

 

 

 そして一晩が明ける――。剥ぎ取ったワニの皮を売却する目的で街へ足を運ぶ。不確かな物の終着駅(グレイターミナル)を北に向かうと石造りの大門がある。街への唯一の出入り口であり、通行の際には守衛のチェックが入る。

 

 外の土地からここを通行するのはゴミ山から資源を集めて街へ売りに行く大人くらいだろう。ともすれば小汚い衣服を纏った4人の子どもなど通行確認の折に弾かれる可能性がある。ましてや最近になってコルボ山の悪ガキの名はかなり売れてきた。

 

 悪目立ちを避けて、ハンコック達は4人で肩車をして上で外套を被る。1人の大人に成りすましているのだ。下段からサボ、エース、ルフィ、ハンコックの順。最上段にハンコックが位置し、通行時の審査での回答も彼女が行った。

 

 

「ワニの皮を売りに来たのじゃ」

 

 

 語尾を少々怪しまれこそしたが難なく通行成功。まずは端町へと辿り着く。一旦、内部へ入り込めば正体を偽る必要性も薄れる。

 

 とはいえ、端町の治安はすこぶる悪い。ゴミ山の悪臭の届くこの区域の住民はチンピラ共の巣窟。鴨がネギをしょってきたとばかりに、ハンコック達の持ち込んだワニの皮を見るや否や呼び止めてきた。

 

 

「なんじゃ? そなたら程度に呼び止められるいわれなど無い」

 

「へへ、良いから持ち物をこっちに寄越しな! ゴミ山からやってきたんだろ、お前。なら人権なんてねェんだ」

 

「頭の悪い考えじゃ。そもそもそなたら自身に人権が有るような口振り。解せぬな、わらわからすれば、そなたらこそ人の皮を被った下衆な獣畜生に見える」

 

 

 煽りに煽る物言い。これからワニの皮を売り込んで食事の予定なのだ。水を差されて腹を立ててつい、口が挑発へと走る。

 

 

「ルフィ、エース、サボよ。わらわたちで、この者共をこらしめるのじゃ」

 

 

 外套を脱ぎ去った瞬間、あくどい笑みを浮かべた悪ガキが解き放たれる。そこからは血の惨劇。大人ですら寄せ付けぬ圧倒的な暴れっぷりでチンピラ達をコテンパンに痛めつけ、逆に彼らの所持金を全て巻き上げてしまう。

 

 大漁だとホクホク顔の一同。これだけあれば街の中心街で値の張るレストランでも食事が可能だ。まあ、山賊に育てられている現在の悪ガキたち。所持金が十分であろうと無銭飲食に走ることだろう。

 

 端町から中心街へ。この辺りは保安官が治安維持に努めており、町のゴロツキも近づかない。活気に溢れる繁華街には多くの人々が行き交っていた。早々にワニの皮を売却し、子どもには似つかわしく無い額の金銭を得るに至った。

 

 そして空腹を持て余して歩くハンコック達が目を付けた食事の場は、いわゆる高級レストラン。ドレスコードの厳しいお店だが、ブティック店で盗み出したドレスをハンコックに着させ貴族の令嬢へと仕立て上げる。

 

 

 着飾ったハンコックはまさしく深窓の令嬢然としている。毎晩の入浴を欠かさぬことで艶の保たれた髪は、周囲の視線を集めるほどの煌めきを放つ。きめ細やかな肌も、さほどの手入れを施しているわけでもないのに滑らかで瑞々しさを維持している。

 

 天女に等しき少女の降臨に衆目は目を釘付けにされた。そんな視線など意にも介さぬハンコック。周囲の人間が自身に平伏して当然とばかりの威風で街を練り歩く。

 

 そしていざ食事へ。ルフィたち他2人は令嬢ハンコックの下男(げなん)という身分で通す。すんなりとレストランへ入店を果たし、コルボ山での生活では中々お目にかかれないようなコース料理を堪能する。

 

 

「美味じゃ」

 

「高級料理はあんまり好みじゃねェけど、たまにはこういうもも良いな」

 

「ハンコックの容姿があったからこそ、ありつけたメシだ。ありがとな」

 

「むしゃむしゃ、うんめェなこれ」

 

 

 食事のマナーを知らぬ少年少女たち。せっかっく作り上げた深窓の令嬢という設定は早くも破綻しかけている。テーブル上は汚く散らかっている。倒れたグラスからは中身がこぼれ床に滴り、食べかすが何故かレストランの天井に張り付いている。主にルフィとエースの食い方が荒々しい事が原因である。

 

 意外な事にサボだけは様になる食事作法を実践していた。まるで貴族のような風情。不思議そうなに見つめるハンコックだが、彼女もまた育ち盛り。空腹を満たすべく、すぐに食事へと戻った。

 

 さて満腹になるまで食べ尽くした一行。会計の時間である。給仕がレジへと案内しようとするも――ハンコック達は窓を突き破って外へと逃亡する。つまるところは食い逃げである。

 

 

「代金を踏み倒す。ふふふ、なかなかどうして。甘美なものじゃな」

 

 

 地上十数メートルもの高さからの落下。しかし恐れずして顔に笑顔を張り付かせている。食後の満足感を漂わせていた。

 

 

「ぶへー! 食ったくった!」

 

「ぷへー! 旨かった! またあの店で食べてェな! 十中八九、出入り禁止だろうけど!」

 

「っへ、だから言ったろ? あの店には以前、食い逃げしたことがあってな。旨かったからお前らにも食わせてやりたかったんだ!」

 

 

 落下しながらの談笑。店舗用テントやポールを落下の緩衝材にして無事に着地する。近くで保安官が『食い逃げの常習犯だ! あの子どもたちを逃がすな!』と怒鳴っているが気にしない。

 

 普段どおり、悪ガキに徹するハンコックたちは逃げ足にかけてはボア王国1。保安官程度の足を巻く程度ならば造作も無い。

 

 

「次はラーメンでも食いてェな! 同じ建物にラーメン屋があるのをおれは見かけたんだ!」

 

 

 まだ食い意地を見せるルフィが涎を垂らしながら提案する。

 

 

「なるほど。ラーメンはまだ食したことがない。楽しみじゃな」

 

 

 ルフィほどではないがハンコックもまた食いしん坊。一度の食事量はダダン一家の男衆にも匹敵する。とはいえ日頃の運動量の多さから、プロポーション(貧しい身体つき)が崩れる事もあるまい。

 

 

「とっとと街から逃げるぞ! 現行犯じゃなきゃ、保安官もおれたちを食い逃げで捕まえられねェ」

 

 

 ゴア王国の法律では建前上、食い逃げや万引きや現行犯以外では逮捕されない。冤罪に掛けられる話にあふれているので、あまり目立たないルールの抜け穴ではあるが。

 

 

「エースとサボはこんな毎日をわらわ達と出会う前から送っておったのか?」

 

「へへ、まあな。おれとエースに掛かれば、ざっとこんなもんさっ! ここにルフィとハンコックが加わったんだ。鬼に金棒だよ」

 

 

 愉快・痛快・爽快! そんな三拍子揃った清々しいまでのサボの発言。同調するエースも誇らしげにしていた。食い逃げを誇る悪ガキ。子ども染みているが、ハンコックも理由も分からず楽しくなってきた。ルフィと共に馬鹿笑いしながら中心街を離れるべく疾走する。

 

 

 だが、そんな折である。走るハンコックたちの対面側に1人の貴族の男性。年頃は中年。その視線はサボに注がれていた。次の瞬間には、貴族の男はサボに向かって呼びかけていた。

 

 

「サボ! お前生きていたのか! 待ちなさい、家へ帰るんだっ!」

 

 

 明らかにサボを見知った人間の言葉。厄介な者を見る目で顔をしかめるサボ。

 

 

「なんかお前を呼んでるぞっ! あのおっさん!」

 

「おれはあんなおっさん、知らねェ! きっと人違いだ!」

 

 

 誤魔化すように言うサボだが、その顔に余裕さなど皆無。切迫した様子で無視に徹している。

 

 

「追及はせぬが……。あの男、まだサボの名を呼んでおるな?」

 

「ほんとに人違いなのか、サボー!」

 

 

 かといって逃げる足は止められまい。保安官がすぐそこまで迫っているのだ。ゆえに呼びかけには応じず、サボと共にハンコックらは街を離れた。

 

 

 

 

 

 

 しばらく走り息も切れた頃。海の望める崖へと辿り着く。樹木の根元に腰を下したサボは気まずそうに視線を地面へと落としていた。

 

 見かねたエースが問いを投げかける。何か隠し事をしている彼に真意を問うのだ。

 

 

「ワケを話してみろよ、サボ。おれ達の間柄で隠し事なんて水臭いだろ」

 

「いや、なんでもねェんだ……」

 

「ほんとかっ! なんでもないんだって!」

 

「ルフィ、それはちっと早計じゃ。何かしら事情が有るようにわらわには見える」

 

 

 騙されかけたルフィに反してハンコックとエースは懐疑的。疑惑の視線を絶やさず、サボへと掴みかかる。

 

 

「いいから話してみよ。わららたちはドンと受け止めてみせよう」

 

「お前らを信じても良いのか? 場合によっちゃ、おれたちの関係が崩れかねない内容だ……」

 

「侮るんじゃねェ! 今更なにを怖がってんだ! だったら()()()()の件はどうなる? サボだって受け入れただろうがっ!」

 

 

 大声で怒りを上げるエース。彼にも余ほどの事情があるのだろうとハンコックは漠然と感じる。いまこの場で尋ねる暇は無いが。

 

 

「なんかよく知らねェけどよ。ししし! いいから教えてくれよ、サボ!」

 

 

 楽観的なルフィ。対照的に悲観的なサボ。そんな彼とてルフィの能天気さを目の当たりにして気持ちがほぐれたのだろう。ポツポツと身の上を語り始めた。

 

 

「おれは貴族の子だ。さっきのおっさんは実の父親なんだよ」

 

「へェ、貴族ねェ。それって旨いのかっ!」

 

「おい、ルフィ。貴族は食い物じゃねェ。むしろ庶民を食い物にする連中だ」

 

 

 ルフィのおバカな発言を訂正するエース。

 

 

「貴族ときたか……。道理で先の食事の際、そなたは食事のマナーを弁えていたのじゃな」

 

「あァ……。悪いな、今まで隠しててよォ……」

 

 

 謝るサボはどこか諦観に満ちていた。軽蔑されても已む無し。そう彼の瞳が物語っている。

 

 

「察するにサボよ。そなたは貴族の家に生まれたものの、その家庭環境に嫌気が差して飛び出してきたのではないのか?」

 

「だいたいそんな感じだ。あの家は……息が詰まるっ!」

 

 

 洞察力の優れたハンコックは適確にサボの胸中を言い当てた。思わずサボも感情を抑えきれずに立ち上がる。

 

 

「サボ……。お前は貴族の地位を捨ててまでゴミ山に下りてきたのか? 少なくとも衣食住には困らねェはずだ」

 

「ああ、死にはしないだろうさ。でもな、エース。全部洗いざらい言わせてくれ。おれは貴族の家になんか未練はねェんだ。あんな場所は生き地獄だっ!」

 

「話してみろ……。おれはサボの事を嫌いになりたくねェんだ。相応の理由があるんだろ?」

 

 

 エースとしても親友のサボを信じたい。今更縁を切れなどと言われても全力で抵抗するだろう。ゆえにまずは抵抗するための大義名分を得たいのだ。

 

 

「両親はおれを息子としてではなく()()としてしか見てないんだ。あいつらが必要としてるのは親の言う事をきく良い子だけ。出来が悪くて逆らってばかりのおれを煙たがっていた」

 

 

 吐露するサボ。搾り出される言葉の数々からは苦痛と悲痛、あらゆる負の感情が含まれていた。

 

 

「親に決められた人生。自由なんてそこにはねェ。そんな人生なんてまっぴら御免だっ! おれは親の操り人形なんかじゃないっ! おれはおれの人生を送りたいっ!」

 

 

 親の存在に縛られた子。なんと窮屈な生き方であろうか。ある意味では同じ境遇のエースは、サボの抱える真相を知って呆然とする。やはり自分はサボを嫌いに成れない。どころか絶対に見捨てられない唯一無二の存在へと昇華した。

 

 

「そうだったのか……。サボ……」

 

「これまで良く頑張ってきたものじゃ、サボよ」

 

 

 エースとハンコック。彼の人知れずしてきた辛い日々を労う。ルフィなどはポカンとした顔で状況が飲み込めていない模様。貴族を食べ物と勘違いしていたような子どもなので致し方あるまい。

 

 

「なァ、エース! ルフィ! ハンコック! おれ達は海に出よう!」

 

 

 彼は高らかに言う。全てをぶっちゃけた事で決心が着いたのだろう。

 

 

「こんな窮屈な国なんか飛び出して自由になるんだっ!」

 

 

 海――。崖の上からでも望める遥か彼方まで続く大海。

 

 

「やりてェことは海に出れば幾らでも出来るっ! 冒険だってなんだって! そしたら海賊にだって成れるんだっ!」

 

 

 海を自由に生きる者達。その代名詞こそ海賊という名の集団。

 

 

「おれ達は海賊になるんだっ!」

 

「へへ、上等だよ! でもおれはサボに言われるまでもなく海賊になるつもりだ!」

 

 

 崖の先端に立って意気揚々と語るエース。手に持った鉄パイプを地面へと突き刺して口上を続けた。

 

 

「海に出れば敵は何匹でも湧いてくるさ。でもどんな奴らが相手でも勝って! 勝って! 勝ちまくって! いつか最高の名声を手に入れてやるんだっ!」

 

 

 その決意の程はエースの熱い言葉が物語っている。ハンコックとて認めるほどだ。

 

 

「他の奴らがどれだけおれを嫌おうと、認めざるを得ない大海賊になるっ! 海賊の高みってやつだ!」

 

 

 高まった衝動は天をも突く。世界に対する挑戦状を叩きつけてエースは心に染み渡るほどの充足を得た。

 

 

「ふふふ、エースにだけ意気込み良く言われてはわらわの名折れじゃ。わららこらも言わせて欲しい」

 

 

 エースの覚悟をしかと見届けたハンコックもまた演説を決行する。いま言わなければ抑圧された気持ちの昂ぶりが暴走してしまう。我慢など知ったものかと、彼女の口は自然と開かれた。

 

 

「わらわは世に蔓延る権力などには屈しぬ無敵の女海賊となるっ! 立ちはだかる者全てを撃破し、奪えるものは何もかも奪い去る。気高き女傑として世に知らしめるのじゃ。最強にして不敗。そして世界で最高の恋愛をして――」

 

 

 数秒ほど溜めて爆発的な勢いを以て言い放つ――。

 

 

未来の海賊女帝(わらわという女)は未来永劫、未来の海賊王(ルフィ)と添い遂げようっ!」

 

 

 それは彼女にとって確定した未来。他の誰でもなく、ハンコック自身が考え、悩み、導き出した道筋(将来)。ルフィが居る――彼女の夢の根幹には常にルフィという少年の存在が根付いていた。

 

 

「へへ、恥ずかしげもなく言いやがって。ルフィめ、果報者だなっ!」

 

 

 歯の抜けた顔でサボはルフィを羨む。想ってくれる女の子が居る男など、世の男の誰が見ても羨望の対象であろう。

 

 

「ししし! あァ、おれとハンコックはずっと一緒だっ! イヤになっても絶対に離さないからなっ!」

 

 

 

 いつか未来――どんな困難でも、いかなる窮地でも――モンキー・D・ルフィという男はハンコックと繋いだ手を離さない。強大な敵が2人の仲を引き裂こうとも、きっと離された手を繋ぎにいく。

 

 想いは重なり、心も重なり、抱く夢と野望をも重なる。何もかもが2人でひとつのルフィとハンコック。夫婦以上に深い結びつきは、未来の大海賊の誕生を予感させた。

 

 

「ルフィ……好きじゃ」

 

 

 そっとささやく。飾り気の無い一言。単純だが純粋な気持ちは強き想いが込められている。

 

 

「ハンコック……おれも好きだっ!」

 

 

 呼応するルフィ。その好きという感情の判別は彼には出来ていない。親愛であり友愛であり恋愛。そのいずれにも属さないカテゴリ外の愛情とでも言おうか。

 

 

「ししし! じゃー、最後はおれだっ! おれはなァ!」

 

 

 大トリをつとめるはルフィ。彼の夢の詳細は、コルボ山の悪ガキたち以外に今は語るべからず。しかし、エースとサボ――そしてハンコックはルフィの胸に抱かれたソレを確かに受け止めた。

 

 

「なっはっはっは! どうだ! すごいだろっ!」

 

 

 彼の偉大さを再認識するハンコック。彼の言葉に聞き入り酔ってしまった。足取りも覚束ない。だが、彼の器を実感した。彼の為ならばハンコックはどこまでも強くなれる。成長に上限など無い。愛が愛で在り続ける限り、無尽蔵の力がもたらされるのだ。

 

 

「さすがじゃ、ルフィ。わらわはそなたを愛しているを誇りに思う」

 

「何を言うかと思えば……。まあ、ルフィらしいと言えばらしいが」

 

「あははは! なんて面白ェなルフィ! お前の未来が楽しみでしょうがねェ!」

 

 

 三者三様の感嘆の声。ただし共通する点がひとつ。ここに集う4人は全員、海賊となる夢を掲げているのだ。

 

 

「しかし困ったな。ハンコックは副船長をやることは確定。けど、おれとエースとルフィの3人全員が船長をやりたいなんて」

 

「おれは譲らねェぞ。サボはおれの船の航海士でもやるもんだと思ってた」

 

「おれの船に乗れよー! お前ら全員、海賊王(おれ)船員(クルー)にしてやるよ!」

 

 

 纏まらぬ話。ここでハンコックの鶴の一声。

 

 

「なにも同じ船に乗る必要はない。ちなみにわらわはルフィの船に乗るつもりじゃ。それだけは揺るがぬ」

 

 

 聞き入る一同。となれば船出は3隻に分かれる事となる。

 

 

「じゃあ、バラバラの船出になっちまうな」

 

「おれはそれでも構わない。大海賊になるんだ。自分の力でどこまで通じるか試したい」

 

「ししし! ハンコックと一緒なら、おれはどんな海でも越えられるぞっ!」

 

「ふふふ、ルフィ! 海へ出ても一緒にお風呂に入ろうっ!」

 

 

 1人だけ主旨から外れた私語を漏らす。まあ普通にハンコックなのだが――ご愛嬌!

 

 さて覚悟の程を皆で語らった末――。切り株の上に盃が4つ並ぶ。悪そうな笑みで酒瓶を持ち込んできたエースはハンコック達へと、ある事を吹き込む。

 

 

「お前ら知ってるか?」

 

 

 ルフィ曰く、その酒瓶はダダンの私物。わんぱく小僧(エース)が黙って盗み出してきたのだろう。下手人は盃へと次々に酒を注いでゆく。4つの盃が満たされた時、エースは行動の意味を話す。

 

 

「盃を交わすと”兄弟妹”になれるんだ――」

 

 

 義兄弟の盃。元は任侠世界の風習であるそれは、いつしか海賊界にも広まった。

 

 

「ホントかよー」

 

 

 初めて知る知識に関心を向けるルフィ。

 

 

「…………」

 

 

 感無量ゆえに無言のサボ。

 

 

「ほう……」

 

 結ばれる縁に期待するハンコック。

 

 

「海賊になる時はきっと別の船だ。でもおれ達4人の絆は”兄弟妹”としてつなぐ!」

 

 

 距離など関係無い。世界中の何処に居ようとも――。

 

 

「どこで何をやろうと……。この絆はきれねェ……!」

 

 

 確かなる絆は今此処に――。

 

 盃を手に――4人は誓う。

 

 

「これでおれ達は今日から――」

 

 

 さあ時は満ちた――。

 

 

「兄弟妹だ!!」

 

「ああ!」

 

「おう!」

 

「うむ!」

 

 

 4人の持つ盃が同時にぶつかる。決意に等しい盃が触れた瞬間より――血の繋がりなどに依らない兄弟妹の絆が結ばれた。

 

 きっと世界は震撼することだろう。世界で最強にして最凶の兄弟妹が世に生まれたことに――。後に世界を引っくり返す海賊兄弟妹――。

 

 語られるのはもう少しだけ未来となるだろう――。


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