(2019/12/28、7:52)
中央暦1639年7月22日午前 公都クワ·トイネ
オスマン帝国とクワ·トイネ公国が国交を締結し
てから半年が経とうとしていた。
この半年はクワ·トイネ公国と同じく国交を締結
したクイラ王国にとって建国以来最も変化した半
年となった。
オスマン帝国から要求された食糧買い付け量は年
間で約7000万tという途轍もない規模の受注だっ
たが、大地の神に祝福され家畜ですら美味い飯を
供する事が出来るクワ·トイネ公国は、この受注
に対し一部不可能であった部分もあったがほぼ全
てに答える事が出来た。
又クイラ王国は作物の育たない不毛の土地とされ
ていたが、オスマン帝国によると地下資源の宝庫
らしく、何でもオスマン帝国で急に採れなくなっ
たらしい鉱物や原油等の資源をオスマン帝国へと
輸出し始めていた。
一方オスマン帝国はこれらの対価としてインフラ
や各設備を輸出していた。クワ·トイネやクイラ
側に輸出物を沿岸部まで輸送する設備、特にクイ
ラ王国はそもそも原油とやらの掘削手段すら不十
分だった為、オスマン帝国はこれらの設備を提供
し、各種輸入品の対価とした。
大都市間を結ぶ、石畳を進化させた様な継ぎ目が
ない道路、更に鉄道と呼ばれる大規模流通システ
ムが構築されようとしていた。これが完成する事
で各地各国の流通が大幅に活性化し、今までの比
にならない発展を遂げるだろうという試算が経済
部から上がって来ている。
各種最新技術の提供も求めたが、どうやらオスマ
ン帝国では新たに「新世界技術流出防止法」と呼
ばれる法律が可決されたらしく、各最新技術の入
手は失敗に終わった。
それでもオスマン帝国からもたらされた技術は彼
らの生活水準を根底から一変させる程のものばか
りだった。
何時何処でも清潔な水を飲めるようになる水道技
術(元々水道技術は存在したが、真水ではとても飲
めるものではなかった)、夜でも昼の如く明るく出
来て、更に各種動力となる電気技術、手元を捻れ
ば簡単に火を起こし、かつ一瞬で温かいお湯を出
す事が出来るプロパンガス。この三つだけでも生
活は途轍もなく楽になる。まだ半年しか経ってい
ない為普及しているとまでは言えないが、それら
のサンプルを見た経済部の担当者は驚愕のあまり
放心状態になったという。
「国が途轍もなく豊かになる···」と。
「凄まじいものですね、オスマン帝国という国は
···。明らかに三大文明圏を超えています。もし
かしたら、我が国も生活水準において、三大文
明圏を超えられるかもしれませんね」
クワ·トイネ公国首相のカナタが秘書に語りかけ
る。
まだ見ぬ国の劇的発展を彼女は見据えていた。
「はい、それに、生活水準だけでなく、国として
も超えられるかもしれません」
秘書がカナタの手元に「オスマン帝国軍主宰クワ
·トイネ軍·クイラ王国軍三軍合同演習計画書」と
書かれた報告書を置いた。
オスマン帝国はロウリア王国の圧力を受けるクワ
·トイネ公国とクイラ王国の立場を鑑み、2月上旬
からクワ·トイネ公国及びクイラ王国へ第一次世
界大戦∼戦間期時の武器·兵器を輸出を開始し、オ
スマン帝国軍の指導の下、クワ·トイネ公国軍と
クイラ王国軍は急速に近代化を進めていた。
陸軍は37式歩兵小銃を装備した歩兵連隊や32式軽
戦車を運用する第一戦車連隊が創設され、火薬の
概念が伝えられ弾薬等を生産する軍需工場の建設
が急ピッチで進んでいた。
海軍の旧帆船は順次標的船となり、39年式駆逐艦
や40年式巡洋戦艦、48年式海防艦(海軍に関して
はオスマン帝国海軍が本格的に形成されたのが第
二次世界大戦期だった為例外的にこの時代のもの
が輸出された)が輸出され、これらを建造する造船
所も急速に建設されていた。
空の覇者として君臨していたワイバーンは主力の
座を退く事になり、新たにオスマン帝国から輸出
された35式戦闘機やそのコピー機体のK-1戦闘機
「アトモット」が運用される事となった。
尚ワイバーンは対地支援用に育成される事になっ
たが当面は戦闘機の数が足りない為安全帯や専用
の鎧兜が輸出され、暫くの間は対空戦闘も行う事
になる。ただそれでも安全帯の存在によりこれま
で不可能だったマニューバ等の戦闘機の動きが行
える様になった為、戦闘力は数段上がっている。
ただこれらの兵器の多くはすぐ運用·戦力化でき
るものではなかった。当初輸出できたのは過去の
大戦時に作り過ぎて捨て切れずモスボール状態で
保存されていたもので全く数が足りず、僅か2週
間足らずで輸出可能な分は底をついてしまった。
オスマン帝国側も数十年前の武器をいきなり作れ
と言われても製造方法等が違い過ぎて苦戦し、安
定して輸出できる様になったのは1ヵ月後の事とな
った。
加えてクワ·トイネ·クイラ側にも重大な問題があ
った。何せ火薬の概念すら無かったのである。
兵士達に教える分には概念等知らずとも運用方法
さえ分かれば何とかなるのでさほど苦労する事は
なかったが、製造する為に概念から知っておかね
ばならない技術者達への教育は悪戦苦闘を極める
事となった。
だが、クワ·トイネやクイラの技術者達は新技術
へ貪欲に、それこそ寝食を惜しんでまで挑み、僅
か2ヵ月程でその多くを理解し、習得した。その
習得の早さはオスマン帝国側の教育担当者の想像
を絶し、技術者達の貪欲さ·熱心さに舌を巻いてい
たという。丁度その頃工場の建設も概ね完了し、
オスマン帝国から一部工場従業員を雇いつつ工場
は稼働を開始し、つい先週、アトモットの製造機
数は300機を突破し、造船所では初の国産甲鉄艦
である巡洋艦「イオノン」が進水を完了した。
「蛮国と蔑まれた辺境国家が列強をも凌駕する大
国に成り上がる·····こう言っては何ですがと
ても面白いですね、年甲斐もなくワクワクして
しまいます」
「ええ、それに彼らが覇権主義でなかった事が助
かります、彼らの技術と国力で覇を唱えられた
らと思うとぞっとします···。彼らにかかれば
神聖ミリシアル帝国も為す術もなく蹴散らされ
てしまうでしょうから」
美しい夕陽が穀倉地帯広がるクワ·トイネの大地
へと沈んで行く。そして、沈む先にはロウリア王
国があった。
「現在の公国軍の近代化進捗度はおおよそ40%程
といったところ·····
ロウリアが何時来るか···」
夕陽の中カナタが呟いたか細い声は、迫り来る宵
闇に溶け込んでいった。
ロウリア王国 王都ジン·ハーク ハーク城
御前会議
美しい下弦の月が光り輝く夏の夜、ロウリア王国
が誇る王都ジン·ハークの王城ハーク城の一室で
ロデニウス大陸の命運を一変させる事になる王を
前にしての御前会議が行われていた。
ロウリア王国国王のハーク·ロウリア34世を筆頭
に、宰相マオス、王国防衛騎士団将軍パタジン、
三大将軍たるパンドール、ミミネル、スマーク、
王宮主席魔導士ヤミレイ、その他王国の重臣の殆
どが参加していた。
今回の侵攻作戦の総責任者のパタジンが自信満々
に作戦を説明し始める。
「陛下、これより作戦を説明致します。
作戦に参加する総兵力は50万人で、クワ·トイ
ネ公国及びクイラ王国へ進撃する兵力を40万、
本国防衛用の兵力を10万に分割します。
先ずクワ·トイネについては国境に程近い人口
10万人のギムを強襲制圧し、占領します。
尚、兵站については彼の国では何処もかしこも
畑で家畜すら美味い飯が食える様な国の為、現
地調達で対応致します。
ギムを制圧した後は、クワ·トイネの城塞都市
エジェイをある程度の兵力で包囲して放置し、
ギムの東250㎞に位置する首都クワ·トイネを物
量の差を生かし一気に制圧します。
彼らの航空戦力は、我らのワイバーンが数·質
共に上回っており問題なく撃滅可能である判断
します。
又、宣戦布告に平行して海から海将シャークン
率いる4400隻の大艦隊がマイハーク港へ強襲上
陸し、経済都市マイハークを占領します。
クワ·トイネ公国とて、首都と経済都市を失っ
た上城塞都市が機能しなくなれば降伏は必至。
食糧供給をクワ·トイネに依存しているクイラ
などは、クワ·トイネからの食糧を断てば、あ
やつらの国土を踏む事もなく降伏すると思われ
ます」
パタジンの説明を聞き終えたロウリア王は満足そ
うに頷き、野心的な笑みを浮かべた。
「うむ、見事な作戦であった。だが二国を同時に
相手取って勝てるか?此度の戦、万が一にも敗
北してはならぬ」
「問題ありませぬ、国王。
所詮一国は農民、いや農業しか出来ぬ農奴の集
まりであり、もう一国は不毛の地に住む貧民共
です。おまけにどちらも惰弱な亜人の比率の高
い国、我が国が負ける道理はありませぬ」
パタジンの確固たる自信にロウリア王は笑みを深
めた。
「成る程、では宰相よ、数ヶ月前接触して来たオ
スマン帝国とやらはどうだ?あの国には亜人が
いないという。絶滅させたというのなら有効な
方法をご教授願いたいものだ」
オスマン帝国はクワ·トイネとの国交樹立の折に
ロウリア王国の存在を知りこちらにも国交を結ぼ
うと働きかけたが、ロウリア王国は仮想敵国のク
ワ·トイネ公国とクイラ王国と国交を結んだオス
マン帝国を敵対勢力と判断し、門前払いを続けて
いた。
「彼の国は自国の面積が約1800万㎢あり、最も近
い場所からなら我が国から300㎞程に位置する
と言っていましたが、あの方向にそんな広大な
土地があったとは考えられず、常識的に考えれ
ば最低でも1000㎞以上は離れていると思われ、
軍事的に直接干渉されるとは思えません。
又、彼の国の外交官は我が部隊のワイバーンを
見て、「初めて見た」「架空の存在だと思って
いた」と驚愕していたと聞きます。
ぽっと出の竜騎士も知らぬ新興の蛮国。
これが現在の情報から予想されるオスマン帝国
とやらです。恐れる必要性はなく、クワ·トイネ
とクイラを制圧した後、船団を向かわせ占領す
る予定です」
ワイバーンの存在しない軍隊はその航空支援を受
けられない為弱い。無論空爆だけで陸軍が全滅す
る事はないが常に導力火炎弾の脅威に晒され続け
ていれば間違いなく精神力が持たない。
「そうか、そうか·····しかし、この余の代でロ
デニウス大陸が統一され、忌まわしき亜人ども
を根絶やしに出来ると思うと、心が踊るな」
「大王様、統一の暁には、例の約束もお忘れ無き
よう、クックック」
真っ黒のローブを頭から被った男が慇懃無礼の手
本の様な口調と気持ちの悪い声音でロウリア王に
囁く。
「解っておるわ!!!」
王は怒気を孕んだ声で言い返す。
(ちっ、第三文明圏外の蛮国と馬鹿にしおって。ロ
デニウス大陸を統一した後には、貴様らのフィ
ルアデス大陸にも攻め込んでくれてやるわ)
「「「「「国王陛下、戦争許可のご指示を。陛下
のたった一つの御指示で、ロデニウス
大陸は統一され、亜人どもはこの大陸
より姿を消します」」」」」
部下達の声で調子を取り戻したロウリア王は、再
び野心的な笑みを浮かべ、命令を下す。
「そうか···フフフ、フハハハ、ハーッハッハッ
ハッ!!!今宵は余の人生で最良の日だ!余は
クワ·トイネ公国とクイラ王国に対する戦争を
許可する!亜人どもと彼奴らを匿う愚か者共を
根絶やしにしてやるのだ!!!」
「「「「「オオーーーッ!!!」」」」」
王城は喧騒に包まれ、ロウリア王国は戦争へと向
かって行く。
ーーーーーーーその決断が王国を崩壊に向かわせ
る事も知らずに。