阿多曼帝国降臨記   作:SAWA χTERU

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ロウリア王国降伏まで書こうとしたけど長くなり
そうなので分割。
ピロズヴェスティキ···ギリシャ語で火球。
読み方間違ってるかもしれんがすまぬ


其ノ伍 狼と東部諸侯団と燃料気化爆弾

中央暦1639年8月29日

クワ·トイネ公国 政治部会

 

先日の27日、クワ·トイネ·オスマン連合艦隊がロ

ウリア王国海軍を撃破したロデニウス沖海戦の模

様が、オスマン帝国海軍の観戦武官として派遣さ

れたブルーアイの口からこの日報告されていた。

 

「―――以上が、ロデニウス沖大海戦の戦果報告

 となります」

 

政治部会の面々の手元には、オスマン帝国の技術

によりいち早く普及に成功した良質な紙を用いた

報告書が配られている。

 

「オスマン帝国海軍や演習で実感していたとは思

 っていたが実戦でこれ程の戦果を上げるとはな

 ···」「まったくだ。つい半年前までの我々で

 は考えられん」「圧倒的ではないか我らが公国

 軍は!」

政治部会の面々が驚愕混じりに歓喜している中、

その様子を黙って傍観していた首相カナタは慎重

に口を開いた。

 

「皆さん、喜びたい気持ちもあるでしょうがそれ

 は本題の解決後になさって下さい。一先ず、今

 回の海戦の勝利でロウリア王国海軍の行動力は

 大幅に低下したものとして考えます。軍務卿、

 陸の情勢の説明を」

 

「はっ、現在ロウリア側地上部隊は、ギム周辺の

 陣地構築にかかっております。海側の侵攻作戦

 の失敗を受け、ギムの防備を万全にしてからの

 再度進撃を図っていると思われます。電撃作戦

 は完全に頓挫したものと見ていいでしょう」

軍務卿は手元に用意していた、諜報部及びエジェ

イへと戦略的撤退していた元ギム防衛軍を吸収し

た西方軍集団の偵察隊からの報告を読みつつ返答

する。

 

「しかし、ギムは撤退時に貯蓄していた食糧を住

 民と共にギリギリまで持って行った為、恐らく

 遠からぬ内に再度進撃して来るものかと」

 

「オスマン帝国の動向ですが、既にエジェイに援

 軍の第一機甲師団と第十八歩兵師団が到着し、

 またクイラ王国のロウリア国境に第一機甲師団

 所属の第三戦車旅団がクイラ王国の戦車旅団と

 共に到着しています」

 

軍務卿が、大陸共通言語で書かれた作戦書をカナ

タへと渡す。既にクワ·トイネ·クイラ·オスマン

帝国の陸軍とオスマン帝国()()及びクイラ王国の

マーニアル国王とオスマン帝国のアブデュルメジ

ト5世のサインが書き込まれており、後はカナタ

のそれを残すのみだった。

 

「四正面対ロウリア電撃作戦···狼作戦ですね」

 

先日アブデュルメジト5世との電話会談で仄めか

された作戦名をカナタは口にしていた。

 

狼が群れを成して役割を分担して獲物を狩る様に

喩え、この作戦では全部で4方向からの攻撃が行

われる。

 

まず1匹目のクイラ·オスマン帝国連合軍が2個戦

車旅団から成る1個混成機甲師団がロウリア南部

に侵攻し、注意を南方に反らす。

次に2匹目のクワ·トイネ陸軍の第一戦車連隊とそ

の補佐としてクワ·トイネ陸軍とオスマン帝国陸

軍の第十八歩兵師団がビーズルへ計15000の兵力

でギムを奪還しつつ侵攻。こちらは空軍の援護と

共にロウリア軍の前線兵力をギリギリまで減らす

のが目的となる。

更に3匹目としてオスマン帝国陸軍の第一機甲師

団の残存戦力がエジェイから王都ジン·ハークに

侵攻。この軍勢が本命の侵攻と思わせる。

そして、本命の4匹目となる部隊であるオスマン

帝国空軍の第七空挺師団所属の第一一七中隊がハ

ーク城へと侵入し、ロウリア国王を確保する、と

いう作戦だ。

 

作戦動員兵力は三国合計で55000強と単純な数だ

けで言えばロウリア軍の10分の1程度しかいない

が、戦車という列強にすらないであろう兵器やオ

スマン帝国軍による大規模軍制改革を施された敵

を上回っている確信がカナタにはあった。

また、クワ·トイネやクイラにも花を持たせてく

れる姿勢もありがたかった。

クワ·トイネ公国首相カナタは意を決して作戦書

へのサインのために筆を取った。

 

 

 

8月30日 ロウリア王国東方征伐軍前線司令部

 

アデムは悩んでいた。

あのギム攻防戦の後、全滅覚悟で偵察隊を出して

見ると「ギムがもぬけの殻となっている」という

報告を受けたためギムへと進んでみると、本当に

ギムが無人都市となっていたのでロウリア軍は首

を傾げつつもギムの占領に成功した。だが、占領

から1日も経たぬ内に、ロウリア軍はクワ·トイネ

軍の術中に嵌まった事を理解した。

 

まず食糧が足りない。

元々「家畜ですら旨い飯が食える」とも言われる

敵国の事情から兵站は現地で調達する手筈だった

のだが、敵は撤退時に持てる限りの食糧を持って

行ったらしく、ギム内に十数個ある兵糧庫の内の

幾つかは小麦粉一袋すら見当たらなかった。

流石に全部の兵糧を持って行く事は出来なかった

らしく残っていた小麦粉で兵士がパンを焼いてい

るが、それでも予想されていた量を遥かに下回っ

ており、このままでは餓死する兵が出て来る恐れ

がある為、本隊に兵糧の輸送を要請する必要があ

るだろう。

これは先遣隊のみによる完璧な勝利を目論んでい

たアデムにとっては大変な屈辱だった。

 

加えて、謎のトラップも士気の低下に拍車を掛け

ていた。

実は撤退直前にオスマン帝国軍によってギム内に

は多数のブービートラップが仕掛けられており、

これに引っ掛かって死傷する兵士が無視出来ない

数現れたのだ。これらはピアノ線に引っ掛かると

爆弾が作動してドカン!等のかなり単純なものが

多かったのだが、ピアノ線なんて存在しないロウ

リア軍にはワイヤートラップの発想が存在せず、

原因不明のまま被害者は増加する一方だった。

 

そして、それでも進撃するべしと唱えていたアデ

ム含む強硬派の勢いを完全に止めた、ロデニウス

沖大海戦の記録的大敗。前線の士気低下が懸念さ

れ、兵士や中下級の将校にまで詳細な情報は遮蔽

されていて、耳にしていたのはパンドールやアデ

ム等の極一部の高級幹部のみだったが、ギム攻防

戦といい、ロデニウス沖大海戦といい、一向に敵

に大損害を与えられずにいるのはロウリア軍幹部

達に多大な精神的ダメージを与えていた。

 

(分からん·····本当に分からん。ギム攻防戦で2

万を超える兵を失い、ロデニウス沖では半数以上

の軍船が沈められたと言う···我々が戦っている

のは本当にあの亜人どもなのか?)

 

座ってもいられず、辺りを歩き回りながら黙考し

ていたアデムだったが、ある人物が彼の部屋に入

って来た事を認めると、直ぐ様頭を垂れていた。

 

「パンドール将軍···」

 

「失礼するよ、アデム君。どうやら君も悩んでい

 る様だね?」

 

「はっ、あの亜人のゴミクズども相手としては余

 りにも先日の戦いで多くの兵を消耗させられま

 したので·····加えて、兵糧不足やギム中に仕

 掛けられている罠も気になります」

 

苛烈な性格の彼らしく苛立ちを上官の自分に隠そ

うともしないアデムの発言に内心苦笑しつつ、パ

ンドールはアデムを宥める様に言う。

 

「まあ怒鳴った所で仕方あるまい。出来る事をす

 るまでだ。後どれ程兵糧は持つかね?」

 

アデムに怒鳴られ続けているのか、顔色の悪い作

戦参謀がはっとしてパンドールの質問に答える。

 

「現在、残存する兵全員にこれまで通りの量の食

 糧を与えるとなると、恐らく持って1週間、統

 制しても2週間持つかも危うい状態です。敵の防

 衛最重要拠点のエジェイを陥落させられれば、

 食糧問題も解決するかと思われますが·····」

 

「ギム攻防戦の結果を考えれば、エジェイには更

 に強力な防衛体制が敷かれている可能性が極め

 て高い、か」

 

作戦参謀の「その通りでございます」という返答

に、パンドールの表情も曇った。

 

「パンドール様、やはり私はエジェイ侵攻を進言

 致します」

 

彼にしては珍しく、神妙な顔でアデムが言う。

 

「敵軍のエジェイの防衛がギムよりも厳しい事は

 確実ですが、さりとてこのまま座して待ってい

 れば遠からず餓死者が出る危険性もあります。

 それに、現在も未だにワイバーン300騎が健在

 である以上、これを一気に投入すれば、制空権

 の確保も可能かと存じます」

 

パンドールは暫し考え込む。

ギム攻防戦やロデニウス沖大海戦から進撃停止に

舵を切った先遣隊であったが、アデムの意見も筋

が通っており、又このままギムで留まり続けてい

ては自身の降格もあり得た。

 

「分かった。翌日からジューンフィルア伯爵を大

 将とする東部諸侯団を組織し、エジェイ侵攻を

 開始する。東部諸侯団にはアデム君の直接指揮

 下に入ってもらう。又騎馬隊の残存兵を纏めて

 30名1組の騎馬隊を50組組織し、偵察任務に従

 事させよ」

 

「「「ハハッ!!!」」」

 

アデムだけでなくその場にいた作戦参謀やその他

の部下が一斉に平伏する。

 

作戦の決定を見たパンドールが部屋を去ろうとす

ると、アデムが意外な策を具申して来た。

 

「将軍、ギムでの交戦の結果を考慮すれば、現在

 の手勢の47000では足りなくなる恐れがありま

 す。そこで、私は一度ハーク城へ出頭し、戦況

 報告と援軍の要請に上がろうかと」

 

腹立たしそうではあったが、彼にしては保守的な

策に、パンドールは内心驚いていた。常に攻撃を

主張していた彼が守りに入るのは初なのではと思

った程だ。

 

「ふぅむ、確かに今の状況を考えれば伝令兵には

 ちと荷が重いか·····アデム、頼めるかね?」

 

「御意にございます!」

 

こうして、9月7日を目安にロウリア軍はクワ·ト

イネ軍最重要拠点エジェイの攻略を決定。

まずジューンフィルア伯爵を大将とする東部諸侯

団27000が先鋒としてギムを出撃。

パンドール将軍麾下の2万のギム防衛隊を除く全

兵力がエジェイを目指し進撃を開始した。

 

 

 

中央暦1639年9月1日深夜

ギムよりハーク城への道中

 

アデムは数名の腹心と共に馬を駆り、ジン·ハー

クのハーク城へと出発していた。

彼の顔には終始苦渋と憤怒の色が滲んでいた。

 

(おのれっ···おのれっ!!!この攻略作戦は失敗

だ!恐らく先遣隊は遠からず全滅するだろう···

早急にあの方と()()せねば)

 

 

 

中央暦1639年9月3日 エジェイ

クワ·トイネ·オスマン帝国連合軍前線司令部

 

「それにしても恐ろしいな···オスマン帝国軍っ

 てのは」

「全くだ。敵に回したらクワ·トイネとクイラが

 100個ずつあったって勝てそうにない」

2万超の大規模侵攻部隊出撃の報は各地に散開し

ていた騎兵を中心とする偵察隊やアトモットを改

装したK-1-a偵察機「アモット」によって1日と経

たずに連合軍の知るところとなり、オスマン帝国

を中心に迅速な迎撃準備が整えられた。

 

クワ·トイネ初の爆撃機であるK-2爆撃機「グラン

トペッグ」に吊るされた2本の筒の様な爆弾を見

やりつつ、兵士の一人が再び口を開く。

 

「それで、この筒みてぇのがその特殊な爆弾なん

 だろ?」

「ああ、何でも普段うちで使ってる爆弾のざっと

 10倍以上は威力があるらしい」

 

その威力に聞いた兵士は自分の顔が引き攣ってい

るのを感じていた。威力の凄まじさに少々引いて

いたのだ。

 

燃料気化爆弾。

酸化プロピレン等の液体燃料と空気中の酸素を用

いて強力な衝撃波を発生させ、半径数百メートル

の地上の敵を圧殺·窒息死させる兵器である。

炸裂時に巨大な火球が発生する点や、燃料の酸化

プロピレン等が地面に染み込み、環境被害をもた

らす点、制作方法·費用の制約が(性能の度外視の

是非を問わず)非常に低い事から、元の世界では

「貧者の核兵器」とも呼ばれた代物だ。

 

元の世界では環境被害への懸念やクラスター爆弾

等の方が兵器として有用だった事等から、ギリシ

ャ小州で世界初の実用化に漕ぎ着けながらも500

個に満たない少数生産が行われただけだったが、

異世界転移後に事態が急変した。

 

クワ·トイネ公国やクイラ王国との国交樹立後、

オスマン帝国軍は魔法の研究を開始し、魔法の軍

用転換を図っている。

 

そして、その中でもオスマン帝国空軍が真っ先に

注目したのが土系魔法の一つの、大地の浄化·豊

穣化魔法であった。浄化作用を利用すれば、どう

やっても不発弾が出るクラスター爆弾よりも燃料

気化爆弾の方がより完全な後始末が出来るのでは

と予想された為、急遽クワ·トイネ空軍からグラ

ントペッグを一機貸し出してもらい、試作燃料気

化爆弾の「ピロズヴェスティキ」を搭載出来る様

改修した後、地上部隊の爆撃を主任務として今回

の作戦に予備含め170本余りが投入された。

 

因みにクイラ王国の魔導師曰く、クワ·トイネ公

国の国土にはこの魔法をより強くした様な効果が

満遍なく満ちているらしく、クワ·トイネ公国に

おいて肥沃なのに雑草が余り生えず、作物がこれ

といった手入れもなしにどんどん生え、害虫すら

皆無という超常現象が起こっているのだという。

 

クワ·トイネやクイラにとってオスマン帝国は雲

の上の国に見えているのかもしれないが、オスマ

ン上層部からすればクワ·トイネらも十分色々と

おかしい国だったと言えよう(時のスルタンのア

ブデュルメジト5世はその調査結果を知った際、

非公式に「我が国の10分の1程の面積で3倍弱の

生産量なんてどんなファンタジーだ···」という

コメントを残したと伝えられる)。

 

 

 

中央暦1639年9月4日 夕食時

ギムからエジェイへの道中の平原地帯

ロウリア王国東部諸侯団 野営地

 

ジューンフィルアは総勢27000の兵が寝起きする

野営地を小高い丘の上から見つつ、気分を落ち着

かせるために深呼吸した。

 

心配されていた兵糧は今のところ順調だった。

この野営地の直前までの道は森を切り開いて造ら

れたものだったが、森の中には食べられる野草や

キノコ、更には猪等の獣も大量に存在しており、

ギムから持ち込んで来た小麦粉によるパンと共に

27000の兵が飢えないだけの食糧配分が維持出来

ていた。

 

ギムを出撃した時は低かった士気も、敵襲に遭う

事もなく不満のない食事にありつける日々が続く

内に回復し、現在では士気旺盛だった。

 

もしこの進撃がクワ·トイネ軍だけを相手にする

ものであったら、彼には自信しかなかった事だろ

う。

 

だが、彼にはただ一点の不安要素があった。

―――オスマン帝国。

つい半年程前に国交樹立を願い出て来たクワ·ト

イネやクイラと国交を結ぶ潜在敵対国。

しかし、ワイバーンすら知らない蛮国であり、両

国の征伐が終了した後でも占領·対応も容易···

これが開戦当初のロウリア王国側のオスマン帝国

の認識であり、ジューンフィルア自身もその様に

認識していた。

 

だが、クワ·トイネ侵攻が始まると、その認識は

疑惑のものへと変化し、日が経つにつれてその疑

心は大きくなるばかりだった。

 

まずクワ·トイネの国境都市ギムの制空権を得る

べく出撃したワイバーン90騎が逆に撃墜された。

そしてその報を聞いた騎兵4500を含む3万の軍勢

が壊滅させられ、その理由がオスマン帝国による

ものなのではないかという噂が流れ始めた。

 

ワイバーン部隊の攻防を見ていた兵士の生き残り

によると、羽ばたかない金属の飛竜がワイバーン

部隊に襲い掛かって来て、ワイバーンを遥かに上

回る速度で攻撃して来て、全滅してしまったのだ

という。そして3万の軍勢に対しては、塹壕と思

われる一線を越えた途端に謎の轟音と共に何らか

の攻撃魔法を仕掛けられ、3万の軍勢は7千にまで

壊滅させられたと同様に生き残りの兵達が呟いて

いたのをこの耳で聞いた。

 

極めつけに、つい前日の諸侯団首脳会議の中で、

魔導師ワッシューナが近頃魔導師の間で噂されて

いるという恐るべき情報を聞いた。

クワ·トイネ最大の経済都市マイハークを目指し

た東方征伐海軍の大船団が半数以上を失い壊滅、

そしてその救援へと向かっていたワイバーン部隊

500騎までもが文字通り全滅し、マイハーク侵攻

作戦は完全な失敗に終わったというのだ。

 

当然ながらこの情報は管轄外という事もあって、

戦闘報告等が一切無かった諸侯達にとって青天の

霹靂となった。

数々の戦争を生き抜いて来たジューンフィルア自

身、余りに現実離れし過ぎていて、信じる事が出

来なかった。

 

そもそも今回の派遣船団とワイバーン部隊は本来

陸軍無しでも十分クワ·トイネ公国とクイラ王国

を制圧出来る程の大部隊だったという。もしあの

戦力がパーパルディア皇国に攻め入っても、彼ら

の艦隊や陸上部隊に勝利とまでは行かずとも上陸

位ならば夢ではない戦力だと。

 

しかし、征伐軍のワイバーンから100騎の本陣へ

の帰還命令も、話が真実で全滅した航空戦力の穴

埋めとしての再配備であれば辻褄が合う。

 

ジューンフィルアはふと、夜空を見上げていた。

 

今から侵攻しようとしているエジェイは国境都市

ギムや道中の村々とは防御力の次元が違う城塞都

市である。もしそんな場所に、ギムで3万の軍勢

を壊滅させたという件の兵器や金属の飛竜等が多

数配備されていたら―――ジューンフィルアの首

筋に冷や汗が走った。

 

この様な状況の中ジューンフィルアが撤退の判断

が下せないのには無論理由がある。

 

悪魔とも悪鬼とも比喩される恐怖の副将アデムの

存在である。

指令書には威力偵察の実施とあるが、報告内容次

第では司令官から最も戦死率の高い突撃隊の隊長

にまで蹴落とされる可能性が高い。ギム攻防戦の

折に攻撃隊の総司令官が粛清されたとも聞く。恐

らく家族すら惨殺を免れ得ないだろう。

 

(兵達を犠牲にしてでも、進むしかない、か)

 

ジューンフィルアが侵攻の決意を固め直したその

時だった。微かに東の空から、グォォォンという

様な空気を震わせる音が響いていた。その音源は

次第に大きさを増し、複数の音源がある事が理解

出来た。

 

「!?何だあれは!」「新種のワイバーンか?」

「いや、もしや噂の鉄竜じゃ···」夕食時で人心

地ついていた兵達も、何事かと空を見上げ、野営

地は俄に騒然とし始めた。

 

幾つもの音源の正体は、総勢50機の飛行機械と思

われる物体だった。その何れもが翼と思われる部

分に妙な筒を2本抱えている。そして、都合100本

の筒の正体である燃料気化爆弾「ピロズヴェステ

ィキ」が東部諸侯団野営地の上空から次々と投下

された。

 

―――!?

ジューンフィルアの頭は急速に冴えていた。波一

つ経っていない広大な湖にたった一滴の水滴が落

ち、その波紋がすぅっと広がっていくのに似た名

状し難い感覚が彼の脳を支配し、今まで感じた事

のない様な強力な痺れをもたらした。

 

(何だ、何をする気だ!この感覚は何だ、確実な死

の予感がする。これは一体何なんだ)

 

その答えは、彼を含む東部諸侯団の破滅と共に出

た。突如として、野営地の各地から幾つもの巨大

な火球が形成され、一瞬で空を覆い尽くしたと思

うと、次の瞬間には周囲にいた兵達の無惨な死体

があちこちに転がっていた。

 

突然の事態に硬直していた生き残りの兵達は、そ

の惨状を脳が認めると共に蜂の巣を突いた様な騒

ぎになりながらも逃げ出そうとしたが、夕食の為

固まっていた事が災いし、結局第一撃の討ち漏ら

しの周囲の殆どは続く第二撃でこの世を去った。

 

空に次々と立ち上る火球と轟音に野営地周辺の偵

察任務に出ていた騎兵隊や警備に出払っていた歩

兵隊などが何事かと野営地に戻って来たが、それ

すらも敵軍は一笑に付すかの様に容赦なく火球の

餌食にしていた。

 

「バ·····バ·····ババ、馬鹿なぁッ!!!」

ジューンフィルアは、彼の常識から酷く逸脱した

その現実に絶望し、ただうちひしがれていた。

今まで共に戦って来た戦友が、百戦錬磨の兵が、

優秀な将軍が、家族ぐるみで付き合っていた上級

騎士達が、強くなる為に共に訓練に励み合った仲

間達が―――

すべてが·····虚しくなる程、泣きたくなる程、

余りにもあっさりと、容赦なく、効率的に殺され

ていく。

 

次々と数百人、数千人単位で死に行く部下達に、

胸中でただただ謝罪を繰り返していたジューンフ

ィルアだったが、総勢50の死神達は彼だけを逃す

程甘くはなかった。

 

眼前で何かが光った様な景色の直後に凄まじい力

による圧力を感じる。その圧力が自分の体内に深

く入り込んで来るのを感じた刹那、彼は永遠に意

識を失った。

 

あちこちで燻る煙と化学薬品の異臭の残る大地。

その数十分後、20機の第二波と共にやって来た観

測機の入念な検査の後、ジューンフィルア伯爵や

魔導師ワッシューナをはじめとする諸侯の面々か

ら一兵卒に至るまで、ロウリア王国東部諸侯団総

勢27000の全滅が確認された。

 

こうして、オスマン·クワ·トイネ·クイラ連合軍

は航空部隊のみによる東部諸侯団の撃滅に成功し

たが、これはその後の戦闘経過と比べれば、ほん

の序曲に過ぎないものだった。

 

東部諸侯団の壊滅と時を同じくして、オスマン·

クイラ連合機甲部隊と、クワ·トイネ公国軍の大

規模部隊がそれぞれの目標に向け進軍を開始して

いた·····

 

 

 

     ロウリア王国の破滅は近い。    




K-1-a偵察機「アモット」
最高速度:437㎞/h
到達限界高度:11100m
航続距離:1000m
武装:7.7㎜機銃×1
爆弾:50㎏爆弾×1

K-1戦闘機「アトモット」を改造して偵察機に変
換した物。
武装を軽くした分速度を重視し、航続距離も長く
なっている。

K-2爆撃機「グラントペッグ」
最高速度:260㎞/h
到達限界高度:12400m
航続距離:1300㎞
武装:7.7㎜旋回機銃×1
爆弾:500~700㎏

オスマン帝国から技術提供を受けつつ初めてクワ
·トイネ公国軍新兵器開発部が設計·開発した爆撃
機。
予算の都合上エンジン等の性能不足で速度·武装·
爆弾搭載量他多くの面でオスマン帝国から輸出さ
れた37式爆撃機に比べて性能低下を余儀なくされ
たが、ワイバーン相手や制空権の取れている状態
なら十分な性能と判断された。

燃料気化爆弾「ピロズヴェスティキ」
オスマン帝国属ギリシャ小州で開発された新型爆
弾(と言っても二十年程前だが)。
東部諸侯団への爆撃に使われたのは小型の250㎏
爆弾だったが、それでも従来のTNT爆薬の10倍以
上の威力を誇る。
燃料の酸化エチレンや酸化プロピレン等の環境被
害を理由に国際禁止条約が地球では締結され、オ
スマン帝国も使用を自粛していたが、クワ·トイ
ネとの国交樹立後に本文中の理由から運用が決定
された。

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