ラッキーパンチを狙えクズ!   作:なっち様

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虫愛づる姫君

とはいえ無抵抗で馬鹿になるというのは違う。

 半分残ったコーラをぐいと飲み干して、出かける準備をする。

 また買いだめをするためだ。

 近くのコンビニに向かう、スーパーはちょっと遠いしコーラを買うだけならコンビニでいいと相澤は思ってる。

 自炊をすることはするがコンビニで弁当を買うことだって多い相澤は値段とか食のバランスの話は大きなお世話だと思っている。

 

 ちょっと歩いてというのは嘘で家を出てすぐのところのコンビニに着く、だいた今の時代コンビニが多すぎてどこに行ってもある程度の近さにあるのでは、と相澤は思うのだがクソ田舎出身は近くに何もないことがステータスなのか、地元の話をするときの鉄板で耳にタコができるほど同じ話を聞いた。

 ――不自由な過去がそんなに素晴らしいか?

 自虐的自慢というのだろうか相澤には何が面白いのか分からなかった、せめてオチでもつけてくれないとただの自分語りだ。

 

 店の中は涼しかった。

 比較対象がさっきまでいた自分の部屋なのだから当たり前だが。

 コーラを四本、ついでにバイトの休憩時間に食べる菓子を2つ、かごに入れる。

 レジは少しだけ並んでいて相澤の前に一人、隣のレジに二人並んでいた。

 前の人の会計が終わりお釣りを受け取った。

 相澤の番になりかごをレジの上に置く。

 

ちょうどその時に一匹の小さな虫がレジの上に飛んできた、輝かしい羽根を持つその昆虫はピタリと相澤の目の前に止まる。

店員の女性は小さくキャッと驚いた。

 

「すいません、すぐ退かしますから」

 

 その女性店員は後ろにからハエたたきのようなものを取り出してそういった。

 相澤は何も殺さなくてもと思い自分が外に逃がすと言おうと思ったときだった。

 

「タマムシですよ」

 

後ろから声がした。

女の声だ。

ちらりと後ろを振り返ると真剣な顔をした同年代の女が立っていた。

 

「ボクが外に逃がすので殺さないで」

 

 それはお願いというよりも命令に近かった。

 

「あ、はい、お願いします」

 

 店員はたじろぎながらも了解の意を示す。

 それを聞いてその女は相澤の横からひったくるようにタマムシを捕まえた。

 

「ありがとう」

 

 そう店員に言い残し外へとその女は去っていった。

 店員と相澤はそれを少しの間目で追いかけたがすぐに会計に戻った。

 

 

「このあたりにタマムシがいるのは珍しいんですよ」

 

 さっきの女と話すことになった。

 相澤がまたタマムシを見たくなって女にどこに逃がしたのか聞いたのだ。

 相澤がタマムシを見たことがあるのは図鑑の中だけで、子供の頃の憧れの虫だったことを思い出す。

 

「そうなんですか」

 

 だから相澤にできたのはそんな当り障りのない相槌だった。

 そもそも、一回も見たことがなかったからどこで見つけても珍しいと相澤は思っただろう。

 

「ほら奇麗な色でしょう」

 

 お互いに観葉植物にくっついたタマムシを見ながらまるで自分のことのようにタマムシを褒めた。

「ええ、とても」

 

「虫が好きなんですか?」

 

「カブトムシとかは好きですけど、ほかはそうでもないですね。

き、貴方は?」

 

 君か貴方かおまえ、どれで呼べばいいかいつも迷ってどもってしまう。

 

「ボクは好きですよ、たぶんすべての虫が好きなんだと思います」

 

「それは大きく出ましたね、じゃあ、例えば……」

 

 相澤はそこまで言いかけて初対面の相手を試すようなことを言っていいのだろうかと迷っていると、その女は「ああ、またか」というような顔をしてふんと鼻をならし、

 

「ゴキブリもムカデもゲジも好きですよ、何も昆虫だけが虫ってわけじゃないと思ってるんで」

 

 と力強く言い切った。

 そういう女もいるのか、珍しいなというのが相澤の感想。

 

「珍しいですね、女の人で虫好きって」

 

「よく言われます、変な女って」

 

――ボクっ子虫好き、まぁ変か。

珍しいと思いはしても言葉にして言うほど変だとは感じないのは初対面だからだろうか。

 

「生きてるってのを見るのが好きなんですよね」

 

 女は続けた。

 

「自分の力で生きてるってのが凄い好きなんです、ペットとかも可愛いとは思うんですけど、ほらあれって『生かされてる』ないですか」

 

「魚とか鳥だって自力で生きてるじゃないですか」

 

「はい、勿論魚も鳥も大好きですよ、このタマムシだってこんなに美しい輝きが力強く独りで生きてるんです、だからさっきの店員みたいにこの美しい命の宝石を勝手に終わらせるなんて傲慢なことしてはいけないんだ」

 

 なるほど確かに変な女だ。

 相澤は確信した。

 最後の方には事兄熱がこもって敬語じゃなくなっている。

 

「別に素で話してもらっていいですよ」

 

「そうかい、ならそうさせて貰おうかな、君も別に敬語じゃなくていいよ」

 

「あざっす」

 

「いいよ」

 

 と一拍置いて彼女は聞いた。

 

「君も『生きる命』の方が好ましいと思わない?」

 

「いいえ」

 

 即答。

 相澤の返答に彼女はがっかりした顔をした。

 

「君もペット動物のような『生かされる命』の方がいいというの?

人に媚びて人に飼われるために生まれた命のがいいと」

 

 随分悪意のある言い方だと相澤は思った。

 直前まで熱く語った自然生物との落差に思わず笑いそうになるのを相澤は抑える。

 生きるとか生かされるとかどうでもいいことでアホみたいだと。

 

「命に貴賤をつけることこそが傲慢だぜ」

 

「んん?」

 

「生きてるとか生きるとか、そんなんどうでもいいんだよ。

どっちも『生きてる』のが命だ、おまえが好きだとか嫌いだからって理由で価値づけするようなもんじゃない」

 

「……」

 

「お前が好き嫌いするためにほかの命を巻き込むなアホ」

 

 相澤は続ける。

 

「お前が見下した命だって空っぽに生きてるわけじゃないんだ」

 

 自分のことのように諭した。

 

「媚びたってなんだって違う生き方で必死に生きてるんだよ」

 




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