Mystery of Nameless 作:hilite989
Mystery of Nameless
補填ランカー。
アリーナに登録されているランカーが「何らか」の要因でランキングから除外された際に、補充されるランカーレイヴンの名称。
その多くはMTからACへ機種転換した新人兼元MTパイロットが多いが、アリーナに登録していないレイヴンも周囲の薦めや諸事情で補填ランカーとして登録される場合もある。
レイヴンネーム:ネームレス
ACネーム:ミステリー
自分自身の情報は全く公開しようとせず素顔から経歴に至るまで、全て謎に包まれているレイヴン。
依頼しか受けず、アリーナには参加しない事で有名だったが、最近、参戦を始めた。
その理由すら謎のこのレイヴンについて、分かっていることは飛びぬけた強さのみである。
備考:補填ランカー。
First Mystery Report side RAVEN
「ネームレス、ね。確かにあいつはずば抜けて強かったよ」
神妙な面持ちで当時の様子を語ってくれたのは、現役のレイヴンであるR氏(仮称・男性)だった。
五ヶ月前、クレスト社の依頼を受諾した彼は地下セクション「NK-987」で展開している同社軍事部隊の護衛任務として、出撃。
護衛対象は二個小隊のカイノスEO/2と輸送車両が五両。
作戦目標の達成は、クレスト社AC部隊が「NK-987」に到着するまで一時間弱の護衛。
「まぁこれだけの護衛戦力だと、こっちも気楽さ。そりゃ襲撃されれば、AC一機に高性能MTのカイノスが来るんだ。どう考えても、同等の戦力もしくはACを五機ぐらい無ければ、飛んで火に入る夏の虫ってやつだな」
ロメオ氏が言うように、敵対勢力の襲撃は無く――作戦開始から一時間後、クレスト社AC部隊が到着。
そして、十分後のことだった。
時刻:十八時五十六分。
セクション「MK-987」はドーム型の大規模地下都市区画。下層のセクションのため、基本的に同区への進入は北と南に設けられた、物流カーゴのみとなっている。
R氏は北方面の物流搬入カーゴを経由して、作戦エリアから離脱しようとしていた。
ここから先の文章並びに映像、音声はR氏の証言並びに、アーマード・コアのシミュレーターソフトで再現したものとなっている。
当時の状況。
作戦日時:地球暦204年8月21日(サイレントライン紛争から半年が経過)
戦力:カイノスEO/2、六機。
パッケージ仕様AC(PAC)「クレスト重装型」二機、「クレスト白兵戦型」二機。
R氏のAC(中量二脚型)、一機。
その他:輸送車両、五両。指揮通信車、二両。
コールサイン詳細:コマンダー1、2は指揮通信車。
ウルフ1、2はクレスト重装型、3、4は白兵戦型。ドッグチームはカイノスEO/2小隊。
レイヴン1はR氏のAC。なお、R氏は可読性を重視し、「ロメオ」という仮称を付けている。
備考:セクション「MK-987」は中央区を中心に都市が発展しており、郊外は主に物流関係の施設が配置されているため、環状道路が展開。
「コマンダー1より各機へ。南カーゴより熱源反応を一つ感知。IFF(識別反応)を照会するも、該当する機体なし。敵勢力と認定、速やかにこれを迎撃せよ」
「コマンダー2より各機。敵熱源反応にビーコンをマーク。距離八二〇〇。感知される熱源を測定した結果、ACと判明」
「ウルフ1、了解。ウルフ3は俺に続け。ウルフ2、4はコマンダーの護衛を。ドッグチームはコマンダーの指示に従って行動しろ」
「コマンダー1より、レイヴン1へ。車両部隊を北カーゴへ退避させる。こちらのガイドビーコンに従って移動する車両部隊を護衛せよ」
矢継ぎ早に受信される無線通信に、ロメオは気を引き締めた。作戦終了間際、それも中規模なAC/MT部隊が合流したタイミングでの襲撃。
それが意味するのは二つ。よっぽどのバカか、それとも――とてつもなく、腕に自信があるレイヴンか。
クレスト社AC部隊は指揮通信車のビーコンを目印に、前進。カイノスチームは南カーゴに向けて迂回する形で、まずは郊外の環状道路へ向かう。
「オペレーター、こちらが受諾した依頼内容は完遂したと見做していいだろうか」
本来の作戦目標は既に達成されており、現在の状況は依頼の範疇に収まり切れない、想定外の事態だった。
ロメオはそのことをオペレーターに告げる。
「完遂されておりますが、クレスト社のリクルーター(渉外担当者)より、依頼内容の更新を確認。報酬を五割増し。追加事項は、輸送車両を安全地帯までの護衛及び敵ACの撃破。リクルーターが作戦規定112-98の適応を求めています」
「拒否権は無い、か。駄賃が出るだけでマシか。規定112-98、了解」
「了解しました。リクルーターに通告します」
過去幾度繰り返した問答に、ロメオは肩を竦めた。同時に彼が装着しているHMD上に、オペレーターがガイドビーコンを表示。
ロメオは操縦桿を握り締め、ガイドビーコンに従って移動する車両部隊の先頭にACを移動させた。
「こちらドッグチーム、171号線に沿って移動中」
「コマンダー2より各機へ。敵AC、移動を開始。進行ルート及び敵機体を分析中」
「ウルフ1、19号線を通過」
刻一刻と状況が報告されていく中、ロメオは輸送車両の護衛よりも後方で交戦しようとしている部隊の動向が気になっていた。
万が一、部隊の損耗が激しければ――こちらが迎撃に向かうことになる。
「コマンダー2より敵ACの分析データを受信――照合開始」
そんなロメオの心境を察しているのか、オペレーターは敵ACの詳細――搭乗しているレイヴンを分析。企業が保管しているデータよりも、精度が高い――それこそ、傭兵斡旋企業「グローバルコーテックス」が独自で収集しているデータベース。
相手がもし腕に自信があるランカーであれば、対応が出来る。
逆に「名無しの権兵衛」であれば、少しは気は楽になる。
「解析完了。敵AC『ミステリー』です」
称号を開始して、十数秒経った後、オペレーターから聞いたことが無いACが告げられた。
「聞いたことが無いな。非合法か」
傭兵稼業を営んで、十数年。ベテランという箔が付いたロメオにとって、初めて聞く名前だった。ここ最近、ミステリーと名乗るACが噂に上がったことは耳に入っていない。
そのため、グローバルコーテックスに登録していない、非合法のレイヴンということを尋ねた。
「いいえ。正規で登録しているレイヴンです。詳細を読み上げましょうか」
「データを送ってくれ。こっちで確認する」
幸い、こちらは輸送車両の護衛。件のミステリーとの交戦には――どう見繕っても時間がある。
音声で情報を共有するより、自分の目でじっくりと情報を確認したかった。そんなロメオの要望に応えるかのように、膝上で展開しているコンソールからデータ受信のサウンドが鳴った。
「受信パッケージ、開封」
両手は操縦桿を握っているため、ロメオはAIに音声指示を出す。
二三回ほど通知サウンドが鳴った後、モニターにウィンドウが小さく表示。ミステリーのアセンブルと詳細が記載されていた。
ネームレス自身の詳細は「つい先月、レイヴン登録済み。アリーナには未登録」、ということしか書かれていない。
「コマンダー2より各機へ。敵ACは判別不能。繰り返す――」
ロメオがデータを黙読している間に、企業側から遅れて情報が共有される。企業独自のデータベースでは無理もない結果に、ロメオはため息をついた。
「ミステリーについての情報を知りたい。そちらで把握していることを教えろ」
「アリーナでの参戦が無く、直近三ヶ月で該当すると思われるACの交戦記録は無し。確実性を高めるために、詳細検索しても三十分以上かかります」
「期待はしない方が良さそうだな。新人のくせに、やたらと羽振りが良い装備が気になるが――せいぜいカイノスがやられるぐらいだ。ACもどき(PAC)相手には致命的だろう」
ロメオはミステリーを分析し、持論を述べる。オペレーターはその通りと思っているのか、何も異議を唱えない。
新人だからこそ、カタログスペックを重視した機体構成。
カイノスを相手に遅れを取ることはないが、それなりの実戦経験があるPAC部隊には為す術もないだろう。
ロメオはアセンブルの知識に関しては自他共に「分かっている」と認めている。そのため、ミステリーの機体構成は――はっきり言って、ジェネレーター出力の観点から、「息切れしやすい」と分析していた。
更に言えば、二脚型であるのに関わらず、キャノンウェポンを搭載。その場で立ち止まって、発射体勢に移行しなければ砲撃できない。
カイノスを相手に間抜け面を晒しながら、発射態勢へ移行。その隙に合流したPACが攻撃を仕掛ける。慌てて回避行動に徹するが、ジェネレーターが底尽きてしまい――大破。
その光景が容易に想像できた。
「輸送車両の進行ルート報告を最優先に。迎撃に向かっている味方部隊の動向も頼む」
「了解」
持論を頭の中で張り巡らしながら、ロメオはオペレーターに指示を送る。
ひとまず、輸送車両が襲撃されないように立ち回るだけ。無難に動けば、勝手に終わると考えた。
「コマンダー1より各機へ。敵AC、移動を開始。11号線を時速二〇〇キロで進行。このまま進めば、16号線を経由して、ドッグチームと交戦予定。会敵予想時刻五分」
「ドッグチーム、了解。交戦準備に移る」
「コマンダー2よりウルフチームへ。ドッグチームと合流し、敵を迎撃せよ」
「ウルフ1、了解。ルート変更、移動開始」
通信を聞く限りでは、事は順調に進んでいる。輸送部隊も順調に目的地まで進んでおり、ロメオは途切れることなく交信される無線通信を聞く。
「北カーゴまで残り十分」
輸送部隊が北ゲート到着まで残り五分を切ったことをオペレーターが報告した瞬間だった。
ACという鋼鉄製の鎧から、その内部に搭乗しているロメオの操縦シート越しにはっきりと伝わる「衝撃」と、「爆発音」。それが立て続けに襲い掛かる。
ロメオは直感的に、ドッグチームが交戦、敵ACを撃破したと感じる。しかし、すぐに彼は冷静になって、立て続けに響いた衝撃と爆発音の意味を悟った。
「コマンダー1より全機へ。ドッグチーム、壊滅。繰り返す、ドッグチーム壊滅」
「コマンダー2より全機へ。敵ACの予想進路をデータリンクする。敵ACは現在、16号線を突破し、13号線に向けて進行中。ウルフ1、3、会敵予想時刻五分」
「ウルフ1、了解」
コクピットに反響する無線通信を聞くと、脂汗が額から伝って顎先に滴り落ちる。
ロメオは手の甲でそれを拭いながら、自動操縦からマニュアル操縦に移行した。
小隊規模のカイノスが、一瞬のうちに壊滅。
ドッグチームから交戦開始の通信は入ってきていないため、奇襲の可能性は非常に高い。それでも十数秒と経たないうちに壊滅。
ロメオの悪い予感――とてつもなく、「強大な力」を持った相手――は最悪の形で実現した。
「オペレーター、敵ACの動向を逐次報告しろ。レイヴン1より輸送部隊へ。万が一を想定し、こちらは迎撃態勢を取る」
輸送車両の進路方向から反転し、ロメオのACは殿を務める。彼のACのモノアイは、これから戦闘が始まるであろう11号線に向けられた。
「レイヴン、こちらオペレーター。ミステリーは現在、11号線に向けて時速二五〇キロで進行中。なお、UAVでドッグチームの壊滅地点を偵察しました。恐らく、レーザーキャノンによる砲撃で大破したものだと断定」
「了解だ」
オペレーターからの報告を聞き、ロメオは焦燥感を募らせた。
二脚型ACである故に、背部で搭載されるキャノン・ウェポンはその場で発射体勢を取らないといけない。そのため、ネームレスは見通しが良い高層ビルなどを狙撃地点にした可能性が高い。
恐らく、マニュアルによる照準狙撃。立て続けに二個小隊規模のカイノスを壊滅させるだけの、技量。
「オペレーター。カイノスを壊滅させたのは、恐らく見通しが良い地点での狙撃だ。奴が狙撃で利用しそうなスポットを調べろ」
「了解。そちらが居る地点を中心に、狙撃地点をマークします」
ロメオは危惧していることをオペレーターに伝えると、すぐさまコンソール上のレーダーマップやHUDに狙撃地点を示すマークが表示される。
ロメオのACは狙撃地点からの射線を逸らすように、移動を開始した。
(ネームレスの目的は、クライアントの意向。つまりは――クレスト社部隊の壊滅。傭兵である俺の扱いは、単純なコーム上乗せの扱いだ)
あくまで向こうの作戦目標――クレスト社の輸送部隊及び護衛部隊の壊滅――をロメオは分析した。無論、自分自身も「撃破対象」であるのに変わりがないが、最優先目標ではない。
ロメオの「護衛対象」が全滅した時点で、彼の任務は終了――敵前逃亡の大義名分は立つ。
相手は恐らくトップランカー級の実力。ロメオは自身をBランクの「中の上」レベルだと自称しているが、それでも互角に戦える気がしない。
「コマンダー2よりレイヴン1。護衛対象から離れている。至急、こちらが指定した地点に移動してくれ」
クレスト社には悪いが、命あっての物種。
実際、ロメオは殿を務めると言っていたが、彼のACは既に、輸送車両の護衛からかけ離れた場所へ移動。
ミステリーからの狙撃に対応した地点へ移動し続けた結果だった。
「オペレーターよりコマンダー2へ。敵ACの脅威レベルが非常に高いため、独自で行動を取っています。作戦規定115-17の適用を求めます」
オペレーターはすかさず、「傭兵である以上、任務の完遂には全力を尽くす。しかし、自身の身の安全も確保する」ことを伝える。
「――コマンダー2、了解」
オペレーターからの淡々とした返答に、コマンダー2は舌打ち交じりに了承した。
「上出来だ、オペレーター。ミステリーの動向だけに注視してくれ。こちらは――」
しがらみが消えたことによって、ある程度は自由に行動が出来る。ロメオはオペレーターの機転に感謝しながら、指示を送った矢先だった。
「こちらウルフ1、敵ACと交戦――」
爆発と衝撃。
「ウルフ3、奇襲を――」
爆発と衝撃。再度、爆発と衝撃。
その間、僅か十数秒だった。データリンクされている、ウルフチームの熱源反応が立て続けに消失。
蒸し暑いパイロットスーツを着ているのにも関わらず、ロメオの身体全体に悪寒が走った。そんな彼の生理現象をAIがパイロットスーツ越しに感知し、コクピット内の空調を温かくする。
「このクソAIが、空調を元に戻せ。オペレーター、ミステリーは何処に居る」
「ミステリー、16号線を経由して市内中央へ。進行ルートから、コマンダー1、2に向かっている模様」
「こちらコマンダー1よりレイヴン1へ。敵ACがこちらに向かっている。至急、護衛を要請」
「コマンダー2、セクション156で駐留している部隊に援護を要請」
めぐるましく状況が変わっていく中、ミステリーがこちらに向かっていないのを確認して、ロメオのACは一旦、その場で制止する。
「コマンダー1、2との距離は北西の四五〇〇」
こちらの心境を悟ったのか、オペレーターが距離を報告。それを聞いたロメオは、ACを再び輸送車両部隊の方向へ転換。
場所、環状線に連なったジャンクション。付近に障害物は無し。
「指揮通信車はもう駄目だ。輸送車両部隊と合流して、本来の任務を遂行する」
状況に応じて、最適な行動を取る。それがロメオのポリシーだった。
ネームレスがコマンダー各車を襲撃している間に、輸送車両部隊は北カーゴへ到着。それと同時にロメオも乗り込み、このセクションから退避。
ネームレスと交戦する必要は全くない。依頼を達成し、無事に帰還する。
絶対にネームレスとの交戦は回避する。
ロメオは額の汗を手で拭い終えると、操縦桿を強く握った。
「北カーゴ到着まで残り五分。ミステリー、市内中央区へ到達。コマンダーとの会敵予想時刻三分」
ロメオのACは輸送車両へ到達すると、オペレーターが北カーゴへの到達時間やミステリーの現在地を報告。
少なくとも、ネームレスは近場に滞在している敵を攻撃している節を感じていた。
もちろん、本来の作戦目標である輸送車両部隊は失念していないはず。指揮通信車を先に潰すことによって、増援の可能性を潰している、とロメオは思っていた。
AC三機を十数秒で壊滅させていることから、指揮通信車と護衛のACを破壊して、こちらに向かってきても、お釣りが出てくる。
こちらが出来ることは、少なく見積もっても二分間、ネームレスと交戦し生存すること――ではなかった。
「北カーゴのシステムにアクセス完了。そちらのACにコードを転送。赤外線通信で、カーゴの操作が可能です」
オペレーターからの通信を聞いて、ロメオはこの場から脱出できる算段を付けられたことに安堵する。
北カーゴの操作は、現地部隊でしか操作できない。しかし、オペレーターがレイヴンとクライアントにおける作戦規定を盾に、いわゆる「言い様に」交渉してくれたおかげでアクセスできるようになった。
クレスト社との信頼関係に軋轢を生むかもしれないが、命あって物種。
万が一、ネームレスが指揮通信車の破壊に手間取れば、一台でも無事に輸送車両を持って帰ってくることができる。齟齬は生じるが、一応の任務は達成。
「出来る限り輸送車両部隊の護衛をするが、当機の脱出を最優先に行動する」
しかし、あくまでロメオは自身の身の安全が第一だと考える。
「了解しました。ミステリー、残り三十秒で攻撃可能距離に到達――いや、進路を変更。OB(オーバード・ブースト)の可能性有り。そちらに向かっています。距離、七〇〇〇」
オペレーターが報告している間に、ロメオのACが搭載しているレーダーに敵反応を示す赤い三角形のマークが出現した。
ロメオはその報告を聞いた瞬間に、ジャンクションから退避した。彼のACは道路から飛び出し、約十メートルの高さから落下。
複雑に入り組んだジャンクションの高架下へ隠れるように、ブースターを駆動。
直後、レーダーが「高熱源接近」を示すアラームをコクピットに響かせる。同時に、直上で移動していた輸送車両部隊の反応が立て続けに消失した。
「輸送車両部隊、壊滅しました。任務失敗。ミステリー、なおも接近。距離五〇〇〇」
「先にこっちを潰すつもりか――」
恐らく、レーザーキャノンによる砲撃で輸送車両部隊は壊滅。作戦目標を達成したのに関わらず、こちらに向かってくるネームレスに、ロメオは舌打ちを鳴らした瞬間だった。
「緊急。ミステリー、強化ACの可能性有り。OBを使用しながらレーザーキャノンによる砲撃を確認」
ロメオがオペレーターからの通信を理解するよりも早く、彼のACの頭部レーダーがミステリーの熱源反応を確認。
レーダーの索敵範囲は、最大二〇〇〇メートル。ミステリーは交戦距離に到達。
「ミステリー、距離一〇〇〇」
オペレーターの報告と同時に、ロメオはミステリーの熱源反応が既に一〇〇〇メートル地点に到達していたことに気付く。
刹那、破裂音のような砲声が轟いた。
ロメオのACは高架下の柱を転々としながら、後退。その最中、一発の砲弾が数秒前まで隠れていた柱に直撃。等間隔で、ロメオのACの周辺に着弾した。
ロメオのACは反撃を一切せず、後退。だが砲撃の精度は正確で、常に彼のACを追っているかのように放たれていた。
レーザー照射に伴うロックオン感知は無し。目視、あるいは複雑に入り組んだジャンクション下の地形を把握し、こちらの位置を予測したマニュアル射撃。
「強化ACだと、ふざけるな。奴はルーキーだぞ」
強化AC――「特別なオプショナルパーツ」と調整をすることによって、有脚部による移動中のキャノン系武器発射や各種出力関係の削減などを可能としたAC。
主にトップランカーや、「レイヤード騒乱」で流出した「特別なオプショナルパーツ」を所有している「古参」が多い。
数か月前にレイヴンへなった新人が持っているはずでない。ロメオは焦燥に駆られた。
「先程の砲撃は、背部リニアキャノンによるものだと確認。移動をしつつ――」
「もういい。そっちで北カーゴのゲートは解放できるか」
「アクセスは完了しております」
オペレーターの返答を聞いたロメオは、一度も引くことが出来なかったトリガーボタンを力いっぱい引いた。
直後、彼のACはFCS(火器管制システム)でミステリーをロックオンしていないのにも関わらず、右手に装備された四五ミリメートル対ACライフルを乱射。
ネームレスほどの射撃精度は無いにしても、こちらが慌てて応射してきたと思わせることが大事だった。
一方、ミステリーは距離を詰めている。それに伴い、リニアキャノンの射撃精度も正確になっていた。ロメオのACから十数メートル離れた地面に、いくつかが着弾。
「距離八五〇。ミステリー、ロックオン感知。目標をマーク。ビーコンを設置」
オペレーターがミステリーの現在位置をリアルタイムで報告し、HUDにビーコンを設置した。
方角、北西。距離八二〇。レーザー照射、確認。ロックオン警告。
FCSによる予測射撃補正も加わり、ロメオのACが遮蔽物にしている高架下の柱にいくつかの砲弾が直撃。
ロメオは慌てて別の柱へ身を隠そうと移動をするが、ミステリーからの砲撃がそれを遮る。釘付けになった状態で、ロメオのACは柱の陰に待機せざるを得なかった。
「距離五〇〇」
柱という盾が徐々に破損していく状況の中、着実に近づくミステリー。ロメオは左右へと慌ただしく動くミステリーの熱源反応を柱越しにロックオンしており、HUDで追っていた。
背部に搭載された十連装ミサイルランチャーは射出準備を迎えているが、不定期にロック数が前後している。
ミステリーはレーザー照射の解除パルスを搭載しており、ミサイルの最大射出数に到達するまで時間がかかっていた。
「オペレーター、北カーゴのゲートを解放しろ」
ロメオはオペレーターに指示を出しながら、柱の陰から飛び出すようにACを後退。同時に、十連装ミサイルランチャーから立て続けに十基の小型ミサイル及び肩部エクステンションから四発の小型ミサイルが射出された。
白煙を挙げながら、直進するミサイル群。飛び出したタイミングで、リニアキャノンの砲弾がロメオのACの右肩部へ直撃。
それでも、ロメオのACは機体制御を行う。機体各所のスラスターと背部に埋め込まれたメインブースターを器用に使って、後退し続ける。
「右肩部、中破。エネルギー供給率が低下」
「AI、ダメージコントロール。エクステンション、パージ」
AIからの報告にロメオは冷静に音声ガイドによるダメージコントロールを命令。同時に、二次災害の恐れ――誘爆の危険性を孕んだエクステンションをロメオはパージする。
発射したミサイル群は、高架下の柱に直撃することはあったが、その大半がミステリーへと向かって行く。
デコイやコア搭載の迎撃機銃による対策はあるにしても、ミステリーは後退しないといけない。上空への回避行動から、こちらに向かって行く可能性はゼロ。なぜなら、ここはジャンクションの真下。閉鎖空間故に、まず不可能。
「北カーゴ、解放しました」
オペレーターからの通信を聞いて、ロメオは北カーゴとの距離を整理。距離は五〇〇メートル。一度、ジャンクションに上がって、そのまま直進。時間にして十数秒。
この十数秒間、全神経を研ぎ澄ませて北カーゴへ向かう。それで任務が完了する。
「ミステリー、接近。距離四〇〇」
ロメオがそう思った瞬間だった。オペレーターからの通信と同時に、無数の砲弾がモニターの前に映った。それらはまず、ミサイル群を瞬く間に撃ち落とし、高架下の柱を一瞬の内に蜂の巣のように仕立て上げられる。
ミステリーが装備している、腕部武装のマシンガンからの砲撃。ロメオのACにもその「おこぼれ」が襲い掛かった。
「機体、損傷軽微。影響無し」
「ミサイル、全て迎撃されました。ミステリー、接近。距離三〇〇」
(高速接近するミサイルを撃ち落とすだと。距離を詰めてくるか)
矢継ぎ早にAI、オペレーターからの報告が聞こえてくるが、ロメオの耳には入ってこない。
ミステリーの動体反応とリンクしているロックオンマーカーが、障害物越しに揺れ動いている。HUDでそれを確認した彼は、目的を見失うことはしなかった。
「ミステリーとの距離を報告し続けろ」
そのままブースターの出力を上げ、上空に。ジャンクションへ着地。その間に無数の砲弾が直撃。機体にダメージが蓄積し、AIが警告を促す。
「AI、背部兵装を全てパージ」
マシンガンの流れ弾で、搭載しているミサイルランチャーとロケットランチャーに誘爆するリスクと、既に撤退に入っているため、不要となっている。
ロメオのACは背部兵装をパージし、身軽になった。高架下で最接近――距離二〇〇メートルに到達したミステリーをロックオンし続けながら、両手に装備された対ACライフルとマシンガンを下に構える。
「北カーゴ、距離四〇〇」
戦術的優位な位置を確保したが、予断は許されない。北カーゴまでのルートは、直進。ミステリーに対して向かい合わせになりながら、後退するだけで到着できる。
(奴はどこから仕掛ける)
高架下、左右に飛び出さない限り、攻撃は不可能。
「ミステリー、距離を維持。二〇〇」
ミステリーからのロックオンは未だ続いている。ロメオにとってそれは、ネームレスが何かを「仕掛けてくる」サインであることを分かっていた。
一瞬でも気を緩めれば、仕掛けてくる。気を緩められない状況。
「尚も距離を維持」
しかし北カーゴのゲートは直前に迫っていた。このままミステリーが北カーゴまで来たら?
一瞬、悪夢のような事態を想定するが――ネームレスがこちらに執着する理由は無い。そのことが脳裏に過った瞬間、ふとロメオは気を緩めた。
ほんの少し、気を緩めただけだった。操縦には全く問題が無かった。そんなロメオの心理状況を読み取ったかのように、目の前の道路が細長い緑の閃光によって破壊された。
「ミステリー、高架下からレーザーキャノンによる砲撃を開始」
オペレーターが現状を報告する中、一定のリズムを刻みながら、レーザーキャノンがロメオのACの数メートル先から襲い掛かる。
ロメオはまるでこちらの心理を透かしたネームレスの行動に、焦りが生まれた。それは操縦桿からACの挙動に伝わる。
(北カーゴまで残り二十秒。最大出力で行けば、十秒に)
彼は最大出力で操縦桿のトリガーを引き絞る。それに伴い、ロメオのACは一気に加速。北カーゴまでに、ジェネレーターのレッドゾーン到達までは行かない。
ネームレスからの砲撃も、急激な加速にFCSの演算処理も遅れる。
だが、それは間違いだった。
「―――」
まるでタイミングを見計らったかのように、直上から襲い掛かる衝撃と爆発音。コクピットの計器類が危険信号を示す赤色へ変化し、AIがアラームを鳴り響かせる。
ロメオは機体に何が起こったのか理解できない。ただ、コンソールには彼のACが大きくバランスを崩して、転倒しようとしているのが分かった。
「左腕――大破」
通信は正常だが、途切れ途切れに聞こえてしまうオペレーターからの報告に、ロメオはようやく理解する。
こちらが速度を上げたタイミングを見計らって、レーザーキャノンによる狙撃。幸いにもコアブロックには直撃しなかった。
「AI、ダメージコントロール。オートからマニュアルへ操縦を切り替え」
機体をより安定化させるため、複雑な操作を要するマニュアルモードにロメオは変更。彼は操縦桿とサイドスティック、そしてペダルを同時に操縦しながら、更にミステリーの動向を把握しようとした。
「ミステリー、正面。距離二〇〇。北カーゴまで残り十五秒」
必然、というべきか。
隙を突き、攻勢の機会を作り出し、膠着状態を打破したネームレスは詰めてきた。
モニターには、はっきりとACと分かる物体が映りだしている。FCSは健気にもそれをロックオンしていた。
「腕部武装を全てパージ」
ロメオの叫び声と同時に、彼のACは左手首に装着したレーザーブレードと右手に装備していた対ACライフルを放棄。ミステリーを撃退することは不可能であり、少しでも身軽になることをロメオは判断した。
それと同じくして、ミステリーの両手に装備された<MWG-MGL/300>と<MWG-MG/FINGER>からの砲撃が始まった。
「各所の内部機構に異常発生。回避行動を推奨します」
それは、一発の威力が微々たるものだったとしても、飽和と例えるべきおびただしい弾幕。モニターを覆い尽くす砲弾は、一瞬にしてロメオのACの装甲を危険領域に達する。
「ムーヴ・プリセット、フォー」
AIからの忠告を無視し、正面から降り注がれる「雷雨」に対して、ロメオはあらかじめプリセットしていた、ある動作を起動させた。それに連動し、彼のACは両腕を使って、コアブロックの被弾を防ぐ。
致命傷を防ぐロメオのACに対して、弾幕の密度が一瞬だけ薄くなった。
「そう来ると思ったよ」
こちらの思惑通りに動いたネームレスに、ロメオは思わず笑った。
「ムーヴ・プリセット、ナイン」
右腕部の<MWG-MG/FINGER>から背部兵装のリニアキャノンもしくはレーザーキャノンに切り替えたミステリーに対して、ロメオはある動作を叫んだ。
同時に、前方のミステリーから緑色の閃光が放たれる。
レーザーキャノン<MWC-LQ/15>から発射された高熱量弾は、真っすぐにロメオのACのコアブロックを貫こうとした。
だが、ロメオのACは「対ショック姿勢」――極端な前屈みになることによって、コアブロックを狙った一撃を回避。頭部を、高熱量弾が飛来した。
「北カーゴ、残り一〇〇」
「AI、ゲートを閉めろ」
機体各所のスラスターと、マニュアル操作による機体制御。スキージャンプのような不格好な姿勢だが、そのまま速度を維持したまま、北カーゴが目前に迫っていた。
オペレーターからの報告と同時に、ロメオはAIにゲートの閉鎖を指示する。このままの速度を維持すれば、ゲートが閉鎖する寸前でロメオのACが進入できる。ミステリーによる追撃のリスクをゼロにした、リスクの高い「チキンレース」ということを彼は理解していた。
一方のミステリーは、先程のレーザーキャノンでジェネレーターの容量が切迫しているのか、速度を低下。
すぐにリニアキャンえ武装を切り替えようとするが、それよりも先にロメオのACはゲートに進入。その数秒後に、ゲートは閉鎖した。
「作戦領域離脱を確認。作戦中止。なおミステリーは反転し、前進しています」
「――了解だ」
生き延びた。
ロメオはそれを表現するために、安堵のため息をついた。直後、オペレーターから送られてきた映像がコンソールに表示されている。
それには、OBを駆動しながら最後に残った指揮通信車とPAC部隊に迫ってくる紫色のAC――ミステリーが映っていた。
クレスト社損害
指揮通信車、二両。PAC、四機。カイノスEO/2、六機――壊滅。
依頼を受諾したロメオのACは中破したが、作戦領域を離脱。撤退。
対するミステリーは無傷だった。
「今思うと、本当に生き延びたことが不思議でしょうがなかった。短時間で小隊規模のACとMTを壊滅させるレイヴンなんて、トップランカーレベルだ」
R氏は一呼吸置くと、ため息をついた。
「あいつは紛れもなく、トップランカーレベルの実力を持ったレイヴンだ。が、アセンの知識は素人だな。あんなピーキーな機体構成、強化ACのおかげで動かしているようなものさ」
そう言いながら、R氏は両肩を竦めると軽く笑った。
現時点で判明したネームレスの情報。
地球暦204年8月以前から活動を開始?
強化AC「ミステリー」に搭乗。非常に扱いづらいアセンブルをしている模様。
トップランカーレベルの実力を持っている。
取材協力:R氏(レイヴン)及びグローバルコーテックス