Mystery of Nameless 作:hilite989
地球歴205年3月1日から3月15日。
ネームレスがアリーナに参戦し、登録を抹消するまでの日付である。
3月15日以降、アリーナの登録を抹消したネームレスは戦場からも消え去った。以後、ネームレスに関する交戦、目撃証言、その他関する記録は一切見つかっていない。
筆者、ベインがその事実に気づいたのは、地球歴205年4月1日のことだった。まるで嵐が過ぎ去ったかのように、ネームレスに関する情報が途絶えてしまう。
不審に思った私は、ネームレスに関する情報を、それこそ虚偽が混じったものまで徹底的に調べ上げた。しかし、彼に関する「生きた」情報は何一つ出てこなかった。もしかして、ネームレスは人知れず戦場で命を落としてしまったのではないかと、思ってしまう程に。
そんな私の不安を拭うかのように、ネームレスが参加したとされるアリーナの情報を入手した。
彼あるいは彼女が参加したとされる、十試合のアリーナバトルのログ。
そもそもネームレスの試合は、興行的な意味合いが強いアリーナバトルの中で、その試合内容は一般市民には閲覧できないようにされていた。
それは決して珍しいことではない。ネームレスのような「企業間紛争」に参加しているレイヴンは、市民感情もあり、同業者であるレイヴンや軍事企業のみしか試合を閲覧できないようになっている。
ネームレスがどの相手と対戦したのか、試合の映像も含めて非公開となっていた。
しかしその結果だけは、確認できた。
十試合中十勝--つまり、ネームレスは噂通りの実力を持っていたことが証明された。
だがその情報しか得られず、暗礁に乗り上げた取材だったが、私はあるレイヴンとのコンタクトが取れた。
彼女の名は、エクレール。
3月10日に、ネームレスとアリーナバトルを行った、アリーナランカー。彼女は、当時のアリーナバトルを語ってくれた。
状況説明。
日時:地球歴205年6月27日。13時00分。
場所:某地下都市某所。
人物:レイヴンネーム「エクレール」。欧亜ハーフ系女性。
補足説明:エクレール氏との取材は、本来はビデオ通話を予定していた。しかし筆者、ベインの事情により、私のみ音声通話に急遽変更された。
「エクレールです。よろしく」
切れ長の瞳は、欧州系の。肩まで伸びる艶やかな黒髪は、亜系の。まさしくハーフという言葉がよく似合う女性だった。今まで出会ってきたレイヴンの中で、どことなく「それらしくない」風格。
しかし、彼女から漂う「レイヴン」としての匂いは、端麗な容姿から見え隠れしていた。
レイヴンランク:Bランク(取材当時)
ACネーム:ラファール。
女性レイヴンでは珍しく、接近戦を得意とする。
ゆらゆらした動きは捉え所がなく、気を抜いた瞬間にデュアルブレードで切り捨てられてしまう。
一見、単調な動きをしているようにしか見えないため、
彼女の本当の恐ろしさは、戦った者にしか理解できないだろう。
現役のランカーレイヴンとの取材はこれが初めてではなかったが、エクレールとの対談は今まで一番緊張した。それは、彼女があの未踏査地区紛争を経験し、生存したレイヴンのもある。
私は不躾ながらも、未踏査地区紛争のことを彼女に少しだけ取材し、本題へ入ることとなった。
「ネームレス、『彼女』とは一度だけの対戦でしたが――噂通りの人物でしたね」
エクレールはネームレスのことを、はっきりと「彼女」――つまり女性だと言い切った。
その言葉の真実を、私は聞くことなる。
ここから先の映像コンテンツは、エクレール氏の証言を基に、ACのシミュレーターソフトで再現したものである
状況説明。
日時:地球歴205年3月10日。12時15分。
場所:グローバルコーテックス管轄エリア「TROPICAL FOREST」
対戦:エクレール対ネームレス(ランキングアリーナバトル)
備考:ネームレスはアリーナ登録から9日で、ランクE-21(当時の最低ランキング)から、B-3まで上げている。当時、アリーナランクB-1のエクレールにとって、ネームレスとの対戦は「降格」もありうることだった。
エクレールは深く深呼吸を繰り返しながら、両手の指を組んでいた。暗闇の中、彼女は「禅」と呼ばれている、一瞬の瞑想法を取り組んでいた。
血筋に刻まれた、東洋の行い。エクレールは出撃前、どんな時でも禅をおろそかにすることはなかった。
心を無にして、一切の邪念を払う。それは、スタンバイモードに移行し必要最低限の動力を駆動させているAC「ラファール」の、ジェネレーターの音さえも聞こえてこない。
彼女の耳に入ってくるのは、自身の呼吸のみ。
「試合開始まで、残り五分です」
エクレールは指を組むのを止めて、コントロールスティックを握るのと同時に通信が入った。
担当オペレーターから、アリーナの対戦開始が迫っていることを告げてきた。無論、オペレーターもエクレールのルーティン――禅については理解している。彼女の禅が終わるタイミングをあらかじめ把握していた。
「了解した」
「それでは、失礼致します。ご武運を」
必要最低限の報告を済ませて、オペレーターからの通信が終了する。エクレールは膝上に設置された、9インチサイズのコンソールモニターに左手の指を使って、操作する。
「メインシステム、戦闘モードへ移行します。パイロット保護プログラムは正常に作動中。試合開始まで、操縦系統システムをハイバネーション中」
AIが、アリーナバトルにおけるパイロット保護プログラムが正常に動作されていることをアナウンスする。遠隔操作によって、試合開始までラファールの操縦は完全にロックされている。
同時に、エクレールの上下左右を衝撃が走った。同時に、彼女の周囲を囲っていた計器類に通電がされ、一斉に光る。
彼女が今、コクピットシートに座っており、上半身をベルトで拘束されていること。多種多様な計器類に囲まれている、見慣れた光景が照らされる。
「ノイズキャンセリング、作動。システム、正常に稼働」
彼女が装着しているHMD内蔵型ヘッドセットから、ラファールの耳障りな駆動音が一瞬にして聞こえなくなる。無論、聴覚による補助が必要とされる各種操作に差し支えがないように、エクレールはノイズキャンセリングの設定をしている。
目の前に設置された大型モニターから、外の様子が映し出された。全長8メートルのラファールと同じ高さか、あるいはそれ以下の生い茂った木々。気候によるものか、霧が漂っている。
挑戦される側である、エクレールが指定したエリア「TROPICAL FOREST」は、彼女にとって戦いやすい場所だった。
一帯を覆う霧によって、ラファールの軌道を捉えることを困難とし、さらに、生い茂る木々は、ACの動きを阻害させる。無論、エクレールはこのエリアの地形は網羅しており、スムーズにラファールを操縦できた。
(しかし、相手はあのネームレス。こちらが有利な環境に設定したとはいえ、油断はできない)
地の利はこちら。しかし、油断はできない。
現にネームレスはアリーナに参戦してから、僅か一週間ほどでランクBに到達。その実力は並大抵のものではなく、もし今回の試合でエクレールが負けることになれば、ランクAに昇格。晴れてトップランカー入り。
無論、そんなことをさせるつもりはない。
ベテランランカーとしての意地と、もう一度、あの「レイヴン」に挑戦するために、ここで負けるわけにはいかない。
「これよりアリーナバトルを開始します。十秒後に、操縦系統システムのハイバネーション解除」
AIからのアナウンスが、コクピットに響く。逸る気持ちを抑えながら、操縦桿をエクレールは強く握りしめる。
「レディゴー」
戦闘開始を告げるアナウンスとともに、ラファールは右方向へブースト移動を開始。同時に、エクステンションに装備された「MEST-MX/CROW」を起動した。
データリンクされた兵器でなければ、FCS及び対ステルスされていない索敵レーダーから完全に「消える」ことができる。明確なジャマーとしての反応は全く、ネームレス側は目視による確認しなければ、エクレールがアクティヴステルスを使用したという確証を得られない。
「右方約二〇メートルに、高エネルギー反応飛来」
「早いな」
しかし、移動するラファールに向かって熱源反応が飛来したことをAIが警告。幸いにも飛来物はエクレールから二〇メートル付近を通過。消失。
「イベントを録画しました」
「ラファール、再生しろ」
熱源の急接近に伴う、イベント記録をラファールのサブカメラが録画したことをAIが知らせる。エクレールは手前に設置されたコンソールで、映像を確認した。
ラファールの脇を横切る、一筋の光弾――間違いなく、レーザーキャノンによる砲撃だった。
密林地帯という、視界不良の地形の中。さらに、アクティヴステルスを起動し、機動力を生かした攪乱行動を取るラファールの動きを捉えた一撃。
エクレールは慌てることなく、操縦桿を忙しく動かす。
(ミステリーは、強化AC。そのため、対ステルスセンサーを追加搭載。私の動きは、レーダー上のみ把握済み。想定内だ)
相手のアセンブルは把握済みで、このアクティブステルスもミステリーのFCSを阻害するのみ。それすらも無意味だと錯覚してしまう、ネームレスの「揺さぶり」にエクレールは飲み込まれなかった。
ミステリーとの距離、二〇〇〇メートル。対角線上の方角。近距離戦に接近した瞬間、アクティヴステルスは停止。約数秒間のリチャージに入る。
「レーザー照射。ロックオン警告」
ミステリーがこちらを捕捉したことを、AIが報告。コクピットに、警告アラームが鳴り響く。
エクレールは変則的な回避行動をしながら、ミステリーが居る方角から砲声と同時に、オレンジ色に輝く弾頭が木々をなぎ倒しながら接近。
背部リニアガンによる砲撃。等間隔で発射される砲弾に対して、ラファールは一発たりとも直撃を受けずに、回避。ミステリーとの距離一五〇〇メートル。
エクレールは、ラファールの背部に搭載された小型ロケットランチャー「CWR-S50」に武装を切り替える。メインモニターに照準ガイドが表示されると、エクレールは右手で握っているコントロールスティックの、親指に当たっている部分に設けられたスティックバーを器用に回した。
スティックの動きと連動して、照準ガイドを設定しトリガーを引く。
ドン、ドン、ドン、とノイズキャンセリングによる補正がかかった砲声が鳴り響き、無誘導の砲弾が発射。
時速二〇〇キロ後半で移動するミステリーを相手に、それも視界不良な密林地帯での目視射撃。
数秒後、小規模な爆発音を遠方で感知したのか、HMD越しに限りなくそれに近い合成された音が流れた。
しかし、砲弾が木々や地面に直撃をしたものと明確に違う感覚をエクレールは察する。彼女はその感覚を信じるかのように、ラファールは回避行動などを一切せずにミステリーへ肉薄した。
距離一二〇〇、九〇〇、六〇〇と接近するラファールに対して、ミステリーからの攻撃はぴたりと止んだ。エクレールの直感が証明されるかのように、生い茂った木々の隙間から黒煙が零れている。
ラファールのAIが、五〇〇メートル先で動く物体を捕捉し、頭部カメラアイの倍率スコープとAIによるCG補正を実行。メインモニター上部に、ウィンドウが表示されるとそこには左腕部の肘から先が完全に大破し、黒煙を燻ぶらせるミステリーの機影を捉えた。
ダメージコントロールをしているのか、ミステリーはラファールに対してFCSによるレーザー照射をしているものの、反撃してこない。しかし、近距離戦の間合いに入ってきたこちらに、ミステリーはダメージコントロールを中断。右手に装備された「MWG-MG/FINGER」から無数の砲弾を発射、応戦する。
ラファールはその寸前に、「MEST-MX/CROW」を起動。
FCSを介したロックオン射撃は途中で解除され、何発かの砲弾が命中した程度だった。残った砲弾は見当違いな方向へ飛来し、木々を切り裂き、なぎ倒す。
ネームレスにトップランカー級の技量があったとしても、アクティブステルス中のラファールの軌道を目視射撃で命中させることは難しいことを証明させた。
ラファールは一旦大きく後退した直後、迂回するように前進。緩急をつけた動き。そして、ゆらゆらと動く軌道に、ミステリーは射撃を中断。
アクティブステルス、残り五秒。
エクレール、コントロールスティックを握る左手の小指にあたる位置に設けられたサイドボタンを触れた。それは彼女の直感をラファールにより早く反応させるため、フェザータッチ仕様にカスタマイズされた――オーバード・ブーストの起動ボタンだった。
通常のボタン感度との差はコンマという微々たるものだったが、エクレールにとってはそれが何よりも重要だった。
「オーバードブースト、レディ、ゴー」
ラファールの音声ガイドと共に、コア背部に搭載されたオーバードブースターを駆動。
AC用コアブロック――型式番号「MCL-SS/RAY」は、OB時の速度を追求したコア。その出力は仮に重武装を施した重量型ACでさえ、易々とマッハ0.5を越える速度で巡航機動が可能。
軽量型のACであるラファールは通常のブースター移動時でも、それなりの速度を出せる。それに加えて、「MCL-SS/RAY」によるOB時の速度は――まさしく殺人的だった。
突貫、という言葉が相応しい速度――マッハ0.8、時速八〇〇キロでミステリーに接近するラファール。
同時に、アクティブステルスによって、どこから接近するのかも分からない。それはネームレスですら、エクレールの動向を捉えることができない。
ミステリーは円形上に動くことで、周囲をカバーし、ラファールを迎撃しようとする。だがそれは、エクレールにとっては、ただの悪あがきに過ぎなかった。
無意味な回避行動を取っているミステリーの背後。しかし、両肩部に装着されたサイドブースター「KEBT-TB-UN5」を作動。機体を90度方向に急速旋回、接近戦を仕掛けるラファールと向かい合う形になった。
距離三〇〇メートル。ラファールはウェポンアーム(武器腕)と称される「KAW-SAMURAI2」をアクティヴにさせた。菱形の腕部の先端にエネルギー供給が開始。同時に、アクティヴステルスの駆動時間が終了する。
対峙するラファールとミステリー。彼我の距離から、ラファールは格闘戦に持ち込めない。
ミステリー、右手の「MWG-MG/FINGER」から砲弾を発射。おびただしい量の砲弾がラファールに直撃するが、数秒も経たないうちに弾切れを起こした。
「予想通り」
弾切れを引き起こし、攻撃の手が緩んだミステリーにエクレールはほくそ笑んだ。
ラファール、三〇ミリメートル砲弾の直撃を受けながらも、右腕部を袈裟切りの要領で振り払う。
「KAW-SAMURAI2」のブレードユニットから、紫色に輝く三日月状の光波が三方向へ射出。武装を切り替えようと回避行動に移ったミステリーのコアブロックに、光波が直撃した。
エネルギーウェーブ(光波)。
ブレード(刃)として形成されるエネルギー出力を、高熱量弾に変換する射出機能。「KAW-SAMURAI2」は通常のレーザーブレード機能のほかに、2種類のエネルギーウェーブを射出することが可能。
ラファールは三方向へ低出力の光波を射出するモード2に切り替えており、いずれかの方向へ回避するミステリーの動向と上手く噛み合った。
低出力とはいえ、その威力はミステリーのコアブロックに亀裂を刻んでおり、たまらずに後退。ラファールは手負いのミステリーを見逃すはずはなく、追撃する。
後退するミステリーに対して、ラファールは一気に距離を詰める。
一〇〇メートル。白兵戦の間合い。
ミステリーは正面へ突貫するラファールに対して、背部兵装のレーザーキャノン「MWC-LQ/15」を展開。折り畳まれた細長い砲身が展開されると、ラファールに突きつけた。
砲身の展開中を見計らって、ラファールはその場で、上空に向かって回避行動を取った。直後、「MWC-LQ/15」から青緑に輝くレーザー弾が空を切り裂く。
上空で滞空するラファールに、ミステリーは後退をしながら距離を稼ぐ。
アウェイ・ショット(引いて撃つ)。通称、引き撃ち。一定間隔の距離を維持しながら、射撃と後退移動を続ける戦法。
多目的な武器の使用と立体的な機動力を持つACの強みを活かした戦術に対して、ラファールは不利な状況に追い込まれた。
(両手武器のマシンガンが無くなった以上、中遠距離での装備しかないミステリーは引き撃ちに頼らざるを得なくなる)
ラファールの射撃兵装は、目視射撃によるロケットランチャー及びエネルギーウェーブ射出装置しか搭載されていない。中距離はともかく、遠距離戦になるとミステリーに軍配が上がる。
(それが最良の選択――いや、貴方はそれしか選ぶしかなかった)
中近距離に対応するマシンガンが残っていれば、アクティヴステルスで攪乱するラファールの動きに対応しやすくなり、戦い方のパターンも増える。そうすれば、おのずと勝ち筋は増えていく。
しかし、今のネームレスはラファールの有効射程外を維持しながら、キャノン兵装で狙撃するしか戦い方が限られた。
上空のラファールはOBを駆動し、降下するように後退するミステリーへ再度、突貫。ミステリーはレーザーキャノンによる狙撃をせず、OBを駆動。強引にラファールとの距離を引き剥がそうとした。
熾烈なドッグファイト。
地上でのブースター移動から上空へと、そして地上に着地。
アーマードコアだからこそできる、立体機動。お互いをけん制、あるいは一撃を叩き込もうと放たれる砲弾や高熱量弾が地上や上空を行き交う。
ラファールとミステリー、両機は複雑な軌道をしながらも、決して被弾はしなかった。
FCSの索敵外への退避、ロックオン機能を阻害する複雑な機動、あるいは、寸前のところで回避。
(追い詰めた)
しかし、着実にエクレールはミステリーを追い込んだ。
強化ACといえども、ジェネレーターに負担を強いるターンブースターやキャノン兵装を搭載している。一時的とはいえ、ジェネレーターの消費と供給が追い付かないタイミングがあった。
その間、約数秒。ミステリーは地上での移動を余儀なくされる。機体を隠せるほどの障害物がない以上、その数秒という時間は無防備になる。
そのタイミングをエクレールは狙っていた。そして、その瞬間を捉えた。
地上でブースター移動を続けているラファール、これが最後となるアクティヴステルスを起動。
対するミステリー、先ほどまでレーザーキャノンによる狙撃を続けていたが、ラファールがアクティヴステルスを起動すると、上空へ滞空行動に入った。
ミステリーの動向を目視で確認し、エクレールはOBの駆動トリガーに触れた。
エクレールの研ぎ澄まされた反射神経は、傍から見ればまるでネームレスの行動を予知していると錯覚するほどだった。
「もらった」
エクレールは声を上げる。
上り坂を駆け上がるような角度で滑空するラファールは、ミステリーの足元から接近。アクティヴステルスも起動されており、ネームレスがラファールに気づいたときには、彼我の距離は二十メートル――白兵戦の間合いだった。
ミステリーは後退しようとするがブースターの推力が機体の滞空に使用されており、ラファールを引き剥がすほどの後退ができない。
さらに言えば、OBによる離脱もジェネレーターの出力が滞空によるブースター出力に回されているため、駆動すらもできない。
ラファール、両手のブレードユニットから、紫色に輝く刀身を形成。両腕を交差させながら、ミステリーに襲い掛かる。その動きと連動して、瞬発的にブースターが出力を上げた。
二十メートルの距離から、一気にゼロ距離まで。紫色に輝くレーザーブレードの向かう先は、ミステリーのコアブロック。
ミステリーは右足を上げながら、機体を宙返りさせる。咄嗟の判断、むしろあらかじめプリセットされた動きだった。その結果、レーザーブレードはミステリーの右足を切断する。
「悪あがきを」
すんなりと勝たせてはくれないネームレスに、エクレールは苦笑いを浮かべながら、悪態を突く。
右足を失ったミステリーは地上に向けて降下しながら、背部兵装のリニアガン「CWC-LIC/100」を乱射した。
ラファールはOBによる滑空を続けており、難なくリニアガンの砲弾を回避しながら、ミステリーの降下地点を予想し、回り込むために距離を離した。
右足が大破したミステリーは降下してもブースターによる機体の水平調整をしなければ、転倒し擱座判定を受ける。つまり、ジェネレーターがチャージング状態になった瞬間、ネームレスは負けてしまう。
(ジェネレーターの効率が最適化されている強化ACとはいえ、おおよそ四十秒が限界。虎の子のレーザーキャノンを打ってしまえば、二十秒を切る)
(アクティブステルスは使い切った。ここからが、勝負)
エクレールは考えを張り巡らしながら、操縦桿を固く握った。
残り三十五秒。
ラファール、着地と同時にエクステンションの「MEST-MX/CROW」をパージ。先に降下したミステリーとの距離は一〇〇〇メートル。
木々をなぎ倒しながら、ラファールに襲い掛かるリニアガンの砲弾。FCSによる照準補正も相まって、必中ともいうべき精度。しかし、ラファールは機体を機敏に揺らしながら、ブースターによる姿勢制御を行う。
エクレールの繊細なマニュアル操作によって、鋼鉄の塊であるACが、ゆらゆらとした動きをしながら前進。
その独特な機動は、FCSの照準補正に軽微な阻害効果を生んでおり、ラファールは砲弾を危なげなく回避した。
残り二十五秒。
距離五〇〇メートル。
エクレールはけん制も兼ねて、背部兵装の小型ロケットランチャーに切り替えると、レーダー上で映っているミステリーの位置に向けて、トリガーを引いた。
等間隔で発射される小型砲弾に対して、ミステリーは回避行動に専念するのか、砲撃を中断。
その時、ミステリーはアリーナエリアの、領域外警告ラインまで追い込まれていた。
これ以上、後退すればエリアオーバーで負ける。エクレールはそれを見越して、ネームレスを追い詰めていた。
残り十五秒。
距離三五〇メートル。
カメラアイがミステリーの機影を捉えると、サブモニターに表示された。
レーザーキャノンを展開し、こちらに突き付けながら、右へ迂回するように後退するミステリーの姿を見た瞬間、エクレールはOB駆動のトリガーに指先を触れた。
残り十秒。
距離二〇〇メートル。
(レーザーキャノンはブラフ。時間稼ぎ。これで決める)
直撃すれば擱座判定は免れないレーザーキャノンに捉えられているが、ジェネレーターの供給が機体を維持するためのブースターで精一杯なのを、エクレールは見切っていた。
OBによる巡航機動。
何をしてくるかまだ未知数のネームレスを相手に、最短で決着をつける。
残り八秒。
距離五十メートル。
目視でミステリーを確認。レーザーキャノンを撃つ気配はないだろうと確信したエクレールは、OBの駆動を停止。ブースター移動に切り替えるが、OB時の慣性が残っており、まるで滑り込むようにミステリーに肉薄した。
残り六秒。
距離三十メートル。
耳障りなアラーム――領域外警告――にエクレールは全く気にしない。
ラファール、レーザーブレードユニットを起動。右腕を横に振りかざす。斬撃には僅かに届かない距離だったが、円形上の光波が射出された。
三方向へ射出する低出力のものではなく、通常のレーザーブレードと同程度の高出力で射出した光波。
レーザーブレードによる格闘戦とみせかけた、エクレールのフェイント。
円形状の光波は、まっすぐにミステリーのコアブロックに飛来。直撃する寸前で、ミステリーはターンブースターを起動。その場で半回転し、右腕を盾にした。
「悪あがきをするな」
エクレールの怒号。後退するミステリーに追撃するラファール。
残り数秒。
距離十五メートル。
満身創痍のミステリーは迂回するタイミングを逃し、バランスを崩しながらも後退。それに追撃するラファール。
ブレードユニットの出力は通常のブレードに切り替えており、紫色の刀身が両腕に形成。
ラファールはまるで宣告するかのように、ミステリーに見せびらかす。そして、両腕を交差させた。
ブレードユニットの動きと連動して、ラファールの背部に搭載されたブースターが機体を押し出す。
ミステリーは最後の力を振り絞るように、OBを駆動させる駆動音が鳴り響いた。
右方向へ瞬発的に飛び出すミステリー。その動きは、ブレードによる斬撃を仕掛けたラファールを寸前で避ける。同時に、ジェネレーターの供給が途絶えてしまい、機体を維持することができず、滑り込むように転倒。
エクレールはそれをコンソールで確認しながら、ミステリーを仕留め損なったラファールの操縦が遠隔操作によって一切の入力を受け付けなくなる。
決着がついた証拠。
エクレールは深呼吸するのと同時に、アリーナの進行AIからの通信が入った。
(勝者、エクレール)
「勝者、ネームレス。試合時間五分三十一秒。ラファールのエリアオーバーによる、判定勝ち」
無機質なAIの音声が、コクピットに響いた。
「実力は私が上だった。これは間違いない。でも、ネームレスは一歩上手だった」
「正攻法で勝てないと確信し、領域外での戦闘。突っ込んでくる私をうまく躱して、エリアオーバー負けを誘った。悔しすぎて、数日間は何もする気が起きなかったです」
「私に勝ったネームレスは、そのままB-1に昇進。その後の動向は噂程度ですが、Aランクのトップランカーになったとか。確か、ベインさんがおっしゃっていたように、3月15日付近だったと思います」
心なしか、今でも悔しそうな表情を浮かべるエクレールだった。筆者、ベインはネームレスについての新たな情報を手に入れることができたが、それよりも「彼女」というワードの意味を知りたかった。
「ネームレスのことをなぜ私が彼女、と呼ぶのか。それはあの試合が終わったときのことです」
そんな私の心境を見透かしたかのように、エクレールは「彼女」についてのことを話し出した。
「その日のアリーナバトルは私とネームレス以外、組み込まれていませんでした。もちろん、出場ランカーの控室も、私たちしか利用しない」
「トラブル防止とアリーナの慣習のため、先にネームレスが控室を利用して、その後、私が利用すると――香水の匂いがあったのです」
エクレールはそこで一呼吸入れると、半笑いを浮かべる。
「すみません。これだけで、ネームレスが女性だという証拠にはなりませんね」
「とんでもない。少しでもそういったネームレスに関する情報が欲しかったのですから――そろそろお時間ですので、最後に一つだけ聞いてもいいでしょうか」
「はい、どうぞ」
「エクレールさんにとって、ネームレスはもう一度、戦いたい相手でしょうか」
私の質問に、エクレールは腕組みをしながら、しばらく黙り込む。
数秒ほど経った後、彼女は口を開いた。
「正直に言うと、二度と戦いたくはありません」
「先程、述べたようにあの試合はネームレスの辛勝、でしょう。でもネームレスは、どこか私の『クセ』や他戦い方を観察しているようにも見えた」
「底が見えない不気味な感触。それを後から感じました」
エクレールはゆっくりと息を吐きだしながら、顔を上げて――しばらく静止した。
「アリーナでも、戦場でも、ネームレスが行方知らずになって、私は安堵しています」
現時点で判明したネームレスの情報。
地球暦204年8月以前から活動を開始。
204年9月1日、筆者ベインが取材していたミラージュ軍事基地を強襲。
205年3月10日、アリーナバトルにて、エクレールに勝利。B-1に昇進後、Aランクに。
その後、205年3月15日に消息を絶つ(トップランカーになったのを機に?)
強化AC「ミステリー」に搭乗。非常に扱いづらいアセンブルをしている模様。
また、アリーナバトルでは対戦相手のクセや戦術を収集している可能性?
暫定的だが、ネームレスに強化人間の可能性が浮上。性別も女性とする要素がある。
取材協力:エクレール氏及びグローバルコーテックス社。
追記。
エクレールはその後、アリーナのトップランカーとして活動を続けていたが、205年8月にレイヴンを引退している。
彼女の戦い方は特にAC白兵戦の分野において評価が高く、現在はクレスト社の戦技教官という役職の下、同社のACパイロットを育成している。
状況説明。
日時:地球歴205年9月12日
エクレールを取材したことによって得られた様々な情報。
筆者、ベインはエクレールが言っていた「ある情報」に違和感を覚えた。その情報を基に、私はキサラギ社のAI分野で下請け事業で勤務していた人物に取材を申し込む。
彼との話を聞いているうちに、私はネームレスについて、一つの確証を得ることができた。
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