Mystery of Nameless 作:hilite989
前回、エクレールからの証言を整理した筆者、ベインは消息を絶ったネームレスへ近づく手がかりを得られた。
得られた証言を基に、私はある「疑問」を抱いていた。その疑惑を確証にするため、ある人物とコンタクトを取った。
キサラギ社関連グループ「カカシ総研」の元AI部門で勤務されていた、タナカ氏(仮名)。
彼は未踏査地区紛争で問題視された、「軍事AI」の専門家でもあった。なぜ、私がAI分野のタナカ氏に取材を申し込んだのか。
それは、ネームレスがAIという可能性があったからだ。
状況説明。
日時:地球歴205年9月12日14時20分。
場所:オンライン通話。
人物:タナカ氏(元カカシ総研AI部門軍事AI課部長)
補足説明:「カカシ総研」は三大企業キサラギ社の関連グループの一つで、主に軍事AIを専門とする企業である。
「今日は取材に応じていただき、ありがとうございます。早速ですが、送信致しました資料のご確認はお済みでしょうか」
「ああ、確認している。実に興味深いし、ベインさんのその仮説は充分に立証できるかもしれない」
タナカ氏は興味深い、といった口調で事前に渡していた資料――これまでのネームレスの動向及びACシミュレーターで再現したミステリーの戦闘に対して、肯定的な意見を述べた。
「ありがとうございます。私が思うに、ネームレスは未踏査地区紛争の元凶でもあったAI研究所と何か関係があると思っているのですが」
レイヤード紛争以前から、MTの無人化は牛歩であるが進んでいたものの、複雑な操作を要求するACの無人化は時の支配者であった「管理者」を除き、三大企業ですら実用化に至らなかった。
AI研究所。
レイヤード紛争後に設立された研究機関。ネットワーク上での活動のみで、その実体を知るものは皆無であった。しかし、AI研究所は複雑な操作を要求されるACの無人化に成功し、そのプログラムを三大企業であるミラージュ、クレスト、キサラギに技術提供することによって、爆発的な技術革新と信頼を得ることとなる。
私は、ネームレスがAI研究所に関係した人物あるいはプログラム、という仮定を立てていた。
「AI研究所は先の紛争で消滅されており、お尋ね者状態だ。地下に潜っても、三大企業が目を光らせている。その可能性については、限りなく少ないものだと思っている」
タナカ氏は客観的な意見を淡々と述べた。無論、氏が述べる意見は全く持って正しい。
AC/MTを問わず、AI機は現時点で三大企業でしか運用できていない。特にプログラム関係のメンテナンスは、専門スタッフが必要不可欠であり、その傾向は未踏査地区紛争以降根強く残っている。
「ACのAI運用については現時点で二つの手段しかない。一つは、あらかじめプログラミングされたプリセットと併用した『環境適応型』。ある程度、行動パターンが設定しやすい施設などで用いられるものだ」
「もう一つは、基幹AIを搭載したACを実戦やアリーナなどを経験することによって、ありとあらゆる環境に適応できる『自己学習型』。仮にネームレスがAIであるのなら、この自己学習型だと私は思う」
「なるほど。自己学習型ですか。殆どのAI搭載ACは、その自己学習型であるとお聞きしています」
「その通り。元々AI研究所から提供された学習型AIソフトを、『フォーミュラブレイン』と呼ばれる基幹AIとして三大企業が改良したものだ」
フォーミュラブレイン。
自己学習型基幹AIの通称。これを搭載したACは、レイヴン/パイロット搭乗時にその時の行動・制御・結果(フォーミュラ)を集約し、思考学習(ブレイン)する。
ありとあらゆる環境において適応できる柔軟な行動パターンや、AIならではの正確無比な射撃及び操作技術などが特徴されるが、その領域に達するには「気が遠くなるほどの自己学習」が必要とされる。
「ネームレスのような動きができるAI機は、作れることは容易ではないが可能だ。トップランカーを対象に、アリーナバトルをしていたのというのも、その説を立証するのに充分だ。しかし、個人的見解を述べるとすれば三大企業のいずれかが関わっている可能性が非常に高い」
「AI研究所ではなく、三大企業、と」
「先の紛争の発端であるAI研究所が絡んでいると思いたくなるが、確証に至るのには達していない。AI機の学習及び保有する資金面や設備メンテナンスなどを考慮した結果だ」
「ネームレスが傭兵斡旋企業にレイヴンとして活動している以上、自社にも被害が及んでいます」
私は、ネームレスが企業間紛争に絡んでいる点を述べた。
ネームレスはミラージュ、クレスト、キサラギ、三大企業の依頼を受けており、どの企業も完膚なきまで軍事基地、施設、保有する兵力――甚大な被害を受けている。
特定の企業に肩入れをされておらず、仮にどちらかの企業がバックアップしているにしても、それをカモフラージュにするには尋常でない自演をしていた。
「問題はそこだ。ベイン氏の資料の通り、ネームレスによる企業間紛争への参加によってスポンサー候補である三大企業は手痛い被害を受けている。そうなると、やはりネームレスというのはAIではなく、ずば抜けた素質を持つレイヴンの大立ち回りとしか――失礼、それでは取材の意味がなくなるな」
「とんでもありません。あくまで、私個人の意見ですから。少し本題から外れますが、AI研究所についてお聞きしてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
「ありがとうございます。先の紛争で大規模なAI暴走事件の首謀者であるAI研究所ですが、タナカ氏が務めていたカカシ総研でもそういった暴走事件の影響は受けましたか」
「ああ。勤務していたAI工場で暴走事件が発生してね。あれは、うん。中々大変だったよ」
ここから先の映像コンテンツは、タナカ氏の証言を基に、ACのシミュレーターソフトで再現したものである
状況説明。
日時:地球歴204年1月10日(サイレントライン紛争終結まで残り2ヶ月)
場所:キサラギ社関連グループ「カカシ総研」AI工場「ヤンイェン」内オペレーティングルーム。
補足:AI工場「ヤンイェン」は主に軍事MT「カイノス/E02」の量産及びAI化作業に特化している。同工場で生産、AI設定がされた カイノス/E02は提携先であるミラージュ社に納品されていた。
「カイノスの生産ラインに不正規アクセス。ブリッジ接続による分散型ウィルスを検知」
「抗ウィルスプログラム、ロード中――該当するウィルス無し」
「生産ラインのメインシステムをフォーマット開始。入力受け付けず」
「端末による物理停止はどうだ」
「物理装置、完全にシャットダウン。操作不可」
「分散型ウィルス、合体進行中。出荷可能及びAI部隊の カイノス/E02計三十機に未確認の戦闘用AIデータが転送」
複数のオペレーターから報告される状況にタナカは冷や汗を一筋、こめかみから垂らす。
この施設に就任してから早二年、敵対企業によるクラッキング攻撃はその対応も含めて幾度となく対処し、処理していた。しかし、今回は異常事態だった。
まるで、あらかじめ組み込まれていた「プログラム」のように。
「本社より緊急連絡。キサラギ社及び、ミラージュ、クレストの各AI施設で大規模な暴走事故が発生中。また、ミラージュがアクセスしようとしていた衛星砲も同様の暴走を起こしており、地上の軍事施設を無差別に砲撃しているとのこと。緊急避難が発令」
キサラギ本社からの緊急指示を聞き、いよいよこれが事故ではなく、仕組まれた「事件」だとタナカは確信する。
「カイノス、起動しました。施設各所に配置されているガードメカ及びターレットなどの無人防衛設備、遠隔操作不可」
「セキュリティレベルBクラスのゲート封鎖、急げ」
「遠隔操作でのゲート封鎖受け付けず。緊急物理端末による入力を開始――セキュリティレベルBクラスのゲートの封鎖は完了。なお、二層と三層を繋ぐゲートは既に破壊されているため、封鎖できず」
無人機及び防衛設備の掌握――まるで、「AIの反乱」ともいうべき出来事。しかし、目的が不可解だった。
「有人の全防衛部隊に出撃命令。AI搭載型で暴走を引き起こしていない機体の照会を急げ。非戦闘員に避難命令及び各所の緊急脱出カーゴに防衛部隊は配備できるか」
現状は「ヤンイェン」からの脱出が最優先。だが、ヤンイェンは大規模地下施設のゆえに、地上への脱出口は限られている。
有人の防衛部隊は人件費の都合とAI部隊がその肩代わりをすることによって、大幅にその人員を削減されていた。
そのため、暴走したAI部隊との戦力差は3:1を想定。もし、クラッキングされていないAI機を動員できれば、2:1に持ち込めるが――状況は中々厳しい。
「カーゴ1から7まで配備完了予定。8から10までは暴走したカイノス部隊及び防衛設備の阻害を受けている模様。訂正、カーゴ6の防衛部隊、ガードメカによる攻撃を受けています」
「現時点でクラッキングされていないAI機、『ミロク』及び『ホウトウ』が搭載されたAC並びに カイノス/E02です」
AI機の照会をしていたオペレーターからの報告に、タナカは僅かながらこの状況を打破できる糸口を見つけたと確信する。だが、クラッキングを受けていないAI機に、ある疑問を抱いた。
「自社製のフォーミュラブレイン搭載機。AI研究所から提供されたデータに仕込まれていた、か」
AI研究所から提供されたデータを「参考」に、カカシ総研以下複数のキサラギ社関連グループで作り上げたフォーミュラブレイン「ミロク」、「ホウトウ」。
現在、暴走しているAI機や防衛設備はいずれもAI研究所から支給されたAIプログラムがインプットされていると仮定すれば――。
「ミロク、ホウトウが搭載されているAI機で出撃可能な機体に、こちらから遠隔操作で出撃させる」
今は首謀者の詮索よりも、この状況の対処が最優先、とタナカは気持ちを切り替える。
自社製のAI機が無事なら、タナカを含めてこのオペレーティングルームで操作可能な人員は把握している。
「部長、本社からは『AI機の使用の一切を禁じる』と通告が出ています。三十分後に、本社経由で雇用したレイヴンが本工場に到着予定」
「レイヴンの到着までに、カーゴの安全性を保障できない。ACの遠隔操作が可能なスタッフは、こちらが割り当てた機体に遠隔操作する。以後、避難系統の指示は――」
本社からの通告をタナカは一蹴する。この判断が、タナカの命運を分けることなどその当時は彼すらも思ってもみなかった。
機体:ミロク/ホウトウ搭載型AIAC「マイトレーヤ」
備考:キサラギ社が独自に開発したフォーミュラブレインを搭載したAC。フレームパーツに関してはAI事業において提携しているミラージュ社のパーツを使用。一部の武器及び内部パーツはキサラギ社のものに統一。
件のAI暴走事件の際、AI研究所から提供されたデータを参考にしたもののキサラギ社内で独自に作成しているため、ミロク及びホウトウと名付けられたフォーミュラブレインは難を免れていた。
「01、データリンク完了。操作に異状なし」
ヘッドセットを装着したタナカはオペレーター専用のデスクでモニターに映し出されている、マイトレーヤの主観視点を見ながら報告する。
HUDが共有され、マイトレーヤが搭載している武装の状況やレーダーサイトが順次表示された。
タナカが操作するのは、腕部兵装にロングレンジライフル、実体シールド。背部兵装には、六連装ミサイルランチャー、パルスキャノンを装備したミロク搭載型重量二脚AC。
(予期せぬ実戦だが、自分たちは安全地帯にいる)
タナカは心の中で、これが遠隔操作による「生死のやり取り」が発生しない、安全地帯にいることを認識させられた。
現場の防衛部隊は既に死傷者が出ている。一刻も早く防衛部隊と合流し、各所に配置されたカーゴの安全を確保しなければならない。
「オペレーターより、01へ。そちらの位置を確認。二層のE-33区画。一帯の区画には、二個小隊のカイノスを確認」
オペレーターからの状況報告を聞きながら、タナカは「ヤンイェン」の区画を再確認する。
ヤンイェンは、三層に分けられた大規模地下生産工場。
一層、生産ライン。二層、納品ライン。三層、検品ライン。
以上、三つの順に分けられており、地上に近い一層、組み立て生産ラインの人員は既に退避済み。
問題は二層の――納品ラインだった。暴走を引き起こした カイノス/E02はこの納品ラインを経由して、三層の検品ラインに侵入している。
既に人員が脱出した一層には数機のみのカイノスを残して、残りは三層や二層に留まっている。恐らく、工場内のシステムにアクセスして、こちらの動きを把握していると思われた。
指揮系統及びタナカが在中する三層のオペレータールームは最下層に位置しており、そこまでのルートはゲートによって封鎖。
クラッキングを仕掛けた敵対勢力が工場のシステム基幹を掌握した事態も含めて、少なくともキサラギ社が雇い入れたレイヴンが到着するまでは物理的に耐えきれる計算だった。
しかし、二層に取り残された本社スタッフや関連グループから出向してきた研究職――いわゆる、「人材」の退避は完了していない。現に、人的被害を告げる報告はタナカの耳に入ってきた。
「オペレーターよりAI部隊へ。ユニットリーダーの01から03は、ガイドラインに沿って、最寄の緊急脱出カーゴへ向かえ。04は三層の直営部隊と合流し、警戒警備にあたれ」
「01より各員へ。マニュアル通りに操作すればいい。交戦はなるべく控えろ。避難カーゴを防衛している部隊との合流及び人命最優先だ。いいな」
タナカが操作するマイトレーヤの後ろには、ホウトウが搭載されたカイノスが待機しており、そのうちの一機は、身の丈が隠れるほどの実体シールドを左手に持っており、右手にはパルスライフルを。もう片方は、左手にレーザーブレード、右手にレーザーライフルを装備していた。
「遠隔操作といっても、操作の殆どはオートだから簡略化されている。それでも慣れなければ、AIによる自律機モードに切り替えても構わないが、オーダーチップとガイドラインによるこちらからの指示は徹底しろ」
後方で控えているカイノスを操作するスタッフに、タナカは指示を送った。遠隔操作そのものは、マウスとキーボードで操作可能な簡略化されたものだが、AI部隊を操作するオペレーターの練度は素人に毛が生えた程度。何万通りという思考パターンと戦闘用AIを導入したカイノス部隊を相手には、弾除け程度が関の山だった。
「99、了解」
「98、了解しました。これより前進します」
コールサイン98の、実体シールドを前へ構えたカイノスがゆっくり歩きながら、マイトレーヤの前を追い越すと同時にブースターを点火させ、前方へ滑走した。その後を、マイトレーヤが。それに続いて、もう一機のカイノスが後を追う。
通路のスペースは、検品されたカイノス等のAI機の搬入搬出をスムーズにさせるために、AC/MTが二機立ち並んでも、支障はない。
HUDに共有されたカーゴまでのガイドラインと、データリンクされた位置情報を基にマイトレーヤとカイノスは、その間隔を三メートルを厳守しながら移動を開始した。
「オペレーターより01へ。進行ルート上に、車両トラブルで停止中のトラック一台有り。コールサインは『ヒグマ』。そこから区画を2つほど離れた地点に、二機のカイノスを確認。当該車両の安全性を確保するために、敵性部隊の排除せよ」
「01、了解。こちら、01。ヒグマ、応答しろ」
「ヒグマより01――防衛隊か、助かった。車両の修理はもうすぐ終わる予定。指示を頼む」
無線に出たトラックの添乗員は、安堵のため息を漏らしながら現状を報告する。
当該車両、キサラギ社関連グループ阿吽運送製2tトラック。主に物資などの運搬用車両だったが、現状では納品ラインで勤務しているスタッフたちの避難車両となっていた。その人数、二十名。
「了解した。護衛を一機、そちらに付ける。周囲の安全を確保できるまで、その場で待機。01より98、ヒグマの護衛を。敵性部隊排除後は、ヒグマと随伴しカーゴへ向かえ」
「98、了解です」
「01が先導する。99は後を追え」
「99、了解」
タナカは矢継ぎ早に指示を出すと、彼のマイトレーヤはブースターの速度を上げ、前方のカイノスを追い越し、敵のカイノス部隊へ向かう。その際に、立ち往生している2tトラック――ヒグマを数メートル離れたところから横切った。
「――ヒグマより、01。通過する際は、ブースターの出力を最小限に抑えるか、歩行してくれ。噴射炎でタイヤが損傷した」
ヒグマから悲痛な叫びが、ヘッドセット越しにタナカの耳を劈いた。ACによるブースターの噴射炎及び衝撃は、人体及び対策をされていない車両などにとって、「損傷」を与える。
タナカはそれを知らず、それなりの速度で横切れば――トラックが損傷するのは当然の結果だった。
後から続いている99のカイノスはヒグマの悲惨な状況を確認したのか、歩行しながら通過。事なきを得る。
「オペレーターよりAI部隊へ。車両等ソフトターゲットに接近もしくは通過する際は、必ず歩行状態にせよ。移動時のプリセットデータを各ユニットへ転送。必ずインストールせよ。繰り返す――」
事の一部始終をモニタリングしていたオペレーターから、すぐさま今回の事故に対しての注意喚起と同時に、ソフトターゲットに対する歩行時のプリセットデータが送信された。
タナカはすぐにそれをインストールし、額から流れる脂汗を手の甲で拭う。報告を聞く限りでは、死傷者は出ていないのが幸いだった。
やってしまったことは仕方がない。タナカは気を取り直して、マイトレーヤの頭部レーダーから収集されている、熱源反応の位置を確認する。
カイノスはこちらの位置を特定したのか、待ち伏せなどをせずに最短距離でこちらと会敵するために移動中。マイトレーヤはカイノスとの会敵予想時刻を計算し、二分後には交戦距離に入ると報告した。
「このまま速度を維持し、カイノスと交戦する。後ろからバックアップ、頼むぞ」
タナカのマイトレーヤは速度を上げるとすると、レーダーサイトに熱源反応が感知され、数百メートル圏内を補足するFCSが、それを感知した。
正面上、距離五〇メートル――天井から出てきたガン・ターレットを補足する。施設内の防衛設備は既に敵とインプットされており、AIによる即時射撃をタナカは許可していた。
マイトレーヤは自己判断プログラムに沿って、タナカの操作よりも早く、右手に装備されたロングレンジライフル「MWG-RF/220」のトリガーを引いた。同時に、ガン・ターレットも二門の機関砲から、砲弾を掃射。
マイトレーヤから立て続けに発射された三発の四十五ミリメートル徹甲弾は、寸分の狂いなく、ガン・ターレットに直撃。小規模な爆発と同時に、破片を撒き散らした。
一方、破壊されたガン・ターレットから掃射された無数の三〇ミリメートル口径弾に、マイトレーヤは左手首に装着された実体シールド「KSS-SS/707A」を突き出した。
マイトレーヤの上半身を的確に狙った砲弾は、対実弾防御に特化した「KSS-SS/707A」によって、軽快な音と同時に弾き返された。
一部の砲弾は肩部や脚部に命中するものの、重装甲を施したフレームパーツであるマイトレーヤにとって、微々たるダメージだった。
「防衛装置か。厄介だな。くそっ」
タナカはマイトレーヤの挙動を追うのに必死で、既に交戦距離へ侵入していたカイノスの存在を失念していた。敵のカイノスは既にこちらを補足しており、マイトレーヤがロックオン警告のアラームを鳴らしている。
「距離は一〇〇メートル、曲がり角を――」
レーダーサイトに感知される熱源反応を目で追うが、スキャン間隔とのラグが生じているのをタナカは知らなかった。彼が悠長に確認している間に、既にカイノスは正面のT字路の右手から飛び出ていた。
カイノスはブースターを使用し、滑り込むように横へ滑走しながら、右手のレーザーライフルから熱量弾を放つ。
「腕部損害軽微」
一筋の熱量弾はマイトレーヤの右肩部に直撃。ミラージュ社製腕部「MAM-MX/REE」は対熱量弾の威力を分散させる流形構造と特殊コーティング剤を塗布しているおかげで、軽微の損傷だとAIが報告。
反応が出遅れたタナカはすぐさま反撃しようとするが、攻撃を仕掛けたカイノスは既に曲がり角の向こう側へ、姿を隠していた。
典型的なヒットアンドアウェイ戦法。遮蔽物がない位置にいるマイトレーヤは、重量二脚AC特有の装甲の厚さを武器に前進。接近戦を仕掛けようとする。
ロックオン警告。遮蔽物に隠れた先程のカイノスからとタナカは思った瞬間、再度、右手のT字路からカイノスが飛び出してきた。
二機目のカイノス。意識が完全に先制攻撃を仕掛けてきたカイノスに向かってしまい、タナカはその存在を認知出来なかった。
マイトレーヤとカイノスの距離、一〇〇メートル。「MWG-RF/220」では、向かい側の角へ隠れる前にカイノスを仕留めることが不可能だとタナカは確信し、背部兵装のパルスキャノン「MWC-XP/80」に切り替えた。
「ミロク」と技術スタッフによる機体制御システムの最適化により、強化ACではなくても有脚タイプでもキャノン系武装の移動発射が可能。パルスキャノンの速射性と高熱量弾で一気に畳みかけようと判断した。
FCSが武器の切り替えをしている一秒ほどの間に、飛び出してきたカイノスはバックパックに搭載されたミサイルランチャーから八基の小型ミサイルを射出した。
「な、ミサイル」
至近距離。まず避けられない。
白煙を靡かせながら、小型ミサイル群に突っ込んでくるマイトレーヤ。辛うじて、パルスキャノンがアクティブになると、AIによる自動照準によって向かってくるミサイル群を撃ち落とすために高熱両弾が発射された。
マイトレーヤは大半のミサイルを撃ち落とすが、その半分は機体に向かっていく。
次の瞬間、タナカがモニタリングしている画面にノイズが走る。四基の小型ミサイル全てが直撃したマイトレーヤはその重装甲によって、なんとか持ちこたえていた。
右腕部の損傷、左腕部中破、各種機体動作に支障が発生――AIが即座に最適化されたダメージコントロールを行う。
その間に、タナカはマイトレーヤを後退させようとした。ミサイルの信管が爆発した影響で、自機とカイノスの間には黒煙が生じている。熱感知による補足もままならない状況、態勢を整えようとした。
しかし、黒煙を切り裂きながら突貫していくカイノスの姿が現れた。
左腕部に内蔵されたブレードユニットから、レーザーブレードを形成したカイノスはそのまま突きの要領でマイトレーヤのコアブロックを突き刺した。
モニタリングしていたマイトレーヤの画面にノイズが走り、一切の操作を受け付けなくなる。
「こちら、01。機体大破。以後の指揮は99に移行――」
タナカは唇を噛み締めながら、状況を報告し指示を出した。
「今思うと、判断ミスだった。素人が遠隔操作といえども、ACを操縦して、暴走したAI部隊に抵抗する。到底、無理なことだった」
自嘲とも取れる口調で、タナカ氏は鼻で笑った。
「結局、予定よりも十分早く、駆け付けたレイヴンが工場を占拠した全てのカイノス部隊を排除しつつ、カーゴに避難するスタッフを救助した。そう、たった一機でだ。私が率いたAI部隊は、完全にお荷物だったよ」
タナカ氏のAI部隊が護衛していたヒグマも、レイヴンによって無事に救助された。しかし、氏が指揮したAI部隊はその大半が暴走したカイノスやガードメカによって大破された。
「本社から禁止されていたAI部隊の無断使用及びそれの損害の責で、私はカカシ総研に退職訓勧告を受けた。懲戒解雇にならなかっただけ、マシだったが。ははっ」
タナカ氏は乾いた笑いをあげるが、私はなんとも反応に困るしかなかった。
現時点で判明したネームレスの情報。
地球暦204年8月以前から活動を開始。
204年9月1日、筆者ベインが取材していたミラージュ軍事基地を強襲。
205年3月10日、アリーナバトルにて、エクレールに勝利。
205年3月15日に消息を絶つ(トップランカーになったのを機に?)
強化AC「ミステリー」に搭乗。AI研究所の関与も考えられるが、現状ではその可能性は限りなく低い。しかし、AI機である説は否定できないとも専門家は述べる。
「そういえば、ベインさん。あなたは、『アフターペイン』と呼ばれているACを知っていますか」
「まぁ無理もないでしょう。そのACを搭乗していたレイヴンはレイヤード紛争終結後に活動を確認され、一か月も経たないうちに消息を絶ったのですから」
「そう。つまり、あのネームレスと全く同じ経歴を持つレイヴンなのですよ。『エグザイル』は」
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