第3Q開始。椿丘はメンバーを吉永、重松、白石、川崎、森田のスターティングに戻し、誠凛は伊月、日向、火神、水戸部、黒子、こちらもベストメンバーだ。
最初のオフェンスは誠凛。伊月がゆっくりとボールをつく。その時
(!?いきなりこんなハードなディフェンスを…!!)
スリーポイントラインから2メートル程の場所から吉永が伊月に強烈なプレスをかける。その圧力に伊月はボールをキープするのに精一杯になってしまっている。慌てて日向がボールをもらいに行くが、パスすら中々さばけない。
「くそ!!」
結局伊月はボールを失い、吉永のワンマン速攻となる。悠々とレイアップを決めた。
「気を抜いてると一気にいただくぞ」
吉永が挑発するように伊月に言う。伊月には言い返す言葉もなかった。第3Qの序盤からこのようなハードなディフェンスをしてくることは無いとタカをくくっていた。その隙を完全につかれてしまった。
(よし…、集中しなおしだ)
伊月が気持ちをあらたにボールを運ぼうとしたが、再び驚くこととなった。
(今度は前から!?)
吉永がバックコートから伊月にプレッシャーをかけてくる。こうなるとゆっくりボールを運んでまずは1本、という流れに持っていくのは不可能だ。このディフェンスを突破しないことには何も始まらない。しかし
(隙がない…俺にこの人を抜けるのか…?)
吉永は全国でもトップクラスのPG、当然ディフェンスも全国クラスだ。秀も優れたディフェンダーではあるが、吉永はさらにその上を行く。伊月は左右の揺さぶり、スピンムーブ、緩急の揺さぶりと色々試すが、どうしても吉永を抜くことが出来ない。8秒バイオレーションにならぬよう強引に抜きに行ったところを吉永にカットされ、またもや吉永のワンマン速攻となる。
椿丘 59
誠凛 44
一気に15点差となった。しかし吉永が手を緩めることはない。再びバックコートから伊月にプレッシャーをかける。今度は火神がボールをもらいにバックコートまで戻った。
「へい!!」
なんとが火神へとパスが通り、ボールをフロントコートまで持っていくことに成功する。しかし、誠凛の大抵の攻撃は司令塔である伊月から始まる。その伊月が中々ボールを持てない状況では、誠凛もオフェンスのリズムを掴めない。ここは流れを変えるために火神の1on1を選択、アイソレーションの形をとった。
「いいのか?そこは一番の鬼門だぞ?」
それを見て白石が笑っている。火神のマークについているのは川崎だ。チーム1のディフェンダーであり、その対人ディフェンス能力は黎と比較しても同等以上、全国でも彼以上のディフェンダーはそういない。
火神は右へ左へと大きくも速い動きで川崎を揺さぶるが、川崎は火神からピッタリついて離れない。ならばと次は身体をぶつけ、フィジカルを活かして抜きにかかるが、川崎を押し込むことは出来ない。川崎はガードからセンターまで守ることのできるプレイヤーだ。パワー勝負に持ち込まれようとも簡単に負けることは無い。火神の打つ手がなくなった。
「火神くん!」
1人の力では。
黒子の声を受け、火神は黒子にボールを託し、2人で川崎を抜きにかかる。黒子のリターンを受けた火神がゴールに迫るが、椿丘のインサイドにはもう1人超えなければならない関門がある。
「いかせん!」
森田が完璧なタイミングでヘルプに来た。ダンクに向かおうとしていた火神だが、これではダンクはできない。ストップジャンパーに切り替えたが、ここで川崎も追いついてきた。2人のプレッシャーを受けながら、急停止からのジャンパーを決めるのは難しく、火神のシュートはリングに嫌われてしまう。リバウンドを抑えたのは森田だった。
「速攻!」
誠凛メンバーが振り返ると、吉永、白石、重松は既にスタートしていた。慌てて伊月、日向、黒子が追いすがるが、追いつくことはできない。そして、最前線を走る吉永に森田から矢のようなパスが通る。
「ナイスパス!」
またも吉永のレイアップで得点。完全に椿丘のペースだ。堅守速攻。吉永が相手のガードを、川崎がエースを、森田がインサイドを封殺することで相手のオフェンスのリズムを崩し、カウンターの速攻を決める。これが椿丘の王道パターンである。バックコート陣の異常に早いトランジョンに加え、森田はゴール下から前を走る味方への、所謂タッチダウンパスを得意としている。このふたつが合わさって、椿丘のファストブレイクは全国でも屈指の速さと威力を誇っている。それがこの試合でもいかんなく発揮された。次のポゼッションでも吉永は伊月にバックコートからプレッシャーをかける。今度は黒子のスクリーンでかわし、日向へとパスを通した。しかし重松も吉永程ではないにしろ優れたディフェンダーである。得点能力に長けてはいないが、スリーポイントとディフェンスでチームを支える選手、3&Dと呼ばれるタイプのプレイヤーだ。日向も中々重松を振り切れない。椿丘メンバーの中で一番ディフェンスが苦手なのが白石であるが、その白石は現在誰にもマッチアップせずフリーの状態。黎たちがやったように黒子が出ているあいだは彼を放置しほかの選手のヘルプに備えるという形をとっている。
「くそ!」
日向は攻め手を欠き、無理なスリーポイントを選択せざるを得なかった。これが外れ、リバウンドを森田が抑える。となると再び椿丘の速攻となる。しかし誠凛も学習しており、伊月がセーフティとして既に戻っている。良い速攻対策だ。
通常なら。
「お構い無しかよ!?」
火神が驚くのも無理はない。吉永は森田からタッチダウンパスを受け、伊月の待つフロントコートへ一気に駆け抜けていった。伊月と1on1の形になるが、スピードに乗った吉永は伊月では止められない。ダブルクロスオーバーであっさりと抜かれ、吉永早くも8得点目。点差も19となった。そう、椿丘のファストブレイクの本当の怖さはここだ。ただ速いだけではなく破壊力も抜群、セーフティを1人用意した程度なら吉永が個の力で打開してしまう。防ぐには複数人がセーフティとして待機するか、吉永を1人で止めることのできる選手を用意するかだが、前者はあまりにも弱気すぎる立ち回りであるし、後者も難しい。スピードに乗った吉永を止められる選手などそういはしない。オフェンスリバウンドを確保しようにもゴール下には森田という絶対的な柱がいる。この布陣からの堅守速攻はシンプルながら強力、生半可な策では全て返り討ちにあってしまう。
「ここまで手ごわいの、椿丘レギュラー陣」
誠凛ベンチでリコが悔しそうに呟く。事実現在の誠凛にこの状況をひっくり返せるだけの策も力も残っていない。唯一の頼みの綱は黒子と火神、2人の1年生だけであった。続く誠凛のオフェンス、プレッシャーを受ける伊月に今度は水戸部がスリーポイントラインの外までボールをもらいにいく。パスを受けた水戸部は誰もいない場所にボールを放つ。次の瞬間ボールは火神の手に渡った。黒子がミスディレクションを活かし、パスの軌道を変えたのだ。川崎は完全に虚をつかれた。いくら川崎とはいえ、予想だにしないところからいきなりマークマンにパスが通れば、対応は遅れてしまう。火神が川崎を抜き去ってゴール下に侵入した。森田がヘルプにくるが、火神は落ち着いて水戸部にパスをさばいた。通常ならこれにも反応する森田だが、水戸部が外に出ていた狙いはここにあった。アウトサイドから長い距離のヘルプに来たため、マークマンである水戸部を気にする余裕は森田にはなかった。水戸部がパスを受け、落ち着いてジャンプショットを沈めた。誠凛の後半初得点である。
「よし!反撃開始だ!!」
日向がチームを鼓舞するように声を上げる。そして誠凛メンバーは椿丘の速攻に備えて全員素早く自陣に戻った。
「OK、1本きっちりいこう」
それを見て吉永は狙いを速攻からハーフコートオフェンスに切り替える。ゆっくりとボールをついてあがっていき、白石にパスをさばく。マークにつくのは火神だ。
「さて、俺もそろそろいいとこ見せとくか」
ニヤリと笑い、白石はドリブルを開始。まずは右から抜きにかかる。火神がついてきたのを確認して、クロスオーバーで左へ。これに火神はついてきた。ならばと次は後ろへステップバック、火神も負けじと追いすがった。
(こいつ、来栖と比べると数段遅い、これなら止められる!!)
火神がそう思った次の瞬間、白石は火神の横をロールターンで抜き去っていった。そのままジャンプショットを沈める。
「おせえと思って油断してただろ?スピードだけじゃバスケはできねえんだよ」
白石の強みは動きのスムーズさだ。通常前後左右にドリブルムーブをすれば、方向転換や動作の切り替えの際に一瞬の硬直が生じる。例えば前にドライブしている時にステップバックをしようとすれば、1度動作のためができる。しかし白石にはこのため、硬直がほとんどない。まるでダンスでも踊っているかのようなしなやかでスムーズな動き。これがスピードをそれほど得意としていない白石がそれでも全国トップレベルのチームでエースを張っていられる所以だった。
椿丘 65
誠凛 46
点差は変わらず19。誠凛としてはギリギリもいいところだった。その後も誠凛は黒子を軸とした奇策を弄することでしか点が取れないのに対し、椿丘の攻め手はいくらでもある。吉永や白石の1on1を止めようとダブルチームやゾーンディフェンスを試しても、重松を加えたバックコート陣は全員スリーポイントが打てるため外から簡単に射抜かれ、インサイドでは森田が水戸部を圧倒。点差が開くのに時間はかからなかった。
第3Q終了
椿丘88
誠凛56
見せつけられた圧倒的な力の差。海常に勝って自信と勢いをつけて望んだこの試合で、誠凛はその勝利が相手の油断に漬け込み、黒子という飛び道具で半ば騙し討ちのように手にした勝利であることを痛感していた。対する椿丘ベンチの雰囲気はいい。しかし弛緩しているわけでもなく、第4Qに向けての選手の士気は高い。
「よし、次ちょっと試してみようか」
若林が試したいこと、それは現在のスタメン陣に黎を混ぜることだ。若林が考えているパターンは主に2つ。1つ目は重松のポジションに黎を投入し、吉永と2人でゲームメイクをさせつつ攻撃力を高める布陣。エースである白石はそのままに、さらに火力を高めていく布陣だ。バスケIQも高い黎を吉永と共にゲームメイクにあてることで、吉永の負担も減らすことができる。もう1つは白石の代わりに黎を使うもの。攻撃力は前者より劣るが、ディフェンスを苦手とする白石に代わって黎が出ることで椿丘の守備はさらに盤石なものとなる。今回誠凛を相手に若林が選択したのは1つ目、重松の代わりに黎を配置する布陣だった。
「不慣れなポジションだとは思うが、行けるな?来栖」
「はい、やってみます」
若林の指示に頷く黎。いよいよ試合は最終Qへと突入していく、
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若林の起用は、満足のいくものとなっていた。吉永のゲームメイクに黎が合わせる形で椿丘のオフェンスは進行しており、2人のパスワークと試合運びに隙はない。加えて椿丘は白石と黎のダブルエースとも言える状態であり、この2人を同時に止めるのは今の誠凛には不可能に近い。火神が黎につけば白石を止められず、白石につけば黎が止まらない。その2人に人数を割けば空いたスペースを吉永に好き放題暴れられてしまう。完全に八方塞がりの状態だった。オフェンスでも依然として黒子を使った絡め手以外ではほとんど点が取れておらず力の差を見せつけられていた。
残り3分
椿丘 115
誠凛 66
もう誰の目にも勝敗は明らか、あとは時間を使って確実に価値を拾う、所謂ガベージタイムに入っていた。しかし火神はまだ戦意を失っていなかった。果敢に黎に1on1を挑んでくる。そしてその動きのキレは増す一方であった。
(こいつ、いつまで空中にいやがる!)
レイアップに向かった火神をブロックしようと飛んだ黎だが、先に落ち始めたのはあとから飛んだ黎の方だった。火神体をひねって黎をかわし、レイアップを沈める。
「まだ終わってねえぞ!!」
火神は黎を挑発。試合には負けても、一矢報いて終わろうと意気込んでいた。それに応えるように黎も攻め上がる。今日何度も見せたステップバック、そこからのドライブにも火神はもう慣れている。そこから急停止するも、火神も合わせて停止、距離を詰めてくる。今度はその詰めてくる瞬間を狙い打った。左手でドライブを仕掛けると見せ、シャムゴッドで逆をついて右から抜き去る。前に出ようと姿勢が前傾になっていた火神は、左からのドライブに備えるのが精一杯で、そこからの切り返しには対応出来なかった。そのまま黎のダンクが炸裂する。そこからはお互いの矛が牙を剥き続けた。火神は空中戦で、黎は多彩な技と緩急で得点を繰り返し、試合終了を向かえる。
試合終了
椿丘 125
誠凛 74
(勝ちはしたが、終盤の火神は最初と比べても別人のようだった。試合の中でこんなにも早く成長してるのか…)
(結果俺たちから74点も取ったんだ、あのオフェンスは鍛えれば相当な脅威になる)
黎は火神の成長速度に、吉永は自分たちから74点とった誠凛のオフェンス力にそれぞれ脅威を感じていた。今後、自分たちを脅かす存在になるだろうと、理屈ではなく確信があった。
その後は両チームが相手の監督に挨拶。
「まだまだ若いし荒削り、改善点が多いとはいえ黒子と火神のオフェンスは磨けば相当なものになるだろう。あとは周りがいかにこの2人を活かしてやるか、ただ頼るだけじゃなく活かす戦いをするためには、他のメンバーのレベルアップも不可欠だ。特に伊月と日向のバックコート陣がより脅威になれば、火神も中で動きやすくなるだろうな。例えば…」
「今回私は椿丘のみなさんにアドバイスできるような立場にはないと思っています。うちの子たちもみなさんと戦えたことがいい刺激になりましたので、みなさんもそうだと嬉しいと思います。いつか必ずリベンジさせてください、ありがとうございました」
と言ってもリコが椿丘のメンバーに何かアドバイスをすることはなく、若林のサービスのようなものであった。
「つくづく粋な先生だよな」
「監督というより1人のバスケ好きとして、あのチームがもっと強くなったらどうなるのか見たくなったんだろう。俺も興味が湧いてきたよ」
白石の言葉に吉永が続ける。誠凛ほど見ていて楽しいチームは珍しいだろう。より強くなった誠凛とまた戦いたいと、椿丘メンバーは思っていた。
遅くなりました、またいつか上げます(n回目)