羊が一匹   作:充椎十四

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 私がコナンクラスタから聞いた江戸川コナンというキャラクターは、疑問に思うことや興味関心のあるものには突撃して「なんでなんで」「どーして?」と質問攻めにする……はずだ。はずなのだが、何故か距離を開けられている。

 

 少年探偵団が私に会いに来ても「ボクはいいよ!」と数メートル離れた場所で私をチラ見するだけで、時々真剣な表情で「無力でごめん……。だけど、いつかきっと白馬をそこから救ってみせるから!」とか十メートル離れた場所から宣言してくれる。青少年の主張かな? 屋上から大声で公開告白するの?

 若い青少年らしく一人で何か葛藤しているのかもしれないが、はっきり言って不審極まりない。

 彼は何がしたいんだろう。

 

 変なのと思いつつ放置していたらいつの間にか少年探偵団のメンバーが増えていた。灰原哀ちゃんという彼女もコナンの同類で、遠くから私を気遣わしげな目で見てくる。飛雄馬のお姉ちゃんかな? 私は大リーグボール養成ベルトなんて着けてないんだけど。

 彼女も確かコナンくんと同じような身の上だったはずだから、送迎の車の中で降谷さんに「不思議な子がいるんだよね、灰原哀ちゃんっていうの」と伝えておいてあげた。

 

 東都で安全に暮らすためにも、二人には警察と一緒に頑張ってほしいものだ。

 

「ふーるやさん、ふーるやさん、遊ぼうじゃないか」

「いまご飯の真っ最中」

「おかずはなーに?」

「エビフライ」

「一匹ちょうだい」

「全く君は……」

 

 土日などない海軍勤務な降谷さんの昼食は庁内の食堂で買ったお弁当だった。私がエビフライに目を奪われていることに気付いた降谷さんは仕方ない子だといわんばかりの苦笑を浮かべ、私の口にエビフライを差し出した。

 首を伸ばしてかぶりつき全部食べる。

 

「降谷さんは知らないかもしれないけど、実はね、こどもは大人が思ってるのの十倍はエビフライが好きなのよ」

「そうなのか」

「うん。エビフライ一匹で一日幸せに過ごせるくらい好きなんだから」

「それは凄い」

 

 休日出勤の皆さんがソワソワとお弁当のソーセージやアスパラのベーコン巻きを見せつけてくるのは無視だ。私はいまエビフライの気分であってその他はお呼びではない。

 

「大人になるって損よね。エビフライ一匹の幸せ度数が少なくなるんだもの。エビフライの幸せが一日長続きしないし、性格が悪い奴には『安い幸せだな』とか『貧乏舌で可哀想に』とか言われるし」

 

 周囲からいくつもの呻き声が上がる。

 

「オモチャつきのお子さまランチは頼めないし、泥んこになって遊んでたら変な目で見られるし、こども向けのオモチャで遊んだりアニメ見たりしたら年甲斐がないって馬鹿にされるし」

 

 幾人かが鼻を啜った。経験者がいるようだ。

 

「大人って損な生活送ってる」

「……そうかもな」

 

 降谷さんは一度頷いて、しかし首を横に振る。

 

「だが、大人じゃなきゃできないこと、大人になったから分かったこと、大人でいて良かったこともたくさんある。まだ花ちゃんが知らないだけで……世界は本当に広いのさ」

 

 私の頭を撫でながらそう言って苦笑した。

 

「大人であることも捨てたものじゃない」

「ふーん」

 

 「大人でいて良かった」なんて前の大人だった私にはあまり思えなかったけど、まあ確かに悪いことばかりじゃなかった。

 大人になるにつれ増えたしがらみが重かったこともあれば、逆に喜びに感じられたこともある。酸いもあれば甘いもある。

 

 水戸黄門も言いました。人生楽ありゃ苦もあるさ。

 

 室内を見回せば、事務職から前線の人っぽいのまで色々いる。みんなお弁当に集中しているように見えるけど――きっと、私の一挙一動に気を張っているのだろう。

 

 ここに来たのはまだ両手の回数しかないから、みんな私とどう触れあえば良いのか知らない。私もどう声を掛けたものか迷っている。

 

「……確かに、大人になるといいことあるね」

 

 半年前、私なら大丈夫だと言ってここに案内してくれた降谷さんを見上げた。

 

「何か物をいっぱい持てるし、力だって強くなる」

「そうそう。あと、人に寄り添えるようになる。悲しいと泣いている人の気持ちがもっと分かるようになるんだ」

「いいことだね」

 

 ――ここは警視庁じゃない。警察庁の中だ。ここに来たとき安室さんは改めて降谷零を名乗り、自分はニチアサ実写ドラマのように身分を隠して正義のために戦っているヒーローなのだと胸を張った。

 だから、車の中や警察庁では本名で、外や警視庁では安室さんと呼ぶようにしている。

 

「そんな大人になりたいものよ」

 

 大きく頭を振って頷いたら頭を撫でられた。もっと褒めるのです。今こそ、この五年で達人の域に達したナデナデスキルを発揮するのだ。私は褒められて伸びる子だからね。

 

「――そうだ、花ちゃん。俺は来週から花ちゃん係を降りてポアロという喫茶店で働くことになったんだけど、俺が働いている日ならポアロに寄り道していいと白馬警視総監から許可を頂いたよ。もちろん花ちゃん係と一緒に来るのが必須だけどね」

 

 えっ、何それ行きたい。

 

 なんと、私の触れる世界が狭すぎることに今更ながらパパが不安を覚えたらしい。色んな客が来る喫茶店で過ごすことで、他の客と知り合ったり人間観察したりして世界を広げてね……とか。

 おおっぴらに「護衛されるべき人の安全確保のため店員になりました」なんて言って回るわけにもいかないから、「警視総監の娘であり庁内で顔の広い白馬花が、警視庁の事務職(派遣)を辞め本格的に探偵業を始めようとしている新米探偵・安室透がバイトしているという店へただ遊びにきただけ」という体をとることになるそうだ。

 

 原作でも降谷さんは喫茶店でバイトしてたみたいだけど、どういう経緯でウェイターになったのか知らないのよね。でも絶対に「私の交流相手拡大のため」なんて理由じゃなかったはずだ。他にも何かあったに違いない。

 

 ああ、わくわくしてきた。花ちゃんになってから喫茶店に行くのは初めてだし、外食もパパと一緒に行ったレストランや料亭だけだ。

 どんな喫茶店なんだろう? 古美術喫茶みたいに独特だけど温かい空気が流れる店とか、ジャズ喫茶とかのレトロだけど時代を越えてカッコいい店とか、コンセプトカフェとか。そういった要素のないシンプルな店ももちろんいいよね。

 

「楽しみ!」

「お待ちしています」

 

 ――笑い会う二人の何駅も遠くで、主人公がぶるりと体を震わせた。

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