羊が一匹   作:充椎十四

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 インテリ眼鏡っぽい茶髪の男がコナンくんの仲間入りをした。コナンくんの愉快な仲間たちの一人ということは正義サイドの人物なんだろうが、私には分かる――あれはスケベだ。

 見れば分かるだろう、あのそこはかとなく漂うスケコマシの雰囲気が。女性への近寄り方がもう「僕は女の扱いに慣れています」と語ってるし、「下品じゃないデップー」とでも言おうか……女は口説くのが礼儀だと思っていて、エスコートすべきとかなんとか考えるより先に体が動いている男。

 東都大学の院生というから帰国子女、アメリカ育ちで高校卒業あたりで日本に戻ってきたクチだろう。でなければただのどうしようもないスケベ。日本育ちでその態度を取れる奴はスケベだ。間違いない。

 

 コナンくんのいないポアロでそう繰り返したら、安室さんが無表情で唇を噛み締め体を震わせだした。必死に何かを我慢しているその顔が真顔過ぎて怖い。

 

「確かにスケベそうな顔をしているよな。あの細い目なんて一体どこを見ているのやら分かったものじゃないし、親切そうに見せかけているが身勝手な性根が端々から垣間見える。花ちゃんは人を見る目があるな」

「私そこまで言ってないよ」

 

 私の横でカウンターに崩れ落ちてるのは刈り上げに近い短髪が死ぬほど似合わない諸伏さん、元潜入捜査官。四年前からの花ちゃん係で、降谷さんの幼馴染だ。

 こんな糞みたいで変装と言えない格好をしているくせに、彼の変装がバレることはほぼないらしい。というのも、私にはさっぱり嗅ぎとれない「フェロモン」が個人を特定するための一番の手段だからだとか。顔がいくら違っていようが何年歳を重ねようが個人のフェロモンの根幹は変わらないらしく、八時間毎の投薬もしくは専用の香水を使うことで一時的に変化させるのが精一杯だとかなんだとか。

 諸伏さんは朝と昼過ぎに薬を飲むことでフェロモンを変えており、お陰で変装が残念だろうがお粗末だろうが「フェロモンが違うので他人です」を押し通せているという。

 

 保護されてすぐの頃、警察病院の医師っぽいおじさんにどうやって相手を見分けているのか聞かれて「顔」と答えたら「まさか顔だけじゃないよね。匂いとかも分かるよね?」と凄く焦った顔をされた。分からないと正直に答えたら絶望したような表情で「こんな、嘘だろう」と頭を抱えた。

 今も昔も私にはフェロモンなど全く分からぬ。でもそれで困ったことは一度もないから問題ない。ちなみにそのおじさんは私の主治医だ。

 

「あいつがスケベ……! ひゃー腹が痛い、捩れる……辛い、駄目だ!」

 

 諸伏さんは笑いすぎて遂には叫んだ。低学年は半ドンの水曜日で昼休憩の混雑も過ぎ、アフタヌーンティーにはまだ早い微妙な時間のためか私たち以外に客は一人もいない――だからこそ、こんな身内向けの危険な話ができたわけで。

 

「花ちゃん、安室さんこんにちはー!」

「来たぜぇ!」

「こんにちは、白馬さん、安室さん!」

 

 でも、そんな時間は突然終わった。ドアを突き破らんばかりに店に飛び込んできたのは少年探偵団だ。

 

「こんにちは、少年探偵団のみんな。今日も元気だね」

「えへへ、歩美たちさっきまでサッカーしてたの」

「汗びしょびしょです」

「しょっぱいもんが食いてーよなぁ。うな重とかよ!」

「よ、よぉ白馬」

「こんにちは、白馬さん」

 

 私の周囲にわらわらと近寄る三人と対照的に、距離を保って挨拶してくるコナンくんと哀ちゃん。私は主人公に対してあまり思い入れがないから良いけど、もし私の立場いるのがコナンクラスタな友人だったなら「江戸川様に嫌われた!? もう死ぬしかない……」とか言いそう。死なないで、生きて!

 

「花ちゃんは今日もずっとポアロにいるの?」

「ううん。今日はお兄様と一緒に夕飯を食べに行くから、5時くらいに帰るよ」

「花ちゃんのお兄さん……どんな人?」

「優しいよ。でもお兄様は強いアルファらしいからみんなは会わない方が良いかも」

 

 私にはさっぱり分からないけれど、探お兄様は強いアルファらしい。強弱なんてあるのか――性別の癖に生意気だ。

 今年の春、数年ぶりに帰国したお兄様が私を抱き締めながら「僕は強いアルファなのに、嬉しい」と涙をこらえていたため本人に聞けず、主治医に「第二性の強弱って何が強いの」と聞いたら彼は頭を抱え呻いた。

 

 二性の強弱は感覚的なもので、ある程度の距離まで近よれば分かるものらしい。漫画的表現に頼るなら二性の強い人は「強者の風格を備え一歩一歩が重く深い世紀末覇王」のようなものだとか。二性の弱い人は世紀末伝説のチンピラで、ベータは一般人。

 ……果たして、どこまでが二性の自虐でどこからが事実なのか。もしかして一から十まで本気で本気の事実なのか。さっぱり分からない私には医者の言葉を信じることしかできない。

 

 二性の強さは鍛えることもできるらしいけど、鍛えれば鍛えるだけベータに逃げられるから鍛える人はほぼいないとか。同じ二性からすら怖がられるようになると心が折れるから。

 

「強いアルファですか……お可哀想に」

「歩美も強いオメガだから平気だよ!」

「父ちゃんも強い方だから平気だぜ」

 

 心優しいことを口々に言ってくれる三人に対し、コナンくんと哀ちゃんは二人で内緒話だ。何かを覚悟した顔をしている。

 

「ありがとう、みんな!」

 

 お兄様が来るまでの約三時間、探偵団の三人としゃべって過ごした。へー、スキーにいこうとしたらバスジャック、へー。三水ナンタラのカラクリ屋敷でキッドと会った、へー。キャンプ先の山で倉庫に閉じ込められて蒸し焼きにされかけた、へー。

 

 少年探偵団ってなんの組織だっけ?

 私の横で話を聞く諸伏さんの表情も、表現しがたいものになっていた。

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