誰かが踏み出した一歩が、世界に革命を起こすこともある。
第二性革命……適当に英訳してD N Revolution、西○兄貴に迷惑が掛かること間違いなしなその革命は、炎上を繰り返すTwit○erアカウント・大爆炎覇王の踏み出した一歩に吸い寄せられた者たちにより生まれた。
「少し前までの二性差別後進国が、今じゃ世界で一番二性に開かれた国なんて言われてるもんなー」
ほんの五年ほど前までは先進国の中でも特に二性の人口比率が低く、「二性には住みづらい国」トップ十位内を争っていた国・日本。それが今ではどうして、海外へ逃げていた日本人二性はもちろん、外国籍の二性までもが移住や帰化を求め日本へやって来る。
確かに地方はまだ差別意識が強いのだが、大都市に限れば第二性の性差別が先進国一緩い。これまで家に引きこもっていた地方在住の二性はほとんどが都市部へ逃げ込み、海外からは安住の地を求めた二性が流入し――主な政令指定都市における二性の比率は一割を超えた。
二性の率が一割超えの都市が五つ以上あるのは日本だけだ。
増える二性を厭い地方に引っ越すベータもいるとはいえ、みながみな引っ越すわけでなし引っ越せるわけでなし。安心して暮らせる街を守れと大小かなりの数の反発が起き、なんと最高裁まで裁判がもつれ込んだ。しかし「日本はベータのみが暮らす国ではな」く、また「アルファとオメガの二性が犯罪者であるという認識は事実ではな」く、そして「すべての国民には転居の自由が認められている」。――この判決が一度下ってしまえば、反発はだんだんと鎮火していった。鎮火せざるを得なかったとも言う。ベータは「すべて国民には」の文言に弱い。
各地の議会には市民団体から「二性のみが暮らす地域」を作るべきだという圧力もあったという。しかし、行政府による正当な理由なき国民の監禁を認める法令は会議にかけられることすらなかった。
そして、ベータは二性に慣れていった。人は慣れる生き物だから。
「変わったもんだよ」
「そうですね」
さっき花ちゃんを探くんに渡したから今日の仕事はあがりだ。警視庁に戻る必要はないということなのでゼロの仕事を邪魔して過ごすことにした。
五時を回って増えたベータの女子高生たちのゼロ相手にキャーキャーと叫ぶ声が姦しく背中に当たる。
――ベータが、オメガ相手に恋をする。ほんの五年前には考えられなかったことだ。嫌悪され唾を吐かれるのが普通だった、その普通が打ち壊された。
少年たちほど柔軟ではないにせよ大人の世界も年々変わってきており、近所付き合いで、スーパーで、職場で……様々なところで二性が受け入れられ始めた。前では考えられなかったくらい自由度が上がった。
一人が踏み出した一歩が、こんなにも大きく世界を変えた。変えていっている。これからも変わり続けるだろう。
きっとあと十年もしたら、子供が性別関係なく一緒に机を並べて授業を受ける風景が「普通」になる。その「普通」を俺たちは経験できなかったけれど、将来はベータに逃げられて泣くアルファやオメガなんていなくなる。素晴らしいことだ。
「……良い国になっていってる。子供たちが笑ってる、良い国に」
幼稚園に行きたくないと駄々を捏ねて床を転げ回り埃っぽくなった三歳児が、同じ時、表面上は静かな湖面に石を放り投げた。世界に問いかけた。
湖面の端も端で生まれた小さな波紋はゆっくりと湖全体に波及していき、湖の底で諦めとぐろを巻いていた者たちにも届いた。諦めるのか。自分の次の世代にも自分と同じ目に遭うことを強いるのか。それは加害者になるのとどこがどう違うんだ。そうして多くの二性が動き、今がある。
下の世代が羨ましい。学生たちが羨ましい。世界が日々色づき輝いていく青春を謳歌する子供たちが羨ましい。……だが、羨ましいから取り上げるなんてことはできないし、したくもない。彼らには輝きの中で笑いさざめいてほしい。
「警官らしいコメントですね」
「そりゃあ警官だからね。これからの日本を背負う若者たちに期待してるし応援してるよ」
そんな会話をぽつぽつと交わしていれば、最近警視庁でも警察庁でも頻繁に話題に上る少年――江戸川コナンが近寄ってきた。
「ねぇおじさん!」
「おじ……おじさんか。うん、どうした?」
彼の見た目は小学一年生だが、中身が高校二年生だということは知っている。本名が工藤新一であることも。監督下に置こうにも本人の性格が謎や事件と見れば猪突猛進、身につけた技術も多岐に渡るため大人しくさせるのが困難極まりない。
流石に命の危険を感じれば暴走も収まるのではないかと兄経由で長野県警に頼み何度かデッドオアアライブな目に遭わせてみたが糠に釘、暖簾に腕押し、なしの礫。いや、望む結果が得られないだけならまだマシだ。正義感の塊な青年のハートはよりいっそう正義に燃えてしまった。
これには警視庁公安も警察庁公安も皆「その情熱が憎い!」と涙を流す他なかった。無駄に優秀なばかりに保護されてくれない、このバカ! アホ! 大人しくしてろ! お前はただの一般人!
その――つまり、中身が十七歳で、俺とは年が一回り離れているとはいえおじさんと呼ばれるべき年齢差ではない相手に、「おじさん」と呼び掛けられるなんとも言えなさ。十二歳差と二十二歳差は天と地ほども違うのに。
「おじさんは白馬のボディーガードなの?」
「花ちゃんと呼びなさい花ちゃんと。あの子は偉大なヒストリーメーカーなんだ、親愛と尊敬を込めて花ちゃんとお呼び。はいおじさんに続けて。花ちゃん」
「は、花ちゃん」
「よろしい」
始めは酷かった。花ちゃんに付いた通称が「ベータの幼女」で、事実とは言え風情も親しみもない呼び方はどうなのかと問題になった。「白馬さん」は警視総監と被るから却下。「プリンセス」や「お姫様」、「お嬢」、「フラワーさん」は特定の商売を想起させたりコードネームに聞こえるため候補からすぐに外され、「花たん」はロリコンっぽいと蹴られ、上品そうな「お花はん」にはお好み焼きを思い浮かべる関西人に溢れた。
議論は紛糾し、しかし結論はシンプルだった。捻りなど要らなかったのだ。ただ、親愛を込めて「花ちゃん」と呼べば良い。
「で、俺が花ちゃんのボディーガードか、だよな? それは違うと言えば違うし、そうだと言えばそうだよ。花ちゃんは一人で外歩きなんてさせられない子だからね」
「一人で外歩きさせられない……?」
根掘り葉掘り聞きたそうな少年をよそにため息を吐く。
本能が欠けているという点でも、組織幹部の娘だという点でも、Twi○terで絶大な発信力を持っているという点でも。花ちゃんは一人で外歩きなんてさせられない重要警護対象なのだ。本人には全くそんな認識はないが。
「ふふ、とても大切な立場の人なんです。花ちゃんはね」
怖がらせ役のゼロこと安室がくすりと嗤った。
「傷ひとつでも付けてしまえば怖い人がやってきますよ。真っ黒な上下に身を包んだ二人組……とかね」
ゼロの言葉であの二人に襲われた野々村少年を思い出す。彼の二の舞は――いや、むしろあいつらに江戸川くんを襲わせた方が良くないか? 流石の江戸川くんだって入院している間くらいは大人しくしているだろう。そして入院中にこんこんと洗の……説得をすればいい。一月もあれば簡単な話だ。
いや、いやいや駄目だ。それは花ちゃんを怪我させるのが前提になる。駄目だ。念押ししておこう。危険が危ない。
「君、花ちゃんを襲うなよ?」
「バッ、襲わねーよ!」
襲ったらどんな目に遭わせたくなるか分からないし、あの番にどんな目に遭わされるか分からないからな。