羊が一匹   作:充椎十四

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 彼らの娘は警察により厳重に保護され、光の下で伸び伸びと育っている。

 一度も会ったことがないのに、何故そんなにも愛せるのだろう。

 

「安室さんみーっけた」

 

 ベルモットがふらりと消えた後、ジンたちと別れたばかりの場に花ちゃんが現れた。白バイの訓練場で見かけた覚えのある男が一緒だ。背は低いが体格が良く、厳めしい顔は鬼瓦のようだ。

 

「花ちゃん」

「安室さんこんにちは。いつもポアロでお世話になっております」

「これはこれは花ちゃんこそ、いつもうちをご贔屓にして下さって、ありがとうございます」

 

 マイブームらしい丁寧な挨拶を交わして頭を下げあえばニカッとした笑顔が眩しい。俺のことを知らない護衛は数瞬置いて合点がいったらしく、唇だけ「ああ、元事務の」と動いた。

 

「こちら茂登山さん。普段はスピード違反とおいかけっこしてる人」

「茂登山です。白バイやってます。よろしくお願いします」

「そんでこっちが安室さん。前警察で事務してたけど今は喫茶店で働いてる人」

「安室です。駆け出しながら探偵をしています。よろしくお願いします」

 

 視界の端で銀髪が遠ざかっていく。

 

「ねえねえ安室さん、さっき一緒にいた背の高い人誰? お仕事の相手?」

 

 花ちゃんはウォッカしか知らない。そのウォッカと一緒にいただろうジンが気になるのは自然なことだろう。俺に声をかけたのはジンと話している姿を見たからか。

 

 湯が沸くようにぽこりと浮かんだ考えは――悪戯心ではない。気紛れではない。同情でもない。ただ「知りたいだろうな」と思った。花ちゃんは八歳で、生まれる前を含めば八年以上の間ジンは花ちゃんを見守ってきた。

 知っても良いんじゃないか。知るべき立場にあるんじゃないか。

 

 そして同時に浮かんだのは、生みの親と生き別れた花ちゃんも――親との縁を手繰りたいのではないかという思い。

 親と会いたいと願っているなら、ジンと話したいはずだ。

 

「今日の仕事の関係者でね、ジンっていうんだ。会ってみたいかい?」

「ほうほう神さんね、珍しい名字。――うん、会ってみたい」

「分かった。ちょっとここで待っていてくれるかな。彼は恥ずかしがり屋でね」

 

 勘違いはあえて正さず、その場に二人を残し少し遠いジンを小走りで追う。ウォッカが先に俺に気付いた。

 

「ん? どうした、バーボン」

「良かった、追い付けて。……ジン。貴方、花ちゃんに会う気はありますか」

「あ?」

「もし貴方が会いたいと望むなら――僕の契約相手で、特にベータに怖がられている強いアルファとして紹介します」

 

 花ちゃんのために会わないでいると決めた、その覚悟は知っている。だが、親として会わないことは、他人として知り合わないことと同義ではない。

 

「貴方たちが一緒にいる姿を見たから、花ちゃんは僕に『あの人は誰』と聞いてきたんです。ウォッカは無理でも、ジン、貴方一人だけで構わないなら」

 

 世界は変わってきている。東都でも、ここ名古屋でも、アルファとベータが一緒に歩いている姿を二度見する人が少ない。当たり前の姿として受け入れられ始めている。

 

「八歳の花ちゃんには、今しか会えないんです」

 

 ――ジンはじろりと俺を見たが、ふんと鼻を一つ鳴らすと踵を返し歩き出す。

 

「あの子は狼にやった。それが今更ハイエナの群れに顔を、だぁ? 馬鹿馬鹿しいこと言ってんじゃねぇ」

「あの子の思い出に影一つ残さないつもりですか」

「死肉を喰らい泥水を啜って繋いだ血だなんざ、あの子は知らなくて良い。下らねぇ話は終わりだ」

 

 迷う様子もなく切り捨てられたことに拳を握りしめ俯いた俺は、次の瞬間目を剥かされた。

 

「せいぜい良い狼に育てるんだな、バーボン」

 

 知っていたのか。

 

「任せたぜ」

 

 ――だからなのか。

 

 唇を噛み締め、雑踏に消える二人を見送る。会わないことがジンたちの愛だというなら――その想いは尊重しなければ。会いたいに違いないのだから。会いたい気持ちを押し殺して会わずにいるのだから。

 しかしそれは、なんて哀しいのだろう。

 

 花ちゃんの元に一人で戻れば、花ちゃんは俺の後ろを気にして体を大きく左右に揺らす。両手を合わせて軽く頭を傾け、ごめんねと謝った。

 

「残念なことに断られちゃったんだ。自分はベータを怖がらせてしまうから、って」

「ええー、花ちゃんアルファもオメガも全然怖くないのに」

「彼は心配症で恥ずかしがりなのさ」

 

 握り潰せそうな小さい頭。高い体温で少し汗ばんだ額、世話が行き届いている年相応で可愛い服装、良い家庭環境ゆえのころころと変わる明るい表情。

 ジンがこれに触れることはない。

 

「あーあ、会いたかったなぁ」

 

 唇を尖らせあからさまな様子で項垂れる花ちゃんの頭をポンポンと撫でてやる。

 

「きっとまた会えるさ」

「そうかな?……そうだといいな」

 

 きっと会える。壁越しかもしれないが声を交わせる。そう信じている。

 

「……花ちゃん、僕も名古屋のお土産を買おうと思ってるんだ。一緒に選んでくれないかい?」

「ん、いいよ! さっき試食で美味しいの見つけたから安室さんにも教えてあげる」

「花ちゃんのお勧めかー。それなら間違いなく美味しいだろうね」

 

 花ちゃんと俺と茂登山の三人で、土産屋の区画に爪先を向ける。

 きっと本来であれば色白で銀髪の男としゃくれ顎に骨太の男との三人で選んだはずのものを――色黒で金髪の男と鬼瓦の顔に骨太の男との三人で選ぶ。

 

 それがああ、哀しく、切ない。

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