さっさと帰った灰原を抜いた四人でサッカーをした帰り道に会ったのは、短い髪を赤く染め、時おり手の中の胡桃をバキリと砕いては捨てる骨太の筋肉男。
どこの不良漫画から飛び出てきたのかと目を疑いたくなるしゃくれ顎のこいつは見た目より優しい。父親への反発で非行に走っただけで、親以外の他人へ無差別に敵意を向けるような性根じゃない。
「コナン君、この人は……」
「この人は魚塚新一郎兄ちゃん。新一兄ちゃんの後輩で、威圧感は凄いけど優しい人だよ」
新一郎の全身から発散される強いアルファのフェロモンに光彦が顔色を悪くした。これ以上鍛えるとただでさえ強いフェロモンが更に悪化するぞと何度も忠告したんだが、両親を、特に父親をぶちのめすことに燃えている新一郎は「まだまだあいつを倒すには足りねぇんです!」と言って聞かない。
元々アルファ同士は反発しやすいように出来ている。巣の主ではないアルファのフェロモンは巣の主のアルファを苛立たせオメガを不安にさせるため、子がアルファの場合は第二次性徴期を迎えるあたりで親子仲が崩壊しがちだ。
オメガにはそういうことはないけど、別のオメガと巣が近接するとストレスに感じやすいらしい。睨み合うオメガを見かけたら止めようなんて考えず、その場からすぐ逃げるの一択だ。
俺んちは親父がアルファで母さんがオメガ、俺がアルファ。仲の悪化し始めに両親がアメリカに飛んだから仲良くやれてるけど、見極めを誤ると親子の縁すら切ることになる。そういう家は多くはないが少なくもない。
新一郎は高校入学時に独立して独り暮らしだが、独立前から父親との仲は絶望的だ。――原因は新一郎の妹・花ちゃんを父親が知らぬ間に養子に出したこと。花ちゃんはベータだったため離れて暮らしていて、家政婦から定期的に届くという写真の花ちゃんは小さくて可愛かった。何故か両親にはベータの妹がいることは秘密にしなければならないと言われていたそうだが、特に親しい相手……俺を含む数人には教えてくれて、写真も何度か見せてくれた。
新一郎は今の俺の事情を知らないが、「工藤新一」が行方不明になってすぐ俺のスマホに心配の鬼電をかけてくれた良い奴だ。コナンとしてもまあまあ親しく付き合っている。
「よぉコナン。友達とサッカーか?」
「ううん、今は帰りだよ。新一郎兄ちゃんはどこに行くところ?」
「俺は夕飯作るのタルいんで、どっかで飯でも食おうかってな」
飯のうまいところ知ってるかと元太や光彦に笑んだ新一郎に、すぐ慣れたのか元太が大声で答えた。
「兄ちゃん腹へってんのか? なら俺たちと一緒にポアロ行こうぜ! ハムサンドがほんとにうめえんだぜ、ポアロはよ!」
「ハムサンドね。腹に溜まらなさそうだな……」
「他にもメニューいっぱいあるよ! パスタとか、スープとか」
歩美ちゃんの言葉で決めたらしい。頷いて案内を頼んできた新一郎も合わせ五人でポアロに向かう。
――新一郎の妹の花ちゃんは五年前に三歳だったから今は八歳、小学二年生。
ポアロに顔を出す白馬花ちゃんはベータで、八歳の小学二年生。条件は揃っているが……まさか、ただ名前が同じというだけだろう。
道路から横目に見た店内には花ちゃんがいた。花ちゃんがこの店に来るのはあいつ、黒の組織の幹部バーボンこと安室透がいる時のみ。
灰原がこの場にいなくて正解だったな。
「花ちゃん、か?」
ぼそぼそという新一郎の声。
「ん? お兄さん花ちゃんのこと知ってたの?」
「花ちゃんは護衛の人とよくここに来ているんですよ」
「アルファもオメガも全然怖がらないんだぜ! すっげーだろ!」
最近は二性差別がましになったが、ベータの幼児が二性の威圧で泣いたり逃げたりするのは差別云々ではなく当然のことだ。幼児が二性から感じる威圧を「ライオンを前にしたネズミの気持ち」と表現した話は誰のものだったか……。
「花ちゃん……花ちゃんだ」
うわごとのように呟く新一郎を見上げれば、新一郎は泣いていた。まさか。勘違いなんじゃないのか? だが兄妹だと思って観察してみれば、鋭い目付きと太めの輪郭線がとても良く似ている。サラサラの髪質もだ。
「花ちゃんはよくここに来るのか」
「え、ええ、そうですよ。週に二回か三回は来てます」
「そうか。……名字は何て言うんだ?」
「白馬だぜ。兄ちゃん泣いてっけどどうしたんだ? 腹減ったのか?」
「白馬花」は警視総監の娘で、これ以上なく身分が保証されている。だが「白馬花」が懐いている安室透は黒の組織の幹部で……この数年、警視庁に潜入していた。
黒の組織には俺を幼児化させた薬を研究していた灰原がいたんだ、他にも様々な薬を研究していておかしくない。黒の組織以外にも危険な薬を研究する組織があるかもしれない。
決めつけるのはまだ早い。だが「白馬花」がそういった組織から保護された、もしくはそういった組織に現在進行形で狙われているのだとすれば。新一郎の知らない間に養子に出された理由も分かる。
アルファとは言え十一の子供に「妹がどこぞに誘拐された。保護されたが犯罪組織により本能を殺す薬を打たれたため普通に生きるのは難しい」または「妹は珍しい体質のため身を狙われている。一般家庭では守りきれない」と伝えるか? 「妹の身を守るため」と言えないから、ただ養子に出したという事実だけを伝えた。いま俺の知る限りのデータではこれらの仮説を否定できない。
本当のことを伝えれば、娘ばかりか息子すら失われるかもしれない。新一郎の両親はそう考えたんじゃないか?
「白馬……ああ、白馬探んとこか」
喉風邪のように枯れた声で頷くと、「そうか」とまた頷いた。
「ちびども有り難な、色々と教えてくれてよ。今日はもう腹いっぱいなんで帰るわ」
そしてくるりと背中を向け歩いていく新一郎にいてもたってもいられず、「お前らはポアロで何か食ってろ!」と一言残し新一郎を追いかける。
「待って、新一郎兄ちゃん!」
だから、俺は知らなかった。――ポアロに入った三人が新一郎の話をしたことを。
「新一郎って人、知らないけどなぁ」
「そういや、あの兄ちゃん変なこと聞いてきたぜ! 花ちゃんの今の名字は何だ、ってよ!」
バーボンが瞳をキラリと輝かせたことを。
「なんで知ってるんだろ?」
花ちゃんが目を瞬かせ、首を傾げたことを。