羊が一匹   作:充椎十四

18 / 19
18

 黒の組織、解体。日本以外の各国諜報機関にとっては寝耳に水の出来事であり、外部に開かれた回線が鳴りやまないことに切れた事務官はついさっき外線のコードを抜いた。

 それを横目に見ながら、通話相手に日本自慢を聞かせてやる。

 

「表で生きられないほどに虐げられていた二性たちの受け皿が、今の日本にはある」

 

 日の当たる世界で生きられなかった二性たちの吹き溜まり、それが黒の組織だった。彼らは第二性という生来の「性別」を変える方法を探しており、工藤新一が飲まされたかの薬は――ホルモンや遺伝子に影響を及ぼす薬の研究の末に生まれたもの。毒は単なる研究の副産物でしかなかったのだ。

 

 二性だから夢を閉ざされる、二性だから他者と触れあえない、二性だから世間から弾かれる。そんな「二性である」という、本人にはどうしようもないことで判断されたくない、ただ一人のヒトとして判断されたい。だが二性である限り「ヒト」として見てもらえない。

 ならば――二性でなくなれば良い。

 こう考えるほどに彼らは追い詰められた。強いアルファ、強いオメガだからと抑圧され続けた。

 かの研究は、夢を追うための、彼らが取れる数少ない手段だったのだろう。

 

「知ってるだろう。日本は今、二性差別が解消に向かっている。去年あたりから、都市部の中学校高校では性差なく入学できるところが増えた。ベータと二性のカップルが街で頻繁に見られるようになった。性差のない採用を掲げる企業もいくつかある」

 

 日本では今、意識革命が起きている。ありとあらゆる場所で、これまで「当然」とされていた性差別が駆逐されていっている。

 

 はじめ、一人が声を上げた。その声に五人が同調し、五人の声を聞いて二十五人が同調し、二十五人の声を聞いて百二十五人が同調し……遂には「その声」が主流になった。差別があり続けて良いのか、と。

 一人目が踏み出した一歩は確かに偉大で、革命で、衝撃だった。だが、それに同調した五人、二十五人、百二十五人がいなければ……あの声はただ打ち捨てられて消えるしかなかった。同調する者がいたから、声は消えなかった。

 

 無謀で無茶で蛮勇にしか見えなかった声が、日本の常識を変えた。今も変わっていっている。

 きっと組織は、これに未来と希望を見た。

 

「組織の解体は日本だからできた。今の状態ではまあ、他の国には出来ないだろうな」

 

 電話の相手が黙り込む。二性とベータのカップルが現れ始め、二性による猥褻物陳列罪以外の軽重問わぬ性犯罪は去年一年間で三十件しかなかった。思春期の二性による暴走や非行が減り、精神的に安定した学生が増えたと教育界からの報告もある。

 将来に希望を持てるようになった。さまざまな夢を追えるようになった。街中を歩くとき逃げるように歩かなくて良くなった。存在しているだけで白い目で見られるということがなくなった。それがどれだけ革命的なことなのか、ベータにはきっと分からない。

 

 ――大爆炎覇王が愛されているのは、二性の誰もが踏み出すことすら考えず、ただ恐れ悲しんでいた「常識」に、加害者……つまり強者の立場にある者が一石を投じたからだ。強い者が膝を折り、弱い者と同じ視線を持とうとした。それだけではない。「ベータが二性を虐げるのは当然の権利である」という無意識下の常識に目を曇らせることなく、差別をなくすため声をあげ続けたからだ。

 人格否定でしかないメッセージや、今の常識から見ればもはや差別の極みでしかないメッセージが千も万も届いていたのに、大爆炎覇王は「罵声送ってくる皆さんへ!その偏差値の低い脳ミソ氷水に突っ込んで冷やしてきたら?ぼくちん感情論なんて聞いてないんですぅ」や「前時代的なご意見ありがとう!全く参考にならんわ!」と飄々と返していた。それがどんなに俺たちの目に格好良く映ったことか。清々しかったことか。

 一歩踏み出す勇気を貰えた。だから皆が背中を追いかけて、今がある。

 

「日本だからこその結果だ、赤井」

 

 改革の旗を持ち誰より先を走る者は日本にいる。だからどの国よりも捨て身で挑戦できる。成功も失敗もあるだろうが、きっと、みんなが夢に溢れている。

 ――大人しく両腕を差し出してきた二人に関しては、それだけが理由ではないだろうけれど。

 

 念を押すように繰り返せば、電話相手は疲れのにじむため息を吐いた。

 

『……日本が羨ましいものだ』

「その言葉、五年前までは俺の言葉だったろうな」

 

 ほんの数年前まで、先進国の中で一番二性が暮らしづらい国だった。今はどうだ、先進国で一番二性が暮らしやすい国だ。

 

「自慢話はここまでにしておこうか。用件はなんだ? まさか幹部の引き渡しについてじゃないだろうな」

『残念ながら用件はそのまさかだ。奴等はアメリカで罪を犯し過ぎた……日本のぬるい刑罰では漱ぎきれないほどにな』

 

 赤井の言葉に少し腹が立ちつつも、眉間を揉みながら怒りを抑え答える。

 

「赤井、日本は法治国家だ。日本人が定めた日本国内での犯罪に関して作られた法に従い量刑を下す、独立国だ。――それで、今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするんだが」

『犯罪人引き渡し取引があるだろう』

「そうだな。だが、外国から我が国の法をぬるいだのなんだのと貶される由縁はない。そして、犯罪人引き渡し取引は外交ルートを使ってなされるべきものだ。個人的なルートでハイとかイイエとか答えるべきものではないし、なにより俺たちはそれに回答する権限を持っていない」

 

 こいつはアクション映画を見過ぎて頭がおかしくなったのか? 私的な信用で決まりを無視するなど非常識に過ぎる。ルールは原則として守るためにあり、今回の大捕物に関しても例外を適用してやる義務はない。アメリカでも重大犯罪に関わっている云々、などと言うなら正式なルートを経由しろ。こんな気軽な電話で頼んでくるような相手の言い分は聞いてやる必要性もない。

 

『こちらには正式なルートを使える立場がないと知っているだろうに』

「ああ、FBIの皆様は日本で様々な違法捜査や犯罪行為をしてくれましたからね。事前事後の申請一つなく。外務省へは貴方たちのしたことについて微に入り細に入り念を込めて書き上げた書類を送りましたが、その甲斐がありましたね」

『降谷くん……』

「自業自得だ。日本育ちならこの程度の四字熟語は知っているだろう?」

 

 赤井はもちろん、FBIの連中は独善的に過ぎる。ここは日本で、同盟国だ。捜査したいなら申請を通すものだろうに、それをせず観光ビザで違法捜査、違法行為、死体の隠滅。拘束したキールことCIA捜査官・水無の供述を受けた時の長官の反応を見せてやりたいくらいだ。

 お陰でアメリカは犯罪人引き渡し取引の優先権を他国に譲ることになった。――このことで外交官らから絞られたのかもしれない。なんとかしろと命じられダメ元で俺に電話してきた、といったところか。

 

『やはりできないか』

「できるできないの話ではない。……ああ、そうだ。他国との交渉が終わったとしてもジンとウォッカは日本の刑務所に入れるぞ」

『は? 奴等は幹部の中の幹部じゃないか! 君も知っているだろう、その二人は世界各国で重大犯罪を犯した大罪人だぞ!』

「この二人だけはどこにも行かせん。用件はこれだけか? これだけなら切らせてもらう」

 

 まだ何か騒ぐ赤井を無視して通話を切り、天井を仰いでため息を吐いた。回転椅子の背もたれが軋んだ音を上げる。

 

 ――たとえガラス越しだとしても、いつか会える日が来る。

 

「そのための苦労なんて、ないも同じさ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。