羊が一匹   作:充椎十四

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19(完)

 ある日突然哀ちゃんが親戚に引き取られて引っ越して、その半月後にはコナンくんも親が迎えに来れる状態になったとかで転校した。元々特に親しかったというわけでなし、いなくなったところで別段何か変わるなんてことはなかった。

 でも二人が消えるのとほぼ同時に、親しいTwit○erアカウントも二人消えた。少し寂しい気もしたけど、エタったり辞めたりはその人の自由だ。

 

 ――それから十年。私は十八歳の誕生日を迎えた。学校で皆から盛大に祝われ、持ちきれないほどの誕生日プレゼントを抱えてよたよたと校門を出たところで風見さんの車に拾われた。

 

「荷物が多くて大変だったんですよ、来てくれてありがとうございます」

「花ちゃん、落ち着いて聞いてほしい」

「嫌な予感しかしませんね。どうしました?」

 

 仕事用の軽の車内、まっすぐ前を見ながら風見さんは言った。

 

「君の身が狙われている」

 

 真剣な声音にごくりと唾を飲み込む。

 

「パパへの恨みですか、それとも金銭ですかね」

「その程度のことなら今までにも数えきれないほどあった」

「あったの」

 

 あるだろうとは思っていた。

 

「詳細についてはまだ説明できない。警視庁に行ってから話すよ」

「了解しました」

 

 風見さんが黙ってしまったから車内はひっそりとして、エンジンの音だけが響いている。が。

 

「くっ、どこからバレた……!」

「えっ何が?」

「シートベルトにしっかり捕まっていてくれ。引き離す!」

「何が追いかけてきてるのさ」

 

 片手でシートベルトを掴みながら鞄を探って手鏡を出し、後方を確認する。

 この車のすぐ後ろにいたのは、いかにも大金の掛かっていそうな高級車と、いかにも面に自信のありそうな運転手と、助手席にでかいバラの花束。なんだあれ。

 いや、風見さんがこんな慌ててるんだ。私たちを追いかけてきているのはこの「今まさにプロポーズに向かっています」と言わんばかりなハッピー男ではあるまい。二台とか三台後ろの車に違いない。

 

「くっ……張り付かれてしまったか」

「まじで? あれなの?」

 

 追いかけてきているのはプロポーズ前のイケメンらしい。大人しくプロポーズに行ってろ、警察関係者を追いかけてどうする。

 

「裏道に入る。少し荒い運転をするから踏ん張っていてくれ」

「了解です!」

 

 シートベルトにストッパーがかかり、後部座席のプレゼントは踊る。前後左右に振り回されながら裏道を通り抜けジグザグに警視庁に走る。

 

「あのハッピーそうな男は何なんですか?」

「見た目はもちろん頭の中身もハッピーな男だ。自分が選ばれると思い込んでいる」

「プロポーズ相手どんな高嶺の花なの? それと私たちを追いかける理由ってなんなの?」

「説明は着いてからだ」

「了解です」

 

 いつもよ倍以上の時間をかけて到着した警視庁の前、降谷さんと工藤さん他何人もの警官が私たちを待ち構えていた。

 

「降谷さん!」

 

 何が起きているのか説明してくれるのは降谷さんに違いない。車から下り声を張った私に、降谷さんは人差し指を立てた。

 

「ここで説明をする余裕はない。はやく警視庁の中へ!」

「ウィッス!」

 

 こっちだ、と工藤さんが背中を向けたその時だ。

 

 コンクリでタイヤを削る甲高い音があちこちから響き渡り、次々現れる面の良い男女。メーカーとかブランドとかさっぱり分からない私でも分かる――高級車で、テーラーメイドのスーツだ。

 良い歳した金持ちが警視庁庁舎前に次々現れるとは、何が起きてんの?

 

「警視庁の前で良くまあ道路交通法を破れたものだな」

「花ちゃんはやく! 中に入るんだ!」

「逃げてくれ!」

 

 頷き庁舎に駆け込もうと地面を蹴った――その時だ。

 聞き捨てならない呼び名が男たちの口から飛び出した。

 

「待ってくれ、はおたん!」

「覇王さんお迎えに来ました!」

「……わっつ?」

 

 立ち止まった私の腕を工藤さんが掴む。

 

「立ち止まるな!」

「良い歳した大人のくせに、女子高生に自分が選ばれると思うなよ!」

「ストーカーは去れ!」

 

 降谷さんと風見さんが男女らを罵る声を背中に聞きながら、工藤さんに引きずり込まれて庁舎内。連れていかれた三階の面談室で私は知りたくなかった事実を聞かされた。

 

「なん……だと……?」

 

 私のアカウント大爆炎覇王はとっくにバレていて警視庁警察庁で共有されているうえ、ネットに強い一般人()の皆さんも私の住所氏名年齢を把握しているという。

 好き勝手言いまくっていたあのアカウントの主が私だとバレていただなんて! やばい! 消さなきゃ!

 

「今更あのアカウントを消したところで手遅れ……いや、逆に火に油を注ぐことになるだけさ。大爆炎覇王は二十代後半より上の二性にとってはリアルに生きているヒーローだからな。自分こそが幸せにしてあげるんだ、なんて身の程知らずなことを考える馬鹿は多い」

「……馬鹿ばっか?」

 

 いや、平和で良いと思うべきか?

 

「そこでこれだ」

 

 工藤さんが差し出した紙には「婚姻届不受理申請書」と書かれている。滲み出る現実味と溢れる困惑。

 

「こんな時、どんな顔をすれば良いか分からないの」

「笑えば良いと思うよ。……区役所職員は既に呼んであるし他の証拠書類も揃ってるから、ここで書いて、判を捺して、渡せば済む」

 

 サインして、隣の部屋にいた区役所の人にそれを渡した。開いた窓の外から「はおたんを出せ!」「覇王を隠すつもりか!」「うるせー貴様らは逮捕だァ!」「大人しく縄につけ住居不法侵入者どもめ!」という騒音が聞こえる。

 

「……ねえ工藤さん、まともな恋愛と結婚ってどうやったらできますか?」

「同年代から見繕う、それしかない」

「無理」

 

 難しいことを言うんじゃない。私のモテ期は小学校で終わったんだぞ。今はとっくに埋没してるわ!

 

 ああ、まともな人と結婚できないだろうか。

 

「無理じゃないから聞いてみろ。な?」

「私、気休めはいらないの」

 

 外がうるさいなぁ。




会わないのもまた個人の自由ですね。

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