羊が一匹   作:充椎十四

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>このめ様




 私が漏らした断片的な情報と、一週間過ぎても親が名乗りでないこと、その他の事柄も繋ぎ合わせて導き出された結論は「魚塚花の親は子の監督責任を放棄している」だった。施設に預けられ過保護なほどに監視を受ける生活が始まったと思えば、二ヶ月後には私の名字は白馬になっていた。戸籍はどうしたのか気になる。

 義妹ができるからと留学先から一時帰国した義兄の名前は探、義兄の後ろに控えるばあや――新しい家の住所は杯戸で隣町の名前は米花、本屋に行けば必ずある「工藤優作著書コーナー」。なんとこの世界は青山ワールドであった。

 

「まあ、まだあと五年あるけども……」

 

 コナンの原作が始まるまであと五年あると分かったのは、義兄の探がまだ十二歳の少年だったからだ。主人公が高二の時に物語は始まったはずだ……確か。

 イギリスの全寮制に通う義兄はアルファで、ばあやもアルファ。幼少期から周囲のベータにギャン泣きで拒否されてきたアルファ少年は、私を軽々抱き上げ満面の笑みを浮かべた。

 

「ベータの子供に笑いかけてもらえたなんて初めてです!」

「寂しい人生送ってるのね」

 

 なんて会話があったとかあったとか。

 

 とまれ、まじ快はうろ覚えでコナンはコナンクラスタな友人に連れられてゼロシコ映画を三周した程度の限られた知識しかない私に出来ることはない。

 黒の組織ってのがみんなお酒の名前で、構成員は銀髪のロン毛がジンでグラサン巨漢がウォッカ、金髪のハリウッド女優なベルガモット……それ以外の悪役キャラは分からない。主人公サイドも映画の主人公トリプルフェイス降谷さんとコナンに蘭姉ちゃんと小五郎のおじさん、園子ちゃん、博士と哀ちゃん以下少年探偵団、目暮警部、高木刑事、風見さん。他にもっと主要キャラがいると聞いたはずだけど、コナンクラスタではなかった私が覚えていたら拍手ものだろう。

 

 そんな私が何をできると言うのか。私はY○KOSHIMAでもU-1でもHACH○MANでもないただのベータの女の子……何ら力を持たぬ無力な幼女なのだ。

 

「花ちゃんはサンペレ○リノのオレンジジュースが好きだなー。それでクラッシュアイス作るの」

「そっかー。おい、聞いたな? 今すぐ○城石井に行ってこい。サン○レグリノのオレンジだ。箱買いしろ」

 

 そう、私は無力。ゆえに人を顎で使っても良い。新しいパパに連れられて警視庁、アルファのおじさんたちに可愛がられながらあっちへふらふらこっちへふらふら……気がつけば警視庁公安部にいた。ちょっと待て、これは割りと本気で冗談にできないこれ公案件じゃないか? そんな簡単に潜り込めて良いのか公安部。

 だがまあ、これ公か否かなど幼女には関係ない。貰えるものは貰うし、本来なら入ってはいけないところだろうが侵入するし、怒られても反省しない。――何故なら私はまだ齢三つの幼女。だから自分勝手に生きて良いのである。

 

 偉いおじさんがわざわざ私と視線を合わせるため床に膝を突き、何か飲みたいものはあるかいと聞いてきたから正直に答えれば、部下らしきお兄さんが颯爽と走っていった。おじさんもお兄さんも弾けんばかりの笑顔だ。幼女に尽くしたがる変態に見える。

 

「花ちゃんは可愛いねぇ」

「でしょ、にこーっ」

 

 声に出しながら笑顔を向ければ、おじさんが目元を覆い「ベータの幼女が私に笑いかけている」と涙声で呟いた。ペドフィリアか危険な薬を決めた人にしか見えない。

 

 ――世間一般では「どこにでもいるベータ娘」でしかないはずの私が、どうしてこんな下にも置かない扱いを受けられるのか。それは警視庁本庁に勤める第二性の人口比を見れば分かる……なんと本庁勤めのほぼ全員がアルファかオメガだからだ。

 

 人口の一割もいないはずのアルファとオメガが警視庁でてんこ盛りになっている理由は一つ。ただ立っているだけで他人を威圧するアルファと一度タガが外れれば春先の熊と化すオメガは、人(と書いてベータと読む)と向き合う業務に向かないからだ。恐怖政治ならぬ脅し営業、死にたくなければ契約しやがれ。

 オメガは語る。「脅してるつもりなんてない」と。アルファは泣く。「むしろ仲良くなりたい」と。

 だがベータにとってはオメガもアルファも「人食い熊のグリズリー」。もちろんこれは絵本のタイトルでも「隠れ穴のウィ○ズリー」の言い間違いでもない。一般人にとって、熊と相撲をとった金太郎は心身の強いベータではなく、アルファもしくは巣持ちのオメガなのだ。

 

 アルファやオメガの就ける業務は自ずと狭まり、就職先は公務員(窓口業務を除く)や芸能界、スポーツ界といった「一般人とマンツーマンになることが少ない」仕事になる。東都内に限れば警視庁や警察庁はベータから「(空腹な)パンダの園」と呼ばれ、テレビ局やプロ向けスポーツジムなどは「サファリパーク」と嫌厭されている。

 そんな「アルファとオメガで溢れた業界」に入りたがるベータは少ない。

 

 ちなみにこの話は全部、泣きながら愚痴ったおじさん方の証言による。

 

「花ちゃん、チョコレートは好きかな」

 

 おどおどとアル○ォートを差し出して来たのは……風見さんじゃないか? この特徴的な眉毛は風見さんでは?

 アルフ○ートを箱ごと全部受け取ってにっこり笑う。

 

「うん、花ちゃんチョコレートも好きよ」

「そ……そっかー!」

 

 二言三言交わして、風見さん(暫定)は「また後でね」なんて言いながら離れていった。そして衝立の向こうで待ち構えていた同僚と肩を組み、「ベータの幼女最高!」とか「神々は俺たちを見捨ててなかったんだな! 俺たちに癒しをもたらすベータの幼女を下さったんだ!」とか、ペドフィリアの危険なオフ会を思わせる集団に合流した。

 なんとも、悪い意味で「危ない刑事」。シッ近寄っちゃいけません系集団だ。

 

 だがまあ、彼らの事情を考えれば仕方ないのだ。アルファもオメガも同年代のベータから遠巻きにされた経験しかない。愛想や外面や我慢を学んだ大人はまだしも、子供のベータは素直に「あの子怖い」と泣いて逃げる。よって思春期のアルファは泣きながら「なんでアルファに生んだんだ!」と親を殴る反抗期を迎え、巣を持たないオメガは引きこもりになることが多いらしい。いくら精神力が野生に近いとはいえ、周囲から送られる恐怖の目は彼らの心の柔らかいところを傷つけるのだろう。

 つまりベータの幼女に微笑みかけられた経験など彼らには皆無……興奮するのも当然の話なのだ。

 

 可哀想に。

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