羊が一匹   作:充椎十四

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 今の私が「こう」な原因の少年――スーパーへの道案内を頼んだはずが交番にエスコートしてくれた彼は京極真と言う。太い眉の凛々しいイケメンで、いかにも武道派らしくピンと伸びた背筋にしっかりした肩、同年代の中ではかなり厚いだろう胸板が雄々しい。

 そして少し言葉を交わせば分かることだが――彼は「思い込んだら試練の道を」かつ「重いコンダラー試練の道を」なスポーツマンだ。正義を愛し悪を憎むと言うより、犯罪を行うための思考回路が存在しないと言うべきアン○ンマンだ。鍛練のため武者修行と銘打ち山奥の瀑布に向かって感謝の正拳突きをしそうなピュアな脳筋さは、私をそれに巻き込まない限り、とても愛嬌があって良い。

 

「感謝の正拳突きか。素晴らしいな」

「え、正気?」

 

 なんて会話があったとかあったとか。

 

 まあ京極さんが鍛練に生涯を捧げそうな勢いなことは横に置いておいて。私の周囲を固める面々は「正義のためなら暴力をも厭わない」やら「悪即斬」やら「悪人死すべし慈悲はない」やらといったヤバい人が多い。知り合いの九割が警察だから自然とそうなるものなのかもしれないが、それにしても物騒な思考回路だ。斎藤一は一人いれば充分、十人も二十人もいらないというのに。

 その二十人以上いる斎藤一の中でも、ベスト・オブ・斎藤一の称号を与えるべき正義のゴリラと出会ったのはやはり――公安部でのことだった。

 

「はぁー、今すぐ三歳児になりたい。この無駄に成長した無駄な肉体を脱ぎ捨てて三歳児になりたい」

「その心は」

「オメガでもアルファでも怖がらずに笑いかけてくれる幼馴染とのじれったいラブストーリーが待ってるから」

「お前も疲れてるんだな。タフ○ンやるよ」

「いらねーよ……もうタフマ○は宝具レベルマックスだから今日」

「タフマ○は一日二本までだぞ、用法用量を守れ。とりあえずお前は飲酒運転で逮捕」

「ああんお巡りさんそんな殺生な! じゃあタ○マン二本とモンス○ー一本にするから許して!」

「死ぬぞお前」

 

 日本の未来はお先真っ暗だと良く分かる雑談を聞きながら、部長の机の横に用意された子供用テーブルでニチアサ変身魔法少女アニメ「ワーキングピュア♡撫子」の塗り絵に色を塗っていく。

 「ワーキングピュア♡撫子」は魔法少女の力を偶然手にした男・元上聖が仕事に世界平和に奮闘するという内容のアニメで、無駄に説得力に溢れたキャラクター描写と社会の闇にズバズバと切り込む話の展開で大人の人気も高い。先週にはピュア織江というボーイッシュキャラの仲間が増えた。

 

 しかしピュア織江が増えたのはまだ先週。私の手元にある塗り絵には、ピュア撫子と聖の同僚で可愛い系の魚住萌恵ことピュア紫炎のいちゃついた絵しか載っていない。萌恵が煙草を吸い顔を盛大に歪めながら愚痴るシーンはとても格好良かったが、ボーイッシュキャラの凛々しさもまた別腹で格好良いのだ。

 

「いくらウォッカの娘とはいえ、ベータの子供がこんな野獣の園で泣かないわけがないだろう。別の子供で、フェロモンが極端に薄いだけのアルファかオメガである可能性は? 第二性の診断結果はどうなっている」

 

 凛として深く、良く響く声が廊下の向こうから近付いてきた。ドアの磨りガラスに二人分の影が映る。

 

「君の判断を疑いたくはないが、そんなドラマのような話があるとは思えな……い……?」

 

 ドアが開き、入ってきたのは金髪碧眼に小麦色の肌をした青年。顔だけ見ればまだ高校を卒業したばかりの年頃のように思えるが、テーラーメイドのスーツを着た姿の自然さが判断を難しくする。

 彼には見覚えがありすぎるほどある――ゼロシコの主人公だ。

 

 黒の組織に潜入し日本を裏から守るイケメンゴリラ・降谷零が現れた!

 塗り絵帳から顔をあげていた私と降谷さんの視線がぶつかり合う。

 

「本当にベータじゃないか!」

「はい。間違いなく彼女はベータの幼女です」

「ありえない。このパンダの園でベータの幼女が泣いてないなんて……何が起きてるんだ? ただでさえ元々から生存本能が薄いのに、この子はどこに本能を捨ててきてしまったんだ!」

 

 散々な言われようだ。幼女らしくほっぺたを膨らませてむっすりしてやれば降谷さんは更に混乱しだした。

 

「風見、これは夢か? ベータの幼女のむすっとした顔を見るなんて初めてで理解が追い付かない」

「分かります。ベータの幼女は泣き顔以外全部御馳走ですよね」

 

 風見さんの発言は割りとマジで末期のペドフィリアのそれだ。

 ふらふらと近寄ってきた降谷さんが私の前で膝を突き、口を開く。

 

「ああ、写真で見たままだ……ウォッカに似ている。目元はジンか……」

「ん? 花ちゃんは魚塚花ちゃん! けどねぇ、ちょっと前にねぇ、白馬花ちゃんになったの」

 

 魚塚の名字は呼びづらい。分かる。魚塚と言うつもりでも「ウォッカ」と口が動いてしまうし、聞く方も「ウォッカ」と「魚塚」を聞き分けるのが難しい。

 その点「白馬」は言い間違いも聞き間違いもなく、口頭で字を説明するのも楽な良い名字だ。それに私は魚肉より馬肉の方が好きだからすぐに気に入った。

 

「お兄さんはお名前なんていうの? 写真ってなーに」

「お兄さんの名前は透だよ。透お兄ちゃんって読んで欲しいなぁ。写真はね、ここに来るちょっと前に、花ちゃんの写真を見せてもらったんだよ」

 

 なんと私の写真が警視庁を駆け巡っているとは。オメガやアルファの皆さんはそれほどにもベータの無垢な笑顔に餓えていたらしい……可哀想に。

 だが息をするように嘘をついたのはどういうことだろう。私は彼の名前が降谷零であることを知っている。

 

「降谷さん?」

「ウォッカは娘が警察に保護されたことを知っているし、取り返そうと隙を狙っている。俺はしばらく『警視庁に侵入してスパイ行為をしている黒の組織のバーボン』として動くからそのつもりでいろ。俺を呼ぶときは『安室』、ただの新人として扱え」

「は、はいっ! 了解しました!」

 

 たかが三歳児と思ったからだろう、私の目の前でぶっちゃけた降谷さんの言葉にふむふむと納得する。父親はあの見た目だし、三年の間に七回も転居するような危険な職の人だ。警察とは接触したくないに違いない。

 だから、引き取りに来れなかった。

 

「花ちゃん、もう魚塚じゃないよ」

「花ちゃん?」

「魚塚花ちゃんはおうちで一人ぼっちだけど、白馬花ちゃんはおうちにたくさん人がいて、ご飯はパパと食べるの」

 

 だが、私にはそんな事情など関係ない! あれはネグレクトだ。また放置されると分かっていて、あの家に帰りたいと思うわけがない。

 まっさらで生まれた子供なら親を求めて泣くかもしれないが、私は大人の精神を持った幼女もどき。やくざな実父などという面倒ごとはゴミ箱に投げ、これ以上ない身分保証をしてくれるパパの下で順風満帆な人生を送りたい。

 

「花ちゃんは白馬花ちゃんだよ」

 

 そう繰り返せば、降谷さんたちは悲痛な表情で「そうだね」と頷いた。

 

 頑張ってやくざの父親から私を守ってくれ。

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