羊が一匹   作:充椎十四

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 白馬花になってから二ヶ月後、私は私立の幼稚園に通うことになった。お遊戯会とか謎のダンスをさせられるのが嫌で床を転げ回りながら「ヤダヤダ!」と駄々を捏ねてみたけど、通うのは既に確定していた。仕方ない、渋々だが通ってやろう。

 

「花ちゃんのお父様の欄見てよ。嫌だわ、アルファ中のアルファってやつよ」

「養女なんでしょ? 紫の上計画かしら。おぞましい」

「同じアルファの息子にあてがうつもりかもしれないわね。幼いうちから慣らそうっていう魂胆よ……間違いないわ」

 

 入園して早々、職員室で担任の先生を待っている私はチベットスナギツネになった。先生たちによるアルファへの評価が悪すぎて笑えない。

 盛りの付いた野獣か何かと思われているのは――きっと過去に「そういうこと」をした性犯罪者がかなりの数いたからなんだろうが、その犯罪者を取り締まっているのもまたアルファたちだ。

 性的に節制しているお兄さん方もいるのに、ここまで糞味噌に言われては可哀想ではなかろうか。

 

「先生あのね、花ちゃん、パパもお兄ちゃんも好きよ?」

「えっ」

「洗脳完了なんです?」

「今すぐ児相に連絡しなきゃ」

 

 悪化した。

 どうやら先生方は私の事情を深刻に受け止めたらしい。良い子の教育ビデオを園児たち全員で見ることになった。

 

 ビデオのタイトルは『アルファとオメガに巻き込まれないために、私たちができること』。しょっぱい気持ちになった私を余所に先生の表情は真剣そのもの。戦地に向かわんばかりの先生方に対し、子供たちは平和にキャッキャと騒いでいて楽しそうだ。

 ――そして始まったのは、まず、子供向けに非常に心砕いてマイルドな表現を目指した製作陣の努力が分かる『運命に出会ったばかりの二性は特に危険なので近づくな』という内容の話だった。

 想いが溢れて道端だろうがスーパーだろうがその場で行為に及ぼうとする者、多少の理性は残っていてもお互いにトロ顔で絡み合いながら物陰やホテルに消えていく者、「俺のオメガ・アルファに近寄るな」と無駄に周囲を威圧しながら拠点だか公園の物陰だかに走っていく者……これら全て、無関係なベータにはテロでしかない。猥褻物陳列罪、局部こそ隠しているが顔を見れば分かるスケベ状態、威嚇で怯えて泣く子供の群れ。悲惨極まりない。

 

 ビデオは語る。逃げろと。

 

 次は恋愛沙汰に巻き込まれた場合の対処法。番のいる二性はただ猥褻なだけだが、番のいない二性の中にはベータに粉をかけてくる者もいる。

 だが、絶対に相手の顔や資産にときめいてはならない。無邪気に「友達になろう!」などと答えてはならない。ときめきはフェモロンでそれを知覚されてしまうし、友情はほぼ性的に裏切られる。

 ほとんどの場合で二性はストーカーと化すという。アルファであれば交際するまで脅迫し続け、オメガであれば交際してもしなくても監禁。

 日本国内での二性によるベータ犯罪数は例年三百から四百件。軽度の性犯罪から殺人事件まで含めた総数とはいえ、冗談として笑い飛ばせない数だ。

 

 ビデオは語る。アルファやオメガに隙を見せるなと。

 

「この世は末法なの?」

「花ちゃん、末法って言葉を知ってるなんて凄いわ」

 

 前半の青姦も躊躇わぬ野生的な面は間違いなく問題だし、ベータから二性への対応が厳しいものになるのも分かる。

 ――しかしだ。後半のストーキングの一部に関しては……なんというか、オメガたちも可哀想なんじゃないかと思ってしまう。犯人たちの言い分から、前世で読んだ容姿に恵まれないツイッタラーたちの嘆きを思い出してしまうのだ。

 

 先に関わったのがアルファやオメガばかりだったからかもしれないが、私には二性もベータもそう変わらないように見える。ペドフィリア具合がもはや危険水域でヤバい数人は除いて、私の関わった二性たちは「ガチ恋している芸能人に直接会って会話できた重度のファン」のような反応をする人がほとんどだった。

 

 期間限定ショップの最終日、もう閉店ギリギリの時間――今にも閉まりそうなドアの隙間に足を捩じ込みたいと思わない者はいないはずだ。今手に入れられなければもう二度と手に入れられない。ほんの少しの希望にすがりたい。どうにかして手に入れたい。

 私は二性からそんなファン心理を感じる。供給が少なすぎて餓えに餓えた野獣の群れに見える。

 

 二性には確かに性的な欠点があるが、ベータは二性を嫌いすぎているのではないか? 友人や知人として関わることすら嫌悪している姿を見ていると悲しくなる。

 これが逆に犯罪を増やしてるんじゃないの、と。供給がないから、よりいっそう「この機会を逃すものか」となり視野が狭まっていく。

 

 人数とは力だ。アルファやオメガの意見をベータは押し潰せるし、圧倒的大多数の票により「社会の常識」はベータが作るものになっている。世界はベータがやりやすいように、ベータの優越感が満たされるように形成されてやいないか? 「獣に育てられたせいで獰猛だから檻に入れるべき」よりも、「共に暮らそう。そなたは山で私はタタラ場で」みたいに住み分ければ良いじゃないか。言葉が通じるんだから。もっとまともでお互いにwin-winな共生の仕方があるはずだろう。

 私はこんな状況を――誰かが自覚無自覚関係なしに割りを食っている話を漫画や小説で読んだことがある。常識逆転もの、カテゴリタグで言うなら「あべこべ」ものだ。

 

 「あべこべ」の設定は「A世界の不細工はB世界の美形」であったり、「A世界では男尊女卑でB世界では女尊男卑」であったりするもの。その認識の違いで主人公が良い思いをしたり苦労したりする。

 まあ、たいがいの場合は「主人公は元のA世界では不細工と罵られてきたけど、このB世界では(主人公の認識での)イケメンや美女が不細工と言われ蔑まれている。A世界からB世界に来た主人公は(B世界基準での)不細工に囲まれてモテモテでウハウハ」というものだが。

 

 「あべこべ」は単に逆転しているだけのものに留まらない。「その世界では不細工とされている人」や「女尊男卑世界での男」に対しての差別もあったりして、それがこれまた酷いのだ。顔や性別はもちろん人格否定、いじめ、保護責任者による虐待や、虐められている被保護者の訴えの無視や否定。顔が悪いだけ性別がソレなだけでそこまでやるか、と正気を疑うような展開がままある。

 それをひっくり返すから爽快なのだが、ひっくり返されるまでが悲惨だ。

 

 私には、「力で劣るベータは力で勝る二性を傷つけて良い」「ベータが二性を嫌うのは当然」というのが常識で良いとは思えない。こんなのが現代社会であってはならない。

 二性は「自分たちは野生的すぎるからベータに嫌われるのは仕方がない」と諦めて――諦めたふりして僅かな希望にすがっている。だからベータが少し色気を出したら「君にもその気があるんだろう」なんて言うのだ。

 

 みんなこれを虚しいと思わないんだろうか。私なら虚しいのに。

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