羊が一匹   作:充椎十四

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 大爆炎覇王として積極的にバーニングファイヤするようになって半月が過ぎた。

 差別意識剥き出しのレスの山にぽろぽろと存在する「生理的に無理」やら「視界に入っただけで足が震える」やらという文面の数々に眉間を揉む。初めは単なる性差別によるものかとスルーしかけたが、ふとあるとき気づいてしまったのだ。

 

 そうだ、ベータは二性が怖いんだった、と。

 

 私はこれっぽっちも怖くないし、それどころか性別の区別すら付かないから忘れていたが、一般的なベータ幼児はアルファを前にしたら泣き叫びながら逃げるものなのだ。オメガの場合はじりじりとあとじさって逃げるものだそうだ。

 ――つまり、ベータは小型犬でアルファたちは超大型犬なのだろう。よほど犬好きか元々付き合いがあり慣れている個体でもない限り、そこらの幼稚園児が土佐犬とニコニコ向き合えるだろうか? 顔は厳めしくて見るからに強そうだし、体格も良い土佐犬、それも自分の倍以上の体長を持つ相手だ。頭からバリムシャと食べられて死ぬ恐怖を感じるのも当然と言える。

 

 恐怖を隠すために吠えるし相手に噛みつきすらするチワワと、自分の大きさ強さが分かっているからどうしようもできず噛みつかれるままにしている土佐犬。――どちらの特性も分かるだけに、どちらが悪いと決められなくなってしまった。

 

「まあどっちも悪いって言っとけば問題ないさ! おっぱっぴー」

 

 Twi○terの投稿ボタンをタップして「弱いベータほど良く吠える。尻尾またに挟んでキャンキャン叫ぶなみっともない」と書いて、それに続けて「二性は持てる者の余裕とかかましててバカじゃねーの?誰だって吠えられたら嫌だし噛みつかれたら痛い。自分一人なら我慢は男気かもしれんが、自分の身近なチビの気持ちも考えろ」と投稿した。

 また凍結された。

 

 ――そうして、何度もネットニュースで話題にされ炎上と凍結を繰り返して二年。五歳半になった花も恥じらう花ちゃんは、ある日アルファらしき学生からのDMを受け取った。内容はよくあるやつ……貴方は本当にベータなんですか。二性じゃないんですか? 俺の身近には貴方みたいなベータはいないのに。

 

 何度も何度も幼稚園行きたくない大戦を繰り広げ手に入れた自由な毎日、Twit○erで馬鹿を煽るかパパについて行って警視庁で優雅なお茶を楽しむかしかしていない。はっきり言って暇人である。

 思い悩む年齢の青少年の手助けをする暇はたっぷりある。

 

「パパー、花ちゃん買いたいものがあるの」

「うんうんいいよ」

「甘い……甘すぎる……っ」

 

 なんてやりとりの後、私に用意されたのはデビットカード。パパが既に五十万ほど入金しているという。

 私が年齢相応の子供なら道を誤りそうだ。誤ったらどうしてくれるぷんぷん。

 

 既にある意味道を誤っている気もしなくもないが、非行に走ってないんだから許せサスケ。

 

 

○ちゃん相談板

 

†大爆炎覇王のお悩み相談室†

 

1 燃え尽きて名無し

私は大爆炎覇王である。アルファな親の脛大根をかじりながらのんべんだらりと暮らす、この腐った世の中を変えんと望み立ち上がりし憂国のベータである。

同志を見つけんとネットの海を漂うようになりはや二年。気がつけば三歳児は五歳児になる年月が過ぎ、持論をぶちあげては叩かれる毎日に最近飽き飽きしてきていた。だが、とあるDMを読んで思い付いた。

そうだ、若い世代にこそ改革や革命が起こるのだ。四角い頭を丸くするのは大変だが、元々丸い頭ならなんでも詰め込めるのだ、と。ムーヴメントだ。ビックウェーブだ。意識革命を起こせ!

 

というわけで、若者の真剣な質問には答えていくけど批判とかは知らんし見る価値もないから勝手にどっか別の板で愚痴ってろ。

 

 

2 燃え尽きて名無し

ファッ!?

 

 

 

 身バレが怖いから中古のパソコンを買い、ノーアだかトーアだかという匿名性の高いブラウザを使った。

 うーん相談室を始めたばかりなのにレス消費が早いことよ。

 

「よし次。……ベータが怖い?」

 

 ベータから自分に向けられる目が怖い、というレスに私は肩を竦めた。

 

 

398 大爆炎覇王

>347

そんなん誰だって怖いと思うもんだろ。俺は身近なアルファやオメガがそんな目で見られてる姿を見てベータってクソじゃんと思ったわ。怖いのが普通。なんもおかしくない。

でも、君はもうソレを実感してるだろうけど、世の中には特定の個人とか特定の性にだけ態度をコロリと変える奴がいっぱいいる。二性と見るだけで罵倒してくるような差別主義者も。

俺は実は養子なんだが、養子入りしてすぐ親や兄弟に「光源氏でもするつもりじゃないか」とか滅茶苦茶な噂が流された。それで俺がその噂を否定してまわったら家族は「そんな噂が流れるのは仕方ない」とか「うちの子が優しくて幸せすぎる」とか言うわけよ。

大人って似たような罵倒言われすぎて、もう感覚が麻痺してんだよな。でもそんなの今ガラスのハート持ってる若者には関係ない。

大人さんたちよ、子供の身と心を守れや。傷ついてんだよ。アルファだからとかオメガだからとか、そんなのは心の傷には関係ないんだよ。

大人さんたちよ、諦めるなよ。諦めるのは足掻いてからにしろよ。自分と自分の身近な子供が傷つくのを指くわえて見てるつもりか?

 

 

 

 ――始めはただ、Tw○tterで話題になっている自称ベータの炎上アカウントが気になっただけだった。炎上しているということは周囲に悪意を振り撒いているんだろうと、穿った考えで、興味本意に。

 そのアカウントは――大爆炎覇王を名乗る人は周囲に噛みついていた。こんなのはおかしい、と声をあげていた。アルファやオメガが諦めきっている姿を、ベータは他の二性を傷付けても構わないと許されている奇妙さを、刷り込まれた差別意識の危険性を。

 

 ずっと息苦しかったことに、そのとき気が付いた。ずっと傷付いてきたことを、改めて思い出した。

 ベータの目が怖かった。ひそひそという声が聞こえる度に悪口を言われているように思えた。すれ違う人みんなが振り返って、自分に向かって顔をしかめているように思えた。

 

「辛いって、言って良いんだ」

 

 アルファだから。オメガだから。ベータに何を言われても受け入れないといけないのだと言われて育った。

 友達との会話はほとんど「ベータは良いなぁ」で、ゲームセンターもアミューズメントパークもだいたい二性お断りなのを悔しがって、でもずっと諦めてきた。諦めるのが常識だったから。苦しいのを我慢するのが当然だったから。

 

 それは普通のことじゃないんだと叫ぶ声が胸を叩く。諦めるのが常識なんていう考えは非常識だ。我慢するのが当然だなんていう考えは不自然だ。

 もっと二性は自己主張して良いんだ。望みを願いを歌い上げても構わないんだ。

 それでも一歩を踏み出すのが怖くて足踏みしていたら、大爆炎覇王さんが……彼が掲示板で悩み相談室なんてし始めた。

 

『そんなん誰だって怖いと思うもんだろ』

 

 その『誰だって』に二性が含まれて良いのか、知らなかった。知るすべがなかった。知る必要がないとさえ言われていた。

 あんまり嬉しくて、嬉しすぎて苦しくなりつつリビングへの階段に爪先を向ける。

 

 階段を降りながら、他の質問への回答を思い出す。

 

『勇気や元気は出すもんでも絞るもんでもなく、湧くもんだからどっちにも源がある。元気は美味い飯を食えば湧く。勇気は色々な経験を積めば湧く。遊べ若人よ、一人でも家族とでも仲間とでも良い。それが経験の一歩目だ。

あーこっぱずかしいこと言った。素面じゃ言えんわこんなの』

 

 そうだ。だから遊ぼう。興味があることをして、色んな経験をしよう。知らなかったことを知ろう。できなかったことをできるようになろう。

 

「お母さん、私、外で働いてみたい。色んな人と……性別関係なく人と関わる仕事をしてみたい」

 

 アルファだから人と関われないなんて思い込みは捨てる。アルファだって接客したり営業したりして良いはずだ。だって私は脅してない。脅したくない。怯えられたくない。怯えさせたくない。

 

「人を笑顔にする仕事がしたいんだ」

 

 ――それから長い時間が過ぎて。同僚が洗った皿を拭いている途中、あの日踏み出した一歩のことを思い出しくすりと笑った。

 

「どうしました、梓さん」

「ああいえ、何かあったって訳じゃないんです。ただ……良い世の中になったなぁと思いまして」

「ホォー。それはどういうところがですか?」

 

 同僚はイケメンで、オメガ。そして自分はアルファ。どちらも昔は嫌われ者だった。

 

「安室さん人気で私のアカウントが何度も炎上してますけど。でも、『アルファだから憎い』とか『アルファは死ね』なんてメッセージは少ないんです」

 

 三年前まではこんなこと想像できなかった。もちろん差別は今なお様々なところにあるし、まだまだこれからということは分かっている。

 だけど、若い世代では、オメガがベータにモテている。ベータがアルファに嫉妬している。前は考えられなかったことだ。

 

「凄いですよね」

「ええ、本当に……世間は変わりましたね」

 

 どこの誰かも分からない、自称ベータの大爆炎覇王。彼が現れてから世の中は変わってきた。これからもどんどん変わっていく。それが嬉しくて、少し涙が出た。

 強く袖で拭って笑顔を浮かべる。

 

「安室さんは大爆炎覇王のアカウントフォローしてますか?」

「もちろんです。大爆炎覇王のツイートはいつも興味深くて面白いですからね」

 

 私相互フォローなんですよ。羨ましいでしょう、とニヤリとすれば「僕もですよ」なんて返ってきて。見せてもらったら大爆炎覇王のツリーで見覚えのあるアカウント。大爆炎覇王とやり取りしているのも見たことがある。

 

「大爆炎覇王のサイン会とかトークショーとかないですかねぇ……そんなのあったら迷わずチケット買いますよ」

「顔出しNGだそうですし、どうしようもないかと」

「むー」

 

 彼に背中を押された二性は多いのに、彼に直接お礼を言える術がない。残念すぎる。

 

 ――だけど。これは、ああ、なんて幸せな悩みだろう。

 自然とほころんだ顔に、安室さんも微笑み返してくれた。




とりまここまで
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