大爆炎覇王がうちの子のアカウントだと分かったのは、「こんなベータがいてたまるか」と怒りと嫉妬心を募らせてアカウントの主を子飼いのハッカーに探らせたからだ。
入力に使用されている端末は白馬邸のもの。そして「その端末」で白馬警視総監と花がトークアプリでメッセージのやり取りや通話をしていた。
まさに青天の霹靂。うちの娘は――成人男性のふりをして、他人の人生相談をしている。自分の置かれた立場を理解している。大人よりも大人な知性を持っている。花にはアルファもオメガもベータも同じ「人」なのだ。
「アニキ……」
ジンは呆然として反応がない。
「花は、神に微笑まれた娘だったのか」
本能の代わりに愛を持って生まれたのか、とジンは囁くように独りごちた。
花のアカウント・大爆炎覇王の呟きは、口調こそ汚いが内容が思いやりに満ちている。話題にすることすら憚られていた「第二性の性差別」問題に、どちらでもない立場から次々と石を投げ込んでいる。
『犯罪者予備軍なんて目で見られながら、そう罵られながら育つ子の気持ちを考えたことあんの?』
ベータにも、二性にも痛い言葉が並ぶ画面に目頭が熱くなる。「第二性の区別がつかない花にとって当たり前であるべきこと」は、その他の多くの者にとって「異常なこと」で「いつか実現する日を夢見ていること」だ。
二性であるというだけで嫌悪されない日が来れば――どれだけの心が救われるだろう。
この言葉が、ただ夢見るだけで動かずに来た者たちに届けば良い。
ままで侍 @Mama_U36 2×××年10月10日 19:02
RT
こういう声をあげるのって大事なんだね、目から鱗が落ちた
花が養子に行ったと知ってから早い反抗期を迎え、特にジンに噛みついている息子のことを思う。花をよそに売ったんだ、と涙声で怒鳴る息子の奮う腕や足を避けずに受け止めるジンの心にはきっと暴風が吹き荒れている。花が消えて誰よりも呆然としていたのは、誰よりも苦しんでいたのはジンだからだ。
もっと身近においておけば、いいや一緒に住んでいれば、花が第二性の区別がつかないことに気付けたはず。本能の欠けた子と分かったはず。
成熟した精神を持って生まれた子だと知ることができたはず、だったのに。
「アニキ、このことは」
「言えるわけがねぇだろ」
自分達の娘がギフテッドで、あるべき本能を持たない代わりに高い知能と深い知識そして強靭な精神を持ち、差別を無くすために活動しています。歳は三歳です。
自分が他人なら話者の頭を疑いたくなる話だ。報告したところで一蹴されるか精神科を斡旋されることは間違いない。
「ウォッカ、テメェはあの子のことをバーボンに探らせてるんだったな」
「ヘイ。警視庁に潜れるような情報屋は奴だけだったんで……」
「名目は何でもいい。まだしばらくは潜らせおけ」
「ヘイ」
どんな手品を使ったのか、バーボンは楽々と警視庁に潜入した。そして彼が持ち帰ってくる情報や写真の数々は――自分達の知らない笑顔を浮かべた娘を写し取っていた。
シッターらによる花の写真はただ寝ていたり、テレビを見ていたり、おもちゃで遊んでいたりする姿。バーボンが持ってきた写真は嬉々として子供用グミの袋に手を突っ込んでいたり、眠いのを我慢しているのか顔を目一杯しかめていたり、経済新聞を頭から被ってソファーで寝ていたりする姿。どちらの方が生き生きしているかなど、誰の目にも明らかだ。
幼稚園は嫌いらしく、床にモップ掛けせんばかりに転がり回り訴える動画はとても可愛かった。第三次幼稚園イヤイヤ大戦で警視総監が折れたのも当然だろう。
イヤイヤとわがままを言われたかった。高い声で「おやつ!」と要求されたかった。だが、そんな日はもう来ない。
こんな犯罪者の娘として日陰で隠されて暮らすより、警視総監の手元で伸び伸びと暮らしてほしい。
「新一郎には……このアカウントだけ教えます」
「ああ」
この数ヵ月で急激にジンに目付きが似てきた息子には、花が何をしているか、どこにいるかなど教えられない。教えれば一人で勝手に白馬邸に乗り込むだろう。――反抗期が長期化、悪化するのは確実だが。
だから、ただ「性差別について発言しては炎上と凍結を繰り返している興味深いアカウント」について教えるだけだ。
「はぁ? とっくに知ってるよその人。ってか大爆炎覇王知らないやつなんていんの?」
セーフハウスの一つ、表の身分で購入したアパートに暮らす息子はあっけらかんとそう言った。
「へ?」
「先生には表立って賛同なんてしたら自分が攻撃食らうからファボとかレスとかすんな、って言われてる。でもみんな大爆炎覇王フォローしてるし、学校であの人知らない奴なんていねーよ。いたらそんなやつモグリだよモグリ」
ここ数ヵ月の間ずっと尖っていた目付きを緩ませて、息子は――新一郎はハツラツと笑んだ。
「母さんは知らないかもしれないけど大爆炎覇王ってマジで凄い人なんだぜ! 俺たちが言えないこと思ってることバンバン言ってくれんの! 格好いいんだよなぁ大爆炎覇王。ほんとめっちゃ凄いんだ」
二性の世界は広いが狭い。生徒かその家族かがTw○tterで大爆炎覇王を見つけ、そして休み時間の教室から全校生徒へ広まっていったのだろう。
「新一郎は、その大爆炎覇王って人はどんな人だと思う? 性別とか、年齢とか」
本当のことなど言えるわけもないが、聞いた。
「大爆炎覇王の性別? んー……先ず、男。それでベータだな。二性ならこんなアカウント作ったら殺されるもん」
「そうだな」
「脛噛りでニートって言ってるから高卒か大卒のニートだろ? で、口調に大人っぽい落ち着きはないから二十かそこら」
子供とはいえ様々な能力が高いアルファだ。そのアルファに「大爆炎覇王の中の人は二十歳前後の男ベータ」と思わせているのだから、花の擬態は上手い。
「俺みたいなアルファに尊敬されても嫌かもしんないけどさ……いや、大爆炎覇王なら俺がアルファでもオメガでも何でも良いって言ってくれるかもだけどさ。いつか大爆炎覇王にバグして貰えたりしねーかな」
頬を染めて新一郎は夢を語る。
「握手でもいいんだ。嫌がらずに俺に触れてくれるなら」
――ネットに現れた「大爆炎覇王」という成人男性の偶像に二性は胸を踊らせ、自分に嫌悪なく触れてくれるベータの夢を見る。
いつか王子様が救ってくれる日を待ち続けるヒロインのように、暗いが星の輝く世界を心に抱いて。
「いつか、会えると良いな」
「うん!」
絞り出した声に、きっと力は、なかった。