機動戦士ガンダム外伝 オペレーション・スカイダイバー 作:抜殻
宇宙世紀0079.01.04
ルナツー2番ドック コロンブス級補給艦「ウーロンゴン」艦内
地球連邦軍第4艦隊第126航宙戦隊 ビルナ・ゲインツ少尉
閉鎖空間に大勢の人間がいると、その集合意識は空気感染するウィルスのように広がり、どんよりとした空気となって空間を埋め尽くす。すれ違う人々の顔色には不安の影が濃く映し出され、まるで普段の彼らではない別人を見ているようだ。誰もがこれから何が起こるのか、不安を募らせていた。
その不安の元は、やはり昨日地球圏全土で突然放送されたジオン公国総帥ギレン・ザビによるジオン公国の独立宣言と、それに伴う連邦政府への宣戦布告だろう。自分もそのジャックされた放送を見ていた。あまりに突拍子のない話に誰もが動揺し、その衝撃は今でも波紋を残しているようだった。
戦争。宇宙世紀が始まってから、この言葉が使われたことはない。そしてこの先も聞くことはないと思っていた。
「ビルナ!探したぞ」
聞きなれた声を聞いて、ぼんやりしていた思考から目覚めた。背後から、急ぎ足で同僚のファルマ・ニーヤド少尉が向かってくる。
「自室にもどこにもいないから、探すのに苦労したぞ。ブリーフィングに向かうんじゃないのか?」
「あ、ああ。悪い、少しぼんやりしてたみたいだ」
「どうしたんだ?そんなに覇気がないなんてお前らしくもない。まさか迷子になってた言い訳をしてるんじゃないよな?」
「迷子……?」
周りを見渡して、ここがブリーフィンルームのある艦橋部から全く反対の区画であることに気づいた。我ながらどうかしている。どうやら自分も艦内の空気に染められてしまっていたらしい。
「全く……こっちも調子狂っちまうな。いいから行こうぜ。ブリーフィングに遅れちまう」
「艦内もずっとピリピリしてて、あの整備長すら黙り込んじまうくらいなんだぜ。普段は普段で近寄りがたい人だけどさ。今は話しかけるなり殴りかかってきそうなほど張りつめてるぜ、格納庫の空気は。機体に石ころ一つぶつけてみろ。きっとスパナが飛んでくる」
「大げさな例えだな。別に今に始まったことじゃないだろ、あの人が気難しいのは。それに、誰だってこんな状況じゃ神経張りつめるのも無理ないさ」
「昨日の宣戦布告ね。何だってこんな無茶なことを始めたのかね、ジオンも。たった一つのサイドで連邦に戦いを挑むなんて、負けたいですなんて言ってるようなもんだろ」
「俺は家族が心配だよ。サイド1はサイド3に近いから、無事でいるといいけど」
「そういや妹さんは今年ハイスクールだったか?おいおい、そんな暗い顔するなよ!大丈夫さ。サイド1にだって艦隊はいるんだし、ジオンだって同じスペースノイドだ。いくら連邦のコロニーでも、そうそうコロニーを攻撃したりなんてしないさ」
「……そうだな、悪いな気を遣わせて。どうにも気持ちが沈みがちだったんだが、持ち直したよ」
「いいってことよ。それにピンチでも大丈夫。友人の妹の危機に颯爽と駆け付ける宇宙の騎士、なんてのもまた通だからな!お前を義兄さんって呼ぶのはごめんだが、俺に惚れちまったら仕方ないからな」
「もしそうなったら、不慮の事故がお前を襲って妹を悲しませることになるから、その前に消えてもらうか」
そうこう話してる内に、ブリーフィングルームへと辿り着いた。艦長を除けば、自分たちが最後だったらしい。五分ほど遅れて、艦長が入ってくる。
「すまない、会議が長引いた。全員楽にしてくれ。これよりブリーフィングを開始する。まずは本題に入る前に、順を追って説明する必要がある。
諸君らも知っての通り、ジオン公国の宣戦布告に伴い、我々地球連邦はジオン公国との戦争状態に突入した。宣戦布告と同時にジオン公国はサイド1,2,4に奇襲を仕掛けてきた。……結論から述べる。これら三つのサイドは、ジオン公国の攻撃によって壊滅した」
突如、背筋が凍り着くような錯覚に陥った。地面が無くなり、宇宙空間に放り出されているかのように、意識がぼんやりと浮かんで平衡感覚を保てないような気がした。だがやがては落ち着いていく。広がった波紋が収まると、耳に入ってきたのはブリーフィングルームの喧騒だった。
「諸君、静かに!気持ちは分かるが話を続けなければならない。なぜならば、これはまだジオン軍の狂気の一端でしかないからだ。
続けるぞ。現在、三つのサイドが壊滅状態に陥った。駐留艦隊は全滅し、コロニー自体への被害状況は不明。月面基地グラナダとフォン・ブラウンも制圧されたと報告されている。だが、問題はここからだ。まずは、この写真を見て欲しい」
艦長がスクリーンを操作し、一枚の写真を写す。一見してみればただのスペースコロニーの写真にも見えた。だが続々と表示される写真の数々は、この場にいる全員を震撼させるのに十分すぎるほど衝撃的な画像だった。
「ジオン軍はサイド2、8バンチコロニー「アイランド・イフィッシュ」に核パルスエンジンを搭載した。コロニーはサイド2圏内を離れ、地球に向かっている。つまりジオン軍は、コロニーを大量破壊兵器として地球に降下させるものと思われる」
何かの悪い夢と思いたい。今すぐ目が覚めて、汗だくの体を拭ってこう言うんだ。”ああ、夢で良かった”と。だが現実は鮮明に、このコロニーが地球への落下コースを取っていることを分析していた。スペースノイドにとってかけがえのない大地であるコロニーを、兵器として運用するとは。一体、何のための独立なのか。誰のための独立だというのか。
「敵の攻撃目標はジャブローであると予想される。いかにジャブローが堅牢であろうと、あれだけの質量をもったものが落着すればひとたまりもない。ジャブローの陥落は我々の敗北を意味するだけでなく、スペースコロニーの落着などという未曽有の行為が、一体地球にどれだけの影響をもたらすか計り知れない。故に、我々はこのコロニーが地球に落下する前に阻止する必要がある。
コロニーの落着まで、計算では三日から五日かかると予想される。その間に我々は艦隊を集結させ、阻止限界点を越える前にコロニーの進路変更、不可能な場合はコロニーの破壊を行う。主力部隊はティアンム提督率いる第8戦隊。攻撃には艦隊及び地上からの核ミサイル攻撃を行う。あくまで敵艦隊の撃滅によるコロニーの進路変更が主目標となる。敵艦隊の数は少なく、戦力の上ではこちらに分があるからだ。
なお詳細は不明であるが、ジオン軍の新兵器の情報がある。現状判明していることは、レーダーや光学兵器に影響を及ぼすこと、高度な空間戦闘能力を有した新型兵器であることだ。ジオン軍の切り札であると考えられ、三つのサイドと月がこうも簡単に陥落した原因であると考えられる。注意して作戦に取り組むように。
……我々に失敗は許されない。我々の失敗は連邦軍の敗北を意味する。それは宇宙での惨劇が地上でも行われるということだ。各員の健闘を期待する。以上だ」
ブリーフィングが終わり艦長が立ち去る。我々は軍人だが、それ以上に人間だ。故郷の滅亡、家族の死、それを突き付けられた人間は多い。宇宙軍の出身は圧倒的にスペースノイドが多いからだ。それは自分も、ファルマも変わらない。ファルマは何も言わずブリーフィングルームを去っていった。全員がまだ、気持ちの整理をつける時間が必要だ。だがそれは長くは続かないだろう。艦隊が集結次第連邦軍は作戦に入るはずだ。
ブリーフィングルームを離れ、またぼんやりと艦内を漂っていた。今度は自分がどこに向かうでもないことを自覚していたが、だからといって自室に戻ろうとも思わなかった。今はとにかく、何も考えたくなかった