機動戦士ガンダム外伝 オペレーション・スカイダイバー 作:抜殻
航空機の軍事行動についてあまり詳しくないので拙い描写になっているかもしれません。
宇宙世紀0079.3.15
北米 エドワーズ空軍基地
地球連邦軍太平洋方面軍第19戦闘飛行隊 ダグラス・ミリアウッド大尉
「北米駐留軍《われわれ》の戦況は好ましくない。西岸部に降下したジオン軍部隊は昨日キャリフォルニアベースの主要部を確保し、現在はロサンゼルスに向けて主力と見られる部隊が南下している。恐らくはロサンゼルス、サンディエゴを攻略した後、内陸部に降下した部隊と合流して東西沿岸を繋げる気だろう。
我々は一級道5号線と三級道58号線に沿って防衛線を敷いているが、敵の進撃が早くろくな陣地構築は出来ていない。また、ジオン地上戦力に対してこちらの地上戦力はまるで歯が立たないそうだ。よって防衛は航空攻撃に頼ることになる。問題は制空権だ。
これがジオンの戦闘機「ドップ」だ。歪な形をしているが、運動性能はこちらの戦闘機よりも高いらしい。少ないデータによる分析だがな。キャリフォルニアベースを失った今、展開できる戦力も向こうの方が上だろう。
ただし、こちらにも有利な点がある。おおかた宇宙攻撃機パイロットでも引き抜いてきたんだろうが、敵は地球での航空戦《フライト》に慣れてない。巣だったばかりの雛鳥《チキン》どものケツを
とにかく、何が何でも空軍《おまえら》には制空権を確保して敵MSの上から糞を垂れてもらわにゃいかん。それが出来なきゃ、地上部隊は哀れにもジオンの晩飯になるだろう。献立はきっとハンバーグだ。対地攻撃は19飛が担当、兵装は無誘導対地ミサイルを装備。一発でMSに対しても有効弾になる威力がある。全パイロットは第二種戦闘配置で待機。質問は?」
参謀は乾いた舌を潤わせるように仏頂面をしながらゆっくりと部屋を見渡した。僅かな沈黙の後、司令が手を叩く渇いた音が響くとそれが解散の合図となった。幕僚たちが部屋を去り、その後に我々も腰を上げてぞろぞろと部屋を出ていく。ふと振り返ると、正面のスクリーンにはロサンゼルス周辺の地図と衛星写真が映っていた。私は何故か、この地図の地域が丸ごと海に変貌する姿を想像してしまった。
ジオン軍の進撃の速さを実感したのは、会議が終わって三時間ほどで敵発見の報が伝わった時だった。既に太陽は西に傾き、夜の訪れに焦りが広がった。レーダーや暗視装置が使えない状況下では音速のジェット戦闘機で夜間飛行を行うのは自殺行為同然であり、夜間の航空攻撃は行えないからだ。敵がキャリフォルニアベースでの教訓を生かして狙ったのか、進撃速度を緩めなかったらたまたま夜が訪れたのかは定かではないが、敵を素通りさせるわけにもいかない。待機中だった我々に緊急出撃が命じられ戦闘機が次々と基地を飛び立っていった。
第19戦闘飛行隊の出撃順位は最下位であり、がらんとした滑走路を最後に飛び立つ。機体の振動に耐えるために操縦桿を強く握りしめる。車輪が浮き、体がより地面へと引き付けられる感覚を味わうと、そこは地球を離れた空の上だった。後続機も自機の左斜め後方次々とくっついて来て、三個小隊総勢十二機の
無線通信を試すが、当然のように繋がらない。レーザー通信機を起動させて編隊の通信網を使って部下に命令を下していく。空にはぼんやりと月が浮かび上がっており、太陽を空から追い出そうとしていた。
前方に幾筋もの黒煙が空へと昇っている。そしてその上空では、視界に入ったごみのような黒い影がいくつも飛び交っていた。
「各機、前方の状況が見えるか」
「混戦になっているようですが、彼我の優勢は判別できません」
「こちらエレパイオ3、二時上方に編隊を確認。こちらに近づいてきます」
目を凝らすと、確かに影が近づいてきている。しかし、そのシルエットに見覚えはなかった。アルファベットのWのような形をしたひどく不格好な、これまでに見たことのない航空機がジオン軍の主力戦闘機ドップであることにすぐには気づかなかった。
その時まで私は油断をしていたのだ。宇宙育ちのジオンに、本場の空軍である連邦空軍《われわれ》を上回ることは出来ないと。
「全機散開!二時上方から敵機だ!合流は第二空域!」
咄嗟に部下に命令を下す。敵は既にこちらを敵と認識している。IFFによる敵味方の識別ができないことがこんなにも判断を遅らせるとは。護衛機も気づいたのか高度を上げて敵機襲来に備える。敵も編隊を解いて散った我々を追いかけ始める。レーザー通信が切断されてあらゆる情報を目視で手に入れなければならなかった。
その時、地上から上がっている信号弾に気がついた。対地攻撃機の我々に気づいたのか、撤退命令の赤色に交じって対地攻撃を要請する黄色の信号弾が、そこらで上がっている。そして見つけた。空からでもはっきりと見ることのできるジオンの巨人《ザク》を。その足元では炎上する戦車が黙々と煙を生み出している。また信号弾が上がる。その直後、発射地点はザクの持つ巨大な大砲によって吹き飛ばされた。
そこにいた兵士たちがどうなったのか、考える暇もないままザクの目は新たな獲物を空に飛ぶ私の航空機に定めた。過剰なほどの威力のある大砲が空に向けられる。まさか対空砲火も放てるのか!
機体を捻らせて回避行動に移るが、対地攻撃用の兵装をめいっぱい積んだフライ・マンタは重量で速度が出ない。これまでかと思ったが、ザクは空を飛ぶ航空機よりも地上の無力な兵士たちを優先したようだった。
どうにか難を逃れて、戦域を離れた合流空域に到達した。敵を振り切って合流できたのは第一小隊の四機だけだった。
「各機、状態を知らせ」
「エレパイオ2、問題なし。護衛機が敵を追っ払ってくれましたから。でも、空域の優勢はジオンに傾いていそうです」
「こちらエレパイオ3。僚機《エレパイオ4》共に異常なし。自分も同感です。敵は我々対地攻撃部隊が来るのを知っていて待ち構えていたんです」
航空戦闘《ドッグファイト》の基本は敵の背を取ることだ。航空機は後方の敵機に対して全くの無力であり、それを振り切るのは容易ではない。最も簡単な方法は味方に助けてもらうことだろう。
そして敵には、その空中戦を傍観して増援に襲い掛かれる予備部隊がいたのだ。どちらが勝つかはロースクール入学前の子供にも答えられるだろう。
「エレパイオ2、敵の技量はどうだった」
「この鈍重なフライ・マンタでは、とても振り切る自信はありませんでした。護衛機が助けてくれなければ、きっと合流はできなかったと思います」
そして敵の腕前は評判以上ときた。この時点で我々の航空攻撃の可能性はほぼなくなったと言っていいだろう。しかし、あの光景が、ジオンのMSが助けを求めた歩兵を容赦なくバラバラにした光景が頭から離れなかった。
「こちらエレパイオ3。副編隊長として、撤退を提案します。制空権は我が方になく、我々に作戦遂行能力はないと……」
「いや、作戦は続行する。地上部隊は撤退を開始しているが、彼らは我々への航空攻撃を要請している。防衛線はすでに崩壊しているが、地上部隊の後退を支援するため対地攻撃を敢行する」
エレパイオ3、ハリー中尉は少し間をおいてから了解と言った。他の誰からも不満は出なかった。職業軍人として、たとえ無謀な命令でも実行する教育を受けていることに感謝しつつ、もし私よりも上の人間がいれば迷わず攻撃中止を命令して欲しかった。私には、助けを求めている手を蹴落とすほどの勇気はなかったのだ。
「二機編隊《バディ》を組んで攻撃を行う。一度目の攻撃は長機《リーダー》が行い、僚機《ウィングマン》は援護を。二度目の攻撃では役割を交代しろ。ミサイルの出し惜しみはするな。二度の攻撃の後、第一空域で合流する。以上」
通信を終え、小隊は二手に別れる。ジオンの一つ目は今も逃げ惑う歩兵たちをその圧倒的な巨躯を持って蹂躙していた。
その生物を威圧するような無機質な目が、ぐるりとスライドしてこちらを捉える。そして手の巨大な大砲を持ち上げ、今度こそ撃ち落そうと弾丸を放ってきた。
「くそったれの宇宙豚が!」
「怯むな、ペルコンテ少尉!回避行動!」
ドン、ドン、ドン、と連続した音が空気を震わせる。巨大な鉄塊は機体の脇を通り抜けるとその直後に自ら爆発した。ちくしょう
直撃はもちろんとして、至近弾でも撃墜の可能性が高くなった。しかも向こうは予測射撃の精度がやたらと高い。対するこちらは攻撃の瞬間には絶対に機首を敵に向けて突入姿勢を取らなければならない。空の王者であったはずの我々は、今はもう猟銃で撃ち落されるちんけな害鳥になってしまったのかもしれない。
しかしジンギングを続けながら確実に距離を縮めている。既に射程距離には入っている。後は敵の攻撃が緩むタイミングを待つ。敵戦闘機もまだこちらの背には付いていない。早く、早く弾切れを起こしてくれ。
その時、ペルコンテ少尉の二番機に120mmの砲弾が直撃した。
「ペルコンテ少尉!」
機体は爆散することなく火を吹きながら高度を落としていく。速度を緩められない自機と引き離されてどんどん小さくなっていく。
「脱出しろ!ペルコンテ!」
しかし、コックピットからペルコンテ少尉を吐き出すことなく、二番機は地面に叩きつけられて大きな火柱を上げたのが遠目にでも確認できた。だが気がつくと対空砲火は止んでいた。ザクの手にある大砲の上部、円盤のような弾倉《マガジン》が取り外されて地面に打ち捨てられている。今しかない。
速度を緩めて、目標に向かって突入する。僚機を失った今、攻撃のチャンスは一度きりだ。機首のウェポンベイにある全弾を叩き込んでやる。ザクはリロードを諦めて銃を投げ捨て身を軽くした。そして両足を開いてこちらの攻撃に備えている。
本当に人間そっくりの兵器だと思った。僅かにたじろぐ姿から、フライ・マンタに搭載されている対地ミサイルが命取りになるのだとはっきり分かる。
コックピットの脇から円筒形のミサイルが飛んでいく。機首を上げて上昇する。ミサイルは全部で六発、その内一発でも胴体に当たれば撃墜、そうでなくても行動不能にできる。機体を旋回させて目標地点から半月を描くように飛んで戦果を確認して、絶句した。そこには、五体満足のザクが健在していた。恐るべき運動性能、恐るべき機動性。ザクはこちらの対地ミサイルを全て躱して、装甲に小さな傷と煤をつけているだけであった。
悲嘆にくれる暇もなく、自身の背後にドップがくっついた。必死に振り切ろうとするが、ドップはひもで結ばれているように離れない。兵装を撃ち尽くして軽くなっているはずなのに。
ドップの機関砲が火を吹く。シュンシュンと機体をかすめる音と、バカンッと金属が大きく破れる音が一緒になって聞こえてきた。チェックしなくても何が起きたのかは分かる。足元のレバーを思い切り引いて、私は狭いコックピットからだだっ広い大空に放りだされた。
その後私は、運よく撤退する味方部隊と合流することに成功し、エドワーズ空軍基地へと帰還することができた。基地には出撃前の半分以下の航空機しか帰還しておらず、撤退の準備が始まっていた。その中に私の部下は一人もいなかった。
既にジオン軍は一級道5号線を突破してロサンゼルスに侵攻を始めているらしい。そして三級道58号線でも敵部隊が確認され、エドワーズ空軍基地は放棄されることが決定した。我々の抵抗は、一体何だったのだろうか。私の下した命令は間違っていたのだろうか。
夜が明ける頃、私は基地を経つ最後のトラックに乗り込んだ。機体の飛行限界時間を過ぎても、帰ってきた者は誰もいなかった。