機動戦士ガンダム外伝 オペレーション・スカイダイバー   作:抜殻

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誰かが生きているかぎり 上

宇宙世紀0079.05.17

欧州戦線

地球連邦欧州方面軍第76空挺師団 ブーリック・リズガット二等特技兵

 

 地面はぐちゃぐちゃで、辺りには硝煙の香りが漂っていた。視界には炎と黒煙が上がり、周りからは僅かな呻き声が響く。ほんの小さな炎のくすぶりにすら負けてしまいそうなのに、助けを求める声は頭に響いた。その眼は、もう何も映さないはずなのに、虚ろな瞳はこちらをじっと見つめていた。その手は、バラバラになって原型もないはずなのに、確かな足かせとなって絡みついた。

 体は、まるで見捨てた命が乗りかかっているように重く、一歩進むたびに足が軋んだ。その重みを振り払おうとしても実体がなかった。やがて自身の振り回す重みに耐えきれず足がもつれて仰向けに倒れこむ。空は、昇っていく魂を塞ぐような曇天だった。

 

 嗅ぎなれた匂いに、目を覚ました。鼻腔の奥をつく消毒液の独特な匂い。嫌というほど嗅いだ出血による鉄の匂い。むせ返りそうになる肉が焼けた匂い。自分が今どこにいるのか、瞼を開ける前からはっきり分かった。きっとここは野戦病院だ。

 体を起こすと、耳に入っていた喧騒を絵にした様な光景が広がっていた。周りには人が、というより負傷者がごった返しになっていた。連れてこられただけで、一切手を付けられていない患者も多数いるようだ。中には死んだことにさえ気づかれていない者もいる。

 すぐ隣に、負傷兵が運ばれてくる。その兵士は顔が半分潰れていた。恐らくは砲弾の至近弾を受けたのだろう。軍医が呼ばれてやって来るが、彼の傷を見るなり首を振った。もう助からない、他を優先しろ。こと医療の現場において、救命には優先順位が存在する。軽傷の者、重傷の者、そして助からない者。医師はその非情な判断を下さなければならない。

「目が覚めたのなら、そこをどいてくれない?」

 軍医は、近場の人間の容態を見ながら伝えてきた。どうやら、軍医の行動をずっと見ていたらしい。軍医は二の腕を指で叩きながら言った。

「君は衛生兵でしょう。なら私がどれだけ忙しいかよく分かると思うけど、それとも脳に障害があるんなら、悪いけど私の専門じゃないからよそを当たって」

 とにかく邪魔だからどけ、そう言われてようやく自分がなぜここで眠っていたのかを考えた。ハッとして自分の体をまさぐる。腕、足、指、全部ある。目立った外傷もなくホッとしたが、そうなるとなぜ自分がここに寝かされていたのかという疑問も生まれた。だが、誰かに聞こうにもそんな状況ではないのは分かる。自分が今どこに行くべきなのかはっきり分からない以上、目の前のできることに専念しようとさきほどの軍医を追った。

 

「助かったよ、あー……なんて言ったっけ?」

「ブーリックです。ブーリック・リズガット。いいんです。どうせ手持ち無沙汰でしたから」

 運ばれてきた負傷者の山が落ち着くと、軍医は用があるとテントを抜け出した。私は彼女を追って自分がどうしてここにいたのかを聞いた。

「覚えてない?君の仲間が、担架で運んできたんだ。18時間くらい前だったかな。目立った外傷もないしそこら辺に転がしとこうと思ったんだけど、発汗が凄くてうなされてたから点滴を打って寝かせたの。それからどんどん負傷者が運ばれてきて、あとは君が見た通り」

 そんなに眠っていたのか。それよりも仲間に運ばれたということは私は前線で気を失ったということなんだろうが、一体いつそんなことになったのか全く記憶にない。

「運んできた奴らはどこへ……」

「さあ、君を置いて大隊本部か連隊本部でも行ったんじゃないかな。見つかったかは知らないけど……っと質問に答えたんだしサボりに付き合ってよね」

 軍医は少し待つよう伝えると、自身のデスクへと向かって何やら書類の束を持って戻ってきた。どうやら薬品や包帯のリストらしい。

「ほんとなら自分で持っていくものでもないんだけど、こうでもしないとタバコも吸えないから。補給部隊の所まで案内するからそこからは自分探して。じゃあ行こうか」

 軍医は歩きながらタバコを咥える。安物の疑似タバコじゃない純正タバコ、しかも上等な地球産だ。

「最近は吸う量も増えてしまってね。やれやれ禁煙していたんだが……君も吸うかい?」

 私は首を振った。軍医はそうか、とだけ言ってタバコに火をつける。それから負傷者がごった返しのテントを見つめた。

「私は徴用された軍医でね、半ば無理やり入隊させられたようなもんだ。それからの毎日は地獄のようでね、日付ごとにテントを張り直した。そんで負傷者の山、山、山。毎日設営し直すから容態の安定していない奴は移送中に死んじまった。置いてきぼりをくらった奴もいる。最近はそういうことも少なくなったが。ジオンのMSってのはそんなに強力かい?」

 彼女は煙を吐きながら、僅かな軽蔑を込めて語った。それはきっと送られてくる負傷兵たち、つまり前線で戦う兵士たちに対してだ。確かに、あの一つ目(ザク)を間近で見ていない人間には、負け続きの連邦軍は不甲斐なく見えて当然だろう。だが、私には何も言い返せなかった。私は衛生兵であって、戦闘員じゃない。そして私が衛生兵としての職務を全うで来たことなど、ろくにないのだから。

「悪いね、嫌味に聞こえるかも知れないけど、元はと言えば私はただの一市民だ。防衛軍が負けてばかりでは不安も募る。ましてやその防衛軍に軍医として徴用されているんだから、兵がいないから武器を持て、だとか砲撃に巻き込まれても自己責任だ、なんて言われるのはごめんだからね」

 彼女はタバコを地面に落とすと、思い切り踏みつけてから擦りつけた。

「そうは言っても前線がどれだけひどい状況かは、この地獄の日々が物語ってる。吹っ飛んだ手足に飛び出した内臓……助かる見込みのある奴がろくにいない。その中で衛生兵をしているんだから、君は立派だ」

 彼女の話した言葉が脳で意味を成した時、頭の奥にメスが入ったようにズキリと痛んだ。視界が暗転して、平衡感覚が失われそうになる。誰かに後ろ指を指されて、非難の声で耳の奥が痛んだような気がした。

「顔色悪いけど、大丈夫?」

 気づくと、目の下に隈を拵えた軍医がこちらを覗き込んでいた。

「……自分は、そんなに誇れる人間じゃありません」

「……そう。まぁいいわ、これ以上患者が増えると面倒だから気合で乗り切って。ほら、着いたわよ」

 軍医はポケットから取り出したチョコバーで補給部隊を指した。それから持っていたチョコバーを私のポケットに突っ込む。

「餞別にあげるわ。私は補給部に新しいのを強請るから。それじゃあねブーリック特技兵。生きてたらまた会いましょう」

 軍医はそう残して、二本目のタバコを咥えて去っていった。

 

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