機動戦士ガンダム外伝 オペレーション・スカイダイバー 作:抜殻
宇宙世紀079.5.21
欧州戦線 旧フランス自治州
地球連邦軍欧州方面軍第76空挺師団 ブーリック・リズガット二等特技兵
衝撃が、全身の骨を叩いた。巨大な爆竹が投げ込まれたように続く衝撃と爆音の嵐。それが止むと舞い上がった土が雨となって降り注いだ。
小隊陣地は砲弾によって掘り返されていた。黒い土の上に、放りだされた死体が転がっている。地面には、ビーズのようにキラキラと光る赤い肉片が混じっていた。
ズシン、ズシンと地面を揺らす振動がリズムを刻んで聞こえてきた。この惨状を作り出した鋼鉄の巨人が遠くに見える。恐れるものなど何もない様にまっすぐとこちらへ向かってくる。
今ならまだ逃げられる。私はザクと同じ方向に走りだした。
「ブーリック……」
微かに声が聞こえた気がした、いや確かに聞こえた。だがあえて聞こえないふりをした。足は止めなかった。叫び声が聞こえた気がした。それを背中で受け止めた。声はやがて小さくなって、聞こえなくなった。
「ブーリック!」
頭で反芻されていた言葉を鼓膜が感じ取って、ようやく足を止めた。ザクの足音はまだかすかに聞こえてくる。
「無事だったか。中隊は壊滅状態だ。第三小隊はどうした?」
第三小隊は全滅だと声を出そうとするが、咳き込んでしまってうまく息が吸えない。空気を吸おうともがくが、それは肺にまでは届かない。
「パニックになってる。ブーリック、ブーリック!」
視界が暗くなっていく。足の感覚がなくなる。名前を叫ばれ続けながら、私は落ちるように気を失った。
「ブーリック!」
目の前には、セトル大尉がいた。第一小隊の衛生兵であるシェーン二等特技兵と、相棒であるアルバート二等兵も心配そうに覗き込んでいる。起こされた理由を考えて、渇いた喉から声を出した。
「けが人……ですか?」
「違う、お前が大丈夫か」
何のことかと首をかしげると、アルバート二等兵がしどろもどろに説明を始めた。夜番をアルバートと交代してから二時間ほどして、眠りながらうなされていたと。慌てたアルバートは中隊長を呼びに行った、ということだった。そう言われると野戦服はぐっしょりと濡れていたし、喉がカラカラに渇いていることにも納得がいった。セトル大尉が差しだしてくれた水筒を飲む。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
実際、体に不調はなかった。中隊長もそれ以上は何も言わず、立ち去った。シェーンには何か食べておけ、とだけ忠告された。そして一人残されたアルバートだけが、未だに心配そうに私を見ていた。
「急に倒れたりしないから安心しろ、だからそんなに見るな」
言われた通り、何か食べた方がいい。そう思って背嚢を漁ると、軍医からもらったチョコバーが出てきた。それを見てアルバートの顔色が変わる。
「好きなのか、チョコレート?」
「甘いものが好きなんですが、ここ最近は……」
「ならやるよ。俺は一口だけでいい」
アルバートは今までの心配を忘れたかのように破顔した。その笑顔を見ると、年相応の自然な少年の姿に見えた。気弱だが、他人を思いやれる普通の少年。それを普通でなくしているのは、まとっている軍服のせいだろうか。
チョコバーの封を破ろうとした時、敵襲を知らせる声が響いた。途端にアルバートの顔色は悪くなっていく。日の入りの早送り映像を見ているようで、少しおかしかった。チョコバーをアルバートに投げ渡す。
「おやつはお預けだな。戦闘が終わったら食え」
斥候が敵部隊を発見して、我々は配置についた。この街はビルが並び立つ西区のビジネス街と、そこで働いていた人々の住む東区の住宅街に別れていた。西区には大きな幹線道路が走っており、これを守ることが我々の目標でもあった。
確認された敵戦力にMSはなく、装甲車四両に随伴する機動歩兵一個中隊規模が西区に、道幅が小さい東区には一個歩兵中隊が接近していた。そして両区の突入を支援するためのマゼラ・アタック戦車が街に近い丘陵に配置されていた。私の中隊の持ち場は東区だ。
機関銃手が一番手を切って発砲し、戦闘が始まる。私が待機しているところまで、銃声が壁面を反響して伝わってくる。バララララという気持ちのいい音が響いて来るのは、特殊な楽器を使った演奏会のようにも感じられた。だが、一際大きい爆発音が聞こえてきて、そんな平和な妄想は吹き飛ばされた。
「衛生兵ー!」
体が強ばるのを感じた。腰を上げた時、まだ立てずにいるアルバートに気づいた。
「いいか、死にたくなかったらとにかく走れ。さあ行くぞ!」
腕を引っ張って強引に立ち上がらせる。もたつくアルバートの背中を叩きながら呼び声の方へと走っていく。
「衛生兵!機関銃手が砲弾にやられた!」
半分潰れた建物から連れ出された負傷兵は全身に傷を負っていたが、一番の重傷は骨まで見えるほど裂けた右腕の裂傷だった。動脈が切れていて血が傷口から吹きだしている。止血帯を巻こうと腕に巻き付けるが、再び爆発音が響く。
「マゼラ・アタックが照準を付けてる!ここはまずい!」
「アルバート!担架を早く!」
「衛生兵、後は任せるぞ!」
アルバートが担架を用意している間に兵士は持ち場へと戻っていった。どうせなら乗せるとこまで手伝わせたかったが……。
「アルバート!ぼさっとせずに足を持て!」
案の定、アルバートは負傷者を持つことに壊れ物に触るかのように躊躇した。痛がっている人間を見たら優しくしてやりたくなるのが人情だろうが、そうも言ってられない。多少乱暴に担架に乗せると絶叫のソロパートを聞くはめになった。
銃弾を避けれる位置まで運んでから止血剤をかけて腕を縛る。きっとこの腕は切断することになるだろうが、腕以外の傷はそこまで深くない。鎮痛剤を打って第二線を張っていた新兵に街の出口まで運ぶよう指示を出す。
「自分たちには持ち場が……」
「なら俺に代わって負傷者を診てくれるのか?」
負傷兵を搬送用のラコタに預けたら担架をこっちまで持って来るよう言いつけてから、アルバートの背中を叩いて再び前へ戻る。アルバートは泣きながらそれに従った。
それから戦闘は一時間近く続いた。第一線は
現在はセトル大尉がバラバラになった味方と連絡を取っている。ミノフスキー粒子が濃く通信ができないため走って味方を探すしかないが、敵がどこにいるか分からないため大勢では動けない。その為集合していた二十名ほどから四名を引き連れて私を含めた残りには待機が命じられた。西区の方からは今も銃声や砲声が響いてきたが、東区では二十分ほど静かな時間が流れていた。
アルバートは、もはや泣くこともせずに瓦礫と壁の間に挟まって座っていた。隣に座るスペースはなかったので、正面に腰を下ろす。
「大丈夫か?」
アルバートは瞬きもせずに虚空を見つめている。頬を軽く叩いてやると、ようやく焦点が合った。
「生きてる実感がしません……」
アルバートは途中までは必死について来ていた。だが防衛線を下げる時に、砲弾で即死した兵士を見た瞬間に、糸を切ったように動かなくなってしまった。死にかけの人間を見てはいたが、実際に死人が生まれる瞬間はその時が初めてだった。
そこからは仕方なく一人で負傷者を診て回った。アルバートは古参兵に引っ張られながら今の位置に落ち着いた。
「お前は生きてるさ。ほら、チョコバーを食ってみろ」
ロボットのように言われたことを行った。取り出したチョコバーを一口かじると、アルバートの頬に涙がつたった。
「味がしません。ゴムでも食べてるみたいだ」
アルバートはチョコバーに封をして背嚢にしまった。そして項垂れて再び泣き始めた。私はどう声を掛けていいか分からず、ただ肩を叩いてやることしかできなかった。