ありふれない時の王者と錬成の魔王は世界最強 作:イニシエヲタクモドキ
タイトルは仰々しいですが、原作で香織の回があったから挟み込みました。
絶賛迷宮の話書いてます。
三人称視点
時は遡る。
香織は、ベッドで眠る親友…雫の顔を見て悲し気な顔をする。
あの迷宮での一件から、いまだに立ち直れていない生徒はたくさんいる。
もちろん香織も立ち直れてはいなかった。
橋から落下していった時王を、それを嘆き、大好きだと叫んだ雫を見て、ようやく自分の恋心に気づいたのだ。
何故もっと早く気づかなかったのか。
なんで行動できなかったのか。
なぜ…あの時助けられなかったのか。
後悔と自責の念が自分に纏わりつき、苦しめ続ける。
未だ目を覚まさない親友も、自分の心を苦しめる要因の一つだった。
「…雫ちゃん、知ってる?」
沈んだ心を誤魔化すように言葉を紡ぐ。
すでにそのことは、何度も口にしているのだが。
それは、オルクス大迷宮から帰還した後の話。
勇者として喚ばれた二人が、橋から落下したことを伝えたときの、国王や貴族たちの反応。
死んだのが無能でよかっただの、生きる価値もない穀潰しにはちょうどいい最期だだの、好き勝手言っていた。
無論それを聞いて黙っている香織ではなく、近くにいて尚且つハジメと時王を嘲笑していた貴族の頭を、なんの躊躇もなく殴りつけ、「私の時王くんを…じゃなくて、常盤くんと南雲くんを馬鹿にするなんて許さない」と宣言してからはさぁ大変。
私の時王、のくだりで天之河が「香織…君も…」と言ったり、女子生徒からはキャーキャー黄色い声が上がったり(恋愛話には興味津々だった模様)、檜山が歯をギリッと噛み締めたり、ランデル王子が卒倒したりした挙句、勇者の中でも群を抜いて優秀な香織の機嫌を損ねるわけにはいかないということで、国王がハジメと時王を嘲笑うことは許さないと宣言。先ほどの貴族たちは全員罰を受けることになった。
それでも貴族の間でのハジメと時王の評価は変わらず、ただ香織が時王の事を好いていることだけが話題になり、事態は好転しなかった。
あの時ベヒモスの足止めをしたのは、ハジメだというのに。
ベヒモスに致命傷を与えたのは、時王だというのに。
彼らが落ちたのは、誰かが放った火球のせいだというのに。
未だに、クラスのみんなの話題は、誰が火球を撃ったのかということで持ち切りだ。
檜山達一行の誰かが怪しいだの、実は無意識下で誰かが撃っていた…だの、時王やハジメを前から悪く思っていたやつだの、言いたい放題だった。
「みんな酷いよね、言いたいだけ言って…誰も二人を理解してない。二人の事をわかってあげれてない…私しか、常盤くん…いや、時王くんのことはわからないんだよ…あ、あと南雲くんについても」
付け足すようにハジメの名前を出したのは、時王の親友だからという理由だろうか。
そこまで話すと、香織は紅茶モドキを淹れるために歩き始めたのだが…
「ん、んぅ…」
「ッ!雫ちゃん!?」
その場を動こうとした香織を止めるように、雫がうめき声を出した。
香織が駆け寄ると、雫はゆっくりと目を覚ました。
「…かお、り…?」
「う、うん!そうだよ!香織だよ!」
「…ここは…?」
頭痛がするのか、頭を抑えながら起き上がる雫。
それを心配そうに見ながら、香織は恐る恐る場所を伝える。
「ここは、王宮の私たちの部屋だよ。それよりも…体は大丈夫?」
「え、えぇ…少し怠い気がするけど…」
「まぁ、五日間も眠りっぱなしだったんだから仕方ないよ…」
「五日間…?」
香織の言葉を聞くと、何やら考え込みだした雫。
それを訝しんで香りが声をかけると、雫はハイライトの消えた瞳で香織の瞳をじっと見つめ、こう聞いてきた。
「ねぇ、時王はどうなったの?」
「…それは…」
言葉を濁す香織。
今まで一度も見たことのない親友のその瞳に気圧されたのもあり、目をそらしてしまう。
それを逃がさないとばかりに肩を掴んで、泣きそうになりながらさらに質問してくる雫。
「ねぇ…嘘、よね?時王は落ちてないわよね?この部屋から出たら、ちゃんといるのよね?南雲くんと一緒に談笑しているのかしら?だとしたら南雲くんがうらやましいわ…私も、時王と一緒に話をして、他愛のないことで笑い合って…」
「雫ちゃん…落ち着いて…」
「落ち着いて何よ。もしかして本当に落ちたの?時王が?あの魔法のせいで?ねぇ、誰があの魔法を撃ったのか、もうわかった?教えてよ、ちゃんと話をしてこなきゃ…」
「うぅん、まだ犯人はわかってないの。だから落ち着いて…?」
「落ち着いて…?ふざけないでよッ!私の気持ちなんてわからないくせに!離しなさいよ!香織もみんなも、どうせ時王がいなくなっても何とも思わなかったんでしょう!?だからこんなに落ち着いていられるのよ!犯人も碌に捜そうとしていないし!あの時ベヒモスを倒したのは時王だったのよ!?私たちを助けてくれたのは、時王なのよ!?なのに何でそんな冷静でいられるのよ!ふざけないでよ!馬鹿にしていr」
「いい加減にしてよ!ふざけてるのも馬鹿にしてるのも雫ちゃんの方でしょ!?」
支離滅裂なさけびを始めた親友に、辛抱ならなくなって怒鳴りつけた香織。
滅多に怒鳴ったりしない親友に、呆然として固まってしまう雫。
その雫を見る目には…涙が溜まっていた。
「落ち着いてる?何とも思っていない…?ふざけないでよ。何で雫ちゃんだけが心配してることになっているの?なんで雫ちゃんだけが時王くんの事を好きってことになってるの?」
「か、香織…?それに…時王くんって…」
「そうだよ。私も、私も時王くんが好き。大好き!何か文句でもあるの!?私が好きになっちゃいけないの!?私だって苦しんでるよ、今だってまだ立ち直れてなかったよ!?それでも、雫ちゃんだって苦しんでるからって、悲しんでるからって、せめて自分が元気でいなきゃって、泣きたいのも騒ぎたいのも我慢してたんだよ?なのになんで私が責められなきゃいけないの?ねぇ、何でよ!?」
「…ごめんなさい、香織。私が悪かったわ…」
「…うぅん。私だって宿に戻った時は雫ちゃんみたいな感じだったし…」
お互いの心中を吐露したところで、冷静に話を始めた。
まずは、雫が眠っていた間の話。
国王たちが時王を侮辱したのくだりで、雫が剣を手に取ってしまうハプニングもあったが、それ以外は問題なく話が進められた。
「…香織」
「なぁに?」
「私、信じるわ。時王が生きてるって。まだ落ちた先で、力強く生きてるって。南雲くんと一緒に、また帰ってきてくれるって」
「…奇遇だね。私もだよ。絶対時王くんは帰って来てくれる」
「ふふっ」
「ははっ」
「「あはははははっ」」
顔を合わせて笑い合う。
二人で心中をさらけ出し合ったせいか、心に余裕ができたのだ。
「…明日からの訓練、頑張ろうね」
「えぇ」
月明かりに照らされた部屋の中で、顔を見合わせる。
この光景を、誰も知らない。
ただ、知らない方がいいかもしれない。
ハジメがこの話を聞いたら、俺を忘れやがってと、怒り狂うだろうから。
ハジメくん、忘れられすぎ。