明け方の森の中は清涼感に包まれて、凛とした冷たさが、心地よく肌を刺激する。
木々の匂いを嗅ぐように、両腕を後ろに伸ばして思い切り息を吸い込んでから、ルリアが明るい瞳を向けた。
「朝って気持ちいいですね!」
なんとも抽象的な表現に、ジータは内心で苦笑しつつも、曇りのないルリアの笑顔につられて、頬を緩めた。
最近のルリアはよく笑うようになった。
と言っても、ジータは昔のルリアを知らないが、帝国の研究施設に幽閉されていた頃は、感情に乏しい女の子だったと聞く。
ジータが何か答えるより先に、ルリアが楽しそうに続けた。
「森って、すごく私の最初の記憶なんですよね。もちろん、本当はそうじゃないんだけど、でもそういう感じなんです」
ちょっと意味がわからなかったので、黙って頷く。ルリアは嬉しそうに「ですよね!」と言った。
「森にいると、ジータと初めて会った日を思い出します」
懐かしむようにルリア。ジータは意味を理解した。
ルリアには昔の記憶がない。そして、帝国に囚われていた頃の記憶は思い出したくないものなので、そこから逃げ出して、ジータと会ったその時を、「最初の記憶」と表現したのだ。少しこそばゆい。
そういう意味では、ジータも似たようなものかもしれない。
ずっと空に憧れていながら、故郷の村でただ日々を過ごしていた頃は、今思えば本当の自分ではなかった気がする。
もちろん、その頃親切にしてくれた人たちとの思い出は大切だけれど、ルリアと出会ってからの日々こそ、自分の望んでいたものだったと断言できる。
それを伝えようと思ったけれど、うまく言葉にできなかったので、黙ってルリアの手を握った。
ルリアも嬉しそうに握り返して、二人はしばらく無言で森の中を歩いた。
やむを得ず離れられない身となってしまったが、それがなくてもルリアとは特別な関係になっていたと思う。
ジータはルリアが好きだ。このふわふわと掴みどころのない、元気で明るくて、正義感が強い小さな少女を、愛おしく思う。
ルリアの方でも、随分ジータを慕ってくれているようなので、それが大変誇らしい。
陽射しが枝葉の隙間から、光の筋を作っている。さえずっていた鳥たちが、二人の足音に驚いてか一斉に飛び立って、ルリアが足を止めた。
「そろそろ戻ろうか。みんなも起きてると思うし」
「そうだね」
意味もなく見つめ合ってから、今来た道を振り返る。
その瞬間だった。
突然背中に衝撃が走って、ジータは身を仰け反らせた。ルリアと手が離れ、力なく地面に倒れ込む。
背中が痛い。途方もなく痛い。
「あ、あぐあぁ……」
言葉も出ず、硬く目を閉じて転げ回る。
ナイフのようなもので刺された。そして今、その傷口から血が流れ出て、力が抜けていく。
体ががくがくと震えた。冷たい汗が額に滲む。
とにかく状況を把握しようと、最後の力を振り絞って目を開くと、青ざめて立ち尽くすルリアに、見たことのない男がナイフを突きつけて何か言っていた。
大人しく……帝国に……助けたければ……。
断片的に聞こえた言葉で、どうやら帝国の人間がルリアを連れ戻しに来たのだとわかった。
何か言おうとしたら、急速に意識が遠のいた。
喉が詰まって、それを吐き出すと視界が真っ赤に染まり、ジータの記憶はそこで途切れた。