jail   作:水原渉

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「ジータ!」

 ルリアの声を聞きながら、ジータは全力で男に突進した。

 不意打ちは成功し、男がバランスを崩して倒れ込む。手からナイフが転げ落ちた。

 ジータはそのままルリアに駆け寄ると、その体を強く抱きしめた。

「ごめんね、ルリア! ルリア!」

「ジ、ジータ?」

 ルリアが驚いた表情でジータを見る。その左手に、ルリアはシェロから受け取った鍵を握らせた。

 刹那、髪を掴まれて持ち上げられる。

「い、痛い!」

 そのまま放り投げられ、ジータは地面に倒れ込んだ。抜けた金髪が数本、キラキラと光って落ちる。

 立ち上がろうとしたらすぐそこに男がいて、思い切り肩を踏みつけられた。

「うぐぁっ!」

 刺すような痛みが全然を貫く。今の一撃で骨を砕かれなかったのは、日頃の鍛錬の賜物だろう。

 さらに爪先で腹を蹴られると、ジータの体は浮かび上がって、壁に叩き付けられた。

 体中が痺れ、手も足も動かない。ジータは顔だけで男を見上げた。

「どうやって抜け出したのかはわからないが、まあ、ちょうど良かった」

 平然とそう言いながら、男は一度台の方に歩くと、壺と肉塊を持って倒れているジータの傍に座った。

 目の前に置かれた壺は、真っ赤な液体で満たされている。もはやルリアの血なのは明白だった。

「ひょっとしたら、余計な調理をしたのがいけなかったのかもしれない。肉は、鮮度が命だからな」

「お、お前は、狂ってる……!」

「それを決めるのはお前ではない」

 口の中に無理やり壺の液体を流し込まれた。

 慌てて口を閉じると、ジータの顔が真っ赤に染まる。

「口を開け」

 鼻をつままれ、口をこじ開けられる。血の匂いが口の中に広がって、ジータは噎せた。

 無理やり飲まされた血が、胃の中に落ちていくのがわかる。

「げほっ、がはぁっ!」

「次は肉だ」

 言いながら、男は肉塊を片手で掴み、ジータの口の中に押し込んだ。

 感覚の戻ってきた手足をばたつかせると、一度強く腹を殴られて、ジータはそれに屈する。

 生暖かい生肉に歯が食い込む。噛んだところから何か液体が滲み出して、ジータは気持ちが悪くなった。

 顔をしかめると、男がやはり感情のこもらない、淡々とした口調で言った。

「どうした? シチューは旨かったんだろう?」

 言いながら、さらに肉を押しこんでくる。

 生々しい動物的な肉の匂いが、喉から鼻に抜けて、眩暈がした。

 美味しいものか。

 今思えば、自分はルリアの目の前で、ルリアの肉を美味しそうに頬張ったのか。あの日の自分を殴ってやりたい。

 だが、今はそれどころではない。ジータは両手で男の腕を持ち、とにかく口を解放しようとした。

 しかし逆に手首を捻られ、顎が外れるほど開かれる。

「んー! んーーーっ!」

「いいから食え」

 大声で怒鳴られる。ジータは息苦しくなり、やむを得ず何度か噛んで飲みこんだ。

 味などわからない。それよりも、ただひたすら背徳感に苛まれる。大事な友達の、今や文字通り命を共有している仲間の体を食べている。

 ジータは暴れた。暴れては殴られ、ルリアの肉を食わされる。

 男の力は強く、抵抗するだけ無駄だった。それでもジータはとにかくもがき、声を出し、痣だらけになりながら暴れた。

 そうする必要があった。

 こんな状況なのに、先ほどからルリアが一言も発していないことを、男が不自然に思わないように。

 ジータの渡した錠で枷を外し、男が落としたナイフを拾ったルリアが、背後に立っていることに気付かれないように。

 ジータは、男の注意を自分に引き付けるために、全力で暴れる必要があった。

「いい加減諦めて、大人しく食え! このガキが!」

 頭を平手で殴られて、意識が飛びそうになった。

 ぼやける視界に男の歪んだ顔があり、その向こうでルリアが両手で握ったナイフを振り上げていた。

 どうか、一切の躊躇なく、それを振り下ろしてほしい。

 自分の背中を軽々と刺し貫き、ルリアの肉を削ぎ落したその切れ味のよいナイフなら、ルリアの力でも男の命に届く。

 ジータの顔に影が落ち、反射的に男が振り返った。

 ルリアのナイフが煌めいた。

 


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